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星を継ぐもの:Episode8-2
Episode8-2:小宇宙の扉
朝靄の張る王都の門をくぐったとき、カインの胸には奇妙な高揚感があった。霧が低く立ち込め、城壁を半分呑み込みそうなほど濃い。けれどその白い帳の先から、太陽が顔を覗かせ始めている。視界は悪いが、冷やりとした空気が身体をまとうなかで、そこには確かに新しい一日が生まれようとしていた。
先日、The Orderの巨大戦艦の「残骸の調査」において得られたサンプル――黒い液状物質や歪んだ装甲――が神官長マグナスとマーリンの手である程度の解析を経た結果、王都にはまた新たな波乱が予兆として忍び寄っていた。解析の過程で不可解な現象が観測され、干渉治療で誤射を抑え込めるようになったはずの騎士団に、新たな試練が迫っているのだ。
「カイン、そっちの様子はどう?」
背後から響いた声に、カインは振り向く。ローブをたなびかせたセリナが、魔法式端末を片手に歩み寄ってきた。彼女の顔はいつもより緊張を帯び、けれど瞳の奥には強い意志の光が宿っている。
「俺の方は大丈夫だよ。皆の準備も順調そうだ。ただ……マグナス神官長が見つけた“異常値”ってのが何を意味してるのか、まだはっきりしないんだろう?」
カインが問いかけると、セリナは小さく息をつく。
「ええ、マグナス様やマーリンは“観測不能領域”が急激に広がりつつあると言ってるわ。ギネヴィアウイルスを媒介した歪みの波形とは別の、もっと高位の波長が検出された、と。どうやら……“小宇宙(Microcosmos)”と呼ばれるものが絡んでいるらしいの」
小宇宙――その言葉を聞いた瞬間、カインは胸の奥にざわめく感覚を抱いた。それは以前から耳にしたことのある、“The Orderが拠点とする異次元空間”だとされている謎の領域。けれど、その実態は長らく不明だった。
「まさか、その小宇宙とのゲートが開きかけているとか、そういう話なのか?」
カインが自分で言いながら背筋に寒気を感じる。総攻撃を退けたとはいえ、もし異次元への門――いわば“小宇宙の扉”が開いてしまったら、王都にはどんな危機が訪れるか想像もつかない。
セリナは申し訳なさそうに首を振る。「私たちにもまだ分からないの。でも、戦艦残骸を詳しく調べるうちに、何かの干渉波が王国内部で増幅しているのを感じ取ったの。まるで別の次元が重なろうとしているような……」
そんな不確かな恐怖を抱えつつ、カインとセリナは王城の広間へ向かう。ここには既に多くの騎士、神官、整備士が集まり、朝イチの報告会が始まろうとしていた。
中央のテーブルにはアーサーとエリザベスが座し、脇にはガウェインやモードレッド、トリスタン、そしてリリィやマーリン、マグナス神官長が並ぶ。険しい表情の者が多い。
エリザベスが声を張り、場を静める。「皆さん、おはようございます。昨夜までにまとめられた調査結果によると、The Orderの残骸から採取されたサンプルには、従来のギネヴィアウイルスや歪みと違う“高位次元干渉”の痕跡が多く見られました。これが何を意味するのか、まだ確定したわけではありませんが……」
そこで、マーリンがタブレットを示しながら口を開く。「ここに歪み波形の解析図があります。見ての通り、以前までの歪みがこの青線だとすると、今回採取した物質から検出された波形は赤線の方なんですが、明らかに周波数帯が違う。しかも、同じ周波数が王都内の数か所で観測されつつあるんです」
モードレッドが眉をひそめ、「つまり……街のあちこちに、この得体の知れない波形が現れ始めているってことか。敵の残骸が原因かもしれないが、もしかしたら新たな攻撃の前触れかもな」
トリスタンは狙撃手らしい落ち着きで「警戒レベルを上げるべきだ。干渉治療では誤射を防げるけど、敵の高次干渉には何が有効か分からない」と口にする。
ガウェインは腕を組み、「そもそも小宇宙ってのは、The Orderの本拠地だという話じゃなかったか? その“扉”が開けば、何が飛び出してくるのか皆目見当つかないだろう」と言葉を投げる。
マグナス神官長が神官らしい落ち着きで口を開く。「実は、古い文献に“人々が小宇宙へ足を踏み入れた”という伝説がありましてね。アリスが深く関わっているという解釈もある。だが、大半が神話めいた記述で、信頼性は薄い。しかし、今回の解析で現実味が出てきたのです。もし小宇宙とこの世界を繋ぐ扉が開きつつあるなら……早急に対応しなければなりません」
そこでマグナス神官長は一枚の古文書の写しを取り出す。そこには、不思議な紋様とともに「境界を踏み破るものは、星の門を開く」という詩のような文が書かれている。
「この写本は、王立図書館の奥深くに眠っていたもので、エリザベス様の計らいで取り出せました。これが言う“星の門”とは、小宇宙の扉を指すとも解釈できます。先日の解析によって、この門が一部起動し始めている可能性があるんです」
エリザベスが苦い顔で「扉が開いたら、どうなるの?」と問うと、マグナスは言葉を詰まらせたあと、はっきりした声で応じる。「分かりません。ただ、The Orderが地上へ来る経路の一部がさらに安定化して、大規模侵入が可能になるかもしれないし、あるいは私たちが逆に小宇宙へ干渉できるかもしれない」
「逆に、俺たちが小宇宙へ行ける……?」
カインが目を見開く。かつては誤射を起こしかねない混乱の中で、そんな発想すら成り立たなかったが、今の騎士団なら可能性があるのだろうか。干渉治療で誤射を抑えられるようになった今、未知なる領域へ足を踏み入れる大冒険が始まるのかもしれない。
「ただし、危険度も計り知れない。ギネヴィアウイルスが広がったり、新たな脅威が押し寄せるかも……」
セリナが震える声で言い、リリィがうなずきながらも決意を見せる。「もし小宇宙の扉が開くなら、干渉治療で皆を護らなくちゃ。どんな未知の病原が待っているか分からないし」
その翌朝、王都の一角にある観測施設では、マグナス神官長とマーリンが新たな測定機器を設置し、周辺の魔力動向を調べ始めていた。どうやら残骸のサンプルから解析した波形が、複数の地点で急増中だという。
「ここの地下水路付近が一番強い反応を示してる。もしかすると、そこに“小宇宙の扉”が形成されつつあるのか……」
マーリンが端末を眺めながら唸り、神官長は神妙な顔でうなずく。「地下水路……数年前に工事が途中で放置された区画がありますね。あそこなら人目にもつきにくい。敵が扉を開くにはうってつけかもしれない」
早速カインやモードレッド、ガウェイン、トリスタンたちが駆けつけ、リリィやセリナ、整備士や兵らも集う。そこには、「潜在的ゲートを緊急調査する」という指示がアーサーから下ったからだ。
「一度そこで様子を確認したい。もし本当に小宇宙の扉があるなら、ここが敵の侵入口になるかもしれない。逆に、我々がそこから逆侵入してThe Orderの本拠を知る手がかりになるかも」と、エリザベスは淡々と告げる。
そして皆が準備を整え、地下水路へ向かうことに決まった。
王都の裏手に位置する古い水路は、かつての浄化設備の一部として掘られたが、破壊や資金難、The Orderの襲撃などが重なって工事が中断され、未完成のまま放置されていた。今では薄暗い通路が廃材や雑貨で塞がれており、澱んだ水溜まりがところどころに広がっている。
集まった調査隊が闇を照らす灯りを手に、ゆっくりと進む。リリィやセリナは観測術で兵たちの精神状態をモニタリングし、誤射のリスクを下げているが、さほど緊張がないようだ。もう皆、干渉治療の存在を信頼している。
「ここか……たしかに空気が変だな。生暖かいというか、ひんやりする箇所が混ざってるというか……」
トリスタンが感覚の鋭さを示し、じっと目を凝らす。天井から滴る水がコツコツと音を立て、足元に小さな水溜まりを作っている。
「うわ、臭い……何か腐ったようなにおいが混ざってやがる」
モードレッドが口を押さえる。湿気と土のにおいに混じり、妙な金属臭さまで漂っている。
「皆、離れすぎずに動いて。もしギネヴィアウイルスの発作が起きたら、すぐ干渉治療を!」
カインが後方を振り返りながら注意を促す。隊員たちは慣れた様子でうなずき、前線を進むガウェインが防御フィールド発生器を警戒モードにセットする。モードレッドは火力担当として準備万端だ。リリィとセリナは中央付近に位置し、観測術と干渉治療を同時に行えるようにしていた。マグナス神官長とマーリンは計測器を操作しながら、その波形をリアルタイムで確認している。
やがて水路の行き止まりに近い場所で、マーリンの端末が急激に反応を示す。
「ここだ……波長が一気に上がった。もしかすると、空間の歪みが顕在化してるのかもしれない」
マグナスが慌てて装置を当てると、青白い光が通路の奥へ向かって伸び、宙をかすかに歪ませているのが分かる。まるで空間に亀裂が入り始めているような光景だ。壁のタイルが蠢き、触ろうとすると指先がふわりと通り抜ける錯覚さえある。
「ここが“小宇宙の扉”……? まだ開ききってはいないようだけど……」
セリナが小声で呟く。背後でリリィも口を開く。「確かに空気が薄くなったような感じがする……ここに入ったらどうなるのか、想像つかないわ」
ガウェインが防御フィールドを広げながら慎重に前へ進む。「相手がこっから押し寄せるかもしれないし、逆にこっちから覗けるかもしれない……。どうする、カイン?」
カインはわずかに息を呑み、「扉が完全に開く前に何ができるか、見極めるしかないな。敵が大量に来る前に閉じられるなら閉じたいが、アリスが眠ったままの今、どうやって操作すればいいんだ」と苦い声を出す。
不意に、通路の奥が大きく波紋を立てた。半透明の空間がぷるぷると震え、透き通った闇が奥に広がったかのように見える。視線を凝らすと、そこには星や銀河のようなものがぼんやり映り込んでいる――まさに異次元空間の片鱗だ。
「すごい……本当に星の海みたい」
リリィが息を飲んで感嘆し、トリスタンが後方から「下がれ、何か出てくるかもしれない!」と声を上げる。モードレッドが火力準備をして身構えるが、セリナが「落ち着いて」と制止するように手をかざす。
宙の亀裂は脈動を繰り返し、微かな風が吹き出すような気配まである。そこから観測光を帯びた触手や敵が飛び出すかと思いきや、何も出てこない。ただひたすら内部に星のような光が瞬き、遠くで雷鳴のような音が聞こえる気もする。
マグナスが驚嘆した声で言葉を漏らす。「これこそ“小宇宙”の断片かもしれん……まさかこんなに早く扉が顕在化するとはね。戦艦の残骸を解析した影響か、それとも敵が意図的に開きかけているのか……」
カインは亀裂の前で立ち止まり、喉を鳴らす。すぐ隣でガウェインが警戒を解かず、モードレッドが銃を握ったまま荒い息をついている。干渉治療で誤射こそないが、やはり未知の恐怖を拭うのは難しい。
「このまま扉を放置していいのか……敵がいつ出てくるか分からないし、逆に俺たちが覗けば何かが分かるかもしれない。けど、無闇に飛び込めば戻ってこれないかもしれない」
カインが唇を噛んでいると、セリナが後ろから柔らかい声で言う。「もう少し調べましょう。私たち神官が観測で内部を少しでも把握してみせるから」
リリィも頷き、魔力式の端末を取り出す。「もし内部にギネヴィアウイルスを超える病や敵がうごめいていても、干渉治療を当てれば誤射は防げるわ。でも、それが通用するかどうかはやってみないと……」
マーリンが端末を揺らしながら、「外部から扉を閉じる方法があるなら、ここで閉じてもいいんだが……今のところ分からないんだよな」と眉をひそめる。マグナス神官長は深い息をついて首を横に振る。「扉を開く理屈が分からない以上、閉じ方も何ともいえない。ひょっとしたらアリスの力が必要なのかもしれません」
すると、亀裂の奥で星影のような光がやや強まった。まるで扉が呼吸をしているかのように、光が一瞬の閃光となって通路を照らし出す。隊員の何人かが目を覆い、「うわっ」と声を上げるが、幸い何も飛び出してこない。ただ、一瞬だけ視界が歪み、空間が震えた。
「あぶねえ……どこかに連れてかれるかと思ったぞ」
モードレッドが呟き、ガウェインが盾を構えてさりげなく隊員を守る体勢を取る。
カインはその光に包まれた瞬間、ほんの一瞬だけ、アリスの姿が脳裏に浮かんだ気がした。眠り続ける彼女が、小宇宙に意識を重ねているのではないか――そんな直感めいた感覚だ。
「……もしかして、アリスがここにつながってるのか……」
思わず口にすると、リリィがカインを振り返る。「アリスさんが? そういえば、彼女は小宇宙のエミュレート体であり、ギネヴィアウイルスにも何らかの関係を持っていたって話があるわよね。今も眠ったままで、意識が小宇宙に在るのかもしれない」
「だとすれば、アリスの力なくしてこの扉を扱うのは、難しいかもしれないな」
マーリンが小さく唸り、マグナス神官長もうなずく。「扉そのものは、The Orderが開いている可能性もある。あるいはアリスが無意識下でこじ開けられているのかもしれません。いずれにせよ、そう簡単には近づけない危険を感じますね」
会話が続く中、突然足元が小さく揺れた。まるで地震のように通路全体がビリビリと揺れ、壁から砂や水滴が落ちる。
「な、なんだ?」
慌てて周囲を見回すと、亀裂内部がわずかに拡大しているのが見えた。ズズンと奥底から響くような音がして、星影の光と闇がぐにゃりとせめぎ合う。その瞬間、通路にいた兵が思わず後退りして、銃を上げそうになるが、セリナが干渉を当てて冷静さを取り戻させる。誤射を未然に防ぐ体制はしっかりしている。
ガウェインが声を張る。「皆、落ち着け。下がり過ぎると崩落の危険もある。必要以上に近づくな!」
モードレッドは火力を構えつつ、今にも敵が飛び出すのではと警戒しているが、あくまで亀裂はただ光を放つだけで、敵らしき姿は見当たらない。しかし、目に見えない大きな圧力を感じる。空気が震えるような、次元の狭間が広がるかのような感覚だ。
「ここに長居は危険かもしれないわ。完全に開いてしまう前に、一度引き上げて対策を練えるべきじゃない?」
リリィが提案し、カインも賛同する。「確かに、今この場でどうこうできる状況じゃなさそうだ。干渉治療で誤射は防げても、別次元への引きずり込みまで対処する手段はまだない」
「そうしましょう。一旦撤退だ。皆、足元に気をつけて!」
マグナス神官長が声を上げ、隊員らが少しずつ通路を後退していく。モードレッドやガウェイン、トリスタンが最後尾を固め、セリナやリリィが兵を誘導しながら、その扉の発する歪みに観測術を当て続ける。しかし大きな追撃はなく、何とか脱出に成功した。
地上へ戻った一行は、急ぎ王城へ戻り、アーサーとエリザベス、そしてマーリンらを交えて緊急会議を開く。
「……やはり、小宇宙の扉が開きかけている可能性が高いようです。今のところ敵の大軍が押し寄せる気配はありませんが、何かが内部で蠢いているかもしれません。アリスの眠りとも関係があるでしょう」
マグナス神官長が静かに述べ、マーリンが補足する。「もしこれを放置すれば、The Orderが新たな侵略ルートを確立する可能性がある。先日の総攻撃以上の波が、いつ襲ってくるか分からない」
エリザベスがテーブルの上を睨むように見つめながら、「閉じる方法は分からないのね?」と問うと、マグナスは残念そうに首を振る。「私の研究だけでは限界があります。少なくとも扉の制御ができるほど、小宇宙を理解していないんです。噂ではアリスが鍵を握るとも聞きますが……彼女はまだ意識を取り戻していない」
アーサーは沈痛な面持ちで「では、当面は監視しかないということか。そうなると、地下水路に警戒を常駐させざるを得ないな。ギネヴィアウイルスによる発症や誤射は少なくなったが、長期の張り込みで疲労が蓄積するのが心配だ」と頭を抱える。
カインは小さく息をつき、「けど、やるしかないでしょう。あそこが突破されたら、王都がまた大混乱になる」と静かに答える。モードレッドも「ちぇっ、休む暇はねえな」と渋々受け入れる姿勢を示す。
その夜、激務を終えたカインは再びアリスの病室を訪れた。病室の扉を開けば、ほのかな灯りがベッドを照らし、アリスの白い顔を照らしている。相変わらずモニターは安定した波形を示すが、目覚めの兆候はない。
「アリス……やっぱり君が鍵なんだ。小宇宙の扉が開くなら、君の力が必要になるはず。だけど、まだ眠ったままで……」
カインは隣の椅子に腰を下ろし、呟きながらアリスの横顔を見つめる。もし彼女が目覚めれば、敵の本質やギネヴィアウイルスの源流、さらには小宇宙の正体だって明らかになるかもしれない。それが、今の騎士団が求める最大の切り札だと信じたかった。
けれど、アリスのまぶたは閉じたまま。カインは微笑むように口元を歪め、「大丈夫、俺たちが干渉治療で誤射を防いだように、きっと小宇宙の扉だって乗り越えてみせる。君がいつか目覚めても、ここはちゃんと守ってるから」と囁く。
窓の外を見ると、星がちらほらと輝いている。小宇宙の星々を思わせる光に、カインは奇妙な胸騒ぎを覚える。まるであの扉の奥から、アリスの意識が呼びかけているかのように感じるのだ。
夜更け。王都が静寂に包まれる時間帯。地下水路では、見張りの兵が交代制で監視を続けていた。小宇宙の扉の前には簡易的なバリケードが作られ、何か動きがあればすぐ騎士団や神官へ連絡が行くよう態勢が整えられている。
だが、その扉は不気味なまでに静かだった。星の輝きが垣間見える亀裂は、時折ドクンと脈動するかのような光を放つが、それ以上の変化はない。兵たちは恐怖を押し殺し、「干渉治療があるなら大丈夫……」と自分に言い聞かせている。
しかし、その静けさこそが不安を煽る。隊長が通信で「異常なし」と報告を重ねるたびに、「むしろ何も起きない方がおかしくないか?」と心配する声が増えていく。けれど、朝になっても依然として変化はなく、ただ扉がそこに在り続けるだけだ。
翌日、マグナス神官長らが改めて地下水路へ降りて計測してみるが、波長には大きな変動がない。一時的に扉の開きかけが止まってしまったようにも見えた。あるいは小宇宙の奥で何かがうごめいているのか――真実は闇の中である。
王城の執務室では、アーサーとエリザベスが地図を広げ、カイン、モードレッド、ガウェイン、トリスタン、そしてセリナ・リリィ・マーリン・マグナスら主要メンバーと今後の方針を話し合っていた。
「小宇宙の扉が開き始めている可能性が高い。でも、いま動きが鈍いなら、こちらから探る手段を講じることはできないものか?」
エリザベスが真剣な面持ちで尋ねる。モードレッドが「こっちから突っ込むなんて自殺行為だろう」と反対し、ガウェインは「しかし、敵の急襲を待つよりは積極策を考えるのも一理ある」と浮かぬ顔で言葉を返す。
マーリンが肩をすくめながら、「確かに小宇宙に踏み込むのはリスクが高い。でも、その先にThe Orderの本質やギネヴィアウイルスの根源があるかもしれません」と提案調だ。
マグナス神官長は複雑な表情で「もしアリスが健在なら、扉の制御も可能だったでしょうが、今のまま突入すれば帰れなくなる危険が大きい」と指摘する。どちらにせよ、準備不足は否めないのだ。
結局、アーサーとエリザベスは保留の判断を下す。「扉がいま動かないなら、無理に仕掛ける必要はない。監視を続け、その間に解析やアリスの治療を急ごう」との結論に達する。隊員も納得して解散するが、誰もが漠然とした不安を抱えていた――小宇宙の扉がいつ開き切り、何が飛び出してくるのか。
深夜、カインは再度病室に通う。アリスの表情は相変わらず穏やかで、モニターに刻まれる心拍は安定している。その姿を見ていると、不意に“扉の向こうで待つアリスの意識”のイメージが浮かぶようだった。
「扉を開くのか、閉じるのか、どうすればいいか分からない。だけど、俺は……君がそこにいるなら、いつか会いに行きたいと思うんだ」
カインはそっとアリスの手に触れ、温度を感じる。まるで生きている人そのものだが、意識が遠くの小宇宙に旅しているかのような静けさがある。
もし本当にアリスが小宇宙を制御できる存在なら、今の騎士団にとって彼女ほど頼もしい味方はいないだろう。誤射を防ぐ干渉治療は神官が担えるが、小宇宙そのものをどう扱うかはアリスの領域だ。
「いつか目覚めてくれたら、扉の向こうへ一緒に行くか、それとも扉を閉じるのか、決められるかもしれない。今はそれを信じるだけさ……」
夜風がカーテンを揺らし、淡い月光がベッドをかすかに照らしている。アリスの睫毛が震えたようにも見えるが、気のせいだろう。カインはそれでも微笑み、「おやすみ、アリス」と呟いて病室を後にする。
夜が明け、王都の空が薄いピンク色に染まる頃、地下水路からの報告では「扉に目立った変化なし」とのこと。隊員が安堵している一方、マグナスやマーリンは相変わらず夜通しの解析を続け、紙束と計測器に囲まれていた。ギネヴィアウイルスへの対策と合わせて、小宇宙の扉対策も急務だからだ。
セリナやリリィも徹夜で治療や観測をサポートし、少し憔悴した顔ながら、互いをいたわり合っている。干渉治療で誤射を防げるようになったとはいえ、病への根本対策には遠い道のりが待っているのだ。
「私たち、どこまで支えられるかしら……」
リリィが弱気に言うと、セリナが笑顔で肩に手を置く。「大丈夫。誤射ゼロで総攻撃を凌げたんだから、私たちもきっと小宇宙の扉に負けないわ。みんなで協力すれば、ギネヴィアウイルスだって克服できる」
二人の神官はそう励まし合い、すこし休息を取るため神官区画へ帰っていく。その背には朝陽が射し込み、薄いローブを金色に染めていた。
こうして小宇宙の扉は、その姿を王都に新たな脅威と希望をもたらす存在として見せた。まだ扉が完全に開いたわけではなく、The Orderの意図も分からない。だが、騎士団は分裂を乗り越え、誤射を防ぎつつ再結成を成し遂げた今、いつか訪れるかもしれない未知の危機へ立ち向かう土台ができている。
アリスの眠りと小宇宙をめぐる謎は、依然として深い闇に包まれている。だけど、干渉治療という新たな光によってギネヴィアウイルスを制御し、仲間を撃つ悪夢から解き放たれた騎士たちは、もう恐れずに扉の先を見つめる術を手に入れつつあった。
このまま扉が開けば、さらなる激変が王都を襲うかもしれない。それでも、騎士団は一度は誤射の地獄を超え、再び一つになったのだから――今度こそ、未知なる小宇宙に光をもたらせるかもしれない。
星のように瞬く光が、扉の向こうから呼ぶように輝き、王都の人々の胸にかすかな震えを刻んでいた。ギネヴィアウイルスの底知れぬ力、The Orderの進化、そしてアリスが持つ世界の鍵――すべてが一つに繋がる日に向けて、円卓騎士団と神官たちはまた新しい決断を迫られようとしている。