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FFT_律する者たちの剣_EP:5-1

EP5-1:モーグリ型ロボットの兄

砕け散った宝玉の欠片から救い出されたウィーグラフの魂は、遺跡のメイド型サポートAI・セラフィーナによって、一時的に「データ化」された。
時空干渉装置のある遺跡へ戻るべく、ミルウーダは転送ゲートの光に身を委ねる。
朝のまだ淡い光が射す廃墟の砦には、新たに作ったウィーグラフの小さな墓標だけが残され、ミルウーダ自身も悔恨と哀しみを抱えつつ、半ば意識を飛ばすようにしてゲートを潜り抜けた。

「――ッ……」

一瞬の目眩とともに、周囲の風景が大きく歪む。やがて視界が白い光に染まったかと思うと、今度は床の硬質なパネルの冷たい感触が足下に伝わり、薄暗い通路のような空間が見えてくる。
ここは遺跡の内部――メインホールへ続く回廊の一角。かつてミルウーダが介入した、古代の時空干渉装置のエリアだ。各所の壁が金属と結晶パネルで覆われ、不思議な文様が浮かんでは消えている。
そばにいるセラフィーナが、ピシリと姿勢を正して振り返る。

「無事に遺跡へ戻ってきました。転送の座標が少しずれてしまい、メインコンソールから二つ奥の区画ですが……通路を進めば治療施設へ行けます。どうぞ。」

ミルウーダはふらつく足取りで頷く。まだウィーグラフを葬ったときの疲労が抜けきっておらず、右肩の痛みもじわじわと続いている。
だが、今は自分の傷より“兄の魂”がどうなるかが最優先だ。セラフィーナが言う「治療施設」では、ミルウーダの体力回復もさることながら、ウィーグラフのAI化プロセスを本格的に行う段取りが整っているはず。

「うん……わかった。兄さん……ウィーグラフの魂は、あなたの中に……」

ふと、ミルウーダはセラフィーナの体内――というより、彼女が持つ端末や遺跡のネットワーク上に兄のデータが保管されていると聞き、心を乱される。いつの間にか兄を“データ”と呼ぶことになるのか、と自問しつつも、それが唯一の救済手段なのだ。

「いまは、魂を安定化するためにバッファ領域で保管しています。ルカヴィ由来のノイズが大きいですが、消滅は免れた状態です。」

冷静な説明を受け、ミルウーダは複雑な胸中を押し殺すように息をつく。斬り殺した兄を機械で救うなど、本来なら矛盾だらけの行為。だが、こうでもしないともう兄を取り戻せない――その事実が、彼女を突き動かしている。


半ば無言のまま、二人は回廊を歩く。壁面には青いラインが幾筋も走り、床のパネルが足下で淡い光を放っている。各所に金属製のパイプやケーブルが通り、ところどころ火花やちらつく電流が走る場面もあり、遺跡のシステムが老朽化していることがわかる。
ミルウーダは一度ここを探索した記憶があり、ところどころで見覚えのある部屋を横切る。魔銃を手に入れた訓練室も別区画には存在しているが、いまはそこへ行く余裕はない。
やがて、メインホールへ続く大きな扉に差し掛かると、セラフィーナがパネルを操作し、鍵を解除する。金属的な音が響き、重厚な円形ゲートが開くと、そこに広大なホールが広がった。

「ここがメインホール……。以前来たときは、確か装置が半分壊れていたような……」

ミルウーダは記憶を辿りながら、目の前の空間を見渡す。天井が高く、中央には不思議な円盤状の装置が鎮座している。上方からは複数のケーブルが垂れ下がり、束になって円盤へと繋がっている。
光源は天井や壁に埋め込まれたパネルが放つ淡い輝きだけだが、広さを十分に感じるほど明るい。床の中央部には魔方陣めいた幾何学紋様が浮かんでいて、時折オレンジや青の閃光が走って消える。

「メインホールは修復が進み、多少は安定稼働している状態です。ここでAI化の初期ステップを行いますが、より詳細な作業は隣接する『再生ラボ』にて行う必要がありますね。」

セラフィーナの言葉に、ミルウーダは静かに頷く。自分の肩の治療もあるが、兄の魂をどこでどうやってAI化するのか――何もわからない状態で混乱している。
だが、セラフィーナはあくまで優先順位を提示するように説明する。

「まずはあなたの治療を行います。AI化にはあなたのオーラ的なサポートも必要になる可能性があり、あなたが消耗したままだと処理に支障が出るのです。こちらへどうぞ。」

そう言って、メインホールの奥へと通じる円弧状の通路を指し示す。扉には古い文字がかすかに残っており、セラフィーナが翻訳するには“メディカルモジュール”という意味だそうだ。
ミルウーダは魔銃を肩から外し、疲労困憊の身体をなんとか支えながら「わかった……」と小声で答える。兄を救うには自分が万全でなければならない――その思いに突き動かされ、彼女は通路へ足を踏み入れた。


扉が開き、そこはやや狭い部屋でありながら、壁面に大小のモニターやパネルが並ぶ。中央には円筒状のカプセルのようなものが置かれ、淡い白いライトが天井から照らしている。
セラフィーナが操作を行うと、カプセルの蓋がスライドし、内部に人間一人分が寝そべるスペースが現れた。ミルウーダは一瞬戸惑うが、「そこに横になってください」と促され、意を決して入る。

「こんなところに、こんな装置が……古代の人は本当にすごいわね。」

ミルウーダが複雑な感情を呟くと、セラフィーナは微笑のように口元を動かす。「はい。私もすべてを把握しているわけではありませんが、遺跡は当時の高度な医療技術を保持しているのです。魔力と科学が融合したシステム……どうか安心を。」

カプセルの蓋が自動的に閉まり、内部にやや明るい緑色の光が満ちる。ミルウーダは狭い空間に少し緊張を覚えるが、すぐに酸素の流れが整い、モニターに彼女のバイタルが映し出される。
ピッ、ピッという規則的な音が耳に心地よく、同時に肩の痛みがわずかに和らぎ始める。カプセル内部で何かの機能が作動し、彼女の出血を止め、細胞を活性化させているのだろう。魔力回路が組み込まれた医療ユニット……人間には想像できないレベルの技術が眠っていたのだ。

(これが……兄さんを救ってくれる力もあるのかしら。)

ぼんやりと目を閉じながら、ミルウーダは思う。体調が回復していく感覚と同時に、兄の魂をAI化する手順もこうした古代技術で行われるのだろうと想像すると、少しだけ安心を覚える。
そっと息を吐くと、カプセル内のスキャン光が揺らめき、彼女の肩の裂傷が徐々にふさがり始めるのを感じる。痛みはまだあるが、出血が止まり、体力もわずかずつ戻ってくるようだ。
この短い間、ミルウーダの意識は半分眠りに落ちかけていた。さまざまな思い出――アルガス、オヴェリア、ルカヴィ化したウィーグラフ……全てが脳裏を駆け巡る。これは悪夢かもしれないが、うっすらと兄の声が響く。

「……ありがとう……だが、これはなんとかならなかったのか……?」

耳に届いたかのようなその声は、もちろん幻聴だろう。まだ兄がAI化する前である。しかし、そう感じられるほどミルウーダの希望が強く、“兄がそこにいる”と信じたい心が眠気の中で言葉を作り出しているのかもしれない。
やがて治療が一区切りついたのか、カプセルの蓋が軽い音を立てて開く。外の世界の冷たい空気が入り込み、ミルウーダはゆっくり上半身を起こす。傷はかなり良くなっており、動くたびに疼いていた肩も幾分ましになっている。

「これで当面は大丈夫でしょう。無理をすれば傷が開く恐れがありますが、命に別状はないはずです。」

セラフィーナが端末を見ながら朗報を伝える。ミルウーダは足を床に下ろし、うっすら浮かぶ安堵の笑みを見せると、すぐに問いを投げかける。

「……ありがとう、セラフィーナ。じゃあ……兄のAI化は、いまからどうするの?」


セラフィーナは“再生ラボ”と呼ばれる区画へ案内するため、細い通路を進む。そこはメインホールの背後にある特殊ブロックで、かつて“生体研究”や“人工知能の実験”が行われていた場所らしい。
ドアを開けるたびに機械的な音が鳴り、あちこちに謎めいたコンソールやチューブが並び、幾何学模様の魔法陣が床にインレイされている。
ラボの中央にある部屋へ入ると、そこには大小さまざまなロボットやドローンの残骸が整理された棚、そして奥にガラス越しに並ぶ不思議な“生体チューブ”が見える。

「ここが再生ラボ……あまり稼働していなかったのですが、幸いにも一部の機能が生きていました。私は先ほど、ウィーグラフ様の魂データをこちらに転送し、最適なボディを探していたのです。」

「ボディ……?」

ミルウーダは思わず聞き返す。兄をAI化するといっても、最終的にどんな形になるのか想像がつかない。人間そっくりのヒューマノイドロボットになるのか、あるいはコンピュータの中だけの存在なのか。
セラフィーナは端末を操作しながら、説明を続ける。

「人型ボディを作成するには多大なリソースと時間が必要です。また、ルカヴィ由来のノイズがデータを不安定にしているため、急ごしらえの人形ボディでは拒絶反応が起きる恐れがあります。そこで――一時的に、“モーグリ型”のロボットを使う方針を考案しました。」

「モーグリ……まさか、あの毛むくじゃらの……?」

ミルウーダの脳裏に、イヴァリースに生息する小動物の姿がよぎる。モーグリと言えば可愛らしい生物として知られているが、ロボットとしてその形をとるという発想はなかなかイメージしづらい。
しかし、セラフィーナは端末に写る設計図を見せながら淡々と語る。

「ええ。遺跡に保管されていた“モーグリ型アンドロイド”の素体がいくつかあり、AIの安定稼働に適した構造と評判です。耳や尻尾にはマナコレクターが内蔵可能なので、魔力由来の魂を保持しやすいのです。」

その言葉に、ミルウーダは驚きと困惑を隠せない。兄がかわいらしいモーグリの姿になるなど想像したこともなかった。しかし、今の状況では背に腹は代えられない。
「ウィーグラフ……大丈夫かな。そんな体で、彼は納得してくれるのか……」

落ち着かない口調で呟くが、セラフィーナは「彼が意見を述べられる段階になれば、改めてボディを変更する手段もあります」と答える。あくまで一時的な回避策なのだ。


セラフィーナはラボの奥へ進み、複数のコンソールを操作し始める。パネルに古代文字が高速でスクロールし、遺跡のシステムが何やら大きく稼働する振動が伝わる。周囲のランプが赤から緑へと変わり、中央のチューブがゴウンゴウンと音を立てると、中に小柄なロボットフレームが浮かび上がった。
形は、まさにモーグリを思わせるシルエット。丸い胴体と短い四肢、頭の上にはアンテナのような“ポンポン”が取り付けられている。素材は白い金属製で、関節部分には魔力刻印が走っているのがかすかに見える。

「これが……兄さんの、身体になるってわけ……?」

ミルウーダは信じられない思いでその光景を見つめる。ロボットの表面はまだ無機質だが、そこにウィーグラフの魂が宿るなら、会話すらできるのかもしれない。
セラフィーナは最後のチェックを済ませ、「AI中枢領域を開放します」と宣言。次の瞬間、上方から虹色の光がビーム状に降り注ぎ、モーグリ型ロボットのフレームを包み込む。
まるで魂のデータを転送するかのように、光の帯が何度もラボの天井とロボットを行き交い、しばらくの間、ビリビリとした魔力の放電音が続く。

「くっ……!」

思わずミルウーダは眩しさで目を覆うが、その中でモーグリ型ロボットの目がぼんやり赤い光を帯び始める。短い耳や尻尾にも小さな火花が飛び、内部で何かが動き出した。
数十秒の後、光のビームが弱まり、ロボットがゆっくりと両手――いや、両前足――を上げるように動かす。動作がギクシャクしているが、確かに“生きて”いるかのようだ。


ミルウーダは緊張の面持ちで、ロボットにゆっくり近づく。果たして本当に彼はウィーグラフなのか? 何を言うのか?
すると、モーグリ型ロボットは頭にあるゴーグル状のパーツをガリガリと片手で触り、やや低い声で呟いた。確かにウィーグラフの声に酷似した響きだが、音の電子ノイズが混じっている。

「……あ、りが……とう……う。……だが、こ、これは……なんとかならな……ったのか……?」

その声を聞いた瞬間、ミルウーダは喉が詰まる思い。確かに、兄の語調がそこにある。抑揚のつけ方や言葉の選び方も、どこか懐かしい。
でも、彼がモーグリ型ロボットとして動いている――その事実に、驚きと安堵が入り交じり、涙が出そうになる。

「兄さん……! ウィーグラフ……あなた……やっぱり……生きて……! いえ、生きてるわけじゃないけど……戻ってきてくれたのね……!」

声が嗄れるほどの歓喜と混乱。
一方、ロボット(ウィーグラフAI)はモーグリの頭部を撫でながら、僅かにぎこちない仕草で自分の体を見下ろす。まるで人間の感覚との違いに戸惑っているようだ。

「ミ、ミル、ウーダ……か……? なんだ……この……身体は……くそっ……まったく、力加減も……調整がきかない……。」

彼の声には明らかな苛立ちが混じり、モーグリ型のフォルムを厄介そうに眺めている。人間だったころの自分とのあまりのギャップに、衝撃を受けるのも無理はないだろう。
しかし、ミルウーダは構わずに一歩近づき、目の前で両手を伸ばしそうになる――が、ロボットが戸惑っているのを察し、手を止める。そっと胸にこみ上げる感情を堪えつつ、言葉を絞り出す。

「ごめん……兄さん……こうするしか……方法がなかったの。あなたの魂が消えそうで、AI化に頼るしかなかった……。」

謝罪混じりの説明に、ロボットの瞳がピクリと光を強め、「……ふん」と唸る。どこか兄特有の不器用な強がりを思わせる仕草だ。


しばらく沈黙が降り、セラフィーナが一歩前に出てきて礼儀正しく頭を下げる。
「初めまして、ウィーグラフ様。私はセラフィーナ。あなたの魂をAI化し、このボディに適応させる手続きを担当しました。いかがでしょうか、体の制御感は?」

ウィーグラフAIはメカニカルなモーグリの手足を動かし、ぎこちなくバランスを取る。尻尾がピコピコと動いているのが可愛らしいが、本人は不満そうに小さく唸る。
「……なんとかな……いや、正直言って……こんな姿、まったく誇りが……ない。革命家としてどうなんだ……こんなモコモコしたボディ……くそっ……」

相変わらずの物言いだが、その口調にどこか懐かしさを感じる。ミルウーダは苦笑とも涙ともつかない表情で言葉を返す。

「ごめん、兄さん……本当に。私も……あんたがこんな姿になるなんて想像しなかった。でも、こうでもしないと、あなたの魂は消えてしまってたんだよ……。」

「……そうか……」

ロボットはそれだけ言うと、しばし動きを止め、メインコンソールらしき装置を眺める。サーボモーターの微かな駆動音が聞こえ、たまに尻尾の先から火花が散る。魔力駆動の不具合かもしれない。
セラフィーナは端末を確認し、「まだ調整が必要ですね」と呟くが、まずウィーグラフAIとミルウーダの会話を邪魔せず見守る姿勢を取る。

「兄さん……生きて……いないけど……意識はあるのね? 記憶とか……あるの?」

重ねる問いに対し、ロボットが頭部のゴーグルをクイッと押さえながら答える。

「完全じゃない……。思い出すのに時間がかかる。だが……お前が俺の妹、ミルウーダであること、そして俺が……ウィーグラフ・フォルテであったこと……革命を……そう……革命のことは、はっきり憶えている。何もかも……混乱してるが……」

その声に、ミルウーダは大きく息を吐き、胸をなで下ろす。確かに“兄”がここにいる――魂も意志もある程度残っているのだ。形はモーグリという可愛らしい姿だが、本質はウィーグラフ・フォルテに近い存在を保っている。


ミルウーダはモーグリ型ロボット――AIウィーグラフの前に静かに膝をつき、目線を合わせるように言葉をかける。背丈はあまり変わらないが、ロボットがやや小柄に設計されているため、見下ろす形になるのは避けたいのだ。
尻尾や耳が時々ピクピク動くその姿を見て、どうしても微笑みがこぼれてしまうが、同時に胸が痛む。かつての兄は高身長で屈強な男だったから。

「……また話ができて……よかった。本当に……ごめん、兄さんをあのまま殺して……でも、こうしてでも戻ってくれて……ありがとう……」

目尻に涙が滲むが、ミルウーダは毅然と振る舞おうとする。新たな革命を目指す以上、弱音ばかり吐いてはいられない。
ウィーグラフAIは細い腕を動かし、尻尾の先をケーブルで引っかけそうになりながら苦労している。言葉にも歯切れが悪く、機械特有のノイズが混じった声で応じる。

「そっちこそ……ありがとう。俺を……救ってくれた、というのか……だが、これはなんとかならなかったのか……? もっとこう、ヒューマノイドの姿とか……ああ、なんでもいい……とにかく俺は生きて……いないんだな……?」

切ない響き。ロボットでありながら自分が死んでいることを自覚している。人としての肉体を失った現実に、ウィーグラフは言葉にしがたい失望を抱えているようだ。
ミルウーダは手を伸ばし、ロボットの肩にそっと触れる。金属と合成繊維の感触に戸惑いを覚えるが、これは確かに兄の魂が宿る存在なのだと思い込む。

「うん。人間としては死んだ……でも、兄さんの魂は今、ここにある。もう二度と失いたくないから……。」

二人の眼差しが交錯する。兄はモーグリ型ロボットとして、妹は革命家として。不可思議な兄妹の再会シーンに、セラフィーナが静かに声を添える。

「お二人とも、まずは身体・データの安定化が必要です。ウィーグラフ様のAI化はまだ初期段階ですから、急激な行動は控えてください。特にルカヴィ由来のノイズが残るため、定期的に調整が要ります。」

ウィーグラフAIはしぶしぶ頷き、ぎこちない動きで立ち上がる。頭には可愛いアンテナ(ポンポン)が揺れており、その姿を見たミルウーダは複雑な気持ちと微笑ましさを感じざるを得ない。
兄としての誇りや革命家らしい威厳とはほど遠い姿かもしれない――しかし、それでも彼が戻ってきたことが何よりも嬉しいと思う自分がいるのだ。


ロボットの視界は、生前の人間だった頃とまったく違う。色彩がデジタル的に彩度やコントラストが変化し、左端にはモニターのような数値が浮かんでいる。
身体を動かすたびにサーボ音が鳴り、尻尾の付け根が気になって仕方ない。何より毛皮ならぬ金属製の白い装甲が自分の身体とは思えず、ひどい違和感を覚える。

(これが俺の姿……? 革命家として、かつて多くの部下を率いた俺が、こんなモーグリ型だと……ふざけた話だ……。)

だが、同時に感謝もある。ミルウーダが手を伸ばし、“兄さん”と呼んでくれたこと。自分がまだ“ウィーグラフ・フォルテ”だと認められていること。その思いが彼をかろうじて安堵させる。
決して完全な満足ではないが、“生きる”のではなく“存在を続ける”道を与えられたのだから、今はもう何も言わない。少なくとも、またミルウーダと話ができる。それだけで……。


ミルウーダはウィーグラフAIが戸惑う姿を見て、自然と微笑ましい気持ちになる。もちろん悲しみと後悔は消えないが、これまで死別したと思っていた兄とこうして言葉を交わせる事実が、何よりも嬉しい。
ふと、頬を流れる涙に気づく。先ほどは悲しみで泣いていたが、今はどこか安堵と安らぎの涙でもある。

「兄さん、また……こうして話ができるなんて……本当に……よかった……」

ロボットは短い耳を動かし、耳の付け根からカチリと音がする。まるで照れ隠しのようにそっぽを向きながら、ぎこちなく言葉を絞り出す。

「……まあ、まだ……不本意だがな……。だが、ありがとう……ミルウーダ。お前がいなければ、俺は本当に……無に帰っていたかもしれない……」

その言葉だけで、ミルウーダは報われる思いだ。兄が生きていたころと同じく不器用ながら素直な感謝を伝えてくれる――それはまぎれもなく彼なのだ。
セラフィーナは「これからAI調整の工程に入ります」と言って端末を指し示す。そこには“AIコア適合率”や“ルカヴィノイズ除去率”など、専門的な数値が並んでいるらしい。


こうして、モーグリ型ロボットとして復元されたウィーグラフは、ぎこちなさを感じつつも意識を保ち、妹と対話できる状態を得た。
しかし、これは完全な復活ではない。あくまで暫定的なボディであり、ルカヴィの残渣がノイズを引き起こす危険性が残る。セラフィーナも、「定期的にメンテナンスが必要です」と警告を発している。
それでも、ミルウーダと再び言葉を交わすことができたのは、二人にとって奇跡的な救い。ミルウーダは兄を看取り、葬った罪悪感を抱えながらも、こうして何かを取り戻した思いがする。

「ありがとう……だが、これはなんとかならなかったのか?」
「……ごめん。けど、私はあなたを失いたくなかった……兄さん。」

ロボット姿で戸惑いつつも、互いの意志を感じ合い、か細い光が射すようにラボの薄暗い空間を照らしている。
そして、この“再会”は、ミルウーダの革命にも新たな局面をもたらすに違いない。ルカヴィ化の呪縛から解放され、AI化されたウィーグラフが何を目指すのか――それは次回へ持ち越される大きなテーマとなるだろう。


遺跡の再生ラボに響くメカニカルな駆動音の中、ミルウーダとウィーグラフAIは未だ落ち着きなく互いを見つめ合っている。
魔銃を抱えたままの妹は、血塗れの革命から“殺さない戦い”へ目覚め始め、さらに今、兄を“機械”の姿で呼び戻した。あまりにも常識外れな道のりだが、彼女には戻れない意志がある。
かつての兄は魂だけになってもなお、革命家としての誇りを捨てないのか。それとも、AIになったことで考え方が変わるのか――それはこれから歩む時間の中で、二人が確かめていくしかない。

「もう二度と……兄さんを失いたくない。どんな形でも……共に歩けるなら……私は……」

「この体は……不本意だ。しかし、革命を捨てるつもりはない……この姿でも、俺は……戦う気概はある……」

「落ち着きましたら、メインコンソールで魂データの安定化を進めます。動揺は避け、まずは長時間のアクティブモードを試みるべきです……」

このモーグリ型ロボットとして蘇ったウィーグラフが、どんな活躍を見せるのか――そしてミルウーダの革命家としての道にどう関わっていくのか。
兄妹の物語は、さらに深いドラマと葛藤を抱えながら進んでいく。

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