再観測:星を継ぐもの:Episode12-1
Episode12-1:王都への凱旋
雲が垂れ込める灰色の空の下、円卓騎士団の輸送艦が静かに大気圏を降下していく。かつては壮麗な城壁がそびえていた王都の姿は、今や遠目にも痛々しいほど荒廃していた。崩れ落ちた塔やひび割れた城壁、焼け焦げた街並みが散見され、要塞との戦いの影響や崩壊の波紋の余波が、王都を深く傷つけたのは明らかだ。
カインは操縦席のモニター越しに、その惨状を見つめながら苦い息を吐く。
「……想像はしてたけど、ここまでとは。まるで戦火にさらされた跡みたいだ」
隣で横になっていたアリスが、まだ疲れを引きずる小さな声で同意する。「うん……でも、この街が私たちの帰る場所でしょう? 今はこんなに壊れていても、きっと復興できる……」
医務班の神官から「アリスさん、ベッドで休んでいてください」と声が掛かるが、アリスはもう休むよりも地上の姿を確かめたいという意志が強い。短くお礼を伝えてカインの隣へ寄る。銀の小手の機内で、二人は寄り添うように窓の外を見やる。灰色の天空を切って輸送艦のエンジンが轟き、視界には数多くの建物が瓦礫と化した光景が広がっている。
最初に目を奪われるのは、王都を囲んでいた高い石壁が無数に割れ、ところどころ崩れ落ちている光景だ。強固な防御を誇っていたはずの要塞都市が、今はズタズタにえぐられたように痛々しい。城門もほとんど崩壊している。
アーサーが輸送艦の前方席から、その様子を見て声を失う。
「……これが、わが王都か……かつて誇りを胸に過ごした城壁が……見る影もない……」
そう、呻くように呟くと、ガウェインが隣で拳を握りしめる。
「くそ……俺たちが留守にしていた間に、どんな地獄があったんだ。The Orderが原因なのか、崩壊の波紋のせいなのか……あるいは内部で何か……」
トリスタンは冷静にスコープを覗きながら、「陸地の亀裂が広範囲に走っているから、崩壊の影響も大きいだろう。でも、爆撃の跡のような大穴もある。要塞との最終戦以前に、何らかの激戦があったのかもね」と補足する。
アリスは悲痛な面持ちで小さく息を吐く。「私たちがThe Orderを倒しても、地上の混乱はすぐには収まらないのか……今から始めなきゃ……」
「そうだな……俺らが王都を立て直す。それでこそ凱旋とも言える。ひとまず、着陸ルートを確保しよう」カインが意を決するように言い、輸送艦のパイロットに通信を入れる。
かつては「王の帰還」を祝う人々の歓声に包まれていたはずの王都。だが、今回は、円卓騎士団の艦が降下する場所に人々の姿はほとんど見られない。難民らしき群れが遠巻きにこちらを警戒しており、子供や老人が倒れ込みながらも、向こうからの呼び声はない。
ブリッジにいるアーサーが静かに唇を噛む。「……これが、私たちの“凱旋”なのか。まるで敗北した後に帰ってきたみたいだ」
「アーサー卿……」アリスが痛ましい表情で俯く。ガウェインが無理に励まそうとする。「王よ、仕方ねえよ。要塞戦があったんだ。民衆は混乱してるし、誰も出迎えなんて余裕がない。だから、俺らが動かなきゃならねえんだ」
輸送艦が地面にランディングスキッドを下ろすと、そこから伸びるタラップが開く。機体後方では、既に整備士や神官、医師団が緊急下船の準備をしていた。アリスとカインがその先頭に立つ。
「よし……まずは周囲の安全を確保しよう」カインが周囲を見回すと、何人もの市民が朽ちた建物の影からこちらを訝しみながら窺っているのが分かる。
円卓騎士団が降り立った場所は、広い通りだった痕跡が残るものの、瓦礫が積み重なり道路として機能していない。馬車や車両が横転し、商店街は跡形もなく崩れ去っている。
ガウェインは深く息を吐いて、「ったく……嫌な予感がする。暴徒化した連中もいるって報告だ。気を緩めちゃならねえ」と盾の代わりに装備したプレートを確認する。トリスタンはライフルを胸に抱え、「弾薬はほぼないが、いざとなれば何とか制止する程度には使える」と応じる。
アリスは青ざめた面持ちで足元の破片を避け、「ここまでひどいなんて……。もっと早く戻ってこられたら、被害は少なかったかな……」と悔やむような声音を出す。
カインは微苦笑して、「お前は世界を救うために力を尽くしてきたんだ。ここで責めても仕方がない。今は一人でも助けに行こう」と肩に手を置いて励ます。
そんなとき、崩れかけの建物の影から一人の老人がよろよろと出てくる。顔に煤をかぶり、驚きと警戒を同時に宿した目で、アリスやカインを見つめている。
「あなた方は……騎士団か? 王国の……? いまさら何をしに……」
その声はどこか怒りと絶望が混ざっている。きっと彼も、この惨状に対し王が何をしていたか不審に思っているのだろう。
アーサーが前へ進み、その老人に頭を下げる。「私はアーサー。王都を守れず、申し訳ない……だが、戻ってきた。これから復興を進めるため、力を貸してくれ」
老人は目を見開き、苦い笑いを浮かべる。「王……。あなたが……。こんな破壊と惨劇のあとに来ても、もう何も戻らないかもしれませんぞ」そう毒づくが、その言葉の奥には悲しみが透けている。
「それでも、我々は諦めません。再建するしかない。お願いします、この街をまだ捨てないでほしいんだ」アーサーが頭を下げると、老人は微かに表情をほころばせつつも、半信半疑の様子だった。
広場へ向かう途中、何人かが集まってきて状況を問いただす。「あんたたちは騎士団か?」「遅かったじゃないか!」と怒鳴る人、両手を合わせてすがる人、怖がって後退する人など、反応は様々だ。
ガウェインは盾の代わりに持ったプレートを見せ、「俺たちは襲うつもりはねえ! 騎士団だ、安心しろ!」と大声で呼びかける。トリスタンはライフルを下ろし、「武器を向ける意思はない」とアピールする。
アリスが少しだけ干渉波を使って倒壊した小屋を動かし、人を助け出すと、人々の警戒心がゆっくり溶けるようだった。「な、なんだこの力……?」と周囲が戸惑いつつ、感謝の気持ちも芽生え始める。アリスは「私……円卓騎士団を手伝ってる。大きな力は使えないけど、瓦礫をどけるくらいなら……」と説明する。
徐々に「ありがとう……」「騎士団が戻ったんだね……」という声が聞こえ始め、興奮で泣き出す人もいる。アリスの青い瞳が潤み、「これが……私たちの王都……ほんとはこんなに優しい街だったのに……」と胸を痛める。
アーサーは意を決して、王城があった中心部へ向かうと宣言する。妹のエリザベスの消息を確かめたいのはもちろん、王の責務として状況を掌握せねばならない。
瓦礫の道を進むうち、衝撃的な光景が広がってきた。玉座のある大広間が押し潰されたかのように崩落し、巨大な玉座の背も砕けて転がっている。そこに血の痕跡や、落ちている兵士の鎧が見受けられた。どうやら激しい戦闘が行われたらしく、The Orderの観測光の痕も感じられる。
ガウェインが周囲を警戒しながら、「やはり、王宮も破壊されてるか……。誰か生き残りはいないのか」と息を詰める。トリスタンはライフルを腰に下げ、「すでに何日も経っているし、後片付けすら行われてないようだ。惨状だな……」と目を背ける。
カインとアリスは呼吸を整えながら廊下を歩く。そこはひび割れた床が傾き、天井が崩れ落ちそうで危険極まりない。エレガントだったはずの絨毯も焼け焦げ、真っ黒になっている。
「誰かいませんかー!」アリスが呼びかけ、カインが音を頼りに瓦礫をどかす。すると、震える手を差し出す一人の女性が現れた。王宮の侍女らしき服装をしている。
「助けて……わたし、兵士と一緒に陛下を捜していて……」
アリスは干渉波を少し使って瓦礫を退かし、女性を外へ連れ出す。「大丈夫……無理に動かさないで。ゆっくり息して……」と優しく声をかける。侍女は悲痛な表情で、「陛下……エリザベス様が……どこかへ……まだ見つからないんです……」と震える声を出す。
アーサーが目を見開き、「エリザベスは……生きているのか? それとも……」と胸をかきむしるような面持ちになる。侍女は首を振る。「いえ、まだわからないです……逃げ延びたのか、連れ去られたのか……。攻撃の最中に、あちこちで悲鳴が上がって……」
崩れた王宮の前庭に出ると、いつの間にか多くの民衆が円卓騎士団の背中を追いかけてきていた。最初は疑念や不安を抱いていたが、彼らが倒壊した建物から人々を救う姿を見て、少しずつ心を開き始めたようだ。
その群衆の中にはかつての衛兵らしき人影もあり、アーサーに気づいてひどく驚いた顔をする。「な……陛下……? 本当に……生きて戻ってきたのですか……!」
アーサーは涙をこぼしそうになりながら、皆に頭を下げる。「戻ったが、こんな状況を招いてしまい……すまない。これから立て直す。君たちの力を貸してほしい」
人々は沈黙のまま、言葉を探しかねている。王の姿を見ながらも、あまりに壮絶な惨状で感情が追いつかないのだろう。だが数瞬ののち、年配の者が「よくぞ……戻られた……」とひざまずき、次いでその周囲が「王が帰還した! 騎士団が……!」とざわめき始める。興奮や戸惑い、喜びや絶望の交錯した混沌の声が波のように広がる。
アリスはそんな群衆を前に胸を押さえ、「良かったね、アーサー卿。民衆はまだあなたを……」と伝えようとするが、声が詰まり、思わず涙がこぼれる。カインはその肩をそっと抱き、「お前がいたからここまで来れたんだ」と耳元で囁く。
王都の人々に迎えられるように、とはいえ決して盛大なパレードではなく、泣き崩れる者や必死に叫ぶ者がいる中で、円卓騎士団のメンバーは傷だらけの姿をさらしている。
アーサーは片腕のないエクスカリバーのパイロット。王としての威厳は保ちつつも深い後悔を宿した表情。
ガウェインは盾を失い、重傷を負いながらも威勢を失わず、瓦礫の片付けを率先して手伝う。
トリスタンはライフルを抱えつつも、負傷者の救護や情報収集に走り回り、実務を淡々とこなしている。
カインはアリスの傍に寄り添いながら、彼女が小規模の干渉を行うたびに身体を支え、万が一の覚醒暴走を防ぐべく常に気を張る。
その姿を見て民衆は、かつての“華々しい騎士団”と違う、泥にまみれて必死に人を救う姿を目にする。瓦礫をどかし、弱者をかばい、自分の命がけで復興を支え始めるメンバーたち。
若い兵士が感動した声で「円卓騎士団って、こうだったんだ……。ただ強いだけじゃなく、こんなにも人のために働いてくれる……」と呟く。アリスは小さく微笑んで、「私も一員だからね。仲間と一緒に生きていくの……」と答える。
しかし、人々を救うたびにアリスは目に涙を浮かべる。
崩れた建物から救い出せる者と、もう遅かった者とが混在する現実に心を痛めている。
「もっと早く、もっと大きな力で……全部直せたら、死なずに済んだ人がいるかも……」
自分を責めるかのように呟くたび、カインが「だめだ、その考えはやめろ。お前が消滅してしまったら、結局誰も助からないかもしれないんだ」と止める。
アーサーも重い声で言葉を継ぐ。「アリス……世界を救うために力を使い果たした。もう十分以上に頑張ってくれた。あとは俺たち人間が努力すべきだ。簡単にはいかなくとも、一歩ずつ進めるしかないんだ」
アリスは半ば泣きそうになりながら、「うん……わかった。ごめんね……欲張りなんだ、私。皆を助けたいけど、世界を壊すのも嫌で……」と言葉を詰まらせる。ガウェインが「それでいいさ。両方救うって宣言しとけ。俺はそんな無茶が好きなんでな」と励ますように言った。
不意に、まだ幼い子どもがアリスのところへ駆け寄ってくる。上着はボロボロで、顔に泥がついているが、その瞳は輝いている。「おねえちゃん、ありがとう……お母さんが瓦礫に挟まれてたのを助けてくれたんだよね?」と小さな手を握る。
アリスはどこかほっとしたように笑みを返す。
「ううん、みんなで力を合わせたから救えたんだよ。私だけじゃないの」
子どもは首を振り、「でも、あの力すごかったんだよ! 石が浮いたもん!」と目を輝かせる。アリスは苦笑して「そうなんだ。ビックリしたよね……」と優しく頭を撫でる。
周りの難民も少しずつ「ありがとう」「騎士団、来てくれて……」と声を掛け始める。まだ戒厳下のような雰囲気だが、一筋の光が差し込んだようにも見える。
この光景を見てカインは胸を熱くし、「よかったな、アリス……少しずつ、報われているぞ」と囁く。彼女も小さな笑い声を漏らし、「うん……なんだか救われる想い……」とつぶやく。
「凱旋なんて言葉が、まだ早いのかもしれない」アーサーがこぼす。「これほどの惨状だし、俺たちは責務を果たせなかったからな……。だが、騎士団が戻り、アリスがいて、民が少しでも笑顔を取り戻すなら、それが本当の“帰還”の意味になる」
ガウェインがうなずく。「そうさ、まだ道は遠い。でも、要塞もThe Orderも、崩壊の波紋もなんとか止めた。あとは地道にこの国を建て直そう。俺らの本分は戦いだけじゃなく、護ることだ」
トリスタンは落ち着いた声で言う。「ここから先は長期戦だね。アリスが大干渉で一瞬に救うのではなく、みんなで手を動かし、汗を流して、少しずつ希望を取り戻す。これこそが本来の騎士団の仕事じゃないか……」
アリスは遠くの夜空を見上げながら、そっと呟く。「うん……私が全部を瞬時に直すより、皆が協力して復興するほうが、きっと人間にとっても幸せなんだと思う。……私か世界か、じゃなくて、私も世界も一緒に前へ進むんだね」
カインは彼女の手をそっと握り返し、「そうだ。お前がこの世界とともに生きる。オレらもこの国とともに生きる。それが……俺たちの“凱旋”なんだ」と熱い瞳で微笑む。
こうして、荒廃しながらも人々が少しずつ希望を見いだす王都で、円卓騎士団は新たな出発を誓う。
王都への凱旋
要塞との戦いや最後の交戦を終えた今、真の闘いはここから始まる。
民に寄り添い、一歩ずつ再建を進める騎士団の姿を見て、人々の表情に安堵と尊敬の念が芽生え始める。
廃墟の街路を行き交う中
「騎士団が帰ってきた……」
「世界はまだ続いてるんだ……」
人々の呟きがこだまする。
アリスはもう完全に目覚めることなく、眠るわけでもなく、“この世界とともに”生き続けると決めた。王都は廃墟と化しても、復興の兆しがここに始まろうとしている。
そう、彼らの凱旋は終わりではなく、むしろこれからの長く厳しい復興の日々への序曲となるのだ。