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再観測:星を継ぐもの:Episode2-1

地平線を染める日差しは濁りを帯び、青さよりも茶褐色に近い色味で空を照らしていた。荒廃した地球において、澄み切った青空を見ることはもはやほとんど叶わない。浮遊型空母レヴァンティス艦が滞在しているこの北西エリアも、遠方の空気が常に霞み、かつて人が想像した美しい地平線とは大きくかけ離れた風景を露わにしている。
 けれども、そんな陰鬱な空をよそに、甲板では数多くの人々が慌ただしく動き回っていた。理由はひとつ。「艦隊結成」のためである。円卓騎士団がついに大規模作戦を開始すべく、王国の各地から船団や輸送機、空母機能を持つ別艦までを集め、一挙に編成を強化しているのだ。

 レヴァンティス艦の甲板付近には、最近合流した騎士たちの機体や、補給品を積んだコンテナがひしめき合い、整備クルーが必死にそれらを搬入・点検している。ガウェインのガラティーンは装甲パネルをはぎ取った状態で調整中、トリスタンのフォール・ノートは長距離砲の口径を調整し、試験射撃の準備をしている。
 一方、カインはいつもの黒いパイロットスーツ姿で、銀の小手(Silver Gauntlet)の機体前に立ち尽くしていた。その足元にはいくつもの工具箱が散らばり、近くではドック長が部下に指示を飛ばしている。

「そっちの配線は一応確認したが、やっぱり銀の小手のパーツは普通の機体用とは互換性がないんだよな……。補給品が来るまで間に合わない分は、自作で間に合わせるしかない。」
 ドック長が鼻をすすりながら、音声メモを取っているらしい。カインはそれを聞いて苦笑せざるを得ない。自分の愛機が特殊すぎるせいで整備性が悪いと、毎度のように嘆かれているからだ。

「すいません、毎度苦労をかけて……。でも、俺たちもそのおかげで強みを発揮できますし。なにより、The Orderに干渉できるのは銀の小手だけみたいだし……。」
「まあ、わかっちゃいるが。あんたらがいなきゃ困るのはこっちも同じだ。……さ、手が空いてるなら整備班を手伝ってくれ。あとで艦隊結成の式典があるって話だから、その前に片づけちまおう。」
「了解っす。」

 カインは軽く敬礼し、工具箱を手に取って機体下部へ潜り込む。シートパネルを外し、内部パイプの継ぎ目を点検しながら、思わず独り言のように呟く。

「艦隊結成ねぇ……。まさかこんなに早く本格的になるとは。アリス、聞こえるか? どう思う?」
 インカム越しに、アリスの澄んだ声が返ってくる。「うん、私もちょっと驚いてる。でも、きっとこれは大きな一歩になるわ。王国が総力を結集して、北西エリアを一気に制圧するつもりなんでしょう?」
「そうだろうな。俺たちが前方で偵察した一帯にもまだ怪しい反応があったし。The Orderの拠点がある可能性も高いって隊長が言ってた。」

 パネルの奥から漏れる細い光が、カインの顔を僅かに照らし出す。昨夜は簡易宿泊スペースで仮眠をとったが、あまり眠れた気がしない。日々予想外の事態が続き、自分自身の疲労も溜まる一方。しかし“円卓騎士団の先遣エース”として動かざるを得ない立場であることを思えば、弱音を吐いていられる状況でもなかった。

 ドック長や整備班とともに修理を進めるうち、どこからか甲板アナウンスが響いてきた。男女の声が交互に流れ、どうやら「艦隊結成記念式典および合同ブリーフィング」を艦内ホールで行うという案内のようだ。時刻はあと30分ほどで開始するらしい。

「カイン、聞こえた? 式典やるって。」
「ああ、今アナウンスを確認した。……ドック長、ちょいと艦内ホール行ってきますよ? 式典だってさ。」
「おう、こっちは大丈夫だから行ってこい。そういう場で顔を出すのも騎士団の役目だろ?」
 ドック長が苦笑しながら手を振ってくれたので、カインは工具箱を置いて立ち上がる。誇りまみれになった服を軽く払いつつ、銀の小手の機首に視線をやると、その青銀の外装が微かにきらめいた気がした。まるでアリスが笑いかけているかのように思えて、カインは心の中でほんのりと微笑む。


 レヴァンティス艦の艦内ホールは、普段なら補給物資の一時保管や、隊員たちの娯楽スペースに転用されることも多いが、今日は多くの人々が集まれるよう簡易ステージが設置されている。そこに王国の紋章や“円卓騎士団”の旗が掲げられ、さらにはスクリーンには複数の艦・船団の名前と所属部隊が映し出されていた。
 今まさに「艦隊結成」の目玉となる幾つかの艦がこちらに合流しつつあり、すべてが集えば合計四隻の空母機能を持つ大型艦と十数隻の補給船、護衛艇が一丸となる予定だという。

 ホールに足を踏み入れると、そこにはもう多くの人影があった。整列こそしていないものの、士官服に身を包んだ面々やパイロットスーツ姿の騎士団員、そして技術者や神官らしき衣装をまとう者たちが談笑したり資料を確認したりしている。
 遠くの方ではガウェインの屈強な姿が見えるし、トリスタンも壁際で控えている。人ごみの奥に目を凝らすと、モルガンがいくつかの指示を出しながら、資料を手にバタバタと動き回っていた。アーサー卿の姿もある――ゆったりとした足取りでステージ下に立ち、誰かと会話を交わしているようだ。

「わあ、結構な人数ね。」
 アリスがインカム越しに感嘆する。カインはホールの端から様子を眺めながら小さく相槌を打った。
「そうだな……。ここにいるのは一部で、さらにオンラインで参加してる船団もあるんだろう。思った以上に大所帯だ。」

 そうこうしているうちに、ステージ前方に人々が集まり始めた。どうやら式典が正式に始まるらしく、モルガンとアーサーが前へ進み、視線をこちらへ向ける。自然とざわめきが落ち着き、ホール全体に静寂が訪れる。

「みなさん、王国を代表して、そして騎士団を代表して、お礼を申し上げます。」
 モルガンがマイクを取り、はっきりした口調で話し始める。

「私たちがここ北西エリアを大規模に探索し、The Orderの脅威を排除しようとしているのは、すでにご存じの通り。かねてより準備を進めてきた“艦隊結成”が、今日ようやく形になります。これによって私たちは、前例のない規模で遠征を行い、新たな領域を切り開くことが可能になるでしょう。」

 会場から短い拍手が起きる。モルガンは一礼し、続いてアーサーをうながすように視線を送る。アーサーは少しだけ姿勢を正し、静かにステージ中央へ立った。

「円卓騎士団のリーダーとして、改めて感謝を述べたい。私たちが王国を出発して以来、多くの艦や部隊が協力を申し出てくれた。この結束こそが人類の希望であり、The Orderに対抗する力になると私は信じている。」
 アーサーの声は落ち着いていて、端的だが言葉に強い意志が感じられた。ホールのあちこちで頷く仕草が見て取れる。

「この艦隊結成によって、我々は地上・空中ともに広大なエリアを制圧し、The Orderの拠点を突き止める。各艦や部隊の連携が重要になるが、その指揮を担うのが、ここにいる私たち“円卓騎士団”だ。今後とも、皆の協力を願いたい。」

 再び盛大な拍手が起きる。カインも自然に手を叩いていた。背筋が伸びる思いだ。人類の生存がかかったこの大規模遠征は、並々ならぬ覚悟と準備が必要で、それを成し遂げようという熱意が、この場に集う全員の中に燃えているように感じられる。

 アーサーは拍手が収まるのを待ち、わずかに声のトーンを落として続けた。

「各人にはすでに通達済みだが、この艦隊は複数の空母艦と補給艦、護衛艇を中心に編成される。旗艦はあくまでこのレヴァンティス艦だ。王国本土からの支援回廊を確保しつつ、段階的に北西エリアを侵攻し、The Orderの痕跡を捜索する。詳細は後ほど各部署でブリーフィングを受けてくれ。――そして、私たち騎士団も全力を尽くす。どうか、共に戦ってほしい。」

 その言葉を合図に、ホールは熱気に包まれた。拍手と歓声が入り混じり、会場のあちこちで意欲にあふれた表情が見てとれる。モルガンが再びマイクを取って、最後の締めくくりを行う。

「作戦開始は予定より早まる可能性がある。この数日のうちに各艦の隊列を組み、前進して拠点を確保する方針よ。細かい指示は艦橋や隊長クラスから追って出すわ。――では、式典は以上。みなさん、それぞれ配置に戻ってちょうだい。」

 モルガンがそう告げると、会場は大きな拍手に包まれながら解散モードへ移っていく。カインは興奮冷めやらぬまま、その場で深呼吸した。アリスの声が耳元に響く。

「いよいよね……すごい熱気だったわ。みんな意識が高いなあ。」

「そうだな。これが“艦隊結成”ってやつか……。一度にこんな人数が集まると、さすがに圧倒される。でも、これで本格的に大きく動けるわけだ。」

「カイン、あたしたちも改めて気合い入れよう。」

 アリスの励ましにカインは「もちろん」と答え、小さく拳を握りしめた。険しい道のりではあるが、仲間と共に進めると思えば心強い。


 式典終了後、ホールから出ようとするカインのところへ、ガウェインが談笑しながら寄ってきた。重厚な体つきに威圧感を覚えるが、人懐っこい笑みを浮かべ、カインの肩をポンと叩く。

「やあカイン! どうだい、この艦隊結成。すごいだろ? 俺もこんな大規模なのは久々に見るよ。」

「たしかに、驚きました。ガウェインさんもここで合流してからまだ日が浅いのに、もう打ち解けたみたいですね。」

「はは、こういうのは勢いが大事だ。俺は元々、騎士団メンバーとは面識あるしな。……ところで、聞いたところによると、カインが偵察隊の一番手になるって話を耳にしたが、本当か?」

「ええ、ちょっと北西のさらに奥を覗いてこいって指示が。さっき隊長が言ってました。」

 カインが肩をすくめると、ガウェインは「ああ、やっぱりな」と少し表情を引き締めた。

「そうか。もし何かあったら呼んでくれ。俺のガラティーンはまだ完璧に仕上がってないが、もし出撃要請が来たらすぐに行くからな。」

「ありがとうございます。心強いです。」

「遠慮はいらねえよ、同じ円卓の仲間だろ? お前が危なくなったら、俺が盾となって守ってやるさ。」

 ガウェインの頼りがいのある言葉にカインは微笑みを返し、二人でそのまま廊下へ向かう。途中、壁際の端末パネルには無数の作戦ファイルが表示され、隊員たちが覗き込んでいる様子が見えた。

「ああそうそう、アーサー卿がさっき別の艦へ挨拶に行ったらしい。追加で参加する空母“ロングブリッジ”とかいうのが今日にも合流するんだとよ。これで艦隊が四隻揃うってわけだ。」

「四隻……。こんな規模、俺は初めて見る。いや、想像すらしてなかったですよ。」

「だろ? ま、The Orderの脅威が増してるから、王国も本腰を入れたんだろうな。」

 こうして会話を重ねるうちに、カインは自分たちが歴史的な転換点に立っているかもしれないと痛感する。これほどの艦隊が一丸となって北西エリアを攻略しようとしている。その意義は計り知れない。“小宇宙”の手がかりがそこにあるという仮説もあるのだ。もしそれが真実なら、世界の運命を大きく左右する戦いになるのは間違いない。


 夕刻が近づくころ、甲板に並んだ複数の艦影が視界に入ってきた。遠方からゆっくりとこちらへ接近する巨大船のシルエット――それこそが先ほどガウェインが話していた追加空母“ロングブリッジ”だ。まるで空中に浮かぶ都市のような圧倒的存在感を放ちながら、レヴァンティス艦の近くへ合流すべく高度と位置を調整している。
 他にも、護衛や補給任務にあたる小型艦がいくつも集まりつつあり、空中で編隊を組むようにして飛んでいる様子が見てとれる。荒廃した大気を掻き分け、エンジンの蒼い光を噴き出しながら進む艦艇の行列は、まさに「艦隊結成」の絵図そのものだった。

 カインは銀の小手のコクピットハッチを開けたまま、その光景を眺めていた。思わず、胸の奥でざわつくものを感じる。これだけの艦が集まれば、The Orderに対しても大規模な攻勢がかけられるはずだ。逆に言えば、それほどまでに危機感が高まっている証拠でもある。

「カイン、そろそろ出撃時間かしら?」
 アリスの声がスピーカー越しに聞こえ、カインは操縦桿の確認をしつつ応じる。

「ああ、そうだな。もうすぐ艦橋から『北西奥への偵察開始』の連絡が来るはずだ。簡単に済めばいいんだけど……どうなるか。」

「きっと大丈夫よ。万一の時は、さっきガウェインさんも言ってたみたいに、みんなが助けに来てくれる。」

「それもそうだな。よし、じゃあ準備を進めようか。」

 カインはコクピットへ腰を下ろし、計器を一つずつ起動していく。エンジンが低く唸りを上げ、機体各部のチェックがディスプレイに並ぶ。アリスの演算がそれらを瞬時に解析し、グリーンランプがいくつも点灯していく。
 外ではドック長が手を振り、最終の整備が完了したことを合図してくる。昼間からずっとかかりきりで修理や補修をしてくれたおかげで、銀の小手はいつでも飛べる状態だ。
 やがて艦橋から通信が入り、モルガンのはっきりとした声がコクピットを満たす。

『カイン、聞こえる? 追加艦との合流も順調だし、そろそろ出発してほしいわ。座標を送るから、現地の偵察をお願い。無理はしないで、もし大規模な敵がいるようなら引き返して報告して。』

「了解しました。行ってきます、隊長。」

 通信が切れると同時に、カインはバイザーを下ろし、操縦桿を握りしめる。背後からアリスが静かに声をかける。

「カイン、私もすぐにシステム最大出力に移れるよ。いつでもどうぞ。」

「ああ、頼む。」

 そして、甲板をゆっくりとタキシングし、発進ラインへ移動する。周囲では護衛艇の一部も離陸態勢に入っているのが見えるが、カインの銀の小手だけが先行して一足早く北西を目指す形だ。

「――銀の小手、発進。」
 スロットルを押し込み、機体が鳴りを上げて滑走を始める。甲板から宙へ躍り出ると、夕刻の赤茶けた光の中へ溶け込むように高度を上げていく。背後には大艦隊の姿が広がり、まるで壮観なパノラマだ。
 だが、カインは振り返る暇もなく、前方に意識を集中する。これこそが「円卓騎士団の先遣エース」としての務め――誰よりも先に危険域へ飛び込み、敵情を探り、必要とあらば先陣を切って戦う。仲間が大艦隊を率い、続いてくれるのだと信じているからこそ、できるのだ。


 離陸から十数分後、銀の小手は北西の空域をマッハ1.2程度で巡航していた。上空は相変わらず混濁した大気が広がり、ところどころに荒れた積雲が発生している。アリスが気象レーダーをチェックして、乱気流を避けるルートを提案してくれるおかげで、比較的安定した飛行ができている。
 コクピットモニターには、さきほどモルガンから受け取った座標の位置が赤い点で表示されている。そこまであと50キロ程度。地上は丘陵や荒野が続き、黒い傷跡のようにクレーターが点在している。どれも過去のThe Order侵攻の痕跡だろうか。

「少しずつ高度を下げて、地表に近づいてみる。アリス、お願いしていいか?」
「もちろん。地上との距離や地形情報、レーダーに併せて最適経路を算出するね。」
「頼む。」

 銀の小手が徐々に高度を落とし、谷筋のような地形の上を滑空する。スラスターの音が谷に反響し、独特の低いうなりを立ち上らせる。時折、岩肌が崩れた跡が露わになり、そこには廃棄された鉄骨のようなものが突き刺さっていたり、錆びたパイプが転がっていたりと、一見のどかな景色とは対極の荒涼感が漂う。

「……このへん、やっぱり人の営みはないんだな。」
「そうね。まだ“都市国家”として維持されてる場所は王国周辺だけだし。The Orderの侵攻が激しい区域には誰も住めないんでしょう。」
「それを変えたいよな。みんなが安全に暮らせるくらいに……。」

 カインは淡々と話すが、胸には熱い衝動が渦巻いていた。もし円卓騎士団や艦隊の力でこの区域を制圧できれば、新たな資源の発掘や人々の拠点拡大が可能になるかもしれない。その一歩が、いま自分の操縦する銀の小手にかかっているのだ。

「ん……?」

 ふと、レーダーに小さなノイズが入る。どうやら先ほどの座標近辺に反応があるようだ。まだ敵のシグナルとは断定できないが、気になる表示だ。

「アリス、あれ何かわかる?」
「断言できないけど、金属物体が複数集まってるか、あるいは時々観測できる振動がある……。The Order由来の可能性は高いかも。慎重に近づこうか。」

「そうだな。高度をさらに下げてみよう。見つかったら即退避する準備を。」

 カインは操縦桿を引き、谷底へさらに降りる。翼端が岩肌ギリギリをかすめ、速度をわずかに落として捜索モードに入る。谷の奥には大きな広場のような平地が広がり、そこに人工物と思われる形跡があった。コンクリートの残骸か、崩れたドームのようなものが転がっている。

(ここか……?)

 思わず息を飲む。地表には瘴気のようなもやが漂い、色合いは赤黒い。もしここにThe Orderの機体が潜んでいるなら、かなり不気味な場所だ。レーダーの微弱反応は、どうやらドーム跡に集中している。

「一瞬、低空で近づいてみるか……。敵にバレたら危ないが、情報を持ち帰らないと意味がないし。」
「気をつけてね、カイン。」

 アリスの静かな声がコクピットを包み、カインは覚悟を決める。ビルの廃墟や岩に阻まれないよう、谷の幅が広い箇所を狙って侵入する。機体下面のカメラを起動し、地上を映し出す。モニターには、朽ちた建造物の残骸が広がっていた。ひび割れたコンクリ壁や巨大なひずみのある鉄骨が積み重なり、いくつもの断片が散乱している。

(まるで昔の研究施設か……何だ? The Orderのものじゃない?)

 疑問を抱えた瞬間、コクピットが警告を発した。レーダーに複数の強い反応が急に浮上し、しかも近い。しかも振動波を伴うシグナル――The Orderの機体が目覚めたかのように一斉に出現し、こちらへ反応を示している。

「出た……! やっぱり敵か!」
 カインがスロットルを急上昇させようとした次の瞬間、地上から紫の閃光が乱れ撃ちのように放たれた。観測光……あるいはビーム兵器か。岩肌が砕け、爆煙が上がる。銀の小手はとっさにバンクし、誘導弾をかいくぐるように旋回を試みる。

「くっ……奇襲か!? まさかこんなところで待ち伏せされてるとは!」
「カイン、早く高度を取り戻して! 一撃を喰らえば厄介よ!」
「わかってる!」

 コントロールスティックを勢いよく引き、エンジン全開で上昇を狙う。だが、敵は空を飛ぶタイプも混ざっているのか、下方だけでなく横合いからもビームが飛んできた。視界に一瞬映ったのは、触手のようなパーツをもつ異形の飛行兵器――まさにThe Orderの生体機かもしれない。複数の触手を広げ、観測光か特殊ビームを連続射撃してくる。
 銀の小手の左右を光条がかすめ、轟音が鼓膜を揺らす。カインは歯を食いしばり、必死に回避を繰り返した。岩壁すれすれを走る弾道に冷や汗が流れる。

「まいったな……これじゃ迂闊に反撃もできない!」

「せめて地上を抜け出せばまだ逃げやすいかも。高さを取ろう!」
 アリスの呼びかけに応え、カインはスロットルを押し込み、大気を切り裂くように急上昇へ移る。下方から撃ち上げられるビームが尾を引いて追ってくるが、銀の小手の高い推力なら振り切れるはず。
 しかし、ちょうど頭上に待ち構えていたかのように、別の敵が待ち受けていた。機械とも生物ともつかない、半透明の外殻を持つ敵がアーチ状に姿を表し、そこから紅いビームを一閃。銀の小手はとっさにバレルロールで回避しようとするが、機体の下方に軽くかすめ弾が命中して火花を散らす。

「……やばっ!」
 コクピットが一瞬大きく揺れ、警告アラートが鳴り響く。カインは背筋を冷たい汗が伝うのを感じたが、意外にも機体ダメージは軽微のようだ。アリスが即座にシステム診断を行い、どうやら外装パネルが一部焦げただけで深刻な損傷はないと判断する。

「ギリギリ助かった……カイン、もう強行突破しかないよ。ここに留まってたら袋叩きにされる。」
「ああ、わかってる。とにかく雲の上に出よう!」

 腕に力がこもり、操縦桿を再度引き絞るように加速。銀の小手が唸り声を立て、急激に高度を稼ぐ。下方から乱れ撃ちされるビームは依然続くが、機体を振りながら逃げることで被弾を最小限に抑えられそうだ。
 そして、尾を引くような閃光をかい潜りつつ、雲の切れ目へ突入。白い濁った雲の中に紛れ、敵の視線を遮断する。高高度まで到達したカインは、ようやく大きく安堵の息をつく。

「ふう……危なかった。まさかこんな短時間であんな数が出てくるとは。」
「どうする? このまま帰還して報告する?」

「いや、まだ奴らがどのくらいいるか把握してない。艦隊に報告するにしても、もう少し情報を集めたいが……さっきの攻撃を見た感じ、数はかなり多そうだ。」

 コクピットモニターには、簡易スキャンで捉えた敵シグナルが散らばるように表示されている。十や二十ではきかず、三十以上は軽くいそうな雰囲気だった。地上のドーム跡を拠点にしているかもしれない。

「数が多いなら、本格的な艦隊の火力が必要ね。私たちだけじゃ無理があるわ。」
「そうだな……。もうちょっと離れた場所から狙えないか試してみるか。狙撃武装は持ってきてないが、せめて空撮くらいはできる。」

 カインは少し遠巻きに回り込むようにコースを設定。山岳地帯の陰から地上を俯瞰できないか探るつもりだ。敵の接近を警戒しながら、慎重に高度と距離を調整する。
 周囲は夕闇が迫り始めており、視界がさらに悪くなってきた。下手に近づけばまた集中砲火を受けかねないが、このまま何もわからず帰るわけにもいかない。数分かけて雲の下から山の稜線付近を辿ってみると、先ほどのドーム跡の一部が遠くに見えた。そこからは赤黒い光が微かに漏れており、何らかの活動の痕跡を示している。

(……あれがThe Orderの集結地か? となると、やっぱり相当危険だ。報告するしかないな。あそこを潰すには、艦隊で一斉に攻め込む必要がある。)

 カインはコクピットコンソールを操作し、遠隔カメラのズームを最大にする。アリスが照準を固定し、画像を連続キャプチャ。そこに写るのは、廃墟のような地形と複数の異形体、それらが巣窟のように集まっている光景だった。短いながらも十分衝撃的な映像だ。

「これだけ撮れれば、隊長への報告材料にはなる。……引き返そう。深入りは危険すぎる。」

「そうね。あれだけの数がいるなら、私たち一機だけじゃどうにもならないもの。」

 エンジン出力を上げ、機首をレヴァンティス艦の方向へ向ける。カインの心には、さっきの一方的な攻撃の余韻が残る。やはりThe Orderの数や力が増しているのかもしれない。艦隊を結成し大規模に動くのも当然の判断だろう。

「アリス、帰ったらすぐ隊長とアーサー卿に報告して、作戦を立ててもらうしかないな。」
「うん、そうね。私たちも一緒にブリーフィングに加わって、戦闘記録を出すといいわ。」

「了解。よし、急いで帰ろう。日が暮れる前に戻りたい。」

 そう言いながら、カインはスロットルを一気に押し込み、銀の小手を西方へと全速力で飛ばしていく。遠くに沈もうとする夕陽が、赤黒い空をさらに不気味に染め上げている。まるでこの先に待ち受ける激闘を暗示するかのような色合いだと、カインはひそかに感じる。
 けれども同時に、自分たちには大艦隊という仲間がいる。円卓騎士団も再編され、アーサーやガウェイン、トリスタンらと共に戦うことで乗り越えられるかもしれない。そう信じ、機体を加速する。


 帰還したカインを待ち受けていたのは、艦橋での緊迫したブリーフィングだった。夕陽が沈みかける頃、モルガンやアーサー、そして合流している複数の艦長や幹部クラスが作戦室に集まり、銀の小手が撮影してきた映像を食い入るように見つめる。

「こんなに多くのThe Orderが一カ所に……それに、何らかの拠点か研究施設の跡があるようね。」
 モルガンは眉をひそめ、投影された映像に目を凝らす。そこには異形機が数十機も蠢き、ドームのような構造物に出入りしているシーンが映し出されている。

「偶然見つけた場所がこんなに危険だとは。もしかすると、北西エリアにはもっと大規模な巣窟があるのかもしれないわね。艦隊を結成して正解だったわ。」
 アーサーは静かに頷きながら、傍らの地図を指し示す。

「これを見てくれ。座標的にはこの辺りだが、我々の艦隊が一斉に押し寄せるには、地形が厄介だ。空母艦同士も連携を取って、遠距離から火力を集中させる必要があるだろう。」

「敵はかなり組織立って動いてるように見えます。あんな短時間で一斉にビームを撃たれたら、単機じゃどうにも……。」
 カインがそう言うと、モルガンはふっと苦い笑みを浮かべて肩をすくめる。

「ええ、あなたが無事帰ってきたのが奇跡かもしれないわ。銀の小手の高機動と、アリスのサポートのおかげね。もし普通の機体だったら、蜂の巣にされていたでしょう。」

「お恥ずかしい……正直、逃げるのに精一杯でした。」
「いいのよ。よくぞ逃げ切ってくれたわ。これで貴重な情報が得られた。」

 作戦室を見渡すと、何人かの士官が端末を操作し、各艦との通信を管理している。さきほど式典で話題になった“ロングブリッジ”の艦長なども遠隔モニターで参加しており、地形図を睨みながら「一斉砲撃の座標を定めるべきだ」などの意見を交わしている。まさに大艦隊の指令センターらしい雑多な風景だ。

「……では、当面の方針としては『敵拠点への大規模作戦を計画する』ことになるわね。」
 モルガンが手短に結論をまとめる。アーサーも深く頷き、円卓騎士団のメンバーの方向へ視線をやる。

「ガウェイン、トリスタン、君らの機体整備は進んでいるか? 近いうちに出撃要請がかかる可能性が高いぞ。」
 通信画面からガウェインの元気な声が響く。「任せてください、ほぼ完了です。今から最終チェックをして、明日にはいつでも飛べます!」
 トリスタンも静かに「僕のフォール・ノートも問題ない」と応じる。彼は長距離狙撃が得意だから、大艦隊の砲撃に同調し、的確にコアを狙う役目を果たすかもしれない。

「カイン、おまえは今日の偵察でかなり疲れただろう。しばらく休め。ただ、連絡が入り次第、また動いてもらうことになるかもしれん。」
 アーサーがそう声をかけると、カインは素直に頷く。「承知しました。いつでも出られるように準備をしておきます。」
 アリスもインカム越しに「了解です」と答えたのが聞こえ、アーサーは微笑むようにして作戦室の雰囲気を一回り見渡した。

「円卓騎士団の再編、そして艦隊結成。これだけの規模で我々は北西エリアへ足を踏み入れる。The Orderの大群がいるなら、それを殲滅し、人類の未来を切り開くのだ。――明日以降、本格的な作戦計画を立案する。皆も備えてくれ。」

 作戦室に重々しい空気が漂う。近い将来、かつてない大遠征が始まるという期待と恐れ、そして使命感が入り混じったような独特の空気感だった。カインは体中に緊張が走るのを感じつつ、同時に不思議な昂揚も覚えていた。
 あの危険な拠点に、大艦隊をもって挑む――失敗すれば大きな犠牲が出るかもしれない。それでも、やらなければいつまでもThe Orderがのさばる状況は変わらない。騎士団としての意志がそこにある。


 深夜、カインは艦内の仮眠室でシートに腰を下ろしていた。コクピットでの姿勢とは違い、ベッドではなくリクライニングチェアに身体を沈め、暗い天井を眺める。頭には日中の戦闘シーンが焼き付き、そう簡単には眠りにつけそうもない。
 やがて、ふと端末が光り、アリスのホログラムが小さく投影される。薄暗い部屋の中に、銀髪の少女の姿がかすかに浮かび上がった。

「眠れないの……?」
「まあね。今日は色々と刺激が強すぎた。……悪い夢でも見そうだよ。」

「怖い?」
 アリスの問いに、カインは少し言葉を探す。正直、恐怖はある。それを否定するつもりもない。だが、同時に円卓騎士団や艦隊が結集する事実が支えになるのも感じている。

「怖いさ。でも……こんなチャンス、もう滅多にないかもしれないっていうワクワクもあるんだ。The Orderを本格的に押し返せるかもしれないだろ?」
「そうだね。私も、あなたや騎士団のみんなと一緒なら、世界を変えられるかもしれないって思えてきた。」

「変えたいよな。この荒廃した世界を、少しでも……。俺はそれを願ってる。」

 カインはリクライニングチェアを傾け、ゆっくりと目を閉じる。アリスのホログラムが優しい光をたたえながら、何かを言おうとして、やめるようにも見えた。しばらく沈黙が流れたが、やがて穏やかな声が漏れる。

「おやすみ、カイン。あなたが少しでもぐっすり眠れますように……。私も全力でシステムを調整するから、何かあればすぐ呼んでね。」

「……ありがとう、アリス。おやすみ。」

 ホログラムが消え、部屋は再び暗闇に包まれる。外の世界はまだ荒涼の夜を抱え、艦隊が合流のために移動している。遠くではエンジンや整備の音が低く響き、甲板で作業するクルーの気配がうっすらと感じられた。
 円卓騎士団は次のステージへ進もうとしている。大艦隊を結成し、本格的に遠征を計画し、The Orderの巨大拠点らしきものを叩く準備を進める。カインはそんな進行形の熱を背負いながら、眠りへと落ちていった。


 翌朝。艦内アナウンスが淡々と告げる。「艦隊各艦の座標合わせを開始するため、全乗員は作業指示に従って待機してください」といった呼びかけが響き、レヴァンティス艦の中はさらに慌ただしさを増していた。
 カインも早めに起床し、朝食を済ませるとすぐ甲板へ向かう。すると、そこから見える光景がすでに圧巻だった。周囲にはいくつもの大型艦が編隊を組み、高度や距離を調整しながら一列に並ぼうとしている。大空を埋め尽くす機影――護衛艇や補給船も含めれば、総数は数十隻に及ぶ。

「これが……艦隊結成の姿か。すごいな……。」
 思わず呟く。隣にいたガウェインも同じように感嘆の息を漏らしている。「俺も久々にこれほどの艦数を見た。ちょっと鳥肌が立つぜ。」
 甲板作業員や士官たちが誘導のために奔走し、通信を飛ばし合い、各艦の位置取りを最終調整している。一方、アーサーとモルガンは艦橋で司令パネルを見つめ、全体を監督しているはずだ。

「ここまでの艦隊を揃えたってことは、王国も相当本気だな。俺ら騎士団も、下手な戦いはできない。」
 ガウェインが拳をぐっと握りしめて言う。カインは頷き返し、地表のほうに目をやった。すでに遠征ルートが確定すれば、近日中にこの艦隊が一斉に北西エリアの奥深くへ進行を開始するだろう。想像するだけで胸が高鳴る。

「さあ、これからが勝負だ。…………やってやろう、The Orderなんかに好き放題はさせない。」
 カインは自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。銀の小手が隣で青銀に輝き、まるで答えるかのように光を反射していた。
 こうして、円卓騎士団を中核に据えた大艦隊が結成され、北西への遠征計画が本格的に動き出す。次なる決戦の舞台は、荒野の奥に眠るThe Orderの拠点――あるいは、さらなる謎が潜む小宇宙への入り口かもしれない。
 いずれにせよ、カインたちの戦いはこれからさらに激化していくことは間違いない。それでも仲間たちと協力し、世界を変えるために飛び続ける。それが、今のカインとアリスの決意であった。

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