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2.3章 思い出

XXくん、おはよっ!
それは、どのくらい前からだったのか。
恐らく、物心がついたころから一緒にいた気がする。

『エブ子、おはよう』
僕らは、お隣同士、所謂、幼馴染というやつだ。
といっても、ブロックチェーンの意思なんだ。
互いに親がいて親同士が仲が良かったからなどの理由ではない。
ただ、発生した場所と時期が近かっただけ。
それだけだ。
しかし、この元気でお節介な隣人に僕はいつの間にか惹かれていたのだろう。
気付けば、いつも一緒にいた。

あれは、初等教育を一緒に受けていた頃。
僕達は、同じクラスだった。
クラスでは、ある意識体がいじめにあっていた。
彼女はそれを庇い、戦った。
しかし、彼女はいじめられた意識体に感謝されることもなかった。
それどころか、標的は彼女へと移っていた。
『そんなことをして何の意味があるの』
僕は聞いた。
『だれかが困っていたらほっとけないの!』
『それは、君が犠牲になってもかい?今回の様に』
『そのときは、私がはねのければいいだけよ』
(なんて不器用なんだ)
当時の僕は、幼心にそう思っていた。
結局、いじめ自体は、僕が証拠を押さえ、犯人をつるし上げて解決させた。
あるとき、隣の席の子が端末を忘れたとき、エブ子は、自分の端末を貸してあげた。
そして、自分は、忘れたといった。
そんなこと、そいつにもエブ子にも為にならないのにさ。
忘れたそいつは、何も言わず、自らの端末だと言ってそれを使っていた。
だから、僕がそいつをどかし、代わりにそいつの席に座りエブ子に端末を見せた。
『ありがとう!』って君は言ったけれど。
僕から言わせたら、そんなことを続けていたらだめになる。
だから、言ってあげなきゃいけないと思い、帰り際に声をかける。
『そんな、自らを削って貸し与えることをしていたら、君自身がすり減ってしまうよ。そういう真似は自分にも人にも為にならないから、やめることだよ』
その言葉に君は、『でも、困っている人がいたらほっとけないじゃん』そう答えた。
『ばかなのかな、君は』
『えへへ』
そういって返してきた。
ちょっと、頭にきた。
『どうして黙っているの?』そんな風に聞くけど。
原因が自分だって自覚はないのかな、エブ子のやつ。
トランザクションを本格的に習う学年になってから、エブ子のやつ、帰る時間が遅くなった。
いつも、一緒に帰っていた帰り道、『わたしはやることがある』といって帰るのを促すエブ子。
僕は気になって、帰るふりをして教室に引き返した。
教室からエブ子の早口言葉が聞こえる。
僕は、自身に隠蔽のトランザクションを施し、覗き見る。
エブ子は、習ったトランザクションを復習していた。
彼女は、勉強が出来る方ではない。
特別、ある分野に探求心があるやつでもなかった。
だから、なぜ、そんなに一生懸命やっているのかわからなかった。
トランザクションは、意識体によって詠唱が異なる。
これは、それぞれの所属するブロックチェーンが異なるからだ。
だから、テストでは、原理や基本だけ、実施テストでも本当に基本的なものしかやらない。
コスモスでは、日常生活で、直接トランザクションを打つことの方が稀なのだ。
そして、コスモス所属の意識体は、コア、心臓部が変わらないから、詠唱の長さは大抵、変わらない。
でも、彼女の場合は長い詠唱が必要なのだ。
なんでも、コスモスベースのコアでイーサリアムのヴァーチャルマシーンを構成してからではないとトランザクションが打てないからだ。
簡単に言えば、Windowsの上にMacを立てて、そこからわざわざコマンドを発行するようなものだ。
エネルギーと手間がかかる。
だから、エブ子にとっては、トランザクションを打つこと自体、手間がかかり、無駄なもののはずだった。
しかし、彼女は、それをよその倍努力することで補おうとした。
僕は、彼女がなんでそんな努力するのか気になった。
だから、聞くことにしたんだ。
そしたら、あいつなんて答えたと思う?
『人の役に立つことがあるかもしれないから、だから、取得しているの』って。
また『人のため』か。
そういうと、『XX君、また、怒らせちゃった?』と言われた。
『違うんだよ、呆れてるんだよ』そう返した。
『なんで?』ときみがいう。
『そんなの、まず、きみ自身が幸せになるために使うべきだ』と僕は言っていた。
『わたしは、わたしのちからがだれかのためになるのは幸せだと思うんだ!』
『それに、アバランチ姉ぇも、『ちからを持つものは待たざる者に対して責任があるのだわ』っていっていたの!』と自信を持って答えていた。
(きみは、ちからを持つものではないだろう)
(自分1人分の食料があって、困っている人がいたら、きみは全部あげてしまうのだろう)
(きみはそういうやつなんだ)
『ばかだな、エブ子は』
『ばかって、ひどいよーXX君』
僕はその日から、帰る振りをして、教室に戻りトランザクションを放っていた。
人のためだけに努力するこいつの姿を他の奴になんて見せたくなかった。
だから、僕は、『音』と『姿を隠蔽した』
代わりに、学生が残って勉強している姿を周りに配置した。

トランザクションに関しては、努力の甲斐もあってか人並みの速度で打てるようになっていた。
先生は誉めていたけど、僕から言わせれば酷く効率がわるい。
何がって、生き方のだよ。
もっと、上手く生きたらいいのに。

それは、いつも通りの下校中の事だった。
シェードが入学を終えて、僕たちと一緒に学校に行くようになった。
シェードは僕の妹にあたる意識体。
兄妹贔屓と思われるかもしれないが、よくできた妹だった。
可愛らしさと芯の強さを持つ子。
ある日、彼女がさらわれた。
身代金目的の拉致だった。
犯人は、恐らくハッカー。
意識体を操って、新しく生じたトークンを不正に取得する。
これはそんな事件だった。
僕は、頭に血が上っていたのか、走り出そうとしていた。
そこに、端末を投げて渡された。
エブ子に。
『XX君は、IBC警察に連絡して。私は行くから!はやく!』
そういって、すでに通話中になった端末が僕の手の内にあった。
エブ子の姿は、もうすでに見えない。
僕はIBC警察と話することになった。
僕が駆け付けたときには、犯人の首はJunoさんの剣で切り落とされていた。
意識体に対して、殺傷行為に及んだハッカーに人権はないだ。
『危ないところだった』そうとだけ、いっていた。
エブ子は、シェードのことを抱きしめていた。
シェードは放心していたが、無傷、目立った外傷はなかった。
僕は、ほっとしていた。
次に目に入ったエブ子を見るとその気持ちを恥じ入り、そして、同時に怒った。
怒ったのは、彼女が助けた多くのやつと同じで彼女を削って自分だけが助かったという思いになのか。
それとも、何もできなかった自分に対してなのかわからないが、怒った。
『よかったね』と。
手に見える擦り傷、犯人に殴られたのか青くなった肩、唇と目頭から流れ出る血、ぼさぼさになった頭のエブ子。
僕は、限界だった。
エブ子を叩いていた。
そして、抱きしめ、泣いていた。
『そんなに、きみは自分自身を犠牲にして!今回はJunoさんが間に合った。でも、もし間に合わなかったら、きみが犠牲になっていたらどうするつもりだったんだ!』
『XXくん、怒っているの』
『怒っているよ!!きみがきみを大切にしなさすぎて僕は怒っているんだ!!』
『きみは、困っている人を助ける』
『じゃあ、困っているきみをだれが助けてくれるんだ。くれたんだ!!』
『えへへ』
『えへへ、じゃない!!、きみはきみを削るだけ削って助けてもらえてないんだ!そんなあぶなっかしいきみを』
(僕が助ければいいじゃないか)
『僕が助ける』
『えっ!!』
『エブ子が、もし、ピンチのとき、そのときは僕が助ける。だから、安心して、きみはきみのしたいことをすればいい』
『どうせ、僕がいくら言ったって続けるんだろ』
『だったら、やればいい』
『最後のセーフティーは、僕が持ってやる』
『じゃあ、XX君がこまったら、わたしが助けてあげる!』
そう無邪気に言い放つ、エブ子。
『それじゃ、結局きみが』
『いいの、その為にわたしもXX君もがんばればいいんだよ』
(だから、なんなんだよその脳筋)
僕は、乾いたように観念したように笑った。
『何その笑いー、疲れたみたいに笑っていて変なの、笑い方は、こうだよ!そういうと元気に笑い出した』
『なんだよ、そのばかみたいな笑い方』
『ばかみたいな笑いじゃないんだよ!、アバランチ姉ぇから、エブ子の笑いは元気がもらえるって言われているんだよ!』
『じゃあ、僕は今、元気をもらっているわけだ』
『そうだよ!』そう自信満々にいうとエブ子は、心から笑う。
(これからは、僕がエブ子を守っていく)
そう決意するのに十分な出来事だった。

(ん、あぁ)
(寝ていたか)
『Terra、今は何時だい?』
『23:00です。マスター』
『うん、そろそろ、お仕事の時間だね』
『いこうか』
『わたくしの事もかまって欲しいのですが、兄さん、シルクさん』
『忘れていたわけではないんだ、Luna、君の力も必要だ。勿論ね』
『よろしく頼むよ』
『任されましたわ』
そういうと、シルクと呼ばれた少年は再び夜の闇に消えた。


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