
ACFA_荒野に灯る再生の灯火_EP_11-1
EP_11-1:ローゼンタールの巡回隊
ブリンクリー村の朝は、いつも薄曇りの空から静かに光が射し込むところから始まった。昨夜も捕虜の揉め事や物資の不足問題に追われて、マリーア・ブリンクリーや民兵たちが夜半まで奔走していた。空気には疲労と一抹の安堵が混在している。戦場の喧騒がひとまず遠のいて、静寂が落ち着きをもたらす一方、いつ次の脅威が訪れてもおかしくないという緊張感が常に村を包んでいる。
そんな状況を大きく揺るがしかねない報せが、朝一番に倉庫の前で民兵リーダーの口から語られた。
「ローゼンタールの巡回隊がこっちに向かっている。規模は小さいが、企業の幹部クラスが同行してるらしい。あと数時間ほどで到着するそうだ」
そのひと言で、倉庫に集まっていた面々の空気が一変する。強化派の男たちは「ローゼンタールって貴族企業じゃないか? 何しに来る?」と息を飲み、非殺傷派の人々も不安そうに顔を見合わせた。ブリンクリー村は企業支配とは一線を画し、“中立”を唱えて成長してきた小さな拠点。企業幹部が巡回に来るなど想定していなかった出来事だ。
マリーア・ブリンクリーが深い息をついて言葉をつむぐ。 「ローゼンタールは、噂では他企業と違って多少は貴族的理念を持ってるって話だけど……だからといって安心はできないよね。彼らも結局は利益第一の軍事企業だし、私たちと対立する可能性もある」 すると隣のイグナーツ・ファーレンハイトが杖を軽く突き、 「そうだな。巡回隊という名目で“偵察”や“干渉”を企んでいるかもしれない。ここに大量の捕虜がいる噂でも嗅ぎつけたか、あるいは衝撃装置やジャミングを手に入れたいのか……何でも考えられる」 と静かに応じる。
民兵リーダーは腕組みしながら倉庫の扉を見やり、「正面から争うのは避けたいが、どうする? 彼らが武力で脅してくるなら戦うしかないのか?」と不安げに言う。だがマリーアは首を振り、 「今は捕虜が多すぎて、もういかなる衝突も避けたい。もしローゼンタールが話し合いに応じるなら、私たちも協力姿勢を示してみるしかないんじゃないかな。連合の件もあるし、下手に敵に回すよりは、何かしら交渉の余地があるはずだよ」 と力を込めて語った。
強化派の男が苦々しく、「交渉かよ。企業なんて信用できるのか? また裏をかかれたらどうする」と反発するが、イグナーツが冷静に説得するように視線を向ける。 「逆にここで相手を無碍に扱って、強行戦闘でも起きたら、捕虜を含めて混乱が拡大するのは目に見えている。それとも、力押しで企業を追い返す気か? 非殺傷の原則を守りながら企業の巡回隊を排除するなんて、無謀が過ぎるだろう」 その言葉に男は唇を噛み、「……わかったよ」と押し黙った。
こうしてブリンクリー村は“ローゼンタールの巡回隊”を迎えるため、急ぎ準備を始めた。捕虜たちが溢れる状態をそのまま見せれば、余計な干渉を招くかもしれない。民兵リーダーは“捕虜の一部を奥へ隠し、一部は労働奉仕中という形で周辺の柵を整備”させることにした。あくまで外向きには「最低限しか捕虜を保護していない」印象を与える意図がある。一方、マリーアとイグナーツはジャミングと衝撃装置の稼働を念のため再調整し、いつ何時揉めても対応できるよう抜かりなく準備する。
予告通り、数時間後にはバリケードを朽ちかけたままにしている北の門付近で、企業の紋章を掲げた装甲車が3台、隊列を組んで姿を現した。背の高い騎馬槍のような意匠が車体に描かれ、装甲の一部に貴族的な文様があしらわれている。兵士は十数名しかいないが、見たところただの補助部隊ではなく高度な装備を身につけている気配を感じられた。
「本当に来たか……」 バリケード裏で見守る強化派が呟き、民兵リーダーが落ち着かせるように声をかける。「こちらからは決して先に撃たない。相手がどう出るかを待つんだ。非殺傷でやってきた以上、下手に騒ぎを起こさないこと。いいな?」
門を開放して迎え入れる準備をしていたマリーアたちの前に、3台の装甲車が並んで止まる。その中心の車両から、白く金刺繍の入った軍服を着た女性将校が降り立った。周囲には護衛の兵士が数名つき、皆が冷たい目つきで村の様子を見回している。女性将校は髪を後ろできっちりまとめ、鋭い瞳でマリーアを見据える。
「ブリンクリー村、か……噂には聞いている。あなたたちは近隣で“非殺傷の迎撃”を行い、大量の捕虜を抱えていると」 彼女は静かに口を開いた。声の端にピリピリとした威圧感が混じっている。マリーアは軽く頭を下げ、「ご足労いただきありがとうございます。私たちは武力衝突を避けたいので、どうか話し合いで済ませましょう」と柔らかな声音で応じる。これを聞いた女性将校は眉をひそめるが、一応すぐに攻撃するつもりはないらしい。
「私はローゼンタールの巡回隊を率いている、カトリーヌ……ではないが、あの貴族家筋の監察官の一人、というところね。ローゼンタール家の名代として荒野を巡回し、秩序の乱れを正すのが任務。あなたたちの“異常な”捕虜の数や、非殺傷とは名ばかりの危険技術の噂を聞いて確かめに来たの」
将校が名乗った名は少し長く、高貴な響きだったが、マリーアはしっかり聞き取って頷く。
「私たちが異常だというのは認めます。ふつう、敵と戦えば殺し合いになって決着しますから……でも、私たちはそうしたくないと頑張ってきた結果、こんな形に。もしローゼンタールさんたちが何らかの干渉を望むなら、話し合いで応じたいと思うけれど……」
その問いかけに、将校は微妙な表情を見せる。「私たちが干渉すると決まったわけじゃない。だが、企業としては荒野を安定させる義務がある。大量の捕虜を抱え、混乱が拡大すれば我々にも影響が出る。あなたたちが無謀な方針に突き進んで荒野を荒らすことになったら、看過できないわ」
周囲で息を呑む民兵たち。強化派が密かにローダーアームの位置を確認し、衝撃装置をいつでも使える態勢を整えるが、マリーアは両手を広げて「私たちも混乱を望んでいません。むしろ、荒野の安定を願ってる。だからローゼンタールさんとも協力できるならしたい。私たちが捕虜を保護しているのも、無駄に殺戮を生まないためなんです」と静かに告げた。
将校はわずかに目を細め、「奇妙ね……普通、そんな理屈で捕虜を増やすなんて本末転倒にも思えるけど、それでもあなたたちが本気なら、私も意図を確かめたいわ。さしあたって、村を見せてくれる? 捕虜がどんな状態でどれだけいるのか把握したい。それから、その“衝撃装置”や“ジャミング”の噂もね」
イグナーツが警戒しつつ答える。「村の奥まで見学させるのは難しいが、ある程度は案内しよう。さすがに企業兵を大量に連れ込まれるのは困るが……」と牽制すると、将校は口角を小さく上げて「わかった。私と数人だけでいい」と応じた。
こうしてローゼンタールの巡回隊の一部が村の中へ入り、残りの兵士や装甲車は入口付近で待機することになった。マリーアとイグナーツ、民兵リーダーが案内する形で、将校と護衛2人が広場へ足を運ぶ。ここには簡易の捕虜収容スペースがあり、管理に当たる強化派や非殺傷派が混在していた。
将校が捕虜の姿を見てわずかに眉をひそめ、「本当にこんな数……。しかも軽傷から重傷までいる。食糧や医療品は足りるの?」と問う。マリーアは苦い表情で、「いえ、正直ギリギリです。できるかぎり支給をしているけど、物資の量が追いつかない」と説明すると、将校は思案顔で周りを観察する。「なるほど……。このままではいずれ破綻しそうね。たとえば我々が一部を引き受けるなら、何を見返りに用意できるのかしら?」
強化派の男が「勝手に連れて行こうなんて言う気か?」と睨んでくるが、将校は鼻で笑い、「私たちは別に奴隷化しようって話じゃないわ。保護なら保護でも、費用や手間がかかる。企業としては慈善事業では動けないのよ」と冷徹に告げる。そこへ非殺傷派が「でも殺されたり、死なれたりするよりはマシですよね。余計な恨みや暴力を生むだけですし……」と口を挟むと、将校は軽く肩をすくめ、「理念だけでは食えないのよ。あなたたちが“非殺傷”で守ってるのは興味深いが、現実的な交換条件を出してくれないと動けない」と返す。
マリーアが少し戸惑いながらも提案する。「私たちが持ってる“衝撃装置”や“ジャミング”を一部公開する形でもいいです。正直、企業技術の逆輸入みたいな形なので、参考になるかもしれないし……。ただ、殺傷兵器として悪用しない保証が欲しいんです」
将校は目を瞬かせ、「企業からすれば、兵器は兵器。使い方次第としか言えないわ。でも、あなたたちが本気で“非殺傷”を押し通しているなら、少なくとも興味はあるかもね」と苦笑する。
こうして村内を巡回しながら、将校や護衛たちが施設や捕虜の様子をチェックする。途中で重傷者の苦しむ声や、民兵が夜通し看護に当たっている姿も目にし、護衛の一人がポロリと「こんなに面倒なことを……」と漏らす。さらに廃棄された無数の装甲車やACの残骸を見て、「これだけ大規模な戦闘をこなしながら、死者を出さずに勝ち続けるとは…」と驚く声を上げた。
「私たちにも正直、どうして勝てているのか分からないところもあります。けれど、殺さないって決めることで相手が混乱したり、投降してくれたりするのかもしれない……。運も大きいんですけどね」
マリーアが自嘲気味に語ると、将校はしばらく黙り込む。その横でイグナーツが必要最低限の説明を加える。「技術は相当リスクを伴う。衝撃装置が殺傷域を超えれば爆死もあり得るし、ジャミングが誤作動すればこちらが制御不能に陥る。綱渡りなんだよ」
将校は「なるほど……」と呟きながら、倉庫の脇で蠢く捕虜たちを見やった。「あなたたちのやり方は、確かに理屈では説明しにくい強みがあるわね。非常に効率が悪いはずなのに、荒野で生き残っている。そのせいで、こんなふうに捕虜を無駄に増やして苦労しているわけだけど……」
音もなく背後から近寄ってきたのは、護衛の一人。彼が将校の耳に何か囁くと、将校はわずかに目を見開いて頷いた。「そう……。さっき仲間から通信が入ったの。どうやらローゼンタール本隊がこっちに合流する可能性があるらしいわ。あまり大部隊ではないけど、貴族的貢献の名目で“協力”を申し出るかも。戦場で大勢を殺さないというあなたたちの理念に興味を持つ者もいるから……」
民兵リーダーが緊張したまま目を伏せ、「企業の大部隊が来るというのか? それはちょっと……」と慌てた声を出すが、将校は手で制す。「たぶん大部隊にはならない。せいぜい数十人程度の調査団。もし正式に上層部が興味を持ったら、あなたたちと“協力”という形で交渉する道もある。まあ、その場合は私たち巡回隊が中継役になるわ。もちろん、見返りを求めないほど甘くはないけどね」
マリーアは心臓が高鳴るのを感じる。企業との本格的交渉が現実化すれば、ブリンクリー村の方針が大きく揺さぶられるかもしれない。“非殺傷”を掲げる彼らが、企業の力を借りることが可能なのか。逆に企業がこの技術や捕虜をどう利用しようとするのか。想像すると胸が苦しくなるが、それでもここまで荒野を生き延びた彼らにとって、新たな選択肢が生まれる可能性は否定できない。
将校との村内巡回が一通り終わると、民兵リーダーやマリーアがバリケードの前まで同行し、装甲車で待機している兵士たちとの連絡を確認させる。ブリンクリー村としては、ローゼンタールに対して“捕虜をほんの一部でも引き取ってくれるなら、衝撃装置やジャミングの一部情報を交換する”という仮提案を出す。そこには「捕虜の人命を尊重する」という但し書きを入れ、彼らが虐殺されることがないよう求める条件を提示する形だ。
将校は苦笑しながら書類を受け取り、「貴族といえど軍事企業。この条件をどう受け取るかは上の判断次第ね。でも、あなたたちの“やり方”が荒野で評判なのは事実だから、意外と前向きに検討されるかも」と答えた。最後に彼女はふとマリーアの方を振り返り、 「ここまで生き延びているのは、強運か実力か……。正直わからない。でも嫌いじゃないわ。もしまた巡回に来るとき、もう少し歓迎してちょうだい。あまりにも捕虜が多くて落ち着かなかったわ」
と冗談めかして笑った。マリーアは困惑しながらも笑顔で軽く頭を下げ、「次はもう少し落ち着いた状態でお迎えできるよう、努力します」と言葉を返す。
こうしてローゼンタールの巡回隊は静かに撤収を始め、再びバリケードを出て荒野の道を進んで行った。ブリンクリー村の人々は、警戒を解かないまま装甲車の背を見送る。結局、今回は大きな衝突も起きず、企業側も本腰で干渉してくることはなかった。それでも彼らの来訪は村に大きな衝撃をもたらす。大勢の捕虜を抱え、非殺傷で戦い続けているブリンクリー村が“企業にとって利用価値がある”と判断されれば、次に来るのは小規模巡回隊では済まないかもしれない。
バリケードから倉庫へ戻る途中、強化派や非殺傷派が感想を言い合っていた。「企業って思ったより堅苦しい連中だな」「でも全然分からない。仲良くする気なんてないだろう……」「下手に協力したら技術を奪われるんじゃないか」など、様々な声が交錯する。民兵リーダーは「少なくとも即時戦闘にはならなかった。まあ一安心だが……」と胸を撫で下ろしている。
マリーアは皆の意見を聞きながら倉庫前で足を止め、イグナーツと視線を交わす。「一時的には衝突を回避できたけど、あの将校が言っていたように、次はどうなるかわからないね。うまく話をまとめて捕虜を少しでも減らす道があればいいけど……」
イグナーツは小さく首を振り、「企業は企業だよ。甘い期待は捨てておけ。ただ、連合を作る計画と並行して、企業とも一定の交渉ラインを持っておいたほうがいい。敵ばかり作れば村は潰れるからな」
マリーアも目を伏せ、「そうだね……。“非殺傷”を続けるには、やっぱりどこかの企業や大拠点と協調しないと限界がある。ローゼンタールの名代が比較的穏健なら、まだチャンスかも」と呟く。
ちょうどそのとき、倉庫の奥から捕虜の一人が逃げ出そうとしたという騒ぎ声が上がり、周囲がまたざわつく。「なんだ、このタイミングで……!」とリーダーが怒鳴り、強化派が衝撃装置を構えて走り出す。夜になれば見張りが手薄になる時間帯を狙ったらしい。マリーアも「待って、撃たないで!」と急いで後を追う。結局、捕虜はすぐにローダーアームの威嚇射撃で動きを封じられ、捕縛される形となったが、その場面はブリンクリー村の相変わらずの混乱を象徴していた。
マリーアがなんとか落ち着かせて捕虜を再度収容スペースへ戻すと、息を整えながらイグナーツに視線を向ける。「ほら、こんな具合で私たちは毎日が手一杯。ローゼンタールどころか、捕虜の扱いだけで潰れそうだよ……」
イグナーツは無表情で少し顎を上げ、「おまえがやると決めたんだろ? 続けるしかないじゃないか」とそっけなく返すが、その奥底にあるのは同情かもしれない。マリーアは肩で息をしながらも微笑し、「うん、わかってるよ」と答えた。
夜風が強くなり、曇った空からは星ひとつ見えないまま。ローゼンタール巡回隊が去ったあとの村には、妙な緊張と期待の入り混じった空気が漂う。彼らとの折衝がうまくいけば、捕虜問題の解決や物資補給の道が開けるかもしれない。逆に一歩間違えれば企業の支配に飲み込まれるリスクもある。
「どのみち選択肢は少ないわけだ。連合と企業の双方に声をかけて、どっちでもいいから捕虜や物資をうまく循環できる仕組みを作らなきゃ。下手をすれば……また大規模な戦闘になるかもしれないけど……」とマリーアは遠い目をする。
イグナーツが杖をコツンと打ち、悩ましげに一言放つ。「まったく、忙しい村だ。だが、こんな変わった生き方をする場が荒野には他にないんだ。俺も付き合うさ。非殺傷なんて本来あり得ない戦場で、企業相手に交渉するなんて興味深いじゃないか」
マリーアは微苦笑で「あなただから言えるセリフだよ……」と返すが、その声にはわずかな安堵が混じっている。変わり者の協力がなければ、この“バカげた道”も続けられないと感じているのだろう。
こうして“ローゼンタールの巡回隊”は去り、ブリンクリー村には新たな交渉の課題だけが残された。捕虜問題や衝撃装置の研究に加えて、企業への対応も加わり、ますます抱えるものは増える一方だ。しかし、村の人々はまだ折れる様子を見せない。殺し合いを避け続けた結果、ここまで生き延びてきた。その歩みを、いまさら後戻りはできないのだ。非合理と苦難を背負いながら、それでも希望を捨てずに翌日に備える。
夜が更け、バリケードの見張りが交代し、倉庫の灯りが消されていく。ローゼンタールの巡回隊がもたらした“訪問”は、一つの示唆に留まったが、それがもしかしたら未来を形作る大きな一歩かもしれない。マリーアもイグナーツも、もはや限界ギリギリの疲労の中で、それでも胸に微かな希望を宿して布団に入る。「明日はきっと、もう少し進んでる……そんなふうに信じたい」と願いながら、村は深い闇へと沈んでいく。
そして朝が来れば、また捕虜の世話や物資の算段、企業との連絡可能性など、やるべきことが山ほど待ち構えている。まるで終わりの見えないマラソンのように――だがブリンクリー村の人々は、殺さないという選択肢を捨てず、荒野のど真ん中で新しい道を切り開こうとしていた。企業が相手であろうと、どんな理不尽が襲おうと、そこに中立の灯火を絶やさずに灯し続ける覚悟があるのだ。