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再観測:星を継ぐもの:Episode3-2

Episode3-2:扉前の防衛線

 朝焼けの陽光が薄い雲を赤金色に染めながら、王国大艦隊は静かに北西エリアの上空を移動していた。空母レヴァンティス艦を筆頭に、護衛艦や補給艦が広い隊列を形成し、風のない高度を保ちながら進んでいる。下方には荒廃した地表が続き、かすかな緑や水源はまるで消えてしまったように見えた。

 数日前から、艦隊のセンサーにはある一定の座標付近で強い波長が検知されていた。そこは「扉」と呼ばれる異次元への入り口――あるいはThe Orderの本拠へ繋がる可能性を秘めた特殊空間かもしれないと、円卓騎士団の間で噂になっている。
 もっとも、まだ確証はない。扉そのものを直接視認した者はいないし、そこへ近づけば容赦なくThe Orderの防衛部隊が襲撃してくる。だが、アリスの記憶断片や観測データから考えるに、「扉」は確実にそこに存在しているはずだと言われていた。

「――それにしても、不穏な空気だな。」
 カインは銀の小手(Silver Gauntlet)のコクピットでメインモニターを眺めながら、深い息を吐いた。朝だというのに空は鈍色の雲に覆われ、視界の先には淡い霞がかかっている。既に地上から立ち上る黒煙が遠くに見え、戦火の名残がくすぶっているようだ。

「どうしたの、カイン? 疲れてる?」
 機内から仮想少女の声が届く。アリスの演算システムは以前よりもやや不安定だが、今は落ち着いているらしく、カインに穏やかに話しかける。

「いや、まだ平気だ。でも、あの座標へ近づくと聞いてから気が重くてな。扉が本当にあるのか、The Orderが総力を挙げて守ってるのか……何もわかんないし。」

「隊長たちが言うように、もしそこが異次元や小宇宙への入口なら、敵も絶対に放っておかないはず。防衛線が張られているんでしょうね……。」
 アリスの声には、不安と覚悟が入り混じっていた。彼女の記憶には、古代装置やThe Orderとの干渉にまつわる断片が浮かんでおり、それらが無意識のうちに恐怖を呼び覚ますのだ。

「でも、大丈夫だ。俺たちと騎士団、そして大艦隊が一緒に進む。いつもみたいに力を合わせれば、扉をめぐる戦いもきっと乗り越えられるさ。」
「……うん、ありがとう、カイン。」

 そう言っているうちに、艦橋から一斉通信が入る。モルガンのテキパキとした声が混ざる混線気味の音声だ。

『全ユニットへ。ここより座標XY-412へ向かう。そこはどうやら扉の存在が濃厚なエリアだが、同時にThe Orderの大規模防衛が予想される。円卓騎士団は前衛を担い、艦隊を護衛しながら接近する。準備を。』

 カインは軽く顎を引き、「了解」と答える。アーサー、ガウェイン、トリスタンなどの名機も同じく発進準備に入り、ブースターを点火。星海の戦いとは違う、地上に近い空域での大規模戦闘が目前だ。


 1時間後、艦隊から飛び立った多数の偵察ドローンが座標周辺を飛び回り、リアルタイム映像を艦橋へ送っていた。しかし、そのほとんどがノイズを伴い、完璧な映像が得られない。しきりに紫の輝きや怪しい影が映るだけで、はっきりと「扉」の姿は見えない。

『こちらドローン隊。視界不良! 高レベルの波長干渉を受けています!』
 通信も乱れがちで、モルガンが艦橋で舌打ち混じりに指示を出す。

「波長干渉……。The Orderが結界のようなものを張っているのか、あるいは扉自体が放つエネルギーか……。騎士団、準備を急いで!」

 カインは銀の小手で待機中だったが、この呼びかけを受けて軽くアクセルを噴かす。機体が甲板上を滑り、離陸カタパルトへ進む。アリスの声が「大丈夫、行けるよ」と励ましてくれる。

「扉が本当にそこにあって、敵が守っているなら、一戦交える覚悟は必要だな……。」
「うん、ここで退いたら扉の謎が解けないし、私たちも進めない……。」

 ガウェインやトリスタンの準備も整い、アーサーのエクスカリバーは既に発艦している。円卓騎士団が再び前線を形成し、艦隊の護衛を引き受けながら座標に向かう。艦橋のオペレーターが激しい口調で「敵の反応が増大している!」と叫んでいるのが聞こえてきた。

『たぶん……相当な数が待ち受けているかもしれない。用心して進んで。』
 モルガンの静かな指示とともに、カインはスロットルを押し込み、銀の小手を宙へ舞い上がらせた。


 地上は見渡す限りの荒野と砂塵。しかし、その先にはじんわりと紫の靄が立ちこめ、ところどころに奇妙な結晶のようなものが突き刺さっているのが見える。レーダーには不穏な生体反応や金属反応が混在しており、明らかにThe Orderの勢力が動いている。
 艦隊が徐々に降下しながら、その大空母群の直下には装甲車両や歩兵の一部も展開していた。どうやら一部地上戦力を伴って「扉」と呼ばれる場所を周囲から包囲したいのだ。

(多面的に攻めるつもりか。さすが隊長……でも大きな危険も伴うな。)

 カインが目を凝らすと、遠方の地平線にうっすらと紫色の柱のようなものが立ち上がっているのが確認できる。上下に波打ち、微かな光を発し、また消えるを繰り返している。あれが扉の入り口なのかもしれない――と直感的に思った。

「アリス、あれが見えるか? もしかして扉か……。」
「多分。あそこから強い波長が放たれてる。私、そこに近づくのは怖いけど、でも……行かなきゃダメだよね。」

「大丈夫だ、お前を一人にはしない。」

 そんなやり取りをするうちに、前方を飛んでいたアーサーのエクスカリバーが一気に減速し、編隊を整えるようにして左右の騎士機が並ぶ。ガウェインやトリスタンも交差しながら位置を固める。
 すでに上空には護衛艇や他の戦闘機が数多く散開しており、大艦隊の艦橋が一つの陣形を指示している。地上やや上空で半円状に隊列を組み、紫の靄が広がる座標を包囲する形を作るのが狙いだ。

『騎士団、聞こえる? どうやら敵がすでに防衛線を展開しているようだわ。数百メートル先に多数のThe Order機……加えて、何か大規模な観測光バリアが張られている。』
 モルガンの報告に、カインは緊張を高める。バリアという言葉が出ると、一筋縄ではいかない戦いになるとわかるからだ。

『了解。まずは我々が斥候兼前衛として当たる。艦隊の大火力は背後から支援してくれ。』
 アーサーが短く応じ、騎士団での通信へ切り替える。

「いいか、カイン、ガウェイン、トリスタン。敵がバリアを展開してるなら、局所的に火力を集中して穴を開けるしかない。銀の小手の干渉力やガウェインの盾、トリスタンの狙撃……全部を活かせるよう動こう。」
「了解です!」
 カインは力強く答える。アリスが小さく息をつくのがわかるが、今は戦いに集中してもらわなければならない。


 騎士団機が前進すると同時に、地平線の先からうねるような黒い波が迫ってきた。数多の異形機が地を這うように進行し、空中には浮遊タイプのThe Orderが蠢いている。すでに一部が観測光を蓄え始めていて、紫色の閃光が空気を震わす。
 辺りの風が止み、空気が張り詰めた瞬間、双方同時に火を噴く。カインは銀の小手を低空滑走させながらミサイルを連続射出、正面から突っ込もうとする敵群を撹乱する形を取る。アーサーはエクスカリバーの剣型ビームを横薙ぎに放ち、ガウェインは盾を構えつつ中央で防御姿勢。トリスタンが後方上空から狙撃支援を行う。

「っ……数が多い!」
 カインは歯を食いしばりながら機体を左右に振り、飛んでくるビームや弾幕をかいくぐる。すぐ後ろから護衛艇もカバーしてくれるが、敵の火力は激烈だ。砂塵が舞い上がり、爆炎が点々と開くなか、彼らは巧みに編隊を崩さない。

 無数の躯が地を這いながら、こちらに触手のようなパーツを伸ばし、観測光を乱射してくる光景は、まるで悪夢のようだ。騎士団と艦隊が昼夜を問わず闘ってきたが、ここまでの密度の攻撃はそう滅多にない。明らかに「扉」を守ろうとするThe Orderの本気が見て取れる。

「アリス、解析は?」
「うん……敵が配置したバリアは、前線のさらに奥みたい。あそこを突破しないと扉へ近づけない……でも、まだ距離がある。」

「つまり、この防衛線をまず崩さないと話にならないか……!」

 カインはスロットルを全開にし、一気に敵陣中央へ突撃をかける。後方ではガウェインが「おい、無茶するなよ!」と叫ぶが、カインは確信があった。このまま静的に撃ち合えば被害が増えるだけだ。突入し、混乱を誘うのが銀の小手の得意戦術でもある。

 弾丸と観測光の閃光が交錯し、機体にかすかな衝撃が伝わる。いくつか被弾覚悟で突破する度胸が要るが、アリスの機動補正によって危険を最小限に抑えられる。事実、銀の小手は速度と運動性能を活かして生体機の隙間をすり抜け、ミサイルを背後に打ち込んでいく。

「うおおおっ……!」
 カインの雄叫びがコクピットにこだまする。爆炎が背後で弾け、複数の異形が断末魔のような振動を放出しながら崩れ落ちる。アーサーが斜めからビームで援護してくれたおかげで、カインは深く突っ込んでも致命傷を負わずに済んだ。
 ガウェインのガラティーンは中央を突破し、地上戦車部隊とも連携を取りながら正面を押さえている。トリスタンは上空から針のように精密な狙撃を繰り返し、敵の重火力を潰してくれる。円卓騎士団の連携が冴えわたり、大きな損害なく防衛線を崩しつつある。


 やがて視界が開け、大きな平原のようなエリアが見えてきた。そこには紫と緑が混ざった光の壁が立ちはだかっている。まるで空気の層が歪んで結晶化したかのように、波打ちながら壁のように広がり、その奥に先ほどの扉とおぼしき柱がぼんやり浮かんでいる。
 護衛艇がミサイルを撃ち込むが、光の壁に接触した途端にかき消される。まさしく強力なバリアだ。

「くそ……あれが噂のバリアか。」
 カインは銀の小手で近づきすぎないよう注意しながら、アリスに尋ねる。「これ、昔見たバリアと同じようなもんか?」

「いえ、もっと強烈。おそらくThe Orderが扉を守るために全力で張ってるんじゃないかな……。私の干渉力も試してみたいけど、どうかしら……?」

「危険は承知だ。でも、アリスの力がないと突破は難しいだろう。」
 そこへアーサーの声が割り込む。『みんな、あのバリアを突破する手段を探さないと、扉へたどり着けない。一斉火力でも破れそうにない。カイン、銀の小手とアリスの干渉力を試してくれ。』

「了解しました、アーサー卿。援護をお願いします!」
 カインは少しだけ息を吸い込み、操縦桿を握りしめる。バリアに接近すれば、きっと強い抵抗を受けるし、The Orderの攻撃も集中するだろう。だが、やるしかない。

 銀の小手が徐々に前進する。バリアの表面は紫の波紋が絶え間なく流れ、まるで生き物の皮膚のようでもある。アリスの声が静かに響く。

「干渉波を最大限にしてみる……カイン、カバー頼むね。」
「おう、俺は操縦に専念するから、お前は無理しない程度に調整してくれ。」

 機体がバリア面の手前数十メートルまで接近し、敵の火力が集中してきた。一方でガウェインとアーサーが横からカインを援護し、敵の弾幕を遮る。上方からトリスタンも遠距離射撃で迎撃してくれており、何とか近づける状況だ。

「いまだ……放て、アリス!」
「わかった……!」

 銀の小手の機首から青白い光が放たれ、The Orderに干渉する特殊な波長を照射する。星海の戦いなどで何度も使ってきた干渉力だが、今回は相手が“扉のバリア”という未知の存在と直結しているため、効果は未知数だ。
 ビームがバリア面に触れた瞬間、ズズズという強烈な音波が空間に広がり、バリアが波打ち始める。カインは操縦桿を握り込んで必死に安定を保つが、機体が強い反動を受けて跳ねそうになる。

「うああっ……!」
「耐えて、カイン……もう少し……!」
 アリスが苦しげな声を上げながら演算力を高める。バリア面が局所的に薄くなり、内部の紫色が退色しかけている。そのチャンスを見てアーサーがエクスカリバーの高出力ビームを撃ち込む。さらにガウェインも正面から突撃して盾で衝撃をいなしつつ、ビームを連発する。
 一瞬、バリアに亀裂めいた模様が走る。しかし完全に割れるまでには至らない。The Orderの後続部隊が必死にバリアを維持しているのか、その亀裂がすぐに修復されてしまう様子が見えた。

「ちっ、もう一押しか……!」
 カインはミサイルを発射しようとするが、そもそもバリア面が再度厚みを取り戻し始めている。

「アリス、限界か?」
「うう、まだやれるけど、ずっと高出力だと……壊れちゃう……!」

「無理するな、一旦下がろう。隊長、どうします?」
 通信を開くと、モルガンの声が切迫している。『敵の防衛線がさらに増援を呼びつつある。艦隊が近づくまで少し耐えて。大火力で一気に叩けばチャンスがあるわ!』

 こうして円卓騎士団は一時攻撃を緩め、バリアの目の前で持久戦の形となる。敵もバリア内側から攻撃を続けており、騎士団や護衛艇が被弾しながら応戦を続ける。
 カインは銀の小手をバリアの外周付近へ回り込ませ、穴を探そうとするが、どこを見ても紫の膜が連続している。時折干渉力を当てて小さな亀裂を発生させても、すぐに修復されてしまう。明らかに通常のバリアより強い自己再生を備えているようだ。

「くそ……時間との闘いか。艦隊が砲撃態勢に入るまで、俺たちは守り続けるしかないのか……!」
 カインは焦りを感じながら、雑魚敵の波を必死に押し返していく。上空を護衛する僚艦も必死だが、さすがに長引けば被害も増えるだろう。アリスは演算を繰り返し、その辛そうな声がコクピットに漏れる。

「ごめん……上位干渉をやり続けると、私がもたない。もう少し耐えてくれれば、艦隊の火力と合わせて突破できるかもしれないけど……。」

「いいさ、すぐには無理するな。俺たちがカバーする!」
 周囲ではガウェインの盾が輝き、トリスタンの狙撃が紫の空間を貫く。アーサーは中央でエクスカリバーを振るいながら鼓舞の声を上げ、味方の士気を高めている。円卓騎士団は一丸となり、扉前の防衛線を崩そうと奮戦しているが、敵もまた必死だ。


 ようやく艦隊が中距離砲撃の態勢に入り始めた。空母レヴァンティス艦と他の大型艦が主砲を一斉にチャージし、長い砲身から青白い光が集まっていく。地上に展開する戦車部隊や自走砲も射程を確保し、数えきれないほどのミサイルやビームを一気に叩き込もうとしていた。
 カインはその知らせを受け、急いでバリアから離れ、味方全機へ退避を呼びかける。

『艦隊、これより一斉砲撃を行う! 円卓騎士団および地上部隊は安全圏へ後退せよ!』
 通信の合図に従い、騎士団はわずかにバリアから離れた位置へ下がる。とはいえ、敵がそれを黙って見逃すはずもなく、多数の生体機が追撃に出てくる。ガウェインが盾を張り、トリスタンが狙撃で追っ払う形で押しとどめながら数百メートル離脱する形を取る。
 すると間髪を入れず、艦隊の大火力が唸りを上げた。上空から太く白いビームが複数本伸び、大地を切り裂くように直撃。爆音が鼓膜を突き破らんばかりに鳴り響き、紫のバリア面が波打って閃光を散らす。ミサイルや自走砲の砲弾が連鎖的に爆発を起こし、煙が大地を覆う。

「やったか……?」
 カインは遠巻きに見守るが、煙が晴れたとき、まだバリアが完全には消えていないのがわかった。先端部が揺らぎ、大きく亀裂は走っているものの、根本的には残っている模様だ。
 艦隊砲撃が足りないのか、あるいは敵のバリアが予想以上に強固なのか。そのとき、カインのレーダーが反応を示す。バリアの一部が崩れて開口部が生まれそうだ。しかし、その周囲に大量の敵信号が急激に集まってきている。

「開いたところを敵が埋めようとしてるのか……!」
 アリスが声を上げ、「そこが唯一の突破口になるはずよ!」と補足する。カインは頷き、大胆に機体をそちらへ向けて再加速する。アーサーやガウェイン、トリスタンも呼応し、円卓騎士団が一丸となって亀裂へ突撃を仕掛ける。

『行くぞ、みんな! ここで突破すれば扉の目前に出られる。油断するな!』
 アーサーの号令に、ガウェインが「よっしゃ!」と意気込み、トリスタンが静かに「了解……」と応じる。カインはミサイルをリロードし、キャノンにもエネルギーを充填した。

 ところが、敵も必死の抵抗を見せる。バリアの裂け目付近に集まる無数の生体機や装甲型が集中砲火を浴びせてくる。観測光ビームが縦横無尽に走り、地面や空を切り裂く。騎士団や護衛艇は散開機動で回避を繰り返し、ガウェインの盾で多少の防御をしつつ、必死に前進する形を取る。
 カインは心を研ぎ澄ませ、攻撃をかいくぐりながら亀裂へ突撃。もしここを突破できれば、「扉」の正体が見られるかもしれないという期待がある。敵がどれだけ激しい弾幕を敷こうとも、こういう場面で怯んでは役目を果たせない。

「アリス、干渉波を最大にしてくれ! バリアの裂け目を広げるんだ!」
「う、うん……やってみる!」

 銀の小手が青い光を放ち、波長干渉を集中的に亀裂へ照射する。ビームが逆流するかのようにバリアに染み入り、紫の表面がぐわんと揺れる。そこへアーサーのエクスカリバーが横合いから高出力斬撃ビームを叩き込み、ガウェインも追加火力で穴をこじ開けるように援護する。トリスタンの射撃が敵機を排除してくれているおかげで、大きく阻まれることなく突破を試みる形になっている。

「もう少し……!」
 カインが咆哮に近い声を上げる。機体が激しい振動を受けながらも、亀裂をすり抜ける瞬間が来た。まばゆい紫の閃光が視界を覆い、全身にビリビリした電流のような痛みを感じる。だが、機体が弾き飛ばされずに済んでいるのは、アリスの干渉力と仲間の援護が絶妙に噛み合っているからだろう。

 ついに銀の小手はバリアの向こう側へ滑り込む形になり、アーサーやガウェインも同時に突破する。背後ではトリスタンが入り口を抑え、敵が追撃してくるのを阻む。
 カインが目を見張ると、その先には紫がかった空間が大地一帯を包み込み、まるで別世界のような薄霧が漂っていた。そして中央には、あの細長い柱状の光が立ち上り、徐々に形を変えるようにして揺らめいている。まるで扉と呼ぶにふさわしい不気味さだ。


「ここが……扉……?」
 コクピット越しに見る景色は奇妙だった。地形が歪んでいるようにも感じられ、遠近感が狂う。アリスがマップを展開しようとするが、座標がめちゃくちゃに乱れるらしい。電子機器がノイズを受け、演算が難航しているのがわかった。

「カイン、ここ……異常な空間だよ。小宇宙と重なってるのかもしれない。」
「やっぱり……。そっちも大丈夫か?」

「うん、今のところ動ける。けど、敵がまだいる気配……。」

 その言葉を裏付けるかのように、前方の霧の中から巨大な影が複数姿を現した。戦艦級にも匹敵する大きさの生体兵器なのか、或いは複雑な外装を纏う観測光艦なのか――とにかく凄まじいオーラを放っている。隣でアーサーとガウェインも言葉を失う様子が通信に乗る。

『くっ……あれは……さっき星海戦で見たものよりも大きいぞ。』
『でも、やるしかない。扉をこのままThe Orderに独占させちゃまずい。』

 まさにThe Orderの主力防衛隊。四足のようなパーツを展開しながら観測光を乱射する個体や、触手を何本も振り回して地面を抉る個体などが数体並び、紫の霧の中でうごめいている。
 カインは心拍数が上がるのを感じつつ、決意を込めて叫ぶ。「アリス、できるか? この規模の敵を相手にするんだぞ。」

「やってみるわ。みんながいるから大丈夫。私も力を出す……!」

 円卓騎士団が一斉に加速し、巨大な敵たちとの決戦に突入する。観測光ビームが雨あられのように降り注ぎ、盾を構えるガウェインの機体が火花を散らして呻く。アーサーのエクスカリバーが斬撃ビームを放つが、相手の外殻が硬く、容易には崩れない。カインは銀の小手で突破口を探り、脚部のようなパーツを狙ってミサイルを連射。大爆発を起こして一部が破壊され、敵がよろめくが、すぐに再生を始めるかのように紫の液体を噴き出して回復しようとする。

「こいつ、再生能力持ちか……!」
 思わず悲鳴じみた声が出る。だが、そこでアリスが静かに口を開いた。

「カイン、そのコアは背中にあるみたい。波長の集中的なポイントを解析したよ。もしそこを叩ければ、回復できなくなる……!」

「助かる! アーサー卿、聞こえますか?」
 カインは通信でポイントを共有し、アーサーが「了解!」と力強く応じる。エクスカリバーが上空へ飛び上がり、真下にいる巨体の背面を狙う形でビーム斬撃を振り下ろす。光の剣が敵外殻を突き破り、断末魔の振動が周囲に響いた。
 再生が追いつかない隙に、カインが銀の小手で横合いから追撃のキャノンを連射。爆発が黒煙を巻き上げ、その巨大個体はドスンと倒れ込むように沈黙した。

「よし、一体沈んだ……!」
 しかし、まだ他にも巨大個体が数体控えている。ガウェインが盾を活かして正面から引き付けるが、敵が一斉に触手を振り下ろしてきた。まるで獣の群れが牙をむくかのようだ。カインは急いで援護射撃をするが、火力が足りず、ガウェイン機は盾ごと地面へ叩きつけられそうになる。

『うおおおっ……!』
 ガウェインの苦悶の声が響く。だが、その刹那、上空から精密な狙撃が飛んできて、敵の触手を一本ずつ切り裂いていく。トリスタンのフォール・ノートだ。夜間狙撃もお手のものだが、濃い紫の霧の中でここまで正確に当てるとは驚異的だ。

『ガウェイン、今だ!』
 トリスタンの低い声に応じ、ガウェインが盾を振り払って大出力ビームを繰り出す。触手が焼け切れた個体が悲鳴めいた波動を放ち、その隙をついてカインとアーサーが両側から突撃。挟撃を受けた敵巨体はたまらず崩れ、地面を轟音とともに叩きつける形で倒れ込んだ。

 こうして、いくつかの巨大個体を倒すことに成功したが、既に円卓騎士団もガウェイン機がダメージを受け、カインの銀の小手も少なからぬ被弾を負っていた。アリスが微かに喘ぐように息をし、「ごめんね、もう少しだけ頑張れるから……」と必死に演算を続けている。

「無理すんな、アリス。もうかなりやったぞ……。」

 ふと視界を巡らすと、紫の霧の向こうでの柱がゆらめいている。先ほどよりも輪郭がはっきりしていて、ぼんやりと縦に伸びた楕円の空間が細かく振動しているように見える。これを跨げば、本当に異次元へ足を踏み入れるのか――想像するだけで背筋がゾクッとする。
 加えて、無数の中小サイズの異形機がまだ散在している。騎士団や護衛の地上部隊が押さえ込んでいるが、長引けば被害も増すだろう。早めに決着をつけ、バリアを完全に崩壊させたいところだ。


 やがて艦隊が再び大火力射撃を行える位置へ近づき、バリア周辺を包囲する形が完成しつつある。円卓騎士団が最前線で大きな敵個体を排除したおかげで、大規模砲撃を邪魔する要素が減ったのだ。

『砲撃準備完了! カウントダウン始める!』
 上空の母艦から轟音が伝わり、無数の光弾がバリアに集中し始める。凄まじい爆光が夜空を裂き、衝撃波が何重にも広がる。この火力ならば、扉前のバリアを破壊し得るかもしれない。

「すごい……でも、敵もまだ諦めてないわ。」
 アリスが駆動音の中で言う。実際、バリア内側から新たな異形が再出撃してきている様子がレーダーに映る。だが、そこへ護衛艇や地上戦車が一斉に火力を浴びせ、騎士団も上空からとどめを刺す。集中攻撃が成功し、とうとうバリア全体が震動し始めたのが視認できた。

「いける……! アリス、最後の干渉力を頼む!」
「うん、わかったわ……!」

 銀の小手が斜め上から突っ込むようにアプローチし、機首から干渉波を強く照射。バリアの表面に走る亀裂が拡大し、内部から紫の霧が吹き出して空間がゆがむ。そこへアーサー、ガウェイン、トリスタンが総合火力をぶつけ、護衛艇のミサイルも集中する。
 目を焼き尽くすようなまばゆい閃光が二度、三度と走り、轟音が地を揺らす。かき消されそうなカインの視界に映るバリアは、もはや形を保てないほどに波打っていた。最後のひと押しにアリスが最大出力で干渉をかけると、破砕音にも似た振動が空間を走り、バリアの膜が爆散するように破れる。

「……崩れた……!?」
 カインは息を飲む。紫の壁だったバリア面が霧散し、粉々の光の粒子が宙を漂う。向こう側にははっきりと細長い柱状の光が立ち上がっているのが見える。大艦隊側からも歓声のような声が上がるが、すぐに戒厳感が漂う。なぜなら、そこにはが露わになった可能性が極めて高いからだ。

『皆、警戒を維持して。バリアは破れたが、扉の正体はまだ不明だわ。』
 モルガンが通信で呼びかける。アーサーが「騎士団は先行する」と告げ、カインに対し「大丈夫か、アリスは?」と尋ねる。カインはアリスの様子を見やるが、激しい演算を終えた彼女はだいぶ疲弊しながらも「まだ、やれる……」と小さな声で答えた。

「問題ありません、アーサー卿。大丈夫そうです!」
『よし、ならば扉へ接近し、偵察する。地上部隊も続くから、油断するな。』


 バリアが崩れたあとの戦場は混沌としていた。紫の霧が全体に漂い、一部の異形機は逃げ惑うように散っていったが、扉周辺にはまだ頑強な敵が陣取っている模様だ。騎士団が徐々に前進すると、巨大な門柱のような光の構造が膨らんだり縮んだりを繰り返し、そこからしきりに波長が溢れ出しているのがわかる。
 カインは銀の小手で高度を下げ、扉のすぐ近くまで数百メートルの位置へ接近。そこにはThe Orderの最後の守備隊らしき大型個体が散り散りに集合していた。中には今まで見たことがないような半透明の怪物型や、エネルギーを翼にまとった飛行型も混じっている。

「なんだあれ……空中に足場もないのにふわふわしてる。たぶん観測光で重力を打ち消してるんだな……!」

 アリスがかすかな息をつきつつ、「はい、でも今度こそゴールが見えてるよ。扉に到達できれば、The Orderの本拠を揺さぶれるかもしれない……!」と鼓舞する。カインも頷き、操縦桿を引く手に力を込める。

 騎士団が一斉に加速し、残存敵へ突撃。霧の濃さと扉から放出される強烈な波長でレーダーが乱れるが、彼らは視覚と経験でカバーしつつ駆け抜ける。大型個体がうなるように観測光ビームを乱射し、ガウェインが盾でそれを弾き、アーサーがビーム斬撃で一体を両断する。トリスタンは上空から狙撃して、危険な核を正確に抜き取っていく。
 カインも銀の小手で器用に周囲を舞い、ミサイルとキャノンを浴びせながら、干渉波を要所で放って敵の動きを乱す。さすがに体力的・演算的に厳しいが、アリスが踏ん張ってくれるおかげで、次々に敵を掃討していける。

「もう少し……あと少しで全部片付く……!」
 カインがそう叫ぶ頃には、大型の生体機がほぼ沈黙し、残りは中小型が散発的に応戦しているだけだ。援護に来た地上部隊が地面を固め、護衛艇や砲撃の支援で敵を押さえ込む形となる。
 ついに、周囲が落ち着きを取り戻し、夕暮れから夜へ移り変わる中で、扉らしき柱が風に揺らぐように光だけを放っていた。カインはコクピットで大きく息をつき、仲間の姿を確認する。ガウェインは機体の装甲がボロボロだが飛行可能、トリスタンは弾薬をかなり使い切ったようだが無事。アーサーのエクスカリバーもところどころ焦げ跡があるが無事だ。

「やった……ついに防衛線を破ったのか。」


 荒野の中央にそびえる紫の柱、それが。大艦隊と円卓騎士団が最後の力を振り絞ってThe Orderの防衛線を突破した結果、広大な土地が開放されつつあった。
 地面には無数の異形や装置の残骸が散乱し、瓦礫が煙を上げている。夕焼けが紫の空気と交じり合い、幻想的かつ恐怖を煽るような光景を作り出していた。アリスが小さく深呼吸するように声を立て、「やったね……ここまで来た」と囁く。

「お疲れ、アリス。お前がいなきゃバリアは破れなかった。」
「ううん、みんながいたから……。本当にすごい……。私、少しだけ気持ちが晴れた気がする。」

 カインは操縦桿を軽く操作し、銀の小手が扉から数十メートル手前でホバリングするように静止。アーサーとガウェイン、トリスタンも周囲に配置し、付近の安全を確認している。遠巻きには護衛艇や地上部隊もじわりと布陣を敷いているが、扉へ踏み込むのはこれからの大きな課題だ。
 艦橋からモルガンの声が静かに響く。

『皆、よくぞ防衛線を突破してくれたわ。目の前のあれが“扉”なのか……。艦隊全体としては慎重に調べる必要がある。円卓騎士団はひとまず周辺を抑えて、扉を監視してちょうだい。』

 騎士団員が通信で頷き合い、カインも「了解」と答える。そのまま、少し離れた空間に銀の小手を着地させて警戒態勢を取る。すでに太陽は地平に沈みかけ、長い影が地を伸びていた。紫の柱からは微妙な波紋が広がっており、見ているだけで吸い込まれそうだ。

「これが扉……もし私たちがここに入ったら、本当に異次元へ行くのかな……?」
 アリスが神妙な声で問いかける。カインは言葉を選び、「わからない。でも、The Orderが本気で守ってたからな。きっと重要な意味があるんだろう」と返す。

「……もしかすると、私の本体がいる上位宇宙へ通じている可能性もある。怖いけど、いつかは入ることになるのかな……。」

「怖いときはみんなで行くさ。騎士団は絶対にお前を一人にさせないから。」
 そう言いながら、カインは荒れた大地を見下ろす。扉前の防衛線は崩れたが、まだ周囲には散発的な戦闘が残っている。怪我をした兵士の姿や、煙を上げる地上車両も見える。夜になれば、また敵が襲ってくるかもしれない。

(だが、とりあえずここは俺たちの手に落ちた。扉を自由に調べられる……。次はどう動くか。)

 おそらく次のエピソードで、円卓騎士団が本格的に扉内部へ踏み込み、あるいは小宇宙への侵攻を始めるだろう。だが、それがまた大きな危険を伴うことも容易に想像できる。アリスの記憶が何をもたらすのか、The Orderがまだ何を隠しているのか――誰にもわからないままだ。

 アーサーの声が通信に入り、騎士団に向けて呼びかける。『防衛線は破った。皆、まずは最低限の安全を確保しよう。扉に近づきすぎないように。艦隊から技術班が来るはずだ。疲れたなら交代要員と入れ替わってくれ。』

「ありがとうございます。カイン、交代する?」
 モルガンが優しいトーンで薦めてくれるが、カインは「俺はまだ大丈夫」と伝える。アリスも「休みたい気持ちもあるけど、ここにいたいの……」と声を潜めた。やがて星が薄く瞬き始め、紫の柱が不気味に夜闇を照らす中、円卓騎士団と護衛部隊が扉の周囲を囲むように見守る。勝利に酔う余裕はないが、ひとまず一大関門を突破した達成感が胸に広がっていた。

「やったな、アリス……ありがとう。お前のおかげだ。」
「……私こそ、ありがとう。カインがいてくれて、本当によかった。」

 こうしてEpisode3-2「扉前の防衛線」は幕を引く。激しい戦闘の末、遂に謎の扉が目の前に姿を現した。この向こうに何があるのか――小宇宙か、それともThe Orderの真核なのか。
 カインとアリス、円卓騎士団の旅は続く。次なる戦いは扉の内部か、それともさらなる防衛線か。その鍵を握るアリスの記憶も、いよいよ本格的に動き出すかもしれない。星が闇を照らす夜、扉が微妙に脈動しながら不気味な光を放つ光景が、荒涼とした戦場を彩っていた。

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