
FFT_律する者たちの剣_EP:5-3
EP5-3:モーグリ型ロボットの兄
古代の時空干渉装置が眠る遺跡。その一角にある制御ブロックで、ミルウーダとウィーグラフは短い休息をとっていた。
モーグリ型ロボットへとAI化されたウィーグラフが、弟(兄)妹であるミルウーダを支援する形で“戦術解析”に活躍を始めてから、幾日かが過ぎている。
その間、二人はゴーグ機工都市の小規模部隊を相手にした偵察戦で成果を挙げ、結果的に殺戮なしで作戦を遂行できた。かつて革命家として血を流し続けたウィーグラフにとっては、まったく新しい戦い方だったが、手応えと同時に戸惑いも感じていた。
今、遺跡のメインコンソール前にある簡素なリビングスペース(かつての研究員たちの休憩室)に二人は腰を落ち着けている。
金属壁と結晶パネルが所々破損し、薄暗い照明が差し込む空間には、セラフィーナが持ち込んだ簡易のテーブルと椅子が置かれていた。モーグリ型ロボットのウィーグラフは、その椅子に座る必要はないが、あえて人間らしい動作を再現するかのように腰掛けている。
「……なんとも奇妙な光景ね。兄さんが……椅子に座ってるけど、姿はモーグリ型ロボット。はは……」
ミルウーダは苦笑とともにそう呟く。二人分の食事が置かれているが、ウィーグラフは飲み食いできない身体だ。一方、ミルウーダが自分の食事を摂る姿を、モーグリの顔のようなメタリックな表情(?)で見つめている。
違和感と安堵感が入り混じる。かつては同じ食卓を囲んでいた兄が、今は機械の身体でそこに座っている――現実とは思えないような光景だが、それが今の“家族のかたち”に他ならない。
「兄さん、ほんの少しでも“味覚”とか再現できないの? AI化って言っても……やっぱり食事は無理なんだよね?」
ミルウーダは試すように尋ねるが、ウィーグラフはモーグリの耳をぴんと立て、呆れたように答える。
「できるわけがないだろう……このボディには感覚センサーはあるが、味覚など不要な機能だ。……まあ、そういう余計な部分を再現するほど余裕もないらしい。セラフィーナの話では、“次のボディを探すまではこれで我慢”ということだ……」
苦々しいトーンには、彼のプrideがまだ傷ついている兆しが見える。命を落とし、機械の身となった――受け入れがたい事実だが、それ以上に、二度と本当の意味で人間には戻れないのかもしれないという恐れがある。
ミルウーダはそんな兄の心情を察して、さりげなく話題を変えるように微笑みかける。
「そっか……ごめんね、嫌なこと聞いちゃって。でも……あなたがそばにいて、会話できるだけで私は嬉しい。かつては一緒に飯を食べるのが当たり前だったから、つい……ね。」
眼差しにうっすら潤みが差す。
ウィーグラフは「……ああ」と応じるのみで黙り込む。ともすると会話が途切れそうだが、それでも二人は沈黙に耐えられるだけの信頼関係を感じ始めていた。
しばらくして、部屋の片隅にあるパネルがピピッと音を立て、映像が投影される。セラフィーナの端末から送られたデータらしく、ウィーグラフが背伸びをしてその画面を見る。そこには古い革命軍時代の記録らしき写真や戦況図が次々に表示されている。
ウィーグラフは音声を発しないまま、ひたすらにその資料を眺めている。恐らく妹が集めたか、あるいは遺跡のシステムを通じて抽出されたものだろう。
そこには血生臭い戦闘や、貴族との衝突で焼け焦げた村の光景、かつての仲間たちが笑い合う姿――そして、ウィーグラフが指揮を執る写真まである。
「……これが、俺の過去……。ルカヴィ化するまでの俺……」
メタリックな喉から掠れた声が出る。
映像から読み取る情報は膨大だが、その分こみ上げる感情もひとしお。革命を名目に多くの血を流した自分、そして最終的にルカヴィの力に溺れて破滅した自分――すべてがそこに記録されているのだ。
ミルウーダは、それを黙って見つめる兄の側に寄り添い、そっと背中に手を添える。金属の感触が硬いが、そこに存在する彼を感じたい一心で触れている。
「兄さん……私、あなたが抱えていた苦しみや悔しさを知らなかった。貴族を倒すためには何でもする覚悟があると思っていたけど、きっとあなたも悩んでたんだよね……」
呟きには涙の響き。ウィーグラフはかすかに尻尾を動かし、うなだれるような姿勢を取る。ロボットの身体が人間らしい仕草を見せるのはどこか滑稽だが、同時に哀しさを帯びている。
「俺は……弱かった。ルカヴィの力を手にしたのも、“革命を捨てたくない”という意地があっただけ。結果……多くの仲間を殺してしまった。お前にも取り返しのつかない傷を負わせた……」
彼の声が苦悶に震える。思い出すだけで胸が裂かれる思いなのだろう。生前、彼はルカヴィ化して暴走し、ミルウーダの前で命を落とした――兄として、革命家として、取り返しのつかない失敗を犯した自覚が深く根を張っている。
「だけど、兄さんはこうして戻ってきたじゃない。今度はもう、あんな悲劇を繰り返さない。私もそう誓うよ……」
二人の声が遺跡のメタリックな壁に吸い込まれていく。まるで墓地のような静寂が漂うなかで、愛おしい再会を噛みしめながら、しかし同時に罪の重さを抱えている光景だ。
突如、ウィーグラフの目(モーグリ型のゴーグル部分)が真紅に揺らめき、感情的な波動が機械ノイズを帯びて伝わる。
まるで魂が震えるような声音で、彼は一つの決意を口にした。
「戦いではなく、伝えることをしなければならない……。」
その言葉は、革命に没頭し、剣と力を信じてきた昔のウィーグラフからすれば想像もつかないほどの転換を示す。ミルウーダはドキッとして、その瞳を見つめる。
「兄さん……?」
すると、ロボットの胴体がぎくしゃく動き、耳が上下に揺れる。まるで深呼吸する人間さながらに、震える金属の声が続く。
「俺は……剣を振るうしか能がなかった。革命家として、貴族を倒せば平民が救われると信じた……。けれど、結果的にはルカヴィの力に溺れて……多くの人を巻き込み、何もかも失った。もう、同じ過ちは繰り返さない……」
言葉の合間合間にノイズが混じる。だが、その一節一節にウィーグラフの強い意志が宿っている。
「だから今度は……情報を、知を、伝える側になる。戦う者は、お前や仲間たちに任せればいい。俺は……この姿で、“伝える”という革命を目指す……それが俺の贖罪なんだ……」
最後の言葉にミルウーダは目を潤ませ、“兄さん……”と声を詰まらせる。彼女が理想とする“殺さない革命”にも通じる発想だ。以前は剣や力で貴族を倒そうとしていた兄が、今は“伝える”という穏やかな方法を重視しているのだ。
「うん……私も、そのために戦うよ。兄さんを失って分かった。力だけじゃだめなんだって……。情報を広め、人々が自ら考えられる環境を作らなきゃ、貴族の弾圧は形を変えて続いてしまうから……」
感極まった声で、ミルウーダは答える。兄が歩むという贖罪の道――それは、革命家としての暴力を振るうだけの日々とは決別し、新たな形の行動を模索するものだ。
この遺跡のAIや古代技術を活かし、世界に伝えていくことができるなら、血の連鎖を減らせるかもしれない。そうした希望が湧き上がる。
ふいに、何かを思い出したようにウィーグラフが呟く。モーグリ型の尻尾がシュルっと動いて、金属の毛(?)がコツコツと床を叩く。
「ミルウーダ……すまないな。俺は、もはや人間ではなく、昔みたいに一緒に剣を振るうことはできない……。だが、情報戦や戦術解析で、俺がサポートできるなら、遠慮なく頼ってくれ。」
その言葉には、明確な決意と同時に一抹の寂しさが含まれる。愛用していた剣はもう握れないし、人並みに感触や味覚を得ることもできない。しかし、“革命家”としての志はまだ燃え尽きていない。
ミルウーダはうっすらと微笑み、ロボットの頭を軽く撫でる。毛はないが、そこにはまるで生き物のような温もりを機械的に再現する機能があるのかもしれない。
「ありがとう、兄さん……。剣なんて、もういらないよ。二度と、あんな血塗れの戦いはしたくないって、私も思ってるから。……一緒に、考えよう。貴族を倒すんじゃなくて、世界を変える方法を……」
二人の心が重なり合う。兄と妹が、再び一緒に未来を描ける。それこそが彼らにとって“新たな革命の形”だ。
若い頃のウィーグラフなら「馬鹿馬鹿しい」と一蹴したかもしれない。しかし今は死を経験し、魂をAI化するという稀有な道を歩んだ末に、彼は人としても革命家としてもかつてない境地に到達している。
「……よし、では早速……。ミルウーダ、これからの作戦を整理しようじゃないか。」
そんな言葉を口にするウィーグラフに、妹は心の底からの笑みを返す。「うん、お願い……!」
セラフィーナが控えめに端末を渡し、「早速、対ゴルターナ派やラーグ派の情勢分析を再開しましょうか。お二人の連携があれば、血生臭い戦場でも“知”を広める道が開けるはずです」と提案する。
こうして、遺跡のラボは即席の“革命会議”の場となる。メタリックなテーブルには地図やデータホログラムが投影され、ミルウーダとウィーグラフAI、そしてセラフィーナが各々の意見を出し合う。
ゴルターナ派とラーグ派の権力闘争が激化すれば、平民が大量に戦争へ駆り出される。それを防ぐにはどうするか――力で両派を倒すことは、また血を流すだけかもしれない。
しかし、情報を操作し、人々が自らの立場を理解することで、戦乱を抑止する道はあるのではないか――そうした議論がメインに交わされる。ウィーグラフが人工知能の解析力を活かし、各地の噂話や流通状況をモデル化して“人々の不満や希望”を可視化するシミュレーションを行う。
「例えばこの村では、貴族派の圧力が強いが、対立候補を知れば平民が蜂起するかもしれない。だが暴力的な蜂起を誘発すれば意味がない……。あくまで知識を与える形で、強権に反発する動きを作れないか……」
そう提案するウィーグラフは、かつての“剣”ではなく“情報”や“民衆の連帯”を活かす戦略を模索している。
ミルウーダは頷きながら、AIの提示する数値やグラフを眺め、昔の自分とは全く違う方法論に驚きを覚える。だが同時に、これこそが未来を示す革命の形だと感じ始めている。
「ほんとに……こんなアプローチがあったなんて……。兄さん、あなたがこう言ってくれるのが信じられない。でも……すごく嬉しい。」
ミルウーダの言葉に、ウィーグラフAIはモーグリの尻尾を揺らし、苦笑に似た声を漏らす。
「俺自身、昔の俺を否定してる感覚がある。だが、ルカヴィの力に溺れ、何もかも失った後で、こうして再び機械の体を得た以上……同じ轍を踏むわけにはいかんだろう。せめて……贖罪として“知”を広める役割を担おうと思うのさ。」
テーブルに散らばる過去の戦果報告書や古い写真――そこには、ウィーグラフが剣を振るい、血塗られた戦場を駆け抜ける姿も映っている。同志たちと共に笑う写真もあるが、その背後には犠牲の山があった。
ウィーグラフはモーグリの手を震わせながら、それらを一枚一枚見つめ、低い声で語る。
「俺は、あの時は正しいと思っていた。貴族を倒せば平民が救われる、と……疑わなかった。けれど実際は、敵味方を問わず血を流し、最後はルカヴィの誘惑に屈して……。何が革命だ……。俺がやったことはただの大量殺戮だった……」
ミルウーダはその言葉を聞き、すぐに否定しようとするが、言葉が出てこない。確かに、血を流した事実は消えないし、多くの同志や平民も犠牲になった。彼女自身も革命軍の一員として、何度も殺し合いに手を染めている。
それでも、あの時は他に方法がないと思い込んでいた。今になって客観的に振り返ると、まるで視界がひらけたように“もっと違う道があったはず”と思えてくる。
「兄さん……だからこそ、今は伝えるんだよ。私たちが犯した過ちをさ。人々が、同じ轍を踏まないように……血を流さずに道を切り開く手段を、私たちが示そう……」
ミルウーダの瞳に決意の光が宿る。昔はそんなこと考えもしなかったが、兄がこうしてAIとして戻ってきたことが、彼女に勇気を与えている。
ウィーグラフAIは小さく頷き、「ああ……俺もそのために存在する。これが俺の贖罪だ」と低く語る。新たな使命感が、彼のモーグリ型ボディに確かな意志を宿しているのがわかる。
話の流れで、ウィーグラフはルカヴィ化時に殺してしまった同志や民衆の名前を口にする。
「ガストン、ベルナール……あいつらは俺を信じてついてきた。なのに……」
「村を守るはずが、俺が自らの手で火を放ったようなものだ……」
ミルウーダは胸を抉られる思いでその告白を聞く。悲しみと後悔が深いほど、今からでも取り戻したいのかもしれない。彼女はそっと兄の頭に手を置き、再度誓う。
「……私も同じだよ。数えきれない命を奪ってきた。でも、こうやって生き残った以上、償うことができるかもしれない。新しい革命を見つければ……彼らの死も、少しは報われるかもしれない……。」
二人の声が穏やかに溶け合う。まるで赦しを求め合うかのように、沈黙が訪れる。
やがて、ウィーグラフが静かに尻尾を揺らし、意を決するように言い放つ。
「……わかった。戦いではなく、伝えることをしなければならない。俺は……もう剣を握れないが、知を広める道具として、革命家ウィーグラフの名を使おう。……お前はどうだ、ミルウーダ?」
「私は……あなたと同じ。血でしか道を切り開けないと思っていた。けど、そうじゃない。情報と知識……人々が自分で考えられるようにすることこそ、本当の革命になるかもしれない。……私もそう信じたい。」
その言葉にモーグリロボは尻尾をさらに揺らして賛意を示し、ぎこちない手足でミルウーダの手をつかむ。金属的に冷たいが、確かに“兄”の意志を感じる握り返し。
しばらくして、セラフィーナが室内に入ってくる。いつも通りのメイド服姿だが、その瞳にわずかな期待が宿っている。
「お二人とも、随分と落ち着いたご様子ですね。何よりです。ウィーグラフ様のAIデータも安定度が上昇し、ルカヴィ由来のノイズはかなり除去されつつあります。」
「……そっか。ありがとう、セラフィーナ。あなたの助けがなければ、兄さんは……私たちは……」
ミルウーダは礼を述べるが、セラフィーナは首を軽く横に振る。「私はシステムを動かしただけです。選択したのはミルウーダ、そしてウィーグラフ様ですよ。」
モーグリロボが小さく笑いを漏らす(機械的なノイズ混じりだが)、「確かにな……だが俺は、まだ慣れないことばかりだ。ひとまず、俺たちの道はこれからだな……」と呟き、視線を妹に向ける。
「一緒に……やり直そう、兄さん。剣を持たない革命……私たちにしかできない、新しい道を……」
その言葉に、ウィーグラフは頷いた。
深夜、遺跡のメインコンソールが消灯し、薄暗い照明だけが残る。ミルウーダは疲労から眠りに落ち、簡易ベッドで静かに寝息を立てている。
一方、ウィーグラフ(モーグリ型ロボット)は、充電ポートに繋がれながら、微かに瞳の部分が光を帯びている。彼は眠る必要はないが、意識の一部をシステムに預けて自己診断を行っているのだ。
その最中、彼はデータとしての脳裏に無数の記憶フラッシュがよぎる。革命軍時代の激戦、ラグを切るように切り裂かれた仲間たち、ルカヴィ化の咆哮、妹の涙……。
「俺は……贖罪しなければならない。……戦いではなく……伝える……平民を救うと誓ったあの時の理想を……もう一度……信じて……」
メタリックな喉で呟く声はかすれているが、確かな意志を宿している。かつて血まみれだった自分、今は機械の身体――両極端ともいえる状態を経て、ここにいる。革命を成し遂げる手段は、もう力任せではないと知ってしまった。
そっと視線をミルウーダに向ける。妹が穏やかな寝顔をしているのを見て、安心する。昔はいつも険しい表情で剣を磨いていた妹が、今は心穏やかに眠っている――それだけで、自分が生き(存在し)ている意味があると感じる。
「……ありがとう、ミルウーダ。今度こそ……お前と共に……“伝える革命”を……」
かすかな独白が遺跡の暗い空気を揺らす。こうして、ウィーグラフは贖罪の道を歩むと決意し、自分の革命家としての価値観を完全に塗り替えようとしている。
殺さずに革命を進める……かつてなら馬鹿にしていた方法だが、今はそれにこそ未来があると信じたい。その信念が、モーグリ型の金属ボディに不思議な“温もり”を与えるかのようだった。