再観測:星を継ぐもの:Episode10-1
Episode10-1:純粋な光空間
眩い閃光の中を、銀の小手は文字どおり渦に呑まれるように突き進んだ。
カインは操縦桿を握りしめ、必死に機体の姿勢を保とうとするが、上下左右どころか空間そのものがねじれたように感じられ、感覚が狂う。隣席のアリスが短い悲鳴を上げるのが聞こえ、カインは咄嗟に視界をそちらへ向ける。
「アリス! 大丈夫か!」
「……うん、なんとか……でも……っ!」
アリスの声には苦痛が混ざっていた。洞窟のさらに奥へ潜り、あの青い門をくぐった瞬間から、激しい重力乱流にも似た抵抗力を受けているのだ。銀の小手だけでなく、続くエクスカリバー、ガラティーン、フォール・ノートも同様に宙でぐらぐらと揺れているのが、コクピットのモニターに映る。
白い光が広がっていく。この領域は既に常識を超えた空間らしく、背景は墨を流したような闇ではなく、どこまでも透き通る光が広がっている。上下の区別も曖昧で、機体がどちらへ進んでいるかすら分からなくなるほど。まるで巨大な鏡の海を浮遊しているような、不思議な空間だった。
ガウェインの叫ぶような声が通信越しに入ってきた。
「おい、なんだここ……! 視界が全部白いぞ! 岩だの通路だの、さっきまであったはずなのに!」
トリスタンが落ち着いた声で返すものの、口調には焦りがにじむ。
「どうやら“最終領域の門”の先に、さらに別次元に近いゾーンが存在するんだ。アリスが言ってたように、ここは上位世界と小宇宙の狭間なのかもしれない……」
「とにかく姿勢を保て! 乱流に流されて隊列が乱れると危険だぞ」
アーサーの端正な声音が混線のノイズ交じりに響く。彼のエクスカリバーも、光の中を彷徨うように揺れながら先頭を飛んでいる。
四機は互いに相対位置をモニターで確認し、通信を保ち合いながら、ゆっくりと前進を試みる。ここで後退もままならない。視界のすべてが雪のように白く、空間に浮かぶ輪郭が判別できない。時折チラリと虹色が走るが、それも定かではない。重力や方位といった感覚はさらに麻痺している。
銀の小手のコクピットで、カインはアリスを見やる。彼女は頭を押さえつつ、必死に観測光を制御しようとしていた。
「アリス、干渉を少し弱めろ。お前に負荷が大きすぎる……」
「で、できるだけ抑えてるけど……! これだけの“純粋な光”が渦巻いてるから、私の干渉力も暴走しそうで……っ!」
「わかった。とにかく焦らないでくれ。隊列が崩れるとやばい」
カインは操縦桿に集中しつつ、アリスを励ます。もしここが本当に上位世界に近い場所だとするなら、アリスの存在が鍵になるかもしれない。だが、同時に彼女が目覚めに近づけば、この世界を消し去ってしまうかもしれない――その恐怖は拭えない。
深度を増すたびに、白い光の揺れが強くなる。上下も左右もあやふやで、まるで光の海の底を泳ぐかのような感覚が漂う。
ガウェインの声が再び響く。
「くそ……こんなの、戦闘になったらどうすりゃいいんだ? どこに敵がいるのか見当もつかねぇぞ!」
「気をつけろ、むしろこの空間自体が敵かもしれん」
トリスタンが厳かな声で警告する。視線の先――真っ白な領域の一角が微妙に揺らめいて、何かが形をとりはじめたかのように見えたのだ。が、すぐに消えてしまい、幻だったのかもしれない。
アーサーが呼吸を整えて言葉を発する。「隊列を乱さず進む。アリス、観測光の流れは分かるか? どうやって奥へ向かう?」
アリスは苦しげにモニターを睨むが、頼りになるのは自分の干渉力だけ。
「たぶん……光の“低い”ほうへ行けば中心部に近づくはず……。ここは上下が逆転してるから、私の干渉感覚を信じてみて……」
カインが操縦桿を引き、「わかった。お前を信じるよ」と短く答える。彼女が示す“下”へ機体を動かすと、他の3機も後をついていき、白の空間をさらに下方へ落ちていくように滑っていく。
虹色の帯がチラチラ見え、まるで水面に反射する光の模様が、四方八方を覆っていく。時折、波紋のような衝撃が走り、機体が上下に揺れる。アリスは頭痛を必死にこらえ、「耐えて……」と声を漏らす。カインが「大丈夫だ、頑張れ……」と返すが、その優しさに胸が痛むほど、アリスには負担がかかっていた。
ある瞬間、アリスの視界がふっと暗転し、次の瞬間に白と金色のイメージが目に飛び込む。どうやら意識世界が再び干渉を起こし、半ば強制的に“ビジョン”を見せているようだった。
(いま……意識世界へ引っ張られてる? でも、そんな余裕ないよ……!)
それでも、その映像は断続的に流れてくる。上位世界に存在する“神々の光”のようなものが、星の創造を繰り返すイメージ。まるでビッグバンのように宇宙が膨張し、生命が生まれる様――あるいは、彼女自身の記憶の一部なのかもしれない。
「アリス! どうした!?」カインの声で現実に引き戻される。コクピットに戻った意識は、アリスの汗がダラダラと流れていることを実感させる。すぐに操縦計器を見て「あ、ああ……ごめん、大丈夫」と返すが、声は震えていた。
前方では何か巨大な影があるように見えたが、白い光に溶け込み、定かではない。トリスタンがレーダーを見ながら「巨大反応はない……はずだが、読みにくい」と呻く。ガウェインが「まったく……嫌な空間だ」と悪態をつく。
アリスは呼吸を整え、「ごめん、私がふらつくと皆が困るね……」と申し訳なさそうに言う。カインはすぐに「そんなこと言うな。ここはお前の力が頼りなんだから」と支える。
先へ進むと、周囲の白い光が淡い金色を帯び始める。そこには無数の光の粒が舞い、空気という概念があれば神秘のパーティクルを吸い込んでしまいそうなくらい美しい景色が広がる。
しかし、その魅惑の空間に気を取られた瞬間、光の粒が怪しい形を取り出した。まるで、細かな結晶同士が手を繋ぐように結合し、大きな塊になり始める。カインたちがドキリとして身構えるうち、それらは人型の上位存在とは異なる、一種の“精霊体”のような姿でこちらを囲みだした。
「あいつら……ドローンじゃないな。観測光の塊?」
ガウェインが盾を構えるが、ここでは盾すら扱いづらいほど動きが不安定。「どうする、撃っていいのか?」と迷う。
「わからない……だが、敵意があるのかもわからない!」トリスタンがスナイパーモードを警戒しながら動かす。と、その瞬間、光の塊はけたたましい閃光を放ち、ビリビリと電撃のようなアタックを仕掛けてきた。
「うおっ!」
カインが操縦桿を引き、ミサイルは撃てず、急旋回で回避する。光の塊の攻撃はレーザーのように射線が定まらず、散弾のように無方向に飛び交うが、当たれば機体に深刻なダメージを与えそうだ。
アリスが即座に干渉力を広げ、「なんとか相手の攻撃を曲げるよ……っ!」と叫ぶ。頭痛が限界に近いが、ここで戦わねば先に進めない。波紋のような観測光干渉が白い空間に交じり合い、いくつかのビームが外れ、整備状態の悪いものが散る。
「ガウェイン、トリスタン! こいつらのコアを探れ!」
アーサーが剣ビームを構えながら指示を飛ばす。だが光の塊はコアらしきものを持たないように見え、形が定まっていない。ガウェインは盾で斬りつけても手応えがなく、トリスタンが射撃しても霧散するだけだ。そしてすぐに再結集し、新たなビームを吐く。
「どうすりゃいいんだ、こいつら……!」
ガウェインが苛立ちを叫ぶ。カインは呑まれそうな白い波にミサイルを撃ち込むが、爆発が何かを消滅させたと思いきや、別の位置で再び光が集結する。アリスは干渉力をひねり出しながら、「観測光……純粋な光同士の融合体かも。普通の兵器じゃ効果が薄い……」と眉を絞る。
「干渉が効くなら、もっと強く……」とカインが言いかけるが、アリスは息を詰まらせる。「でも、これ以上やったら私が……覚醒に近づいちゃうかもしれない……!」
一瞬、周囲が凍りついた気がする。彼女が無理に力を引き出して覚醒すれば、この世界が消滅しかねない――だが今、この空間に囚われて前へ進めなければ地上は救えない。
アリスは歯を食いしばって目を潤ませる。「……ごめんね、カイン、みんな……危険を承知で……やるしかない。少しだけ、干渉出力を上げてみる」
「アリス!」カインが叫ぶが、アリスは既に決意の目をしている。
「私が潰えたら、この世界が……って言われた。でも、今ここで何もできなきゃ、地上はもう持たない。ううん……この空間に捕まって死ぬか、覚醒を恐れて力を抑えるか……どっちにしろ破滅なら、私は最後まで戦いたい!」
その言葉にアーサーが短く息を呑む。「アリス……分かった。後悔はさせない。我々が限界まで守る。思い切ってやってくれ!」
ガウェインとトリスタンも、「覚悟してるぜ!」「オレらも護るよ」と声を重ねる。カインはアリスの肩をぽんと叩き、「よし……行こう。お前がやれるって信じてる。世界を壊すなんてさせない」と苦笑で応える。
アリスは大きく深呼吸し、自分の中で渦巻く“干渉の核”を意図的に開放し始めた。前まで制限していた領域を一枚外し、観測光との共鳴を深める感覚だ。頭の奥でぐわんと脳が軋むような痛みが走り、意識世界への扉がまた開きかけるが、それを強引に抑えつけながら力を外界に向ける。
コクピットに虹色の波紋が生まれ、銀の小手が青白く光を放ち始める。同時に、白い空間で集結していた光の塊に変化が起きた。まるで圧倒されるかのように、一部が泡立つように崩れ、混線した形になっている。
「やった……効いてる……!」
カインが歓喜の声を上げる。光の塊が爆発的に逸散し、再度まとまろうとしてもアリスの干渉がそれを許さない。干渉の波紋があたり一帯を包み込み、無数の光の粒子を散り散りに飛ばす。ガウェインやトリスタンが射撃を加えれば、消滅に追い込めるようになったのだ。
「すごい……本当に分解されてる!」ガウェインが笑うように叫ぶ。トリスタンは手際よく残った光の塊を撃ち落とし、「アリス、すごい威力だ。やっぱり普段は力を抑えていたんだね」と感嘆を漏らす。
しかし、アリスの呼吸は限界に近い。操縦席で顔を歪め、額から冷や汗を滲ませている。カインがすぐに「無理するな!」と声をかけるが、アリスは「まだ……大丈夫……これで最後、通路を切り開くんだから……」と震える声で返す。
「わかった……。もう少しだけ、頼む!」
カインは操縦桿を握り、ミサイルを乱射。敵の姿が消えた空間を突き進み、今度こそ先へ行ける状況が作り上がる。アーサーが剣ビームをかまえ直し、「全員、前進だ!」と合図する。ガウェインも盾を掲げ、「よし、アリスのチカラを無駄にするな!」と気炎を上げる。
一連の激闘を経て、光の塊はほぼ排除された。白い無垢の空間が再び静寂を取り戻す。アリスは全身から力が抜け、カインに支えられてうなだれる。
「アリス……もういい、十分だよ。俺たちが先へ進むから、お前は休んでろ」カインが声をかけ、アリスはかろうじて首を横に振る。「だ、大丈夫……少し休めば……」
アーサーが機体を横付けし、通信で声を落とす。「アリス、ありがとう。君のおかげでこの空間を突破できた。だが、ここから先が本番だ。もう少し後方で待機してほしい気もするが……」
「わかってる。けど……私、行くわ。もう地上も時間がないし、ここで止まれない……」アリスの言葉には弱さよりも決意が勝っているように感じられた。
ガウェインは苦い顔で、「無茶しやがって……でも、そういうところは嫌いじゃねえ」と呟く。トリスタンは「彼女が先へ行くなら、僕らが必ず護る。そういう話だったろう?」と淡々と言う。カインは深く頷き、「ああ。お前は俺の背中を守るんだ。絶対に一人にしない」と。
空間の中央部が見えてきた。そこには巨大な“球体”が鎮座しているように見えるが、その表面は静かで、波紋が広がっては消える。いわば“純粋な光の湖”とでも呼べるものかもしれない。
アリスがこれを見つめて、「あそこが……さらに先への扉かも。上位世界か、The Orderの根源か、いずれにせよ決着の場所よ……」と弱い声で言う。カインはミサイルやビームを準備しつつ、「なら、突き進むしかない」と短く返す。
アーサーが微かに笑みを浮かべ、「皆、心してゆけ。もしこれが最後の門だとしたら、その向こうで待つのは……何であれ、勝ち抜かなければ地上はもう救えん」と静かに号令。
ガウェインとトリスタンが互いにうなずき合い、カインはアリスと目を合わせる。彼女は激しい疲労に苛まれながらも、しっかりと視線を返す。その瞳には「一緒に行こう」という意志が宿っていた。
四機がさらに進むと、その球体――まるで大きな湖の表面のような膜――に近づく。そこに触れた瞬間、液体ともガスともつかない白い膜がふわりと広がり、機体を包み込みはじめた。
「何だ、沼みたいに沈むのか?」ガウェインがドキリとするが、機体の装甲を侵す様子はない。むしろゆるやかに吸い込まれる感覚がある。
「このまま進めば、奥へ抜けられるのかもしれない」トリスタンが慎重に言い、アーサーは剣ビームを外套のようにたたんで、「さあ、突っ切ろう。ここで止まったら、もう戻れない」と呼びかける。
カインが操縦桿を持つ手に力を込め、「アリス、大丈夫だな?」と耳元で声を落とす。アリスは息を詰め、「うん。いまは、あなたと一緒だから平気……」と微笑む。
四機が膜へと一歩入った瞬間、また視界が白一色になった。だが、先ほどの乱流とは違い、今度は静かで穏やかな気配がある。それを奇妙と思ったカインが周囲を睨むが、特に敵影は見当たらない。ひたすら白い世界――ここも「純粋な光空間」の延長かもしれない。
すると、アリスの脳裏にダイレクトな呼びかけが響いた。
(アリス……あなたはここまで来た……本当によかったの? 眠りから覚めれば世界が消えるというのに……)
「――あっ……!」
彼女はコクピットで声を漏らす。カインが心配して「アリス、またか?」と聞くが、アリスは首を振り、「今度は違う……強い呼びかけがある。私を“歓迎”するような……でも、同時に“警告”も感じる……」と呟く。
アーサーやガウェイン、トリスタンには、この声が聞こえないらしい。カインだけがコクピット越しにアリスの身を案じ、他の2機は周囲を警戒する。
(あなたが眠りを破り、覚醒することで何が起きるか……。もう逃げられませんよ、アリス。来るなら、最後まで責任を負いなさい)
「あ……」アリスの唇が震える。この声は、以前の黒い人影や守護者とは違う。もっと深く、厳粛な響きがある。どこから来るのかもわからないが、この“純粋な光空間”が発する意思かもしれない――そんな直感が走る。
(私は……この世界を守りたい。地上の仲間が待ってる。だから、眠りたくない。目覚めてしまうと世界が崩壊する可能性があるって言われても、無力なままじゃ……!)
その心の声に、相手ははっきりとした答えを返さず、ただ淡い波紋を空間中に広げる。カインたちには視覚的に何か変化が見え、「……なんだ? 空間が揺れ……」とカインが目を凝らす。
アリスは少しだけ頭を押さえ、「もしかすると、私たちを“試して”いるのかもしれない。この光が……最終的に許すかどうか……」と呟く。
四機はしばらく進むが、敵の気配はない。弓ドローンも人型も出現しない。まるで、もう戦いは終わったかのように静かな時間が流れる。だが、こここそが最終領域の中心――決戦の地のはずだ。あまりに穏やかなのが逆に怖い。
ガウェインが眉をひそめ、「おい、拍子抜けだな。本当にここが最後なのか? 拍子抜けで終わってもらえりゃ嬉しいが……」と言いかけたとき、トリスタンが小声で「いや……来るかも」と返す。
アーサーが剣ビームを構え、「皆、油断するな。まだ何も終わっていない」と呼びかけるが、これといった変化がなく、ただ白い光の海を漂うだけだ。
アリスはさらに奥へと進むようにカインに指示し、「ここに……何か扉があるはず……」と漏らす。カインは彼女の言葉を信じてスロットルを小刻みに調整し、白の闇を突き進む。
やがて、微かな輝きが浮かび上がる。まるで輪郭がぼやけたゲートのようで、前方に巨大な円形が浮かんでいた。そこは水面のように波打つ光が中心に集い、青い球体を形作っている。
「これが……本当の最終扉か?」
トリスタンがどこか息を飲むように言う。ガウェインは「あまりに神々しい……なんなんだ?」と呟き、アーサーは静かに呼吸を整え、「皆、ここが決戦だろう。コアや守護者が続々出てくるかもしれん。心してかかれ」と号令した。
その言葉を合図に、カインが「いいな、アリス、もう少しだぞ。お前が……苦しんでるかもしれんが、必ず生きて帰ろう」と声をかける。アリスは力なく微笑み、「うん、あなたがいてくれるなら、きっと大丈夫」と返す。
そう、もう後戻りできない。この光の球体を抜ければ、上位世界とやらに突入するのか、あるいはThe Orderの本体が待ち受ける領域か――真相はいずれにせよ、地上を救うためにこそ進むしかない。
銀の小手が青く輝き、アリスの干渉力を宿しているのが外からでもわかる。エクスカリバー、ガラティーン、フォール・ノートもそれぞれ限界まで武装を整え、機体のエンジンが静かに唸る。この空間で通常の推進力がどこまで通じるか定かではないが、意志だけは動かせるはず。
アリスが眉を寄せつつ、「怖いけど……行くわ。みんな、ついてきて……!」と力を込めた声を出す。カインは「もちろんだ。ずっと一緒にいる」と返し、他の3機もうなずき合う。
四機がゲートのような球体へ近づく。すると表面が蠢き、息を飲むほど綺麗な虹色の波紋が広がった。球体は呼吸するように膨らみと収縮を繰り返している。
そして、その表面に触れた瞬間――コクピットが激しい衝撃に揺れ、視界がぼやける。機体ごと飲み込まれたのか、波長が乱れ、通信が一瞬遮断される感覚がある。カインが「くっ……!」とこらえ、操縦桿を必死に握っているのが感じられる。アリスは頭の奥でまた意識世界が開こうとするのを耐え、歯を食いしばって進む。
すると閃光が一気に膨張し、激しく炸裂した。
「ぐあああっ……!」
ガウェインの叫び声、トリスタンの悲鳴、アーサーのうめき……一斉に通信がノイズ交じりになり、カインも目の前が真っ白に染まる。激痛が全身を襲い、空間がぐしゃりと潰れるような感覚。銀の小手が吹き飛ばされるが、白い波の中でどちらが上か下かもわからない。
アリスは遠のく意識のなかで、確かに聞こえた声を捉えていた。
(よく来たわね……アリス。ここが最後。あなたが眠りを破るのか、それとも……)
その内容はわからないが、眠れという囁きがまた湧き上がる。アリスはそれを振り払うように、「私は目覚める……目覚めない……もう、どっちでもいい! 世界を救うために私はここへ来たんだ……!」と心で叫ぶ。
白い光がパンと弾け、巨大な衝撃が収束する。一気に視界がクリアになり、コクピットの警告音が止む。カインが操縦桿を取り戻し、「アリス……無事か!」と絶叫に近い声で呼びかける。アリスは頭を押さえながら、「うん……まだ意識ある……」と弱々しく答えた。
視界には、先ほどと打って変わって淡い青の光の霧が漂う世界が映っている。白い空間を抜けた先だろうか。アーサー、ガウェイン、トリスタンの姿もあるが、みな機体が損傷を負っている様子が見える。
「ここが……さらに奥……?」カインが呟く。アリスは息を荒げながら、しかし何か確信めいたものを感じ取っているように言う。
「……おそらく……“純粋な光”を抜けて到達した領域……ここで、すべてが決まる。The Orderがいるか、あるいは……私の本体が眠る場所かもしれない……」
「なら、終わらせよう。地上の人々のために」アーサーが決然と剣ビームを構える。ガウェインとトリスタンも姿勢を正し、「ああ、やるしかないんだな。これで……」と口を噛む。
カインはアリスへ一瞬視線を寄せ、「すべてを賭ける」と心でつぶやく。自分たちが地上を救うために選んだ道。もしこの先でアリスが覚醒し、この世界が崩れても――誰も彼女を責めたりしないだろう。だが、本当にそうならない方法がきっとあるはずだと信じたい。
(アリス、頼む。お前の道を信じる。だから、生きて一緒に帰ろう……!)
そして四機は青い霧の世界へゆっくりと滑り込む。もう後戻りはできない。先にあるのは、いよいよ最後の決断の場――世界の真実と、アリスの運命が交差する場所だろう。白い領域を経て、誰も見たことのない領域へと――物語はさらに奥深く進んでいくのだった。