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星を継ぐもの:Episode4-1
Episode4-1:敵の適応
王都の夜が明け、空は灰色がかった雲で覆われていた。重たい雲はまるで、この世界を圧し潰すかのように低く垂れこめ、遠くの城壁が霞んで見えるほどの曇天である。まだ雨が降るわけでもないが、空気には湿り気が漂い、人々の心にも同じような重さがのしかかっていた。
騎士団の拠点となる王城では、早朝から伝令や補給を担当する兵士たちがそそくさと動き回っている。前夜に報告された「敵の再進化」――いわゆるThe Orderの白銀装甲型や歪みを操る新型が、さらに変化・適応を遂げているかもしれないという情報が緊張を走らせていたのだ。
中央広場の一角では、整備担当の人員がいくつものテントを組み立て、そこに戦闘機の補助パーツや魔石、位相干渉弾などを格納している。いつまた緊急出撃がかかっても対応できるよう、即席の前進基地のような機能を持たせようという魂胆である。
カインはそんな光景を横目に見ながら、城の奥へと足を運んでいた。
肌には冷たく湿った風が触れ、心は落ち着かない。昏睡状態のアリスを見舞うたびに感じる胸の痛み、そして最近頻発している敵の動き――何もかもが絡み合って頭の中でこだましている。
「……アリスが寝てる間に、敵ばっかり強くなったら困るんだよな」
思わず口に出すが、返事をする者はいない。いつもならホログラム越しにアリスが相槌を打ってくれるのに、今は空虚が胸を刺すだけだ。
王の執務室の扉を開くと、すでに何人かが集まっていた。内政を担うエリザベス、騎士団のリーダーアーサー、技術顧問であり整備主任のマーリン、そして防御特化の騎士ガウェイン、火力特化の騎士モードレッドらがテーブルを取り囲んでいる。いつもの緊迫した会議の風景だが、空気がさらに重い。
アーサーがカインに目を向け、「来たか。席についてくれ」と静かに促した。視線を移すと、テーブルの真ん中には新たな地図や報告書が散らばっている。その上にはいくつかの残骸――どうやら前線から回収された敵のパーツらしい――も転がっていた。
「まず、これを見てくれ」
マーリンがタブレット端末を操作し、壁に大きなホログラムを映し出す。そこには、先日倒したはずの白銀装甲型に似た新型ユニットが映っているが、形状がところどころ違う。砲塔の位置や、空間歪曲を生む機構の配置が変わっているように見える。
「前回の位相干渉弾の成功を受けて、敵は装甲や内部構造を変化させてきた可能性が高い。具体的には、我々の攻撃を受け流すだけでなく、瞬時に適応・修復できる仕組みを搭載している恐れがあるんだ」
「修復……?」
カインが思わず疑問を呟くと、エリザベスは眉をひそめ、報告書を見せてくれる。
「はい、最近の情報によると、被弾した部分が急速に再生する現象が目撃されています。もしかすると敵は“生体技術”を取り入れているのかも。機械なのに、まるで生き物の自己修復みたいに……」
ガウェインが苦い顔で、テーブル上の残骸を指差す。
「見ろ、この装甲片。もともと割れていたのに、繋ぎ目が変に溶けたようになってるだろ? これが“敵の適応”だとしたら、今度は位相干渉弾を数発当てた程度じゃ倒しきれんかもしれん」
部屋に沈黙が落ちる。先日まで喜んでいた“新しい戦術”がもう通用しなくなるのか? 確かに、The Orderは戦いを重ねるたびに進化や適応を示してきた。今回はそのペースがさらに上がっているのかもしれない。
モードレッドが苛立ちを抑えきれず、椅子に身体を預けて足を組む。
『ったく、あいつら何でもかんでも変身しやがって……こっちが苦労して位相干渉弾を作ったのに、もう対策されたら意味ねえじゃねえか』
「いや、まだ意味はある。まったく効かないわけじゃないだろう」
マーリンは慌てて補足する。
「位相干渉弾も一発で仕留められなくなる可能性はあるが、ダメージは与えられるはずだよ。問題は敵がそれを修復してしまう前に、どれだけ削りきれるか……いわば時間との勝負になるね」
「時間……か」
カインは吐息を混じらせて呟く。アリスの干渉波があれば、一瞬で歪みや修復機構を崩せるかもしれないが、彼女はまだ起きない。ならば、いかに短時間でラッシュ攻撃して敵を沈めるか――まさにそれが鍵となるだろう。
しばらく沈黙が続いた後、アーサーが場の全員を見回し、言葉を紡ぐ。
「敵が修復能力を得たのだとすれば、長期戦は不利になる。こちらが与えたダメージを回復してしまう前に、戦闘を終わらせなければならない。……つまり“短期決戦”だ」
エリザベスも頷き、「ええ、戦線を拡げるのではなく、なるべくコンパクトに敵を包囲し、一気に畳みかける必要があるわね」と続ける。
モードレッドが指を鳴らしながらアイデアを出す。
『だったら俺の火力と、ガウェインの防御フィールドを組み合わせて突撃するってのはどうだ? その間にトリスタンが遠距離から砲撃支援。カインは……どうする?』
「俺は、位相干渉弾でダメージを与えて、さらに通常兵装で追撃する。敵の修復を待たせずに一気に仕留められればいいんだが……」
カインは視線を落としながら考え込む。干渉弾を一発だけじゃ不十分な場合、連発するか、あるいは別のアプローチを用意する必要がある。だが弾頭の数にも限りがあり、連発すれば不安定なエネルギー暴走のリスクが高まる。
マーリンが口を開く。
「実は、干渉弾を一度に複数発打ち込む“同時斉射”を試してみてはどうかと考えている。敵が修復するより早く二、三発連続で叩き込めば、さすがに修復間に合わないんじゃないか。ただし発射ミスすれば大惨事になりかねない」
「うーん、リスクも大きいけど、短期決戦には有効かもな……」
カインが苦渋の表情で同意する。ガウェインは腕を組んで静かに瞑目しながら、言う。
『俺が防御フィールドを張り、モードレッドが火力支援、トリスタンは狙撃。カインは位置取りして干渉弾の連射を行う……そんな絵が見えるな。うまく行けば、敵のコアを粉砕できるだろう。』
「問題は、敵がまた何か新しい適応を見せたら……ってことだな」
モードレッドが苦い声を漏らす。皆それには答えられず、ただ重い沈黙が落ちる。
アーサーが意を決したように席を立つ。
「今は最良の策を模索するしかない。干渉弾の連射方法を急いで整備班と詰めてくれ。各々、次の出撃がいつ呼びかかるか分からないが、新しい戦術を確立しておこう。……アリスが戻るまで俺たちが踏ん張らねばならん」
その言葉に全員がうなずき、会議は解散となった。外では相変わらず灰色の空が広がり、低く重苦しい雲が王都を覆っている。
会議を後にしたカインは、王城の廊下を足早に歩き、整備ドックへ向かう。頭の中ではアリスのことが離れないが、新たな戦術――位相干渉弾の同時斉射システムを構築しなければならない。黙って待っているだけでは、敵がさらに適応を進めるリスクが大きい。
廊下の窓から見える灰色の空は、相変わらず陰鬱な風景を映し出し、かすかに小雨さえ感じられるほどだ。兵士や神官が忙しそうに行き交う様子は、どこか沈んだ空気を映し出している。
ふと横合いからガウェインの姿が現れ、彼も同じ整備ドックへ向かう道中らしい。大柄な体躯が肩で息をしているのを見て、カインは少し声をかける。
「ガウェインさん、体、大丈夫ですか? 最近ずっと出ずっぱりですし……」
ガウェインは眉間を寄せるが、すぐに柔和な表情に切り替えて答える。
『ん? ああ、なんとかやれてる。守るべき民の顔を思い出せば、この程度の疲れはどうということない。お前の方こそ大丈夫か? アリスが眠ったままで、かなり負担かかってるだろ』
「……まあ、なんとか。みんながいるし、位相干渉弾もあるし、まだ戦える。……正直、干渉波なしでどこまでやれるか不安はあるけど」
ガウェインは微かな笑みを浮かべ、カインの肩を叩く。
『大丈夫だ。お前は一人じゃない。俺やモードレッド、トリスタン、みんなここにいる。アリスが戻るまで、俺たちで支え合えばいい』
励ましの言葉にカインは胸の奥がじんと熱くなる。そうだ、今こそ仲間との連携が鍵だ。観測光や歪みに対抗する新しい戦術を確立するため、みんなが力を合わせればきっと道が開けると信じたい。
王城の地下深くにある整備ドックは、騎士団の航空機が何機もずらりと並ぶ広大な空間だ。天井には魔力式のランプが照らされ、蒸気やオイルの匂いが充満している。
ここでマーリンと整備班、そして神官の一部が同時斉射のシステムを急いで構築中だった。位相干渉弾を複数装着して、一気に連続発射するには発射タイミングや安全装置の整合が必要で、もし制御を誤れば自爆しかねない。
「ここをあと0.5秒遅らせれば、弾頭同士の干渉を避けられるはず!」
「いや、それじゃ飛翔軌道がばらけて当たらないだろうが!」
スタッフ同士が口論しながら、パネルや回路をいじる。マーリンはタブレットを脇に抱えて人々を指揮し、頭の中で複雑な計算を回しているように見える。
「カイン、来てくれたか。ちょうど君の銀の小手にこの新システムを搭載したいと思ってたんだ」
マーリンが声をかける。銀の小手はアリスの干渉システムこそオフになっているが、機体としての強度や操縦性は騎士団随一だ。であれば、リスクのある新システムを最も安定した機体に乗せたいというのは理にかなう。
「分かりました。俺でよければ……使いこなす自信はないけど、やってみます」
カインは乾いた唇を噛みしめる。整備員たちが銀の小手の胴体下部に新たなランチャーパネルを取り付けている。パネルには複数のスロットがあり、そこへ位相干渉弾を最大3発まで装着可能にするという。
問題は同時または連続で発射する際に、弾頭同士の位相干渉が邪魔し合って暴走しないかという点だ。これを防ぐためのタイミング制御と魔力シーケンスがとにかく厄介で、マーリンらは悪戦苦闘しているらしい。
「発射スイッチを押してから0.7秒以内に3発が連続発射され、各弾の軌道が干渉しないようにごく微妙にズラす……理論上は可能だが、実際には操縦者の判断が要る。狙いを定めて、一気に叩き込むんだ」
「なるほど……それならタイミングを体で掴むしかないな」
カインは操縦席に座り、発射シークエンスのモニターをチェックする。多くの計器が赤や黄色の警告を示し、繊細な操作を要することを物語っている。少し操作をミスれば、弾頭同士が互いのエネルギー波を呼び合い、空中爆発を起こすかもしれないのだ。
「これ……失敗したら自分が吹き飛ぶ可能性もあるよな?」
「うむ、そのリスクは否定できない。でも、敵の修復能力が本格化すれば、そんな悠長に撃ち合いをしてる余裕はないんだ。どうせ命がけの戦いなら、一発逆転を狙う価値はある」
マーリンの声音は申し訳なさそうだが、他に手段がないのが現実だ。カインは小さくうなずき、覚悟を固める。
「分かった。やる。新しい戦術をモノにするしかないんだな……」
もちろん、アリスが戻ればベストなのは言うまでもない。だが、復帰の目処が立たない今、騎士団はそれでも進むしかない。
続いて、簡易テストを行うため、ドックの奥にあるバーチャル演習場へ移動する。ここは魔力式のホログラムを用いて敵の投影ができる空間で、実弾ではなく消磁弾を使った試射をシミュレーションする仕組みだ。
カインは銀の小手を動かし、上空に飛んだ仮想ターゲットへ連続発射を行う。キューンと発射音が響き、擬似的な弾頭が短い間隔で3発打ち出される。映像上の敵が爆発するが、連射タイミングがわずかにズレていたようで、完璧な同時ヒットにはならなかった。
「くそっ……意外と難しい」
「でも、ひとまず安全装置は働いて暴走はしなかったな」
マーリンが数値をチェックしながら頷く。消磁弾のため実際ほどの威力はないが、連射時の弾道シミュレーションは概ね成功しているようだ。
整備士たちが「もう少し発射タイミングを0.2秒短縮したらどうか」とか、「弾頭の回転を微調整できれば命中精度が上がる」などと口々に意見を交わし、最適化作業を進める。
カインは操縦席で眉を汗で濡らしながら、連射の感覚を体に覚え込ませる。1発目、微妙に機体が反動で揺れる。2発目、タイミングを合わせるようにコントロールする。3発目はぎりぎりでずれが生じがち――それをどう抑えるか。
何度か試し、失敗も繰り返すうちに、夜になっていた。疲労は蓄積しているが、覚悟を決めた今、集中を途切れさせるわけにはいかない。
テストを終えて一息ついた頃、またしても城の外から緊急警報が鳴り響いた。嫌な予感に胸が熱くなる。
モードレッドやガウェインも実験を見守っていたが、「まさかもう敵が来たのかよ……!」と声を荒らげる。整備士たちは「せめてあと数時間あれば……」と悔しそうな顔をするが、敵は待ってはくれない。
通信が入る。「北方の見張り台で大規模な反応がある」とのこと。前回の白銀装甲よりもさらに強化されたと思しき敵が迫り、しかも数が多いという報せだった。カインはぐっと操縦桿を握りしめる手に力がこもる。
「行くしかない……やるぞ、みんな!」
アリスがいない今、自分たちが新戦術でどこまでやれるかが試される。時を同じくして、エリザベスやアーサーからも“出撃せよ”という指示が下る。
急ぎ、位相干渉弾の連射システムを機体に固定したまま、整備士が最終チェックを行う。トリスタンやモードレッド、ガウェインらも補充された弾薬や魔石を積んで滑走路へ向かう。
(これが俺たちの“新しい戦術”……アリス、見守っていてくれ。必ず勝って、戻ってくるから)
発進からわずか数十分後。北方高地に差しかかると、視界に幾本もの光の筋が見え始めた。恐らく敵が放つ稲光のような砲撃だ。山脈を切り開くほどの破壊力を想像させる轟音が断続的に聞こえ、地面が揺れている。
飛行編隊が近づくと、先に投入された補助部隊が苦戦している姿が確認できる。何体かの機体が墜落し、地上では兵士が必死に逃げ回っている。遠くからは白銀の巨体がうごめき、鋭い光を放っているのが見える。
「まるで化け物だ……!」
トリスタンが高空から狙撃位置を取ろうとするが、敵の空間歪曲がさらに進化しているようで、弾道が逸らされて上手く命中しない。「くそ、先日のようにはいかない……!」と苛立つ声が通信に乗る。
モードレッドは「前に出るぞ!」と加速し、火力で迎え撃とうとするが、敵は歪みを纏いながら攻撃を受け流す。すると、敵の装甲は素早く欠損部分を修復しているらしき動きが見え、確かに新たな“適応”を得たのだと痛感させられる。
『くそっ、コイツら、俺の攻撃を受けてもすぐ戻っちまう……! どうすりゃいい!?』
モードレッドが叫ぶ。カインは歯を食いしばりながら、銀の小手を旋回させ、ガウェインの援護を得て敵の懐に潜りこもうとする。ここで鍵となるのが“位相干渉弾の連射”。
「みんな、一気に叩くぞ。敵が修復する前にダメージを重ねるんだ!」
カインは通信越しに指示し、ガウェインが前面の防御フィールドを張り、敵の斉射を少しでも緩和してくれる。モードレッドは別の方向から火力を分散し、敵の意識を散らす。ここでトリスタンの狙撃が動きを一瞬縛り、その隙を突く形でカインがハイパワーの位相干渉弾をセットする。
「準備……発射システムオンライン。3連射モード……スロット、すべて装填完了!」
計器類が赤いランプを点滅させ、不安定なエネルギーが機体内で鳴動しているのを感じる。整備ドックで試したとはいえ、実戦のテンションはまるで違う。発射のタイミングを見誤れば自爆リスクが高い――しかし、ためらう暇などない。
「ガウェイン、今!」
そう叫ぶと、ガウェイン機が力強く前に出て防御フィールドを限界まで拡大し、敵の砲撃を受け止める。衝撃波がガウェイン機を揺さぶるが、彼は唸り声を上げながら耐え切っている。
『撃て、カイン……早く!』
カインは呼吸を整え、一気にトリガーを引く。空間がビリビリと震えるような感覚が走り、同時斉射の2発目、3発目を続ける。一瞬のうちに3発の弾頭が光の尾を引いて敵へ向かい、同じ箇所を狙って収束する。
巨大な白銀装甲が回避しようと体をひねるが、モードレッド機の猛攻やガウェインの防御フィールドで動きを制限されているため、完全には逃げられない。
「当たれ……!」
叫びと同時に、最初の弾頭が衝撃を与え、敵の歪みを一時的に削る。次の瞬間、2発目、3発目が連続で命中。轟音とともに紫と青い稲妻が弧を描き、空間そのものがねじ切れるような大爆発が起きた。
『すげえ……!』
モードレッドが唖然とした声を上げる。敵の装甲はさすがに修復が間に合わず、大穴をあけたまま崩壊を始めている。歪みの膜が散り散りに消えていき、白銀の巨体が力なく地面へと崩れ落ちる。
「やった……!」
カインは一瞬希望を感じるが、周囲を見回すとまだ複数の同型機が残っており、修復しながらこちらを狙っているのが分かる。先ほどのコンボをもう一度やるには、弾頭の装填が必要で時間がかかる。
(まずい、こっちは一度に3発使い切った……。次の再装填まで時間があるぞ)
間髪を入れずに別の敵がビームを放ち、ガウェイン機の防御フィールドが悲鳴を上げる。トリスタンの狙撃が一体を止めるが、モードレッドは既に弾薬を使い果たし気味で、苛立ちをあらわにしている。
ここで耐えきれなければ、先ほどのようなコンボは繰り出せないまま壊滅するかもしれない。
「くそ……!」
カインが再装填を急ぐが、コックピットのランプは「オーバーヒート状態」の警告を示す。すぐに撃てるわけではない。動きが止まっている最初の敵にとどめを刺したが、あと何体いるか分からない。まるで状況は一進一退だ。
敵部隊がこちらの弱みを悟ったのか、数体が連携して包囲網を形成し始めた。白銀の巨躯が不気味な光を放ちながら、地形を利用して騎士団を囲もうとしている。ガウェインは防御フィールドを張りながら必死に耐えるが、すでに損傷が重く「限界が近い……」と呻いている。
モードレッド機は火力を振り絞って敵を食い止めようとするが、こちらも弾薬切れが見え始め、トリスタンの狙撃も敵の歪み修復に追いつかない。
「このままじゃ……」
カインは焦燥に駆られる。銀の小手もエンジンがオーバーヒートで出力が落ちているし、位相干渉弾の再装填が間に合わない。そのとき、巨大な白銀装甲が光を溜めているのが見えた。砲塔からは先ほどとは違う赤紫の輝き――もしこれが適応の結果、新たな形態なら、たった一撃でこちらを吹き飛ばすような威力を持っているかもしれない。
(やばい……やばいぞ。アリスがいないこの状況で、どうすりゃ……)
絶望が脳裏をかすめた瞬間、通信が突如割り込む。
『こちら王都防衛隊、増援が向かっている! 時間を稼いでください!』
増援――! アーサーが緊急で組んだ部隊かもしれない。たとえ遅れても、来てくれれば多少は状況を覆せるかもしれない。カインは息を整え、残る力を振り絞って銀の小手を動かす。
だが、敵の主砲が完成するまであと数秒かもしれない。ガウェインの防御がどこまで持つのか、モードレッドやトリスタンが射撃で妨害できるのか――時間との勝負だ。
一瞬の静寂。敵の砲塔に赤紫の閃光が凝縮され、空気が歪むような熱気が周囲を襲う。カインは「くそっ、間に合わないか……」と歯ぎしりするが、そのときレーダーに複数の機影が映る。
王都防衛隊の増援が到着したのだ。彼らは空挺団の輸送機や補助戦闘機とともに編隊を組み、高高度から急降下しながら援護爆撃を行っている。強烈な斉射が敵の脇腹を突き、また歪みを乱す形で牽制を仕掛けてくる。
「助かった……!」
だが、それでも敵は巨大砲口を下ろさない。あと数秒で発射体勢に入りそうだ。そこでカインは声を振り絞って叫ぶ。
「モードレッド、火力を集中して! トリスタン、狙いをそらすんだ! ガウェイン、最後の防御頼む!」
指示を受け、モードレッドが火力を振り絞り、弾薬の残りをすべて叩き込む。トリスタンも上空から正確な狙いをつけ、砲塔部に狙撃を浴びせる。ガウェインは半壊の防御フィールドを必死で維持しながら、仲間の攻撃を援護する。
そしてカインは、ようやく冷却が終わった位相干渉弾を1発だけ装填できた。連射モードにはほど遠いが、この1発に賭ける価値はある。
「……今だ!」
トリガーを引き、弾頭が敵砲口めがけて一直線に突き刺さる。敵が発射態勢に入ろうとした瞬間、歪みが炸裂するような衝撃が広がり、巨大砲口が内側から崩れて爆散。赤紫の光が四方に飛び散り、最後の絶叫めいた振動が大気を震わせる。
敵はその場に崩れ落ち、周囲の他のユニットも連携が途切れたように動きを失っていく。王都防衛隊の援護射撃が追い打ちをかけ、戦況は一気に騎士団の優位へと傾いた。
「よし……よしっ!」
カインはコックピットで声を張り上げる。苦戦を強いられたが、仲間との結束と“新しい戦術”――位相干渉弾が決定打になったのは間違いない。
こうして北方高地の激闘は幕を下ろした。敵は多くの機体を破壊され、生き残ったものは散り散りに撤退。王都防衛隊と騎士団が被害を最小限に抑え、辛うじて勝利を収めることができた。
夕方、薄暗い雲の合間から一条の陽光が差し、血のように染まった大地に淡い輝きを落としている。カインたちは戦場の残骸を見渡しながら、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「ふう……なんとかなったな。モードレッド、ガウェイン、トリスタン……みんな、ありがとう」
カインが通信で感謝を告げると、モードレッドは憎まれ口を叩きながらも嬉しそうだ。
『はっ、こっちこそ助かったぜ。お前が最後の一発撃ってなきゃ、俺ら終わってたかもな』
『私も……防御フィールドがギリギリで保った感じだ。次はもう少し余裕を持たせたいものだ』
ガウェインが疲れた声で言い、トリスタンは短く「こちらも弾切れ寸前だ」と報告する。一方、王都防衛隊も補助戦闘機を失いながらも必死に連携し、この勝利を支えた。多くの傷は残ったが、敵の“適応”に対して“新しい戦術”である位相干渉弾を活かして切り抜けた事実が、皆の心に小さな光を宿している。
(アリスが戻れば、もっと柔軟に戦えるはず……でも、今はこの方法で戦っていくしかない)
カインは心中でそう思いながら、操縦桿を握り直す。仲間たちとの結束こそが、敵の進化・適応に負けない力だと信じたい。
戦場の上空に旋回するトリスタンの機体が、最後の偵察を行っているのを確認し、カインは仲間に帰還の合図を送る。
「みんな、お疲れ。王都に戻って整備と休養を……またいつ敵が来るか分からないし、アリスの回復も待たないと」
モードレッド機とガウェイン機、そして補助の機体が次々と飛行姿勢を取り直す。遠くにはまだ灰色の雲が広がるが、その先の空に一瞬だけ差し込む夕陽が騎士団の帰還を見送っているようにも見えた。
灰色の雲が山の稜線を伝うように広がり、王都の城壁はどこか沈んだ影を落としていた。薄闇が迫る王城の飛行甲板では、ガウェインやモードレッド、トリスタンといった円卓騎士団のメンバーが、整備スタッフを手伝いながら自機のチェックを続けている。
その傍ら、カインは脚立に腰かけて銀の小手の損傷箇所を見上げていた。位相干渉弾を使った戦いによる焦げ痕が残り、空気にはまだ硝煙のにおいが漂っている。
遠目で見れば、確かに新しい戦術によって“敵の進化”に一矢報いることはできた――だが、仲間たちの疲労や被弾した機体の姿を目にすると、決して楽観視はできない。
モードレッド(苛立ちを滲ませつつ)
「ちっ、結局あいつらまた引っ込んだだけで終わりだろ。どうせどこかで傷を修復して、さらに強くなって戻ってくるに違ぇねぇよ……」
モードレッドは翼下のミサイルラックを叩きながら呟く。彼の言う“あいつら”――The Orderの白銀装甲型や歪みを操る新型――は、先の戦闘で一度は撤退したが、再度姿を現せば、きっと今以上の適応を見せつけてくるだろう。
ガウェイン(肩の痛みを抑えつつ、静かに)
「確かにな。奴らに時間を与えればまた進化を遂げる……。だが、俺たちも何もしないわけにはいかん。カインの位相干渉弾がなければ、今回はもっと苦戦していたはずだ。まだ道はある」
ガウェインは深手を負った機体を見やりながらも、その声には諦めぬ気概が宿っている。
一方、カインは自機の横板に手を触れて下を向いていた。あの決定打となった**“位相干渉弾”**は、確かに次なる一歩となる新しい戦術だ。しかし同時に、アリスが昏睡状態のままである現実を突きつけられ、心が締め付けられる思いがする。彼女の干渉波が使えない今、いつまでもこの方法だけで戦い抜けるのか――自問自答が頭の中を巡ってやまない。
そんな彼の耳に、トリスタンの静かな声が届いた。彼は整備スタッフから受け取った狙撃銃の調整結果を確かめながら、淡々と話しかける。
トリスタン(眼鏡の奥で目を細めつつ)
「おまえの弾頭が間に合ったから、被害は最小限で済んだ。僕らは皆、あれに救われたって思ってるよ。……アリスが戻ってきたら、もっと強く戦えるかもしれないが、今はおまえの策が唯一の光だ」
カインは驚いたように顔を上げると、トリスタンは少しだけ微笑みを浮かべて銃を肩にかついだ。決して多弁な男ではないが、その言葉には確かな信頼が滲み出ている。
周囲を見回せば、灰色の空の下、各々が無言で整備をしながらも、互いを気遣う視線を向け合っている。これが円卓騎士団なのだ――強い絆で結ばれ、誰かが倒れてもその分をカバーし合おうとする仲間たち。
カイン(心中で呟く)
(……ありがとう。アリスがいなくても、皆が支えてくれてる。だけど、俺ももっとやれるはずだ。新しい戦術を、さらに磨かないと……)
やがて日が沈み、夜が訪れる。灰色の雲はまだ空を覆っていたが、その合間からわずかに月が覗くように光を落とした。城の中庭には消灯されたランプが散らばり、ところどころで警備兵の足音だけが響いている。
その頃、エリザベスは王の執務室で深い溜息をつきながら書類に目を通していた。内政や民の避難、食糧問題――どれもが未曾有の戦乱で混乱を極めている。それでも、円卓騎士団がいるからこそ、王都はまだ崩壊を免れているのだと痛感する。
エリザベス(小さく独り言)
「アリスさん……あなたが目覚める日が早く来てくれれば、どんなに助かるか。私たちは、あなたの代わりを探すことはできないけれど、せめて……」
呟きは誰にも届かず、夜の執務室をひそかな憂いが包む。
同じ夜、カインは整備ドックの片隅で銀の小手の機体を見上げていた。新しいランチャーシステムを組み込んだ姿は、まるで不完全な延命装置のように痛々しく、アリスがいない寂しさをさらに煽る。
そのとき、急ぎ足の兵士がカインのもとへ駆け寄り、息を弾ませて伝令を行う。
兵士(慌てた様子)
「カイン様! 北の方角で、先ほどの白銀装甲型とはまた違う形態が目撃されたとの情報が入りました。しかも、先日の大戦で倒したはずのユニットと酷似しているのに、一部が強化されているようで……どうやら、奴らがさらに適応を進めたんじゃないかと……!」
カインの心臓が大きく鼓動する。あの位相干渉弾すら通用しなくなるほどの適応を見せてくる可能性があるのか? 一難去ってまた一難、まさに戦乱のただ中にいる現実を痛感させられる。
カイン(眉を寄せて、苦い表情)
「分かった。……すぐに仲間に伝える。敵の動きによっては夜中でも出撃が必要かもしれないから、備えていてくれ」
兵士が敬礼し、再び駆け去る。その背中を見送って、カインは銀の小手の機体を振り返った。
“新しい戦術”を得たはずなのに、もう敵も適応している――まるで終わらない競争のようだ。アリスのぬくもりが恋しくなるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
カイン(自分を奮い立たせるように小声)
「やってやるさ……俺たちは止まれないんだ。敵が進化するなら、こっちもさらに進化してやる。アリス、待っててくれ。お前が戻るまでに、俺たちはもっと強くなるから」
曇り空の夜、王都の城壁には魔力式のランプが灯り、巡回兵の影が動いている。内部では騎士団のメンバーがそれぞれ休息を取ったり、あるいは緊急連絡に備えて待機したりしているが、どこか落ち着かない雰囲気が漂う。
ガウェインは訓練場の武器庫で黙々と剣の手入れを行い、モードレッドは格納庫で機体の最後の点検をしている。トリスタンは作戦計画を睨みつつ、新たな狙撃コースをシミュレーションしていた。
一方、カインはアリスが眠る医療区画を訪ね、そっと装置に触れる。相転移干渉で傷ついた彼女の意識はまだ戻らないが、微弱ながら安定した脈動があるとマーリンから聞いていた。
また来る戦いを前に、どうか目覚めてほしい。そう願いながら、カインは静かに言葉を漏らす。
カイン(囁くように)
「お前がいないと苦しいよ。でも、みんな頑張ってる。新しい戦術を手に入れて、敵に立ち向かってるんだ。だから……俺たちの姿を見ていてくれ。いつか一緒に笑おう、アリス」
廊下のランプが揺らめき、小さな揺れがカインの胸を震わせる。夜はまだ続くが、次の朝が訪れるころ、彼らはまた戦場へと旅立つことになるだろう。敵がどこまで適応し、形を変えるのか――それは誰にもわからない。
けれども、円卓騎士団の意志は固い。位相干渉弾をさらに改良し、短期決戦に挑む。この“新しい戦術”こそが、観測光の脅威に耐え抜くための一縷の光なのだ。
こうして、王都の夜は静かに更けていく。止まぬ戦火を前に、彼らが刻む一歩はまだ小さいが、確実に前を向いている。アリスが再び目覚めるその日まで、敵の適応を越える決意を胸に――円卓騎士団は進み続けるのである。