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R-Type Requiem of Bifröst:EP-4

EP-4:Ω(オメガ)の発掘

深い群青色の空がわずかに白み始めるころ、地平線の先に朝日が顔を出し、砂混じりの風が吹き抜けていく。ここはかつての工業地帯の跡地――廃れた巨大プラントの残骸が荒涼とした大地に点在し、遠くに見えるコンクリートの壁は崩れ落ち、錆びた鉄骨だけがむき出しになっている。その光景はまるで、旧世界が忘れ去られた遺物を大地に打ち捨てたかのようだ。

 そこに朝の静寂を破るかのように、数台の装甲車とトラックがゆっくりと停止する。車体には国連や各国政府のマークではなく、灰色地に「特務B班」と小さく刻印されている。部隊を率いるのはおなじみの班長(通称“マム”)だ。褐色の肌をした彼女は視線を巡らせ、この地点を入念にチェックしていた。

「到着。ここが“旧R研究プラント”の跡地よ。皆、準備はいい?」

 通信機に通して響く班長の声。それを合図に、特務B班のメンバーが次々と車両から降り立つ。アリシア・ヴァンスタインもその一人だ。黒のブレザーに白いシャツ、紺のプリーツスカートという制服風の服装に身を包みながら、腰にはR兵装「スラッシュゼロ」を携えている。

 アリシアの胸の奥には、ほんの少しだけ緊張が走っていた。最近になって分かった“怪物”の正体――かつては普通の人間だったという真実――が、彼女を複雑な思いに駆り立てている。それでも、彼女は特務B執行官として、人々を守るために戦わなければならないと決意していた。

「随分荒れ果ててるわね……」

 アリシアは目の前に広がる、まるで廃墟と化したプラント群を眺めながら呟く。巨大な鉄塔やパイプラインの残骸が、遠くまで連なっている。

「そうさ。昔、Rシリーズ開発の一部が行われていた施設だと聞いているが、長いこと放置されているらしい。研究資料もほとんど残っていないとか」

 副長の如月がタブレットを操作しながら応じる。捜査官としての彼は、ここの地図データや旧時代の記録をざっと読み込みながら現場に臨んでいた。

「でも、ここにある“地下区画”に、まだ未発掘の技術が眠っているかもしれない。今回の任務は、その可能性を調査すること。特務B班だけじゃなく、うちの研究者チームも合流する予定だよ。何せ“Rシリーズ兵装の痕跡”と聞いちゃ黙ってられない連中が多いからな」

「Rシリーズって、私が使ってるスラッシュゼロの元になった技術ですよね。ここに、まだそんな遺産が……?」

 アリシアは思わずスラッシュゼロの柄に手を伸ばす。剣の刀身の中央には波動エネルギーのラインが走り、今は静かに沈黙しているが、ひとたび怪物と対峙すればその切れ味を発揮する武器だ。

「その可能性はある。何しろ旧世界の研究は膨大だからね。全部が解明されたわけじゃない」

 如月はタブレットに目を落としながら、さらに付け加える。

「しかも、ここ最近“人造フォース”らしき存在の目撃情報があるという噂が飛び交っていてね。正式には確認されていないが、旧研究所に保管されていたらしい。班長はかなり期待してるようだよ」

「人造フォース……プロメテウスじゃなくて、別のフォースがあるんですね」

 アリシアの脳裏をよぎるのは、かつて戦った“本物のフォース”プロメテウスの面影だ。あの圧倒的なスピードと破壊力はいまだに忘れられない。結局、敵として対峙したが、今後どういう形で現れるのかはわからない。そんな中で、新たなフォースという情報は穏やかではない。

「まあ、現状はあくまで噂さ。まずは俺たちの研究者チームとメカニックが発掘作業を始めるから、アリシアは護衛として動いてくれ。怪物が出るかもしれないし、他の勢力に狙われる可能性もある」

「わかりました」

 アリシアは改めて気を引き締める。心配は尽きないが、ここで多くの手掛かりが得られれば、怪物との戦いも――あるいは怪物化を防ぐ方法も――見つかるかもしれない。その一縷の希望が、彼女を奮い立たせる。


 しばらくして、特務B班と合流するように、一台のトラックと数台のバンが到着した。白衣や作業着を身にまとった研究者たちがぞろぞろと降りてくる。彼らは発掘・解析装置や防護服など、大量の機材を用意しているようだ。

「やあ、特務B班の皆さん! 本日はよろしくお願いします!」

 先頭で挨拶してきたのは、初老の男性研究者。落ち着いた物腰だが、その瞳には研究者らしい好奇心と熱が宿っている。

「私はロマーノ教授。旧R研究プラントの技術遺産を調査するプロジェクトを請け負っている。あなたが噂の“アリシア・ヴァンスタイン”か。若いのにすごい戦歴だと聞いているよ」

「すごい、というか……まだ戦闘経験はそんなに多くないんですけど……」

 アリシアが照れながら答えると、教授はにこやかに笑う。彼はすぐ後ろを振り返って、自分の助手たちを紹介し始める。

「こちらは私の助手たちだ。みな、旧時代の機械やバイド関連の研究を専門にしている。われわれは新しい技術が見つかるたび、興奮を抑えきれないタチでね。特務B班の援護があれば安心して発掘ができると思う」

 班長は丁寧に応じながらも、手短に段取りを確認していく。

「では早速、この施設の地下区画へ潜っていただけますか? 地図上では規模はかなり大きいとのことですが、崩落の危険もあるので十分気をつけて。私たちも護衛を配置します」

「承知しました。さて、どんなお宝が眠っているやら……。あなた方にとっても有益なものが見つかるといいですがね」

 ロマーノ教授は軽い身振りで杖を掲げ、チームを率いていく。特務B班からは如月とダニー、そして数名の隊員が護衛として同行し、アリシアも一緒に行くように促される。

「じゃあ、アリシア。行こうか。危険な怪物が潜んでる可能性もあるし、気を引き締めてな」

「はい、如月さん」

 廃墟と化したプラントの一角には、地下へ降りる大きなエレベーターシャフトがあり、研究者チームが発電機を持ち込み、なんとか動力を確保していた。薄暗いシャフト内を何人ものライトが照らす。鉄骨が不気味にきしむ音が聞こえ、足元の床もところどころ錆びていたが、エレベーター自体は意外にも動いた。

 エレベーターが数十メートル降りると、巨大な地下空間が姿を現す。明かりがないため、研究者たちは大型の照明装置を展開して坑道のような通路を照らしている。壁面には旧世界の文字や警告表示が残り、配管が入り組んでいた。

「ここだな。データによれば、旧R研究プラントの“実験棟”の地下区画らしい」

 如月がタブレットを見ながら案内する。ロマーノ教授たちは歓喜に近い表情であちこちを調べ始めた。

「すごい……まだこんなに機器が残っているなんて。これ、動くかしら?」「配線や端末が生きてれば、何かわかるかも……」

 やがて、地下通路を進むうちに大きなゲートが現れる。そこには“RESTRICTED AREA(制限区域)”という文字が朽ちかけたプレートに記され、扉には厳重なロックがかけられていた。

「ここが目的地か……よし、まずは扉を開けないとな」

 如月が特殊なハッキングツールを取り出し、扉の制御盤をこじ開ける。班長や他の隊員も警戒を強めるが、怪物の気配は感じられない。しばらくして制御盤が通電すると、扉が軋む音を立ててゆっくり開いた。

 その先は、さらに広い実験フロアのようになっていた。金属の床や壁が連なる無機質な空間。奥には幾つものガラスケースや容器が並び、一部は割れて液体を撒き散らしている。

「うわ……こりゃまた、不気味だな」

 ダニーが周囲を見回す。まるでホラー映画の舞台のような異様な雰囲気だ。だが、研究者チームはそんなことに怯えるどころか、むしろ興奮を抑えきれない様子で手分けを始める。

「みんな、証拠やデータを丁寧に扱うんだ! 壊したり、むやみに触れたりしないように!」

 ロマーノ教授が声を張り上げ、助手たちが「了解です!」と答える。アリシアはスラッシュゼロを握りつつ、怪物の襲撃に備えて辺りの様子を警戒する。すると、突如奥から声が上がった。

「教授、こちらを見てください! 何かのコンテナが残っています!」

 助手の一人が金属製のコンテナを発見したようだ。表面は酷く錆び付いているが、鍵のようなものがかかっている。ロマーノ教授は嬉々とした表情で近づく。

「これは……旧人類が“フォース”の技術を複製しようとした実験の痕跡ではないか? 早速開けてみよう」

「危険はないですか? 下手に触ると、爆発とか……」

 アリシアが思わず口を挟むが、ロマーノ教授は眼鏡を押し上げて微笑む。

「もちろん、十分注意するとも。ダニーさん、あなたはメカニックとのこと、ロックの解除を手伝っていただけないかな?」

「お安い御用さ。ちょっと待ってろ」

 ダニーが工具を取り出し、コンテナのロックを慎重に解除していく。カチリ……と音が鳴り、蓋がわずかに浮く。ダニーは汗を拭きながら一息つき、

「よし……開くぞ。後ろに下がっていてくれ、万一何かが飛び出しても困るからな」

 周囲が息をのむ中、ダニーはそっと蓋を持ち上げる。中に収められていたのは、意外にも円筒形の透明ケース。その中央に、コンタクトレンズのような小さな物体が漂っていた。薄青い光がかすかに見える。

「な、なんだこれ……?」

 アリシアがケースを覗き込むと、それは確かに大きめのカラーコンタクトのように見える。反射で虹色に揺らめき、見る者の好奇心をそそる不思議な輝き。

「Ω……か?」

 ロマーノ教授がケースのラベルらしき文字を読み取る。そのラベルはかろうじて判読でき、そこには大きく“Ω”と印字されていた。さらに小さく、“人造フォース”を示す符号のようなものが書かれている。

「まさか本当に……“人造フォース”だっていうのか?」

 如月も目を丸くする。以前から噂されていた“プロメテウスの模倣品”が、ここに現実の形で眠っていたということか。

「興味深い……解析が必要ね。下手に触ると暴走する可能性もある。すぐに封印容器を用意して……」

 ロマーノ教授が助手たちに指示を出すが、アリシアはその青い輝きに吸い寄せられるような感覚を覚えた。まるで「呼んでいる」ような、不思議な波動が脳裏に伝わる。

(これが……人造フォース、オメガ……?)

 そう思った刹那、アリシアの脳裏にイメージが流れ込む。遠い記憶のような、あるいは誰かが語りかけてくるような断片的な映像――荒野の戦闘、波動砲のような光、そして何かを守るために盾を展開する様子……。

「おい、アリシア、大丈夫か?」

 声をかけてきたのはダニー。アリシアがぼんやりとケースを見つめたまま立ち尽くしているのを心配したようだ。

「あ、うん……ちょっと、変な感じがして……」

「触ってないのに? お前さん、R兵装と相性があるんだろ? もしかするとこの人造フォースとも何か波長が合ってるのかもしれないな」

 確かに、アリシアのバイド係数は極端に低く、旧人類に近い遺伝子を持つ。Rシリーズを起動できるというだけでなく、フォースとの融合もあり得るのだろうか。そんなことを考えている間に、ロマーノ教授がケースを移動させる。

「とりあえずラボへ運んで、簡単な解析をしてみよう。元々フォースに興味があったが、これほどコンパクトな形状で、しかもカラーコンタクトのようなインターフェイスが仕込まれているとは……素晴らしい」


 地下フロアの片隅に、研究者チームが持ち込んだ簡易ラボが設置される。発電機から電力を供給し、様々な分析装置が立ち上げられた。ケースの中にあった“Ω”を、保護用のタンクに移してスキャンを行う。

「ふむ……波動周波数に似たエネルギーを観測。フォース本来の特性は“攻撃”よりむしろ“防御・補助”寄りのようだ。これは予想外だな」

「人造フォースなのに、自我を持たないのかしら? データを見る限り、意思を感じないわね」

 助手たちが議論する中、アリシアや如月、ダニーも加わってモニターを見つめる。そこにはΩの内部構造やエネルギー分布が表示されていた。

「ロマーノ教授、これは一体どんな仕組みなんです?」

 アリシアが尋ねると、教授は眼鏡を光らせながら解説してくれる。

「プロメテウスのような“本物のフォース”は、バイドの殲滅を目的に高度なAIと波動エネルギー操作を可能にした存在だ。しかし、このΩはそれを模倣し、より単純化した構造になっているようだ。つまり、自我や思考は持たず、命令に従って防御や情報解析を行う“補助装置”……と推測できる」

「補助装置……じゃあ、攻撃能力はないのかな?」

 ダニーが疑問を口にする。ロマーノ教授は首を振りつつ、モニターの一部を拡大する。

「全くないわけじゃないが、主眼は“防御”と“戦術サポート”にあるようだ。亜空間干渉の領域が小規模で、攻撃には活かせない反面、対エネルギー防御や相手のバイド係数を読み取る解析機能は優れているかもしれない」

「なるほどなぁ……でも、これってどうやって使うんだ?」

 ダニーが苦笑まじりにケースの中を覗く。円形のカラーコンタクトのような形状は、まるで人間の目にフィットさせる前提で作られたかのようだ。

 そのとき、如月がアリシアを軽く肘でつついて囁く。

「お前、スラッシュゼロを扱えるだろう? ひょっとしたら、このΩもお前が装着したら起動するんじゃないか?」

「えっ、私ですか? いきなりそんな……危険じゃないですか?」

 アリシアは思わず後ずさりするが、ロマーノ教授が興味深そうに提案する。

「その可能性はある。あなたの遺伝子コードはRシリーズ適合者だし、バイド係数が極端に低い。フォースへの拒絶反応が起きにくいという点で、あなたが試す価値は十分にあると思う」

「まあ、教授の言う通りだね。もし使いこなせれば、強力な防御と解析が得られるってわけだ。怪物との戦闘が増えている今、悪い話じゃない」

 ダニーも興奮を抑えきれないようだ。アリシアは戸惑いながらも、みんなの期待に背中を押される形で仕方なく小さく頷く。

「わかりました……でも、何かあったらすぐに止めてくださいね」

「もちろん。ドクター・Lや医療班も待機している。あなたに万一のことがないよう、私たちも最大限配慮するよ」

 そう言ってロマーノ教授は、専用の保護手袋をはめ、タンク内の円形コンタクトを慎重に取り出してアリシアの手に乗せる。薄い膜のように見えるそれは、触れると微かに冷たく、わずかに発光している。

(これが……Ω……)

 アリシアは一瞬不安を覚えるが、皆が見守る中、意を決してカラーコンタクトを左目に近づける。指先の震えを抑えながら、そっと瞳に装着してみる。

 瞬間、青白い閃光が走り、アリシアは思わず目を閉じる。周囲がどよめき、ダニーが「大丈夫か!」と声を上げるが、彼女にはそれが遠く感じられる。頭の奥にむず痒い感覚が広がり、視界が一瞬ホワイトアウトしたかと思うと――。

「……っ!」

 バチッという小さなスパーク音がして、アリシアの意識がクリアになった。先ほどまで薄暗かった視界が、まるでHUD(ヘッドアップディスプレイ)のような情報を重ねて映し出している。目を開けると、周囲の人々に微かなエネルギー反応が見え隠れするようだ。

「お、おい、アリシア、正気か?」

 ダニーが額の汗を拭いながら心配そうに覗き込む。アリシアはゆっくり視線を巡らせ、まばたきする。

「……平気、みたいです。ちょっとびっくりしましたけど、痛みや拒絶反応はありません」

 同時に頭の片隅に、数値や波形のようなイメージがちらつく。これが“解析機能”なのだろうか。まるでコンピュータが眼球に直接情報を送ってくるかのような感覚だ。

「すごい……まさか本当にカラーコンタクト型で、こんなふうに表示が出るとは……。アリシア、あなたに不具合は?」

 ロマーノ教授が嬉々として問いかけるが、アリシア自身も完全に理解できていない。少なくとも、目が見えにくくなるようなことはなく、むしろ視界がクリアになった気さえする。

「大丈夫だと思います。むしろ、いろいろな情報が……頭の中に直接入ってくるような……」

 如月は興味深そうにアリシアを観察する。

「じゃあ、ちょっと俺のバイド係数を測定してみてくれないか。Ωにそんな機能があるなら、数値が出るかもしれない」

 アリシアは如月を見つめる。すると、視界の端に微かな数字が浮かび上がる――「推定バイド係数:51%」という表示だ。

「……見えます。多分、51%って……」

「おお、それは正しいかも。俺はバイド係数測定ではいつも50~52%って結果が出るからな。ぴったりだ」

 まわりの研究者たちが「ほう!」と感嘆の声を上げ、メモを取る。アリシアは少し面映い気持ちになりながら、Ωの力がどれほどのものかを実感し始めていた。


 Ωを装着してしばらくすると、アリシアの頭にはさらに多彩な情報が流れ込んでくる。人間のバイド係数を読み取るだけでなく、周囲の環境データや自身のバイタル、敵性存在の気配のようなものまで、断片的に感じ取れるのだ。

「こ、これは便利……だけど、ちょっと情報量が多すぎて混乱しそう」

 アリシアは戸惑いながらも、意識を集中させて不要な情報をシャットアウトしようと試みる。すると、視界のエッジにアイコンが並び、直感的に操作できるようになっていることに気づいた。まるで頭の中にインターフェイスがあるようだ。

「すごい! 頭の中で“視界のスイッチ”を入れ替えると、表示が切り替わります」

「へぇ……こいつはすごいぜ」

 ダニーが感嘆する。その時、ロマーノ教授が手元の通信端末を見て神妙な顔になる。

「どうしたんです、教授?」

「……外部から警報が入った。どうも、この近辺に大規模な怪物が出たらしくて、こちらに向かっている可能性があるらしいぞ。軍や他の部隊が迎撃している最中だが、もしこちらまで来たら……」

 アリシアは固唾を呑む。まだΩを装着して数分。使いこなしきれない状態で、いきなり怪物に襲われるのは厳しい。しかし、この地下に閉じこもっていても万が一のとき逃げ道が限られてしまう。

 班長の声が通信で響く。

「こちら班長。地上で怪物が発生し、戦闘が起こっている模様。私たちもすぐに地上へ戻り、連携するわ。研究チームは必要最低限の装備をまとめて一緒に移動してちょうだい」

「わかったわ。大きな発見があったけど、ここで全部を調べきるのは危険そうね」

 ロマーノ教授も歯噛みしながら同意する。特務B班の隊員が手際よく片付けを始め、Ωのケースも安全に運び出す準備を進める。アリシアの左目には既にΩが装着されたままだが、今さら外すには解析を一時停止する必要がある。教授はむしろ「データが取れる」と興味津々だ。

「アリシア、すまないが、装着したままでいてくれないか? もし実戦での動作が確認できれば、我々にとっては大きな進展だ」

「実戦、ですか……わかりました。私も、皆を守らないといけないし」

 心は不安だが、先ほど体感した“情報解析”の力があれば、怪物との戦闘で優位に立てるかもしれない。アリシアは何とか気持ちを奮い立たせる。


 地下フロアからエレベーターで地上へと戻ると、既に遠方で爆発音や銃撃音が響いていた。廃墟の向こう側で土煙が上がり、怪物特有の咆哮が風に乗って耳に届く。

「かなり大きな怪物のようだ。半径10キロ近くを蹂躙しているらしい。政府軍が対応しているが、苦戦中と聞く」

 如月が状況報告をまとめる。班長はすぐに部隊を展開し、研究者チームを安全な場所へ避難させるよう指示した。

「アリシア、あなたは私と一緒に最前線へ向かって。Ωの防御機能と先読み機能を活かして、怪物の動きを予測してほしいの」

「はい! やってみます」

 特務B班の装甲車が走り出し、アリシアも指揮車に乗り込む。荒れ果てたプラント敷地を抜け、大通りへ出ると、爆音が一気に大きくなる。遠くには巨大な怪物の姿が見えた。体高3メートルほど、腕がまるで象の脚のように肥大化しており、背中からは鋭い角が突き出ている。筋肉質の上半身が凶暴さを際立たせ、口元には鋭い牙が覗く。

「うわ……これは一見して強そうね。アリシア、大丈夫?」

 班長が通信機越しに声をかける。アリシアは窓越しに怪物を見つめ、Ωの解析機能を意識的に呼び出してみる。すると、視界の端に“バイド係数:78% / 変異段階:後期 / 体内エネルギー:過剰”といった情報が浮かび上がった。

(78%……かなり高い。しかも、後期変異……)

 アリシアは思わず息を吞む。このレベルなら、通常兵器が効きにくい可能性が高いし、怪物化が進んだ状態なので再生力も強力だろう。さらにOmegaからの追加情報が出現する――“突進時の破壊力が高い / 恐らく長距離攻撃は苦手”という、簡易な戦術解析らしき表示まで。

(す、すごい! Ωが怪物の戦闘パターンまで読んで教えてくれる!)

 アリシアは興奮と同時に、これなら味方が被害を受ける前に先手を打てるかもしれないと感じた。指揮車が停止し、班長がマイクを通じて全員に指示を出す。

「隊員は左右に展開! 怪物の突進を阻止するため、電磁妨害装置とスタンバレットを準備! アリシアはその動きを読み取って、適宜報告してちょうだい!」

「了解です!」

 車外に出ると、怪物が遠くで吠え猛り、建物の壁を拳で殴り潰している。あの攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。アリシアはΩの視界をフル活用し、怪物の動線を予測する。

(来る……次は右方向のビルを壊して、左に回り込む……)

 脳裏にイメージが浮かぶままに、アリシアは通信機で叫ぶ。

「怪物、右のビルを破壊しながら左へ回り込もうとしてます! そこから突進してくるかもしれません!」

「助かるよ、アリシア! B-02チーム、怪物の左側をカバーして!」

 班長の号令を受け、隊員たちが素早く位置を移動する。想定どおり怪物は右のビルを粉砕し、土煙を上げながら左へ旋回してきた。そこにスタンバレットが集中射撃を浴びせ、怪物が一瞬怯む。

「今だ、アリシア!」

「はい!」

 アリシアはスラッシュゼロを抜刀し、一気に前進する。怪物は怒り狂ったように雄叫びを上げるが、スタンバレットの電磁波により動きが鈍い。そこを逃さずに胴体へ深く斬り込む狙いだ。

「はぁっ――!」

 波動エネルギーを纏った刃が怪物の筋肉を裂き、赤黒い体液が噴き出す。怪物は苦痛にのたうち回るが、すぐに腕を振り上げてアリシアを殴り潰そうとした。

(やばい!)

 衝撃が目前に迫る。だが、その一瞬、Ωが反応したのか、視界の隅に“防御シールド展開”というアイコンが点滅する。アリシアは直感的にそれを選択し、祈るように構える。

「……っ!」

 すると、青白いバリアのようなフィールドがアリシアの周囲に展開される。怪物の拳がそれを直撃し、凄まじい衝撃波が辺りを吹き荒らすが、アリシアは致命打を受けずに済む。

「すごい……守られた……!」

 肩口に痛みは残るものの、圧倒的な打撃をギリギリで受け流した格好だ。怪物がそのまま拳を引こうとした瞬間、アリシアは逆にスラッシュゼロを突き込む。

「これで……終わって!」

 渾身の波動エネルギーが怪物の胸を貫通し、内部を焼き尽くす。怪物は断末魔の叫びを上げ、地面に崩れ落ちた。


 怪物を倒したことで、一同は安堵のため息をつく。だが、周囲にはまだ怪物の被害で倒壊した建物や怪我人が散見される。特務B班の医療班が慌ただしく救護活動を行っていた。

「こちら特務B班、怪物を撃破! 応援に駆けつけた政府軍とも連携して、被害を最小限に食い止めたわ!」

 班長が通信機で状況を報告する。アリシアは膝に手をつき、呼吸を整えながらΩが示す情報を再度チェックする。すると、視界の端に警告のようなアイコンが赤く点滅し始めた。

(なんだろう? “バイド係数:急上昇”って……?)

 アリシアが見つめる先には、負傷したある兵士が立ち尽くしていた。腕や腹部から血を流し、痛みに耐えているように見えるが、Ωの表示によれば、その兵士のバイド係数が異常な速度で上昇している。今は60%台だが、数値がどんどん上がり始めているのが分かる。

「大変だ! あの兵士さん、怪物化の兆候があるかもしれない!」

 アリシアはとっさに叫び、そばにいた如月が驚愕して兵士に駆け寄る。

「大丈夫か! 何か変な自覚症状は……」

「う、ぐ……なんだ、体が……熱い……」

 兵士は苦しげにうめき、体が震え始める。その腕の皮膚が微妙に変色していくのが見え、これは完全に発芽寸前の状態だ。

「くそっ、投薬セットはまだか!」

 如月が救護班に連絡するが、ドクター・Lはすぐに到着できる距離にはいないらしい。アリシアはΩの画面を見ると、“怪物化まで残り数分”という警告が出ている。

「私……どうすれば……」

 戸惑うアリシアの中で、Ωがさらなる情報を表示する――“強制的に波動エネルギーを当てれば、一時的に変異を抑制できる可能性あり”というような示唆だ。

「波動エネルギー……私のスラッシュゼロで!? でも、そんなことしたら怪我するんじゃ……」

 迷っている暇はない。兵士の変色は急速に進み、周囲の隊員も後ずさりを始める。もしここで怪物化すれば、また手痛い被害が出るだろう。

 アリシアは意を決してスラッシュゼロを構え、出力を最小限に抑えた“波動斬”を兵士の腕に当てるように振り下ろす。もちろん殺傷を狙うのではなく、衝撃を与えて変異を阻害する狙いだ。

「――っ、耐えてください!」

 パキーン、と小さな衝撃波が走る。兵士は苦痛の叫びを上げて地面に倒れ込む。血が滴るが、腕は斬られてはいない。すかさず如月が彼を抑え込み、周囲の隊員が駆け寄る。

「どうだ、変異は止まったか?」

 アリシアはΩのモニターを確認する。すると、バイド係数の上昇がピタリと止まっていた。完全に安全になったわけではないが、少なくとも怪物化は回避されたようだ。

「止まった……大丈夫みたいです。今なら投薬で何とかなるはず!」

 すぐに救護班が到着し、兵士を担架に乗せて運んでいく。アリシアは安堵のため息をつき、ひざまずいたまま震える手を見下ろす。Ωの力がなければ、この兵士は怪物化していただろう。そう思うと、胸がいっぱいになる。

「アリシア、よくやった……まさか、怪物化を寸前で止めるなんて、すごいぞ」

 如月が肩を叩いてくる。アリシアはまだ動揺が収まらず、スラッシュゼロを鞘に収めながら呟く。

「ありがとうございます。でも……もし間に合わなかったらと思うと、怖かったです」

「お前が先読みしたからこそ、あの兵士は助かったんだ。間違いない」

 怪物との戦闘だけでなく、変異の兆候をキャッチして味方を救えた――これは大きな出来事だ。アリシアはΩに感謝しつつ、まだこれが完全な力でないことも感じている。装着してわずか数時間、使いこなせているとは到底言えない。

(でも、この力をもっと上手く扱えれば、犠牲を減らせるかもしれない……!)

 新たな決意が胸に芽生えた。


 大きな怪物を撃破し、変異寸前の兵士を救い出した特務B班は、その後迅速に被害の後処理と救援活動を行った。夕刻が近づくころには、戦場の混乱も落ち着きを見せ始め、特務B班は拠点へ戻って情報を整理する。

 アリシアは無線で班長に呼ばれ、簡易指揮車のテントへ向かった。そこでは班長と如月、そしてロマーノ教授がモニターを見ながら議論しているようだ。

「あ、アリシア、ちょうどいいところに。今日は本当に助かったわ。あなたが怪物の動きを先読みしてくれたおかげで、被害を最小限にできたし、変異寸前の兵士も救えた」

「そんな……私だけの力じゃないですよ。みんなが協力してくれたから……」

 アリシアが遠慮がちに言うと、班長は首を振って真剣な眼差しを向ける。

「いいえ、あなたがΩを使いこなし始めたのは確か。問題は、その負荷よ。ドクター・Lの検査によると、あなたの脳波にかなりのストレスがかかっているみたい」

「ストレス、ですか……確かに、情報量が多くて頭がごちゃごちゃする感覚はありました」

 ロマーノ教授が補足説明をする。

「人造フォースであるΩは、使用者に膨大な情報をリアルタイムで送り込む。防御シールドや先読み解析を一度に稼働させると、脳に過大な負荷をかけるんだ。それでもあなたが倒れなかったのは、バイド係数が低く、R適合者だったからと推測できる。だが、無理は禁物だ」

「そうですね……もうちょっと慣れたら、負荷も軽減できるんでしょうか?」

 アリシアは希望を込めて尋ねる。ロマーノ教授は温和な笑みを浮かべ、

「努力次第ではあるだろうね。ただ、この力は強力な反面、使いすぎれば思考や感覚に深刻なダメージを与えるリスクがある。心当たりはないかい? 目の痛みや頭痛、耳鳴りなど」

「確かに、さっき戦闘が終わってから少し頭が重いのは感じます……。耳鳴りというか、頭の奥でノイズっぽい音が鳴ってるような」

 アリシアの告白に、班長は顔を曇らせる。

「やっぱりね。しばらくは無理に使わないように。次の戦闘に出るときも、必要最低限に抑えた方がいいわ。今後、私たちがフォローするから安心して」

「はい……ありがとうございます」

 アリシアはほっと胸を撫で下ろす。怪物との戦闘で大いに役立った一方、このまま濫用すれば自身の身が危険なことになるかもしれない。危ういバランスだということが分かり、複雑な思いを抱える。

「とはいえ、あなたがΩを使いこなせれば、特務B班全体の戦闘力は格段に上がる。怪物化した人を救う確率だって上がるわ。練習と解析を重ねて、徐々に慣れていけばいい」

 班長は力強く背中を押してくれる。アリシアは彼女の期待を感じ、頷いた。

「はい。私、頑張ります。せめて、もっと苦しむ人を減らすためにも……」


 夜が更け、拠点のテントに戻ったアリシアは、左目に装着していたΩを一旦外した。コンタクトを外す際に薄い光が消え、どこか不思議な感覚が失われてしまったように感じる。まるで、頭の中が急に静かになったようだ。

(さっきまで見えた情報が、今は何も見えない……ちょっと寂しいような、ほっとするような……)

 これが人造フォース・Ωの力。防御シールドで自分を守り、先読み機能で敵の行動を予測し、味方のバイド係数までも診断してくれる。それはまさに“もう一つの目”と言ってもいい存在だった。

 だが、同時にそれは、アリシアを“戦うだけの駒”にしてしまう危険性も孕んでいる。一度装着すれば、次々と湧き上がる情報に身を委ねる形で、半ば自動的に動いてしまいそうになるからだ。そこに自分の意思が置き去りにされる不安もある。

(私はただ、怪物を倒すだけが目的じゃない。彼らの苦しみを減らして、“怪物化”を止める手段を見つけたい。それなのに、戦いに特化し過ぎると、いつかその気持ちを見失ってしまいそう……)

 手のひらに置かれたカラーコンタクト型のΩを見つめながら、アリシアはそっと息を吐く。今日の戦闘では、この力のおかげで救われた命があるのは紛れもない事実。大切なのは、この力をどう使うかだ。

「……私、ちゃんと自分を失わないで戦わなきゃ。みんなを守る司令塔として、 Ωを活かそう」

 自分自身に言い聞かせるように呟く。怪物との戦いは終わりの見えない苦闘だが、アリシアの中で一歩成長した確かな実感があった。もはやただの戦闘員ではない。Ωの解析を活かして仲間を導き、怪物化の兆候を察知して人々を救う――彼女は“司令塔的存在”としての役割を担い始めているのだ。

 その夜、月明かりがテントの隙間から差し込み、アリシアの瞳を柔らかく照らす。握りしめたΩがかすかに光り、まるで鼓動のように脈動していた。人造フォースに秘められた未知の力とリスク――それを抱えながら、彼女はまた新しい一歩を踏み出す。

 きっとこの先も、苦しい戦いは続く。バイド係数の高さから怪物化してしまう人も後を絶たない。だが、アリシアがこの力を正しく使いこなせれば、守れる命が増えるかもしれない。その希望が、彼女の胸に小さな灯火をともしているのだった。


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