日常パート:Junoの憂鬱
「Junoさん、いるー?」
「Juno大佐、オズモ所長がお呼びですが」
「いないと言っておいてくれ」
「はい!ただ、なぜそのように小さく縮こまっているのですか?そして、声もいつものようなはっきりしたものではなく」
「詮索はいい、早く追い払ってくれ」
「はっ!」
部下が、Junoは留守にしているとオズモに説明して暫く経つと、廊下から遠ざかる足音が聞こえてきた。
どうやら、帰ったみたいだ。
(はぁ、私は何をやっているんだ)
正月の一件から、Junoはオズモを意識しているのだった。
着付けの為とは言え、裸にされ。
からだ中、隈なく触られたのだ。
(もとはと言えば、風呂に入ってから行かなかった私が悪いとはいえ、風呂場でも洗われて)
(しかも、丁寧に)
そこまで考えたとき、自分の鼓動が強く脈打つ音を聞いた。
いつもより速いスピードで。
頬の熱がいつもと違う。
顔が紅潮していくのが分かった。
「くっ!こんなことに屈する私では!」
「何を言っているのですか?大佐?」
(はっ!聞かれたのか!?)
「なんでもない。お前の気のせいだ。いいか、何でもないんだ」
これ以上、詮索はするなと言わんばかりの眼光を放ちJunoは部下を退散させる。
「今日の業務は、これで切り上げる。私は帰る。もし、用事がある者がいれば端末に連絡を入れてくれ」
そういって、帰宅の準備するJuno。
実際、仕事を終えていたので問題はなかったが、部下たちは意外なものを見るような顔つきでJunoを見つめていた。
Junoの疲れ切った雰囲気に部下たちは、彼女の普段のハードな仕事ぶりを思い、自分の仕事に戻っていった。
(ふぅ、今日くらいは、早く帰ってゆっくり休むか)
(連日、演習だったものな。こんなことを考えてしまうのも、きっと疲れているからなんだろう)
言い分ける様に、帰路につくJuno。
しかし、運命は彼女を逃がしてはくれなかった。
「みーつけた!!」
「なっ!オズモ!どうしてここへ?帰ったのではないのか?」
「うん。そうよ。帰る途中なの。家に」
かみ合っている様で合わない会話。
「ただね。もしかしたら、Junoさんと会えると思ったから、ちょっと寄ってみたの。そしたらビンゴね。帰る途中に会えるなんて、私、運がいいわ」
そういうと、がっしりとJunoの腕をつかむオズモ。
所謂、恋人繋ぎだ。
ステンレスのカップが落ちるような甲高い音が近くで響いた。
たまたま通りかかったJunoの部下が、その様子を目撃したのだ。
恋人繋ぎのJunoとオズモを。
年のころは、30半ばだろうか、恐ろしく発達した大胸筋と丸太の様な足を持つ大男が呆然とこちらを見つめていた。
珍しいものを見るような、恐ろしいものを見てしまったような青ざめた表情で。
「少佐、このことは他の者には言うなよ」
静かに宣言するように言うJunoに、声も上げられず首を縦に振るしか出来ない大男。
奇妙な図式が出来上がっていた。
彼からすれば、まさに災難以外に言いようがなかった。
完璧で、人に厳しく、己にはさらに厳しい鬼の様な上司が恋する乙女の様な事をしていたのだ。
しかも、自分は目撃者で。
これは、何かの悪夢だと言い聞かせるように彼は部屋へと戻っていった。
彼から情報が洩れることはまず、無いだろう。
それが意味することを彼は知っているのだから。
そんな一幕をへて、コスモスの庁舎を出る。
オズモはまるでそんなことはなかったかのように腕を組み、Junoと歩く。
JunoはJunoで、認識阻害のトランザクションを打ってから、観念したようで、されるがままである。
そして、気が付けばカフェテラスに2人。
座って、タルトと紅茶を並べてのティータイムを過ごしていた。
しっかりと焼き上げた生地に、生クリームを乗せ、その上に季節の果物が飾られたタルトは、見た目も美しいものだった。
合わせるように出された紅茶も、渋みは無く、ほのかな甘みと鼻を抜けるときに感じられる蜜の様な香りがあるものだった。
いずれも、大当たりだ。
これだけのお店は、ケーキ好きのJunoも見つけたことはなかった。
「うん。とても、美味しい。いや、言葉にするのが惜しいくらいの味がする」
「でしょ!?」
「ここね。私のとっておきの場所なんだ」
得意げにオズモが答える。
「でも、なぜ、私を誘ったんだ?他に一緒に来るべき人はいるだろ?」
「えっ?友達を誘っちゃおかしかったかしら?」
「それに私達、『戦友』でもあるでしょ」
はっとして、しばし考えこむように目を瞑り「『戦友』か、懐かしいことをいうのだな」とJunoは返した。
「あっ、ちゃんと覚えてくれていたんだね。嬉しい!」
そういうと抱き着いてくるオズモ、Junoの動きを並外れた頭脳で計算しての抱き着きだ。頭の無駄遣いここに極まるというやつだった。
「あぅ、こういうのは、その、友達でもなかなかしないと思うぞ」
「こういうのは、恋人とだなぁ」うにゅうにゅ。Junoの言葉が尻すぼみになって消えていく。
「ふーん、だったら恋人ならいいわけ?立候補しちゃおっかなぁー」
「なっ!!、私とあなたは共に女同士じゃないか。そういうのは難しいと」
「うん。遅れているわ。その認識。『そういうのもありなのよ』コスモスって」
「いつから!?」
逃げる隙は無いのか?とばかりに質問をするJunoにオズモが言葉を突き付ける。
「最初からよ。そもそも、私達はブロックチェーンの意識体なのよ。そこに性別がなぜか知らないけれど付属しただけ。別に子供を作る必要性もないのにね。きっとその方が面白いって神様が思ったのかしらね」
「だから、最初からよ。この傾向はお隣のイーサリアムでもそう。エブ子ちゃんがネームドって呼ばれている子たちが仲良くしていたって話してくれていたでしょ。どこも、そんなに変わらないのよ」
「だからといって、オズモ、いったい私のどこがいいんだ」
「私なんて、部下に恐れられているし、厳しいし、正直いって可愛いところなんて一つもないのだぞ?」
「それは、あなたの先入観。というよりも」そういうと、こつんと、Junoの額を軽く手のひらで叩く。
「自己評価、低すぎだぞっ」
ふざけるように、しかし、どこか真剣に答えるオズモ。
「まず、料理。お正月に作ってくれたもの、とても凝っていたわ。あれだけの量をあの繊細さで、忙しい中つくるのって、思いがないとできないわ」
「そして、昔、戦地で麻酔医を説得するときに作ってくれた《ビリヤニ》と《タンドリーチキン》明らかにコスモスの家庭料理じゃなかったわ。私が思うに、演習や戦地に行った際に時間をつくって学んでいるとみているわ」
「きっと、責任感が強いあなたのこと、自分が傷つけてしまう。または守る対象である人々、その背景である文化に対し、食を通して忘れないようにしているように思えたの」
「あと、厳しいってところ。それは、あなたが責任を持っているっていうことの裏返し。だから、人に厳しいけど、自分にはもっと厳しいでしょ?」
「ちょっと、まった!」
顔を真っ赤にしながら声を上げるJuno。
「えー、まだまだあるわよ。あなたの可愛いところ。いいところ」
「それ以上言わないでくれ、恥ずかしさで死んでしまう」
「そういうところも、可愛いのよね」
「//////」
「しかし、私は無骨で!」
「そんなことないわ」
そういうと、オズモは彼女の唇に人差し指を突き付けて、スッとなぞると自分の口に入れる。
「タルトを食べて、生クリームを付けちゃうなんて。女の子よ」
店内の空気が固まる。
熱い視線が周りから集まる。
それもそうだ。
美女が昼間から、2人で何やっているんだって話しだ。
一人は、男装の麗人が出来るくらいきりっとした見た目の女性。
一人は、大人の女性の妖艶さを内包しながら、それを知性で隠す女性。
後ろのカップルも気になって仕方ないみたいでやきもきしている。
というより、男の方がガン見である。それに気づいた女性が、ヒールで彼の足を踏む。
言葉が失われてから、何分たったのだろうか。
もう、何時間も経過したような感覚だった。
先に口を開いたのは、オズモだった。
「とにかく!あなたは、自分が思っているより可愛らしいのよ。それを否定するなんてもったいないわ。そう言いたかったの」
「それと、あなたさえよかったらお付き合いしたいと思っているわ」
ついでとばかりに、重要な告白を捩じ込みながら。
「まっ」
「まずは、友達からでお願いできないか?」
「その、オズモのことを私は、あまりよく知らないのだ」
「んー、いいわ!特別にそのコースでいってあげる」
その言葉に、聞き耳を立てていた客や店員が一斉に思った。
(コースって何!!?)
オズモの中では、Junoと付き合って結婚するまでが確定事項のようだ。
だから、友達からでも恋人からでも変わらない。所詮、そのコースが異なるだけのことだった。
要は、入口はどこからでもよかったのだ。
「よかったわ!んー。なんか、今日はハッピーな気分!大切な事が決まったからかしらね」
(私は、終始、ドキドキしていたぞ。オズモ)
「さて、じゃあ、帰りましょうか。私達の家に」
「私達のじゃない!私の家だ!」
「あら、Junoの家に上がってもいいのね。初デートで家に上げてくれるなんて大胆!」
「ちがー」
「わない。それに、ほら、あの二人、エブ子ちゃんとアバランチさんにもお土産。持っていくんでしょ?買っておいたから、ほら」
そういうと、いつの間にオーダーしたのか箱に入ったタルトが4つあった。
「ねっ!」そういって、ウインクをするオズモ、これには、Junoも完敗だった。
彼女らが帰った後、お店では、店主の趣味でシャンパンタワーをつくって。
あの2人を祝うんだ!!
これぞキマシタワーの最高傑作だ!、と狂ったように叫ぶ店主をスタッフ一同が生暖かい目で見守ったんだとか。
足をヒールで踏まれて、初デートで振られた男が、その趣味に共感していたんだとか。
もう、混沌極まっていたが、それは彼女たちの預かり知らぬ話しだった。
「ただいま」
「お帰りなさい!Juno姉ぇ、それと、オズモさん!!?」
「はぁい!エブ子ちゃん。オズモお姉さんだよ。実姉になる日もそう遠くないかな?」
「どゆこと?」
「オズモ!まずは友達からだ!」
「わかっているわよ。冗談よ」
冗談に聞こえない冗談。正直心臓に悪い。
「Juno姉、おかえりなさい!オズモさんも、いらっしゃい」
「うん、ただいま。アバランチさん」
「??」
「はい、これ」
そういうと、オズモはアバランチにお土産を渡した。
それは、芳醇な香りを放ち、すぐにアバランチを魅了した。
「これは!」
「そう、メッシュカフェのタルトよ」
「なかなか予約できないって噂の、あの!!」
「そうよ」
「エブ子、急いで紅茶入れるわよ。ほら、オズモさんも上がって。Juno姉も」
目つきを変えて対応するアバランチ。
「あぁ、紅茶を入れるならこれなんてどうかしら」
おしゃれな箱を渡すオズモに、またもや目を輝かせるアバランチ。
ここに買収は、完了したのだった。
(楽勝ね)
「もう、こんな時間ね」
ケーキを食べ、お話をし夕食までごちそうになっていたオズモ。
「じゃあ、そろそろ、帰るわね」
「ええ!?もう帰ってしまうの?明日は、おやすみでしょ?折角だから泊まっていけばいいのだわ」
珍しくアバランチがオズモを引き留める。
ケーキの事もあったし、おしゃれのお話しもあった。
研究の件でも聞きたい事があった。
そこには、人生の先輩として、尊敬しているという念が感じられた。
「なら、お言葉に甘えちゃおうかしらね」
そういって、素早く端末を出して、シークレットに『今日は泊ってくるから、みんなによろしくね』という旨を伝えた。
そして、素早く電源を切る。
Junoにツッコむ隙を与えないスピードで。
「よーし、なら、お布団引いてきちゃうね」
ルンルン気分で、布団を敷きに行くアバランチ。
「じゃあ、私はお風呂に入って来るわ」
疲れた様子のJunoは立ち上がり、風呂に向かう。
なぜか、オズモもついていく。
「エブ子ちゃんも一緒に入る?」
そうオズモが言うと、エブ子には珍しく『今日は、アバランチ姉と入るから先に入ってきたらいいよ』と答えたのだった。
「じゃあ、お先にお湯頂いちゃいましょうか。Juno?」
パシリと閉められた扉、クロージングは完璧だった。
お正月の悲劇、再びであった。
風呂場から、キャッキャうふふと声がしたが、それは、オズモが置いたノイズキャンセラーでキャンセルされ誰にも聞こえなかった。
(キャッキャうふふじゃないよ。もはや嬌声だよ。これ。オズモさんアウトだよ)
端末先のシークレットを除いて。
端末の電源を切ったつもりが、スイッチを誤り、スピーカーをオンにしていたのだ。
シークレット家で、盛大に音が流れていたのだった。
異変を検知した後、誰かに聞かれる前に、すぐ隠蔽のトランザクションを張ったシークレットの手柄たるや。
おかげで、まだ、家主としての威厳を保つことができそうなオズモであった。
(シークレット過ぎるな、これは)
溜息とともに、曲を聴き、気分を切り替えるシークレットであった。
かくして、Junoとオズモのお付き合いがはじまったのだった。
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