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T.O.Dーちからと意思の代行者:EP8-1
EP8-1:ハロルドとの遭遇
薄く濁った風が吹きつける廃墟の回廊を、リオン・マグナスとフィリア・フィリスの二人は静かに歩いていた。彼らが来たのは、神の眼の異変をめぐる騒動から離れた、やや遠方の研究都市の遺構。すでにカイルたちの旅とは別の場所でありながら、フォルトゥナによる世界の歪みがここにも広がっているという報を受け、陰ながら確認をするために足を踏み入れたのだ。
しかし、どこか空気が奇妙だった。この都市はかつて科学や魔術の最先端を誇ったとされるが、いまは寂れ果て、砂埃まじりの廃墟となっている。通りを満たす空気には微かな金属臭が混じり、壁面には見慣れない機械装置やレンズ構造が壊れかけのまま残っていた。リオンとフィリアは死角に気を配りつつ、脚を進める。
「ここ、ほんの少し前までは人が住んでいた痕跡があるみたいですね。見てください、まだ新しい足跡が残っています。廃墟にしては生活感があるような……」
フィリアが指をさし、割れた床を軽く示す。そこにはいくつもの足跡が入り混じり、誰かがつい先日まで行き来していたことを物語っている。いまは人影は見当たらないが、どこかで潜んでいる者がいるかもしれない。
「神の眼の影響から逃れようと、ここに避難してる連中がいたとしてもおかしくない……が、下手に出会ってしまえばこの“過去の俺”の立場がバレかねないな。気をつけないと」
リオンがワンウェイ・リヴの柄を指でなぞりながら低く言う。死者として蘇っているリオンは、過去や別の時代の人物に大きく干渉すれば運命改変を招きかねない。それが陰から動くことを余儀なくされる理由だった。
フィリアはにこりと微笑し、「大丈夫ですよ。わたしが認識阻害の小さな術を張っておきますから、普通の人には気づかれません。……でも、気になるのは、この都市がどうしてこんなに荒れているのに、比較的新しい足跡があるのかですね」と声を落とす。
「そりゃあ、フォルトゥナの端末とか、変な連中の仕業かもしれないが……まだ断定はできない。とにかく危険を承知で調べるしかないな」
二人は細い路地を曲がり、朽ち果てた建物の奥へと進む。ここはかつて“研究都市ベルセリオス”と呼ばれ、古代のレンズ学や魔科学を統括した中心地の一部だったという噂があった。あのハロルド・ベルセリオスが設計に関わっただとか、奇抜な実験施設があるだとか、いくつもの伝説がある場所だ。しかし実際に見るのは初めてで、どんな仕掛けが残されているのか二人はわからない。
「……ハロルド・ベルセリオス。あの変わり者の天才科学者と同じ名を持つ都市なんだよな。もしかしたら、その名残かもしれないが……」
リオンが呟いたとき、突然、壁の向こうからけたたましい轟音が響いた。何か大きな機械装置が稼働する音に似ているが、定かではない。驚いたフィリアは身構え、「あちらで何かが動いています……!」と声を上げる。
「行ってみるか。どうせ俺たちの仕事は、運命改変を防ぐことだし……ここで起きてる異変を確かめなきゃならない」
リオンは躊躇なく走りだす。フィリアも慌てて追いかけ、路地を抜けると、視界の先には半ば崩壊した大きな建造物が立ち並んでいた。中心部には、巨大な円盤のような装置が地面に埋め込まれており、そこから煙や火花が散っている。どうやら故障した機械が暴走しかけているらしい。
さらに、その装置の傍らで何やらゴソゴソと騒いでいる人影がある。髪をぼさぼさに振り乱し、奇妙な白衣のようなものを羽織った人物が、必死にレンズの機器をいじっているようだ。よく見ると、それは女性のようなシルエットで、小柄だが独特の存在感を放っていた。
「ねえ、リオンさん、あそこに誰かいます……! どうしますか? 干渉しないほうがいいかもしれませんが、あの装置が爆発でもしたら、時空の歪みが起きる可能性もあります……」
フィリアが戸惑いながら提案する。リオンも苦い表情を浮かべ、「仕方ない……最小限だ。認識阻害を使いつつ、もしあの装置が暴走しそうなら止めてやる。人も危険なら助けるが、関わりすぎないようにする」と決断を下す。
二人は気配を殺して建造物の陰に回り込み、徐々に近づく。そして驚いたことに、その女性が振り向いた瞬間、はっきりと顔が見えたのだ。くるくるとした短い髪、瞳は生き生きと輝き、なにやら自分の周囲に浮遊する機器を操っている。リオンとフィリアが知る限りの伝承に照らしても、その姿はどこか“ハロルド・ベルセリオス”本人に酷似していると思われた。
「嘘だろ……あれがハロルド・ベルセリオス? でも、たしか彼女は一千年前の人物のはず……。ここは過去でもなけりゃ、時空混線が起きているのか……?」
リオンが小声で驚く。フィリアも動揺を隠せない。「本当にハロルドさん……に見えますね。まさか、こんなところで遭遇するなんて……」
その時、装置がさらに激しい火花を吹き、ドドドと不気味な振動を発した。白衣の女性は素早く跳ね退き、頬に油のような汚れをつけながら口を開いた。
「くっそー! また逆回転に戻ってる! 回路がショートする前にレンズ出力を下げろって言ってんのに……ああもう、こんなにおもしろいこと、途中で止めろとか言われても止められないでしょ!」
明らかに興奮まじりの声。リオンとフィリアの耳には、少し遠いながらもしっかりと届く。彼女は装置を“おもしろい”と思っているらしく、その破壊の危険を顧みずに作業を続けているようだ。
「ハロルドさん……やはりご本人……? でも、どうしてこの時代に……まさかフォルトゥナの改変が、彼女を呼び寄せたのかもしれません……」
フィリアが戦慄するように言う。リオンは舌打ちをして、すぐに判断した。
「仕方ない。あの装置が暴走したら、時空歪みどころかここ一帯が吹き飛ぶかもしれない。あの女も危険だ……最小限で止めてやるしかないな。干渉しすぎないよう、こっそりな!」
フィリアが了解の合図をして詠唱に入り、リオンはワンウェイ・リヴを構えて警戒を高める。装置が爆発直前まで行けば、レンズ魔術とワンウェイ・リヴで軌道をズラして阻止する方針だ。ただ、問題なのはハロルド自身が何か強力な力を持っている可能性だ。彼女は天才科学者であり、この世界の常識を超えた発想力で何でも作ってしまうという伝承が残っている。相手の性格次第では、こちらが一方的に絡む前に見つかってしまうかもしれない。
果たして、ハロルドらしき女性は急に振り向き、床に転がる謎の計器を拾い上げると、大声で呟いた。
「もうっ! こうなったら止めないわよ……この暴走レンズがどう弾け飛ぶか、その目で見届けてあげるんだから! あー、でもちょっと面倒ね……死ぬのはイヤだし。んーどうしよっか……」
呆然とするリオンとフィリア。どうやら、本当に装置を暴走させようとしている節がある。壊れた配線を手当たり次第繋ぎ直したり、レンズの出力を意図的に上げたりしているらしい。装置がグゥンと唸り声を上げ、青白い光が大地を焼くように走った。
「待て待て、そんなふざけたこと……!」
思わずリオンが小声で制止しようとしたが、次の瞬間、レンズ装置の下部から巨大な衝撃波が噴き出し、辺りに電撃が飛び散った。おそらくこちらに気づいてはいないはずだが、攻撃判定のように広範囲を巻き込んで爆発を起こす。
「くっ……!」
リオンは時空ズレを間に合わせて自分への直撃は免れるが、フィリアを守るために急いで彼女の前に立つ。フィリアは咄嗟に結界を展開しようとするが、急激な衝撃が彼女の術式を乱し、一瞬遅れが生まれてしまう。その刹那……
「きゃあっ……!」
フィリアは衝撃波に飲み込まれかける。リオンが歯を食いしばりつつワンウェイ・リヴを振り、わずかに軌道をずらし、彼女への被害を最小限に抑える。しかし、リオン自身は強烈な圧力を受けて地面に叩きつけられた。
「ぐっ……! こいつは……強烈すぎる……!」
空気が振動し、レンズ装置の光がさらに増す。ハロルド本人も危うい距離にいるはずだが、彼女はまるで自分の研究成果を見届けるように楽しんでいる様子。爆炎をかいくぐるかのように白衣を翻し、「うっひょー、想定を超えてる! やっぱりおもしろい!」と狂気じみた喜びの声を上げている。
「このままじゃ、レンズ装置が大規模爆発を起こして時空が歪む……何やってんだ、あの女……!」
リオンが痛む身体を起こしながら、低く唸る。フィリアも呼吸を整え、「リオンさん、止めましょう……! 干渉が大きくなるのは仕方ありません、ここで放っておけば過去どころか時空が大崩壊を起こすかもしれない……!」
「わかってる……最小限であっても、あの装置を停止させるしかない。やるぞ、フィリア!」
二人は示し合わせるように走り、爆ぜるような衝撃波を再びかわしながらハロルドへと接近を図る。が、白衣の天才は耳を貸す余地もなく、「もっと出力を上げてみましょー!」と無責任にレンズの制御パネルを操作し、火花が派手に散り始める。
「やめろ……! そのままじゃ爆発するぞ!」
リオンは敵意ではなく、警告の叫びを上げる。しかし、ハロルドは振り向きもせず、「ふん? 誰かいるの? まあ、爆発は同時に新しい何かの可能性ってこと。止めるとかもったいないでしょ?」と笑う声を返す。
「ふざけんな……!」
リオンは衝動的にワンウェイ・リヴを構え、装置を直接叩き壊す気で駆け寄る。フィリアも干渉が大きくなる危険を承知で、結界を張りながらリオンを援護する。
しかし、ハロルドは実に自然に手元の小型レンズ装置を弄ると、鮮やかな弾丸のような衝撃波を二人に向け放つ。驚いたリオンはかろうじてワンウェイ・リヴで軌道を逸らすが、その衝撃波は壁をくり抜くほどの威力だ。フィリアもぎょっとして慌てて後退する。
「お前……なんでそんな危険なものを乱造してるんだ……!」
リオンが苛立ちを帯びて叫ぶ。ハロルドは肩をすくめるようにして振り返り、顔を見せた。その瞳は笑みを帯び、「だって、おもしろいでしょ? 実験中にこんな事態になるなんて、ワクワクしない?」と信じがたい言葉を放つ。
「くそ……本当に、あの伝承にあるハロルド・ベルセリオスかよ……」
リオンは苦い顔で身構える。彼女が生きる時代とは違うかもしれないし、あるいは時空の歪みで呼び寄せられたのかもしれないが、今の状況では何もわからない。ただ言えるのは、このままでは大爆発が起きて、歴史がめちゃくちゃになる可能性が高いということ。
フィリアは隣で慌てるように呼吸を整え、「リオンさん、何とか装置を壊すしか……でも、ハロルドさんが抵抗してきます!」と焦りの声を上げる。ハロルド自身、天才科学者の名に違わぬ知識と独特の武器を持っているのか、レンズと機械を組み合わせたような兵器でこちらを攻撃してくる。鋭い衝撃弾がまた壁を穿ち、床を抉った。
「俺もわけがわからんが、どうにか止めるしかない。……よし、フィリア、少しだけ共鳴ブーストだ。フルパワーまでは使わなくていいが、こいつの攻撃を逸らすくらいはやらないと……」
リオンが覚悟を決めると、フィリアもうなずき、レンズ魔術で部分的なブーストを形成する。虹色に揺れるオーラがリオンの腕に伝わると、その動きは格段に機敏になり、ハロルドの弾丸じみた衝撃波をかいくぐりながら距離を縮める。
「へえ、なかなかやるじゃない。死んでるくせに!」
ハロルドがどこか楽しげに挑発する。リオンは一瞬ぎくりとするが、こちらの正体にどこまで気づいているのか定かではない。だが、口にした“死んでるくせに”という言葉は決して軽くはない。実験か何かで感づいたのかもしれない。
「お前……どうして……」
問い返そうとする間もなく、ハロルドは再度装置のパネルを操作し、暴走するレンズのコアへ力を注ぎ込む。青紫の稲妻が空気を裂き、装置が爆発的な光を放ちかける。
「やばい……!」
フィリアが叫び、リオンは背筋を凍らせる。このままでは時空の大爆発かもしれない。認識阻害を使いながら最小限で、と言っている場合ではない状況だ。
「フィリア……少しだけ大きめにやろう! やつの攻撃をズラして、装置を叩き壊す……!」
「わかりました……! でも、改変率が大きく跳ね上がらないことを祈るしかありません……!」
二人は息を合わせ、契約の楔で一時的に共鳴を高める。虹色の輝きが急激に増し、リオンの身体を包む。ハロルドはそれを見ても笑うばかりで、「面白いじゃない。どこまでやる気?」と声を張ってくる。
「これ以上、ふざけんな……! ここで爆発させたらどうなるか分かってんのか!」
リオンが吠えると、ハロルドは「だから面白いんじゃない」とさらりと返す。まるで結果を楽しもうとする狂気だ。リオンはワンウェイ・リヴを振りかざし、ズレの力を最大限に発揮して衝撃弾を逸らしつつ装置に飛び込むが、ハロルドが鬼のような速度で操作を続けるので、爆発の危険は増す一方だ。
「フィリア、頼む……何とか抑えてくれ……!」
フィリアは必死で詠唱し、結界とレンズ魔術で装置のエネルギーを少しずつ抑えようと試みる。「無茶を言わないで……こんな暴走レンズ、わたし一人じゃ抑えきれません……リオンさんが発生源を断たないと……!」
「わかってる……!」
リオンは背を向けず、ほんの一瞬ハロルドを睨み、ワンウェイ・リヴを装置の中心に叩きこむべく跳躍する。だが、ハロルドも負けじと衝撃弾を打ち込もうとするが、リオンの動きが想定外に速い。共鳴ブーストで強化された時空ズレが、一瞬で攻撃を逸らしてしまったのだ。
「へー、なかなかやるじゃない。まぁいいか、装置がどうなるか楽しみだし!」
ハロルドの声は愉快そうで、止める気配すらない。その瞬間、リオンは装置の中心部に突き立てる形でワンウェイ・リヴを打ち込む。虹色の光と闇色の雷が激突し、爆音が轟く。フィリアが急いで結界を展開して爆破を食い止め、衝撃波を最小限に抑える形を取る。
「うおおおっ……!!」
リオンは全力で斬り込み、装置のコアを断ち割ろうとする。歯を食いしばりながら時空ズレを微調整し、反動を逸らす。仮に改変率が一気に上昇しても、いまは仕方ない。ここで装置が暴発すれば、もっと大きな改変が起きるだろうと信じて。
最後の衝突とともに、コアから凄まじい熱量の閃光が走り、回廊を焼くような爆風が巻き起こる。フィリアの結界が限界を超えそうになるが、彼女は歯を食いしばって耐え抜き、爆風を押し返す。結果、大規模爆発には至らず、レンズ装置は激しい火花を散らして停止していく。
「かっ……は……」
リオンは衝撃で石畳に投げ出され、息が乱れる。フィリアも反動で膝をつくが、なんとか立ちあがれる程度には大丈夫だ。煙が収まると、そこには半壊した円形装置が静かに火花を散らしているだけで、もう動く気配はない。
「よかった……爆発は防げたみたいです……!」
フィリアが声を震わせて喜ぶ。だが、まだ忘れてはならない存在がいる。ハロルドだ。先ほどの大爆発寸前の事態を、果たしてどう見ていたのか。
煙が晴れると、そこにはほとんど無傷のように立つハロルドが見えた。彼女は眩しそうに目を細めながら装置の残骸を見つめ、口角を上げる。
「ふーん、意外とやるじゃない。まさか本当に止めちゃうなんて。残念だわ、もう少しこのまま暴走させていたら、どんな空間歪曲が見られたか、想像するだけでワクワクしてたのに」
その目は科学者特有の好奇心に満ちていて、破滅すらも“実験”と見なす危うさがある。リオンは頭を抱えたい思いを抑え、眉をひそめる。
「お前……頭がどうかしてるぞ。下手すりゃここが吹っ飛んで時空に大穴が開いていたかもしれないんだぞ!」
苛立ちをむき出しにしながら言うが、ハロルドはそれを楽しそうに眺めるだけで、「だからいいんじゃないの。実験は予期せぬ失敗があるからこそ、また新しい可能性を見つけられるわけでしょ?」と平然と言い放つ。
フィリアはあまりの無責任さにあっけに取られながらも、声を出す。「あなた……本当に“ハロルド・ベルセリオス”さんなんですか……?」
ハロルドは目を丸くして笑う。「へえ、知ってるの? まあ、あたしはハロルド・ベルセリオスだよ。それがどうしたの?」
リオンとフィリアは驚きつつも、矛盾に直面する。本来なら、とっくにいないはずの1000年前の天才科学者。まさかこの時代に実体を持って現れているとは。フォルトゥナの改変か、あるいは神の眼の歪みか。理由はわからないが、いま目の前にいるこの女性は確かに“ハロルド”その人。
「いや……なんでもない。ただ、この時代にいるのが不思議でな……。お前、自分がどの時代の人間か自覚してるのか?」
リオンが警戒を込めて問うが、ハロルドはあっけらかんと笑う。「時代? あたしはおもしろい実験ができるならどこだっていいわよ。あんたら、さっきから見てたけど随分変わった力使うじゃない。おもしろそうねぇ。」
彼女の好奇心の鋭さにリオンは言葉を失う。どんなに死者の身である矛盾を突いても、彼女は平気で「おもしろい」と返しかねない。フィリアは、慎重に言葉を選びながらハロルドに近づく。
「あの……ハロルドさん、この装置をもう使うのはやめてください。とても危険ですし、周囲の人たちにも迷惑が……」
「嫌だと言ったら? もっと改良して、さらにすごい歪みを観察できるかもしれないのに、止めるなんてもったいないわ」
面倒そうに返すハロルド。その瞳には狂気すら感じられるが、同時に子どもじみた無邪気さが混じっている。どうしようもなく、リオンは歯を食いしばる。
「……こいつ、厄介だな。無理やりでも装置を壊さないと。また何か勝手に起動されてはたまらない」
リオンが声をひそめてフィリアに囁く。フィリアは「でも、あくまで最小限で……」と返した。ハロルドは彼らのささやきを気にも留めず、残骸を見やりながら「ここを修復したら、また暴走できるかも!」と危険な発言をしている。
「ハロルド、装置を壊す。お前にそれ以上いじらせない。悪いが、これ以上無駄な改変をされるわけにはいかないんだ……!」
リオンは唸るように言い放ち、ワンウェイ・リヴを再び構える。しかし、ハロルドはニヤリと笑うだけで、自身の小型レンズガジェットをくるりと振る。
「へー……あんた、死んでる割に強そうね。じゃあ、あたしも退屈を潰すために、ちょっとだけ遊んであげるわ。付き合いなさい!」
不気味な鋭い眼光がリオンを射抜く。刹那、ハロルドが細かいボタンを操作すると、地面に散らばるレンズの破片が鮮やかな電撃を放ち始めた。巨大な陣が呼応し、青紫の稲妻がリオンたちを包囲する。
「まずい……! 結構な威力だ……!」
フィリアが結界を張り、リオンもワンウェイ・リヴで進路を開こうとするが、一時的に逃げ場を塞がれてしまった形だ。ハロルドはそれを確認しつつ、血走った瞳で笑う。
「もっと面白くなるかもね。あんたら、一体どこまでやれるの? 死んでるなら、死んでも構わないんじゃないの?」
その挑発にリオンは怒りを燃やすが、同時に死者である自分を見抜かれている衝撃が胸に走る。フィリアはそんな彼の苦悩を感じ取りながらも、今は戦わなければいけないと決心する。
「リオンさん、ここはわたしたちの力を見せるしかありません……! このまま放置すれば、また装置が復活されて世界が危ういですし、運命改変どころか次の大惨事が起きかねません……!」
「ああ……上等だ。やってやるよ。ハロルド、貴様がどんな天才だろうと、世界を壊すなら容赦しない……!」
リオンの目が怒りに燃え、フィリアが契約の楔に手を添える。認識阻害を解いてしまうが、やむを得ない。ハロルドに本気で向き合わずして、この異変を止めることは難しいだろう。
かくして荒れ果てた研究都市の一角で、新たな激突が始まろうとしていた。死者としての矛盾を抱えるリオンと、意思の代行者であるフィリアが協力して、ハロルドの狂気じみた実験と対峙する。もし失敗すれば、ここで大爆発が起こり、過去か未来かすらわからない時空の何処かがひしゃげてしまうかもしれない。
(……だから、俺はやる。死んでるのに、こんなに必死になれるなんて、どうしようもないな……)
リオンはそう胸中で呟き、ワンウェイ・リヴを高く構えた。その意志が彼を動かす限り、たとえ相手が天才ハロルドでも、容易には屈しないはずだ。一方、ハロルドは退屈を打ち壊すように口元を吊り上げ、レンズガジェットから紫の稲妻を生み出した。周囲のレンズ残骸が一斉に光り、電磁嵐のような帯電を開始する。
「ちょっとだけ期待してるわ。あんたら、どこまで“おもしろい”のか、試してみようじゃないの!」
吹き荒れる力の奔流が、リオンとフィリアの髪を大きく乱す。鳴り響く雷鳴をかき消すように、リオンが鋭い声で吠え、「フィリア……いくぞ!」と告げる。フィリアは迷わず結界を展開し、互いに背を預けるように動く。それこそ、死の淵から世界を守る使命を背負う二人の連携。
ハロルドとの遭遇は、まさに予測不能な戦いの始まりだった。彼女がどんな発明を持ち、どんな思考回路で動くのか――全く読みきれない。しかし、死を越えて動くリオンの意志が、ここでどのような結末を呼び寄せるのか。彼とフィリアは、その答えを求めてなお剣を握りしめ、レンズ魔術を指に宿し、灰色の廃墟でハロルドと対峙するのである。
そして、黄昏の光が薄く差し込む中、雷の奔流が走り抜け、白衣の天才が「うひゃひゃ!」という狂喜の声をあげる。リオンは歯を食いしばりつつ、ワンウェイ・リヴをわずかに振るい、光線をズラしながら最小限の干渉で戦おうとする。フィリアも息を詰めて魔術を重ね、二人がかりでこの大きな変数を押さえ込む構えだ。
「ここで食い止める……! 世界を、カイルの未来を壊させるわけにはいかない!」
リオンの叫びが廃墟に響き、ハロルドは面白そうに笑ってスイッチを押す。次の瞬間、激しい雷鳴が轟き、地面を撼わす戦いが幕を開けた。死者としてのリオンの意志が、ここでどう結末を導くか――それこそ、運命すらもまた揺れ動いているのだ。