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T.O.Dーちからと意思の代行者:EP10-1

EP10-1:軍幹部への面会成功

ドアを押し開けた途端、厳粛な空気がリオン・マグナスとフィリア・フィリスを迎え入れた。
軍部の重役たちが定例会議を行うという本部の一室。古い時代から使われているらしく、重厚な調度品が並び、壁には歴代の勲章や旗が誇らしく飾られている。そこに在席していた数名の軍幹部たちが二人の姿を見て、一瞬の沈黙をつくった。

リオンとフィリアにとって、この場へ通されるまでには、長い手順や根回しが必要だった。クレメンテ老のパーティーを通じて人脈を得てから、さらにハロルドの手引きなども重なり、ようやく軍事的な意味を持つ重役たちに「面会する資格」を得たのだ。
本来、死者であるリオンと運命調整者であるフィリアが、表立って軍幹部に接触するなど論外の行為だが、避けられない理由があった。――ハロルドの奇天烈な発明やフォルトゥナの影響で、軍を動かさねばならない事態が起こりつつある。もし大規模な衝突が起きるなら、陰から抑えるだけでは間に合わない可能性があったのだ。

(……余計な波紋を呼ばないよう、最小限にしておきたいが……)
リオンは薄く息を吐きながら室内を見回す。数名の軍幹部は、どの人物も位が高く、星のような徽章を胸につけ、深い色合いの軍服を纏っている。彼らの視線がリオンとフィリアを吟味するように走り、その重圧は相当なものだ。

「……どうやら、客人が来たようじゃな。お前たちが、クレメンテ老から紹介されたという“エミリア”と“フィリオ”か?」
中央の席に座る壮年の将校――おそらくメルクリウス・リトラー地上軍総司令官だろう――が低く威圧的な声を発する。リオンは内心で嫌悪を押し殺しながら、パーティーでも演じ続けた“エミリア”の笑みを作るしかない。最小限の干渉でやり過ごすためには、この偽装を続けるのが得策だった。

「はい、わたくしたちはエミリアとフィリオと申します。クレメンテ老を通じて、軍の方とお話しする機会をいただきました。……場違いかもしれませんが、どうしてもお伝えしたいことがありまして……。」
フィリアが“フィリオ”としての低めの声で応じる。軍幹部の一人が腕を組み、「聞くところによれば、そなたらはハロルド・ベルセリオス殿とも親交があるとか。彼女の奇天烈な動きに何か知見でもあるのかね?」と質問を投げる。彼の声は厳粛だが、好奇心も混ざっているようだ。

「ハロルドさん……確かに、彼女とは縁があり、先日もクレメンテ老のパーティーでご一緒させていただきました。彼女は凄まじい発想力を持ち、研究者としても天才的ですが、時折“危険”な発明を楽しんでしまうところがあります。もしこのまま放置すれば、軍にも深刻な影響を及ぼすかもしれません。」
フィリアが歯切れよく言いながら、軍幹部たちの反応を伺う。メルクリウス総司令官は眉をひそめ、「なるほどな……確かにハロルド殿の動きは把握している。最新の兵器開発に名を連ねているとも言うが、その自由奔放さは我々でも制御しきれないほどだ。で、君らはそれを止めたいというのか?」と静かに続けた。

リオンはドレスの裾を思わず掴み、ぎこちなく一歩踏み出す。女装のままここに立つ屈辱は未だに大きいが、この面会成功が運命改変を食い止める鍵になるかもしれない。――死者である自分が言葉を交わすなど論外だが、もう少しだけ踏み込むしかない。

「ハロルドさんの発明は、たしかに軍事に有益かもしれません。ですが、彼女の“おもしろい”という思考基準は極端です。大規模な暴走の危険性も高い。……そこで、われわれが軍の幹部の皆様に協力を仰ぎたいんです。研究を監督するなり、安全装置を整備するなり、方法はいろいろあると思いますが……」
リオンの声には本音が混じりすぎている。軍幹部たちは意外そうに視線を交わし、ひそひそと短い言葉を交わした。いくつかの質問が飛ぶなかで、リオンとフィリアは何とか確信を述べずに受け答えしていく。最終的にはメルクリウス総司令官が小さく唸り、「わかった。ハロルド殿については、我々としても頭を悩ませている。その点、クレメンテ老が君らを推挙したのも何か考えがあるのだろう……」と表情を緩めた。

「面白いな。君たちはただの客人ではないようだ。エミリア嬢は……うむ、女ながら何か芯がある。フィリオ卿は、クレメンテ老も言うように“意思の代行者”とか? よくわからんが、技術にも明るいらしいのだな。」
そう言いながら、総司令官は腰掛けた椅子から立ち上がり、こちらに一歩踏み出す。部屋にいたほかの将校も腕を組んで見守っている。プレッシャーに耐えながら、リオンはドレス姿のまま背筋を伸ばし、フィリアを横目で見た。フィリアも緊張を隠せないが、毅然とした男装の態度を続けていた。

「我らとしては、ハロルド殿がどう動こうと軍の方針を乱さないなら干渉しないが、最近は彼女の実験が危険領域に入っているという報告を受けている。……そなたら、もし止められるものなら止めてくれというのが、わたしの本音だ。だが、そなたらはいったい何者なのか? そのことを明確にしてもらいたい。」
総司令官の問いかけは当然だが、リオンとフィリアにとって答えづらいものだった。死者や運命調整者であることは到底言えない。ここで余計な情報を出せば、フォルトゥナの大きな干渉を招く危険がある。

「わたしとエミリアは……いわば“旅の仲間”でして。遠方からこの国を訪れ、いくつかの事件を目の当たりにしました。ハロルドさんの研究が特に危険に感じられたため……どうにかしたいと思っております。」
フィリアがやや抽象的に説明する。総司令官は肩をすくめ、「なるほど、クレメンテ老が面白がるわけだ。正体不明の二人が、事態を止めたいと願っている。正直、軍からすれば奇妙かもしれないが、わたしは拒む理由がないと思っている。」と静かな眼光を送る。

「では、軍としてわたしたちに何か協力していただけるのでしょうか……?」
フィリアが恐る恐る確認すると、総司令官は「うむ、もちろんだ」と小さく頷いた。周囲の将校がざわめき、「総司令官、それは性急すぎるのでは?」とか「本人たちの身元が不透明ですぞ」と口を挟もうとするが、総司令官は片手を上げて制した。

「余は口約束をするつもりはない。ただ、ハロルド殿の暴走が実際に深刻化するなら、我々も動かねばならん。その際、彼女に対する知識や、何らかの制御策を知る者がいるなら協力は歓迎する。……そなたらがもしそれを成し遂げれば、軍として全面的にバックアップする用意はあるのだが?」

端的に言えば、「まず実績を示せ」ということかもしれない。危険な実験を阻止し、軍に有益な形で落とし込めるなら、リオンとフィリアの正体がどうであれ、利用価値があると判断されるわけだ。リオンはドレスの袖を握り、唇を引き結ぶ。
――軍幹部との面会に成功し、彼らが協力を考慮するとの言質を得たのは大きい。パーティーで築いた人脈がものを言ったのだろう。だが、そのために自分たちは危険な役を買うことになる。つまり、ハロルドの暴走やフォルトゥナの干渉を“影から”最小限で止めるという、さらに困難な任務を負う形だ。

フィリアが一歩前に出て静かに答える。「承知しました。わたしたちも強引な形で軍を動かすつもりはありません。まずは、わたしたちのほうでハロルドさんの動きを抑える方法を考え、もし必要ならば連絡を……よろしいでしょうか。」
総司令官は頷き、「うむ。話が早い。そなたらが何を隠していようが、実際に成果を上げればよい。それが軍の利益となり、国を守ることに繋がるなら、我々としては歓迎するのみだ。」と軍人らしく端的に返した。周囲の将校たちも渋々納得するように軽く息をつく。

ここまでスムーズに進んだのは、クレメンテ老の推薦状が大きかった。パーティーで嫌なほど目立ち、女装と男装を披露し、ハロルドとも絡んだという経験が、結果的に“面白い存在”として軍幹部の関心を買った形だ。嫌々ではあったが、リオンはある種の達成感を覚えながらも、相変わらずの恥辱を思い出して歯を食いしばる。

「……ありがとう、助かります。エミリアもわたしも、最善を尽くしますので……」
フィリアが礼を述べる一方、リオンはなかなか言葉を発せず、微妙な笑みを浮かべて会釈を繰り返す。女装した自分が軍幹部の前に堂々と立っている事実が信じられない。しかし、これが運命調整の一部なら仕方ないと、必死に割り切る。

総司令官は空気を変えるように咳払いし、テーブルに並んだ資料へと目を落とす。「さて、話は決まったな。もしハロルド殿の研究が更なる暴走を見せたときは、こちらとしても動く用意をする。その際には、クレメンテ老を通じて連絡をとろう。……エミリア嬢、フィリオ卿、どうかよろしく頼むぞ。」
言葉が大人びているが、要は「監視役として期待している」というニュアンスだろう。それでも軍幹部の後ろ盾を得られたのは大きな進展だ。もしハロルドがとんでもない実験をやらかしそうになったとき、軍の力で抑え込むことができるかもしれない。

「はい、精一杯、やらせていただきます……」
フィリアが会釈を深くし、リオンも焦らされた末に微かに頭を下げる。これにて面会はほぼ成功――クレメンテ老の仲介で通されたルートをフル活用し、軍のトップと直接協議を行ったのだから、この先の動きもやりやすくなるだろう。

(面倒な客演だったが、これでようやく何とかなる見込みが立ったか……)

リオンは心中でそう呟き、内心ほっと胸を撫で下ろす。女装によるストレスや死者としての矛盾は相変わらず重いが、カイルたちの運命を大きくねじ曲げないために、こうして陰から働きかけるしかない。

ほどなくして、部屋にいた幹部たちの一人が「総司令官、会議を再開してよろしいでしょうか」と促し、総司令官が椅子へと戻る。リオンとフィリアはそれを合図に退席する形でドアへ向かった。最後に、総司令官がふと微笑んで言葉を投げる。

「エミリア嬢、フィリオ卿。君らの言葉を信用したのは、クレメンテ老の推挙だけが理由ではない。見たところ、君らには“意志”と“覚悟”があると感じたからだ。死者だの何だの噂も耳にしたが、そんな噂に惑わされるほど、我が軍は幼稚ではないのでな。」
リオンはその言葉に針のような気迫を感じ、わずかに身を強張らせる。だが、総司令官は「ふはは、堅い顔をするな」と笑い、「失礼ながら、あまり無茶をするなよ?」とさらりと言い残す。フィリアは戸惑いながらも微笑を返し、静かに部屋をあとにした。

やがて廊下へ出た二人は、そこでもう一度顔を見合わせる。緊迫が解けて脱力感がこみ上げ、フィリアが息を吐いた。「……なんとか成功ですね。リオンさん、本当にお疲れさまでした。嫌な思いもたくさんあったでしょうに……」
リオンは肩をすくめ、ドレスの裾をぐしゃりと握りしめながら、「ああ……面会成功、か。これで最小限で済めばいいが……とりあえず、軍が動いてくれるならハロルドの暴走も抑えやすいだろう」と答える。

ふいにクレメンテ老の部下らしき兵士が通りがかり、「おお、エミリア嬢とフィリオ卿ですな? クレメンテ老がお待ちでございます。案内いたしましょう」と声をかけてきた。どうやら老将が二人の帰りを見送る気らしい。
「あのじいさん……また何か企んでんのか……」
リオンが低く言うと、フィリアは「大丈夫ですよ。わたしたちは当面の目的を果たせましたから。あとは話を合わせて、早くこの女装と男装を解きたいですね……」と苦笑した。

小さく頷き合い、二人は兵士に続いて歩き出す。死者の身でありながら、ここまで表舞台に立つのは本来なら許容しがたい。けれど、運命調整のためにこの役を引き受け続けている。
そして、面会は確かに成功した。あまり波を立てずに軍のトップに了承を取り付け、ハロルドの監視や協力を得られる体制を築けたのだから、リオンとフィリアにとっては大きな成果だ。表面上はただの“エミリア嬢&フィリオ卿”が動いただけの形になり、運命改変も大きくは揺れていないと信じたい。

リオンの耳にフィリアの小さな声が届く。「……リオンさん、本当にお疲れさまでした。あなたの女装姿がこんなにも役に立つだなんて、想像していませんでした。」
リオンは顔を顰めて「皮肉言うな……」とぼやきつつ、ほんのり肩の力を抜く。「ま、成功したんだ。これでいいさ。あとは、なるべく早くこのドレスから解放されたい。死んだ身にこんなものはきつい……」

フィリアは微笑んで「大丈夫、もう少しの辛抱です。クレメンテ老が呼んでる場所で最後の挨拶をすれば、きっと戻れますよ。あなたにとって悪夢のような時間かもしれませんが……ありがとう、本当に頑張ってくれて……」と言葉を重ねる。
それに対し、リオンは照れ隠し気味にそっぽを向き、「……別に。お前のためでもあるだろ。気にするな」と小さく返す。このやりとりの奥には互いを思いやる絆が滲み出ているが、死者であるリオンにはまだ複雑な感情が渦巻いていた。

それでも、リオンとフィリアは顔を上げて前を向く。この館を去るとき、軍幹部との面会を終えて一歩前進したという感触を胸に刻みながら、それぞれの役割を果たす道を改めて実感する。
大きな扉の先には、またクレメンテ老のちゃめっ気あふれる顔が待っているだろう。しかし、この一度きりの女装・男装が、いずれカイルたちの運命を救う一端となるなら、いまの屈辱も無意味ではない。そう信じて、リオンはドレスのすそを翻す。フィリアは男装の敬礼を示し、兵士たちと共に歩みを進める。

そうして、軍幹部への面会は成功裏に幕を下ろした。死者と生者の奇妙な共闘が、また一つ世界の運命を動かす小さな歯車を整えたのだ。夜の帳が下りるころ、この華やかな館を後にする二人は、女装という不本意な形をしながらも、少しだけ明るい気持ちで次の行動へと目を向ける。いつか来る決戦のために、大きな助走がついたと信じたいからだ。

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