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再観測:星を継ぐもの:Episode7-3

Episode7-3:アリスの声

星海の果てに佇む仮設拠点には、つかの間の静けさが漂っていた。だが、そこに腰を落ち着けている誰もが、この静寂が本当の安息ではないことをわかっている。要塞の脅威は消えていないし、あの“エース”が再び姿を現す可能性だって高い。いつ何時、戦端が開かれてもおかしくない緊迫感が、宙に薄い膜のように張り詰めているのだ。

そんななか、カインは銀の小手の修理を終えた整備士たちに感謝を伝えながら、機体の外装を確認していた。観測光を使う先の激闘で、翼やブースター部に焦げ跡や亀裂が残っていたが、エンジニアチームが懸命に応急処置をしてくれたおかげで、なんとか次の出撃に耐えうる状態には回復したようだ。

「これで、とりあえず飛べそうだな。ありがとう、本当に助かったよ。もしまた何か不具合が出たら……」

整備班のリーダーがタオルで汗を拭いながら笑う。 「遠慮なく言ってくれ。だが無茶するなよ。いくらこっちが修理しても、お前さんたちが機体をギリギリまで酷使するから、こっちは夜も眠れないんだ」

「悪いな。戦いのさなかじゃ遠慮できないもんで」
カインが肩をすくめると、ちょうどそこへガウェインが盾を手にやって来た。大破した盾を新造したばかりで、塗装の匂いがまだ残る。彼は盾を眺めながら、お気に入りの武器が戻ってきたように嬉しそうにしている。

「どうだガウェイン、その新しい盾は?」とカインが問うと、彼は“ふっ”と笑みを浮かべる。
「前のと比べると二割ほど重くなったが、その分硬度が上がってるらしい。エース機のビームにも多少は耐えられるはずだ……まあ、今度壊すわけにはいかねぇけどな」

そんな冗談めかしたやり取りを交わしながらも、二人の表情はどこか暗い。先のエース機との戦闘が、それほど衝撃的だったのだ。トリスタンは狙撃用ライフルを慎重に校正しているし、アーサーはまだ腕に包帯を巻いて本調子とはいかない状態だ。
そして、アリスもまた同じ。彼女は仲間の補修を見届けるように歩み寄りながら、いつもなら素直に笑顔を見せるはずの場面で、少し伏し目がちだ。

「どうした、アリス?」
カインが気づいて声をかけると、彼女ははっと顔を上げ、短く息をつく。「ううん。大したことじゃないんだ。ただ、さっきから……」

「さっきから?」

「うん……なんだか、頭の奥で“声”みたいなのがするの。自分の思考かもしれないけれど、どうしても私の声じゃない気がして……」

カインが思わず眉をひそめる。「声……まさか、また敵が干渉してきてるのか? あのエース機が何か仕掛けて……」
アリスは困惑した面持ちで首を横に振る。「わからない。ただ、観測光の波長を解析しても異常はないし、干渉を受けている気配もないの。でも、ここ数日、どこか夢の中で誰かが私に呼びかけてるような感覚があって……」

そこへ、アーサーが片腕に包帯を巻いたまま通りかかり、小さく声をかけた。「アリス、大丈夫か? その“声”とやら、何か悪影響を及ぼしているわけじゃないのか?」

「アーサー……ありがとう、心配してくれて。体調が悪いわけじゃないの。ただ、ときどき“私とは別の私”みたいなのが、胸の奥で語りかけてくるようで……」

ガウェインが盾を抱えたまま「なんだそりゃ、難しいな」と苦笑する。トリスタンもライフルを抱いて「アリスは特別な力を持つからな……上位世界とやらの影響とか? 実感がないが、あり得なくはない」とつぶやく。
アリスは「ううん、干渉力とは少し違う気がする。もっと深いところから響くような……」と、小さく息を吐いた。

「もし気になるなら、神官隊に検査してもらうか? あるいは整備班と観測制御装置を使って脳波を測定するとか……」
カインが提案するも、アリスはかすかに微笑んで首を振る。「ううん、今はそれほど深刻じゃないから。もう少し自分で様子を見たい。ごめん、せっかく心配してくれてるのに」

「いや、謝るなよ。もし何かあったら遠慮せず言ってくれ」
カインが声を落として励まし、アリスは「ありがとう、カイン」と静かに微笑む。その瞬間、ふと彼女の表情が硬くなった。

――声がまた、聞こえた。
それは、ごくかすかな囁きで、まるで夢の中の古い友人が呼びかけてくるような優しい調子だった。それでもアリスはその内容を掴めず、雑音のように耳元をかすめるだけ。
(誰……? なぜ私を呼ぶの……?)と思考しても、答えは返らない。少し頭痛を覚えそうになり、アリスは軽く首を振ってやり過ごした。


その“声”の正体を知るすべもないまま、次の任務が下される。要塞へ向かう大艦隊が再び編成を強化し、前線の偵察を行うというのだ。だが、今度は多少規模が小さい。前回の大攻撃で被弾した艦船が多く、またエース機に対抗するための数機を別働として温存しておきたい――そんな思惑があるらしい。

円卓騎士団の4機は、いつもどおり先陣を切る形で出撃することになった。星海の深い闇を抜け、要塞近辺の安全を確認しつつ、新たな防衛網の動きを探るのが今回の目的。
整備を終えた銀の小手が滑るように甲板を離陸し、アーサーのエクスカリバー、ガウェインのガラティーン、トリスタンのフォール・ノートが後に続く。数隻の護衛艦も同行しているが、規模としては偵察に適した最小限の編成だ。

アリスは操縦席に座り、カインと横並びでモニターを確認する。干渉力を使うときに感じる頭の痛みは、今日は比較的穏やかでありがたい。だが、あの妙な“声”はやはり心の中にくすぶっていた。
「カイン、今日は大丈夫そう?」とアリスが声をかける。
「おう。機体も整備してもらったし、俺自身も万全だよ。ただ、お前のほうこそ無理するなよ。急にぼんやりするんじゃないかと心配だ」

「ありがとう、気をつけるね。……少し迷ってるだけなの。この“声”がもし何かの警告だとしたら……私がそれを聞かずに無視してていいのかなって」
「警告か、あるいは呼びかけか。まったく、悩ましいな」とカインは苦い笑いを浮かべる。「聞こえるなら、いっそはっきり言ってくれりゃいいのに、そうはいかないもんなのか」

二人がそんな会話を交わすうち、要塞近辺へと到着しつつあった。外壁には大きな変化はないが、どうやらドローンの配置や砲台の動きに微妙な違いがあるらしく、トリスタンがスコープを覗き込んで「配置が再編されている……どこかにあのエース機も控えてるかもしれない」と低く告げる。
ガウェインは盾をかちりと固定して「もし出てくるなら今度こそやってやる」と息を巻く。アーサーは冷静さを保ち、「警戒を怠らないこと。今回の任務はあくまで偵察。無理に突っ込む必要はない」と告げる。

艦隊が適度な距離を保ちながら要塞を睨む。ドローンが少数ながらこちらを警戒して出撃してきた。円卓騎士団は軽く迎撃態勢をとり、ビームとミサイルで撃退を開始する。
戦闘としては小規模のものだが、相手の火力は侮れない。何発かかいくぐったビームが護衛艦の装甲を焦がし、爆煙が上がる。カインたちがすかさずカバーに入ってドローンを仕留めると、要塞の砲台が援護しようと弾幕を送ってくる。

「やっぱり要塞の防衛意識は高いね。攻め込む余地はまだなさそう……」
ガウェインが盾で弾を受けながら、舌打ち混じりに呟く。トリスタンは狙撃で砲台を牽制しているが、数が多いので大勢に影響は及ばない。
アリスは干渉の力で時折ビームを逸らすが、今日はまだ本調子でないらしく、あまり大規模には使えない。カインが隣で焦りを感じながらも、「これで十分」と励ます。

すると、とつぜんアリスがピクッと肩を震わせる。
「……また“声”が……しかも少しはっきりしてきた気がする……」
「今か? こんな戦闘中に?」
カインが驚いて操縦桿を調整しつつ、彼女の様子をうかがう。アリスは頭を押さえ、苦しげに眉を寄せる。

「ううん、大丈夫。ちゃんと聞こえないけど……“行かないで”とか、“目覚めないで”みたいな……そんな感じがする」
「え、“目覚めないで”……?」
カインはすぐに連想する。以前、アリスが自分の中に“巨大な力”を秘めている可能性や、上位世界での本体が眠っているかもしれないという仮説。まさかその事実と関係があるのか?

アーサーが通信を通じて「どうした、カイン?」と尋ねるが、カインは少し迷って「いや、ちょっとアリスが……すまない、こっちは大丈夫だ」と曖昧に返答した。まだ確証がない以上、下手に混乱させたくないという思いがある。
アリスは唇を結んで胸に手をあて、「この声、私を……止めようとしてるみたい」と小声で言う。カインは戦闘をしながらも頭の中をぐるぐる回転させ、「止めるって、何を?」と問うが、アリスは首を振るだけだ。

やがて、ドローンの迎撃をひとまず終えた艦隊が、要塞の反応を探りながら後退に移る。今回は本格的な攻撃ではなく偵察だから、無理に突撃して被害を出す必要はない。ガウェインが盾を抱えて「追ってくる敵はいないな。俺たちを追撃しようという動きはなさそうだ」と言う。トリスタンが「エース機も出てこない」とレーダーを見ながら苦い顔をする。

「奴らもまだ準備が整っていないのか、あるいは別の作戦があるのか……このまま撤退しようか」
アーサーが判断して艦隊は引き返す形を取る。カインは安堵の息をつくが、アリスの様子が気になって仕方ない。通信を一旦プライベート回線に切り替え、「アリス、大丈夫か? あの声ってまだ聞こえてる?」とこっそり訊く。

「ううん、今は静か。消えちゃった……一体何なんだろう」
アリスは不安そうな表情で呟く。カインは何も言えず、ただ「帰ったらもう少し休もう。変な干渉受けてるなら、解明しないといけないし」と励ます。その言葉に、彼女は微かに笑みを返し、「うん……ありがとう」と囁いた。


こうして艦隊が拠点に戻り、一度落ち着いたのは数時間後のこと。アリスは自室に戻って横になり、さきほどの謎の声を思い出していた。
「“目覚めないで”……私が目覚めると何か起こるの? 誰が言ってるの?」
彼女は自分で自分に問いかけるしかない。ドクンと鼓動が耳に響き、遠くで再び囁きが聞こえるような気がするが、それは言葉になる前に消えていく。まるで“何者かが語りかけたいのに、うまく届かない”状況だ。

そこへカインが軽くノックして部屋へ顔を出した。
「よお。大丈夫か? 神官隊の検査を受けるって話もあったけど……どうする?」
アリスは自嘲気味に首を振る。「今はまた声が遠ざかってるし、検査したって何も出ないと思う。干渉波にも異常がないし……」

「そっか。まあ、しんどくなったら言えよ。……それより、ありがと。さっきの戦闘でも、お前がいてくれなきゃ被害がもっと出てたかもしれない」
その言葉に、アリスは少し頬を染めて静かに笑む。「ううん、私こそ何もできなかったし……でも嬉しいよ」

二人の間に、ちょっと照れくさい空気が流れる。カインは視線を逸らしながら、話題を変えるように「そんじゃ、ちょっと食事でも取ろうぜ。俺も腹が減ったし、戦闘でカロリー消費してフラフラだ」と誘う。アリスも「そうだね、行こうか」と立ち上がる。
その瞬間、また頭の奥にノイズが走って、アリスはピタリと動きを止める。カインが「どうした?」と心配そうに顔を覗き込む。アリスはぎゅっと目を閉じ、またあの声を聞こうと耳を澄ませる。でも、やはり明確には届かない。ほんの微かに「……待っていて……」という言葉が混ざったような気がして、心が痛んだ。

「アリス?」
「うん……大丈夫。ごめん、行こう」と無理に笑って取り繕う。カインはその表情を見て、何かを言いかけるが結局押し黙る。アリスが自分で消化したいのだろうと判断したのだ。


食事を終えたあと、アリスは独りになって廊下を歩きながら、改めて整理を試みる。
(“目覚めないで”“待っていて”“私を止めようとしてる”――この言葉たちが、どうして私の頭に響くの? 敵が干渉してるなら、もっと攻撃的なメッセージのはずじゃないのかな。これはまるで誰かが……私を守ろうとしてるような、そんな感じ……)

だが、自分が何者で、なぜ干渉力を使えるのかについてもはっきりした記憶がない。ユグドラシルというキーワードが自分の根源に関係しているらしいことは知っているが、その詳細はつかめないままだ。
ぼんやり考え事をしていると、廊下の影からトリスタンが現れ、彼女に声をかけた。「アリス……。さっき、カインを心配させてたね。大丈夫か?」

「トリスタン……うん。心配かけちゃってごめん。何もできないのに」
アリスは困ったような笑みを見せる。トリスタンは目を伏せ、「君は何もできないわけじゃない。干渉力や観測光制御、それに……カインたちを支える存在だろう。でも、もし君自身が何かに苦しんでいるなら、皆に助けを求めてもいいんだよ」と穏やかに言う。
その言葉が優しさを帯びていて、アリスの胸にじんとしみる。彼女は小さく頷いた。

「ありがとう。私も……みんなに頼りたい気持ちはあるんだけど、まだ自分でも何が起きてるかわからなくて。変に混乱を招くのが怖いの……」
「わかった。焦らず、何かわかったら伝えてくれればいい。俺らは仲間だし、誰も君を責めない」
トリスタンはそれだけ言うと、さっさと歩き去っていく。普段の無口な彼らしい。アリスはその背中を見送りつつ、ほんの少し心が和らいだ。


さらにその夜。星海には昼夜の別がないので便宜上の夜というだけだが、艦隊全体が次の戦闘に備えて仮眠や調整を行う時間帯になる。アリスは自室のベッドに横たわり、まぶたを閉じる。長い一日だった。
少しうとうとしてきたそのとき、またあの“声”がはっきりと耳に響いた。

――「……聞こえますか……? ……アリ……」

まるで誰かが遠い場所から呼びかけているような口調。アリスははっと目を開きそうになったが、意識をあえて集中させて、その声に応えようと試みる。観測光や干渉力ではなく、もっと内なるものを使う感覚。
(誰……? あなたは誰なの?)

返事はこない。だが、確かに声が続く。「……眠り……続け……世界が……」。断片的で繋がらない。アリスは苦しげに額に手を当て、心の中で必死に問いかける。「眠り続ける? 私が目覚めると何か問題が……?」
意識がふと沈み込みそうになり、恐怖を覚えて思わず起きあがる。薄暗い部屋には自分しかいない。汗がじっとりと背中に滲んでいる。鼓動が早鐘のように鳴っていた。
「……怖い……なに、これ……」と呟き、アリスはそのままベッドの淵に座り込む。この感覚、どこか懐かしいような、でも不気味なような、言葉にできない感触だった。

ふと扉がノックされ、カインの声が聞こえた。「アリス、まだ起きてるか? 悪い、寝てたらすまん」
アリスは少し躊躇ってから「うん、起きてるよ。どうぞ」と返事をする。カインが部屋に入ってきて、薄暗い灯りのもとでアリスの姿を認めると、すぐに心配そうな顔になる。

「顔色悪いじゃないか。……また“声”か? 大丈夫か……?」
アリスはぎこちなく笑ってみせる。「平気、平気……いや、少しだけ頭が混乱してるかな。ごめんね、こんな時間に」

「謝らなくていい。俺が勝手に来たんだし。なんか嫌な予感がして……」
カインは気まずそうに目をそらし、「あのさ、さっき変な夢でも見たのか? 急にドキッとしたんだよ」と言う。アリスは驚いた顔をする。「私のほうこそ、不思議な夢、というか声を聞いて……。カインも同じように感じたの?」

「いや、そこまでじゃないけど、なんか胸騒ぎがして。いてもたってもいられなくなって来たってだけだ。バカみたいだろ」
そう言うカインに、アリスは微かに笑みを返す。「ううん、バカじゃないよ。ありがとう……嬉しい」

二人はしばし黙り込む。夜の静寂のなか、遠く艦の動力音がかすかに響いている。
アリスは意を決して、自分が聞いた断片的な言葉、「眠り続けて」とか「世界がどうの」とかをカインに打ち明けた。カインはうなるように考え込み、「やっぱり、前に話した“もしお前が目覚めたら世界が……”みたいな仮説と繋がるのか?」と推測を口にする。

「わからない。確かにそうかもしれない。私がここで目覚めてはいけないっていう……? でも、いったい何のことを指してるんだろう。私は普通に起きてるし、眠ってるわけじゃないし……」
アリスは混乱を隠せない。カインはそっと彼女の肩に手をやり、「焦らなくていい。もしかすると、お前がさらに大きな力を引き出そうとしたら、誰かがそれを止めようとしてるんじゃないか? それが敵か味方か、まだわからないけど」と言葉を選んで言う。

「……味方なら、こんなに曖昧な呼びかけはしないでほしいよ。でも、敵にしては切実な感じなんだ……ううん、考えすぎかもね」
アリスはため息をつきながら頭を振る。カインは彼女を抱きしめたい衝動を抑えつつ、手を肩から離して、互いに顔を見合わせる。二人の距離は近いが、その間には得体の知れない謎が横たわっていた。

「とにかく、今はお前の身体と心を優先しろ。俺たちがどうにかしてやるさ、世界を守るとか、The Orderを倒すとか、全部一緒にやっていこう」
カインの言葉は強がりのようにも聞こえるが、まごうことなき本音だ。彼女を一人で悩ませたくないのだ。

アリスは小さく頷いた。「うん……ありがとう。ほんとに、みんながいるから大丈夫。私一人で抱え込んでちゃだめだよね」
カインは“そうだ”と答え、ふいに恥ずかしそうに咳払いをした。「それと……ちょっと眠れそうにないなら、俺も付き合うよ。ここで話しててもいいし、散歩してもいいし……」

「ふふ……じゃあ少しだけ。艦内のテラススペースに行かない? 外の星々が見えるところがあるし、深呼吸すれば落ち着きそう」
アリスの申し出にカインは笑顔を返し、「いいな、行こう」と応じる。二人は夜の廊下を並んで歩き、静まり返った艦内をそっと抜けていく。通路の先にある展望スペースには厚いガラス越しに星海が見え、微弱な照明が足元を照らしている。

窓の外には、無数の星が散りばめられた闇が広がっていた。要塞の棘が暗いシルエットに映り、遠くにはドローンのランプのような小さな光点がちらちら動いている。
アリスはガラスに手をつき、そっと瞳を閉じる。「綺麗なのに、危険な場所……私、ここが好き嫌いとかじゃなく、なぜか懐かしさも感じるんだ。こんな星々を眺めてると、心が落ち着くような……」

「お前にとっての故郷かもしれないな。この星海が」
カインは軽い冗談のように言うが、実際にアリスの本質が星々や上位世界に関係していると考えれば、決してあり得ない話でもない。
アリスは微笑み、「そうだといいな。もし本当に私がここで生まれたんなら、守りたいって思えるし。だけど、あの声が言う“目覚めないで”が、もし世界を破壊することに繋がるんだとしたら……私、どうすればいいのかな」と小さく呟く。

カインは彼女の横顔を見つめ、「お前が何者でも、俺は変わらずお前を信じるよ。お前だって、この世界が好きなんだろ? なら、目覚めない道を探せばいいんじゃないか? まあ、何言ってるか自分でも半分わからないけど」と笑う。
アリスもその言葉にくすりと笑い、「ありがと、カイン。うん、私、どうにかしてみる。自分の存在が世界を消すなんて嫌だもん……」と目を細めた。

静かな星空が、二人の絆を包み込む。ここで生きていくこと、仲間とともにあること。アリスの心は決まっている。決して目覚めて世界を消したりしたくない。カインも、そんな彼女を一緒に支えると誓っている。だが、その選択を許すかどうかは別の力……The Orderや、さらに上位の世界の動向次第だろう。

やがてアリスが微かに口を開く。「ちょっとだけ、もう少し星を見ててもいい?」
カインはうなずいた。「もちろん。俺も一緒にいるよ。眠くなるまで眺めよう」
窓の外の宇宙は、どこまでも深い闇と輝く星々が混在し、その果てに要塞の不気味な輪郭と棘が潜んでいる。もしあそこから再びエース機が飛来してきても、今の二人には「この宙での戦いから逃げない」という意志がある。それが小さな光となって、彼女の抱える不安をほんの少し照らしていた。

アリスは胸の奥で“声”に問いかける。(私は目覚めない……それでいいんだよね? この世界は、とても大切だから……)
返事はない。しかし、不思議な安心感だけが、そっと胸に降りてくる気がした。


夜明けは存在しないが、次の作戦が発動されるころ、艦内は再び活気づいている。カインとアリス、そして円卓騎士団はこれからも要塞やエース機と対峙し続ける運命にあるだろう。だが、その中でアリスは確かに――自分の「声」を聞いている。まだ輪郭は曖昧だが、それはきっと彼女がこの世界を想う心と、上位世界に繋がる己の本質が交差する地点に生まれたものだ。

いつか“声”の正体がはっきりする日が来るかもしれない。それは恐るべき真実かもしれないし、思わぬ救いかもしれない。どちらにせよ、アリス自身が決断を下す時が訪れるはず。カインや仲間が支えてくれるなら、どんなに厳しい道でも乗り越えられる――彼女はそう信じていた。

渦巻く宙の星々が、今も蠢く要塞を遠巻きに照らしている。その向こうに、観測光の亀裂が薄く揺れている気がする。あの裂け目の先に、いったい何が待ち受けるのかは誰にもわからない。だがアリスは、もう一度誓ったのだ。“みんなと一緒に世界を生きていく”という決意を。
彼女の胸に、またあの声が小さく共鳴する。「……眠らないで」「……目覚めないで」――相反するささやき。どちらが正しいのかは、まだ見えない。しかし、そこには確かな“愛おしさ”すら感じる。それを探り、答えを見つけるための旅は、まだ続くのだ。

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