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星を継ぐもの:Episode6-3

Episode6-3:再結成の兆し

灰色の空を厚い雲が覆い、王都の石畳には薄い雨のしずくが落ちている。
気づけば、騎士団の内部では相互不信が高まり、あちこちの部隊が離脱や分裂の道を辿り始めていた。ギネヴィアウイルスと呼ばれる観測光由来の病が、誤射や暴走を生み出し、人々を疑心暗鬼に陥れているのだ。
そこに加えて敵――白銀装甲をまとい、歪みを自在に操る存在――の襲撃も止まらない。王都を防衛するための円卓騎士団が、もっとも重要な「結束」を失いかけている。

それでも、まだ希望は完全には潰えていなかった。神官たちによる干渉治療の試みが少しずつ成果を上げはじめ、発熱と幻覚に苛まれた患者でも、一部は回復に向かう例が出始めたのだ。限界の魔力を消費し、危険な施術で患者を救う――そんな取り組みがわずかに光を射す端緒となりつつあった。まさにこの一筋の光が、崩壊しつつある騎士団を再び繋ぎ止めるかもしれない。

しかし、すでに王都には強い不安が充満し、誤射を警戒するあまり仲間への疑念が膨らんでいる。実際、幾つかの部隊が離脱しており、王都を離れた者や、物資を独占しようとする行動さえ起きている。
誰もが背を向け始めたこの空気の中で、本当に「再結成の兆し」と言えるような出来事が起こり得るのか――それが、今の円卓騎士団にとってもっとも重要な問題だった。


陽光が射すことなく、グレーのトーンで染まった朝。城壁の外縁に、薄い雨の糸が見える。そこには一群の兵士たちが、まだ揃いきらない装備を抱えながら立ち尽くしていた。彼らは自分たちの指揮官が病に冒され、発熱と幻覚で錯乱し、王都から離脱しようとした部隊に連れ去られかけていた者たちだった。

「……結局、俺たちだけここに残る形になっちまったのか」
リーダー格の若い兵が溜息をつき、隣にいた仲間も沈痛な面持ちでうなずく。自分たちの指揮官は「このまま王都にいれば誤射されるだけだ」と嘆き、部下を連れて城外へ出て行こうとしたものの、彼ら数名だけが最後の良心なのか、「いや、俺たちには守るべき家族や仲間がいる」と粘った結果、部隊がバラバラに割れたのだ。

「でも、もう指揮官もいないし……俺たち、これからどうするんだろう」
別の兵が呟く。熱がじわりと身体を蝕む気配がある者もいて、誤射を引き起こしてしまう危険性に怯えながら、しかし残る選択をした。彼らに確たる方針はなく、ただ騎士団本隊と合流しようにも誰を信じればいいのか、半ば途方に暮れているようだった。

「俺はまだ、騎士団に戻りたい。だが……仲間に向かって銃口を向ける可能性があるなんて、想像もしたくない」
一人が苦しげにそう言うと、全員が視線を落とした。だが、放っておけば王都が敵に飲み込まれることは目に見えている。その苦悩が、皆の表情からにじみ出ていた。


同じ朝、神官のリリィとセリナは限界に近い魔力を抱えながら、医療区画を回っていた。誤射や暴走の危険が生じる前に干渉治療を施すため、多くの患者を診て回るが、一人ひとりに時間と労力がかかりすぎて、どうしても全員を救うには程遠い。
それを見かねて、神官長マグナスが二人を呼び寄せた。

「リリィ、セリナ、そろそろ限界だろう。君たちだけでこれ以上続けても倒れるだけだ。ちょっとでも休息を取らなくては」
マグナスの声には優しさだけでなく、深い懸念が込められている。神官が倒れれば、干渉治療が止まり、誤射の連鎖を防ぐ術が失われる。

セリナは唇を噛みしめながら首を振る。「今、休めばさらに患者が増えるだけです。仲間が誤射で死ぬかもしれない。私たちには時間がないんです……」
リリィも同じように、「ここまで来て止まれないよ……」と弱い声を吐く。けれど、足取りはすでに危なっかしく、顔色も青白い。マグナスは苦い顔で二人を見つめた。

「分かっている。だからこそ、私がここで支援する。君たちは広場に行き、騎士たちへ呼びかけてきてはどうか。神官の力だけではこの危機を乗り越えられない。連携を再構築する道を探ってほしい」

そう、いまや騎士団の分裂が深刻化し、神官サイドで治療を続けても限界がある。そこで、再結成の兆しを作るためには、神官の言葉が必要だというのがマグナスの判断だった。群れをまとめる指揮はアーサーやエリザベスが担うにしても、騎士たちの心を解きほぐす存在として、リリィとセリナの存在感は大きいかもしれない。

「……分かりました。やってみます。私たちにできることがあるなら」
セリナは決意を固めて立ち上がる。リリィも少し気弱そうな表情をしながらも、「じゃあ、行こうセリナさん。絶対に皆を救えるって、言いに行きましょう」と言葉を絞り出した。


昼近く、王城前の広場は騎士や兵、そして離脱しようか迷う者たちが行き交っていた。そこには不穏な空気が渦巻き、互いを押し合うように口論している集団さえある。

「お前たち、もう一度一緒に戦おうって? 冗談じゃない……いつ誤射されるか分からないし、病に感染してこっちが先に発狂するかもしれん」
「だけど、このままじゃ王都が滅びるぞ! 皆が散り散りになって、敵が攻め込んだら一瞬で終わりだ!」

まさに口論の最中に、リリィとセリナが姿を現す。周囲の騎士や兵が何人か気づき、視線を向ける。病人を救う神官として知られる彼女たちだが、いまや誤射や病が広がる中、神官への期待と不信が入り混じった反応がある。

「神官の連中だ……あれだけ治療しても全員を救えないじゃないか」「でも、干渉治療で助かった仲間もいるし、どうにかなるかも……」そんな呟きが広場のあちこちで飛び交い、リリィはその様子を目の当たりにして胸を痛める。

やがてセリナが一歩進み出て、落ち着いた口調で群衆に声をかけた。
「皆さん、どうか私たちの話を聞いてください。ギネヴィアウイルスと呼ばれる病が深刻化しているのは承知していますが、干渉治療という方法で、一部の方は回復に向かっています。誤射を起こす前に対応できれば、再び仲間として戦う可能性はあるんです……」

群衆の中から幾つかの反論が飛ぶ。「口先だけだ!」「神官だけじゃ間に合わないって、もう分裂してんだぞ」「どこにそんな余裕があるってんだ!」
セリナは強い意志をこめて、一つひとつを黙って受け止める。リリィがその横で小さく息をついてから、続けて言った。

「どうか、聞いてください。私たちも夜通し治療を重ねていて、成功例が少しずつ増えています。確かにすべての患者に行き渡るわけじゃないけれど、誤射や暴走を防ぐ可能性はある。それが分かったなら、皆がもう一度、仲間を信じられるかもしれない」

そこへ、騎士の一人が鋭い声を投げつける。「でも、実際に仲間を撃った奴がいるじゃないか。どう取り戻せというんだ? もう信用できない!」
辺りで「そうだ、裏切り者に撃たれるくらいなら、俺たちが先に逃げる」と同調する声も上がる。リリィは目を伏せ、痛ましさに胸が詰まる。

「……裏切った人も、誤射した人も、誰も本心でそうしたかったわけじゃないんです……。ギネヴィアウイルスが幻覚や恐怖を生み出し、観測光の波形を体内で増幅して、理性を奪っているから……本当は一緒に戦いたい気持ちがあるはずなんです」
彼女の言葉に一瞬沈黙が広がり、少し離れた場所でカインやモードレッドらが見守っていたが、その様子にかすかな感銘が生まれているのを感じた。確かに、誤射や離脱を選んだ者にも大義がある。根っからの裏切りではない、病や恐怖が判断を狂わせているのだとすれば、まだ救いようがあるはずだ。


そんな微妙な緊張感の中、またしても敵の襲撃が報じられた。今度は東方の森から白銀装甲型が数体接近しているらしい。ここにいる騎士や兵が協力して出撃しなければ、王都の周辺村が危ない。しかし、先ほどまで離脱を口にしていた者が素直に参加するだろうか?
カインが眉をひそめ、モードレッドは「出る奴だけ行くぞ。あとはここで待機か?」と苛立ちを込めて言う。すると、神官リリィが広場の人々に向き直り、声を張った。

「どうか、私たちと来てください。もし戦闘中に病や幻覚が出たら、私が必ず干渉治療を試します。だから、一緒に戦ってください。敵をこのまま放置すれば、王都はもっと危険になる。あなたたちの大切な人も失われてしまうかもしれない……」

一瞬、沈黙が走る。疑いに満ちた目を向けられるが、その中にはわずかに希望を感じ取った者もいるようだ。もし干渉治療が即座に施せるなら、誤射を恐れずに戦えるかもしれない――そんな計算が頭をよぎる。
「本当にやってくれるのか……誤射しそうになったら止めてくれる?」
ある騎士が危ない面持ちで尋ね、リリィは力強く頷いた。「はい、私やセリナ、他の神官たちが全力で支えます。だから、もう一度だけ、仲間を信じてみてください!」

周囲の人々は顔を見合わせ、それでも全員が納得したわけではない。だが、アーサーやエリザベスがそこで改めて言い添える。「今こそ、私たちが一丸となるしかないわ。ここで分裂すれば、王都もあなたたちの家族も守り切れない」。
こうして、半ば強引ながらも数名の離脱派や発熱者が“一時休戦”の形で出撃に同意する。もちろん、中には「俺は行きたくない……」と拒む者もいたが、それは無理に連れ出さないことに決まった。人質のように引っ張るのは逆効果だろう。


程なくして、敵を捉えた偵察情報が確定し、部隊が編成される。数は十分とはいえないが、かつて離反しかけた者や、誤射を起こしそうになった者、まだ熱が完全には下がっていない者まで混在する、極めて危うい寄り合い所帯だ。
リリィとセリナをはじめとした神官たちが輸送機に乗り込み、干渉治療をいつでも試せるように準備を進める。一方、カインやモードレッド、ガウェイン、トリスタンが戦闘機へ向かい、整備班と最終チェックを行う。状況から見て、短期決戦で終わらせねば、誤射の危険が増すばかりだ。

そんな折、ふとガウェインが数名の兵士と話しているのが目に入る。どうやら熱が完全には引いていない者らしく、「本当に大丈夫か?」と心配されているようだ。ガウェインは彼らに穏やかな口調で言う。

「お前たちが誤射や暴走を起こしかけても、俺たちが全力で止める。神官がすぐ干渉治療を施すから、恐れるな。互いを助け合えれば、もう一度結束を取り戻せるはずだ」
その言葉に、彼ら兵士は半信半疑ながらも胸を押さえ、「ありがとうございます……俺たちも戦わなきゃ、王都を守れない」と絞り出すように答える。その光景は、わずかにだが“再結成の兆し”を感じさせた。


出撃準備が整い、円卓騎士団を中心とする混成部隊が飛行甲板に並ぶ。セリナやリリィを乗せた輸送機、カインの銀の小手、モードレッド機、ガウェイン機、トリスタン機、そして市民上がりの兵士や離脱しかけた者たちが操る補助戦闘機も散見される。ここに集まった者たちは、かつての円卓騎士団の姿とは違うが、それでも「一度だけ、もう一度だけ信じてみよう」という意思を宿している。

離陸の合図が響き、エンジンの轟音が甲板を揺るがす。重たい空気の中、隊が順次浮上し、灰色の空へと消えていく。
「行くぞ……俺たちが分裂している暇はない。仲間を信じて、この一戦を乗り切るんだ」
カインは通信でそう呼びかけ、モードレッドが「分かってるって」と苛立ちまじりに返すが、その声にはいつもの力強さが戻りかけている。ガウェインも短く「任せろ」と言い、トリスタンは静かに「了解だ」と応じる。

輸送機の中では、セリナが地図を確認しながら魔力を整え、リリィが干渉治療の機材をチェックする。もし戦闘中に誰かが熱や幻覚で銃を構えたら、即座に干渉波を当てるという算段。危険な賭けだが、これをしなければ誤射や暴走が再発する可能性がある。
「大丈夫、きっと成功するわ。私たちが皆を信じてるって伝えれば……誤射する前に助けられる」
リリィは自らに言い聞かせるように、セリナへ視線を送る。セリナもうなずき、「今こそ、私たちが絆を繋ぎ止めるの」と小声で応じた。


やがて北方の空に到達し、地表を見下ろすと、遠方に白銀装甲の複数個体が散在しているのが確認できる。神官の観測によれば、歪みを纏いながら奇妙な統率を取っているらしい。前回の戦闘で大きなダメージを受けたはずだが、修復と新たな適応を進め、再度襲来しているのだろう。
カインは操縦席でモニターを見つめ、仲間の位置を把握する。今は離脱しかけた者や発熱者が混じっている分、統制が取りにくい。先頭に立つガウェインが防御フィールドを展開し、モードレッドとトリスタンが脇から火力と狙撃でカバー。その後ろでカインが位相干渉弾のタイミングを計る。輸送機にはリリィやセリナが載っていて、もし誤射が起きれば急行できるように待機している形だ。

「よし、今が勝負だ。皆、焦るなよ。敵が修復する前に一斉攻撃するんだ。誤射なんて気にするな……って言いたいが、ちゃんと味方の位置を確認してくれ!」
モードレッドが通信で半分笑いを混ぜつつ、しかし真剣に訴える。遠くから市民上がりの補助機が震える声で「了解……!」と返事し、離脱派だった騎士たちが無言でスロットルを上げる。

そこで、敵が歪みを展開しながら高速で動き始めた。稲妻が空を裂き、地面を抉る光が閃く。隊の何名かが回避行動を取り、射線が乱れる。それでもガウェインが咆哮するように「慌てるな! 前方の防御は俺が受ける!」と防御フィールドを広げ、モードレッドとトリスタンが火力を集中する。
カインは銀の小手を疾走させ、位相干渉弾を照準に合わせようとするが、隊形の一部が乱れ、誤射のリスクが頭をよぎる。
「……今は信じるしかない」
そう呟いて思い切り発射ボタンを押す。三連射の弾頭が歪みを突き破るように飛び込み、敵の中央部を爆発で吹き飛ばす。狙い通り、修復が追いつく前に大穴を開けた形となり、一体の動きが鈍る。

その一瞬を逃さず、仲間が追加攻撃を加える。発熱者を抱えた補助機も、「今だ……!」と叫んで弾を撃ち込むが、やや制御が危うい。近くの機体がヒヤリとする場面もあり、誤射すれすれの軌道で弾がすっぽ抜ける。それでも、神官が観測で「大丈夫、当たってない!」と援護し、何とか事故を避ける。
カインは通信越しに胸をなで下ろしながら、さらに前進して第二波の干渉弾を放とうとする。すると、後方の輸送機からリリィの焦る声が届いた。

「危ない! あそこにいる兵が……熱で視界が乱れてるみたい! 誤射するかも!」
“あそこ”とはモードレッドの右斜め後方を飛ぶ補助機だ。たしかに、微妙な動きで銃口をモードレッド機の方へ向けかけている。カインは身を凍らせるが、すぐにリリィが干渉治療を試みると通信で告げる。
「間に合ってくれ……!」
モードレッド機は敵を抑えており、もし背後から撃たれれば大事故になる。だが、リリィの呼びかけが届き、わずかな時間で干渉波が補助機の兵に当たる。兵は銃を震える手で放そうとするが、それを抑え込む形で魔力が介入し、結果的に誤射は起こらないまま静止した。

「……助かった」
モードレッドが荒い息で呟き、兵も意識を取り戻したように「すまない……!」と叫ぶ。まさに数秒の差で、仲間を撃つ悲劇が回避されたわけだ。
「皆、今のが干渉治療だ! リリィたちがこうして助けてくれる以上、俺たちにはまだ戦う意味がある!」
カインが通信で呼びかけると、誤射寸前だった兵も声を震わせながら「助かった……俺、もう一度ちゃんと戦う!」と返す。一度は離脱しかけた者たちも、それを聞いてわずかに士気を上げる様子が見える。


こうして、絶妙な協力と神官の干渉治療が重なり、敵を素早く撃破することに成功する。白銀装甲の本体を破壊され、残った細部が修復する暇なく散り散りに崩れる。騎士たちは息を合わせ、一度も誤射を起こさず連携で倒せたのだ。
「やった……!」
「誤射なしで……勝てた……!」
誰もが信じられないような調子で声を上げる。たとえ短期的な成功とはいえ、久々に「仲間を撃たずに敵を倒す」本来の騎士団の姿を取り戻せた。まさに再結成の芽が見えた瞬間だった。

輸送機で待機していたセリナとリリィは互いに視線を交わし、こぼれそうな涙をこらえつつ微笑みあう。「よかった……」とセリナが小声で呟き、リリィも「まだきっと、私たちが一致団結すれば勝てる……」と喜びに震える。
もちろん、これだけで問題がすべて解決するわけではない。まだ病は王都で猛威を振るい、離脱してしまった部隊もいる。だが、分裂の危機を乗り越えるきっかけを作るには、こうした成功例が大きな意味を持つだろう。


戦闘を終えて王都に帰還した隊が、甲板へ降り立つ。出撃前は互いを疑う視線が多かったが、今回は誰も誤射を起こさず、互いを撃たずに済んだ。その事実が士気をわずかに持ち上げ、疲労と安堵が入り混じった笑みを交わす者が増えている。
モードレッドはこっそりと誤射しかけた兵に近づき、「悪かったな、疑って」と言葉をかける。兵は涙目で「いえ、俺こそ……すんでのところで誤射しそうになって。干渉治療を受けて本当に助かった」と頭を下げる。そこに確かな和解の兆しがある。

ガウェインは自ら進んで、まだ熱の残る隊員の手を握りしめ、「お前のおかげで敵を仕留められた。前線で逃げずに戦ってくれて、ありがとう」と敬意を払う。隊員は恥じ入るように顔を伏せ、「俺がこの病に負けなければ、まだやれる……」と答える。その表情は前よりも澄んで見えた。

カインは銀の小手を降り、リリィとセリナに深く頭を下げる。「君たちが干渉治療で誤射を止めてくれた。ありがとう。もしあれが起きてたら、また分裂が進んでいただろう」
セリナは淡い笑みを浮かべ、「私たちはできる限りのことをしているだけ。あなたたちがちゃんと背を預け合おうとしてくれたから、誤射を起こさずに済んだのよ」と答える。リリィも大きく頷き、「少しずつだけど、病と戦いながらも仲間が一つになれる気がする」と目を輝かせる。


王城では、アーサーとエリザベスがこの成功例を喜びつつ、「これをどう広めるか」が話題になる。敵を倒し、誤射なく帰還した部隊があるなら、それを周囲に伝えることで、離脱しかけている者たちや不安で動けない者たちを呼び戻せるかもしれない。
エリザベスが役人を呼び、「今回の戦闘で誤射ゼロだった事実を市民にも知らせて。神官が治療に成功しつつあることも伝えて」と指示を出すと、役人はバタバタと準備に走る。これがうまくいけば、バラバラに割れかけていた騎士団を再び束ねるきっかけになるだろう。
アーサーも「少なくとも、ギネヴィアウイルスで誤射が起こるのを止められる例が出たなら、恐怖に支配されていた皆がもう一度立ち上がってくれるかもしれない」と希望を見出す。


その日の夕刻、王都の外縁部で不思議な光景があった。かつて離脱してしまった騎士の一部と、ガウェインが鉢合わせしたのだ。彼らは王都を遠巻きにし、野営を続けていたが、誤射と病の恐怖から故意に戻ろうとはしていなかった。
ガウェインは帰還途中にこの情報を聞き、敢えて接触を試みた。もちろん誤射される危険もあったが、それでも分裂を止める手段があるなら試さなければならない。

「おい……久しぶりだな。ずいぶん衰弱した顔してるじゃないか」
ガウェインが馬から降り、警戒する彼らに穏やかに声をかける。離脱派の面々は熱や疲労で苛立ちを滲ませ、「今さら何の用だ。俺たちは撃たれたくないから逃げただけだ」と頑なになる。
しかし、ガウェインは深い呼吸をし、誤射の恐怖があるなら神官が干渉治療を施す準備ができていると告げる。熱に浮かされている者がいれば早急に対処する、と。

「嘘だ……仲間を撃つのを止められるわけがない。もう誤射や暴走なんて日常茶飯事じゃないか……」
「確かにひどい状況だった。けど、今日の戦闘で、一度も誤射せずに勝てた部隊が出た。干渉治療を受けた仲間がちゃんと戦ってくれたんだ」
ガウェインの言葉に、離脱した騎士たちは驚いた表情を見せる。「誤射なし……どうやって?」と問い詰めるように聞く。
ここでガウェインは丁寧に、神官たちが観測術を使い、病の発作が出かけた兵に瞬時に干渉治療を当てて暴走を止めた事実を話す。それが一度ならず、複数回成功していると。

「……本当に……そんなことが……」
彼らは半信半疑だが、ガウェインの必死な様子を見て、嘘ではなさそうだと感じ始める。たとえ数は限られるとはいえ、誤射を防ぎながら戦う方法があるなら、逃げる必要もないのではないか――そう思い直す者が現れた。

「俺たちも、戻れるのか……? もう指揮系統から外れて久しいし、王都では裏切り者扱いだろ……」
「そんなことはない。王都を守るためなら、アーサーやエリザベスは歓迎するはずだ。お前たちが戻ってくれれば、結束を取り戻せるかもしれない」
ガウェインは熱い口調で説得を続ける。離脱派のリーダー格だった騎士も、沈黙ののち、「お前がそこまで言うなら……一度戻ってみるか。どうせここにいてもジリ貧だしな」と嘆くように応じた。
こうして、一部ではあるが離脱派が再び合流へ向かう動きが芽生える。これこそ“再結成の兆し”の大きな一歩といえるだろう。


数日をかけて、干渉治療の試みが王都中で行われるようになる。神官たちの魔力消費は大きいが、マーリンたちが装置を改良し、施術時間を若干短縮する方法を編み出した。まだ量産体制とまではいかないが、患者の重症化や誤射が起きる前に治療することで大きな事故を防ぐケースが増え始める。
離脱を検討していた者たちも、治療を受ければ誤射のリスクが激減すると知って少しずつ戻り始め、再び騎士団の列に加わる事例が散見される。確かに完璧ではないが、仲間を信じられるきっかけになりうる事象が増えたのだ。

「神官さん、本当にありがとう……俺、もう熱も下がって、誤射の恐怖がなくなったよ」
「今なら背中を預けられる……。やっぱり騎士は一緒に戦わないとな……」

こうした声が聞こえ始めれば、王都に漂っていた暗雲もわずかに晴れかけていると言える。もちろんまだ病は残り、多くの人が苦しんでいるが、誤射や暴走による惨劇の件数は急激に減りつつあった。そこに“再結成”を期待する雰囲気が自然と生まれてくる。


そして、ついに宿敵――白銀装甲の新形態が大挙して王都近くに現れたとの報告が入る。もしこれが大規模侵攻であれば、今の円卓騎士団にとって最後の試練となるだろう。
だが、カインやガウェイン、モードレッド、トリスタンら主要メンバーが健在であり、さらに干渉治療を受けて誤射のリスクが減った仲間が合流している。何より、離脱派が少しずつ戻っていることで戦力が回復し始めたのが大きい。

出撃命令が下り、一連の隊が再び王都を離れる。神官セリナ、リリィも輸送機に乗り、いつでも治療と観測を行える態勢を取る。
離脱派だった者も含む混成部隊が出揃い、灰色の空へ飛び立つのはひと月ぶりの大規模出撃だ。皆が内心で「誤射を起こすなよ」と念じているが、先日の成功例が自信を支えている。干渉治療がある、仲間と信じ合えば再び勝利できる、と。

上空から見下ろすと、地平線近くに白銀装甲が十体以上は確認できる。歪みを纏う大型もいるようで、以前より強化されている気配が濃厚だ。この一戦が大きな山場となるのは明らかだ。

「皆、聞いてくれ。俺たちはもう二度と分裂したくない。病が怖いのは同じだが、神官の力を借りれば暴走を止められる。だから……互いを信じ合おう!」
カインが無線で強く呼びかけ、モードレッドが「おうよ、背中を撃たれたくないなら、まずは敵を撃つんだ!」と吠えるように返す。ガウェインは防御フィールドを展開し、「今日は俺が皆を守る。だから安心して攻めてくれ!」と頼もしい声を上げる。
トリスタンが静かに「了解。後方支援は任せろ」と言い、かつて離脱しかけた者も歯を食いしばって「ありがとう……一緒にやろう」と回答する。

瞬く間に戦場は閃光と爆音に包まれ、歪みを展開する敵が猛攻を仕掛けてくる。観測光に近いビームや稲妻を放ってくるが、ガウェインのフィールドと、神官リリィの観測がカバーし、仲間は逸早く回避して隊形を維持する。
カインが銀の小手を疾走させ、位相干渉弾を正確に敵の中心へ撃ち込む。モードレッドとトリスタンが火力と狙撃で追い打ちをかけ、補助機たちも合図を合わせて攻撃を重ねる。みるみるうちに数体を破壊し、修復を許さず短期決戦を実現する流れだ。

一方、仲間の中で熱がぶり返した者がいたが、セリナとリリィが即座に干渉治療を試み、誤射を起こす前に落ち着かせる。
「だいじょうぶ……あなたは仲間を撃たない。私たちを信じて」
リリィは冷静に兵の肩を叩き、施術を行いながら微笑む。兵が「ああ……ありがとう」と涙声で答える場面が通信にも乗り、周囲の士気をさらに高めた。分裂しかけていた者がまた一人、仲間として戦線に復帰するのだ。

こうして、息の合った連携により大半の敵を破壊し、一部を追撃する形での勝利を掴む。誤射は一度も起きず、出撃前とは比べ物にならないほどのチームワークが生まれていた。
「見たか、これが俺たちの本当の力だ!」
モードレッドが誇り高い声を上げ、カインは胸の奥で込み上げる感情を噛みしめる。再結成の兆しは確実に育ち始めている。ギネヴィアウイルスの深刻化を押し返すかのように、干渉治療という新たな道が仲間を繋ぎ止めていた。


帰還した部隊を迎える王都では、先日までの冷えきった雰囲気が少しずつ変化し始める。誤射の恐怖を克服した実例が増えてきたことで、市民や兵が「まだ、騎士団を信じてもいいかもしれない」と思い直しているのだ。
離脱した部隊の一部が舞い戻ってくるという情報も入り、「今なら一緒に戦えそうだ」と再合流の段取りを進める者たちも増えている。神官やマーリンが構築した干渉治療のシステムが根付けば、ギネヴィアウイルスを抑え込み、誤射を激減させられるという希望が確信に変わりつつある。

「……よかった。本当に、これで分裂が止まるかもしれない」
カインは自機のコックピットから降り、微笑を浮かべながらそう呟く。ガウェインが「まだ完璧じゃないが、崩壊寸前からは持ち直したな」と同意する。
モードレッドが片腕をさすりながら苦笑する。「敵がもっと大軍で攻めてきたら分からんが、今の俺たちなら、もう一度くらいは踏ん張れそうだぜ。仲間を信じられるなら、戦いは怖くない」

リリィやセリナも同様に安堵していた。治療を要する患者はまだ多いが、少なくとも、仲間同士を撃ち合う悲劇は急激に減る兆しが見える。マグナス神官長とマーリンの技術が進めば、さらに効率よくギネヴィアウイルスを無力化できるかもしれない。

「これが、再結成の兆し……みんなが再び肩を並べる道なんですね」
リリィが感慨深げに言い、セリナは「ええ、私たちの道はまだ長いけれど、これで大きく前進できそう」と微笑む。周囲には騎士たちが互いの肩を叩き合う姿があり、ほんの数日前までは考えられないほど前向きな空気が生まれつつあった。


その夜、カインは医療区画の一角を訪れていた。そこにはかつて誤射寸前で干渉治療を受けた兵士が横になっている。彼は今日の戦闘にも参加し、無事帰還を果たしていた。カインが彼の名を呼ぶと、兵ははにかみながら起き上がり、礼を言う。

「ありがとうございます……干渉治療を受けてから、頭の中がクリアになりました。もう誤射を起こす心配もない。仲間を信じられる気がするんです……」
カインは微笑み返し、「それはよかった。君がいてくれたから勝てたんだ」と励ます。兵は涙を浮かべて首を横に振る。「いや、自分は一度は逃げようとした身で……でも騎士団の皆が受け入れてくれた。この恩に報いなきゃって思ってるんです」

まさに再結成を体現するシーンだった。かつては敵と誤射の恐怖で仲間を信用できなかった者が、病を克服して再び剣を取る。カインの胸には熱いものが込み上げ、そっと兵士の肩を叩いた。

「お前はもう仲間だ。今度こそ、一緒に王都を守ろう。ギネヴィアウイルスなんかに負けてたまるか」
兵は力強く頷き、「はい、必ず……!」と声を震わせた。その背後で見守っていたリリィは、目を潤ませながら「よかった……」と小さく呟く。


同じ夜、アーサーやエリザベス、マーリン、そしてセリナとリリィはアリスが眠る病室を訪れていた。未だ昏睡状態のままの彼女が、どこか微かな笑みを浮かべるかのように唇が動いた、と看護師が報告したのだ。
「まさか、目覚める兆しがあるのか……?」
アーサーが期待を込めて覗き込むが、アリスは相変わらず深い眠りに沈んでいる。呼吸や脈拍に特段変化はないようだが、その表情はわずかに和らいでいるようにも見えた。

リリィはその姿を目に焼き付けるように見つめ、「もしかしたらアリスさんも、私たちが一つになりつつあることを感じ取っているのかもしれない」とポツリと呟く。確証はないが、アリスが小宇宙を司る存在だとしたら、円卓騎士団の結束が戻り始めた影響を感じている可能性は否定できない。

「……まだ時間は必要だろうけど、私たちがうまくやれるなら、アリスが目覚めたときに王都を守り抜いたって胸を張れるかもしれないわね」
セリナが穏やかに笑う。エリザベスも同調するように肩を緩め、「そうね。このまま結束を取り戻し、ギネヴィアウイルスを封じ込められれば……アリスさんが目覚めたとき、私たちの頑張りを見てもらえる」と言葉を継いだ。

マーリンは病室の壁に寄りかかりながら、タブレットを閉じ、「まだ油断はできないけど、干渉治療が浸透して誤射が減ったのは大きい。たとえ敵が攻めても、もはや簡単には崩れないだろうさ」と苦笑する。
アーサーは静かに頷き、「……分裂しかけた円卓騎士団を、再結成へと導く第一歩だ。アリスにはまだ眠っていてもらって構わない。目覚めたとき、我々が作り上げた新たな絆を見てもらうんだ」と静かな闘志を燃やす。

こうして病室を出る皆の足取りには、久々に軽さがあった。ギネヴィアウイルスの深刻化が進んでも、干渉治療と騎士団の努力によって「誤射や暴走をゼロにする」可能性が示されたからだ。ほんの数日前までは分裂が不可避だと思われていたが、今や少数とはいえ離脱者が戻る動きもある。
まさに、この日を境に“再結成の兆し”が王都のあちこちで目に見える形となって広がっていく。


翌朝、奇跡的に雲の切れ間から陽光が差し込み、王都の街路を淡く照らすシーンが見られた。それは長い間、厚い雲に覆われてきたこの町にとって、ほんの少しだけでも明るい希望を象徴するかのようだ。
広場では、干渉治療を終えたばかりの兵が自分の隊へ戻り、「みんな、心配かけた。もう俺は誤射なんてしない……信じてくれ!」と頭を下げる光景が見られる。周囲が泣きながら「お前が戻ってくれて嬉しい」と迎え、再び武器を分け合う姿――それが失われつつあった絆を再び紡ぎ始めていた。

騎士団の一角では、離脱派だった者も「俺たち、戻っていいのか?」と確認しながら、上官と再度合流の段取りを進める。上官は「以前のことは不問だ。今は敵と病を封じ込めるかが最優先だ」ときっぱり言い、彼らを抱き寄せるように迎え入れる。

「……これが円卓騎士団の姿だよ。最初からそうだったじゃないか、皆で王都を守るために力を合わせてきたんだ」
誰かがそう囁き、周りの騎士がそれに静かに同意を示す。誤射と病が完全に消えたわけではないが、少なくとも一度分裂しかけた絆がもう一度修復され始めているのは事実だった。
神官セリナはその光景を遠くから見守り、リリィと目を合わせる。「再結成が現実になってきたわね……」とリリィが涙ぐみながら言い、セリナもわずかに笑みを浮かべ、「ええ、私たちが干渉治療を頑張った甲斐があった。まだこれからも大変だけど、必ず希望はある」と返す。


その夜、再び王都に眠りにつく前、カインたち騎士が顔を合わせるシーンがあった。モードレッドやガウェイン、トリスタンがそろって城内の広間に集まり、そこへ神官セリナとリリィも加わる。伝えたいことがあるのだと、カインは皆を呼び出したのだ。
張り詰めた空気ではなく、久々に落ち着いた雰囲気が広間に漂い、そこにアーサーとエリザベスも姿を見せる。

「みんな、もう分裂の危機は過ぎたわけじゃない。でも、干渉治療が浸透し始めて、誤射が明らかに減った。離脱した部隊も戻ってくる動きが出ている。これこそが、俺たちが失いかけた“結束”を取り戻す兆しだと信じているんだ」
カインは低いが力のこもった声で切り出す。ガウェインがそうだな、と重々しく頷く。モードレッドは腕を組みながら、「まったく、ギネヴィアウイルスなんて呪いみたいな病に振り回されるのはまっぴらだ。俺たちは仲間を撃つために剣を取ったわけじゃねえ」と強い調子で言う。

トリスタンが窓外を見つめながら静かに声を落とす。「まだ敵が沈黙している間に、病をさらに抑え込めればいいが……いつ敵が本格的に攻めてくるか分からない。今のうちに隊を再編して、みんなを説得する必要がある」
セリナとリリィは顔を見合わせ、「私たち神官も、できるだけ多くの人に干渉治療を施すわ。重症になる前なら何とかなる例が多いの」と口をそろえて言う。マーリンも「装置の改良を急いで人数を増やしたい」と意気込んだ。

エリザベスはそんな彼らを見渡し、やわらかく笑む。「皆が希望を取り戻してくれるなら、必ず王都は再び一つになれるわ。アリスが目覚める前に、私たちが崩れたら台無しだものね」
アーサーも同感だと言わんばかりに頷き、「俺はもう一度、円卓の名のもとに皆を集めるつもりだ。多少の違いや恐怖が残っていても、今なら干渉治療が助けになる。仲間を守るため、剣を掲げよう」と強い意思を示す。


こうして夜の城内で交わされた会話は、まさに再結成の兆しを具現化する約束だった。誤射の恐怖が完全に消えたわけではないが、それを鎮める手段が見つかり、皆が再び同じ方向を向く準備を始めている。
廊下を出ると、ガウェインがモードレッドを軽く肩で突き、「お前、ちょっと笑ってるじゃねえか」と茶化す。モードレッドは「うるせえ、ちょっと気が楽になっただけだよ」と悪態をつくが、その目には確かな笑みが宿っていた。

カインは窓辺に立ち、眠るアリスがいる病室の方角を見つめる。「待っててくれ、アリス。お前が目覚めるまでに、俺たちはきっと一つに戻る。ギネヴィアウイルスなんて乗り越えてみせるから……」
その呟きが誰にも聞こえずとも、心に燃え上がる決意だけは深く刻まれた。すぐ隣でリリィとセリナが微笑み、「私たち神官も一緒よ。絶対に負けないわ」と声を重ねる。そうやって、かつて崩れかけた円卓騎士団が、互いの手を取り合い、再度集結しようとしているのだ。


夜が明け、珍しく薄暗い雲がほんの少し裂けて、朝日が王都の屋根を黄金色に染める。ここしばらく、灰色の空ばかりだったこの土地に、ようやく柔らかな陽光が差し込んでいる。
あちこちの兵や騎士が、久々に明るい顔で話している。もちろん、病はまだ根絶できず、誤射の危険もゼロには程遠いが、それでも確実に回復の兆しを見せる人が増えた。離脱派だった隊が城門をくぐって戻ってくる場面さえあった。

「ただいま……みんな、本当にごめん……俺たち、戻って戦うよ」
「よく帰ってきた! まだ間に合うさ、共に頑張ろう!」

そんな再会のシーンが、王都のあちこちで見られる。この光景こそ、分裂が一つに繋ぎ直される兆しに他ならないだろう。沈んでいた空気に、わずかな暖かみと会話が戻る。
アーサーやエリザベスが彼らを出迎えて、「もう一度円卓を囲もう。皆が仲間なんだ」と誓いの言葉を交わし、抱擁する光景が、人々の心を解きほぐしていく。すれ違いざまに互いを警戒していた雰囲気が、少しずつ消えていくのを感じる。

カインは神官リリィ、セリナと並んでその様子を見守り、モードレッドやガウェインが安堵の笑みを浮かべているのに気づいた。離脱した者たちと再び握手を交わすシーンが目に焼き付き、胸が熱くなる。
トリスタンは静かに眺めつつ「本来の姿を取り戻しつつあるな……」と呟く。その瞳にかすかな光が差し、「これでギネヴィアウイルスの脅威さえ克服できれば、きっと……」と続ける。


こうして、深刻な分裂へ一直線に向かっていた円卓騎士団が、わずかに踏みとどまって再結成への道筋を見出す――そんな局面を迎えていた。
確かに病が根絶したわけではないし、誤射や暴走の危険が完全に消え去ったわけでもない。敵がさらに進化を続けている可能性も拭えず、今後も厳しい戦いが待ち受けている。
それでも、干渉治療で誤射を阻止できることが証明され、離れた仲間が再合流し始めた事実は、騎士団にとって何より大きな希望となる。かつて崩れかけた絆がもう一度結び直されれば、敵を討ち倒すことも夢ではないだろう。

セリナは薄曇りの空を見上げて静かに言う。「騎士団が一丸となれば、私たち神官の干渉治療ももっと広まる。誤射の恐怖が消えれば、皆が互いを信じ合えるようになるわ」
リリィはその横で力強く頷く。「うん。そしたらアリスさんが目覚めたときに、王都が無事だって胸を張れる。ギネヴィアウイルスに負けず、敵を追い払ったって言えるかもしれないね」

カインは神官二人を見つめ、「ありがとう。君たちの頑張りで、俺たちがまた一つに戻れそうなんだ。あとは、敵がいつ総攻撃を仕掛けてくるか……それまでにさらに治療を拡げよう」と微笑む。
モードレッドやガウェイン、トリスタンも同意して「俺たちが迎え撃つさ。病に負けず、皆が結束できるなら、敵なんざ怖くない」と口々に誓い合う。その光景には、かつての誇り高い円卓騎士団の姿が重なっていた。

「よし……! これで、分裂なんてもう終わりだ!」
誰かが高らかに声を上げ、周囲が拍手で応える。抜け出せない闇に見えたギネヴィアウイルスの深刻化も、干渉治療という力で徐々に押し返すことが可能になった。離脱した者が戻り、王都の街にもわずかな笑顔が蘇り始めているのは明確な“再結成の兆し”といえるだろう。


夜がやってきても、王都の空にはわずかな月明かりが覗き、街角に優しい灯がともる。誤射や暴走への恐怖が完全に払拭されたわけではないが、今は干渉治療を頼れるという安心感がある。仲間を信じても大丈夫、という空気が少しずつ醸成されているのだ。

医療区画では、リリィとセリナが夜の巡回を続けながら、患者に声をかけている。
「大丈夫、あなたには治療の順番が回ってくる。もう少しだけ耐えて……」
「発熱が酷いけど、今は部隊が共同で看護してくれるから誤射なんて起きないわ。一人じゃないのよ」

そうした励ましが、かつてバラバラだった隊員の心を徐々に溶かす。彼らは弱々しくも笑みを返し、今度は「俺が回復したら一緒に戦わせてくれ」と言い出す者さえいる。
そこに新たな戦力が生まれようとしている。かつて誤射や病で後退を余儀なくされた人々が、干渉治療で蘇り、再び剣を握る――。分裂したまま終わると思われた騎士団が、まさに再び結束を取り戻す流れに乗り始めていた。


神官長マグナスは夜の深い時刻、聖堂の灯りを消して窓から月を見上げ、「我々はギネヴィアウイルスに屈しなかったと言える日が、きっと来る」と胸中で呟く。
マーリンは実験室で装置の改良を進めながら、「アリスが目覚めなくても、やり方次第で俺たちは戦える。仲間を信じられるなら、誤射なんてもう起きないさ」と自己鼓舞している。
騎士たちも薄暗い兵舎で「今度の出撃では、もう離脱しない」「誤射が怖くないわけじゃないけど、干渉治療があるから信じてみよう」と誓い合う場面が増えてきた。

灰色の雲はまだ完全に晴れたわけではなく、夜の王都を静かに包んでいるが、その奥で月が朧気に光を放つ。再結成の兆しは確かにこの地に芽生え、一度バラバラになりかけた円卓騎士団がもう一度肩を組む構図が見え始めているのだ。
次なる戦いはさらに苛烈になるかもしれないが、彼らはこの“わずかな芽”を守り育てていこうと強く願っている。それがギネヴィアウイルスの深刻化を乗り越え、再び誇り高い円卓の名のもとに集う真の結束を得る道だと、今は確信しているのだから。

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