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星を継ぐもの:Episode3-1
Episode3-1:騎士団の日常
まだ薄暗い朝靄が城下を覆うころ――。
王都の石畳に張り付いた露がわずかな陽光を受け、きらりと光を反射する。空気は涼しさを残しながらも、どこか落ち着いた清らかさがある。先日までの激戦や災厄の気配が嘘のように、今だけは世界が静けさに包まれているように感じられた。
しかし、その静寂は長くは続かない。城の中心に位置する円卓騎士団の拠点では、早朝から点呼や訓練、各種作業に追われるメンバーが行き交い、常に騒がしい活気が漂っていた。観測光やThe Orderの襲来がいつ起こってもおかしくない状況で、彼らに怠慢の二文字は許されないのだ。
陽がまだ地平線から半分ほど顔を覗かせたばかりの時間帯。城内の大広場には、アーサーを中心に幾人かの騎士やスタッフ、神官たちが集まり、早朝の点呼を行っている。
澄んだ空気を裂くように、アーサーの通る声が響く。
「皆、集合ご苦労。今日も怪我や体調不良はないか? 昨夜は特に異常が報告されなかったが、油断は禁物だ。各自、準備を怠らないように」
彼の金髪は朝日に染まって金色の輝きを増し、碧眼には強い意志の色が宿っている。王としての風格がありながらも、一人の仲間として騎士団をまとめる彼の姿勢は、メンバーの信頼を得る大きな要因だった。
広場の端では、内政担当であり神官でもあるエリザベスが、書類の束を抱えてメンバーに指示を出している。王城周辺の民の苦情や要望、街の復旧作業、物資の分配――彼女がこなす業務は膨大だ。
「ガウェイン、昨日の巡回で住宅の屋根が崩れかけていた地区があったそうだけど、修理班を手配できそう?」
エリザベスは涼しげな瞳でガウェインを見上げる。彼は逞しい体格と赤と金の制服がよく似合う防御特化の騎士だ。
「ああ、話は聞いている。街の鍛冶職人や大工が不足してるから、騎士団の方からも手伝いを出す。午前中には取りかかれるはずだ」
「助かるわ。ところで、次の訓練スケジュールは……」
そんな具合に、戦闘以外の面でも騎士団は市民生活を支える一翼を担っている。円卓騎士団と言えど、常に剣と魔力を振るっているわけではなく、むしろこうした日常業務に時間を割くことのほうが多いのだ。
点呼が終わると、騎士団の多くは城内の食堂へ向かう。そこには長テーブルがいくつも並び、朝早くから料理係がスープやパン、簡単な惣菜を提供していた。
外見や雰囲気からは想像できないが、モードレッドやトリスタン、ガウェインらもここで一般の隊員やスタッフと肩を並べて食事をするのが日常である。
「おいモードレッド、お前もう3杯目のスープじゃないのか?」
筋骨隆々のガウェインが呆れ顔で聞くと、モードレッドはバケットの欠片を口に放り込みながら言い返す。
「はっ、何か文句でも? 俺は昨日も夜討ちで動いたんだ。腹減ってんだからしょうがねえだろ」
「まあ、ケガをしたわけじゃないならいいが……」
そんな言い合いに、トリスタンが静かに微笑む。寡黙な彼は眼鏡の奥で眼差しを細めつつ、温かいハーブティーをすする。この食堂では体格や階級にかかわらず、気を抜いた姿を見せることができる、騎士団ならではの風景が広がっていた。
その一角には、カインとアリスの姿があった。カインは鍋に入ったシチューをよそい、アリスのホログラムはテーブル脇の小さなディスプレイに投影されている。とはいえ、AI扱いの彼女が食事をするわけではないが、隊員たちは慣れた様子でアリスとも会話を交わしている。
「アリス、今朝の体調はどう? 昨日、結構オーバーヒートだったって聞いたけど」
ある女性隊員が心配そうに声をかけると、アリスは控えめに笑って返す。
「ええ、大丈夫です。干渉出力を使いすぎて少し疲労感がありますが、今朝までにシステムを再調整してもらえたので……。お気遣いありがとうございます」
周りの隊員が「ゆっくり休んでね」「本当に助かってるよ」と言葉をかけると、アリスの表情にはうっすらと照れが混じるようだ。彼女は単なるAIではなく、仲間として受け入れられている証拠でもある。
一方、カインは湯気の立つパンをちぎりながら、落ち着かなげにテーブルを見回している。彼は習慣的に朝食をとるとき、モードレッドやガウェインの様子がいつも気になるのだ。
(今はこうしてのんびり食事してるけど、いざ戦いとなれば命がけだもんな……。俺も、もっとしっかりしないと)
心の中でそう思いながらも、騎士団の日常という穏やかな時間は、カインにとって小さな救いの瞬間でもあった。
食事を済ませた後、メンバーはそれぞれ訓練や業務に散っていく。カインとアリスは城の裏手にある大規模な訓練場へ足を運んだ。そこでは、神官たちが魔法的サポートを駆使して部隊の基本訓練を行っているほか、戦闘機パイロットらがシミュレーターを使って戦術練習に励んでいた。
土のグラウンドには、騎士(パイロット)と神官(サポート)による対抗演習の風景がある。木製の剣や魔法式の模型武器を使いながら、実戦さながらの動きを覚えるのだ。そばでは教官役のベテラン隊員が大声で指示を飛ばしている。
「いいか、観測光との戦闘では神官の観測術が鍵だ! 騎士だけで突っ込むな! 相手の動きを読んで避けろ!」
「はいっ!」
新人らしき若者が懸命に返事をし、木剣を掲げて構える。神官役の少女が後方で魔法陣を描きながら、敵の動きを想定した情報を騎士に伝えている。
その様子を見ていたカインは懐かしく思う。この前まで自分も練習生のように模擬戦を繰り返し、アリスがサポートしてくれながら観測光の対策を身に付けていったのだ。今や実戦に出る機会が多く、訓練を振り返る暇もないが、こうして間近で新人たちの頑張る姿を見ると初心を思い出す。
「カイン、私たちも少しシミュレーションを試しますか? マーリンが新しい演算プログラムを導入したって言っていました」
アリスが提案する。彼女は干渉波の使い方をさらに最適化するため、訓練用の仮想空間で試行錯誤したいらしい。
カインは頷き、「そうだな、やろうか」と返事をして、訓練棟の中へ足を踏み入れる。
訓練棟の一室には、大掛かりなホログラフィックシミュレーターが設置されていた。ここでは、観測光との疑似戦闘がある程度再現できる仕組みが作られており、干渉波の展開タイミングやレーザーの撃ち方を練習することが可能だ。
カインが操縦用のコックピットに座り、アリスのプログラムをリンクさせると、周囲が一気に暗転し、仮想空間が広がる。目の前にはスコアパネルと擬似的な敵機の映像が映し出される。
「よし、やるぞ……アリス、準備はいい?」
「はい、干渉シールドの展開は私が制御しますね。敵が放つ観測光のタイミングを把握して、最小限の範囲で受け止めましょう」
合図とともにシミュレーションがスタート。敵機がバラバラに動きながら観測光ビームを撃ってくる。カインは操縦桿を操作し、回避とシールド展開を繰り返す。アリスは干渉演算を瞬時に行い、観測光の焦点を正確に補足して干渉シールドを部分展開する。
しかし、難易度が上がると敵の動きが素早くなり、ビームの角度やフェイントが混在するようになる。カインは必死に視線を動かし、操作パネルの警告を頼りにしながら回避を試みるが、いくつかのビームにかすってしまう。途端にスコアが下がり、アラームが鳴り響いた。
「くそっ……もう少しのところで防げない」
カインが歯がみすると、アリスが申し訳なさそうに声をかける。
「私の展開が遅れましたか? あるいはカインの操縦に合わせられなかったかも……。すみません」
「いや、俺も焦りすぎてた。難しいな……もうちょっとタイミング合わせようか」
二人は小声で打ち合わせをし、次のトライアルに移る。今度は敵ビームの軌道をアリスが先読みしてカインに指示を出す方法を試す。干渉シールドを最大で展開するのではなく、狭い範囲で集中して弾くことでオーバーヒートを軽減しようという狙いだ。
これが上手く機能すると、前回より被弾が減り、スコアパネルには良い数値が出る。しかし、その分シールド範囲が小さいので操縦者の精密な回避行動が必要となり、カインの負荷が増す。彼は汗をにじませながらギリギリでビームをかわし、干渉シールド内へ誘導して防ぎ続ける。
結果、今度はフィニッシュまで生き残ることに成功し、シミュレーター画面には**“CLEARED”**の文字が大きく表示された。カインは大きく息を吐き、アリスのホログラムに笑みを向ける。
「やったな……今の感じなら、実戦でも少しは使えるかも」
「そうですね……干渉の負荷は軽減できそう。今度の実戦で試してみましょう」
ほっとしたように微笑むアリス。しかし、内心では「もっと早く身に付けられないのか」と焦りもあった。観測光がさらに強化される可能性や、大規模な敵が来ることを考えると、まだまだ準備不足という思いが拭えないのだ。
シミュレーション演習を終え、カインが訓練棟を出るころには、すでに日も高くなっていた。城の中庭では、補給物資が大量に運び込まれており、荷下ろしを手伝う隊員たちの掛け声がやかましいほどこだまする。どんな武勲を立てた騎士でも、こうした肉体労働に従事するのが騎士団の日常なのだ。
そこに、赤い髪を短く刈り込んだモードレッドが大きな木箱を担いで歩いてくる姿が目に映る。横には数名の若い兵士もおり、皆肩で息をしながら荷物を所定の場所へ運んでいた。
「お、お疲れ。何してるんだ、こんなとこで」
カインが声をかけると、モードレッドは箱を地面にドンと下ろし、やや苛立ち混じりに息を吐く。
「見りゃ分かるだろ。物資の搬入だよ。偵察用の燃料やら武器やらが届いたんでな。仕分けが面倒なんだ、こういうの」
若い兵士が「す、すみませんモードレッドさん、これもう一箱……」と怯え気味に箱を差し出すと、モードレッドは「うるせえ、持ってくぞ」と言いながらも、手際よく担ぎ上げる。
「手伝おうか?」
カインが申し出ると、モードレッドは軽く鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「フン、お前は干渉で忙しいだろ? こんな単純作業に時間割かなくていい。俺がやるよ。お前はテメェの得意分野で頑張れ」
一見、突き放すような言い方だが、カインを思いやっているのが伝わる。カインは苦笑しながら「そうか、じゃあ悪いな」と言って手を振ると、モードレッドは再び箱を抱えて運搬を再開する。
兵士たちが「モードレッドさん、次はあっちです」と指示すると、「ああ? 分かってるよ」と文句を言いつつも真面目に従う。こういうやり取りも騎士団の日常のひとつなのだ。
その先では、トリスタンが書類を片手に点検リストを確認していた。狙撃特化の騎士である彼は、落ち着いた物腰で周囲の在庫や整備状況を整理している。カインに気づくと、少し頭を下げて「お疲れ」と短い挨拶を投げる。
「トリスタンさんも物資管理を?」
「うん。補給がスムーズに回らないと、いざという時困るからね。狙撃手も弾薬がないと話にならないし……」
彼は穏やかな口調で答え、手元のペンでリストにチェックを入れている。カインはそんな光景を見て、改めて思う。戦いの華やかさだけではない、こうした地道な作業こそが騎士団を支えていると――。
王都の昼は賑やかだ。城の周辺には行商人が並び、騎士団の労働要請を受けた職人や商人が忙しく動き回っている。城の壁を修理する者や、観測光避難用の臨時シェルターを作る者まで様々だ。
カインとアリスは訓練を終えた後、しばし休憩を取ろうと、城内の中庭にある噴水広場へ足を運んだ。ここは白い敷石が敷かれ、中央の噴水からは清冽な水が湧き出ており、騎士団のメンバーや城のスタッフがくつろぎに立ち寄る名所だ。
ベンチに腰掛けたカインは、アリスのホログラムをタブレット端末に小さく表示させながら、ペットボトルに汲んだ冷たい水を飲む。背筋に汗が滲み、靴も土埃で汚れているが、この程度で済むのなら十分だ。最近は毎日のように戦闘があるため、それに比べれば平和な昼下がりだと言える。
「アリス、疲れてない?」
「ええ、大丈夫です。先ほどのシミュレーションは思ったより成果が出たので、気持ち的には楽になりました」
二人がそんな雑談をしていると、通りかかった女性神官が声をかけてくる。彼女はエリザベスの部下であり、観測術をサポートするグループの一人だ。
「カインさん、アリスさん。いつもありがとうございます。……私たち神官も、みんなで新しい観測術の研究をしているんですけど、なかなか思うようにいかなくて……」
そう言って困り顔を見せる。どうやら観測光を防ぐ術をもう少し一般化できないかという話だが、実際にはアリスの干渉波ありきのシステムでしか成功しておらず、他の神官では再現が難しいのだ。
「そうか……俺たちも試行錯誤してるけど、観測光への直接干渉ってやっぱりアリスが鍵だしなあ」
カインが難しい顔をすると、アリスは申し訳なさそうに目を伏せる。
「すみません、私以外の方のために具体的なデータを提供できればいいのですが……私自身も“なぜ干渉できるのか”を完全には理解していないんです」
神官は「いえいえ、そんな……」と首を振り、応援するように「アリスさんがいてくれるだけでも、王都は守られていますから。私たちは私たちで精一杯やってみます」と言い残して去っていった。
その背中を見送りながら、カインは心の奥で小さな焦りを募らせる。アリスに頼るしかない現状は変わらない。もっと騎士団全体で観測光に対処できるようになれば、アリスやカインにかかる負担も減るはずなのだが――。
午後のひとときは、騎士団それぞれが自分の仕事に戻りつつ、ある程度の自由時間を持つことが許される日常だ。たとえばモードレッドは訓練後、武器庫に引きこもって自らの愛機をメンテナンスし、ガウェインは駐屯する一般兵士の悩み相談に乗っている。トリスタンは狙撃記録を整理するため図書室へ向かった。
カインはアリスと共に、最近開設されたばかりの城内の簡易ラウンジへ足を運んでいた。そこには飲み物の自動給湯器や、ちょっとしたお菓子が置かれており、疲れた隊員が気分転換に立ち寄る場所でもある。
室内は淡いオレンジのランプが灯り、落ち着いた雰囲気が漂う。家具も柔らかいクッションの椅子やテーブルが配置され、BGM代わりに小さな音楽プレーヤーが静かな曲を流していた。
「へえ、初めて来たけど、いい感じだな。まるで旅館の休憩室みたいだ」
カインが冗談めかして言うと、ホログラム越しのアリスはクスリと笑みを返す。
「そうですね。私も、こういう場所でのんびり過ごせるのは嬉しいです」
「……AIのアリスが“のんびり”っていうのも変な話だけど、最近はなんか人間ぽくなってきたよな」
「ふふ……そうでしょうか? 自分ではわかりませんが、カインたちと一緒にいる時間が長いからかもしれませんね」
そんなやり取りを楽しんでいると、軽快な足音とともにマーリンが姿を見せた。タブレット端末を抱え、いつもの飄々とした笑みを浮かべている。
「おや、カインにアリス。ここにいたのか。探したよ。ちょっといいかな?」
マーリンが声をかけ、カインが「何だ?」と応じると、彼は深刻そうに首を振る。
「いや、ちょっと嫌な予感がしてね。先日解析した端末の続きを読んでみたら、やはり“神殿”らしき場所が記されてる可能性が高い。それも、遠い南方の砂漠地帯……ちょっと情報をまとめるの手伝ってほしいんだ」
「南方の砂漠地帯……また遠いところに。そこが“歪み”と関係あるのか?」
「まだ断定はできないが、どうやらその神殿には“封印”が施された仕掛けがあるとされている。The Orderがそこの封印をこじ開ける気配があるとしたら……我々も先んじて行動しないとまずいかもしれない」
マーリンの口調はいつになく真剣味を帯びている。さっきまで穏やかなラウンジの空気が急に張り詰め、カインも表情を強張らせる。アリスのホログラムも神妙に光を揺らしている。
「わかった。すぐにでも情報集めに協力するよ。アリス、いいな?」
「はい。解析のお手伝いをします。干渉波がどう関わってくるのかも気になるところですね」
「助かる。じゃあ、先に研究室で待ってるよ」
マーリンは端末を抱え込み、足早にラウンジを出ていく。カインはアリスと視線を合わせ、思わず苦笑する。
「休む暇もないな……でも、仕方ない。神殿か……今度は砂漠かよ。どれだけ世界中を引っかき回すんだ、The Orderは」
「本当に、そうですね……」
小さく息を吐き、二人はそそくさとラウンジを後にする。日常のひとときに浸っている時間など、まだまだ足りないようだった。
日が傾き始め、空が淡いオレンジから紫へ変化していくころ、城下町は仕事を終えた人々があふれて賑わいを見せていた。観測光の脅威があっても、生活を続けるために彼らは必死に働き、夕方には一瞬の緩みを楽しむ。酒場や露店には笑い声や会話が飛び交い、香ばしい料理の匂いが鼻をくすぐる。
騎士団の一部メンバーもこの町に足を伸ばすことがある。ガウェインが依頼された仕事の報告に行くこともあれば、モードレッドが賑やかな酒場にふらりと立ち寄ることもある。
この日、カインは偶然、夜の巡回スケジュールに当たっており、食事がてら城下を歩いていた。そこにはアリスが端末越しに同行しているが、やはりホログラムなので隣を歩くわけにはいかない。
「今のところ異常はなさそうだな……ほんと、平和に戻ったのかってくらい」
カインが呟くと、アリスは静かな声で応じる。
「はい、ずっとこんな日常が続けばいいのですけれど。……でも、マーリンから聞いた“神殿”の話が頭から離れません」
「同感だ。考えても仕方ないけど、どうせまた緊急出撃になりそうな気がしてる。もう少しここでのんびりしたいけどな」
そう話していると、通りの先で小さな子どもが「カインさん、アリスさんだ!」と指差して駆け寄ってくる。どうやら前に一度、The Orderの襲来から助けられた地域の子どもらしく、「ありがとう」と笑顔を向ける。カインはくすぐったい気持ちで「元気そうだな」と返し、アリスも「あなたこそ、風邪ひいてない?」と優しく声をかける。
(こうやって喜んでくれる人がいるんだ……それだけでも頑張る価値がある)
カインは子どもの頭を軽く撫でながら、そんな思いを噛みしめる。しかし、その微笑ましい一幕を打ち消すかのように、城の方向から甲高い警報が響き渡った。
「また……!?」
振り返ると、多くの人々が不安そうにざわめきだす。観測光の襲来か、それとも別の緊急事態か――いずれにせよ騎士団の出動を要請する警報音であることは間違いない。カインは子どもに「早く家に帰るんだ!」と伝え、すぐさま駆け出した。
「アリス、どうする?」
「城へ戻りましょう! マーリンかアーサーから連絡が来るはずです」
やはり一筋縄ではいかないのだ。せっかくの安寧も長くは続かない。それが騎士団の日常――どこか切なく、けれど逃げられない宿命なのだとカインは思わず噛みしめる。
城門付近は騎士団や兵士で騒然としている。先ほどの警報で多くの者が武器や装備を持って駆けつけ、円卓騎士団の機体を整備するスタッフが慌ただしく動いていた。
カインが到着すると、ガウェインとエリザベスが門の前で話し込んでいる。エリザベスの顔には明らかな不安が走り、ガウェインは険しい表情でうなずいていた。
「どうしたんですか?」
カインが問うと、エリザベスは息を切らしながら答える。
「南端の見張り台から通信が入ったの。どうもThe Orderらしき存在が再び姿を見せたみたいだけど……まだ詳しい情報がまとまっていなくて」
「また? 昼間にあんな大群を倒したばかりなのに……」
カインが苛立ちを覚えつつ、アリスも「頻度が増してきましたね」と眉を寄せる。
「何が起きているんだ……?」
ガウェインが低く唸る。さっきまで荷物の搬入を指揮していたモードレッドも、スコープ付きヘルメットをかぶって駆けつけてきた。
『アーサーはどうするって言ってる?』
モードレッドがエリザベスに尋ねると、彼女は「緊急対策会議をすぐ開くから皆呼んでくれとのこと。場所は王の執務室」と答える。
こうして彼らは城内へ再び走り去る。夕闇が迫る城壁には、まだ荒野や街の片付けが終わらないというのに、再度の戦闘が避けられない雰囲気が漂っていた。
王の執務室は普段、アーサーとエリザベスが内政を行う閑静な部屋だが、この夕刻の緊急会議には円卓騎士団の主要メンバーや補助官が詰めかけ、狭い室内に人がひしめき合っていた。
地図や資料がテーブルの上に広げられ、皆が一斉に意見を述べるため声が重なり合い、混乱の色を深めている。
「南端の見張り台によれば、“崩壊した空の裂け目”が一瞬見えたという報告が……」
「そちらの村とも連絡が取れない? どういうことだ!」
「魚型モデルや先遣部隊、大型兵器……まさか同時多発的に何かを仕掛けてくるのか?」
怒号や不安の声が飛び交う中、アーサーがテーブルを軽く叩いて静粛を促す。彼の眼差しには決意と苦悩が混在していた。
「落ち着いてくれ。まずは情報を整理しよう。……マーリン、端末の解析はどうだ? “神殿”に関するものだが、今回の事態と関係あるのか?」
マーリンは唇を引き結び、タブレットを操作してホログラムを映し出す。そこに現れるのは古代文字の断片や地図と思しきイメージ。南方の砂漠地帯に点在する古い遺跡の分布図だ。
「まだ完全にはつながっていないが、確かなのはThe Orderが世界各地で動いていること。神殿を開放し、“大いなる歪み”を引き起こす準備をしている可能性がある。南端の裂け目というのも、その前兆かもしれないね」
室内は騒然とする。もし本当に“歪み”が世界規模で発生すれば、先ほどの戦闘など比較にならない大災害が起こるだろう。想像すらできない規模の破壊が押し寄せるかもしれない。
エリザベスが一歩前へ出て、皆に深刻な口調で提案する。
「このまま待っているだけでは手遅れになるかもしれません。騎士団の一部を南端に派遣して、状況を直接確認させるべきです。王都の防衛も重要ですが、原因を断たない限り際限なく襲撃が続きます」
「だが、それをやるなら王都の戦力が手薄になるリスクがある。観測光がもし北方や東の沿岸に再度出現したら……」
ガウェインが口を挟むが、モードレッドは苛立つように言い返す。
『だからって何もしなきゃ向こうの人たちは見殺しだろ? 俺たちはそんな腰抜けじゃねえ。行くしかねえんだ』
カインは黙って聞いていたが、心の中で決意が固まっていく。アリスのホログラムも、不安混じりながらしっかりと相槌を打っている。
すると、アーサーが深く息をつき、全員を見回すように顔を上げる。
「……わかった。では南端への派遣隊を編成しよう。数は多く出せないが、精鋭を送り込む。王都には残りのメンバーが防衛に当たる形だ。カイン、アリス、君たちも力を貸してくれるか?」
カインは迷わず首を縦に振る。自分が行かなければ、観測光への干渉はできない。アリスも頷いて応じる。
「はい。私も行きます。何としても“歪み”を止める手がかりを探し出さないと……」
会議が終わると、皆それぞれ出撃準備や役割分担に散っていった。すでに日は沈み、城壁には夜の静寂が落ちている。だが、その暗闇の先には多くの町の明かりが灯り、無数の人々が明日への不安を抱えながら夜を迎えている。
カインは軽い荷造りを終えたあと、ふと城壁の上へ上がり、遠くの街灯が連なる景色を眺めていた。アリスのホログラムが淡く揺れ、同じ夜景を見ている。
「また遠征か……少し休みたいけど、仕方ないよな」
「そうですね。でも私たちが動くことで、守れる命が増えるなら……やりましょう、カイン」
二人の言葉は短いが、その中に強い決意が感じられる。
そこへ足音が聞こえ、ガウェインが登ってくる。先ほどの会議で南端への派遣隊に名を連ねた彼もまた、出発の心構えを持っているようだ。
『カイン、アリス……先日はありがとな。お前たちがいなけりゃ、あの大群も止められなかった。次も頼む』
ガウェインは素直に礼を述べ、硬い顔のまま遠くの闇を見つめる。まるで狼が夜を見張るかのようだ。
「ああ、こちらこそ。今回も一緒に戦ってくれるんですよね?」
『もちろんだ。円卓騎士団は誰一人欠けても満足に動けん。……だが、余裕がなければ次の激戦でつぶれるかもしれない。お前も体をいたわってくれ』
カインは小さく笑って、「ありがとう、気をつける」と返す。こうして騎士団の仲間とのやり取りは、束の間の日常の延長にある。しかし、すぐ先には激戦が待ち受けていると感じずにはいられない。
夜風が肌を撫で、城壁の上で三人はしばし言葉を交わさない。遠くからは夜警の兵士が巡回する足音や、街のどこかで聞こえる犬の鳴き声が淡く響いてくるだけ。
アリスはホログラムの身ながら、心なしか切なげな表情を浮かべているように見える。古代の人間としての記憶を持ちながら、それを言えずにいる苦しみがそこにあるのかもしれない。カインはそんな彼女の横顔に気づきながら、あえて言葉を出さない。
(いずれ、アリスの秘密も関係してくるんだろうな……。でも、今は目の前の戦いを乗り越えなきゃ)
そう胸中で呟き、カインは拳を握りしめる。アリスはそれを見て、軽く微笑む。ガウェインも隣で視線を落とすようにして、仲間たちへの信頼をかみしめている。
こうして、王都の夜は更けていく。
騎士団の日常は、任務や雑務、訓練に満ちており、一見すれば地味で泥臭い。しかし、そんな地道な積み重ねがいざという時に命を救い、世界を支える力になる。
観測光や大いなる歪みの脅威は依然として大きいが、彼らは日常をつむぎながら少しずつ成長している――そう信じたいのだ。