
R-Type Requiem of Bifröst:EP-7
EP-7:空を裂く波動砲
猛暑が続く荒野を、熱気が包んでいた。乾いた風が吹き抜けるたび、砂埃が舞い上がり、視界を茶色く染める。遠くの空には雲一つなく、太陽だけが無慈悲に地表を照りつけていた。特務B班は、今やほとんど機能を失った一帯の小都市を巡回しながら、“怪物化した者”の発生を警戒していた。
アリシア・ヴァンスタインは仮設拠点から軽装で出発し、仲間と共に町外れの調査に向かっていた。まだ10代の少女だが、彼女は既に特務B執行官としてRシリーズ兵装「スラッシュゼロ」を扱い、ここ最近は人造フォース“Ω”のサポートによって、怪物との戦いで成果を上げている。一方で、“本物のフォース”プロメテウスとの戦いでは苦い敗北を味わったが、それが今の彼女をさらに成長させる糧となっていた。
「アリシア、そろそろ交差点を左に進むよ。そこに廃工場があって、怪物の目撃情報があったらしい」
副長の如月がタブレットを操作しながら告げる。彼は捜査官出身であり、情報収集と分析が得意だ。
「はい、了解です。如月さん……それにしても、この数日、怪物の目撃情報がやけに少ないですね。もしかして、例の“殲滅者”の仕業……?」
アリシアの口調は不安げだ。殲滅者とは、“本物のフォース”プロメテウスを指す。かつてバイド殲滅用に開発された究極の兵器でありながら、人々や怪物を無差別に殺傷する脅威となっている存在だ。
「だろうな。実際、各地で“怪物がいる”と報告されても、俺たちが駆けつける頃には既に死骸しか残っていないことが多い。あいつは怪物化した者を片っ端から消して回っているんだろう」
如月の言葉に、アリシアは胸が締めつけられる。怪物化した人々を蹂躙するだけでなく、彼は人間の軍隊すら容赦なく切り倒す。数週間前に彼女は直接対峙したが、“0秒攻撃”や“超高速移動”に完敗し、命からがら生き延びた。その記憶が生々しく、まだその瞬間を思い出すと息が苦しくなる。
(今なら……多少はやれるかもしれない。でも、本当に勝てるのかな)
アリシアはこらえきれない不安を胸に抱え、左目に装着したΩを自覚する。人造フォースとしてのこのアイテムは、防御と解析を一段と強化しており、さらに最近では班長やダニーの助けを借りてRシリーズのサポート機――いわゆるドローン型の遠隔兵器を複数展開できるようになった。
敵があのプロメテウスでも、まったく歯が立たない状況からは、一歩前進しているはずだ。
「大丈夫、焦らなくていい。どんなに備えていても、あいつが出てきたら一筋縄ではいかないだろうけど……でも、前回よりは確実に戦力は上がってる」
如月が肩を叩く。アリシアは少し安堵して微笑む。そう、自分はもう“ただの駆け出し”ではない。いざとなれば特務B班の全支援を受けて戦える。
廃工場が見えた頃、通信機から班長の声が入る。
「怪物の姿は確認できなかったけど、何か不気味な静けさを感じるの。アリシアたちはどう? バイド反応ある?」
アリシアはΩを起動し、周囲をスキャンする。視界にうっすらと数値やアイコンが浮かびあがり、バイド係数が高い生命体がいれば警告が出る仕組みだ。しかし、結果は“微弱”という表示だけだった。
「特に大きな反応はありません。ただ、廃工場の奥にかすかな生命反応が……どうしましょう?」
「行こう。放置すれば怪物化するかもしれないし。念のため、怪物化していなくても保護が必要なケースかもしれないし」
如月の提案にアリシアは頷く。廃工場に足を踏み入れると、内部は薄暗く、機械の残骸が散乱していた。見渡す限り人影はないが、奥に進むにつれ、腐敗臭のような不快な臭いが鼻を突く。
「……何この匂い、死体……?」
アリシアが鼻を押さえると、如月が警戒を促す。
「気をつけろ。怪物の死骸かもしれないし、もしかしたらプロメテウスが……」
そのとき、奥の通路で見つけたのは、バイド係数が高そうな人間の死体だった。すでに変色が進み、胸には深い裂け目がある。一撃で殺されたように見える。その死体の周辺にも血液や破片が散らばり、壮絶な光景だ。
「……これ、プロメテウスがやったのか?」
アリシアが唇を噛む。明らかに怪物化した形跡のある死体だが、しっかり人の面影を残したまま、ここで息絶えている。どうやら完全には暴走せず、途中でプロメテウスに切り裂かれたのかもしれない。
「ひどい……」
その瞬間、通信機から班長の緊迫した声が響いた。
「こちら班長、至急応答! 別の地区で怪物化の大規模発生が起こっているとの情報! 軍と衝突中だけど、さらに“あいつ”も現れたって話よ!」
「“あいつ”って、まさか……プロメテウス?」
如月が問い返すと、班長は早口で続ける。
「ええ、プロメテウスの可能性が高い。怪物と軍が交戦しているところへ乱入して、一方的に皆殺しにしようとしているとか。急いで私たちも向かうわよ!」
「了解! アリシア、行くぞ!」
アリシアは死体を最後に見やり、心の中で小さく祈る。すぐにこの場所を後にしなければ、さらなる犠牲が出る。今なら、プロメテウスを食い止められるかもしれない――自分たちはかつてのように無力ではないのだ。
(もう二度と見ていられない。殺戮を止めるために……!)
彼女はスラッシュゼロを握りしめ、廃工場を飛び出して装甲車に乗り込んだ。目指すは数十キロ先の激戦地。道中で準備を整えながら、アリシアの心は早鐘のように打ち続ける。この戦いで、前回のリベンジを果たせるのか――覚悟を定めるしかない。
砂塵が舞う荒野の一角、そこでは怪物化した者たちと軍が激しく衝突していた。怪物化した者の中には既に理性を失い、獣のように暴れ回る個体もいれば、わずかに言葉を発しながらも攻撃を止めない者もいる。軍の戦車や装甲車が砲火を浴びせるが、怪物化した者の俊敏さや耐久力を前に苦戦は必至だ。
戦場は惨劇の図を呈していた。ここで紛争が起きているのは、バイド係数が高いグループが追放され、やむを得ず武装蜂起したことが引き金らしい。差別や誤解が生んだ負の連鎖というわけだ。
しかし、そこにさらに“プロメテウス”が現れたことで、状況は混沌を極める。彼はオレンジ色の長髪を風に揺らしながら、まるで舞うように超高速で移動し、“怪物”も“軍”も関係なく切り捨てていく。光の刃が目にも止まらぬ速度で放たれ、撃たれた者は一瞬のうちに斬り裂かれて絶命する。
「く、くそっ! こんなの相手になるか……!」
「怪物を狙っていたはずなのに、急に味方の兵士まで……!」
軍の兵士たちは混乱に陥り、恐怖で足がすくむ。一方の怪物化した者たちも、彼の容赦なき破壊に成す術なく倒れていく。ただひとり、無邪気に笑みを浮かべながら“殲滅”を繰り返すプロメテウス――まさに悪夢の化身だ。
そんな地獄絵図のただ中へ、特務B班の車列が到着する。アリシアは指揮車から飛び降り、すぐにΩを起動して戦場の状況をスキャンする。視界に多数の赤い警告アイコンが浮かび上がり、バイド係数が高い者と人間側の部隊が入り乱れているのが分かる。
だが、その中心にある異様なエネルギー反応――まさにプロメテウスだ。
「アリシア、周囲の怪物化した者には手を出さず、まずは住民と兵士を救助しよう。プロメテウスが出張ってる以上、こっちも一刻を争う!」
班長が血走った声を上げる。怪物化していても意思が残っている者なら、ヘイムダル構想のもとで助ける価値がある。だが、それ以前にプロメテウスが仕留めようとしているのが問題だ。
「分かりました! 私が彼の足を止めている間に、皆さんは救助を!」
「おい、アリシア、それは危険すぎる! プロメテウスは前回――」
如月が制止しようとするが、彼女は首を振る。
「分かってます。でも、誰かが食い止めないと、もっと多くの人が死にます。あの時とは違う。私にはΩとRシリーズがある。ケルベロスだってダニーが整備してくれました。きっと……少しは戦えるはず」
その言葉に班長が目を伏せ、覚悟を決めたように頷く。
「いいわ。あなたを一人にはしないけど、怪我をしないよう注意して。勝てなくてもいい、時間稼ぎと怪我人の救助が目的よ」
「はい、了解です……!」
アリシアは踵を返し、背中に負った装備を確認する。スラッシュゼロは剣形態、そして鎖型サポート機“ケルベロス”を遠隔展開できるように調整済み。ダニーと如月、他の特務B班メンバーが後方支援をしてくれる。自分はそれらを指揮しながらプロメテウスを引きつけるのだ。
(再戦だ、プロメテウス……今度はそう簡単にやられない!)
強い意志を胸に、アリシアは戦場の只中へと躍り出る。砂埃の中から聞こえる悲鳴と怒号。あちこちで銃声や爆発音が鳴り響き、怪物化した者の叫びが痛々しく空に消えていく。その混沌の中心で、オレンジ色の髪を持つ人影がかすかに浮かび上がる。
プロメテウスは砂塵を切り裂くようにすいっと移動し、近くにいた怪物化した女性をあっという間に両断する。その光景は無慈悲を絵に描いたようで、彼の背筋をぞっとさせる。薄青いスパークが走り、そこには血飛沫すら舞わない。高速の斬撃で一瞬にして切断したのだ。
「や、やめろ!!」
軍の兵士が恐怖と絶望で絶叫するが、プロメテウスは振り返りもしない。一見、子供のような中性的な顔立ちに涼やかな笑みを浮かべ、また別の獲物を探すように視線を巡らせる。
「ふふ……邪魔するなよ。怪物を殺すのが、僕の“使命”なんだからさ。まあ、人間でも僕の仕事を邪魔するなら、同じ運命だけどね」
その声に震えが走った兵士は、意を決して銃撃を試みる。しかし、プロメテウスの超高速移動の前には無意味だった。銃弾がどこを狙おうと、彼はひらりと避け、一瞬で兵士の背後に回り込み、光の刃で身体を上下に切り裂く。
「ぐあっ……!」
あっという間に惨殺された兵士の死体が砂に落ち、血が砂地に吸い込まれる。まるで遊びでもしているかのように、プロメテウスは表情を変えずに空を見上げる。
「つまらないな。誰も僕を止められないの? あのときの女の子も、もう死んじゃったかな。ふふ……」
そこで突然、遠方から鋭い光線が走る。地面を穿つようなビームが砂を爆裂させ、プロメテウスの近くをかすめる。彼はおどけたように後退し、ビームが激突する直前に姿を消した。
「おや、まだ抵抗する人がいるんだね?」
ビームを撃ったのは、アリシアが展開したRシリーズのサポートドローンだ。ダニーが製作した“フォーミュラ・ドローン”は波動エネルギーを短射程ビームとして放つよう調整されている。これでプロメテウスに多少なりとも牽制ができる……はずだった。
「……やっぱり遅いか、でも当たるかもと思ったんだけど……」
アリシアは悔しげに歯噛みする。プロメテウスの回避速度は常識の範囲を超えている。だが、これで存在を気づかせたので、少なくとも怪物や兵士への無差別攻撃を止める“きっかけ”にはなるはず。
案の定、プロメテウスはその赤い瞳をこちらに向け、笑みを深めた。まるでおもしろいおもちゃを見つけた子供のような表情だ。
「やあ、久しぶりだね、アリシア・ヴァンスタイン。まだ生きてたんだ? 前はいい勝負にならなかったけど、今度はどうかな」
彼は一瞬でアリシアの前方数メートルに滑り込む。もはや彼女の視線でも追いきれないほどの“超高速移動”だ。アリシアは息をのむが、Ωが僅かでも動きを先読みしてくれており、完全に不意を突かれることはない。
「プロメテウス……!」
その名を呼んだ瞬間、彼はとんでもない速度で攻撃を繰り出す。光の刃が複数生成され、四方八方から突き刺しにかかる。
「くるっ……!」
アリシアはスラッシュゼロを横に走らせ、Ωの防御壁を展開。ギリギリで初撃を凌いだが、光刃は予測不能の軌道を描き、二撃目、三撃目と続く。防御壁に火花が散り、息苦しいほどの衝撃が襲う。
「っ、まだ、耐えられる……!」
前回よりは確実に持ちこたえている。実際、Ωの強化版防御壁と、フォーミュラ・ドローンの援護射撃、そしてアリシア自身が鍛え上げた洞察力が相まって、一方的にやられる展開ではない。
だが、それでもプロメテウスの攻撃は速く、重い。防御壁がヒビを生じてしまうほどの威力だ。
「ふふ、やるじゃない。君、少しは成長したんだね。でも……これくらいじゃ僕の速さには追いつけないよ」
嘲笑とともに彼はふっと姿をかき消すように後退。再び周囲の砂埃が巻き上がり、彼の居場所を視認できなくなる。アリシアはΩをフル稼働させ、0.何秒後の先読みを駆使して、背後への警戒を怠らないようにする。
「今度は見失わない……!」
その瞬間、頭の中でΩの警告アラートが点灯する。“背後からの高速接近”という表示。振り返ると、確かにプロメテウスがこちらに向かって音もなく移動していた。
アリシアは直感的にケルベロスを展開し、鎖のような形状のサポート兵装を放つ。鎖が空中を走り、閃く金属がプロメテウスの身体を捉えようとする。
「へえ、面白いおもちゃだね。でも――」
彼は鎖を一瞬で切り払おうとするが、ケルベロスの材質は波動エネルギーの相転移を組み込んでおり、そう簡単には断ち切れない。鎖はスラッシュゼロと同じ波動エネルギーを纏い、動きに合わせて屈曲する。
「これなら……っ!」
アリシアは鎖を巧みに操り、プロメテウスの両腕と片脚を一瞬拘束する。再び逃げられる前に波動エネルギーを注ぎ込み、動きを封じようとする。この一瞬が勝負だ。
「はああああっ!」
すかさず波動砲モードに切り替えたスラッシュゼロで、近距離から“波動エネルギー弾”を放つ。狙いはプロメテウスの胸部。あの異常な再生力と装甲を少しでも貫くため、出力はギリギリまで高める。
眩い閃光が胸を焦がすように走り、辺りの砂を舞い上げる爆煙が発生。アリシアは反動で数歩後ずさるが、ここで怯んではいけないと踏みとどまる。
(やった……!?)
しかし、煙が晴れたとき、そこには酷く歪んだ鎖から抜け出そうとしているプロメテウスの姿があった。胸元には確かに焦げ痕らしきものがあるが、致命傷にはならなかったようだ。
彼は表情を曇らせながら、鎖を大きく力で引きちぎろうとする。波動エネルギーが衝突し、鎖が軋む音を立てた。
「っ、これ……想定外だね。君、少しはやるようになったじゃない」
憎たらしいほど余裕の態度。しかし、その言葉には微かな苛立ちが混じっているようにも感じる。プロメテウスの体表から出血にも似た蒼い粒子が散り、彼のダメージを物語っていた。
「今なら、もう一撃……!」
アリシアはさらに波動エネルギーをチャージし、もう一度胸部を狙おうと構えを取る。今までは攻撃をかすりもしなかったが、ケルベロスによる拘束のおかげで確実に手応えがある。手足の自由を奪われたままなら、第二射で致命傷を与えられるかもしれない――そう思った瞬間、プロメテウスが低く唸るように声を上げた。
「うるさい……!」
一瞬の閃光。何が起きたか分からないほどの速度で、彼は鎖を力ずくで破断させた。鎖の一部がギシリと音を立てて砕け散り、繋がった部分が外れてしまう。
完全なパワーではなく、“捻じるように”鎖をねじ切ったのだろう。そこにフォースとしての局所的な位相干渉も加えたに違いない。一瞬にして自由を取り戻したプロメテウスは、アリシアを冷ややかに見据える。
「なるほど、これが成長した君の力か。でも……まだまだ足りないね」
光の刃が虚空に浮かび上がる。アリシアは防御壁を再展開するが、その刃はさっきよりも一段大きく、出力が上がっている気がした。一撃で粉砕されそうだ――そう思った刹那、通信機から如月の叫び声が入る。
「アリシア、今だ! フォーミュラ・ドローンの大規模連射を突っ込むぞ! 下がれ!」
聞くやいなや、アリシアは防御壁を膨張させて後退する。同時に、上空から複数の小型ドローンがプロメテウスを狙って一斉射撃を浴びせる。波動ビームが何条も交錯し、砂塵を切り裂く爆発が連続。まるで無数の弾幕がプロメテウスを囲んだ。
「くらえ……!」
アリシアも攻撃を加え、ビームの津波を叩き込む。プロメテウスの姿は爆煙に呑まれ、視界から消える。周囲が白濁した砂嵐と光の残滓に満ち溢れ、わずかに揺れる大地が一瞬静寂を迎えた。
(倒せた……いや、甘いか……!)
確信は持てない。あれほどの化け物が、こんな集中砲火であっさり倒れるはずがない。しかし、少なくともダメージは大きいはずだ。
煙が晴れると、案の定、そこにはうずくまるプロメテウスの姿があった。身体のあちこちが焼け焦げ、長いオレンジの髪も先が焦げている。相当に効いたのだろう。アリシアは焦った面持ちで再度ケルベロスを呼び出そうとするが、切断された鎖は再生成に時間がかかる。すぐには使えない。
「くそ、追撃が間に合わない……!」
思わず吐き捨てるが、その隙にプロメテウスは立ち上がる。蒼い粒子を身体から振り撒きながら、痛むのか膝を震わせ、それでもその瞳に笑みを浮かべた。
「はは……本当に成長したね、アリシア・ヴァンスタイン。ちょっと驚いたよ。でも――まだ決定打にはならない。僕を斃すには、あと少し……そう、あと一歩だけ足りない」
彼は口の端から血のような液体を吐き出す。フォースである彼にも限界はあるらしく、攻撃を受け続ければ傷つくことが分かった。しかし、その戦闘力はまだ衰えていない雰囲気だ。
「終わりにしよう。僕も疲れたし、そろそろ退屈になってきた。最後に君に、“人類の戦う理由”を見せてもらおうか――いや、いいよ、やっぱりまた今度にしよう」
そう呟くと、プロメテウスは空を見上げる。遠くで特務B班の増援が進んでいるのを察知したのだろうか。彼は苦笑いを浮かべながら一歩後ずさる。
「君がまだ強くなるなら、僕も楽しみにしておくよ。じゃあ、今日はここまで。“0秒攻撃”は好き勝手に使う気分でもないしね。ま、次は頑張って倒しにきてよ」
「待って……!」
アリシアが叫ぶが、すでにプロメテウスの姿はなかった。砂煙の中へ溶け込むように瞬時に消え、あっという間に戦場から姿を消してしまったのだ。
プロメテウスは去ったが、戦場には多くの死傷者と、なお暴れ続けようとする怪物化した者が残っていた。アリシアと特務B班は協力して生き延びた兵士の救助や、怪物化を抑えられる個体の保護に奔走する。苦労の末、一応の沈静化には成功するが、被害は甚大だ。
炎上する装甲車、崩れた建物、散乱する遺体。特務B班は医療班をフル稼働させ、少しでも助かる命を救おうとするが、限界がある。見慣れない人々の死に直面して、アリシアの胸は痛む。それでも、少なくとも“無駄な殺戮”を止めることはできたのだ。
「……あの怪物化していた子、かろうじて息があるわ。今投薬できれば救える可能性が……!」
ドクター・Lが叫ぶ。アリシアはその子のバイド係数を解析し、“危険だがまだ助けられる”数値を確認する。即座にフォローに回って担架を運び出し、注射や点滴をセットする。ごく短い時間で、複数の命が天秤にかけられ、決断を要する――それが戦場の現実だ。
一方、軍の兵士も多くが倒れていたが、負傷しながらも立ち上がった少数の兵士たちは特務B班に礼を言う。
「助かったよ……あの化け物――プロメテウスとかいう奴が来なければ、俺たちは怪物を制圧できたかもしれないのに……」
「彼は怪物にとっても脅威だけど、人間にとっても容赦ない相手です。無理をなさらず、医療処置を受けてください」
アリシアはそう返しながらも、心に複雑な想いを抱える。結局、プロメテウスは何を望んでいるのか。怪物を倒す“使命”なら、なぜ人間まで手にかけるのか。彼の中にある“自己矛盾”のようなものを感じるが、それを探る余裕は今はない。
(とにかく、怪我人を助ける。私が守れるものを守る。それしかない)
彼女はそう自分に言い聞かせ、今やれることを必死に続けた。こうして今回の戦場は、最悪の事態を免れつつも、多大な犠牲を出して終結する。特務B班が現場を離れる頃には、夕日が水平線に落ち、空は血のように赤く染まっていた。
翌日、仮設拠点での総括ミーティングにおいて、アリシアは自責の念と安堵が入り混じった顔をしていた。前回の対決に比べれば、プロメテウスに一矢報いて撤退させることに成功したとも言えるが、決定打を与えられたわけではない。それどころか、相変わらず多数の死傷者を出している。
「結果として、今回は“プロメテウスを撃退”と言っていいかもしれないわね。あなたが放った波動砲が、少なくとも彼の体を痛めつけた」
班長が評価する。アリシアは俯き気味に答える。
「はい……でも、結局倒せませんでした。もっと早く拘束していれば、逃がさなかったのに……」
「それがあなたの実力不足だとは思わないわ。プロメテウスは“戦う理由”とやらを探しているように見えた。まるで遊んでいるように、殺戮を続けながらも最後は去っていった。あなたに敬意を示していたようにも見えたわ」
如月は腕を組んで頷く。
「ああ、あいつは“人類の戦う理由”を見極めたいと言っていたな。ふざけた動機にも思えるが、何か深い背景があるのかもしれない。ともあれ、今回のアリシアの波動砲は見事だった。あれを空から斜めに撃ち降ろすシーンは、まるで“空を裂いた”かのようだったよ」
その言葉に、メカニックのダニーも興奮気味に付け加える。
「今回の波動砲、明らかに前の“波動エネルギー”より出力が上がってた。それはアリシア自身が成長し、Ωとスラッシュゼロがうまく連携してる証拠さ。ほんと、空気が震えるような衝撃だったぜ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
アリシアは照れながらも、少しだけ自信がついたように肩の力を緩める。前回は何もできず逃げるしかなかった相手に、今回は一時的な拘束と大ダメージを与え、撤退を余儀なくさせた。その事実は大きい。
ドクター・Lが医療カルテを閉じ、冷静に言う。
「傷の具合はどう? かなりの波動エネルギーを使ったから、脳への負荷も大きかったはずだけど」
「大丈夫です。少し頭痛はありますが、そこまで深刻では……」
アリシアは笑って見せる。しかし内心では、戦闘の疲労がずしりと重く残っていた。心身ともに限界に近かったが、それでも“やれる”と信じていたのだ。
「くれぐれも無理をしないで。あなたが倒れたら、この戦力バランスは崩れるから」
ドクター・Lの言葉に感謝の意を示し、アリシアは大きく息を吐く。脳裏には昨日の戦場で倒れていった人々の姿がちらつく。全員を救えたわけではないが、プロメテウスの大暴れを少しでも止められたことが成果なのだと、自分に言い聞かせる。
(いつか、本当に倒せる日が来るのかな。でも今は、私にできるだけの戦いをするしかない――)
そんな思考を巡らせていると、班長が手を叩いて皆を注目させた。
「さて、今回の件で、軍上層部も“プロメテウス”の危険性を再認識したようね。今後は我々に協力を仰ぐ動きが出るかもしれない。アリシア、まだまだ戦わなきゃいけなくなるわよ」
「はい……もちろん、覚悟はできています」
アリシアの返答に、班長は穏やかな笑みを浮かべる。
「あなたがいなければ、今回の被害はもっと酷かった。最初にケルベロスで拘束して、次に波動砲を叩き込んだ一連の流れは本当に見事だったわ。きっとプロメテウスも、“あなたを放っておけない”と感じているはず。次に会うときは、さらに激しい戦いになるでしょうね」
「ええ……でも、今度こそ負けません」
前を向いて決意を語るアリシア。その心には、一方的な恐怖だけではなく、“自分が守るべきものを守るために、プロメテウスと渡り合う”という誇りと使命感が芽生えていた。
戦闘が終わって数日、特務B班は再度各地を巡回しながら、怪物発生を抑え込む業務に戻っていた。一方で、“プロメテウス”の動向を追う任務も加わり、忙しさは増すばかりだ。
そんな中、アリシアは黙々と訓練を続けていた。傷を抱えながらも、“ケルベロス”の再構築や波動砲の出力安定化を図る。彼女は夜な夜な特務B班の裏でダニーと共に実験を行い、微調整を行っていた。
「――でもさ、あいつ、最後に“人類の戦う理由を見せてほしい”とか言ってなかったか? 何でそんなことを言うんだろうな……」
深夜の整備場で作業しながら、ダニーがふと呟く。アリシアは部品を手にしながら、思案顔で答える。
「私も、よく分かりません。バイドを滅ぼすために作られたフォースなのに、なぜ人間まで殺しているのか……。彼自身が葛藤しているように感じます。まるで、自分の存在意義を求めているみたいに」
「存在意義ね……もしかすると、プロメテウスも“これでいいのか”と悩んでるのかもしれないな。まあ、実際に大量虐殺してるし、許されることじゃないけど……」
ダニーは工具を置き、煙草代わりのガムを噛む。彼なりにプロメテウスへの怒りと、わずかな哀れみを感じているようだ。
「いずれ、ちゃんと止めなくちゃ……。そのためには、もっと強くなる。それが、きっと私の“戦う理由”なんです……」
アリシアは呟く。怪物化した人々も、軍の兵士も、純人類も、そして怪物を殲滅するフォースも――この世界があまりにも複雑に絡み合っている中で、自分はどう振る舞うべきなのか。答えはまだ出ないが、せめて“一人でも多くを救うため”という信念だけは捨てないと誓っている。
「お前の戦う理由か……。そうだな、守るために戦うってのは、人類がずっと昔から繰り返してきたことだ。プロメテウスは、それを見極めたいのかもしれない」
ダニーは苦笑しながら言葉を継ぐ。
「ただ、一人で頑張りすぎるのはやめてくれよ。特務B班みんな、お前を支えるためにいるんだからさ」
「うん……ありがとう、ダニー」
夜空は静かだが、いつ嵐が来るか分からない。アリシアは仲間たちとともに、また明日からも戦場に向かう。その先でプロメテウスと再会すれば、再び熾烈な戦いが避けられない。けれど、彼女はもう怯えるだけの少女ではない。“空を裂く波動砲”を手に、守るべきものを守るため、前に進み続けるのだ。
翌朝、雲ひとつない澄んだ空の下、特務B班の車列が出発準備を進めている。アリシアは車の中で最後の装備点検をしながら、スラッシュゼロの刀身を見つめる。波動エネルギーを放つこの剣は、怪物だけでなく、フォースさえも貫ける可能性を持っていることを、先日の戦いで証明した。
(まだ十分じゃない。でも、私はもっと強くなる。次こそはプロメテウスを打ち破って、多くの命を守ってみせる)
窓の外には班長やダニー、如月、そしてドクター・Lの姿が見える。それぞれがテキパキと動き、出発前の準備を行っている。その姿を見ていると、アリシアは心強さを感じる。自分はもう一人ではない。ヘイムダル構想の一端を担う仲間たちとともに、戦いの意味を問い続け、未来を開いていく。
「プロメテウス……あなたはどうして、あんなにも破壊を繰り返すの? いつか私が、その理由を聞き出せる日が来るのかな……」
静かな独白は、エンジンの音にかき消される。車両が動き出し、荒野へと繰り出していく。灼熱の太陽が地平線を照らし、砂の中に無数の戦いの痕跡を見せつける。今日もどこかで怪物が生まれ、軍がそれを迎え撃ち、あるいはプロメテウスが闇のごとく現れては去って行くだろう。
しかし、アリシアは“空を裂く波動砲”を会得し、プロメテウスすら後退させた。その姿を見た兵士たちは新たな希望を感じ、怪物化の危機にある者たちも、もしかしたら殺されずに済むかもしれないと願うようになった。
戦いはまだ終わらない。だが、確かに一歩ずつ前進している――そんな小さな変化が、彼女の背中を押してくれる。
「行きましょう、みんな。私たちに守れるものを、少しでも守るために……!」
その声に応じるように、仲間たちは「おう!」と力強い返事を返す。車列が荒れた道を走り出すと、砂煙が大きく舞い上がり、また一日が始まる。アリシアは左目のΩをそっとなぞりながら、視線を遠くへ向けた。
(プロメテウス……。たとえあなたが“本物のフォース”であっても、私たちは諦めない。人間が“戦う理由”を、きっとあなたに示してみせる。いつか決着をつけるときまで――)
こうして、特務B班は新たな戦場へ向けて出発する。そこには怪物化した者の苦悩や、“純人類の優越”を掲げる勢力の暗躍もあるだろう。そして、“本物のフォース”を自称するプロメテウスがいつどこで現れるかも分からない。
だが、アリシアはもはや立ち止まらない。少しずつ成長を遂げた彼女は、ケルベロスで一時的にとはいえプロメテウスを拘束し、波動砲を打ち込むまでに至った。その一撃は“空を裂く”かのような衝撃をもたらし、プロメテウスが圧倒的無敵でないことを証明したのだ。
最強の敵に、一歩近づいた。今はそれだけで十分。彼女は仲間たちとともに進み続ける。ヘイムダル構想を実現し、人と怪物の戦いを少しでも減らすために。そして――いつか、プロメテウスが振りかざす無慈悲な刃を折り、その理由を問いかける日のために。