![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169835165/rectangle_large_type_2_0d3b8a71e4576d5525f75a39dc3f2d7e.jpeg?width=1200)
星を継ぐもの:Episode3-3
Episode3-3:新しい戦術
その日、王都の空は澄んだように見えながらも、どこかざわめく気配をまとっていた。夜を貫く警報が収まり、空は一瞬だけ静寂を取り戻したかに思えるが、街の人々はまるで次の波が来るのを恐れるように、早朝からそそくさと身支度を整えている。
円卓騎士団の拠点となる王城の上空にも、以前のように落ち着いた空気は感じられない。城の大広場には騎士や兵士、そして整備スタッフが行き交い、絶え間なく装備や物資の移動、伝達が続けられていた。まだ朝焼けの赤みを帯びた陽光が石畳を照らす中、そこには戦慄と焦燥が入り混じる空気が漂っている。
カインはそんな広場の片隅に立ち、そっと深呼吸をした。空気は少し冷たく、肺の奥を刺激する。ここ数日の激戦と、仲間の負傷、そして何よりも――“アリス”の不在が心を重く圧していた。アリスは相転移干渉を無理に使った反動で昏睡状態のようになり、干渉波を使えなくなっている。
(やっぱり、アリスがいないと……)
思わず拳を握り込む。彼女に全てを任せっきりだったわけではないが、観測光や空間歪曲に対してどれだけ頼りにしていたかを痛感せずにはいられない。それを証拠に、北方街道での戦闘では歯が立たず、応急対応に追われて陣形が崩れ、そのまま撤退を余儀なくされたという報告が今朝、上がってきたばかりだった。
「おい、カイン!」
背後から声をかけてきたのは、火力特化で知られるモードレッド。乱雑に刈り込んだ赤茶の髪と、紫色を帯びた鋭い瞳が印象的な、いささか口の悪い騎士である。彼は頬にまだ生々しい傷を残しながら、やや苛立った表情でカインを見下ろすように言った。
「どうした、こんなとこで立ち尽くして。もうすぐブリーフィングの時間だぞ」
カインははっとして顔を上げる。そうだ、すぐに王の執務室で会議があるはずなのだ。新たな敵へどう対処するか、その“新しい戦術”を練るために招集がかかっている。
「あ、すまん……ちょっと考え事してた」
「アリスのことか? ま、あんまり気を落とすな。アイツは丈夫だろ。いつかまた戻ってくるさ」
モードレッドなりの励ましかもしれない。決して愛想がいいわけではないが、その言葉にはどこか仲間を思う気持ちがにじんでいた。カインは短く頷くと、歩み始める。二人で城の回廊を進みながら、やがて執務室の扉へたどり着く。
厚い木製の扉を開くと、そこにはすでに数名が集まっていた。大きな円卓が置かれ、アーサーとエリザベスが中央で書類を確認し、ガウェインや整備主任のマーリン、そして数名の神官が周りを取り囲むようにしている。中にはトリスタンの姿もあったが、いつも通り静かな雰囲気を保っていた。
アーサーがカインとモードレッドの姿を見るなり、軽く目配せをして席に促す。会議の空気は張り詰めているが、そこには一種の希望も漂っているように見える。
「ようやく揃ったな。では改めて、ここ数日の情勢について皆で共有しよう」
アーサーは落ち着いた声音で言葉を紡ぎ始める。手元の地図を広げ、最近頻発している「白銀装甲の敵」の出現ポイントを指し示す。
「先日の戦闘で、一時的には彼らの動きを食い止めたが、アリスが不在の状況では相転移干渉が使えず、北方街道での戦闘は劣勢を強いられ、やむなく撤退した。……残念ながら被害は出ているし、このままでは王都への補給ラインが脅かされるのは時間の問題だ」
一同は眉をひそめ、厳しい表情で地図を睨む。モードレッドは唾をのむようにして、椅子に肘を突いた。
『あの白銀野郎ども、どうにか潰せねえのか? 干渉波なしだと攻撃が上手く通りゃしねえ。まるで敵の装甲が空間を歪ませて攻撃をそらしてくるみたいだ』
神官の一人が補足するように言葉を挟む。
「はい、私たちも観測術で解析を試みましたが、敵の周囲には微弱な“干渉領域”が存在するようなのです。アリスさんの干渉波であれば破れるかもしれませんが、いま彼女は……」
そこまで言われて、カインは痛ましい気持ちでうつむく。隣にアリスのホログラムがないことを、今さらのように痛感させられる。ガウェインが低く唸りながら言った。
『要するに、干渉領域を突破する手段が必要ってわけだ。それがアリスの相転移干渉なら手っ取り早いが、いつ回復するか分からん状況だ。……じゃあ、他に策はないのか?』
そこでマーリンがカインやモードレッド、トリスタンら騎士団主要メンバーに顔を向け、少し胸を張るようにして言う。
「実は、みんながいろいろ連戦で拾ってきた敵の残骸を解析していてね。どうやら“位相干渉弾”という試作兵器を作れるかもしれない。これは言うなれば、干渉波の代用品だが……完全にアリスの力を再現するわけではないから、効果は限定的になるだろうけど」
ざわつく室内。位相干渉弾――聞き慣れない名前だが、マーリンの話によると「敵装甲を空間歪曲ごと破壊する弾頭」を魔石と古代合金、そして敵の残骸に含まれる紫色の線維(エネルギー基盤)を組み合わせて作り出すという。一種のハイブリッド技術であり、成功するかは未知数らしい。
「うまくいけば、白銀装甲の歪みを突き崩す手段になる。アリスなしでも一矢報いるかもしれない。ただし、リスクがある。魔石の消耗も激しく、弾そのものが不安定だから、取り扱いには細心の注意が必要だ」
マーリンの言葉に、一同は沈黙する。成功すれば大きな突破口となるが、失敗すれば味方ごと吹き飛ぶ危険もあるだろう。エリザベスがかすかに目を伏せながら言う。
「それでも、試してみる価値はあります。アリスさんが目覚めるまでに、敵が攻めてきたら……私たちに他の選択肢はあまりありません」
アーサーは顎に手を当てて短く思案し、そして皆を見渡した。
「分かった。位相干渉弾の作成と実用テストを急いでくれ。マーリン、何人か整備士をつけるから、できるだけ早く形にしてくれないか?」
「任せてよ。もう研究室でプロトタイプを作りかけている。弾頭の完成が何とか間に合えば、君たちに使い方を説明するさ」
こうして“新しい戦術”の開発が本格的に始動することとなった。
王城の地下深くには、かつて古代文明の研究施設を基に改装したという実験工房が存在する。マーリンはそこで整備班や数名の神官とともに、昼夜を問わず位相干渉弾の製作に没頭し始めた。
目の前には、紫色と青白い金属が融合した球状の弾頭が転がっている。そこへ魔石を埋め込むための溝が彫られ、内部には古代文字に似た魔法陣を焼き付ける細工が行われていた。
「ここをもう少し短く……よし、今度は魔石の融解温度を下げろ。魔力伝導が追いつかないぞ!」
「は、はい、マーリンさん!」
整備士たちが汗だくになりながら、火の粉や煙を避けつつ部品を組み込む。神官は傍で呪文を唱え、微妙な魔力の流れを制御している。
カインとモードレッドも時々手伝いにやってきて、部品を運んだり試作品の強度テストを行ったりする。モードレッドが弾頭を持ち上げたとき、そのずっしりとした重みに驚いて声を上げる。
「うわっ、こんなに重いのか。まともに運べるのかよ?」
マーリンは苦笑しながら道具を置き、目の下にクマを作った顔で説明する。
「魔石を増幅して位相干渉を生み出すため、金属や合金がかなり詰まっているんだ。軽いと安定しないし、重すぎると使い勝手が悪いし……まあ、試作段階だからね。実戦で使うには工夫が必要さ」
カインは円筒形の砲身パーツを見ながら考え込む。この弾頭はどうやって打ち出すのか? 航空機の翼下にミサイルのように装備するのか、それとも地上から発射するのか――色々な疑問が湧いてくる。
マーリンは彼の顔を読んだのか、先回りして答えるように言った。
「銀の小手やモードレッド機に特別な砲身を取り付けて、ロケットのように撃ち出す計画さ。干渉弾は当たった瞬間に位相歪曲を爆発的に相殺させる仕組みだから、射程や着弾精度が大事になるね。あとは運用のタイミングだな……もし相手が普通の攻撃をしてくるだけなら、宝の持ち腐れだし」
「ふーん……つまり、その歪み野郎どもに向けて撃ってやるわけだ」
モードレッドは口角を上げ、不敵に笑う。
「いいじゃねえか。あいつらが俺らの攻撃を歪みで逸らすんなら、こっちも歪みをぶつけてぶっ壊してやる」
カインは複雑な気持ちだ。アリスのような繊細かつ柔軟な干渉ではなく、化学兵器に近い荒っぽい手段であるこの位相干渉弾が、本当に使いこなせるのか。何よりも、アリスがいない今、これに頼るしかないという現実が胸を締め付ける。
(アリスが戻ってきたら、この武器の力と合わせてもっと強力な戦術を生み出せるかもしれない。でも、彼女が目覚めるまでは……俺たちだけで何とかしなきゃならない)
そんな思いを抱きながら、カインは試作が完了するまで手伝いを続けた。
それから数日後。円卓騎士団では試作の位相干渉弾をいくつか完成させ、テストを行う準備が整った。だが、実験の前にまたしても敵が動きを見せた――北方街道とは別の方向、西の方角で未知の部隊が出現したとの急報が入り、余裕なく実戦投入を試みることになってしまったのだ。
「準備が追いつかないぞ! でもやるしかねえ!」
モードレッドは部下の整備士から渡された位相干渉弾を、愛機のミサイルランチャーに慎重にセットしている。歪みに耐えられる特殊な砲架を用意しているが、本当に耐えられるかは未知数だ。
カインも銀の小手の翼下に2発だけ搭載しており、エンジニアが必死に点検を続けている。
「ここを締めて……よし、これで固定は完了。発射コードはマーリンさんから渡されたものを入力してくださいね。誤爆しないようにくれぐれも注意を!」
整備士が慌てて叫ぶ。カインは「了解」と答え、コックピットに滑り込みながら胸が高鳴る。アリスの居ない中で、この不安定な新兵器を扱う――正気の沙汰ではないかもしれない。それでも敵を放置しては王都が危うい。
「行くぞ、銀の小手……頼む、持ってくれ」
エンジンが轟音を上げ、王都の飛行甲板を蹴るように編隊が離陸する。ガウェイン機やモードレッド機、トリスタン機、そして補助戦闘機が数機。いつもの戦力ではあるが、やはりアリスの干渉がない状態で大規模な戦闘は危険きわまりない。
飛行時間わずか数十分、騎士団は西方地帯の広い谷間に差しかかる。遠目には緑が広がる美しい風景だが、その一角から黒煙が上がり、地表には複数の巨大機体が動き回っているのが確認できた。先日の白銀装甲とも、さらに違うフォルムを持ったメカニック群――また新型か?
カインが通信チャンネルを開いて、探索部隊に合流すると、既に少数の補助兵が応戦を始めていたが、劣勢が明らかだった。遠距離砲撃を受け、地面には大きなクレーターが複数散見される。
「くそ……またやべえのが出てきたな」
モードレッドが隣で唾を呑む。敵の姿は多脚戦車のように見えつつ、胴体に二つの砲塔と巨大なアンテナらしき構造を備えている。そこから紫色の稲光がチラチラ走っているあたり、空間歪曲か観測光に近い武装を備えているのは間違いないだろう。
『皆、気をつけろ! 敵の砲塔がこちらを狙ってるぞ!』
ガウェインが低く唸り、編隊が散開する。瞬間、稲光を纏った砲撃が放たれ、空気を裂くような轟音が響く。カインは反射的に操縦桿を引き、上昇して弾道を避けるが、横の補助戦闘機が衝撃波に巻かれてバランスを崩す。
「くっ……干渉波がないとどうにもキツいな」
思わず唇を噛むカイン。だが、ここで諦めるわけにはいかない。彼の視線は、自機の計器にセットされた“位相干渉弾”へと向く。ここまでかじりつくように頑張って作り上げた新兵器。その初陣を試すしかないだろう。
(アリスじゃなくても、こいつで歪みを崩せるのかもしれない……)
カインは決意を固め、トリガーに指をかける。だがすぐには撃たない。発射には慎重な手順が必要だとマーリンから聞いている。弾頭を作動させてから数秒以内に目標へ命中させないと、不安定なエネルギーが暴走して自爆しかねないという。
「ガウェイン、援護頼む。あいつらの砲撃を一瞬止めてくれ!」
『分かった!』
ガウェイン機が前に出て防御フィールドを展開、敵の砲塔を引き付ける。その隙にカインは機体を旋回させ、敵の横合いをとる形で高度を下げながら位相干渉弾を発射準備する。
「よし……システム、起動! 発射カウント3秒……2、1……撃つ!」
ミサイルランチャーから煙が噴き上がり、重々しい弾頭がまっすぐに走る。弾頭の表面には青白い紋様が浮かび上がり、紫色の光と反応し合っているように見える。
敵が気づいたかのように砲塔をこちらへ向けるが、モードレッド機が火力支援を浴びせ、狙いを乱す。弾頭は一直線に多脚戦車の主砲部へ突き進み――着弾した瞬間、眩い閃光とともに空間そのものが捩れたような衝撃が走った。
「うおっ……!」
カインはコックピットを揺さぶられ、思わず息を止める。観測光の干渉に近い現象が巻き起こり、敵の装甲と歪みが衝突して裂けるように粉砕される。大きな爆発音を上げて多脚戦車が宙を舞い、部品が四散した。
「成功……したのか?」
驚きの声を上げるカイン。確かに白銀装甲の敵や、先ほどの雷撃を放っていた多脚戦車と同じような歪みをまとっていたはずだが、今はその装甲が崩れ、紫の残骸が散るだけだ。
通信にはモードレッドの喜悦の声が混じって響く。
『おい、すげえじゃねえか! お前、あんな厄介な奴を一発で!』
カインは呼吸を整えつつ笑みをこぼし、「ああ、今の弾……意外といけるかもしれないぞ!」と答える。
位相干渉弾が通用するとなれば、騎士団は逆襲に転じる可能性を見いだせる。ガウェイン機やモードレッド機にも同じ弾頭が数発搭載されており、さっそく彼らも発射の準備を始める。
敵が複数の砲塔をこちらに向け、再び稲光を放つが、今度はガウェインが防御フィールドで耐え、トリスタンが高空から牽制射撃で動きを鈍らせる。その隙にモードレッド機がミサイルを撃ち込む形で連携を図る。
『よし……発射するぜ!』
モードレッドの声とともに、一発目が谷の上空を走り、中央に構えていた大型機体に命中。爆発と空間の歪みが交錯し、激しい閃光が周囲を照らす。
『当たった!』
敵の装甲は歪みごと崩れ落ち、爆炎を噴き上げながら地面に沈む。他のユニットも動揺しているように見え、連携が乱れているのが分かる。まるで先程までの恐ろしい一体感が消え去り、各々がバラバラに動き始めたのだ。
「やったな、モードレッド!」
カインはうれしそうに声をかけるが、モードレッドは興奮冷めやらぬように唾を飲み、次の弾頭を抱えたまま舌打ちして言う。
『はっ、まだ全員じゃねえぞ。ひとつずつ潰すしかねえ。ガウェイン、お前の番だ』
『了解だ。防御フィールドを引き続き展開しつつ、あと1発ある位相干渉弾でトドメを刺す……!』
こうして騎士団の連携がスムーズに回り始める。何度かミスもあるが、敵の攻撃を回避または最小限に抑えながら、ポイントを絞って干渉弾を投入。従来の武装はあまり効かないとはいえ、機体の隙間を狙って集中砲火を浴びせるなど地道な攻撃も活きてくる。
トリスタンが高空から正確な射撃で敵の動きを牽制してくれるおかげで、カインたち前衛は比較的安全に弾頭を使う機会を得ている。
「これが、新しい戦術……アリスがいなくても、一時しのぎになるかもしれない」
カインはそう囁きながら、最後の位相干渉弾を狙い済まして発射。周囲の隊員が一斉に砲撃を止め、弾頭が弧を描くように飛翔し、山の奥で指令を出していたらしき大型機体へ突き刺さる。轟音と閃光が谷を染め上げ、敵の陣形が完全に崩壊した。
戦闘は一気に終結した。位相干渉弾によって十数体の大型機体が破壊され、生き残りは散り散りになって逃亡。騎士団が追撃しようとするが、あまりにも広大な谷であり、すべてを捕捉するのは難しい。
ひとまず主要な脅威が去ったことで、騎士団は被害を確認しつつ、残骸の回収を行う。白銀の装甲を纏った機体や、紫色のエネルギー炉を搭載したものなど、見るからに古代文明の技術が組み込まれている。
「また新しいバリエーションか……まったく、奴らの底が知れん」
ガウェインが低い声で呟く。彼の機体も少なからずダメージを負っているが、致命傷には至らなかったのは幸いだ。
『でも、こっちには“新しい戦術”ができたじゃないか。今度敵が来ても、干渉弾があれば何とかなる』
モードレッドはそう言って、煙草代わりのハーブスティックを口に咥え、ホッとしたように白い息を吐く。だが、カインの胸には落ち着かない感覚が残る。彼は銀の小手を着地させ、コックピットを出ると破片の一部を調べに地上へ降り立った。
「モードレッド、コイツらのコアとか、何か指令装置らしきものは残ってないのか?」
「さあな……俺には分かんねえ。マーリンに分析してもらうしかないだろ」
辺りには紫の断片やねじ曲がった金属が散乱し、炭火のような焦げ臭い空気が漂う。カインは一つの大きな破片を蹴り転がし、軽くため息をつく。
(アリスがいたら、一瞬で干渉して中枢を割り出せたのに……)
この思いが頭をよぎるたび、心が疼く。観測光や歪みを無効化するには、やはりアリスの存在が不可欠だ。たとえ位相干渉弾で一時的に対応できるようになったとしても、それは根本的な解決ではない。敵がさらに強力な形態を見せれば再び苦戦は必至だ。
「アリスが目覚めるまでに、今のうちにもっと弾頭や戦術を改良しておこう」
自分自身に言い聞かせるように呟き、カインは周囲の隊員に回収を指示する。仲間の兵士が頷いて、怪我人を治療しながら残骸をまとめていく。視線を遠くにやると、トリスタンが上空で待機しているのが見えた。
戦闘終了後、王都へ帰還するまでの間、カインとモードレッド、ガウェインらは生存者の救助や村の復旧支援に一時従事した。敵が撤退した跡には焼け焦げた家屋や倒れた大木が並び、住民たちが途方に暮れている。
幸いだったのは、観測光のような一瞬で存在を消し去る破壊ではなかったため、再建が可能な被害が多いという点だ。住民が騎士団の姿を見て安堵し、泣きながら感謝を伝える姿を見ると、カインはわずかに胸が温かくなる。
(少しは守れた。アリスがいなくても、俺たちはまだ戦える……)
だが、完全には晴れやかになれない。戦場には多くの傷跡が残り、仲間にも負傷者が出ている。アリスの回復がいつになるか分からないまま、次の脅威がいつ来るとも知れない。
それでも、位相干渉弾の成功は一条の光として捉えられる。王都に戻れば、マーリンや他のメンバーと一緒に改良を進め、さらなる火力と安定性を追求できるだろう。
『皆、戻るぞ。これ以上の哨戒は補助部隊に任せよう。王都から増援が来るはずだ』
ガウェインが隊内通信で号令をかけ、編隊が再び空を舞う。カインは銀の小手のコックピットに視線を落とし、そこにいないアリスへ心の中で語りかけた。
(見てたか? アリス。俺たち、ちゃんと新しい戦術で勝ったんだ。……早く起きて、また一緒に干渉してほしいよ)
空は雲が漂い、夕暮れに近いオレンジ色に染まり始めていた。王都の城壁が視界に入り、最後の帰路を仲間たちと穏やかな気持ちで飛ぶ。戦争は続いているが、その中で生まれた“新しい戦術”が騎士団に希望を与えていた。
日没寸前、円卓騎士団の機体が次々と飛行甲板に降り立つ。出迎える整備員や兵士たちが声を上げ、仲間たちの帰還を労う。ガウェイン機とモードレッド機は外装こそ傷ついているが、大破を免れている。補助戦闘機も同様で、大きな犠牲なく帰れたのは位相干渉弾の効果が大きかっただろう。
カインは銀の小手を格納し、コックピットを開けて降り立つ。すぐにマーリンが駆け寄ってきて、様子を聞く。
「カイン! どうだった? 試作弾は使えたみたいだね。報告が届いてるよ」
「うん、思ったより強力だった。歪みを崩して装甲を破れるから、結構いけるよ。ただ、扱いが難しい。発射タイミングとか誤爆のリスクもあるし……」
マーリンは大きく頷き、タブレット端末にメモを取りながら言う。
「了解。そこは改良の余地ありってことだね。だけど、君たちが実戦で試してくれたおかげでデータが取れた。アリスがいなくても、一応歪みに対抗できる手段ができたのは大きい。さっそく改良型を作ってみるよ!」
カインは微笑もうとするが、すぐにその表情が曇る。アリスがまだ意識不明である現実が心を引き止めるのだ。マーリンもそれを察したのか、小声で続ける。
「アリスのことなら……少しずつだけど、演算装置の熱は下がってきてる。ただ、彼女自身が小宇宙をどの程度負荷をかけたのか、僕には分からない。時間がいるんじゃないかな」
「そうか……ありがとう」
正直、時間はそこまであるのか分からない。敵は連日のように新手を繰り出している。いつ“歪み”が本格的に世界を侵食してもおかしくない状況――そんな不安を抱えながら、カインは仲間の整備士が差し出すタオルを受け取り、汗を拭う。
夜になると、城下は静まっていく。騎士団のメンバーもそれぞれ短い睡眠や食事に就き、やっと落ち着きを取り戻しつつある。一方、王城の廊下を歩くカインの足取りは重い。
先に用事を終えたガウェインやモードレッドは食堂へ向かい、モードレッドが「風呂にでも入らねえと体がもちそうにねえ」と愚痴っている声が遠くで聞こえる。カインは後ろ姿を見送って苦笑しつつ、一人で医療区画へと進んだ。
そこには整備室の一角を改造した“アリスの病室”がある。扉を開けば、魔石の冷却装置や魔術的なケアシステムが置かれ、中央の台にアリスの演算装置が固定されている。相転移干渉でオーバーヒートした余波がまだ完全に冷めやらず、装置内部の結晶部にはひび割れが走っていた。
カインは台のそばに置かれた椅子に腰を下ろし、静かに目を閉じる。目を開ければ、そこにアリスのホログラムはなく、どうしようもない虚しさが胸を刺す。
(俺たちは“新しい戦術”を手に入れた――位相干渉弾だ。敵の歪みに対抗できた。でも、やっぱりアリスがいてくれたほうが……)
もちろん、アリスがそばにいれば全てが解決するわけではない。しかし、観測光や歪みを相転移干渉で抑えられるという安心感は何にも代えがたい。カインはそっと演算装置に触れ、そこでかすかな熱を感じる。まるで人肌の温かさのようだった。
「アリス、早く戻ってきてくれ……俺たちは新しい戦術を試してみたけど、所詮は力ずくの策だ。お前がいれば、もっと繊細に……誰も傷付けない形で戦えたかもしれないんだ」
声は小さく、誰にも聞こえない。やるせなさが込み上げるが、今はそれを押し込めて耐えるしかない。仲間たちは皆、アリスが戻るまで踏ん張ろうと決意している。カインだけが弱音を吐いても仕方ないのだ。
灯りが薄暗い室内を照らし、ガラス越しに見える月がやわらかく輝いている。心が少し落ち着いてくると、カインは椅子に寄りかかり、眠気に襲われる。激戦続きで満足に眠っていない身体が悲鳴を上げているが、アリスのそばを離れる気にもなれない。
(大丈夫、いつかきっと目覚める。そしたら、教えてやるんだ。俺たちはアリスなしでも戦えるようになったって。もちろん、それでもお前が戻ってくるなら、何倍も心強いけどな……)
意識が遠のき、まぶたが重くなる。静寂の中、演算装置の脈動がわずかに感じられ、カインの思いを見守るかのように室内の空気が揺れた。深い夜が続くが、それは確実に明日へ繋がる夜――そして、新しい戦術を手にした騎士団は、また一歩前に進む勇気を得たのかもしれない。
夜の底で穏やかに呼吸する王都。
窓の外には星の瞬きが散らばり、護衛兵が警戒の足音を落とし、遠くから風が吹き抜ける音がする。部屋の中では、カインが疲労のまま夢の世界に落ちているが、その心にあるのはアリスへの想いと、新たな戦術への期待。
モードレッドやガウェイン、トリスタン、そしてマーリンたちが力を合わせ、位相干渉弾という新たな武器を手に入れた騎士団。観測光に頼らずとも歪みに対抗できる一筋の光は見えた。けれど、それでも次なる脅威が何を引き起こすのか、誰にも分からない。
アリスが眠るこの夜は、確かに長く、孤独を感じさせる。だが、日は必ず昇る。仲間との絆と、新しい戦術を武器に、円卓騎士団は明日を戦い抜く決意を新たにする。
夜明けが訪れたとき、きっと再び試練は訪れるだろう。だが、彼らはもう迷わない――心に芽生えた光を抱いて、観測光と歪みから世界を守るために、果敢に挑み続けるのだ。