再観測:星を継ぐもの:Episode1-3
Episode1-3:騎士団再編と本格始動
朝日が東の空をかすかに染め始めた頃、空母レヴァンティス艦の甲板に広がる薄闇は少しずつその濃度を和らげていった。深夜にあれほど激しい闇をまとっていた空は、今や灰色から橙色への微妙なグラデーションを見せ、雲の切れ間には燃えるような赤い日の出が差し掛かっている。地上から吹き上げる風が艦の船体をかすかに揺らし、甲板上の作業員たちが朝の始動を急かされるように走り回っていた。
レヴァンティス艦が北西の丘陵地帯へ近づいてすでに数時間。夜明けとともに、周囲の偵察や敵残骸の調査、地上部隊の支援など、多彩な任務が艦内で同時進行している。けれども、ここでこそ「円卓騎士団」としての組織再編が改めて行われる時間でもあった。
廊下を急ぎ足で進む者たちの間に、一際目立つ姿がある。黒いパイロットスーツに銀色の装飾を施し、ヘルメットを小脇に抱えたまま、疲労の色がうっすらと浮かぶ青年――カインである。
彼は数時間ほど仮眠を取って起床したばかりだが、今度は「騎士団再編のブリーフィングに参加するように」と命じられたため、食事もそこそこに会議室へ向かっていた。
「……アリス、ちゃんと起きてるか?」
ヘルメット内のインカムを小声で問いかけると、仮想少女の澄んだ声がすぐ返ってくる。
「もちろん。私は戦闘機のシステムコアだもの、寝過ごすなんてありえないわ。」
「そりゃそうだな。昨夜からいろいろ動きっぱなしで、きつくないのか?」
「大丈夫。カインのほうが心配よ。顔が少し青白い気がするわ。」
「……バレたか。」
カインは苦笑しながらも、たしかに眠気はまだ体のどこかにへばりついていた。初陣で激戦をくぐり抜け、わずかな仮眠だけで迎えた朝。だが、騎士団の一員として、ここで重要な会議が開かれるなら参加しないわけにはいかない。
艦内の通路を抜け、金属製の扉を開けると、そこは広めのブリーフィングルームだった。中央に巨大なホログラフィック・マップが浮かび、その周りを数名の士官やパイロット、神官らしき人物たちが取り囲んでいる。壁沿いには大型スクリーンが設置され、北西の丘陵地帯の地形データや、昨夜の戦闘記録が映し出されていた。
「カイン、こっちだ。」
低く落ち着いた声で呼びかけたのは、ロイド少尉。レヴァンティス艦の作戦立案を補佐する士官で、昨日、カインをブリーフィングルームへ案内した人物だ。席の空いた隣を示し、来客用ディスプレイ端末を渡してくれる。
「少尉、すみません遅れまして。隊長はもう来てます?」
「ああ、モルガン隊長なら先ほどから会議を取り仕切っている。そこにいるだろう。」
ロイドの視線を追うと、部屋の奥で大きなホログラム表示を操作しているモルガンの姿が見える。黒髪をきりりと結い、鋭い眼差しで次々と指示を出していた。彼女の周囲にいるのは偵察ドローンのオペレーターや測量士官たちで、さまざまなデータをやり取りしているようだ。
「ようやく全員そろったみたいね。」
モルガンがホログラムの向こうからカインを見つけ、声をかける。カインは姿勢を正し、簡単に敬礼してから席に腰を下ろした。
「では、すぐに本題へ入るわ。夜通しの偵察と昨日の戦闘を経て、私たち『円卓騎士団』はこれより本格的な作戦に移行する。まずは拠点の再編、それから部隊の再配置だ。」
一息ついて、モルガンは表示を切り替える。大きな地図に、いくつもの円と矢印が描かれ、一部は真っ赤な警戒色で覆われていた。そこがThe Orderの存在を確認したエリアや、潜在的な脅威の領域らしい。
「ご存知の通り、昨夜の丘陵地帯での一件は、どうやらThe Orderの小規模侵入だった可能性が高い。……それ自体は撃退できたわ。しかし問題は、なぜこんな辺鄙な地帯にわざわざ姿を現したのか、という点よ。これは単なる奇襲ではなく、何らかの根拠があって活動している可能性がある。」
スクリーンが切り替わり、昨夜撃破したThe Order機の写真が映し出される。紫色の液体が滴る残骸には有機的なパーツも見て取れ、見る者に強烈な異形の印象を与える。
「そこで、これより王国から増援を受け取りつつ、私たちは“騎士団”としてまとまった作戦行動を開始する。レヴァンティス艦も数日以内にはさらに北西へ移動し、敵の潜伏拠点を探すの。――各部隊の隊長は、後ほど具体的な任務が割り当てられるから、伝達を待ってちょうだい。」
モルガンの声音は鋭く、だが明確な意志が感じられる。集まった隊員らも軽く頷いたり、端末へメモを取ったりしている。そのなかでカインは、もうひとつ気になることがある――「円卓騎士団の再編」という言葉だ。自分の銀の小手(Silver Gauntlet)がどういう扱いになるのか、アリスとともにどんなポジションで動くのか、きちんと理解しておきたい。
「……隊長、ひとつよろしいですか?」
挙手して問うと、モルガンはうなずく。「何?」
「『騎士団再編』というのは、具体的にどういった形になるんでしょう? たとえば指揮系統の変更や、パイロットとサポートの配置換えとか……。」
「そうね。そこはこれから説明するわ。」
モルガンはホログラムを別の表示に切り替え、一人ひとりの騎士団メンバーの顔写真やコールサインを並べる。いわゆるメンバーリストのようなものだ。そこにはアーサーという名と「Excalibur」の機体名が最上段にあり、続いてガウェイン、モードレッド、トリスタンなどの名が続き、そして「カイン(Galahad/Silver Gauntlet)」という表示が下の方にある。
「円卓騎士団は、本来『アーサー』を筆頭に、各機体が独自の呼称を持つ形で構成される。それぞれが高い戦闘力を発揮し、相互連携でThe Orderに対抗するのが基本スタイルよ。でも、ご存じの通り、ここしばらくの世界情勢では大規模な防衛戦が相次ぎ、騎士団のメンバーが別々に散っていたの。統制を取る余裕がなかったわけ。」
実際、カインも訓練の途中でレヴァンティス艦に派遣されたり、他のメンバーが王国本土や各都市へ応援に行ったりでバラバラだったのを知っている。そうした混乱が一段落し、今こそ“円卓”として集約されるべき時期が来たのだろう。
「アーサー卿はリーダーとして、円卓全体を統括する。この艦にも乗ってくれているから、いざという時は総指揮を取るわ。あなた、カインは……昨夜の活躍を見てもわかるように、銀の小手を駆り独特の強みがある。引き続き艦の“先遣エース”としていろいろと動いてもらうつもり。」
「先遣エース、ですか?」
「ええ。銀の小手は、あの特殊な干渉能力によってThe Orderに有効打を与える数少ない戦闘機だから。あなたたちが先陣を切り、他の騎士が支援に回る構図になることも多いわね。もちろん、アーサー卿が同じ戦場に出る場合もあるけど。」
モルガンが淡々と説明を続ける。その言葉に、カインはほんの少し身が引き締まる思いを感じた。昨日の初陣で証明できた実力を、こうして評価してもらえるのは嬉しいが、それだけ責任も重くなる。アリスの存在が極めて貴重であり、銀の小手が世界を左右し得る切り札のような位置づけだというのは、改めて実感するところだ。
「……わかりました。俺とアリス、頑張ります。」
「頼むわね。あなたたちがいないと、要となる作戦が成り立たないケースが多い。――次に、他のメンバーの動きも簡単に共有しておくわ。」
ホログラムに表示される円卓メンバーたち。**ガウェイン(Galatine)**は防御力と仲間の援護に特化した機体を操る騎士で、今は別方面の防衛線を守っているらしいが、後日合流予定。**モードレッド(Clarent)**は高火力型で、今は補給のため王国本土に戻っているが、こちらにも増援として呼び寄せられるだろう。**トリスタン(Failnaught)**は狙撃専門の孤高の騎士と呼ばれ、定期的にこの艦に合流しては遠距離支援に回るという。
こうして名前だけでも揃い始めれば、まさに“円卓”の名にふさわしい形になるのだろう。モルガンは手短にメンバーごとの特徴を説明しながら、運用上の連携を示す。カインは端末にメモを取りつつ、アリスとも頭の中で情報を整理した。
「――以上が現在のメンバーと配置。ゆくゆくは全員がレヴァンティス艦に集結するか、あるいは複数の艦に分乗して作戦を展開するかは、状況次第になるわね。どちらにせよ、今後の主戦場はこの北西エリアと推測される。この近辺でThe Orderの拠点が見つかったら、集中攻撃を仕掛けるわ。」
モルガンの説明が終わると、部屋にどよめきが走る。隊員たちが意見を交わし、データを照合している声が飛び交った。騎士団が一枚岩となることで、大規模な作戦が可能になる反面、それだけ戦場は激しさを増すだろう。
「ご質問はあるかしら?」
モルガンが視線を巡らせるが、皆沈黙している。カインも特にないと思ったが、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「……昨夜の戦闘で、The Orderの形状が以前見た報告とは違っていたのですが。なぜあんなに多彩な形で現れるんでしょう?」
それは多くの者が抱く謎である。The Orderは戦艦型や生体型、魚のような形、あるいは人型のエース機など、定まらない形態で侵略してくる。まるで一つの意思を共有しつつ、自由に形態を変えるかのようだという説もある。
「はっきりとはわからないわね……。ただ、一説にはThe Orderが“学習”と“自己進化”を繰り返していると言われている。敵の戦術や素材を取り込みながら、形状を変えていくとも。そこはアーサー卿や研究部隊が調査しているけど、まだ結論は出ていないわ。」
「そう、ですか……。ありがとうございます。」
ここではそれ以上深く詮索する余地はなさそうだ。モルガンは全員を見渡し、短く結論を言い放つ。
「とにかく、ここからが本当の勝負よ。――騎士団再編の意義は、対The Orderをスムーズに行うこと。それを踏まえて、各自任務に戻ってちょうだい。」
そう言うと、彼女はホログラムを消し、部屋に明確な解散ムードが流れる。隊員たちが一斉に立ち上がり、それぞれの部署へ散らばっていく。ロイド少尉がカインに軽く声をかけ、「今後も何かあれば連絡する」と言い残して去っていった。
カインは椅子を戻して静かに息をつく。朝一番から濃密な説明が続き、やや頭がオーバーヒートしそうだ。しかし、自分たち“銀の小手”が中心的役割を担うことだけははっきり理解できた。
「アリス、今の話……大丈夫そうか?」
「ええ。カインがメモしてたデータもこちらで記録してあるよ。私たち、先遣エース、なんだね?」
「ああ、そうらしい。」
胸に責任感と期待が入り混じるのを感じる。この先、さらに厳しい戦闘が待っているかもしれない。しかし同時に、円卓騎士団が再結集することで、いくつもの方面で支援や連携が得られるのも心強い。昨日のアーサーとの連携が思いのほかうまくいったように、ガウェインやモードレッド、トリスタンといった仲間も合流すれば、より大きな作戦が可能になるだろう。
ブリーフィングルームを出たカインは、一度食堂で腹を満たし、その足で甲板へ向かった。夜明けから何時間も経ち、太陽は空高く昇り始めている。とはいえ、ここは荒廃した地球――大気中の汚染や煙が太陽光を遮り、まるで赤茶けた薄いフィルターを通して見ているかのような光景だ。
甲板に出ると、朝陽というよりは黄色がかった荒涼たる明るさが広がっていた。遠くには、丘陵地帯の山並みが、ところどころ黒煙を上げているのが見える。昨夜の戦闘でできた火の手や、かつての破壊の名残が、まだ完全には収束していないのだろう。レヴァンティス艦は高度を調整しながら、その上空をゆっくり移動しているらしい。
「やぁ、カイン! おはようさん!」
甲板端で整備ツールを抱えた中年の整備士――ドック長がカインを見つけて声をかける。彼の背後では、多数の整備班員が銀の小手を囲み、パネルを外したりパイプを繋いだりしている真っ最中だった。朝陽を受けて銀の機体が鈍く煌めき、昨日の戦闘の焼け焦げ跡がわずかに残るところも修理されつつあるようだ。
「どうも、おはようございます。機体のほうは調子どうですか?」
「まあ、何とかここまで直したよ。けっこうあちこち傷んでたが、昨夜は徹夜だ。ひとまずエンジンと外装の不具合は片づけて、今は武器システムまわりを最適化してるとこさ。」
「皆さんに頭が上がりません……ありがとうございます。」
カインは素直に感謝する。整備班こそが前線を支えている縁の下の力持ちであり、彼らの献身がなければ銀の小手を飛ばすことなどできない。ドック長は照れ臭そうに咳払いをして、作業員に合図を送る。
「ありがたがられるほどのことでもない。そりゃあ俺らの仕事だ。だがな、これから激戦が増えるだろう? 頼むからあんまりむちゃくちゃな機動は控えてくれよ……笑。」
「そこはやりすぎないように気をつけます。……でもまあ、戦いになれば無茶も必要かもしれませんが。」
「わかってるよ、あんたはそういう性分だろうし。とにかく、やられたら一巻の終わりだ。上手にやってくれ、カイン。」
ドック長が苦笑混じりに言うと、アリスの声がインカムに響く。「でもここで整備班に無理を言うのはかわいそうだね。」などと軽口を叩くので、カインは苦笑し返した。
「そうだな。これからは壊れにくいように上手に使ってあげるよ、銀の小手を。」
そう言いながらも、機体の傍らへ歩み寄ると、やはり独特の曲線を描く銀色の外装に親しみを覚える。コクピット部分はやや膨らんだ形状をしており、そこにアリスが存在するコアユニットが組み込まれているのだ。そう考えると、まるで機体自体がアリスの“身体”のようでもある。大切に扱いたいと思うのは人情というものだ。
ひと通り整備の進捗を確認したあと、カインは甲板を歩きながらレヴァンティス艦の艦首方向へと向かった。そこには少し広い展望スペースがあり、艦外の景色を見渡すことができる。ちょうどそこに、金髪をなびかせた長身の人物――アーサーが立っていた。
「お疲れさまです、アーサー卿。」
「カインか。いま甲板を見回りしていたところだ。」
アーサーは柔らかな碧眼を細めて、朝のうす汚れた空を見上げている。騎士団リーダーとして慕われる彼だが、こうして近くで見ると意外と気さくな雰囲気も感じられる。
その傍らには、彼の愛機エクスカリバーが停められていた。銀の小手とは違い、白銀に近い輝きと、機首部に備わった巨大な刀身のようなビーム砲が特徴で、まさに“剣の名”を冠するにふさわしい威容を誇っている。
「昨日の初陣のあと、よく眠れたか?」
「はい、数時間だけですけど、まあ十分に。アーサー卿こそ、ほとんど休んでないんじゃないですか?」
「はは、俺はこれが普通さ。騎士団が本格的に動き出すとき、そんなに長い眠りを貪っている暇はない。」
アーサーの視線が遠くへ泳いだ。地平線の向こう、うっすらと見える廃墟の影が蜃気楼のように揺れている。まるで遠い昔の文明が幻となって浮かび上がり、今にも消え去ってしまうかのようだ。
「カイン、円卓騎士団が再編される話は聞いただろう?」
「はい。先ほど、隊長から詳しく伺いました。俺と銀の小手は先遣エースとして動く形になるみたいです。」
「そうか。それなら話が早い。……お前とアリスの実力は、昨日で十分示された。俺としては、これから大きな作戦を立てるときに、お前が最前線にいるのは非常に頼もしい。銀の小手にしかできないことがあるからな。」
「ありがとうございます。自分でもやれるだけやってみます。」
カインは胸の奥で熱いものを感じながら答えた。騎士団のリーダーであるアーサーに「頼もしい」と言われるのは光栄だ。それと同時に、なぜ自分とアリスだけがこの“干渉力”を持っているのかという謎も大きい。
だが、アーサーはそのことにはあまり触れず、ただ軽く微笑んだ。
「間もなく王国本土からガウェインやモードレッドたちが合流すると連絡があった。今は小規模だが、そのうちこのレヴァンティス艦も騎士団メンバーで溢れるかもしれないな。」
「おお……。あのガウェイン機が来るんですか。心強いですね。」
ガウェインの機体ガラティーンは強固な装甲を備え、仲間を守る“盾”として有名だと聞く。モードレッドのクラレントは破壊力に秀で、ガウェインの反対をいく攻撃特化の機体。さらに狙撃特化のトリスタンなど、いよいよ伝説の円卓騎士が揃い踏み――そう想像すると、カインの心は期待に燃える。
アーサーの唇にわずかな笑みが浮かぶのを見て、カインは確信する。リーダーの彼も、その瞬間を心待ちにしているのだ。
「――お前も騎士団の名の一員として恥じぬよう、腕を磨くといい。俺もエクスカリバーでサポートするし、いずれは共に本陣を叩くことになるかもしれんからな。」
「……はい!」
カインの返事は自然と背筋が伸びるほど力強くなった。昨夜の初陣を経て、アーサーの信頼を得ていることが素直に嬉しい。自分なりに恐怖や迷いも抱えてはいるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
そうして昼近くになると、艦内はさらなる活気に包まれ始めた。王国から送られてきた補給輸送船が甲板に到着し、大量の資材・食糧・弾薬、そして交換パーツが運び込まれる。先日まで不足気味だった武装が補充され、騎士団は実質的な戦力を底上げできる状態に近づいている。
食堂や通路にも多くの隊員が行き交い、情報が飛び交う。少なくとも、円卓騎士団が全員集結こそしていないが、「再編への機運」が今まさに高まっているのが肌で感じられる。
カインは作業服に着替えたまま、補給物資の一部を確認していた。銀の小手の新型ミサイルや、ビームキャノンのコンデンサーなど、どれも昨夜の戦闘で消耗した分を補うために必要不可欠なパーツだ。確認用の端末を片手に、倉庫スペースでリストと照合していく。
「ねえカイン、ちょっと手伝っていい?」
アリスのホログラムが端末上に映し出される。彼女は常にコアシステムとして機体と艦内LANにつながっているため、こうしてどこからでも姿を見せられるのだ。
カインは苦笑しつつ「資料のスキャンくらい頼む」と言って、アリスに補給リストを読み込ませる。すると、端末画面をアリスが自動解析して、該当パーツのデータを瞬時に抜き出してくれた。
「助かるよ。……しかし、お前はどこにでも出てくるな。」
「えへへ、だって私は銀の小手のAIだから。カインが必要としてるなら、どこにだって行きたいの。」
「いや、甘い言葉を出しても何も出ないぞ。……よし、このミサイル、形状が新しいな。試作品か?」
倉庫の片隅に置かれた木箱を指し示す。開いてみると、独特の先端形状をしたミサイルが整然と並んでいる。説明書きを見ると、どうやら高密度炸薬を使いつつ、The Orderの装甲を貫通しやすいように新たな素材を取り入れた“対異形コア用”の試作弾だという。王国の研究班が必死に開発したのだろう。
「へえ……これが通用すれば、俺たちも安心して撃ち込みやすくなるな。」
「うん。干渉力以外にも、こういう新武装が加わると強みが増すわよね。」
アリスの声に賛同するように、カインは木箱を整備用カートに載せ替えて、銀の小手の格納ドックに回送する指示を整備員に出す。こうして、一つずつ必要な物資が搬入される様子はまるで騎士団全体が活性化しているかのようだ。
翌朝――そう、再編が表向きに宣言されてから丸一日が経過したころ。王国本土からの転送ゲートを用いて、複数の騎士団メンバーがレヴァンティス艦へ続々と到着していた。
転送ゲートといっても短距離の空間リンクであり、大量物資や機体本体を運ぶのは難しい。だが、パイロット本人だけが先行で来ることは可能だ。こうして人員だけが合流し、機体は後日陸路や別の艦で運ばれるという段取りを踏むケースが多い。
甲板脇の昇降プラットフォームが、転送ゲート接続口とリンクされており、そこから二名ほど騎士団のパイロットが歩み出る。そのうちの一人は、筋肉質な体格で髪は短く刈り込み、厳めしい顔立ちだが、眼差しには優しさを潜ませている――ガウェインだ。
もう一人は華奢な体で中性的な顔立ちのパイロット――トリスタンだろうか。額にはゴーグルのようなものをつけ、硬い表情ながらも物静かな雰囲気を漂わせている。
「やあ、君がカインか? 噂は聞いてるぜ。銀の小手のパイロットだろ?」
ガウェインが大股で近づいてきて、カインの肩をバンバンと叩いた。思わぬ力強さにカインは少し苦笑いする。
「はい、初めまして。あなたがガウェイン……防御の要と呼ばれる、あのガラティーンの。」
「ええ、まあな。今はまだ機体を搬送中だが、すぐに追いつく予定だ。俺は前線でみんなを守るのが役目だ。君とアリスが先陣切るなら、背後は任せとけよ、ははは!」
豪放磊落な笑顔を見せるガウェインに、カインは圧倒されながらも心強さを感じた。一方、トリスタンは無言のまま少し離れたところに立っている。カインが視線を送ると、トリスタンは僅かに会釈し、静かな声で答えた。
「……僕はトリスタン。長距離狙撃を担当する。近くで戦うのは得意じゃないけど、遠くから敵を仕留めるのは嫌いじゃない。よろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。俺は銀の小手のカイン……アリスって相棒がいて、まだ謎が多い機体ですけど、精一杯やりますよ。」
そんな軽い自己紹介を交わす背後では、アーサーやモルガンが合流者に次々と指示を出しているのが見えた。こうして円卓騎士団が集まり始め、再編が形として表面化していく。カインは胸の奥で小さな興奮を覚える。
――この多彩な騎士たちが結集し、本格的にThe Orderへと挑む。まだ全員が揃ったわけではないが、それだけでも大きな変化だ。
さらにもう一日が過ぎ、レヴァンティス艦には次々と各騎士の機体や武装が到着し始めた。大型輸送機や海上艦から段階的に移送され、甲板で組み立てや調整が行われる。その様子はまるで戦闘機の祭典のようだった。すぐ隣では王国の整備士たちが忙しく走り回り、大きなクレーンでパーツを積み下ろしている。
カインは甲板上を歩きながら、ガウェイン機であるガラティーンや、トリスタン機のフォール・ノートが運び込まれるのを興味深く眺める。ガラティーンは深紅と金色のカラーリングが印象的で、翼の裏側には厚みのあるシールドユニットが内蔵されていた。フォール・ノートは逆に、地味な青と白の配色だが、その中央には長大な狙撃ビームライフルのような装置がドッキングされているのが特徴だ。どちらも、銀の小手やエクスカリバーとはまた異なる雰囲気を醸し出している。
「色んな機体がそろってきたわね、カイン。」
アリスがインカムを介して話しかけてくる。彼女は常に銀の小手と繋がっているので、遠隔からでもこうしてカインの視界を把握できるのだ。
カインは思わず笑みをこぼした。
「ああ。これで円卓の仲間が増えるってわけだ。いよいよ本格始動、って感じがするな。」
「うん。私もなんだか嬉しい。銀の小手だけじゃ守りきれないところを、他の機体がカバーしてくれるんだもの。」
「そうだよ。……それに、みんなが俺らを頼りにしてくれるってのもありがたいけど、やっぱり仲間が多いほうが心強い。どんな敵が来ようと、チームワークで撃退できそうな気がする。」
甲板の奥には、すでにアーサー卿が立っており、到着したガウェイン機やトリスタン機を整備班とともにチェックしている。ガウェイン本人も陽気に笑いながらアーサーと会話を交わし、トリスタンは黙々とライフルの調整を見守っている。
いずれ、モードレッド(クラレント)も到着すれば、さらに攻撃力が加わるだろう。その光景を想像すると、カインの心は高まるばかりだ。
「……こうして考えると、本当に凄いメンツが揃うな。アリス、こっちもますます頑張らないとな。」
「もちろん。カインがやりたいなら、私も全力でサポートする。私たちの干渉力があってこそ、The Orderのコア部分を崩せるんだもの。」
「そうだな。――あ、ちょっと待って。」
カインは視界の先で手招きしている人影に気づいた。モルガンがこちらを呼んでいるようだ。どうやら新たなミッションの打ち合わせをするらしい。顔つきからして急ぎの要件なのだろう。カインは急いで駆け寄る。
モルガンは腕を組んだまま、甲板端のモニター端末を睨んでいた。その端末には地形図が映し出され、先の丘陵地帯よりも北西の地域を示す赤いマーカーが点滅している。
「どうしたんですか、隊長?」
「カイン、ちょうどいいところに。――さっき偵察ドローンが戻ってきたんだけど、その更に奥に妙な波動が検知されたの。The Orderの残存部隊か、あるいは新たな集結かもしれない。手遅れにならないうちに先遣隊を飛ばしたいんだけど、あなたは行ける?」
「ええ、もちろん。銀の小手はもう修理も完了していますし、いつでも出せます。」
「助かる。アーサー卿もすぐ動けるけど、ここに到着したガウェイン機やトリスタン機のテスト飛行がまだ済んでいないのよ。できれば短時間で偵察して欲しいんだけど、下手すると小競り合いになる可能性もある。」
「わかりました。じゃあ、昼過ぎには出発可能です。アーサー卿も同行されるんですか?」
カインが問うと、モルガンは一瞬唇を引き結んだが、やがて小さく首を振った。
「いや、アーサーは騎士団全体の合流と機体整備を優先したいと言っているわ。だから、あなた単独で先行する形になるかもしれない。ただ、念のため小隊を付けてもいいけど……どうする?」
「うーん。手早く偵察するなら、俺ひとりのほうが融通がききますね。その代わり、万一のときは増援を頼みます。」
「わかった。すぐに準備を整えてちょうだい。正確な座標と簡単なブリーフィングは艦橋で受けられるわ。」
モルガンがそう言い終えると、甲板の向こうにいるガウェインたちを見やり、「何かあったら全力で援護に向かう」と続けた。やはりすぐに彼らを投入するのは難しい状況らしい。到着して日が浅く、まだ安全な稼働テストをしていない機体をすぐ戦闘に出すのはリスクが高い。
「わかりました。じゃあ銀の小手の武装や燃料を整備班に任せて、午後には出撃します。」
「ええ、お願い。気をつけて。」
モルガンが端末を閉じ、早足でまた別の場所へ向かっていく。艦内ではこんなふうに細やかな指揮が並行して行われている。騎士団が本格始動し始めた証拠だろう。
それから数時間後、昼下がり。
甲板には再び出撃態勢の銀の小手が並び、その周りを整備班が最後の仕上げを急いでいた。カインはすでにパイロットスーツを着込み、コクピット内でエンジンのチェックを行っている。アリスの声がシステムを総合的に診断し、問題点がないかを報告してくれた。
「……うん、完璧。エンジン・兵装・センサー系統、全部良好よ。」
「助かる。さすがだな。……ん、モルガン隊長からの通信かな?」
コンソール画面にモルガンの名が表示され、カインは受信ボタンを押す。通信がつながり、彼女の端的な声が響いた。
『カイン、こっちは準備完了。艦橋から誘導を出すから、いつでも離陸して構わないわ。』
「了解。……少し早めに戻れるよう偵察してきます。」
『頼んだわよ。』
通信が切れる。カインはスロットルを操作し、タキシング(滑走路上の移動)モードへ移行させる。甲板の誘導員が赤いライトスティックを振り、発進ラインへ導いていく。
濁った昼空。薄い曇天を背景に、銀の小手がゆっくりと前進する。その機首が空を仰ぎ、カタパルトらしき短い走行路に固定されると、後ろから蒼白いジェット噴流が噴き出す。
「アリス、行くぞ。敵が大きな集団じゃないといいが……。」
「そうね。できるだけこっそり偵察して、危なければすぐ戻ろう。」
「わかった。」
深く息を吸って、操縦桿を握りしめる。銀の小手はレヴァンティス艦の甲板を一瞬のうちに滑り出し、昼間の空へ舞い上がる。強烈な加速がカインの身体をシートへ押し付け、視界が一気に開けていく。
下方に広がる風景は、連なる丘陵や崩れた大地の裂け目。そして、そこかしこに点在する黒い廃墟の街並み。いまだ荒廃から抜け出せない地球の姿がありありと映る。
けれども、今はその先に何が待っているのか、調べるために飛ぶのだ。円卓騎士団の再編が完了しつつあるこの瞬間、カインとアリスは“先遣エース”として最初の本格任務につく。――まさに本格始動である。
「さあ、行こうか、アリス。」
「うん、私たちの力を見せてあげよう。……銀の小手、出撃!」
カインは微かな笑みを浮かべて、スロットルを開放する。機体は轟音とともに一気に速度を上げ、薄曇りの昼空を切り裂いて北西の空域へ駆けていった。レヴァンティス艦から見送る多くの整備員たちが、静かに手を振る。その姿はまるで、今まさに円卓騎士団が新たなる戦いのステージへと歩み出す一歩を象徴しているかのようだった。
――荒廃の地で繰り返される戦い。だが、そこに集う騎士たちが一丸となって世界を変えていく。アーサーをはじめ、ガウェイン、トリスタン、そしてカインとアリス。それぞれがひとつの“騎士の座”を担うこの円卓は、いずれ未知なる脅威を打ち破る鍵となり得るだろう。
だが、それはまだ始まりにすぎない。円卓騎士団の再編――それはすなわち、さらなる激戦への予兆でもある。The Orderは必ず攻勢を強めてくるはずだし、その先には小宇宙と呼ばれる未知領域が待ち受けているという噂もある。
それでも、今はこの新生騎士団の結束がある。銀の小手とアリスが先陣を切り、仲間が後ろを支え、アーサーの号令のもとで一丸となる――その様子を、まるで荒れ果てた空が静かに見つめているかのようだった。