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星を継ぐもの:Episode9-1
Episode9-1:異次元空間の洗礼
かつて、ギネヴィアウイルスに侵された王都では、騎士団や兵士の間に深刻な問題が横行していた。
ウイルスによる発熱や幻覚のせいで、仲間同士の区別が曖昧になり、味方に銃を向け、仲間を撃ってしまうという悲惨な出来事が頻発していたのだ。
この「仲間撃ち」は、通常の戦闘で受けるダメージよりも深刻な内部崩壊をもたらし、一時は王都そのものが滅亡の淵へ追い込まれるほどだった。しかし、神官たちが開発・運用した干渉治療が状況を一変させる。
干渉治療とは、仲間同士の撃ち合いを完全に防止する画期的なシステムだった。ギネヴィアウイルスで幻覚を見たり、恐怖に駆られたりした者をリアルタイムで観測・干渉し、正気へ引き戻すことで、味方を誤って撃つことを一切防げるようになったのである。
この干渉治療の導入によって、騎士団は内部崩壊を克服し、再結束を果たした。もはや仲間同士での撃ち合いが起こる危険がほぼ排除されたことで、従来の分裂や混乱を回避できるようになったのである。
今では大きな戦闘でも、互いを撃つ悲劇は起きないという安心感を得られた。この成果を指して、騎士団内では「仲間撃ちを完全に克服した状態」と称している。過去には一瞬のパニックが大惨事を招いたが、いまやそれを切り抜ける術を手にしている。
地下水路に発生した小宇宙の扉――それは、ギネヴィアウイルスやThe Orderの本拠地に直結するかもしれない未知の領域として、王都に新たな波紋を呼んでいた。
先の会議を経て、騎士団は少数精鋭を選抜して扉に飛び込むことを決断。かつてのように仲間同士の撃ち合いが起きては挑めない危険な領域だが、干渉治療によって味方を撃つ恐怖が克服された今なら踏み出せる、というのが彼らの結論だった。
カイン、モードレッド、ガウェイン、トリスタンら主要騎士と、神官のリリィとセリナ、さらに数名の兵や整備士が隊を編成。アリスの波長を介して扉を安定化させるという実験も成功し、いよいよ出発の日が訪れる。
王都の門前で送り出された隊は、地下水路へと向かう。そこにはすでに立ち上る星の光が漂い、床や壁が歪んでいた。水路だったはずの空間が、半ば闇と星に呑み込まれているのだ。
「あれが……小宇宙の扉か……」
モードレッドが火器を抱えながら低く唸る。彼の胸には、かつて仲間撃ちをしそうになった恐怖がわずかに残っているものの、今は干渉治療の存在で心を落ち着けられる。
ガウェインは防御フィールド装置を点検しつつ、「ここで引き返すわけにはいかない。仲間同士で混乱して撃ち合うことはもうないんだ。皆を信頼して、扉の向こうへ踏み出そう」と冷静に言葉を発する。
リリィとセリナが端末を確認し、干渉治療のスタンバイが完了していることを隊に告げる。「これで、ギネヴィアウイルスの発作が起きても素早く対処できます。絶対に仲間を撃たないようにしましょうね」と励ますと、兵たちはうなずき、かつて味方を撃ちそうになった苦い思い出を胸に、拳を強く握りしめる。
白い亀裂が揺らめき、星の光と闇が混ざりあう空間が口を開いていた。そこへ足を踏み入れる隊員たちは、まるで重力が狂うかのような感覚に襲われる。
「うっ……くらくらする……」
ある兵がよろめくが、セリナがすかさず干渉の術式を当てる。「大丈夫、落ち着いて。決して味方を撃つ必要なんてないわ」と声をかける。兵は頷き、冷静さを取り戻す。従来なら、ここで銃を乱射して仲間を負傷させる事件が起きてもおかしくない。けれど、今はそんな惨劇はあり得ない。
先頭に立つカインは、銀の小手を身につけながら周囲を確認する。「この先、一体何が待っているか分からないけど、絶対に仲間に銃を向けることはない。今は干渉治療のおかげで、誰も焦らなくて済む。そうだろう?」
モードレッドやガウェインが口々に「おう」「当然だ」と返事をし、トリスタンも黙って頷く。かつて味方撃ちが蔓延っていた時代の騎士団には考えられないほど、ここには安心感が満ちていた。
隊が足を踏み入れた先は、まるで夜空の中を歩くような不思議な光景だった。上も下も存在せず、遠くには星が浮き、足元は硬質な鏡面の床が広がっている。
「すごい……本当に異世界ね。私、こんな場所が本当にあるなんて思わなかった……」
リリィが感嘆しながらつぶやくが、その声音には緊張も交じる。セリナが彼女の腕をそっと支え、「大丈夫、私たちがいれば、たとえギネヴィアウイルスの発作が起きても抑え込めるわ」と励ます。
兵たちは奇妙な地形を歩きながら、背後を見やると、そこにかすかに扉の形をした亀裂が残っていた。もし戻りたくなったらあそこへ走ればいい、という安心感がある一方で、ここで敵が出てきたらどうなるかという不安が大きい。
それでも誰ひとりとして銃を乱射しない。仲間同士の撃ち合いを起こさないという強い意志が共有されているからだ。
しばらく進むうち、闇の奥から星くずを纏った巨大な影が近づいてきた。まるで空泳ぐ魚のようなフォルムに、龍のような鬣(たてがみ)が波打ち、全身に銀色の鱗が光っている。
「来るぞ! 警戒しろ……味方を撃つなよ!」
ガウェインが低く指示を出す。自分でも笑ってしまうぐらい昔なら当たり前の注意だったが、いまや「味方撃ち」は防げる確信があるのだ。
星獣のようなその存在が威嚇するように吼えると、空間が震え、精神を削るようなノイズが隊員の頭を貫く。
「ぐああ……頭が割れそうだ!」
「落ち着いて、味方は味方よ……!」
神官セリナとリリィが干渉魔法を即座に展開し、兵たちの意識を安定させる。カインは一瞬、視界が歪んだ気がしたが、何とか踏み止まる。「大丈夫、みんながいる……!」と自分に言い聞かせる。もしこれが以前のように仲間撃ちにつながる恐怖ならば、すでに銃口があちこちに向けられていただろう。だが、今はそんな混乱は起きない。
「撃て、攻撃だ!」
モードレッドが指示を飛ばし、自身も火力で星獣の頭部を狙う。ガウェインが防御フィールドを広げ、トリスタンが側面から狙撃、カインが銀の小手で位相干渉弾を装填する。
闘いが激しくなるほど、隊員の中には発熱や幻覚を訴える者が増えていく。しかし神官が即座に干渉術で正気を保たせ、隊は乱れない。「絶対に仲間を撃たない」という前提があるため、誰もが安心して敵の攻撃を捌くことに集中できる。これこそが仲間撃ちを克服した騎士団の真骨頂だった。
星獣は抵抗するが、隊の結束に押され、最後には大きな咆哮を上げて崩れ落ちる。その体が闇に溶けて消える様は、美しくも儚い。隊員が息を弾ませながら勝利を確信する。「やった……また味方同士の混乱は起きなかった。干渉治療、万歳だな!」と誰かが笑う。以前なら想像すらできなかった平和な安堵が漂う。
一段落ついた隊は、不思議な地面に仮陣を敷いて小休止を取る。そこは黒い闇と星の狭間に浮かぶ岩のような場所で、周囲は何もないように見えるが、鏡状の床がかすかに反射を返している。
「どうやらここの住人か、それともThe Orderの尖兵か……敵がうろついてる以上、まだ気は抜けないな」
ガウェインが見張りを続けながら言う。モードレッドは「くそ、こんなスペースにずっといたら気が狂いそうだが、干渉治療のおかげで保ってるってわけか」と自嘲する。
セリナとリリィは疲れきった様子ながら、「皆が混乱しかけても撃ち合いにならない……それだけでも大進歩だね」と互いに微笑み合う。本当に、仲間撃ちの悲劇さえ防げるなら、どんな強敵が来ようと心は折れない。
カインはそれを見守りながら、「よし、次はもう少し先へ行こう。ここはまだ入口付近かもしれない。ギネヴィアウイルスの根源やアリスの眠りを解く鍵があるなら、もっと奥の方だろう」と声をかける。
隊員たちも覚悟はできていた。「はい、これまでの戦いでも仲間撃ちはゼロなんですから……恐れる必要はありません」と答える者が増え、モードレッドが苦笑して「仲間撃ちゼロってのも笑えるが、本当にそうなんだから仕方ねえ」とぼやく。これが彼らの支柱だ。
しかし、その平和を喜べない者もいる。ある兵が小声でカインに近づき、「隊長、干渉治療で仲間撃ちを防いでるけど、これがいつまでも通用するのか……もし限界が来たら、一気に崩れるんじゃないか?」と尋ねる。
「気持ちは分かるよ」とカインは力を込めて答える。「だけど、俺たちが王都で実績を積んだのは確かだ。総攻撃の大混乱でも仲間を撃たなかった。それが干渉治療の強みなんだ。自信を持っていい」
兵は安心したように微笑む。「そう……ですね。俺も目の前で仲間撃ちを何度も見てきたから、ああいう悲劇がないだけ救われます」と安堵を口にする。
カインも内心ほっとする。この世界では仲間撃ちが最悪の事態を引き起こす要因だったが、今は少なくともそれを克服できると証明した。それがチームワークの礎になっている。
一息ついた隊は先へ進む。星の川のように輝く流れが眼前に広がり、そこから湧き上がる光の粒が虹色を放っている。宙に浮く岩の足場を渡りながら、隊員が恐る恐る踏み出すと、むしろ重力が安定してきたのか、床がしっかりした感触を返してくる。
「さっきまで空中を歩いてるようだったが、ここはわりと普通に進めるな……」
トリスタンが不思議そうに言う。リリィが「空間がまだ安定してる場所なのかも。仲間撃ちのリスクも低そうだわ」と笑みを浮かべると、モードレッドは「まぁ、俺はどこでも撃たねえけどな」と豪語する。
神官セリナは念のため観測術を張り巡らせ、「奥の方からかすかに音が……。また敵かもしれない。気を付けて」と注意を促す。
カインやガウェイン、モードレッド、トリスタンは警戒を厳にしつつ足を進めるが、不思議と今度は何も出てこない。星の川の流れは静かで、その奥に透き通る闇があるだけ。やがて淡い光の滝のような場所に差し掛かり、そこが大きな転換点になるようだ。
頭上からシャワーのように降り注ぐ光の滝は、まるで星の雫が落ちてくるかのよう。足元の床も水しぶきのように光を反射し、幻想的な空間が広がる。
「すごい……こんなの、地上では絶対に見られないわ」
リリィがうっとりし、セリナも「本当にきれいね。ギネヴィアウイルスの痕跡さえ感じないくらい……」と嘆息する。
ただ、ガウェインがすぐに「警戒を解くな。ここも敵の罠かもしれん」と割り込む。モードレッドも火器を抱えたまま「ああ、味方撃ちが起きないだけで心強いが、敵が出ないとは限らん」とこぼす。
隊がその滝をくぐろうとした瞬間、空間がまたぐにゃりと揺れ、辺りに微かにノイズが走る。
「来るか……!」
カインが構えを取るが、攻撃は来ない。ただ何か大きな波動が隊員の胸を突き上げるような感覚が走った。まるで大きな生き物の呼吸を感じるようだが、見える敵はどこにもいない。
「……気持ち悪いが、何もいない? 仲間撃ちを促すような幻覚もないな」
トリスタンが冷静に辺りを見回す。かつての王都なら、これだけ不気味な場所に置かれた騎士や兵が幻覚に駆られて仲間を撃つ展開が大いにあり得たが、今は干渉治療が健在だ。
「……大丈夫。干渉治療のエネルギーもまだ残ってる。もし発作が起きかけても、私たちが抑えられるわ」
セリナが自信ありげに言い、リリィも「うん、仲間撃ちは絶対に防げる」と補強する。兵たちはそれに安心して滝をくぐり抜ける。星の滴が身体に触れて消えるたび、何か意識が澄んでいくような感覚さえあった。
光の滝を抜けた先は、さらに広大な星海が広がっていた。巨大な渦が遠くで回転し、中心に真っ暗な穴がぽっかりと開いている。そこにはさらに凶暴そうな気配が漂い、心が震えるのを感じる。しかし、不思議と隊員たちの行動は乱れない。
「これが干渦か……まるで銀河の中心みたいだな。きっとあそこに行けば、もっと奥深くへ踏み込めるんだろう」
ガウェインがつぶやき、モードレッドが冷や汗をかきながら「やれやれ、どこまで俺たちを引きずり込む気だ」と顔をしかめる。
トリスタンはスコープで渦の中を覗くが、はっきりした敵影は見当たらない。「しかし、行かなきゃ分からん。仲間撃ちを起こさないでここまで来れたんだ。行けるところまで行くしかないだろう」と告げる。
カインも頷き、「ここで止まるのは得策じゃない。何も得られないまま戻るなら、敵の正体もギネヴィアウイルスの根源も分からずじまいだ」と、先へ進む決意を再確認する。
セリナとリリィは干渉治療の装置を再調整し、「魔力はまだ大丈夫。仲間を撃つ事態は起こさせない。だから安心して」と微笑む。兵たちの背筋が伸び、恐怖を抑え込みながらついていく。
突如、天空から複数の光弾が降り注ぎ、隊員が悲鳴を上げる。そこには先ほどの星獣とは異なる、人型の有翼ユニットが群れをなしていた。彼らは観測光のようなビームを撃ち放ち、隊を囲い込もうとする。
「囲まれた……っ! 落ち着け、撃ち合わないで!」
ガウェインが喊声を上げ、フィールドを展開。モードレッドとトリスタンが反撃の射撃を開始するが、相手は高い位置をホバリングしながら連携攻撃を仕掛けてくる。もしここで隊内にパニックが起これば、仲間を撃ちかねない状況だ。
しかしここでも干渉治療が有効に働く。セリナとリリィが通信で絶えず励まし、「落ち着いて、仲間は仲間よ。敵だけを狙って!」と声をかけるたび、兵たちの心は安定を取り戻し、視線を正確に敵へ向ける。
「やるぞ……仲間を撃つなよ!」
「了解! 仲間に銃を向ける必要なんかない!」
隊員同士が呼吸を合わせ、一点集中で敵を撃破していく。かつての王都では信じられない統率が、ここ小宇宙で発揮されている。結果、隊は味方撃ちに陥ることなく、高空に浮かぶ敵を着実に落としていく。
カインが銀の小手で最後の一体を撃破すると、闇にビームが走り、爆裂音が静まる。白い羽根のような残骸が星空に舞い散り、次第に消えていく。神官たちが安堵のため息をつき、兵が無事を確認し合う。この戦闘でも、内輪の撃ち合いは発生しなかった。
こうして隊は、二度も三度も襲い来る敵を撃破しながら進み続けた。どの戦闘でも仲間撃ちが起きる気配はなく、干渉治療によってすべて未然に防がれている。この凄さは、かつてギネヴィアウイルスの恐怖で崩れかけた騎士団を知る者にとって、感慨深いものがあった。
「もう大丈夫だ、俺たちは仲間同士を撃たない。どんなに怖くても、神官がすぐにサポートしてくれるから」
モードレッドが胸を張り、ガウェインが深く頷く。トリスタンはポーカーフェイスのまま「この連携なら、敵の包囲も問題ないだろう」と肯定する。カインは「ここまで来たんだ、まだ先があるはずだ」と声に力を込める。
セリナとリリィは、被弾した隊員の軽いケガを治療し、同時に「発熱や発作がないか」チェックを欠かさない。もし一瞬でも迷いが生まれて仲間への銃口が向いたら、即座に干渉治療で意識を回復させる――この鉄壁の仕組みが、隊の戦意を高めているのだ。
星の渦や廃墟、謎の生物の襲撃。すべてが異次元空間の洗礼と呼ぶにふさわしいが、いまだ核心には到達していないようだ。
先へ行くにつれ、空間の歪みがさらに増し、床や壁の概念があいまいになる。上下左右が混在し、重力が局所的に逆転するような感覚さえある。普通なら味方を撃ちまくる混乱が起きてもおかしくないが、隊員たちは冷静を保っている。
「こりゃあすごい……いや、凄まじいな。まるで夢の中を歩いてるみたいじゃねえか。仲間を撃たないで済むのがここまでありがたいとはな」
モードレッドが笑い混じりに言う。ガウェインは苦笑し、「確かにな。ここまで錯覚が強いと、昔の俺たちなら隊が崩壊してるだろうね」と回想する。
トリスタンが遠方を見据え、「渦の中心があそこにあるように見える。光が集中してる部分があるんだ」と指す。カインは瞳を凝らして確認し、「あそこがこの空間のキーかもしれない。行こう、仲間を信じて」と呼びかける。
セリナとリリィが干渉治療の装置を調整し、「この先さらに激戦が起きても、絶対に仲間撃ちなんてさせないわ。任せて!」と決意を固める。その言葉に兵や騎士たちの目が光る。
渦の中心に近づくにつれ、空がまた紫色に染まり、地鳴りのような振動が足元を揺らす。そこに現れたのは、The Orderの象徴的な兵器を思わせる白銀の機械群だった。無数の有機アーマーを纏い、観測光を拡散させる砲台まで備えている。
「多い……! だが、仲間を撃つことは絶対ない。行くぞ!」
カインが叫び、隊が四方に展開。今まで幾度も仲間同士の内輪撃ちで壊滅した過去を乗り越えた今、同じ轍を踏むことはない。皆が恐怖を踏みとどまり、相手を正確に狙う。
だが、敵の数は膨大。兵の一人が発熱の兆しを示し始め、「あ、頭が……」とうめく。セリナが飛んでいき、干渉術を当てる。「落ち着いて、味方は味方……撃つ必要なんてないわ。あなたは守られてる……」
兵は荒い息を吐きながら銃口を下げ、「す、すまない……一瞬バグった。もう大丈夫だ」と謝意を示す。それでまたすぐに戦線へ復帰し、敵へ集中砲火を浴びせられる。まさに仲間撃ちが一切発生しない理想的な布陣だ。
ガウェインが防御を展開し、モードレッドが砲撃を叩き込む。トリスタンは的確な狙撃で砲台を潰し、カインは銀の小手で位相干渉弾を撃ち込み、最終的に機械群を壊滅させることに成功。
一瞬の乱れこそあれど、神官の干渉によって速やかに収束し、味方同士の撃ち合いなど起こらない。世界が歪むほどの混乱でも、隊は崩れないのだ。
「何なんだよ、この数……総攻撃を思い出すな」
モードレッドが息を切らせて火器を下ろし、ガウェインも肩で喘ぎながらうなずく。「だが、あのときと違って、今は味方同士が乱射しないだけ、ずいぶん楽だよな」
トリスタンが狙撃銃を置き、「本当にそうだ。もし内輪崩壊が起きていたら、この空間での戦いなんて成り立たない」と重く言葉を発する。カインは胸の奥で同感し、「干渉治療は偉大だ……。この洗礼を受けながらも前に進めるんだから」と呟く。
セリナとリリィは隊員の体調を再チェックする。「もう限界に近い方もいるけど、引き返すか続行するか……どうする、カイン?」
カインは奥の闇を眺める。そこにまるで扉のような渦が静かに回転しているのが見えるが、すぐに近づける雰囲気ではない。「ちょっと前線を整え直そう。もし次の襲撃が来たら、このままじゃ危ない」と慎重に判断する。
そういう冷静な意見が通るのも、仲間撃ちの心配がないからだ。パニックの連鎖で意見がまとまらず崩壊する未来は、いまや存在しないのだから。
廃墟の一角で仮陣を敷き、隊が短い休息を取る。セリナとリリィは傷のある隊員を治療し、ギネヴィアウイルス発作の兆しがある者をチェックし続ける。仲間撃ちの脅威を克服したといっても、戦闘疲れやストレスが積もれば再発する恐れはある。
「どうか、あと少しだけ耐えてください。私たちが観測してますから、絶対に味方を撃つことにはならない。あなたは自分の銃を、正しく敵へ向ければいいんです」
リリィが微笑み、兵が「ありがとうございます……」と頬を緩める。昔なら考えられないほどの連帯感が、ここには生まれていた。
カインは遠くに続く星の海を見ながら心中で叫ぶ――これが異次元空間の洗礼か。想像を絶する景色や強敵が襲ってくるが、仲間撃ちを克服した自分たちにはまだ希望がある。
「ここを越えれば、もしかしたらギネヴィアウイルスの源や、アリスの秘密が見えてくるかもしれない……」
そう思いながら、彼はチームを振り返る。全員が疲労の色を隠せないが、仲間同士で背を向け合うような不穏さは一切ない。その事実が、王都が失っていた誇りを取り戻した証だ。
こうして、騎士団は仲間撃ちを完全に防止した状態で小宇宙の深部へと足を踏み入れ始めた。
星の闇で待ち受ける生物や機械ユニットとの激突、重力や幻覚が狂わせる地形、そして扉の奥に潜むかもしれないThe Orderの本質――どれもが命を賭けた大冒険だが、彼らは誤射の呪縛から解き放たれている。どんなに恐怖や混乱が走っても、干渉治療が正気を取り戻させるからだ。
世界は確かにまだ危うい。それでも、もうかつてのように仲間同士が銃を向け合って崩壊する悲劇は起きない。
小宇宙の闇を進むたびに、新たな洗礼や試練が襲いかかることは想像に難くない。
けれど、騎士団は今、誤射のリスクを乗り越えた未来を手にしつつある。
これが、かつての苦しみに苛まれた王都を救う最初の一歩になるだろう。ギネヴィアウイルスを生む深淵の正体が何であれ、アリスの眠りが解けないままでも――隊員は互いを撃たずに協力し合える。その安心感が、闇を切り裂く光になっている。
王都への帰還があるかどうかさえ分からないが、彼らは決して仲間の背中を狙うことはない。干渉治療が結び付けた固い絆を頼りに、星と闇が交錯する異次元世界を進むのだ。さらに深く、さらに危険な領域へ――そうして、世界の真相に迫る冒険が幕を開ける。