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再観測:星を継ぐもの:Episode3-3
Episode3-3:突入決行
夜が完全に降り、紫色の「扉」がぼんやりと光を放つ場所を、王国大艦隊が包囲する形になっている。
地上には巨大な円形の裂け目のような柱状の光が立ち上り、その周囲を騎士団や護衛部隊が警戒しながら固めていた。周囲には先の大規模戦闘の痕跡が生々しく残り、地面には残骸や煙が漂う。星も月も霞む空の下、風だけが砂を巻き上げている。
「……ここがあの扉、か。」
銀の小手(Silver Gauntlet)を操縦するカインは、機体を地上に着陸させたまま、コクピット越しにその光景を眺めていた。薄紫の光柱が空へ伸び、そこに奇妙な揺らめきが走っている。近づくだけで皮膚がピリピリするような、嫌な感触を覚える。
アリスは静かに演算を続けているようで、コンソールに「波長ノイズが不規則に増減」という表示が出ていた。今のところ扉は安定しているのか、それとも内部で何か変動があるのかすら分からない。
「カイン……私たち、いよいよここへ入るのよね?」
AIコアにいるアリスの声が震えている。先ほどの大戦闘で体力(演算力)をかなり消耗しているが、まだ踏ん張ってくれている。今からさらに扉の中へ突入という試みは、並大抵の負荷ではないはずだ。
カインは励ますように答える。
「そうなるみたいだ。隊長たちが大規模な“突入作戦”を立案中だ。俺たち円卓騎士団が先陣を切る形らしい……無茶だけど、やるしかないんだ。」
「そうよね。私が怖がってばかりじゃ、誰も扉の中を調べられない……。頑張る。」
コクピット内で小さく息をつくアリス。カインはその決意を感じ取りながら、目の前に立つ扉の圧迫感を改めて実感する。
艦隊が防衛陣を敷く中、レヴァンティス艦の甲板付近では巨大なモニターを設置した簡易ブリーフィングスペースが作られていた。王国の士官や技術班、そして円卓騎士団のメンバーが集い、指令をもとに突入作戦の最終打ち合わせを行っている。
モルガンが地図を指しながら声を張り上げる。
「皆、もう分かっていると思うけれど、扉周辺の敵はほぼ制圧した状態よ。でも、扉の向こう側は未知の空間。もし中が異次元なら、通常の地形や物理法則が通じないかもしれない。……だからこそ、アリスの演算が必要になるわ。」
周囲の視線がカインとアリスへ集中する。カインはコクピットから降りてきた姿だが、アリスのホログラムを携帯端末に投影したまま参加している。まだ演算負荷が高いため小声だが、彼女も覚悟を決めたように「私が誘導します……」と断言する。
アーサーが頷きつつ言葉を続ける。
「円卓騎士団が先遣隊として扉に入り、内部を確認する。そこにまだThe Orderの主力が潜んでいるなら、交戦を覚悟する。続いて大規模な艦隊や地上部隊が入れるかどうか……状況次第だ。だが、無理は禁物だ。どうやら扉の制御が不安定みたいだからな。」
アリスが小さく顔を伏せるようにホログラムを揺らす。「ごめんなさい、私の干渉波で多少は安定できると思うの……でも、どこまでやれるか……。」
カインはアリスの肩を支えるように手を添える仕草をする(ホログラムなので触れないが)。「大丈夫、みんなを信じてやろう。」
ガウェインやトリスタンも了解を示し、ガウェインが「盾役を買って出るぜ」と頼もしく告げる。トリスタンは狙撃体制を取り、異空間の中でもできるだけ援護するという。
「では、準備を始めましょう。あと数時間で突入時刻を迎え、夜明け前には作戦を開始する予定よ。」
モルガンが締めくくる。こうしてブリーフィングは解散し、円卓騎士団各機が再整備を受けながら突入への最終準備を始めることになった。
作戦開始は夜明け前と定められた。理由は二つあった。一つは、The Orderの動きが比較的鈍くなる時間帯を狙うこと。もう一つは扉の波長が夜明け前に安定する兆候が観測されていたからだ。
カインは銀の小手のコクピットでシステムをチェックしながら、アリスと会話していた。
「……いよいよ突入か。お前、今は平気か?」
「うん、少し緊張してるけど、大丈夫。記憶の断片も増えてきたし、扉の向こうに何があるか予測もできない。でも……やるしかないものね。」
「そうだな。俺たちが行かないと、他にアリスほど扉を制御できそうな人はいない。……俺も守るから、安心しろ。」
アリスが微笑みの気配を見せる。記憶によるフラッシュバックが再び起きるかもしれないが、カインと共に戦う覚悟が彼女を支えている。それが伝わるからこそ、カインも勇気を得られる。
外には闇と霧が漂っており、扉の紫色の光が遠くで脈動しているのが見える。艦隊の照明があちこちに灯り、巨大な影が不気味に揺らめいていた。もうすぐ夜が明ける。
ふと、アーサーのエクスカリバーがゆっくりと離陸し、先に扉近くへ移動を始めたらしい。ガウェインやトリスタンも追従している。カインも同様にエンジンを点火し、離陸システムを起動する。
「さて、行こうか……。」
銀の小手が甲板を滑り出し、宙へ飛び立つ。これが“扉へ突入する”最初のステップだ。周囲には護衛艇や僚艦が散って陣形を組んでおり、地上部隊も後方で待機する。まさに総力を挙げての決死行といってもいい状況だ。
扉の周囲へ近づく騎士団と護衛隊が観測光のノイズを受け、レーダーが乱れる。すると、相手は当然ながら黙って見逃さない。紫色の霧の中から生体機や装甲型がバラバラと出現し、乱戦を仕掛けてきた。
昼夜を問わない激戦に慣れた円卓騎士団とはいえ、霧とノイズのせいで視界が悪く、激しい回避運動が求められる。地上では一部の異形が走り回り、飛行型が触手をうねらせて空を飛ぶ。
「うわっ……ここまで来てもまだいるか!」
カインは舌打ちしながら銀の小手を旋回させ、ミサイルを発射。背後ではアーサーが剣型ビームを水平に振るい、敵を一掃する姿が閃光のように映る。ガウェインが盾で仲間を守り、トリスタンが狙撃を精密に決める。何度見ても、その連携は頼もしい。
とはいえ、敵もあくまで足止めを狙っているふうに動き、時間を稼ごうとしているように思える。きっと扉の内部で何かが進行中なのだろう。
「急ごう、アリス……突破する!」
「うん……私も集中するね。」
銀の小手が速度を上げて敵の隊列を切り裂くように突進。バラけた異形を次々に撃破するが、一発でも被弾すれば突入前に大きなリスクを背負う可能性がある。カインは冷静に機動し、護衛艇の火力を巧みに使いながら突破口を広げていく。
そして数分間の小競り合いの末、敵の抵抗が弱まり、円卓騎士団は扉の正面に陣取る形を作り出した。周囲の地面には紫色の残滓が溶けているが、新たな敵は湧いてこない。
「隊長、こちらカイン。正面の敵はほぼ排除しました。これより突入可能な状態です……」
通信を入れると、モルガンが落ち着いた声で「援護部隊も追いつくけど、先遣はあなたたち騎士団よ。無理しないよう」と返してくる。アーサーも「よし、騎士団、行くぞ!」と力強く宣言し、ガウェインとトリスタンが黙って頷く。カインはアリスを見やる。
「行こう、アリス……。いよいよだ。」
「うん、カイン。怖いけど、あなたがいるから大丈夫……。」
紫色の柱状の光が地面から空に向かって揺れるように伸びている。その外郭には波紋が走り、見るだけで頭がクラクラするような異様な存在感を放つ。
騎士団メンバーは各機でそれを一周回り込む形で検分したが、結局どこが入り口かさっぱり分からない。そこでアーサーが「おそらく中央部が境界になっている」と推測し、干渉力を少しずつ当ててみることで接点を探ることになった。
「……では、銀の小手が先に接触してみる。俺が付いて行くから、何かあってもすぐ助けるぞ。」
アーサーが短くそう言い、エクスカリバーでカインの動きに追従する。ガウェインとトリスタンは外側で警戒し、別の場所から同時に接触してバランスを取りたいらしい。
カインは呼吸を整えてスロットルを軽く押し、「いよいよだぞ、アリス……」と囁く。
「はい、準備する。干渉波を表面に当てながら少しずつ行きましょう。」
銀の小手が浮き上がり、ゆっくりと紫の光柱に近づく。いつ攻撃や異常が起きてもおかしくない緊張が張りつめる。徐々に機体が波紋に触れた瞬間、ズズンという低い振動が走り、視界が微妙に歪むのを感じる。
アリスが鋭く息を呑む。「……来る。空間が歪んでる……。干渉力を安定させるから、慎重に入って。」
「わかった……!」
操縦桿を微妙に調整し、機体をさらに光柱の中央へ滑らせる。外部カメラがノイズを発し、機体外の風景が一瞬真っ白に消えかかる。インストルメントパネルには多数の警告ランプが点滅するが、アリスがソフトウェアを補正してくれるおかげで制御不能には至らない。
「カイン、大丈夫か?」
アーサーの声がやや遠くに聞こえる。通信が乱れるのか、言葉がかすれている。ガウェインとトリスタンの声はほとんど届かない。それでも銀の小手は前進をやめない。
(ここで諦めたら意味がない……!)
ついに機体のノーズ部分が光の膜を突き破る。カインの視界が一瞬真暗闇に包まれ、続いて鮮烈な色彩が走った。頭がぐらりとし、「うっ……!」と声を上げる。コクピットの計器は大騒ぎをしているように見えるが、壊れはしていない。外部カメラの映像が混線し、何やら全く別の景観が微かに映り始める――地面とも空とも判別しがたい空間が広がっていた。
「これは……!」
アリスが声を詰まらせる。「空間が……違う次元に繋がってる……私、演算で軸を固定する……!」
カインは操縦桿を握り締め、呼吸が荒くなる。なんとか姿勢を維持したまま、機体が光の中を抜けるのを感じる。どれほどの時間が経ったか分からないが、ふと周囲のノイズが収まり、視界が一気に開けた。そこは――
コクピットの外に広がるのは、暗黒の宇宙にも似た漆黒の空間と、無数の星くず、そして奇妙な構造体が点在する混沌の景色だった。上下左右の感覚が曖昧で、遠くの星のような光が瞬いている一方、足元には地表のように見える何かがある。
カインは衝撃を受け、言葉を失う。後ろからアーサーの機体が付いてきているのか、インカムにはノイズ混じりの声が聞こえる。「……カイン……聞こえるか……成功したのか……?」
「アーサー卿! 俺たちは無事だ! ここは……まるで宇宙のようだけど……何かが違う!」
外を見れば、まるで建造物の破片らしきものや巨岩、惑星の欠片に似たブロックが浮遊している。重力が不規則に働いているのか、どこが上で下なのか分からない。さらに奥には半透明の紋様がうごめいており、あれがThe Orderの“領域”なのかもしれない。
「……ここが小宇宙……なのかな。私がいつか見た研究施設も、こんな光景だったの……。」
アリスが呟く。記憶の混濁が進むのか、声が震えている。カインは慎重に操縦桿を操作し、機体を安定させようと試みる。後方にはアーサーのエクスカリバーが歪んだ景観の中から現れ、並走しているのが見える。
「やはり先に来てたんだな……!」
通信を通じてアーサーが「カイン、よかった、合流だ!」と安堵の声を上げる。どうやら扉を通ってきた騎士団機は全部ここへ出る形になったらしい。ガウェインの機体が少し遅れて姿を現し、トリスタンの機影も見える。合計四機が無事に突入したわけだ。
『どうだ、皆……落ち着いているか?』
アーサーが一斉通信を繋ぐが、ノイズが多く所々途切れがちだ。
ガウェインが荒い声で応じる。「なんとか……だが、すげえ景色だ。重力の感覚がおかしい……俺の盾が妙に軽いぞ……!」
トリスタンはかすれた声で「ここは本当に異次元かもしれない。観測光が背景に満ちてる……。」と感想を漏らす。
いずれにせよ、成功だ。円卓騎士団は扉の先へ突入を果たした。しかし、次の瞬間、周囲の黒闇と淡い星光の中から、複数の異形が蠢き始めたのがわかった。そこかしこにThe Orderの尖兵が息を潜めているらしく、迎撃態勢を取っているようだ。
「やっぱり……ここにも敵が……!」
カインが叫ぶや否や、光の触手めいたビームが闇から飛んでくる。四機の騎士団機は散開機動でそれを回避し、再び交戦モードへ移行。暗黒の小宇宙(仮称)での戦いが始まるのだ。
周囲の空間が不規則に歪んでいるせいか、敵の動きも地球上とは違った挙動を見せる。観測光のビームが曲線を描きながら拡散し、重力の概念が怪しいまま攻撃が飛んでくる。カインは銀の小手で必死に回避し、逆にミサイルを撃ち出すが、弾道がやや曲がるのか、狙いが狂いやすい。
「くっ……何だこれ……! アリス、補正できるか?」
「やってみる……でも、波長が混線してる。あまり長くは保てないかも……。」
「大丈夫だ。やれるだけ頼む!」
その会話と同時に、ガウェインの盾が巨大な触手ビームを受け止め、エクスカリバーが斬撃ビームで応戦。トリスタンは変速的な弾道を読もうと苦心しているが、それでも敵の要所を的確に狙撃している様子が見えた。
闇の中で閃光が走り、観測光の爆発が星くずのように散る。惑星の残骸かと思われる浮遊ブロックに敵が張り付いていたり、急に背後から現れたりもする。騎士団は暗黒の宇宙らしき空間を旋回しつつ、連携を崩さぬように立ち回る。
(こんな異次元で戦うなんて、想像もしていなかった……!)
カインは戦慄しながらも、銀の小手の高い機動力を活かして突破口を作る。波長干渉によって敵の動きを一部狂わせられるため、肉薄してキャノンやビームを叩き込む戦法が有効だ。周囲に散らばる破片や空間ねじれを巧みに利用し、敵を翻弄する。
やがて大きな生体機を何体か仕留めると、敵が混乱し始めたのか、攻撃が疎になった。騎士団は確実に前進し、さらに奥へ飛び込もうとする。
空間の深部へ進むにつれ、無数の星屑が流れるように黒い空を漂い、どこが上下かも判別しづらい。アリスが息を切らせながら、「この先に……もっと強い波長がある……。そこがThe Orderの中枢かもしれない……!」と警告を発する。
「いいだろう……そこへ向かう。」
アーサーが先頭で指揮を執り、ガウェインとトリスタンが慎重に周囲を見渡しながら追う。カインの銀の小手はアリスの演算を頼りに導線を確保し、観測光の乱れに巻き込まれないように飛ぶ。
ここで異形たちが最後の砦を築くように迎撃してくるかもしれないが、とにかく突き進むしかない。扉の先の本体を見据えるなら、もう退却も難しいだろう。
案の定、闇の奥で膨大なエネルギー反応が検出される。まるでブラックホールのように凝縮した光がうごめき、そこから無数の触手に似た観測光ビームが一斉に伸びる。騎士団は瞬時に散開し、激しい衝突が始まる。
かつてないほどの圧力だ。カインは何度か被弾しかけ、アリスが「ごめん、コースが乱れてる!」と苦しげに言う。アーサーとガウェインが前面で盾役を担い、トリスタンが後方で針のような射撃を繰り返すが、敵の火力が圧倒的に強い。
(やばい……どうすればいい?)
頭が混乱するが、何か得体の知れないコアめいた発光点を感じる。あそこを狙えればワンチャンあるかもしれない――そう直感したカインは、アリスに「コアの位置を特定してくれ!」と呼びかける。
アリスがふらつきながら計測し、「あそこ……中心の奥! でも強力な干渉で目標が定まらない……」と答える。カインは歯噛みして、残された手段は干渉波しかないと判断した。
「やるしかない……! アーサー卿、ガウェインさん、敵コアを狙います! 援護を!」
『……わかった、突っ込むのか? よし、合わせよう!』
連携して突進するタイミングを作るため、トリスタンが一瞬の狙撃で敵の触手を斬り、ガウェインが盾を前面に展開して射線を開く。アーサーが斬撃ビームで周囲を蹴散らし、カインは銀の小手の機首をコアに向ける。
「アリス、干渉波最大……もう一度だけ耐えてくれ!」
「うん、がんばる……っ!」
視界が揺れ、敵の猛攻が激しさを増すが、ガウェインの盾が砲火を受け止め、アーサーが斜めから切り裂く。カインはわずかな空隙を突いてコアへ接近し、干渉波を放射。エンジンが悲鳴を上げるが、AIコアの力でギリギリ持ちこたえる。
観測光の渦がバチバチと弾け、周囲の闇が赤い閃光に染まる。カインはキャノンとミサイルを一気に叩き込み、アーサーが最後の一撃を加える形で核心部を粉砕する。圧倒的なエネルギーの奔流が爆発的に広がり、一瞬真っ白になったかと思うと、不気味な静寂が訪れた。
異次元空間が一気に収縮するような感覚。カインはコクピットで意識を手放しかけたが、アリスが必死に姿勢制御を補正し、目が回るような回転に耐えさせてくれている。
やがて光が収まり、周囲の黒闇が急速に淡化していくのを感じる。再び紫のトンネルのようなものが形成され、そこへ吸い出されるかのように銀の小手が引き戻されていく。外部にはアーサーらの姿も見え、どうやら騎士団全機が同様に流れに飲み込まれているようだ。
「カイン、耐えて……!」
アリスの声がかすれる。波長の大混乱が起こり、通信がノイズまみれで、周囲にも渦巻くエネルギーが火花を上げる。息が詰まるような圧迫感がカインを襲うが、彼はかろうじて意識を保ち、操縦桿を掴んで離さない。
程なくして、激しい振動と共に光景が弾け飛び――次の瞬間、銀の小手は地上の紫色の柱から吐き出されるように戻ってきた。時間にして数秒だったか数分だったか、感覚が狂っていて判然としない。
両足の感覚がふわりと戻り、機体が乱れながらも地表すれすれで体勢を立て直した。カインは蒼白になりつつも、「アリス……!」と叫ぶ。
背後でアーサー、ガウェイン、トリスタンの機体が同様に帰還しており、周囲には艦隊が緊迫したムードで待ち受けている。
「戻った! 皆、戻ってきたわ!」
モルガンの安堵した声が響く。隊員たちの歓声も聞こえる。しかし、騎士団の4機はボロボロだ。外装に焦げ跡や裂傷があり、コクピットは警告音だらけ。それでも生還した事実に変わりはない。
カインがコクピット越しに深呼吸し、「生きてる……俺たち……。」と呟くと、アリスがかすかな笑い声を漏らす。「うん……なんとかね。」
こうして円卓騎士団は扉の先へ突入し、The Orderのコアらしき存在を斃して帰還を果たした。しかし、突入で得られた情報や成果は、まだ断片的なものにすぎなかった。
帰還後のブリーフィングで、モルガンや技術班は口々に「異次元へ侵入できることは確認したが、安定した往来が不可能」「内部の構造が短時間で変動し、滞在にリスクがある」と報告する。アリスの観測データを精査すれば、もう少し具体的な見通しが立つかもしれないが、今はまだ謎ばかりだ。
「少なくとも大きな前進だ。扉は一度開ければ行き来ができるらしい。でも内部の敵は強力だ……。」
アーサーがそう話すと、ガウェインが苦笑して「まったく、あれじゃ地球での戦闘とは違いすぎる」とうなだれる。トリスタンも珍しく気怠い声で「弾道がまるで曲がるし、狙撃が難しすぎる……」と漏らす。
カインは銀の小手を降り、整備班に預けながらアリスに心配げに声をかける。「お前、本当に大丈夫か? さっきの衝撃で記憶に何か……。」
「うん……疲れたけど……少しだけ大切なことを思い出したかも。“ユグドラシル・モデル”とか“上位宇宙の戦い”とか……。」
「ユグドラシル・モデル……以前聞いた言葉だな。次で詳しく思い出せればいいんだけど……。」
アリスはうつむきながら微笑みを浮かべる。「ありがとう、カイン。あなたが守ってくれたから、私はここにいられる。記憶を戻すのが怖くても、あなたが一緒なら大丈夫……。」
その言葉にカインも微笑み返す。周囲では隊員が拍手を送ったり、地上部隊が「おかえり!」と声をかけてくれたりしている。扉前の防衛線を突破し、さらに扉の内部へ突入し、無事戻ったのだ。この功績は大きい。扉の謎解きはまだ道半ばだが、確かな前進を得たのだから。
夜明けの光が地平を染めるころ、扉の紫の柱は先ほどまでの激しい脈動を収め、静かに揺らぐだけの姿になっている。艦隊の巨大な影が上空を覆い、円卓騎士団を出迎える風がほんの少しだけ暖かかった。