再観測:星を継ぐもの:Episode2-2
Episode2-2:星海での戦闘
漆黒と紺青が混ざり合った天空を背景に、広大な艦隊がゆっくりと航行していた。いまだ荒廃した地球上空ではあるが、高度をさらに上げるにつれて、濁った大気が徐々に薄れ、星屑のように淡い光が浮かび始める領域が存在する。王国や騎士団では、そうした高高度空域を総称して「星海」と呼んでいた。地上の曇った汚染大気を抜け、薄い大気圏の境界に近づくことで、宇宙にほぼ近い環境が広がり、星が鮮やかに瞬く場所――そこはもはや“夜空”とは違う特別な空域なのだ。
いま、円卓騎士団を中心に編成された大艦隊は、北西エリアのさらに上空へと移動しながら、その「星海」に足を踏み入れつつあった。昼夜の区別が曖昧になり、地上からの光学観測が困難になるほどの高度だ。ここでは空気は極めて薄く、風も吹かない。ただ代わりに、上方には宇宙空間の漆黒と、下方には薄い雲と地表を覆う汚染大気が見渡せる。
空母レヴァンティス艦の艦橋からは、巨大スクリーンを通じて艦隊の状況が映し出されている。多数の艦が編隊を組む様子は圧巻であり、星海の闇に紺色の船体が浮かび、ところどころ青い光を帯びたスラスターが尾を引いている。艦の周囲には小型の護衛艇やドローンが飛び交い、万が一の襲撃に備えて警戒態勢を敷いている。
「艦長、全艦のフォーメーションは予定どおり進行しています。高度3万メートル、速度は安定域に達しました」
「よし。引き続き北西の座標を維持しろ。敵性反応があればただちに報告だ」
レヴァンティス艦のオペレーターたちが緊張感を漂わせながら任務をこなす。まだ目立った敵の動きは確認されていないが、この宙域にThe Orderが現れない保証はどこにもない。
一方、その艦橋のやや奥まった区画では、円卓騎士団のメンバーがそれぞれの位置でブリーフィングを行っていた。アーサー、モルガン、そして合流したばかりのガウェイン、トリスタンら数名。さらに、愛機・銀の小手(Silver Gauntlet)のパイロットであるカインもそこに加わっている。
「ここまでくると、まるで宇宙に片足を突っ込んでるようだ……」
カインは大窓越しに星海を見つめながら、素直な感想を口にした。視界には黒に近い紺碧の空が広がり、下方には白い雲の海と地表がくぐもった灰色の埃に覆われている。高高度に昇ったとはいえ、まだ大気圏内ではあるが、十分に“宙”と呼ぶにふさわしい光景だ。
「ええ、ここから先は気温も気圧も人類の活動範囲を超える。下手にメンテが不十分な機体や艦はトラブルを起こしかねないわ」
モルガンが淡々と指摘する。黒髪を後ろで束ねた彼女は、艦と騎士団の作戦指揮を統括する立場であり、地上でも空でも変わらぬ冷静な眼差しを保っていた。
「けど、ここまで高度を上げておけば、敵も簡単には襲ってこないでしょう?」
カインが問うと、アーサーは首を横に振る。「The Orderがどんな手段を持っているかは、まだ完全にはわからない。空中戦力どころか、宇宙規模での活動すら可能だという仮説もある。星海だからといって油断はできないな。」
「そう……ですね。」
ガウェインが腕を組みながら口を挟む。「もっとも、ここまで高高度で大規模艦隊を組むメリットはある。見晴らしが良いし、編隊を崩されにくい。地上の地形障害がないぶん、こちらも砲撃や空戦での布陣を取りやすい」
「つまり、お互い地形の制約を受けず、正面からのぶつかり合いになりやすい――そう捉えてもいいかもな。」
トリスタンが静かに続ける。彼は狙撃特化の騎士であり、広い視界を持つ星海での遠距離攻撃は得意分野かもしれない。
「そういうことだ。……だからこそ、ここで敵に見つかれば一気に激戦になる可能性が高い。」
アーサーがきっぱりと結論づけた。カインは唾を飲み込みつつ、それでも銀の小手の力を信じたい気持ちを抱いている。自分とアリスの干渉力があれば、たとえThe Orderの巨大戦艦が相手でも突破口は開けるはずだ。
「まもなく艦隊はこの高高度を維持しつつ、北西エリアの上空を大きく回り込む予定だ。そこから、地上の敵拠点を把握できればいいが……敵が迎撃に出てくるかもしれない。」
モルガンがブリーフィングをまとめるように言い放つ。「全機に戦闘準備を促すわ。カイン、銀の小手もすぐ発進できるようにしてちょうだい。もちろん、他の騎士団メンバーも同様に。」
「はい、了解しました。」
カインは敬礼して、トリスタンやガウェインと視線を交わす。それぞれ自機の整備を済ませ、いつでも出撃可能らしい。アーサーのエクスカリバーも万全で、今度の“星海バトル”では指揮官自ら前線に立つ意向だという。
大艦隊が先行するレヴァンティス艦の後ろに並び、ゆるやかに左右の隊列を伸ばす。中央には別の空母“ロングブリッジ”や補給艦が位置し、さらに外側を護衛艇や小型艦が囲む形だ。塊となって星海を進むさまは、まるで一つの巨大な要塞が空を移動しているかのようであり、遠方から眺めると圧倒的な威圧感を放っている。
「こちら艦橋、前方視界クリア。高度と速度は安定。異常なし……」
オペレーターたちの声が艦内通信に乗るが、まだ特筆すべき警戒情報はない。とはいえ、艦隊の速度が決して速くないのは、大型艦を多数抱えているからだ。敵が強襲してきた場合、すぐに布陣を組めるよう動きを整えている。
やがて、モルガンが艦橋から各騎士団メンバーへ一斉通信を発した。
『艦隊は最終ポイントへ向け巡航中。間もなく目標座標の近くに差し掛かる。この高度から地上拠点の状況をスキャンしつつ、もし上空にThe Orderが出現した場合は迎撃に入る。各パイロットは機体で待機して。』
カインも銀の小手のコクピットで待機しており、メインコンソールを眺めながら深呼吸した。今度は仲間がいる。ガウェインのガラティーン、トリスタンのフォール・ノート、そしてアーサーのエクスカリバー――これまでにない心強い布陣だ。彼らが艦内待機しているという事実が、妙な安心感をもたらす。
「アリス、システムチェックはどう?」
「完璧よ。いつでもスロットル全開で飛び出せる。弾薬やビームコンデンサーも問題なし。」
「よし……。今度は星海での戦闘になるのか。気を張らなきゃ。」
そんなやり取りを続けていると、ふいにレーダー画面が微妙にノイズを発し始めた。地上からの干渉か、大気上層の電離層の影響か――理由は定かでないが、カインの視界にはレーダーの感度が落ちているように見える。
「なんだ、これは? アリス、ノイズの原因を特定できるか?」
「うーん、電離層の影響だけじゃなさそう。何か波長の合わない観測光かノイズが混じっている感じ……。」
「嫌な予感がするな……。」
カインの呟きが終わらないうちに、艦内通信が警告音を混ぜて鳴り響いた。
『警戒レベル上昇! 艦隊中央のレーダーに複数の高速反応! 座標……上空? 高度方向から接近?』
オペレーターの狼狽した声がマイク越しに伝わる。上空というのは地球上ではほぼ宇宙空間に近い領域のはずだ。そこから敵が来るというのか。
「星海のさらに上……? まさかThe Orderが宇宙に張り付いてたってことか……?」
カインは目を見開き、コンソールを注視する。まだ自分の機体のレーダーにははっきり映っていないが、艦隊の共通ネットワークに敵影が断続的に報告され始めている。
『こちらロングブリッジ艦。上空アングルから強烈な観測光ビーコンを観測! 敵反応多数! 備えろ!』
艦隊通信が騒然とし、指令系統が急に忙しなくなる。艦橋のモルガンらも落ち着いた声で号令を発した。
『各騎士団パイロット、出撃スタンバイ! 高高度での大規模空戦が起きるかもしれない。』
「――来たか!」
カインは操縦桿を握りしめ、素早くエンジンを点火。ドックから甲板へ移動する間もなく、格納デッキ内の射出カタパルトを使って発進できる設計だ。銀の小手のエンジンが低く唸り、アリスの声がコクピットを包む。
「各システムオールグリーン。出撃準備完了よ、カイン。」
「よし、行くぞ。仲間と合流しながら、上空の敵を確認する!」
格納デッキからカタパルトへ移動すると、すぐにライトスティックを振る整備員の合図が視界に入り、発進許可が下りたことを示す。カインはスロットルを一気に前進させ、重力を振り切るようにして銀の小手を滑走させる。わずかな加速距離の後、機体は艦のハッチを飛び出し、星海の空へ放り出される。
途端に、濁った青黒い空と、点々と輝く星のコントラストがコクピットの窓を満たす。広大な視界が一気に開け、遠方には仲間の戦闘機――ガウェイン機やトリスタン機、さらにアーサーのエクスカリバーがそれぞれ母艦から離艦していく様子が見えた。
護衛艇の類も次々と艦から離れ、フォーメーションを組み始める。レヴァンティス艦だけでなく、ロングブリッジ艦やその他の空母からも続々と発進が相次ぎ、まさに一大空戦の予兆を感じさせる光景だ。
「すごい……これが星海での艦隊出撃か……。」
カインが感嘆すると、アリスが同調するように声を弾ませた。「ほんとに壮観……でも、すぐに敵が来るんでしょう? 気を引き締めて。」
再度レーダーを確認すると、依然としてノイズが多いものの、上空から降下する複数のシグナルが徐々に強くなっている。高度差は相当あるはずだが、やがてこの星海で交わる可能性が高い。
『こちら艦隊司令部。円卓騎士団は主力打撃隊として中央空域を確保せよ。敵が現れたら迎撃に回ってもらう。』
通信が各パイロットへ一斉送信される。カインはアーサー、ガウェイン、トリスタンの機体位置を画面で見ながら、自分も緩やかに上昇して合流を目指す。やがて中層の宙域で四機が編隊を組む形になり、周囲には護衛艇や僚機が警戒態勢で散開する構図ができあがった。
「全員揃ったな。」
アーサーの冷静な声が通信を通じて届く。「上空から観測光ビーコンが複数接近中。敵と確定していいだろう。ガウェインは防御態勢を、トリスタンは狙撃準備を。カインは先陣を切るか?」
「はい、銀の小手の機動力で様子を見ます。何かあれば援護をお願いします。」
「了解した。」
こうして円卓騎士団が一つのフォーメーションを構築する。ガウェインのガラティーンが中央で盾役を引き受け、トリスタンのフォール・ノートがやや後方高所で狙撃体制、アーサーのエクスカリバーが指揮を執りつつ状況に応じて前へ出る。そして銀の小手は、もっとも俊敏に動き回る“突破口”を担うのだ。
上空からのシグナルがさらに近づき、やがて視認できる距離まで落ちてきた。カインの目には、いくつかの小さな光点が見える。レーダーノイズの混じった不規則な動きが特徴的で、普通の航空兵器とはまるで違う挙動だ。
地上ではなく、星海の高みから降りてくるThe Order――その姿が一瞬、異様に光る。まるで漆黒の空間に蛍の群れが浮かび上がるような不気味さを伴い、幾何学的な隊形を描いて旋回している。
「なんだ、あれは……。まるで宇宙生物の群れみたいだ……。」
カインは息を呑む。通常の機械的フォルムとは違い、半透明の外殻や触手のようなパーツを伸ばし、観測光の脈動を全身から放っている数十体の異形――おそらくThe Orderの上位型だろう。しかも、その中心に見えるのは戦艦級と思しき大きなシルエットだ。
『騎士団、全機警戒! 敵大編隊が降下中! カウントは……30以上……いや、まだ増えている!』
艦隊オペレーターが声を上げる。まさに大群だ。星海における大空戦が避けられない状況が訪れようとしている。
「アーサー卿、どうしましょう? 数が多すぎる!」
ガウェインが動揺を隠しきれない声を上げる。アーサーは落ち着いた調子で答えた。
「やるしかない。艦隊全体で迎撃態勢だ。ガウェイン、前に出過ぎず隊列を維持しろ。トリスタンは早めの狙撃が可能なら潰せる敵を狙う。カイン、俺と共に先頭で当たろう。」
「了解!」
カインが力強く返事をすると、銀の小手のエンジンがうなる。星海の漆黒を背景に、高速で前進しながら敵との距離を詰め始める。上下左右に小型護衛機が散り、後方では艦隊の主砲が狙いを定めつつある。
すると、敵の異形群が一斉に光を放った。まるで刺胞生物が体内から発光するような紫や青のオーラが現れ、そこから観測光のビームが放出される。
「……っ! 来るぞ!」
カインは操縦桿を引き、回避行動に入る。一筋縄ではいかない乱れ撃ちの光が星海を照らし、そこかしこで味方機が激しい回避を強いられる。護衛艇のいくつかは間に合わず被弾し、爆散して火の玉になった。
「ちっ……味方がやられた!」
ガウェインが叫ぶが、すぐにアーサーが冷静に指示を出す。「嘆くな、まだ始まったばかりだ! 反撃するぞ!」
その言葉と同時に、エクスカリバーの剣型ビーム砲が白く輝き、高出力の光刃が闇を切り裂くように放たれる。敵異形の一団がまさに光の斬撃で切り裂かれ、紫の液状体を放って四散した。
カインも負けじとミサイルを連射し、観測光を操る異形に狙いをつける。アリスが補正をかけてくれるおかげで誘導が正確になり、一瞬のうちに敵が爆散する光景が広がる。
「……くそ、どこからでもビームが飛んでくる!」
カインは自機周辺の軌跡を把握しながら、緩急をつけた回避機動を行う。星海では重力が弱く感じられるせいか、戦闘機は地上戦よりもさらに大きな加速や機動が取りやすい。しかし敵もそれを承知で不規則な動きをしてくる。
ビームが交差し、爆発が続出。艦隊の砲撃も混ざりあい、星空が断続的に閃光に染まる。まさに大空戦――というより宇宙戦に近い激烈さだ。
一瞬、敵の大きな戦艦級らしき影がこちらを捉えたのが見えた。そこから巨砲のような観測光ビームが放たれる。高速で伸びる光の柱は、艦隊中央付近を目指して貫こうとする構えだ。
『やばい! あれを止めないと、艦が危ない!』
ガウェインが焦りを露わにする。自分が止めに行こうにも距離があるし、相手の火力は凄まじい。すると、アーサーが迷いなく加速して前へ出る。
『俺が迎撃する。ガウェイン、カイン、援護を頼む。』
「わかりました!」
エクスカリバーの剣型ビームが再び光を放ち、巨大な一刀を星海に描く。だが敵戦艦も防御フィールドのようなものを展開し、簡単には貫通されないらしい。両者の光が中間点でぶつかり、きしむような音波が空間に広がる。
カインはすかさず側面へ回り込み、ミサイルとビーム砲を連携させて敵のバリアを揺さぶろうと試みる。
「アリス、あのバリアを分析してくれ。弱点があるはずだ!」
「わかった。波長パターンを解析するから、ちょっと待って……!」
コンソール画面に複雑な波形が流れ、アリスの演算が炸裂する。星海の真っ只中で、この速度で敵バリアを観測・干渉するのは困難を極めるが、アリスなら可能かもしれない。
しかし、その合間にも敵側からの妨害ビームが飛んでくる。ガウェインが盾役としてビームを弾こうと前に出るが、完全には打ち消せず、機体の装甲に焦げ跡ができるほどの衝撃を受けてしまう。
「ぐっ……! こいつら、攻撃が強烈だ!」
『耐えろ、ガウェイン! もう少しだ!』
アーサーが励ます。ビーム同士が光り合い、爆散するエネルギーの余波が周囲を染める。星屑のように閃く破片が散り、その背後でトリスタンが冷静に狙撃の狙いを定めていた。
『トリスタン、撃てるか?』
『……はい、やってみます。バリアの一点に集中すれば穴を開けられるかも。』
フォール・ノートの狙撃ライフルが青白い光を蓄え、細く鋭いビームを一条放出する。敵戦艦のバリアに小さな揺らぎが生じ、そこからほんの一瞬、光が漏れるように弱点が露わになる。
その機を逃さず、カインとアーサーが一斉に火力を叩き込む。エクスカリバーの斬撃ビームと銀の小手のビームキャノン、さらにミサイルが集中砲火を浴びせる形になり、バリア面がバチバチと火花を散らして崩壊し始めた。
「バリアが破れた! 今だ、撃ち込め!」
カインは操縦桿を思い切り引きながら、接近戦を仕掛けようと急速加速。敵戦艦の装甲を貫くべく、狙いを定めてキャノンを連射する。装甲の表面がくぼみ、紫の衝撃波が浮かんで爆散の兆候を示す。
アーサーのビーム斬撃がさらに切り込んだ瞬間、戦艦の中央部あたりから破裂音のような低周波が轟き、巨大な火柱が立ち上った。周囲にいた異形機もろとも爆炎に巻き込まれ、星海の宙に閃光が走る。
「……よし、落ちたか……!?」
一瞬の静寂が訪れ、そのあと大きな爆発が再び起こり、戦艦級らしき影は粉々に崩れ散る。死闘の末に巨大な脅威が沈黙したのだ。カインはハンドルを握り直し、周囲を見回した。
「やった……! ナイスです、アーサー卿!」
『お前もな、カイン。トリスタンの狙撃がいい仕事をした。』
だが、まだ周囲には数多くの小型異形が漂っている。中枢を破壊されたことで動揺しているのか、彼らの動きに混乱が見られるが、依然として観測光の攻撃を放ってくる個体もいる。
ガウェインがここぞとばかりに前進し、ガラティーンの重厚なビーム砲をぶっぱなす。盾を構えて敵のビームをいなしつつ、間隙を縫ってカウンターを決める形だ。敵機がいくつも光を散らして爆発する。
「フハハ、どうだ! これが俺のガラティーンだ! あまり舐めてもらっちゃ困るぜ!」
ガウェインの歓声が通信に響き、カインはそれを聞いて安堵半分、まだ気は抜けないと自戒半分だった。星海にはまだ敵が少なくとも十数機以上いる。味方側にも被害が出ているが、艦隊の砲撃支援と騎士団の連携が少しずつ勝勢を広げつつある。
艦隊中央部ではレヴァンティス艦をはじめとする空母群が砲撃を開始していた。大口径のビームキャノンやミサイルランチャーが一斉に火を噴き、星海に無数の光条が飛び交う。敵異形が防御の体勢を取るが、こちらには大量の火力があるうえ、先ほど戦艦級を落とした騎士団が周囲を牽制してくれているため、攻撃が効率よく通る。
それでもThe Orderの数が減らないのは、一部の個体が仲間を吸収しながら形態を変化させるからだ。破壊されかけた異形が周囲の残骸を取り込み、再びビームを放つ姿も見える。人類の科学兵器では想像しづらい再生や進化を見せることが、彼らの恐ろしさでもあった。
「カイン、まだ脅威レベルが高い機体がいくつか残ってるみたい!」
アリスがレーダー画面を拡大し、二機ほど強大なエネルギー反応を示す敵をピックアップする。星海のやや上層に位置し、巨大な棘のような触手を広げている姿だ。攻撃力が高いのか、味方の護衛艇が近づこうとしては撃ち落とされている。
「わかった、あれを倒さないと被害が増える……。援護頼む!」
「任せて。さっきと同じ要領で波長を解析するね。」
カインはエンジンを吹かし、翼端を弧を描くように傾けて急上昇へ移る。敵はすでにこちらを察知してビームを撃ってくるが、銀の小手の機動力でなんとか回避圏に収める。放出される観測光はまるで鞭のように曲線を描き、空間を斬り裂くように振るわれるが、カインは反射神経とアリスの予測によって間一髪で避けていく。
「ふっ、そこだ!」
中距離まで詰めたところで、ビームキャノンを放つ。敵は触手を広げてバリアめいた構造を作り出すが、ミサイルとの連携で外殻を揺さぶり、さらにその隙を衝いてキャノンを連射。
一気に装甲を削ると思われたが、敵も下部から不定形のアームを伸ばしてきて、機体に絡めとろうとする。その動きはまるで液状金属のように蠢き、カインの背筋に戦慄が走る。
「うわっ、気持ち悪い! 近接はまずい!」
「急上昇か旋回で振り切って!」
アリスが指示を飛ばし、カインは瞬時に機首を引き起こす。銀の小手が慣性に逆らい、急激なスラストベクトルを駆使して逆噴射とも言える機動を見せる。無重力に近い星海ゆえに、地上戦ではあり得ないアクロバティックな挙動が可能だった。
敵のアームが空振りし、宙に紫の液体のようなものを飛散させる。そこでチャンスを見たカインは旋回しながらミサイルを連発。中型誘導弾が敵の装甲を次々と貫き、ついにその体躯を破壊に追い込む。爆風が星海に溶け、色鮮やかな破片が散ってゆく。
「よし、一体撃破……! もう一機は……?」
すると、視界の右斜め上で閃光が走り、何か別の強力なビームが放たれる。そちらを向くと、ガウェインがガラティーンの大砲を撃ちつつ、敵と正面衝突している最中だった。盾役である彼が正面を押さえているのだろうが、敵の火力が上回っているらしく、ガウェインの機体が防御姿勢で後退しているのが見える。
「ガウェインさんがやばい! アーサー卿は……?」
カインが見渡すと、アーサーは別の異形群を相手にしている最中で、すぐにはそちらへ行けない位置だ。トリスタンは狙撃を試みようとしているが、ガウェインと敵が接近戦状態で入り乱れており、誤射を避けるため撃ちあぐねている。
「しょうがない、俺が行く!」
カインはスロットルを全開にし、ガウェインの背後へ突進。先ほど破壊した異形の破片が漂う中をすり抜け、急ぎ味方の救援に向かう。通信をつなぐとガウェインの苦しげな声が返ってきた。
『くそ……! こいつ、バカみたいなパワーしやがる……!』
モニターに映るガウェインの機体は、盾を構えて必死にビームや触手を受け流しているが、すでに装甲には大きなダメージが入っているようだ。敵は三本の触手を振り回しながら、濁った観測光の渦を生成し、そこから一点集中のビームを放とうとしていた。
「ガウェインさん、今助けます!」
銀の小手が真横から回り込むように急接近。アリスが敵の攻撃タイミングを読み取り、回避ルートを示してくれるおかげで、危険な触手の軌道をギリギリでかわす。すると、敵がガウェインに向けていた視線をカインへ逸らす形になり、ほんの一瞬だけガウェインが自由になれた。
『助かったぜ、カイン! 反撃する!』
ガウェインが盾を振りかざしながら砲撃モードに切り替え、機体背面から大出力のビームを放つ。敵の後方をとった形でカインもミサイルとキャノンを同時に叩き込む。挟み撃ちを受けた異形はさすがに対処しきれず、触手がもがきながらちぎれて飛び散る。
「これで……トドメだ!」
カインが最後の大出力ビームを連射。ガウェインもそこに合わせて追撃。二方向からの圧倒的火力が交差し、敵異形を光の中で引き裂くように粉砕する。星海が真っ白なフラッシュに包まれ、一拍の静寂の後、閃光が散って無数の破片が漂う姿だけが残る。
カインは息を荒げながら機体を安定させ、ガウェインの姿を探す。
「ガウェインさん、大丈夫ですか?」
『ああ、なんとか……機体がボロボロだがまだ動く。助かったぜ、カイン。』
通信越しに、彼のほっとした笑い声が聞こえた。どうやらメインシステムまでは破壊されずに済んだらしい。盾役を引き受けている分、被弾しやすいのはやむを得ない。
「よかった……。とりあえず援護してくれたトリスタンさんにも感謝しなきゃ。」
カインがそう言うと、トリスタンのクールな声が割り込む。
『……すまない。俺は狙撃のチャンスを得られなくて、実質何もできなかった。』
「いえいえ、そこにいてくれただけで敵も迂闊に動けなかったはずです。」
そんなやり取りを交わしている間に、周囲の状況を確認する。どうやら大半の敵が艦隊の集中砲火や騎士団の連携で撃破されたようだ。先ほどの大戦艦が落とされたことで敵軍も指揮系統を失ったのか、残った個体が散り散りに逃げ惑っている姿が見える。
『ふう……どうやら勝ったか。』
アーサーが通信を開く。「皆、よくやった。かなり手強い相手だったが、艦隊との連携で押し切れたな。負傷や被弾は多いが、決定的な損害は防げた。これぞ大艦隊の力だ。」
確かに、多少の被害は出ているものの、全滅的な打撃を受けずに済んでいるのは大規模艦隊ならではだろう。多数の艦が一斉に火力を集中し、円卓騎士団が要所を潰す。それにより、The Orderの群れを抑え込むことができた。
「でも、まだ油断は禁物ですね。もう一波来る可能性もある。」
カインのつぶやきにアリスが同意する。「そうね。星海は広いから、敵の増援がどこから来てもおかしくない。」
アーサーは落ち着いた声で「艦隊司令部に確認しよう」と言い、通信を切り替える。
やがて艦隊オペレーターから報告が入り、広域スキャンで大きな敵勢力はもう確認されないとのことだった。星海を漂うThe Orderの残骸が放つ微弱なエネルギー反応が残る程度で、新たな大群は見当たらない。
こうして数時間に及ぶ激戦は終わりを告げ、艦隊は陣形を再整備しつつ北西エリアへの進軍を続ける準備に入る。星海を舞台にした大空戦は、ひとまず人類側の勝利に終わったのだ。
「……なんとか乗り切ったな。」
カインは銀の小手で艦へ戻る途中、上空から艦隊の姿を見下ろしてそう呟く。幾隻かの空母や護衛艇がダメージを受けて煙を上げているが、落伍は出ていないようだ。
ガウェインやトリスタンも被弾したが、帰還可能なレベルで済んでおり、ひとまず全員生還。アーサーのエクスカリバーは相変わらず凛々しい姿を保ち、円卓の象徴として艦隊を鼓舞している。
「カイン、今回ほんとにお疲れさま。あなたが動き回って敵を引き付けたおかげで、艦隊も助かったと思うよ。」
アリスが優しく声をかける。カインは鼻で笑いながら「いや、アーサー卿やガウェインさんもすごかったさ」と答えた。
そして母艦の甲板へ降り立つと、そこには多数の整備班と医療班が出迎えている。ガウェイン機は盾の部分がぼろぼろで、一部から火花が散っていたが、ドック長が「うへえ、修理大変そうだな……」と言いながらも手際よく指示を飛ばす。
カインの銀の小手は外装に傷や焦げ跡が数カ所あるが、致命的ではない。整備員が駆け寄り、「よくやってくれたな!」と労いの言葉をかけてくれた。カインはコクピットハッチを開け、ふう、と長い息を吐きながら地面へ降り立つ。
「ただいま戻りました……。」
「おかえり、カイン! 本当に大活躍だったぜ!」
遠くから誰かの歓声が聞こえる。周囲の隊員も拍手している。星海での壮絶な戦いを乗り越えたパイロットたちへの称賛の拍手だ。カインは気恥ずかしさを覚えながらも、手を振って応える。
すぐにアーサーやガウェインらが集まり、互いに健闘を称え合う。ガウェインは「まったく、あの触手のやつにはひやっとしたぞ」と笑い飛ばし、トリスタンは控えめに「もっと正確な狙撃をしていたら、被害を減らせたかもしれない」と後悔を口にする。だが、アーサーは「十分助かった。チームワークが機能した結果だ」と一言でまとめた。
「カイン、銀の小手の損傷は軽微か?」
「はい、外装が焦げただけで内部系統は無傷みたいです。」
「そうか。モルガンが艦橋で次の指示を出すから、お前は簡単な診断を受けたらブリーフィングルームへ来てくれ。どうやら大きな進展がありそうだ。」
「大きな進展……?」
カインが首をかしげると、アーサーは「まだ詳しくは言えんが、今回の戦闘データから何かがわかったらしい」とだけ告げ、艦橋へ向かった。カインは軽く息を飲み、妙な期待と不安を感じながら整備班に機体を預ける。
数十分後、ブリーフィングルームへ呼ばれたカインが入室すると、そこにはモルガンとアーサー、さらにいくつかの幹部らが既に集まっていた。ガウェインやトリスタンも端のほうに立っており、既に話が進行しているようだ。
「失礼します……。カイン、到着しました。」
「待っていたわ。」
モルガンがホログラムを操作し、先ほどの星海戦の記録映像を映し出す。そこには敵戦艦級の挙動や、異形たちが放った観測光ビームのスペクトル分析結果が表示されていた。複雑なグラフが並び、素人目には何が何やらさっぱりだが、専門家には何か意味があるらしい。
「今回の戦闘で回収したデータから、The Orderが高高度でも大規模な活動をしているのが確定したわ。となると、地上だけでなく“上”にも拠点を持つ可能性がある。」
モルガンが重々しく告げる。アーサーが言葉を引き継ぎ、「つまり、やつらが一部で言われている“小宇宙”と直接繋がっているかもしれない。星海からさらに上、もしくは次元的な接点がある可能性が否定できないというわけだ」と続ける。
「小宇宙……。本当に存在するんですか、それ……。」
カインは改めて疑問を口にするが、モルガンは微妙な表情で首を振った。「わからない。だが、確実に通常空間外の何かを感じさせる。今回の星海戦を経て、その可能性がさらに高まったってところかしら。」
「いずれにせよ、これで艦隊が星海域を抜けるまでに、まだ敵の増援が現れる恐れがあるわ。まだ油断できない。北西エリアの地上拠点も攻略しなくてはならないし、忙しくなるわよ。」
アーサーはブリーフィングの締めくくりとして、改めてカインやガウェイン、トリスタンらへ言葉を投げかける。
「皆、今日の星海戦で疲労もあるだろうが、ここが正念場だ。艦隊がさらに奥へ踏み込むにつれ、敵の抵抗も苛烈になると思われる。いずれ第二、第三の星海戦が起きてもおかしくない。」
カインは静かに息を整え、「了解です。俺たちは銀の小手でいつでも出撃できます。星海が戦場なら機動力を最大限に活かしてみせます!」と答えた。
「うむ、期待しているぞ、カイン。」
アーサーが頷き、その場の空気が緩んだように感じる。モルガンは手元の端末を確認しつつ、艦隊のこれからの航路を再設定する作業に入った。全員がそれぞれの持ち場へ戻ろうとする中、ガウェインがカインの背を軽く叩き、
「今回は助けられたな。ありがとう。お前の銀の小手、やっぱり機動力が凄い。俺ももっと上手くやらないとな……。」
「いえいえ、お互い様です。また連携お願いします!」
そう笑い合い、星海での激戦を乗り越えた絆が深まったのを感じる。
星海の暗闇は依然として艦隊を包み込んでいる。大艦隊の姿は壮観でありながら、同時に大きな標的になるリスクもある。この先、The Orderが本格的な再襲来をかけてくるのか、それとも地上拠点で別の策を巡らせているのか、予測はつかない。
カインは甲板から再び夜空を見上げる。いや、もはや夜空とも言えない星海の光景だ。上下の感覚が曖昧になり、星々がどちらが天か地かわからないほど散りばめられている。下方には汚染大気に覆われた地球の大地があり、その先には恐らくThe Orderの本拠や小宇宙への導線が潜んでいるのだろう。
「カイン、どうしたの? こんなところでぼーっとして。」
アリスのホログラムが近くに投影される。ずいぶん慣れた光景になったが、あの銀髪の少女姿が宙に浮かんで話しかけてくるのは、不思議な感覚だ。
「ちょっと、考え事をしてた。この星海戦は、たぶん始まりなんだろうなって……。これからもっとでかい戦いが待ってる気がする。」
「そうだね。たぶん私たちは、まだThe Orderの本気を見てないのかも。……怖い?」
アリスの問いに、カインは苦笑いを浮かべる。
「正直、怖いよ。だけど、一人じゃないから……大丈夫だって自分に言い聞かせてる。銀の小手も、アリスも、騎士団のみんなもいるんだから。」
「ふふ、そうよ。私も、ずっとあなたを支えるから。」
カインは空母レヴァンティス艦の甲板を一歩一歩歩きながら、やがて整備ドックのほうへ向かう。そこには銀の小手が駐機され、先ほどの星海戦闘で生じた小さな傷を補修してもらっている。整備員が「もうすぐ終わるからあんたも休んでろ」と笑いかける。
「ありがとう、お疲れさまです。……じゃあ、アリス、部屋に戻って作戦データをまとめようか。明日のためにもね。」
「うん。了解。」
こうしてカインはホログラムをしまい、通路へと足を進める。その背後には、艦隊が巨大なフォーメーションを取り直す姿がある。あちこちで修理や補給が急ピッチに行われ、いつ再度The Orderが攻め来ても防衛できるように備えている。
星海での大空戦を制した今、騎士団と大艦隊は勢いを増して北西エリアへ進軍するだろう。そこにはさらなる謎や強敵――あるいは「小宇宙」への入り口が待っているのかもしれない。
だが、それはまだこの先の話。まずは今日の勝利を噛み締めながら、明日への備えを怠らないことだ。カインも、ガウェインたち仲間も、それをしっかり理解している。
暗い星海を漂いながら、艦隊がゆっくりと移動していく姿はまるで人類が自分たちの未来を切り拓くために夜空を行進しているかのよう。観測光の残骸が漂う宙域には、まばらに散った異形の破片が星明かりを乱反射させる。冷たい光の粒子がまるで雪のようにちらつく風景は、美しくも儚い。
その残響を背に、円卓騎士団は次の一歩を踏み出す。
数多くの犠牲を払いながらも人類側が勝ち取った重要な勝利は、新たなる展開への大きな足掛かりとなった。
人々はまだ荒廃の中に生きているが、その夜空は確かに星で輝き、騎士たちの行く手を照らしている。
そして、アリスとカインの物語は、さらに深い未知の海へ漕ぎ出そうとしていた……。