再観測:星を継ぐもの:Episode9-2
Episode9-2:外界の混乱
仮設拠点の夜明け――この宙域には昼夜の概念が存在しないが、便宜上のサイクルに合わせて艦内照明を調整しているので、乗組員たちは朝を迎えたつもりで動き始める。
しかし、今回の“朝”には穏やかな雰囲気などまるでなかった。もともと緊迫した状況が続いているうえに、新たな報せが飛び込んできたからだ。遠く離れた外界、王国や他都市国家の連合圏が混乱に陥りつつあるという情報が、騎士団の通信チャンネルに届いたのである。
円卓騎士団が拠点艦のブリッジに集まると、モルガンや神官隊の面々が深刻な顔で待ち受けていた。スクリーンには複数の通信ログが並び、赤い文字で「エラー」「途絶」といった警告が点滅している。
カインは額にしわを寄せて、そのログを見つめる。「なんだこれ……何箇所も断線してるじゃないか。これ、単なる故障じゃないよな?」
モルガンが静かな声で答える。「ええ、故障ではありません。私たちと本国――王国中枢と都市国家連合を結ぶメイン回線が、ある時点から急に繋がらなくなったの。バックアップ回線もダメ。原因は不明よ」
アーサーがいつになく険しい表情でスクリーンを睨む。「The Orderの仕業か? だが、こんな遠隔から通信回線だけを精密に狙うとは考えにくい。それに、王国本土にも防衛網が残っているはずだ。突破されたのなら一大事だぞ」
ガウェインは盾を持ったまま腕を組み、「まさか、内乱か何か起きたってわけじゃねえだろうな……」と唸る。
トリスタンが冷静に通信ログを探りながら、「ただの技術的障害にしては、タイミングが良すぎる。アリスの意識世界での出来事やコアへの接近に合わせるように外界が混乱するなんて、偶然か?」と疑念を口にする。
アリスは点滴を外して医務室を出てきたばかりの体を押しつつ、ブリッジに姿を見せていた。まだ顔色は万全ではないが、問題が起きていると聞いて黙ってはいられなかったのだ。
「皆、私にも手伝わせて。外界と連絡がつかないなんて……想定外だよね。もし地球側で何かあったら、私たちが帰る場所が――」
カインが心配そうに「無理するな、アリス。さっきまで寝てたんじゃ……」と制止するが、アリスは弱々しく笑って首を振る。「大丈夫、少しなら大丈夫だから。こんな大事、放っておけないよ」
モルガンは短く息をつき、「では、アリスの干渉力によるサーチも期待できるかしら。回線断絶の原因を探るのに、観測光を使った非常通信があるけど、それにはアリスのサポートが必要かも」と助力を求める。アリスはすぐに「やってみます」と答えた。
ブリッジ中央にある円形コンソールに、神官隊のオペレーターが手早く装置をセットアップし、アリスが横に立つ。カインが見守りつつ、「しんどいならすぐ言うんだぞ」と小声で念を押す。
「うん……ありがとう」アリスは不安を抱えながらも装置に手を当て、観測光を微妙に制御する。これは、通常の電波回線がダメな際に、観測光の波長干渉で直接王国本土の同調器と繋ぐ“非常通信”の儀式のようなものだ。
とはいえ、長距離かつ正確に相手の波長を捕捉するには神官や干渉力が欠かせず、アリスがその要を担っている。
「波長を合わせる……干渉度を上げれば、王国の聖堂にある受信器へ繋がるはず――」
アリスが集中の呼吸をして目を閉じると、神官たちも後方で詠唱を始めた。コンソールの画面が揺らぎ、観測光のラインがひとつひとつ浮き上がってくる。
一同が息を殺して見守るが、数分経っても相手側の反応がない。まるで“真空”へ声を届けようとしているように、何も戻ってこないのだ。
「これほど虚無に近いなんて……」
モルガンが渋面を浮かべる。アリスはさらに負荷をかけ、観測光の振幅を増やす。「もう少し……頑張ってみる……」
カインは心配だが、成功の兆しがわずかに見える気がして黙って見守る。やがて、画面に微弱なノイズが混ざる。一筋のかすれた波形が読み取れるようになり、アリスの表情が明るくなる。「何かいる……誰か……!」
しかし、次の瞬間、バチッという火花が散り、アリスが「痛っ……!」と声を上げてコンソールから手を離した。回路がショートしたのか、焦げた臭いが漂う。
「だ、大丈夫か、アリス!?」とカインが支えに回る。アリスは肩で息をしながら、「ごめん……何とか捉えかけたのに、逆流みたいな衝撃がきて……」と悔しそうに呟く。
コンソールにはエラー表示が溢れ、神官隊のオペレーターが叫ぶ。「だめだ……装置が壊れた。修理に時間がかかる。いまの一瞬、電波ノイズみたいな音声データが入ったけど、解析できるか……!」
「音声データ……?」
アーサーがその言葉に反応する。オペレーターは慌てて端末を探り、「わずか数秒ですが、音声らしき波形を拾いました。でもほとんどノイズで……ちょっと待ってください」と分析作業を始めた。
艦内放送スピーカーが一帯の雑音を流し始める。ブツブツとした割れた音声が響き、まるで遠くから悲鳴や叫びが混ざっているかのように聞こえる。オペレーターが必死にフィルタをかけ、言葉を再現しようとするが、ほとんどが判別不能だ。
それでも、かすかに「破壊……王国……」とか、「侵……ザワ……」などいくつかのキーワードが断片的に聞こえる。ひどく混乱した声のようで、何人もの声が重なっているようにも感じられた。
「くそ……まるで地獄絵図のような音声だな。いったい何があった?」
ガウェインが青ざめて盾を握りしめる。トリスタンもライフルを半ば忘れたように抱え、「どう考えても何か大きな事件が起きている。The Orderが本土へ侵攻したのか……」と呻く。
アリスはベッドの縁につかまりながら、涙が浮かんでいた。仲間のいる王国、連合の人々が危機に瀕しているかもしれないのに、ここから救いの手を出せない焦りが募る。
モルガンが辛そうに目を伏せ、「すぐに復旧するならいいけれど、下手をすれば王国はもう……。最悪の場合、本土が落ちてしまった可能性もあるわ」と呟く。アーサーは歯を食いしばり、「俺たちがここで要塞対策に手一杯なうちに、外界が……」と悔しげに言葉を詰まらせる。
カインが視線を落とし、「そんな……いったいどうすればいいんだ。こっちは要塞を押さえないと、すぐ戻るのも難しいし……」と唇を噛む。要塞を放置して戻れば、小宇宙からの脅威が更に拡大するかもしれない。
「どうにか回線を直して、追加情報を得るしかない。整備班が三日ほどで修理できる見込みと言ってるが……」
オペレーターが嘆くように言う。アーサーは腕を組んで短く結論を下す。「ならば、その三日間で俺たちはできる限りの備えを進める。もし王国が落ちていたとしても、我々が要塞を突破し、The Orderの根を絶たねば意味がない。……厳しいが、もう時間がないんだ」
医務室に戻ったアリスは、点滴を再び繋がれながらも、頭の中は外界の混乱でいっぱいだった。カインが隣の椅子に座り、無言でアリスの手を握る。彼は何か声をかけたいが、どうにも言葉が出ない。何を言ったって、この状況が好転するわけじゃないからだ。
アリスは視線を床に落として、「地上……地球にいる人たち、王国の人や難民キャンプの人たち……私、守りたいのに。こんなところで何もできない」とくぐもった声でつぶやく。
「俺だって歯がゆい。すぐ戻れりゃいいんだが、要塞を放置すればこっちが崩壊する。要塞を落とさなきゃ、The Orderの侵略も止まらない……」
カインは思いきり腕を組み、焦燥を隠さない。そもそも、円卓騎士団は最後の防衛線として小宇宙に侵攻している面もあるが、外界が一気に攻められれば、大本営が壊滅するリスクは常にあった。今回はそれが現実味を帯びてきたに過ぎない。
アリスは深呼吸して、カインを見つめる。「でも……私たちが戻っても、王国がもうないかもしれない。私がもっと早くコアやエース機を突破できていれば、The Orderの増援なんて来なかったかもしれないのに……」
「責めるな、自分を。そんなこと言っても仕方ないさ」カインは優しく言う。アリスは震える声で、「仕方ないって……。私が神様並みの力を持ってるかもしれないなら、最初からそれをもっと使えたら違ったのかな……」と言う。
カインはアリスの肩をそっと叩く。「お前はそんな力を使えば世界が消えるかもしれないんだろ? 万が一にも試せないって。やるなら安全なやり方を探すしかない。焦ったって誰も得しない」
「……うん」アリスはかすれ声で頷く。「だけど、地上の人たちは今も苦しんでるかもしれない。焦りたくなるよ……」
二人が言葉を失ったところへ、ノック音とともにアーサーが入ってくる。いつもの冷静さはあるが、微かに顔色が険しい。「何度か回線復旧を試みてるが、今のところ成果はない。整備班いわく、装置のパーツが足りないらしく、ここで作るには時間がかかるそうだ」
カインが「そうか」と肩を落とし、アリスも苦い顔で顔を伏せる。アーサーは少し間を置いてから言う。「だが、可能性はゼロじゃない。私たちが小宇宙の要塞を制圧すれば、The Orderの動きを一気に衰退させられる。そうすれば外界が助かるチャンスが増える。……それに賭けるんだ」
「はい……」アリスは力無く返事をする。アーサーは続ける。「君は休んでいて構わない。コアへの再突入計画は当分先だ。まずは地上からの情報を得ようと試みるし、要塞周辺のドローンも掃討しておかなければならない。……焦りは禁物だよ」
そう言われ、アリスはかすかにほほ笑みを作った。「……わかりました」
翌日、星海の前線哨戒に出ていた神官隊の小型艇が戻り、急ぎの報告を持ち込む。要塞付近でドローンの増強が確認されただけでなく、観測光の異常波形が複数検出されたという。まるでThe Orderが「外界の混乱」に呼応するように、自分たちの陣容を強化しているかのようだ。
ガウェインは盾を叩きながら「あっちもすげえ数を揃えてるらしい。コアに攻め入りたいが、今そんな余裕はねえってことか」と吐き捨てる。トリスタンも「正面から行けばまた激戦になる。外界にも目を配らなきゃいけないって状況で、リソースが足りないね」と渋い顔をする。
カインは沈痛な思いで、要塞の戦略マップを見つめる。アリスは横で小さく呟く。「ドローンがあれだけ増えれば、私たちのコア突入がさらに危険になるよね……。外界の混乱が本当にThe Orderによる攻撃なら、あっちに援軍を送るべきだし……」
アーサーが肩を落としつつ、苦い決断を下す。「二手に分かれて行動するしかない。要塞近くには必要最小限の戦力を残し、別の部隊を地球へ帰還させて状況把握する。だが、回線が死んでる以上、どう派遣するかが難題だ……」
「転送術式を使えば……」と誰かが言いかけるが、モルガンが首を振る。「転送には座標固定が必要。地上の拠点が生きていれば問題ないけど、あちらとの通信がない今、下手をすれば転送先が崩壊している可能性も。リスクが大きいわ」
事実上、要塞と外界の両方に対処するというのは容易ではない。この混乱がThe Orderの狙いなら、まさに効果を発揮しているのかもしれない。円卓騎士団は苦しい判断を迫られていた。
そうこうしているうちに、要塞近辺から追加の攻撃部隊が送られ、再び星海の前線がにわかに騒がしくなってきた。円卓騎士団はこれを迎撃するため、渋々ながら出撃を決定。アリスは医務室で安静を言い渡されていたが、「私も行く」と譲らない。
「アリス、お前には意識世界とのやり取りで疲れがたまってるんだろ?」とカインが止めるが、アリスは固い瞳で返す。「だけど今は、仲間が苦しむのを見てられない。私が干渉力を少しでも使えたら、被害を減らせるし、観測光攻撃を逸らすこともできるかもしれない」
「……わかった。でも絶対無理するなよ。やばくなったらすぐ引け」
結局アリスも銀の小手に乗り、アーサーやガウェイン、トリスタンと共に艦隊を率いて要塞正面へ向かう。そこの宙域にはドローンや中型艦が散開しており、すでに一部隊が交戦を開始していた。
爆発音が幾重にもこだまし、閃光が星海を照らす。カインとアリスが隊列を乱さず突入し、ミサイルとビームを集中してドローン群を分断する。ガウェインが盾で前面を守り、トリスタンが後方から狙撃。アーサーはエクスカリバーで縦横無尽に飛び回り、敵船を叩く。
それでも敵の数は多く、じわじわ圧力を受けて隊が引き戻されそうになる。「くそっ、数が多い!」とガウェインが吐き捨てる。アリスは何とか干渉力を使って弾道を逸らそうとするが、体に重さを感じ、痛みがじわじわ広がる。意識世界での負担が残っているのだ。
「大丈夫……大丈夫……!」
アリスが自分に言い聞かせながら干渉を試みる。ビリビリと脳裏に衝撃が走るが、かろうじて敵ビームの一部をずらすことに成功。カインがその隙にミサイルを撃ち込み、複数のドローンを粉砕する。
激しい戦闘は数十分にも及んだが、やがて敵の配置は乱れ、撤退するように散り散りになった。円卓騎士団は負傷艦のサポートをしながら後退し、何とか持ちこたえた形だが、これを繰り返すうちにいつか限界が来ることは明白だ。
戦闘がひと段落した後、ブリッジに緊急の呼び出しがかかる。また何か重大な報せかとアーサーやカインらが駆けつけると、通信班が浮き足立った様子で「回線はまだ死んでいますが、遠方から微弱な信号を拾いました。王国……のデータかもしれません!」と興奮気味に言う。
「なんだって? さっきは全然ダメだったじゃないか」
ガウェインが前のめりになる。オペレーターは頭を下げて言葉を続ける。「ええ。どうやら王国の艦隊が緊急ルートで通信ビーコンを飛ばしたらしく、こちらの観測光受信機にかろうじて混線状態で届いたようです。解読にはまだ時間が……」
「とにかく、何でもいい。早く解析してくれ!」
トリスタンが苛立ちを隠せないまま促す。程なくして、神官隊がキーボードを素早く叩き、数分後に短い文章だけがスクリーンに浮かび上がる。ところどころ文字化けがあるが、こう書かれていた。
「王都陥落――一部都市国家孤立――敵は内部から――アリザベス(エリス)消息不明――来援要請――……」
読み上げるや、ブリッジは騒然となる。アーサーが瞳を見開き、「陥落……王都が……馬鹿な……」と声を失う。ガウェインは盾を壁に叩きつけ、「嘘だろ! 一番堅牢な王都が落ちたのかよ!」と絶句する。トリスタンさえも目を伏せ、「敵が内部から侵入したというのか……」と呟く。
カインは衝撃で頭が真っ白になりかける。エリザベス――アーサーの妹であり、内政担当の要人が消息不明だなんて、状況は最悪だ。
アリスは唇を震わせて「そんな……私たちがここに来てる間に、地上が……」と視線を落とす。
「落ち着け。まだ詳細はわからん。この一文だけじゃ、どうにもならん。要塞を捨てて戻るか、それともここでThe Orderの本拠を叩くか……分岐点だ」
アーサーが不自然に肩を揺らしながら言う。声が震えているようにも感じられたが、彼は必死に冷静を保とうとしているのだ。実の妹の消息不明と聞かされ、動揺しないはずがない。
モルガンが苦しそうに口を開く。「……もし王都が陥落したなら、残った都市国家も危ないでしょうね。私たちが引き返しても回線がないし、どう戦うかの作戦を練らないと……」
「だけど、ここを放置すればThe Orderの流入を止められず、結局地上が……」
トリスタンがさらに思考を巡らせようとしたが、言葉が詰まる。状況はまさに板挟みだ。
ガウェインが荒々しく呼吸して、「俺には難しいことわかんねえが、仲間がやられてんだ。一刻も早く戻って助けてえ!」と本音を吐露する。アリスはその気持ちを共有しつつ、「でもカインが言ったように、要塞やコアを叩かないと根本的解決にならないんだよね……」と歯噛みする。
するとアーサーが深い息を吸い、「何か策を考えなくては……ただ王都が落ちたなら、そこを取り戻す戦力は今の我々にない。地上で連絡が付かない以上、戻っても混乱に巻き込まれるだけかもしれない」と苦渋の面持ちで言う。
カインはアーサーの痛みを思いやるように目を伏せ、「どうにもこうにも、俺らだけじゃ判断が難しいな。……アリス、もしお前の“意識世界”で地上と繋がる方法とかないのか?」と途方もない提案を口にする。
アリスは困惑して顔を上げる。「そんなの、私にもわからない。あの世界は自分の内面……上位世界とリンクしてるかもしれないけど、地上と直結してるかは……」
「ああ、そうだよな……」カインが落胆の色を浮かべる。とても、意識世界で地上の情勢を知るなんて都合のいい話は考えづらい。
三時間にわたって続いた会議でも結論は出ず、円卓騎士団は苦しい沈黙に沈んだ。
要塞を攻略しなければ、The Orderの脅威は消えない
だが、地上が今まさに崩壊しかけているなら、即座に帰還すべきでは
回線は死んでいる。よしんば戻っても、どうやって地上を取り戻すか方策が見えない
「どうする、アーサー卿……」とガウェインが感情を滲ませて問う。アーサーは苦い顔をしながら、「私が、王都へ戻りたい気持ちは痛いほど強い。……しかし、騎士団全体が戻れば要塞がフリーになる。結果的に地上への圧力が増すかもしれん」と言いかけて黙り込む。自身の心情と理性の間で葛藤が渦巻いているのが明白だった。
トリスタンは「一部メンバーが帰還して、残りが要塞を攻める手はどうか」と提案するが、アーサーが首を横に振る。「要塞攻略は円卓騎士団の総力が必要だ。分割すれば成功率がさらに下がる……」
カインが苛立ちをこらえて拳を握り、「くそ、なんでこんな二択しかないんだ!」と声を荒げる。アリスはその隣で肩を震わせ、「でも、私たちが決めなきゃ始まらない……」と涙目で言う。
最終的にモルガンが一歩前に進み、「いま王都へ戻っても、状況が最悪かもしれないわ。そこを力任せに乗り込めば巻き添えが増えるかもしれない。……ここは賭けだと思って、要塞を先に叩く。そうすればThe Orderの大きな流れが止まるかもしれない」と提案をまとめる。
「賭け、か……。そうだな、どうせ一度に両方は無理だ。短期決戦で要塞を落とし、すぐ戻る。それしかないのかもしれん」
アーサーが肩を落として結論を下そうとする。ガウェインもトリスタンも同意する流れだ。カインも忸怩たる思いだが、仕方ないと頷きかけたそのとき、アリスが意を決した声を上げる。
「待って……私、もう一度“意識世界”を使ってみる。さっきは地上とは繋がらないって言ったけど、少なくとも上位世界と何らかのリンクがあるなら、そこで地上に何が起きてるかを見られる可能性が……あるかもしれない。無謀だけど、試してみたいの」
ブリッジ中が息を呑む。カインはすぐに「だめだ、そんな……この前も苦しんだばかりじゃないか」と止めるが、アリスは首を横に振る。「私だって怖い。でも、情報が何もないまま進んだら、取り返しのつかない結果を招くかもしれない。これは必要なリスクだと思う」
アーサーは痛む腕を押さえながら、「アリス……たしかに、あなたが何かを掴めれば、我々の判断材料になる。だが、負担が大きいだろう?」と諭す。アリスは覚悟を決めた顔で「私も騎士団の一員。ここで役に立たなきゃ……」と静かに言い切った。
再び医務室にて、神官隊が結界を準備し、アリスはベッドに横たわる。つい数日前にも同じことを試みたばかりだが、今回は「地上の情報を探る」ことが目的だ。観測光を通じて上位世界にアクセスし、そこから地上の現状を覗けるかどうか、誰もわからない。
カインはアリスの手を握り、「いいか、万が一危なそうならすぐ戻ってこい。オレが揺り起こすから」と声をかける。アリスは微かな笑みを浮かべ、「うん、ありがとう」と頷いた。アーサーもガウェイン、トリスタンらが外で待機し、神官たちが魔力を込めて詠唱を始める。
観測光がキラキラと揺れ、アリスの意識は薄れていく。眠るように落ちていき、白い空間――“意識世界”へと誘われる感触がする。ほんの少しだけ不安だが、背中を押してくれる仲間の存在が力になる。
やがて視界が淡く光り、再び真っ白な世界が現れる。前回よりも少し薄曇りのような印象で、どこか遠くで雷鳴のような低い振動が響いている。
(ここに来るのは……もう三度目。黒い人影がまた出てくるかな……)
アリスがそう思っていると、後ろからゆっくり足音が聞こえた。振り返ると、やはり黒い人影が立っている。しかし、前回と違い、オーラが乱れているのか、輪郭が時々乱舞するようにチラついている。
「また、来たんですね……」と人影は悲しそうに囁いた。「あなたは何度でも踏み込むのね。……今日は何を望むの?」
「私、この世界――下位世界がどうなってるか知りたいの。地上が混乱してるみたいで、王都が落ちたかもしれない。何か手掛かりがあるなら教えて。あなたには世界の全体が見えてるんじゃないの?」
アリスが懇願するように言うと、人影は沈黙を保つ。やがて重い声で「下位世界に直接干渉する権限は、私にはない。私たちが見ているのはあなたの内側……」と曖昧に答える。
「でも……」とアリスが食い下がる。「あなたたちの仲間に“人型”がいたでしょう? 要塞のコアやエース機と連携してるんじゃないの?」
人影は小さくかぶりを振る。「私たちは一枚岩ではない。あなたを眠らせたい者もいれば、コアと結託して別の目的を果たそうとしている者もいる。――混乱するかもしれないけど、この意識世界も外界も、もう一つの危機に陥っているわ」
「もう一つ……?」
アリスが息を飲む。人影は続ける。「The Orderの勢力が、あなたの眠りを維持するために外界を壊そうとしているとも言えるし、あるいはあなたを覚醒させるために暴れているとも言える。彼らの意図は複雑……。それが地上の混乱に繋がっているかもしれない」
「でも、実際いま王国が落ちたかどうかは分からないままなんです。何か見せてくれない?」
アリスが切実にお願いすると、人影は短い沈黙を挟み、「あなたが本当にその光景を見たらどうなるか……」とためらう様子を見せる。
それでもアリスは揺らがない視線で「知りたいの。仲間が苦しんでいるのを黙って想像だけですませるなんて、もう嫌」と決意を示す。すると、人影は微かに手をかざし、白い空間がわずかに揺れ始める。
「ほんの一片だけ……この意識世界の奥から、地上の影を映し出してあげる。けれど覚悟して……あなたの心が傷ついても、私には救えない」
「いいわ……見せて……!」
アリスは歯を食いしばって目を凝らす。すると空間に黒い水面のような領域が出現し、その中にちらつく映像が浮かんできた。そこには崩れた城壁や火の手が上がる街路らしき光景が映り、悲鳴や怒号が混じって聞こえる気がする。建物が黒煙を上げ、道には人々の姿……だが混乱がすごく、明確に何が起きているかはわからない。
「これって……王都、なの?」
アリスが問いかけると、人影は「私は詳しく言えない。あなたのイメージを照射してるだけだから……」と苦しい声で答える。なるほど、これがまさに“意識世界を通じた外界の影”ということか。アリスが知っている王都の景色をベースに、現実の苦境が重なって投影されているのだろう。
それでも衝撃的な光景には変わりない。王の城が崩れ、旗が倒れ、軍勢が地を覆っているようにも見える。The Orderの機械や融合兵と思しき影がうごめいており、人々が蹂躙されているかのようだった。
「ああ……ひどい……」アリスは目を覆い、呼吸が乱れる。「私たちがここで留まってる間に、こんなことに……」
人影がか細い声で言う。「だから言ったの。あなたがここを離れれば――。でも、あるいは要塞を攻略すれば、The Orderを押し返せるかもしれない。どちらが正解かは……私にもわからない」
アリスは泣きそうな顔で「こんなの……嫌……私が力を使って何かできるなら、すぐにも行きたい。でも、要塞を落とさないと根本的には……」と独り言のように呟く。
それを聞いた人影は短く息を呑み、「大きな力には対価が伴う。あなたがこの世界を存続させながらThe Orderを倒す道……そんな器用な手段があると信じてるの? 神にも等しい力を持ち、本体が目覚めればすべてが崩れる……その狭間であなたは何を選ぶ?」
「私は……」
答えられない。覚醒すれば世界を壊すかもしれない。それでも、地上を救うために力がいる。頭の中で堂々巡りが起き、アリスの体が震える。
すると、人影が静かに手を伸ばしてアリスの肩に触れる感覚があった。「あなたは優しい。だから苦しむ。でも覚えて……あなたには“仲間”がいる。あなたがこの世界を愛しているように、彼らもあなたを支えている。だから――」
言いかけた瞬間、またしても空間が不穏に揺れ出す。人影が不安そうに振り返り、「また割り込み……? いけない、時間がない……」と呟く。
アリスは慌てて「待って、教えてほしいことがまだ!」と手を伸ばすが、白い世界が歪んで黒ずみ始め、足元が崩れるような感覚が襲う。幻聴のように王都の悲鳴が耳を突き刺し、意識が一気に引き戻される。
医務室に戻ったアリスは大きく息を吐き、汗でシーツを濡らしていた。カインや神官隊が「大丈夫か?」と声をかけるのが聞こえる。アリスは涙を浮かべながら起き上がり、「うん……私は平気……でも、王都が……」と言葉を詰まらせる。
カインが背を支え、「王都で何があったんだ?」と問うと、アリスは震える声で「見えたの……崩壊しつつある王城の姿。The Orderの侵攻かもしれない。とにかく、すごく悲惨だった」と話す。
アーサーの顔色が一気に変わり、拳を握りしめる。「やはり……。そうか。じゃあ、やはり本土はもう……」
アリスはそれでもうなずくしかない。「ええ……確証はないけど、意識世界で見た映像が本物なら、王都は相当被害を受けてる。早く救援に行きたいのに……でも、要塞を放置すれば拠点もじきに落ちる。いったいどうすれば……!」
悲痛な声を出すアリスを見て、カインも苦しい顔をしながら答えられない。ガウェインも歯を食いしばり、トリスタンは沈黙する。
するとアーサーが短く深呼吸して、「覚悟を決めよう」と呟く。「ここで大艦隊を編成し、最速で要塞を攻略する。その直後、地上へ戻る――それしかない。王都が耐えきってくれることを祈りつつ、我々が動ける最短時間で決着をつけるんだ」
「そんな短期間で要塞を落とせるのか?」ガウェインが疑問を呈する。アーサーは肩をいからせて、「落とすしかない。もたもたしているうちにすべてが手遅れになる!」と強い口調で返す。
トリスタンは静かに「総攻撃プランか……危険だが、それしかないなら準備を急ごう。要塞周辺にはドローンやあのエース機、人型の守護者もいるかもしれない。大艦隊で一気に押さえ込む形になるね」
アリスはベッドの上で目を伏せる。「私も協力する。全力で干渉力を使う。これで体を壊したって構わない……」
カインがすぐに「冗談言うな!」と遮るが、アリスは涙を浮かべて唇を噛む。「だって、地上を助けたいし、ここも守りたいんだよ……。もし私に神様並の力があるなら、今こそ使うべきかもしれないじゃない……」
「それは……」カインが何も言えずに黙り込む。彼女が覚醒すれば世界が消えるかもしれないという恐れがある。だが、このままでは地上が滅び、要塞も放置できず、どちらも助からない最悪のシナリオが待つかもしれない。
アーサーが静かに口を開く。「アリス、君がどこまで踏み込むかは、君自身が決めることだ。だが、私たちは、最後までともに戦う。たとえ危険があっても、今はその力が必要かもしれない」
ガウェインとトリスタンも頷いている。カインは震える声で「本当にいいのか? もしお前が完全に覚醒して、この世界が――」と詰まらせる。
アリスは泣きそうな笑みで、「わからない……でも、地上がこのまま崩壊するのは黙って見たくない。要塞を一刻も早く落とすためなら、私、やるよ……」と決意を示した。
こうして、外界の混乱という報せが円卓騎士団をさらに追い込み、大規模な総攻撃――要塞の早期攻略が不可避という流れになった。短い時間で準備できるだけの戦力をまとめ、観測制御装置の改良を急ぎ、アリスの干渉力をフルに使う作戦が立案される。
だが、それは同時に、アリスを“覚醒”へ近づけるリスクでもある。仲間たちは承知のうえで動き始める。王都の人々がこの瞬間にも倒れているかもしれない。円卓騎士団は、その悲しみを胸に秘め、切り札を切る時が来たのだ。
コアとの邂逅で得た情報、アリスの意識世界で見えた残酷な現実……。すべてが円卓騎士団の背中を押している。今しかない。要塞を攻略しなければ、多くの命が失われてしまう。
カインはブリッジの窓から暗い星海を見つめながら、強く握りこぶしを作る。「地上のみんな、もう少しだけ耐えててくれ。俺たちは必ず間に合うようにする……!」
遠くで要塞の輪郭がぼんやりと闇に沈んでいる。そこに潜むドローンの軍勢やエース機、人型の守護者。かつてない死闘になるだろうが、もう後戻りはできない。外界の混乱が現実となる前に、一刻も早く勝機を掴まなくては――。
アリスはカインの隣に立ち、同じ窓の外を見つめる。彼女の心には“眠りを続けろ”という声がかすかに鳴り響いていた。けれど、このまま眠ったままでいられるか。下位世界を壊したくないと願う一方で、地上の人々を救うために力が要る。
(それでも……行かなくちゃ。仲間が信じてくれてる。私が目覚めずに済む方法が、きっとあるはず……)
小さく自分を奮い立たせるようにつぶやき、円卓騎士団の前に立ちはだかる最後の大戦へ向けて心を固めるアリスの姿がそこにあった。
外界の混乱はまだ断片的な情報しかない。しかし、その断片は明らかに破滅の序章を予感させる。円卓騎士団は要塞を突破できるのか、それとも地上が先に壊滅するか――。その行方を決める最終決戦の火蓋は、もうすぐ切って落とされようとしているのだった。