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天蓋の欠片EP7-2

Episode 7-2:ユキノの成長

眠い目をこすりながら玄関を出て、タスクフォースの護衛車に乗り込むのも、いつの間にか慣れた日課になってしまった。
天野ユキノは、車中で大きくあくびをしながら窓を見やる。街路には警備員が立ち、どこか物々しいムードが漂っている。夜な夜な起こる小さな騒ぎや不穏な爆発未遂――真理追求の徒の活動は絶え間なく続いており、時にはカエデと連携して撃退することもあれば、タスクフォースが事前に捜索して鎮圧することもある。

「今日も、何もないといいんですけど……」
思わず呟くと、前方の助手席から隊員が振り返り、「我々もそれを願ってます。けれど、いつ何が起きてもおかしくありませんから、一応気を引き締めて」と気遣うように声をかける。ユキノは苦笑いで「はい……」と短く返し、深く座席に腰を預けた。

車が学校に近づくと、昇降口付近にタスクフォースの車が数台止まっているのが見える。ここ最近、学校や周辺地域に護衛部隊が常駐し、万が一の際の対応を強化しているのだ。それだけ、真理追求の徒の激しい動きが警戒されているということでもある。
ユキノはカバンを抱えながら(もう少し静かになってくれたら……)と切実に願う。このままではクラスメイトたちが萎縮してしまい、普通の青春なんて遠のいてしまう。カエデも新しい日常を気に入ってきたところなのに――そう思うと胸が痛む。

昇降口を抜け、下足に履き替えてから教室に行くと、今朝もクラスメイト数人が立ち話をしていた。ナナミがすぐに気づき、「ユキノ、おはよ! なんかまた道路で検問があったよ。大丈夫だった?」と尋ねる。
「うん、車が回り道したけど、特に問題なかったよ……」
ユキノが応じると、周囲が「すごいよね、毎日あの護衛」「気にならないの?」などと遠巻きに興味を示してくる。以前なら嫌悪や恐れの視線が多かったが、最近は「ユキノなら仕方ないよね」「あれだけ事件に巻き込まれてるもんね」と妙に納得して受け入れる雰囲気もある。彼女に対する理解と好意が少しずつ育ってきているのを感じて、ユキノは安心する。

一方、カエデは席で静かにノートを読んでいたが、ユキノの姿に気づいて手を挙げる。「おはよう」とだけ言い、控えめな微笑を見せる。その表情にどこか余裕が感じられるようになったのは、クラスメイトとの関係が進展しているからだろう。ユキノは弾んだ足取りで彼女の隣に座り、「今日もよろしくね」と声をかける。

「うん、よろしく……。昨日は夜まで何事も起きなかったから少し気が楽だけど、警備が増えてるのを見ると、やっぱり警戒されてるんだなって思うわ」
「だね。でも、そのぶん私たちも自由に動きにくいし……。まあ、カエデさんが安全ならそれでいいんだけど」
「ふふ、あなたもね。私は……少しずつタスクフォースの車に慣れそうかも。でもまだ怖いかもね」

そんな何気ない会話をしながら、二人は並んで席に座る。担任が入ってきてホームルームが始まり、いつもの連絡事項が淡々と進んでいく。廊下に立つタスクフォースの姿が視界の隅に映るたびに緊張は走るが、それでもユキノやカエデにとっては、穏やかな朝の幕開けだった。


授業がひと段落したところで、ユキノのスマホが軽く震える。画面を見ると、「エリス」からの短いメッセージ。

「放課後に事務所へ来て。ちょっと気になる情報があるわ。アヤカとも話す予定かも」

読みながら、ユキノは苦い顔をする。エリスとアヤカは先日「協力する」とは言っていたが、相変わらず衝突気味だし、今回も何か対立の火種がありそうだ。しかし、行かないわけにはいかない。
昼休み、ユキノはカエデにそのことを伝える。「また先生のとこ行くんだ。真理追求の徒とか、蒔苗のことかもしれない」
カエデは複雑そうに目を伏せ、「……そっか。でも私、あまりタスクフォースと関わりたくないから、遠慮しておく」と答える。ユキノは「うん、分かった。無理に来なくて大丈夫だよ。何かあればまた教えるね」と微笑む。二人はそれ以上深くは話さないが、それでも“一緒に情報を共有する”という流れが自然にできあがりつつある。

ナナミは「またお仕事みたいだねー。ユキノも忙しいんだ……」と羨望混じりに言うが、ユキノは「こんな仕事、ないほうがいいんだけどね……」と肩をすくめる。周囲のクラスメイトは「ほんと、大変そう」と同情する反応が多いが、それすらも最近は慣れてきた。彼女は少しだけ大人になった気がする。


放課後、例によってタスクフォースの護衛車でエリスの探偵事務所へ向かう。ユキノは車内で小さく伸びをし、「あー、痛みがこわばってきた……」と呻く。隊員が心配そうに「病院へ行ったほうがいいんじゃ?」と勧めるが、彼女は首を振る。

「大丈夫……それより、カエデさんも痛みを抱えてるし、私だけ病院へ行くのも何だか悪いし……。訓練するしかないんだ、あれは」
隊員は理解できないという顔をしつつ、「まあ、あの力は我々にも未知な部分が多いですからね……」と呟く。ユキノは苦笑し、窓の外を見つめる。自分の痛みは自分で乗り越えなくてはならない――そこに誰の意志も介入できないからだ。

事務所のドアを開けると、エリスが資料を机に散らばせたままソファで足を組んでいる。その隣にはアヤカが立っており、少し居心地悪そうにしていた。
「あ、ユキノ、来たわね。ちょうどいいところよ。……アヤカさんと話してたんだけど、真理追求の徒がまた妙な動きをしてるらしいの」
エリスの声に、アヤカが静かに頷く。「ええ、どうやらカエデさんを狙った動きもある一方で、“蒔苗”という観測者への接触を強めようとしている。何か大規模な儀式か実験を計画している気配があるわ」

「蒔苗に直接、彼らがアプローチできたら……きっと大変なことになるよね」
ユキノは背筋を寒くさせる。エリスが深刻そうに机を叩いて、「そう。最悪の場合、世界そのものを巻き込む異変につながるかもしれないとすら言われている。私たちはそれを防がなきゃならないわ。でも、蒔苗自身がどう動くかは分からないのよね」と息を吐く。

アヤカも地図のようなものを広げながら、「真理追求の徒が“観測者の封印を解く”とか“0次宇宙への干渉を完全に行う”みたいな言葉をこっそり噂しているそうです。もしこれが事実なら、単なる町のテロ行為では済まされない」と語気を強める。
ユキノは眉をひそめ、「そんな……どうやって防ぐの?」と問いかけるが、エリスが苦い顔で答える。「私も具体策は分からない。ただ、あなたの弓とカエデの刃が鍵になる可能性はあるわ。痛みに耐えながらも、その力を進化させる必要があるの。あなた自身がもっと成長しないと、蒔苗や真理追求の徒の魔手から大勢を守れない」

成長――その言葉を聞いて、ユキノは無意識に胸を押さえる。確かに、自分の弓はまだ不安定で、二射目や三射目を放つには激しい痛みを伴う。戦闘のたびに倒れ込みそうになるのでは、次なる大きな敵に立ち向かうのは心許ない。
「……もっと鍛えなきゃ。先生、どうすればいいかな……」
ユキノが不安混じりに言うと、エリスは小さく笑って肩をすくめる。「私の経験から言えば、“自分の心を強くする”しかないの。痛みは、あなたが自分の心とどう向き合うかで変わってくるところが大きいわ」

「心、か……」
「そうよ。あなただけじゃなく、カエデもきっと同じ。このままだと二人とも危うい。いずれ、“生成者”の力を超えた何かが襲ってくるかもしれない。その時に壊れないためには、心の強さが必要なの」

アヤカが付け加える。「私たちも協力は惜しまないわ。タスクフォースとして訓練設備や医療体制を用意することも考えたい。ただ、あなたが気乗りしないのなら強制はしない」
ユキノは少し黙り込み、やがて視線を上げる。「分かった。私、エリスさんと一緒に訓練するよ。カエデさんにも勧めてみたい。でも、タスクフォースがどこまで口を出すかは分からないし、彼女が拒否するなら無理強いはやめてほしい」
アヤカは「もちろん。それが条件なら協力します」と約束し、エリスも「じゃあ、さっそく準備しようか。痛いわよ?」と軽くウインクする。ユキノは不安を抱きながらも微笑み、「頑張る……」と覚悟を固めた。


夜。市内の空きビルの一角。かつて工場だったという二階建ての広いフロアが廃墟として放置されており、タスクフォースの下部組織が一時的に確保しているらしい。そこで、エリスがユキノを連れ出し、本格的な“弓の制御訓練”を実施することになった。
ナナミやカエデには黙っていたが、カエデも後日ここに来るかもしれない。まずはユキノが先行して鍛錬し、痛みをどう克服するかの指針を作るのだという。アヤカも本来ならここに来たかったようだが、上層部への報告業務が重なっており不在。護衛の隊員数名が安全を確保する形で、エリスとユキノが建物の中へ入る。

「ここなら多少弓を撃っても大丈夫そうね。壁がコンクリで頑丈だし、万が一はタスクフォースが補修するそうよ」 エリスが懐中電灯で床を照らしながら言う。鉄製の柱や棚が朽ち果てているが、広さは体育館の半分くらいはある。確かに、ここなら弓の射撃や動きの練習を思い切りできそうだ。

「やります……。でも、本当に痛みをどうコントロールすればいいのか、まだ分からない。先生、教えて……」
ユキノが頼むと、エリスはソファ代わりの古い木箱に腰かけ、「コツなんてそんなにないわ。あなたの“心の中心”を撃ち抜く行為が弓を作り出すわけだけど、結局あれはあなたの内面を可視化する術なのよ。痛みは“心を削る”ときに生じる……。つまり、心が安定していれば痛みも軽減できるってわけ」

「私の心……安定か……。戦いのときは怖くてドキドキだし、必死に撃ってるから……どうしたらいいのかな」
「まずは深呼吸。ゆっくり、心を平静にするイメージを持つこと。そのうえで、痛みを“受け止める”のか、それとも“流す”のか、どちらが合うか探ってみなさい。私はリボルバーだからまた違うけど、基本は同じよ」

ユキノは唇をかみ、「分かった……やってみる」と頷く。そして、懐中電灯のわずかな光と月明かりだけが差し込む薄暗い広間の中心へ進む。床に一部分だけマットが敷かれ、危険を減らすよう工夫されている。そこで射出機を胸に当て、深呼吸を始める。
途端に、いつものように恐怖がこみ上げてくる。あの鋭い痛みがくる――体がすくむが、エリスの声が背後から飛ぶ。「怖がらないで。痛みはあなたの一部。むしろ歓迎するくらいの気持ちで受け止めてみなさい」

ユキノは目を閉じ、「痛みは……私の一部……受け止める……」と唱える。意識を集中し、一気にトリガーを引く――胸を射抜く衝撃が脳をかすめ、ぐらりと膝が揺れそうになる。いつもなら叫び声を上げて倒れそうだが、なんとか踏みとどまる。
“受け止める”と考えながら、身体に走る痛みを押し返すのではなく、抱きしめるようにイメージしてみる。すると、一瞬だけ青い光が揺らめき、以前よりも安定感をもって弓が形成される気がする。

「やった……ちょっとだけ……痛みが軽いかも……!」 ユキノが驚きの声を漏らす。エリスは「そう、それよ。あまり意識しすぎるとまた跳ね返ってくるから、力を抜いて」と優しく声をかける。ユキノは額に浮く汗を拭き、「でも、これを実戦でできるかな……」と不安を呟く。

「いきなり実戦では難しいでしょう。でも、今みたいに何度も繰り返して慣れるしかない。あと一射、してみる? ちょっとだけ物に向かって撃っても大丈夫よ」
エリスが遠くに設置した簡易の板を懐中電灯で照らし、「そこを狙ってみて」と指示する。ユキノは気合を入れ、弓を引き絞る――二射目はいつも激痛が増して倒れ込みそうになるが、今日はどうだろう。

深呼吸し、“痛みを受け入れる”と繰り返す。矢の形ができるにつれ、体の奥で警鐘が鳴るような鋭い痛みが爆発しそうになる。唇をかみ、「うああ……!」と声を上げながら矢を放つ。光の弾が走り、板に命中。
「はぁ、はぁ……当たった……でも、やっぱりきつい……」
ユキノは膝を落とし、床に手をつく。しかし倒れ込むほどではない。エリスが急いで駆け寄り、「大丈夫? 今までよりはマシかもしれないわね。意識がちゃんとあるもの」と笑顔を見せる。

「うん……痛いけど、なんとか踏みとどまれた感じ……。これが成長、なのかな」
「そうよ。前だったら二射目で崩れてたでしょう? 少しずつ、慣れていけるはず。だから焦らないで」

その言葉に、ユキノは目頭が熱くなる。何度も痛みに怯えてきた自分が、ここで“弓を連射”する道を確かに見つけかけている。成長という言葉が胸に響き、ほんの少しだけ誇らしさが湧く。

「先生、ありがとう……!」
「ふふ、あと数回練習して、それから休みましょう。無理しすぎは禁物よ」

エリスの励ましに背中を押され、ユキノは再び弓を構える。夜空が廃ビルの窓から覗き、月が微かな光を送っている。その静けさの中で、彼女の成長は確かな形を伴い始めていた。これこそ“ユキノの成長”――痛みを力に変えて、仲間を守るために一歩を踏み出す時。


午前0時に近い時間。何度かの訓練を繰り返し、ユキノがへとへとになったころ、外で車のエンジン音が止まる。エリスが廃ビルの扉を開けると、そこにはアヤカが立っている。どうやら仕事が一段落して、合流しに来たらしい。

「夜遅くに失礼するわ。どう、ユキノの調子は? だいぶ音が聞こえたけど」
アヤカが何気なく声をかけると、エリスは指先で髪をかき上げながら「あら、あなたこそこの時間に来るなんて……ユキノは頑張ってるわよ。痛みをコントロールするコツを掴みかけてる」と応じる。
ユキノは膝に手を置いて息を整えつつ、「でも、まだまだだよ。実戦で使えるかは分からない」と弱気になりかけるが、アヤカは小さく微笑んで「いえ、確実に前進していると思うわ。さっきタスクフォースに報告があったけど、真理追求の徒の襲撃を二人で防いだときも、あなたは倒れなかった。それは大きい」と励ましてくれる。

「倒れなかったのは、先生やカエデさんが助けてくれたから……」
そう答えるユキノに、アヤカは上着のポケットからタブレット端末を取り出し、何かのデータを見せる。「ほら、これはあなたが関わった最近の小規模な襲撃事件の記録。あなたの動きや弓の使用回数、どれだけ痛みを耐えられたかが推測できる。ほとんどが改善傾向にあるのよ。確実に強くなってる」

ユキノはタブレットの画面を見つめ、そこに載る文字や数値を理解しきれないが、どうやらタスクフォースが独自に戦闘データを分析しているようだ。彼らは科学的にアプローチしてくれるが、同時に彼女に対する管理意識も強く働いているのが分かる。複雑な思いを抱きつつ、でもアヤカの言葉が嘘ではないのだろうと感じる。
「ありがとうございます……でも、私はまだ痛いし怖いし……もっと強くならないとね」
「ええ。だけど、焦らなくてもいい。あなたが壊れてしまえば元も子もないんだから」

エリスが冷やかに微笑み、「そういう意味では、アヤカさんも少しは柔らかくなったわね」と茶化す。アヤカは苦い顔をしつつ「この子たちの力を無理に駒扱いする気はもうないわ。必要な協力を得るだけで十分」と言い返す。
「そう。それがわかれば上等よ」
以前ほどの激しい衝突ではなく、多少の皮肉を交えつつも会話が成立しているのが、ユキノには頼もしく見える。探偵と公務員という立場は違えど、同じ“守りたい”思いが少しずつ交わり、互いを尊重し始めているのかもしれない。


「じゃあ、最後にもう一射だけ試してみなさい。それが終わったら今日の訓練は切り上げましょう」
エリスが隣で微笑む。アヤカも「危なかったらすぐ止めてね」と控えめに言う。ユキノは先ほどまで小休止していたが、体の怠さと痛みがまだ残るなか、最後の力を振り絞ることを決意する。

「わ、わかりました……やってみる」
改めて廃ビルの広い床へ進み、標的となる板へ向き合う。頭のなかで何度も“痛みを受け入れる”イメージを繰り返し、胸の射出機に触れる。

(私は……強くなりたい。カエデさんやナナミ、そしてこの街のみんなを守るために。もっと成長するんだ……!)

決意を胸に、トリガーを引き込む――一射目ならまだやりやすいが、今回は二射目も放つつもりだ。一射目はやや軽い力で撃ち、弓を形成して板に当てる。ビシュンという軽い衝撃とともに、青い光が残像を描く。痛みはあるが、完全には崩れない自分がいる。

「一発目は……まだ耐えられる。でも、ここからよね……」
ユキノが声を震わせる。エリスが「深呼吸を忘れずに。大丈夫、あなたならいける」と囁く。アヤカも黙って見守りながら、万一の介抱に備えて距離を保っている。

(落ち着いて、もう一度……)

呼吸を整え、二射目の準備に入る。痛みに対する恐怖がドクドクと心臓を早鐘のように叩き、指先が震える。それでも、“成長”を遂げたいという意志が勝る。
弓を維持したまま、再度矢を形成するには、胸の中心をもう一度撃ち抜くイメージが必要だ。意識の奥で「痛い……怖い……」という声が響くが、ユキノはそれらを包み込むように想像する。エリスの言った「痛みを受け入れる」というフレーズを何度も唱える。

「――やぁああっ……!」
声を上げ、無理やり体を動かす。歯を食いしばって激痛に耐え、腕に力を込める。まるで光の塊が暴れまわるかのように視界が揺れ、頭がクラクラするが、それでも弦を引き絞ることを止めない。
青い光がじりじりと矢の形を取り戻し、ユキノの右手に強烈な振動が伝わる。だが、先日まではこの段階で倒れ込むことが多かったのに、今はまだ立っている――それがたまらなく嬉しい。

「頑張れ……!」とエリスの声が飛ぶ。アヤカが息を呑む。ユキノは最後の力で弦を放ち、矢が一直線に板へ向かう。ブシュンという空を切る音が響き、鋭い破裂音とともに標的を突き破る。

「当たった……っ!」
ユキノは喜びを声に出そうとするが、瞬間、胸をえぐる激痛が追いかけてきて、ズサッと膝から床に倒れ込んでしまう。「うああ……っ……!」とうめき声が上がり、視界が白黒に点滅する。
エリスが急いで駆け寄り、「ユキノ!」と支える。アヤカも「大丈夫? 顔が真っ青……」と声をかける。ユキノは息も絶え絶えに、「でも……成功した……二射目……倒れたけど……」と微かな笑みを浮かべる。

「ええ、本当に……よくやったわ」
エリスが優しく頭をなでる。アヤカも「すごい。確かに、一度も倒れずに二発放つ日は近いかもしれない」と感嘆の声を漏らす。廃ビルの薄暗いフロアで、ユキノの体は冷や汗にまみれ、足が震えて立てないが、心の奥には確かな達成感があった。「痛み」に少しだけ勝てた。 それこそが成長を象徴しているのだ。


ユキノを介抱しながら、エリスがそっとささやく。「あなた、すごいわね……さすがにまだ安定はしないけど、これなら三射目、四射目だって夢じゃない。でも無理しちゃだめよ」
「うん……ありがとう……。私、もっと頑張りたい……カエデさんも一緒に頑張ってるし……痛みも、慣れてくるかもしれないし……」
「成長って、そうやって一歩ずつ積み上げるものよ。焦らずに」

アヤカは少し距離を置いて聞いていたが、意を決して近づく。「天野さん、本当にお疲れさま。私も、あなたがここまで強くなるとは思ってなかったわ。タスクフォースとしても、助かる部分が多いわね」
「……ありがとうございます」とユキノは戸惑いながら答える。アヤカの口調には温かさが含まれているが、同時に組織の意図がちらつく――この力を戦力として考えている部分は否めない。それでも、先日までの衝突に比べれば柔軟になっていると感じられる。

「このままいけば、真理追求の徒の大規模な動きにも十分対応できる可能性が高まるでしょう。ただ、あなたの心身が壊れないよう、適切なケアや休養も考えてほしい。もし必要なら、我々が医療面のサポートも……」
そう勧めるアヤカに対し、エリスが少し肩をすくめる。「まぁ、そこはユキノが判断すればいいわ。私も専門家じゃないし、タスクフォースの設備を使うのも手かもしれない。あとはカエデをどう説得するかね」
「そうね……日向カエデさんも、これから同じように力を磨く必要がある。もし二人で連携できるなら、蒔苗や真理追求の徒の脅威にかなり対抗できるはず」

二人の話を聞きながら、ユキノは静かに意志を固める。成長――それは自分ひとりのためではない。仲間やクラスメイト、この街を守るために不可欠な力だ。痛みを抱えながらも、カエデと協力し合って一歩ずつ進む――それこそが自分の道だろうと信じている。


訓練を終え、外に出ると既に夜も深い。タスクフォースの車が待機しており、ユキノを送り届ける手筈になっている。アヤカは本部へ報告に戻るそうだし、エリスはバイクで自宅へ帰るという。
ユキノは両手を合わせ、「みんな本当にありがとう……私、もっと頑張るから……!」と頭を下げる。エリスは「ふふ、そこまでしおらしくならないで」と照れ隠しのように応じ、アヤカは真顔で「こちらこそ感謝してる」と返す。その三人のやり取りを、遠目で護衛隊員が微笑ましく見つめていた。

車に乗り込んだユキノがふと空を見上げると、ビルの屋上にちらりと人影が揺れた気がする。“あれは誰?”と思うと、すぐに消えてしまう――蒔苗かもしれないし、違うかもしれない。
(蒔苗……もしあなたが見ているなら、私たちの成長を感じ取ってほしい。私、カエデと一緒に、もっと強くなる)

そんな決意を胸に、ユキノは静かに車のドアを閉め、出発を待つ。夜風が窓を伝い、ヒヤリと肌を撫でる。痛み――それはまだ背中に重く残るが、不思議と不安よりも新たな力が芽生えつつある手応えを感じていた。


翌朝、学校に着くと、ナナミが真っ先に声をかけてくる。「ユキノ、聞いたよ! また昨日遅くまで“トレーニング”してたんでしょ? 大丈夫なの? ほんとすごいよね」
どうやら護衛隊員からナナミに多少の情報が伝わったらしい。ユキノは「すごくないよ、ただの自主練習……痛いだけだし」と苦笑するが、ナナミは目を輝かせて「でも、その頑張りが私たちを守ってくれるんだよね!」と無邪気に尊敬を表す。

「うん……そう言われると嬉しいけど、少し照れくさいかな。でも、頑張るよ」
ユキノは申し訳なさと嬉しさが入り混じった複雑な表情を浮かべる。クラスメイトたちも距離を取りつつ「ユキノが私たちを守ってくれるって本当かも」と囁く声が聞こえる。中には「でも怖いね、あんな力……」という声もあるが、全体としては以前のような拒絶感は薄れている。

カエデが教室の後方から来て、「おはよう……今朝もタスクフォースの車だったんでしょ? 体は大丈夫?」と問いかける。ユキノは軽く伸びをして、「痛いけど、なんとか。昨日の練習で少しだけ慣れたかも」と答えると、カエデは控えめに目を見開く。「本当? すごい……。私も早く追いつかないと……」と呟く。

「一緒にやろうよ。先生もカエデさんの力を高めたいって言ってるし……痛いのは辛いけど、きっとできるよ」
ユキノの言葉に、カエデは微かな笑みを漏らし、うつむくように頷く。「そうだね……私も、ユキノに支えられてばかりじゃだめだから」

二人の間に通う信頼感が、周囲に伝染するようにクラスがほんのりと暖かい空気になる。担任が入ってきて「はい、ホームルーム始めます」と声をかける。ホワイトボードに雑多な連絡事項を書き込む姿を見ながら、ユキノは安堵と期待を同時に味わう。日常はまだ遠いかもしれないが、手応えとして「私、強くなれる」という確信があるのだ。


こうして、ユキノは自らの痛みを克服し始め、二射目を放つだけの力と心の強さを手に入れつつあった。 カエデもまた、そんな彼女の姿を励みに、同じく生成者の力を磨こうと静かな意志を燃やしている。エリスとアヤカは対立を抱えながらも協力体制を整え、蒔苗の脅威と真理追求の徒の大規模な動きに備え始めた。

それでも、いまだ街には爆発の噂や不穏な影が絶えず、先日も校内に侵入者が出て危ういところだった。日常に戻るには、真理追求の徒の根を完全に断たねばならないし、蒔苗がどう動くかも大きなカギだ。「観測者」と呼ばれる彼女が、もし人間界に大きく介入すれば、ユキノたちの平穏を大きく変えるだろう。


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