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再観測:星を継ぐもの:Episode3-1

Episode3-1:偵察と謎の波長

荒廃した大地に深い影を落とす夕暮れ。
 北西エリアの空域は、再び雲が重なり合うように覆い尽くされ、微かな赤紫色の光が残り火のように漂っていた。遠くに見える地平線の先には、廃墟となった旧時代の街並みが歪なシルエットを伸ばし、風が吹き荒れるたびに砂埃が舞い上がる。空は暗雲を宿し、星々を隠し通している。
 だが、その雲海の上には、王国が誇る大艦隊がゆったりと編隊を組んでいた。星海での戦闘や地上戦闘を繰り返しながらも損耗を最小限に抑え、円卓騎士団を中核に結束を強めている。主力空母レヴァンティス艦をはじめ、幾隻もの大型艦が連なる様は、沈みゆく太陽の光を背負いながら浮かぶ城塞のように見える。
 そこから一機、真紅と銀を纏う戦闘機が飛び立った。銀の小手(Silver Gauntlet)――パイロットは騎士団の若き一員であるカイン。そして機体のAIコアとして存在するのが謎多き少女――アリス。

「カイン、聞こえる? 通信大丈夫?」
 アリスの澄んだ声がコクピットに響く。カインは操縦桿を握りしめながら、目を細める。
「問題ない。……今回の偵察範囲は3時方向の荒野か。以前、装置が見つかったあたりから少し北に行ったところらしいけど、隊長の話だと、“謎の波長”が観測されてるんだよな。」

 再び艦隊からの通信が入り、モルガンの冷静な声がコンソールに流れた。
『カイン、こちら艦橋。そこから北へ十数キロ先の座標で未知の波長を複数検出したわ。The Orderの動きなのか、あるいは古代装置の反応か、まだ不明。あなたはまず偵察して、危険なら報告して戻ってきて。』

「了解しました。慎重に行きますよ。」
 カインは軽くスロットルを押し込みながら答えると、銀の小手が水平に加速し、夕闇の空へ滑り出す。周囲の雲は低く垂れ込め、薄いオレンジ色の残照が最後の名残を見せていたが、まもなく夜の帳が落ちるだろう。
 レーダーを確認すると、依然としてノイズは多い。ここしばらくThe Orderの襲撃が散発的に続いているため、電磁的な干渉が発生している可能性がある。一方、アリスの演算によってある程度は補正が効くはずだ。

「さて、どうなるかな……。アリス、さっきの体調はもういいのか?」
「うん、今は落ち着いてる。先日までの頭痛や記憶フラッシュは治まってるわ。ごめんね、心配かけて。」

「いや、お前が元気ならいいんだ。何かあったらすぐ言えよ。」

 そう言いながらカインは海抜千数百メートルの高度を維持し、シミュレーション通りに座標へ向かう。地表は荒地が続き、遠方にかすれた山影が浮かぶ。ほとんど人工の灯りは見えないが、ところどころに怪しげな光が点滅している箇所があり、そこにThe Orderの生体機や装置が潜んでいるかもしれない。

 どこか胸騒ぎがする。大艦隊がここまで来れたのはいいが、未解明の装置や異変が増えている。カインは夜に包まれる景色を眺めつつ、操縦桿を少しずつ動かして最適な巡航ルートを探った。


「カイン、あと2キロほど先の谷間に、微弱だけど変な波長があるわ。私が解析してみるね。」
 アリスが素早くコンソールを操作し、モニターに波形が映し出される。上下に乱れる曲線は観測光に似た振動を示しながら、人類の通常波長とは合致しない。しかも以前アリスが感じた「装置のエネルギー」に似ている部分があるという。

「やっぱり……例の装置と同系統の反応かもしれない。隊長には報告しておくか?」
「うん、そうしよう。念のため用心して。」

 カインはすぐ通信チャンネルを切り替え、艦橋のモルガンへ連絡を入れる。が、少しノイズが多いのか、相手の声が途切れがちだ。
『――こち――艦橋……、雑音がひどい……状況、どう?』
「こちらカイン。谷間で謎の波長をキャッチ。波形が装置と似ています。さらに奥に進んで確認します。応答を……」

『……了解……気をつけ――』
 通信がブツッと切れた。カインは苦笑しつつ、アリスに向かって眉を上げる。「また電磁障害か。まあ、とりあえず慎重に行こう。」

「うん。私も集中するね。……何か、嫌な感じがするの。」

 その言葉に、カインは操縦桿をしっかり握り、周囲を警戒しながら高度を下げた。谷間の上空を抜けながら、レーダーに映る地形情報と合わせて安全なコースを選ぶ。
 下方には陰鬱な岩場が連なり、視界の端には大小の崖が不規則に積み重なる。色は茶褐色で、かつて水が流れていたらしい痕跡がうっすらと残っているが、今は干上がって久しい。

「……カイン、もうすぐ座標だ。あそこ、見て!」
 アリスが指摘した先には、岩壁の凹みにぽっかりと開いた洞窟のような穴があり、その周囲の地面にやはり紫がかった奇妙な光が点々と散らばっているのがわかる。カインは眼を凝らしながら速度を落とし、上空から斜めにライトを照射する。

「こりゃあ怪しいな……まるで誰かが出入りしてるように見える。一応着陸できるスペースがありそうだが……敵の罠の可能性もあるか。」
「どうする? 一度降りて確認する?」

「そうだな。こっちは偵察が任務だから、敵の反応があればすぐ退却でいい。近くまで降りてみる。」

 銀の小手がふわりと浮遊するように高度を下げ、岩肌との距離を慎重に測りながらゆっくり着陸態勢を取る。エンジンの噴射で砂や小石が舞い上がり、機体の下部を叩くような音がするが、コクピット内には想定の振動だけが伝わってきた。無事に着地完了。

「よし、ここで降りてみよう。アリス、センサーをMAXにして。もし不審な動きがあったらすぐ警告してくれ。」
「わかった。気をつけてね、カイン。」

 カインは防護服に素早く着替え、ヘルメットと軽装アーマーを身につけてコクピットを出た。夜の空気は冷えきっており、岩肌からは土と錆の臭いが混じったような腐敗した気配さえ漂ってくる。ヘルメット越しに見える景色は薄暗く、懐中電灯の光が頼りだ。


 洞窟の入り口は岩壁に抉られたようにしてぽっかり空いており、内部にはかすかに紫色の光源がちらついていた。まるで蛍が群れ飛んでいるようにも見えるが、人為的なものか自然発光なのかは不明だ。
 カインは銀の小手から数十メートル離れる形で歩を進め、ライフルを構えながら周囲を警戒する。体内を緊張が走り、心音がやや早まるのを感じる。

「カイン、洞窟の奥に微弱な波長が集中しているみたい。私が行ける範囲の通信を保てるよう、気をつけてね。」
 アリスがコクピット内から声をかける。音声はヘルメット内のスピーカーに届く形だ。多少ノイズはあるが、まだ会話が可能だ。

「了解。少しずつ様子を見る。敵がいるならすぐ退避する。」
 そう誓いつつも、カインの胸には探究心が疼いている。謎の波長はアリスにとっても特別な意味を持つ可能性が高い。彼女の記憶が断片的に蘇るなら、何らかの手がかりが得られるかもしれない――そう思うと、足取りは止まらない。

 洞窟内部は意外に広く、壁面に奇妙な結晶のような鉱物が付着している。紫や青に輝く欠片が岩を浸食しているようで、触れると微弱な放射線か観測光が発せられている気がする。ヘルメットのセンサーが警告を散発的に出すが、今のところ人体にすぐに害があるほどではないらしい。

「……まるで自然現象じゃないようだな。The Orderが作ったのか、あるいは古代の装置の一部なのか……。」
 カインが独りごちると、アリスが小さく息を呑む。「ああ、この発光……なんだか装置のときと似た匂いがする。私の演算がピリピリ反応する感じ。ごめん、頭が少し痛い……。」

「大丈夫か? 無理はするなよ。」
「うん、まだ大丈夫……。」

 そのまま洞窟の奥へ進むと、縦穴のようになった箇所があり、さらに下へ降りられる梯子らしきものが崩れた状態で転がっていた。どう見ても人工物だ。そばには金属の残骸やケーブルが見える。なんらかの地下施設だった可能性が高い。

(ここも研究施設の跡か……?)

 カインはヘルメットのライトを更に明るくし、階下へ降りる足場を探す。梯子が半分崩壊しているが、岩を巧みに掴めばなんとか降りられそうだ。そこで彼は恐る恐るクライミングのように壁面を伝い、数メートル下へスライドする形で移動を試みる。足を滑らせると危険だが、アリスの補正がGPSと傾斜データを提供してくれているので、ゆっくりと降りることができそうだ。

「……っ、やっと降りた。下は少し広い空間だな……。」
 そこは洞窟というより人工の空洞に近かった。壁はコンクリか金属パネルで補強されている部分が見え、柱のような構造物が倒壊している。夜間なのに薄ぼんやりと紫光が照らしているのは、床面に散らばる結晶や配線のせいかもしれない。

「カイン、ここの波長がすごく強い。まるで装置のエネルギーが地下で動いているみたい。」
「装置……? まさかまた同系統のやつか?」

「ううん、波形が微妙に違う……でも近い。私……少し解析してみる。」

 アリスの声が急にシステマチックになり、カインは辺りを警戒しながらその結果を待つ。が、何かを待つまでもなく、突然洞窟奥から轟音が響いた。地面が揺れ、上の方で小石や砂が落ちてくる。

「……敵か!」
 心臓が跳ね上がる。ライフルを構えて音源方向へライトを向けるが、見たところ動く影は見えない。しかし再びゴゴゴという低周波が鳴り、洞窟全体を揺らす。これは何か巨大なものが動いているか、あるいは振動を発生させる機械が稼働しているのか――。
 カインは息を呑みつつ、後ずさるように出口方向を確認。今ならまだ脱出が間に合うが、ここで引き返したら何もわからないままだ。モルガンには報告したいが、きっと通信は届きづらいだろう。

「カイン、どうする? 一応、ここで引き返したほうが安全だと思うけど……ごめん、私も興味がある。」
 アリスの声は迷いを含んでいるが、内心は引き下がりたくないのが透けて見える。カインも同じだった。自分で確認し、怪しければすぐ退却する。その覚悟さえあれば、もう少し奥を探るのも悪くない。

「……わかった。あと少しだけ。危なそうなら即退却するぞ。」
「うん、約束。」

 カインは地響きを感じながら、ゆっくり奥の通路へ足を進める。足元にケーブルのようなものが絡みつき、壁には朽ちたパネルが貼り付けられている。かつて人間が使っていたかもしれない無線端末やメーター類の破片も散乱していた。
 そして、通路の突き当たりに円形の門らしきものがあった。鉄扉が半ば崩れて口を開け、そこに暗黒が広がっている。風は吹かないはずだが、なぜか微妙な空気の流れを感じる。

「ここが……源か。」
 カインはヘルメットのライトを強め、その奥を照らす。すると、何か大きな円盤装置……前に見たものと類似した構造体が暗闇に眠っていた。ただしそれほど大きくはなく、半径1メートル程度のサイズ。周囲にはパイプや結晶が絡みつき、微弱な紫光が脈動している。
 コンソールにアリスの警告が浮かぶ。「ここ、波長が強い……。でも、制御はされていないように見える。半壊状態かも。」

「ちょっと近づいてみる……。」
 カインは身を屈めて足元を慎重に進め、円盤らしき物体まで半径数メートルに達したところで、再び轟音が鳴った。岩盤が振動し、上部の天井から崩落の兆しが走る。砂や瓦礫がバラバラと落ち、背後を塞ぐように積もり始めた。

「まずい……洞窟が崩れる! 急がなきゃ!」
「カイン、落ち着いて!」

 いま引き返そうにも、落石が通路を埋めかけている。かといって、この円盤のそばから動かないと、さらに崩落が進むリスクが高い。迷っているうちに、足元に激しい衝撃が走った。どうやら地底で何か大きな爆発か動作があったらしい。

 その刹那、円盤の表面から青紫の光が溢れ、アリスが一瞬「うっ……!」と苦しげに声を漏らす。同時にカインの身体がかすかな浮遊感に包まれる。
 まるで重力が揺らいだような感覚――そして目の前の空間が歪み、白いノイズのような閃光がコクピット越しに広がった。視界が一面真っ白になり、カインは咄嗟に顔を背ける。

「アリス、どうなってる? 答えてくれ!」
 呼びかけても応答がない。代わりに耳元で雑音が混じった低い音が響き、まるで上位宇宙から干渉するかのような異様な感覚に囚われる。頭がクラクラと痛み、足元の感覚も鈍くなる。
 やがてホワイトノイズが消え、光が収束していく中、アリスの声が微かに聞こえた。

「――ごめん……私、また……記憶が……」
「アリス!」

 しかし、次の瞬間、意外なほど静寂が戻った。辺りの振動が収まったようだ。崩落も一旦止まり、岩壁からの砂埃が舞い落ちるだけになっている。カインが顔を上げると、円盤は光を消して沈黙し、まるで何も起きていないかのように暗闇へ戻っていた。

「なんだ……? さっきの光は……?」
 呼吸を整えながら周囲を見回すが、円盤は小さな火花を散らしつつ、動きを止めている。瓦礫で道が塞がりかけているが、まだ人一人が出られるほどの隙間はありそうだ。
 しかし、カインはアリスの状態が心配だ。コクピットの表示を見ても、システムステータスが一時的に乱れた痕跡がある。彼はとにかくここから脱出しようと決断し、ヘルメット越しに叫ぶ。

「アリス、聞こえるか!? 俺は今から戻る……ここで死にたくないし、お前を壊したくもない!」
「……うん、戻ろう……ごめん、ちょっと頭が混乱してるけど、移動なら支援できる……。」

 その言葉にホッとし、カインは慎重に来た道を引き返す。瓦礫をかき分けながら、岩を乗り越えて上方へよじ登る。足が滑りそうになるたびにアリスがGPSデータで最適ルートを示すが、その声には疲労感が滲んでいる。
 やがて、以前降りた崖の場所まで戻り、時間をかけて上へ這い上がることに成功。上層の洞窟に出ると、外から差し込む薄暗い光がわずかに見える。無事に飛行可能なスペースにたどり着き、胸を撫で下ろす。

「もう少し……。銀の小手まであと30メートルだ……。」
 懐中電灯で照らしながら、最後の通路を進む。先ほどの震源は止んだのか、揺れは感じない。洞窟の入り口近くまで来ると、遠くの空で雷鳴のような轟音が響いた。外は天候が崩れつつあるのか、夜の空気が冷たく張り詰めている。

「なんとか生還だ……。装置をきちんと調べるには大がかりな装備がいるな。でも、アリス……。」
 カインは声を掛けようとして、アリスの返事がないのに気づく。コクピット表示を見ると、彼女の意識レベルが低下しているとのアラートが出ている。

「まずい……。とにかく外へ出よう!」
 出口を駆け抜け、銀の小手のところまで必死に走る。機体は何事もなく待機してくれていたが、雨粒が僅かに降り始めているのか、機体表面に水の跡がついていた。手をかざしながらコクピットへ入り、ヘルメットを脱ぐ。

「アリス! 呼吸整えろ。システムを落ち着かせてくれ。」
 何か言いたげな微かな声が聞こえるが、ノイズが混じっているようだ。表示には“演算オーバーフロー”のメッセージが瞬間的に出ては消えている。どうやら円盤装置との接触で大量のデータを受け取ってしまったのかもしれない。

「くそ……今は帰るしかない。隊長に報告して、技術班に解析してもらおう。」
 カインはそっと操縦桿に手を置き、エンジンを起動。アリスが気を失う形でも最低限の操作はできるが、本来の性能は出せないだろう。何とか加速して離陸を行い、洞窟を離れて高度を取る。深夜の空に向かって機体が昇っていく中、雨脚が少しずつ強くなっているのを感じる。

「アリス、耐えてくれ。俺がお前を壊させはしない……。」


 銀の小手は無事にレヴァンティス艦へ帰還できた。とはいえ、アリスの状態は優れず、コクピットのシステム診断で“高負荷モード”が報告される。整備員が首をかしげ、「機体自体には損傷がないのに、コア演算がおかしいなんて……」と戸惑いを見せる。
 カインは疲労と不安をにじませながら、ブリーフィングルームへ向かう。そこでアーサー、モルガン、そして技術班のメンバーが既に集まり、今回の偵察結果を聞きたがっていた。

「洞窟の奥に奇妙な円盤があり、一瞬強い光を放ったんです。振動もひどくて、崩落しかけたので撤退しましたが……どうやら前に見た“装置”に近いものだと思います。」
 カインは手持ちの資料をモニターに投影しながら説明する。だが、一部データはアリスが解析途中で倒れたため、断片しかない。

「アリスの状態は?」
 アーサーが鋭い目で尋ねると、カインは言葉を濁す。「まだ回復しきってません。システム的には無事ですが、演算オーバーフローが起きているらしい。何かあの円盤に接触した瞬間、大量の情報を受け取ったみたいなんです。」

「ふむ……。やはり新たな装置が眠っていたか。北西エリアにはまだそういう遺跡が点在しているのかもしれない。」
 モルガンが地図を指しながら言う。「今のところ、大掛かりなThe Orderの防衛網は確認されてないけど、装置そのものが脅威を引き起こす可能性があるわね。」

 技術班のメンバー、白衣を纏ったヨナスという男がモニターを眺めて唸る。「これが“古代文明”と“The Order”の混成技術である可能性はあります。アリスさんが受けた負荷は、観測光に似た高次演算データが流入したのでは……。ただ、我々にはまだわからない部分が多い。」

「結局、装置の破壊か、あるいは安全に解析するための手段が必要ということか……。」
 アーサーは腕を組んで俯く。「アリスをこれ以上苦しめるわけにもいかないが、彼女こそが鍵だろう。なんとか負担を減らしつつ、この波長の正体を掴みたいな。」

 カインは黙って歯を噛む。自分が洞窟をもう少し上手く立ち回ればアリスを苦しめずに済んだかもしれない、と後悔も残る。だが、後戻りはできない以上、前に進むしかない。

「モルガン隊長、今後どうします? 俺がもう一度、装置の場所へ潜り込んで調べてもいいが……。」
「それは危険すぎるわ。今後は騎士団全員でエリアを制圧したうえで、技術班を送り込むのが妥当ね。小隊レベルでは崩落や敵の襲撃に対処できないでしょ。」
 モルガンが冷静に返す。「ただ、アリスの回復が先よ。彼女が本調子でない状態で突撃しても、失うものの方が大きいから。」

「……わかりました。アリスには休息を取らせます。」
「ありがとう、カイン。」
 モルガンは短く答え、アーサーと視線を合わせる。どうやら近いうちに“装置を中心とした大規模探索”が正式に計画されそうだ。レーダーや星海戦での被害を考慮すると、今はまだ難しいが、それでも問題を先延ばしにはできない。


 ブリーフィングを終えたあと、カインは再び銀の小手のコクピットへ戻った。アリスの状態を確かめようとコンソールを見ても、システムモニターには“演算中”の表示が出ている。
 だが、ほどなくして穏やかな声がスピーカー越しに聞こえてきた。

「……カイン、大丈夫。」
「アリス!? 気がついたか。」

「うん……まだ少し頭が痛むけど、あなたの声を聞きたいなと思って。ありがとう、戻ってきてくれて。」

 カインは胸を撫で下ろす。どうやら少し回復の兆しがあるようだ。生体シミュレーションの数値も安定し始めている。
「そりゃあ、お前を置いてけるわけない。どうだ、また記憶が増えたのか?」

「……ええ、あの円盤に触れかけた瞬間、頭の中で“ある言葉”が響いたの。たぶん“ユグドラシル・モデル”とかって……私の生まれたプロジェクトの名前、なのかもしれない。」

「ユグドラシル……?」
 奇妙な響きだ。神話に出てくる世界樹の名にも似ているが、アリスが上位宇宙をエミュレートする存在という話と関係があるのか。

「それが何なのか、私も全部は思い出せない。でも……“世界の根を再現する”というフレーズが頭をよぎったの。」
「世界の根……再現……。」

 カインは唸る。この世界がアリスによりエミュレートされた下位世界だという仮説と繋がりそうな言葉だが、まだ断片的すぎる。

「大丈夫だ、アリス。きっとお前の記憶が戻れば謎も解ける。俺はお前と一緒にその答えを見たいんだ。」

「ありがとう……。ごめんね、私のせいでみんなが苦労するのに……。」

「気にするな。お前だけが頼りだ。騎士団や隊長もお前を大事に思ってるよ。それに、俺が守るって決めたし。」

 アリスはホログラムを小さく投影し、カインと向き合うように笑みを浮かべる。まだその笑顔には痛々しさが混じるが、力を取り戻そうとしている意志を感じられる。

「……カイン、本当にありがとう。私、あなたと出会えたからこそ、こんなに頑張れる気がする。――記憶が怖くても、あなたがいてくれるなら平気かもしれない。」

「何を言ってるんだ、照れるじゃないか……。ま、こっちこそお前がいないと飛べないしな。これからも頼むよ、相棒。」

 そうして二人は互いに微笑み合う。外では夜が更けつつあり、艦隊の補給作業や警戒態勢が続いている。偵察は終わったばかりだが、次なる探索や戦闘はすぐ訪れるだろう。だが、今はアリスを安堵させるような温かな会話が、この狭いコクピットの空間に漂っていた。


 翌朝、艦隊は小規模な偵察結果を踏まえ、作戦会議を行った。多くの士官や騎士団メンバー、技術班が集まり、カインが洞窟で遭遇した円盤の話が議題の中心となる。
 アーサーはホログラムを指し示しながら淡々とまとめる。「どうやら北西エリアには複数の古代装置が散在している可能性が高い。先日発見した円盤の他にも類似の反応が点々と報告されている。」

 モルガンが地図を拡大しながら言う。「今はまだ大艦隊全体で捜索に行ける余裕がない。なにせThe Orderの襲撃が続いているから。でも、いずれ本格的に地上の古代装置を調べる必要があるわ。騎士団が護衛し、技術班が解析する形になるでしょうね。」

 カインは腕を組み、複雑な想いで聞いている。装置が引き起こす波長はアリスの記憶に直結している。しかし、それを開示すればアリスにさらなる苦痛を与えかねない。かといって調べないままで済ませるわけにもいかない。
 一方、ガウェインが前列で「要するに、戦いながらあちこち探検するってことか。忙しくなるな……!」と苦笑し、トリスタンは「隠密行動と狙撃支援なら私が引き受けよう」と静かに言う。騎士団全員が多忙になるのは目に見えているが、やるしかない。

 アーサーは最後に言い放つ。「我々はThe Orderを押し返すだけでなく、古代装置を無力化、あるいは有効利用する術を見つけなければならない。そこにアリスの力が不可欠になるだろう。――カイン、彼女を頼む。」

「はい。アリスには無理をさせず、しかし必要とあらば一緒に動きます。」
「良い返事だ。」

 こうして会議は解散し、皆それぞれ役割に散っていく。カインは艦内の廊下を歩きながら、心の奥に芽生えた決意を噛みしめる。謎の波長、古代装置、アリスの記憶……それらが一つに繋がれば、この世界を巻き込む大いなる真実が現れるかもしれない。


 その日の夕暮れ前、カインは再度偵察任務を仰せつかった。レーダーに断続的に現れる不審な波長があり、The Orderの小規模部隊が移動している可能性があるという。艦隊は補給態勢にあり、大規模出撃が難しいため、少数の精鋭で確認を行う方針らしい。
 カインは銀の小手で発進し、僚機としてガウェインとトリスタンが同行する形になった。アーサーは艦隊で指揮を執り、地上に大きな敵が出た場合に備えている。

「ガウェインさん、そっちのレーダーはどう?」
 カインは通信越しに問いかける。ガウェインの低い声が返ってきた。
『こちらはまだノイズが多いな。トリスタンの狙撃センサーは少しマシらしいが、決定的なシグナルは見当たらない。』

「うーん、どうも怪しいな。ちょっと警戒を強めて飛ぼう……。」

 夕闇が地平線に延び、空は徐々に青から紫、さらに黒へと変化していく。荒野の風景は変わらず陰鬱で、ところどころに高さのある岩山や崩れた建造物が地表を縫っている。カインたちは少し散開し、三機で三角形の陣形を組みながら進んだ。
 やがて、微弱な観測光を発する生体機らしきシグナルが複数認められた。どうやら十数機が塊をなしているようで、時速数十キロ程度の速度で移動中とのことだ。トリスタンが後方でセンサーを拡大し、ガウェインとカインが左右から包む形で接近を試みる。

『先手を取るわよ。この規模なら騎士団三機でも対応できる。』
 ガウェインの声が静かに熱を帯びる。カインも頷き、喉がやや渇くのを感じながら操縦桿を引く。アリスはコクピットで黙って演算をしているが、その存在はしっかりと感じられる。

「行くぞ、アリス。」
「うん、任せて。」

 こうして、夕闇を切り裂くように銀の小手が先陣を切り、敵の集団に突撃する。生体機らしき敵は、ぼんやり光る外装を蠢かせているのが見え、こちらに気づくや否や怪しげな観測光ビームをばら撒き始めた。
 カインは思い切りスロットルを噴かして低空ですれ違うように接近し、ミサイルを連続射出。何匹かが爆炎に包まれ、断末魔のような振動がコクピットに伝わる。ガウェインが続いて盾役を買って出て、正面からビームを受け止め、トリスタンが後方から狙撃する。鮮やかな連携だ。

(こういう小競り合いなら慣れたもんだ……!)

 カインは自信を持って次々と敵を撃墜する。だが、戦闘が一段落しかけたころ、頭の片隅に不安がよぎる。謎の波長はこれだけの生体機によるものなのか? それとも別に何か隠されている?

「……ガウェインさん、何か感じないか? この敵群、やけにバラバラで統制がないように見えるんだ。」

『たしかに。まるで時間稼ぎでもしてるかのようだが……。トリスタン、どう思う?』

『私もよくわからない。まだ周囲をスキャン中だけど、これといった大型シグナルは見えないよ。』

 それならば一安心かとカインは思うが、アリスが小さく呟く。「カイン、少しだけ波長が揺れてるよ……敵が減ってるのに反応が増幅する気配がある。」

「増幅って……何が?」
「わからない……でも、もしこの敵群が“起動スイッチ”みたいな役割を果たしてたら嫌な予感がするわ。」

 嫌な予感。それはカインの胸にも突き刺さるフレーズだ。短期決戦で片付けられると思ったら、実は裏がある――そんな展開が今まで幾度もあった。
 やがて敵が壊滅し、爆炎や煙が薄れるころ、ガウェインが呼気を乱しつつ通信を開く。
『こっちは終わった……って、何だあれ!?』

 視線を追うと、遠方の空に紫色の細い光柱が瞬間的に立ち上り、すぐに消えるのが見えた。まるで地平線の向こう、かすれた山並みの先から一筋の閃光が生じたように見える。カインは唾を飲み込み、脳裏に先ほどの“装置”を思い出す。
(まさか……また別の装置か?)

 トリスタンが即座にセンサーを向けるが、距離があるせいかノイズがひどい。ガウェインも不安げに「さっきの謎の波長か……!?」と呟くが、詳細は不明だ。
 カインはミサイルを撃ち尽くした武装を確認しながら、部隊から離脱してその光の正体を見に行くかどうか迷う。しかし三機だけで行くのは危険だろう。アリスの体調も万全ではない。

「……ここは隊長へ報告して、増援を待ったほうがいいな。」

『そうだな。夜間だし、無理は禁物だ。帰還しよう。』
 ガウェインが同調し、トリスタンも「艦隊との連携が先」と呼応する。結局、三機はそのままレヴァンティス艦へ帰投し、後日改めて調査することに落ち着いた。


 銀の小手が艦に着艦したころ、時計の針は深夜を回っていた。甲板の作業員が点検を始め、カインはコクピットから重い足取りで降り立つ。今宵は小規模な交戦で済んだが、精神的な疲れが大きい。
 そのままブリーフィングルームへ立ち寄ると、モルガンや作戦士官が待ち受けており、手短に結果を聞かれた。カインは敵群の殲滅と、謎の光柱を目撃したことを報告する。

「光柱……か。やはり別の装置が存在するのかもしれないわね。」
 モルガンがファイルをめくりながら言う。「さっきの座標を教えてちょうだい。すぐに偵察ドローンを飛ばす。あなたたちは休んで。」

「ありがとうございます、隊長。アリスの体調もあるので……。」
「ええ、彼女を大事にして。今回のことで、また大きな動きがあるかもしれないわ。備えておいて。」

 カインは敬礼して退出する。通路を歩きながら、アリスに心の中で話しかけるように「あとで休ませてやるからな」と思う。コクピット内でアリスは静かに演算を続けているが、痛みをこらえる空気を微かに感じる。今は言葉をかけず、そっとしておいてやりたい。

(何度偵察に出ても、新たな謎ばかり……。俺たち、ちゃんと正解に辿り着けるのか?)

 宿舎の扉を開け、部屋へ入ったところで、カインは心底疲労を感じてシートに倒れ込んだ。ヘルメットを脱ぎ、額に浮かぶ汗を拭う。アリスがホログラムを出そうとする気配があったが、何も言わずに消える。どうやら気遣ってくれているのだろう。

 窓の外には、艦の灯りが点々と浮かび、夜風の音が微かに聞こえる。北西エリアの行軍は続き、まだ行き先には無数の戦いと装置、謎の波長が潜んでいる。それでも騎士団は進むべき道をわきまえている。いつか小宇宙と呼ばれる領域に辿り着き、The Orderの本体を斃す――その目標が霞むわけではない。
 カインは目を閉じ、寝息のような吐息を重ねる。今日の偵察は終わったが、明日はまた新たな任務があるだろう。アリスと共に、それを乗り越えていくしかない。記憶の断片や、謎の波長の向こうに何が待つのか……彼自身もまだわからない。だが、次なる一歩に備えて体を休めるしかない。


 深夜を通り越し、夜明け前の淡い青が空を染め始めたころ、カインは微かな気配を感じて目を覚ました。シートに座ったまま眠りに落ちていたようだが、何か自分の名を呼ぶ声が、耳に届いた気がする。

「……カイン……カイン……。」
 耳を澄ますと、アリスの声。それも通常の通信とは違い、まるで自分の夢の中で囁くような甘く悲しげな響きを帯びている。カインははっと起き上がり、端末を探したがホログラムの起動は見えない。

(これは……また記憶フラッシュか何かか?)

 冷や汗を拭いつつ、そっと呼吸を整える。すると、遠くで朝の作業を始めるスタッフの足音や物音が聞こえ、現実へと意識が引き戻される。どうやら真夜中の幻聴でもなく、アリスが潜在的に呼びかけていたのかもしれない。

「アリス……? 大丈夫か?」
 念のため口に出して呼んでみるが、応答はない。どうやら本当に夢か幻聴だったらしい。だが、その声には切実な響きがあった。まるで「助けて」と言わんばかりに。

 すぐに出撃命令があるわけではなさそうなので、カインはベッドへ倒れ込み、本格的に眠りを取り直すことにした。脳裏にはアリスの声と、洞窟の円盤の残像が焼き付いている。心はざわめき、興奮と不安が混ざる。だが、いまは休息が必要だ。


 数時間後、朝陽が昇り始めるころ、艦隊には再び慌ただしい空気が流れ始めた。今朝の作戦ブリーフィングでは、先ほどカインたちが遭遇した謎の波長を重点的に調べるため、偵察ドローンの大群を飛ばす計画が立案されるらしい。騎士団も出撃体制を整え、いつでも大規模な交戦に対応できるように待機する必要がある。
 カインはコクピットで準備しながら、外を眺める。夜が明けた地平には相変わらず荒野が広がり、ところどころで風が砂を巻き上げ、浅いクレーターが影を落としている。大艦隊はそこで隊列を微調整し、今日もまた前進を続けるのだ。

「カイン、おはよう……。」
 アリスのか細い声が聞こえた。まだ完全には元気を取り戻していないが、昨日よりは安定している印象を受ける。

「おう。おはよう、アリス。どうだ、少しは楽になったか?」

「うん、だいぶ。昨晩はあんまり眠れなかったけど、今は心が落ち着いてるかも……。あなたの夢に邪魔しなかった?」

「いや、変な感じだったが……お前の声が聞こえた気がしてな……。」

 アリスは少し驚いたように黙り、ややあって苦笑混じりに答える。「ごめん……私も夢を見てた気がする。あなたを呼んだかもしれない。」
 そう言われるとカインは気恥ずかしさも感じるが、胸の奥が温かくなる。二人は奇妙な運命で繋がっており、おそらくこの絆こそが困難を乗り越える鍵になるだろう。

「まあ、いいさ。お互いに呼び合って励まし合うなんて悪くないだろう。」
「ふふ、そうだね……ありがとう。」

 そして、メインモニターに今日の作戦予定が表示される。もうすぐ偵察ドローンが発進し、謎の波長の座標を大規模サーチする。その結果如何で、カインたち騎士団もまた現場へ飛ぶかもしれない。そこにはまた新たな装置やThe Orderの群れが待ち構えているだろう。

「行こう、アリス。俺たちは騎士団の先陣として、偵察やら何やら忙しくなる。お前を無理に動かしたくはないが、世界の行く末のためにも頑張ろう。」
「……うん、わかった。私も、あなたと一緒なら大丈夫。」

 銀の小手のシステムが起動し、エンジンが低い唸りを上げる。カインは深く息を吸い、「偵察と謎の波長」への次なる一歩に向けて意志を固めた。
 画面の端にはアーサーやモルガンの名前がちらつき、通信の呼び出しサインが点滅している――新たな指令が来たのだろう。いよいよEpisode3が本格的に動き出す。

 果たして謎の波長が意味するものは何なのか。
 アリスの記憶と、古代装置、そしてThe Orderの影――それらが複雑に絡み合う中、カインとアリスは今後も偵察と戦闘を繰り返し、世界の真相へと迫っていくに違いない。
 船底を包む風の音が徐々に大きくなり、銀の小手が甲板から浮かび上がる。もう後戻りはできない。二人はただ前へと飛び出し、朝のかすかな光を背負って、荒廃した大地と謎の波長の中心へと向かおうとしていた……。

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