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天蓋の欠片EP5-1

Episode 5-1:新しいクラスメイト

数日間の休校措置が解かれ、ようやく学校が再開される朝。
曇り空が校舎を覆い、雨を含んだ冷たい風が校庭を吹き抜ける。けれど、天野ユキノの足取りは以前とは違う。軽やかに正門をくぐり、制服の上着に手をかけながら深呼吸する姿には、確かな自信が宿っていた。
襲撃騒ぎのあった校舎は、一部の廊下や壁がまだ修理中で、板やシートが貼られている。けれど、生徒たちは何とかいつもの日常を取り戻そうと笑い合い、クラスメイト同士で昨今の事件の噂を交わしている。

(やっぱり……まだちょっと怖い雰囲気は残ってるんだな。でも、私が守れることだって、あるはず。)

そう心でつぶやきながら、ユキノは昇降口で上履きに履き替える。隣では友人の桐生ナナミが、「ユキノ、おはよー!」と声をかけてくれる。

「おはよう、ナナミ。久しぶりの登校だね……変な感じしない?」
「するする! 廊下の壁なんかまだ修理中だし、警備員さんも多いし。あの日の事件、ほんと怖かったもんね……。」

ナナミはそう言って肩をすくめる。襲撃があった当日はユキノがいない場所で混乱が生じ、何人かの生徒が巻き込まれかけたものの、大事には至らなかった。しかし、真相を知らないクラスメイトたちは、「タスクフォースと謎の存在が守ってくれたらしい」「生成者がどうとか」という噂を半信半疑で耳にしている状況だ。
ユキノは何とも言えない感情で「そ、そうだね……」とごまかすしかない。今のところ、自分が直接真理追求の徒と戦った事実は公にできないし、誰にも話していない。エリスやタスクフォースも、その事実を隠している。

(でもいつか、何かしらの形でバレるかもしれないな……。)

そんな考えが頭をよぎる中、ホームルームが始まる時間。クラスの担任が元気のない笑みを浮かべて入室し、教室前に立つ。彼は以前より少しやつれたように見えるが、まずは「再開、おめでとう」という形で形式的な挨拶をこなす。

「みんな、おはよう。休校が長引いて、色々心配があったと思うけど、今日からまた頑張ろう。怪我した人もだいぶ回復して……うん……。」

担任が言葉を濁した瞬間、クラスが少しざわめく。あの日、怪我をしたクラスメイトも複数いて、まだ完全には戻ってきていない生徒もいるのだ。担任もその責任を感じているのか、目を伏せがちだ。だが、すぐに何かを思い出したように目を上げる。

「それから……今日は大切な連絡がある。みんな、ちょっと注意して聞いてくれ。」

教室がシンと静まる。担任は黒板に目をやりながら、小さく頷いて言葉を続ける。

「転入生が来るんだ……ちょっとこの時期に珍しいよね。だけど、彼女が我がクラスに加わることになったんだ。」

一瞬、クラスが「あれ?」「新しいクラスメイト?」というざわめきに包まれる。この時期というのは学期途中であり、しかも学校が襲撃を受けたばかりの状況。誰もが不可解な思いを抱く。ユキノも「へえ……」と驚きつつ、同時に胸がざわついた。
担任が「じゃあ、入ってもらおうか……」と扉を振り返ると、教室の後ろのドアが開き、静かな足音が聞こえる。その人物は、どこかおどおどした様子ではなく、しっかりとした足取りで教室の前方へ進んでいった。
そこに立ったのは、背の高めな少女。顔立ちは整っていて、髪は淡い黒に近いダークブラウンのセミロング、目元がどこか鋭く、光を反射している。腕に抱えているのは……小さな鞄というか、ちょっと見慣れない黒いケースだ。
クラスメイトたちの視線が集中する中、彼女は一瞬だけ周囲を見渡し、それから担任に促されて深く一礼した。

「はじめまして。今日からこのクラスに加わることになった日向(ひなた)カエデといいます。よろしくお願いします。」

透き通ったような声が教室に響く。拍手がぱらぱらと起きるが、クラスには少し緊張した空気もある。ユキノは、「なんか、ただの転校生には見えないな……」と感じずにはいられない。
担任が笑顔を作り、「じゃあ、カエデさん、席は……ユキノの隣がちょうど空いてるから、そこに座ってくれる?」と指示する。カエデは小さく頷き、ゆっくりとユキノの席の隣へ向かう。
ユキノは少し胸が高鳴る。新しいクラスメイト――しかも、この時期に転入してくるというのは何かしら特別な事情がありそうだ。カエデは隣の席に腰を下ろすと、ちらりとユキノに視線を向け、「よろしく」と短く声をかける。

「よ、よろしく、日向さん……。えーと、天野ユキノです。」
「天野さん……うん、こちらこそ、よろしくね。」

その瞳がしっかりとユキノを見つめているようで、一瞬ドキリとする。美人というだけではなく、冷静さと何かの“秘密”を抱えたような雰囲気を感じ取る。
転校生――日向カエデ。彼女の登場で、クラスには新しい風が吹きそうだと思うと同時に、ユキノの中で漠然とした予感が湧き上がる。(もしかして、この子……普通の転校生じゃないかもしれない。)


ホームルームが終わり、休み時間。クラスの友人たちがこぞってカエデに話しかけようとするが、彼女は淡々と会話を返すだけで深い表情を見せない。ナナミが「カエデちゃん、どこから来たの?」と尋ねると、「ちょっと遠いところ」と曖昧にごまかす。
ユキノは隣の席で様子をうかがいつつ、心の中で「この子、やっぱり何かあるんじゃ……」と気になっていた。ようやく人の波が退き、カエデが一息ついた頃、ユキノはそっと声をかける。

「カエデさん、大丈夫? みんなに囲まれてびっくりしたよね……。」
「ええ、まあ……でも、転入生ってこんな感じなんだなって。想像はしてました。」

淡々とした声だが、どこか優しさも感じる口調。ユキノはほっとし、「あの……変なこと聞くかもだけど、どうしてこの時期に転校してきたの?」とストレートに尋ねる。カエデは少し口籠もり、目を伏せる。

「家の都合、って言うと普通だけど、実は……その、あまり詳しく話せないのよ。ごめんなさい。」
「あ、ううん……大丈夫。私も同じような感じだから……事情があるのかなって思って……。」

ユキノは自分も“生成者”であることを隠し、タスクフォースとの関係も隠しながら学校生活を送っている。だから、誰にも話せない事情があってここに来る人だっているかもしれない――そう素直に納得してしまった。
カエデは小さく微笑むように唇を動かし、「ありがとう、天野さん」とこぼす。その笑顔がほんの一瞬、ユキノの心をくすぐった。(この子、綺麗……でも、なんか不思議……。)

「天野さんは……事件があっても学校に戻ってくるんだから、すごいね。勇気があるというか……。」
「そう、かな……。私も怖いよ……。でも、みんなが通う場所だし、戻りたいって思って……。」
「ふふ……強いんだね。」
「え……強くはない、と思うけど……。」

ユキノがそう答えると、カエデはまた薄く笑って「そう……」と呟いた。目がどこか遠くを見ているようにも感じられ、ユキノには「やはりただ者じゃない」という印象がさらに強まる。


次の授業が始まる前、ユキノのスマホが振動する。画面を見ると、エリスからのメッセージだ。内容は「放課後にすぐ事務所へ来てほしい。少し気になる情報がある」とのこと。
(気になる情報……真理追求の徒の動向か、何か事件の匂いがあるのかな……。)

ユキノは一瞬迷うが、「わかった、放課後行きます」と返信を打つ。先日、初めての実戦で「初戦の勝利」を得たユキノだが、まだまだ真理追求の徒の脅威が消えたわけではない。エリスがそう簡単に安心するはずもなく、タスクフォースも監視を怠ってはいないだろう。
カエデが不意にその画面を横目で見たようで、「誰かから?」と尋ねる。ユキノは「ちょっと……私がお世話になってる人」とごまかす。正直、転入初日のクラスメイトには秘密が多すぎる。
すると、カエデは「そっか」と言ったきり黙り込む。ユキノは気まずさを感じながらも、深くは追及されないので助かったと思う。授業が始まり、先生が教科書を使って話を進めるが、クラスの雰囲気はまだどこか重苦しく、事件の傷跡を引きずっている。
カエデは一度もノートを取らず、ただじっと前を見つめている。その姿を視界の端に捉えながら、ユキノは何となく“この子も普通じゃない”と確信する。――まるで、蒔苗を初めて見たときのような違和感。


午後の授業が終わり、帰り支度を始めるクラスメイトたち。ユキノはエリスに呼ばれているため、タスクフォースの護衛に連絡しつつ、急いで出ようとするが、カエデが声をかけてくる。

「ねえ、天野さん。放課後、一緒に帰らない?」
「あ、ごめん、私ちょっと用事が……お世話になってる人に呼ばれてて……。」
「そっか……そうなんだ。」

カエデはそれ以上何も言わず、微笑んで鞄を手に取る。けれど、その微笑みがどこか寂しげだと感じたユキノは、何か胸が痛む思いを覚える。(一緒に帰ってあげてもいいかな……でも、先生に呼ばれてるし、タスクフォースに監視されてるし……。)

「ごめんね、また今度……一緒に帰ろ?」
「うん……いいよ。じゃあまた……。」

そうして別れようとした瞬間、校舎のスピーカーがノイズ交じりで鳴り始める。クラスに残っていた生徒たちが「え? また?」とざわつき、担任らしき声がアナウンスを流す。

「皆さん、落ち着いてください……さきほど校内で不審物らしきものが発見されたとの連絡が……えっと……安全のため、速やかに下校してください。繰り返します、速やかに下校……。」

放送が途切れるとともに教室はどよめきに包まれる。まだ連続してこんなことが起こるのか、と皆が不安を隠せない。ユキノはカエデと目を合わせ、「また、不審物……?」と呟く。

(ほんとにもう、いやだ……また真理追求の徒か何かのイタズラ……?)

一方で、「まさか新たな襲撃じゃないよね……?」というクラスメイトの声も聞こえる。
ユキノはカエデを見やり、「早く帰ろう」と促すが、彼女はなぜか微かに目を伏せて「そう……ね」と返すだけで、動きが鈍い。まるで何かを感じ取っているようにも見えるが、具体的な言葉は出さない。

(なんだろう、この子……気になる。もしかして、私みたいに秘密があるのかな。)

タスクフォースの隊員からも「天野ユキノさん、すぐに迎えに行きます」とメッセージが届いた。ユキノは意を決して教室を出ようとするが、念のためカエデに「大丈夫? 一人で帰れるよね?」と声をかける。カエデはふっと笑みを浮かべ、「うん、平気。ありがとう」と返してくれる。
そうして二人は教室で別れ、ユキノは廊下へ駆け出す。しかし、心に引っかかるものがある。(新しいクラスメイト、日向カエデ……私に似た匂いがするような……。)


校舎を出ると、護衛の車が待っており、ユキノは急いで乗り込む。トラブルで下校が早まったこともあり、予定より少し早めにエリスの事務所へ向かう形になりそうだ。
街路樹が風に揺れ、遠くに見える雲が厚みを増している。車内でじっと考え込むユキノ。さっきのカエデの姿が頭を離れない。しかし、今はエリスが呼んでいる「気になる情報」とやらが優先だ。
ビルへ到着すると、前に待機しているバイクが目に入る。エリスが既に来ているらしい。エントランスを上って2階のドアを開けると、エリスが書類を広げて集中しているのが見えた。ユキノが入室すると、彼女はすぐ顔を上げて微笑んでくれる。

「ユキノ、早かったね。ごめんね、こんなに急に呼んで……。」
「ううん、学校でまた不審物見つかったみたいで、早めに下校になったからちょうどよかったかも……。」
「そっか……。やっぱり奴らが活発に動いてるんだね。」

エリスはテーブルを指し、「ここに座って」と促す。ユキノは椅子に腰掛け、緊張しながら「先生が気になる情報って……何ですか?」と尋ねる。
エリスは書類を取り上げ、「実はタスクフォースから得た情報なんだけどね……真理追求の徒の残党が、新たな生成者を探しているという噂があるの」と切り出す。ユキノは胸がざわつく。

「……新たな生成者……。私みたいな人、ってこと?」
「うん、そう。今までの捜査で、奴らは複数の生成者候補を洗い出していた形跡があるけど、最近になって“新しい生成者”が現れたという話が出ているの。まだ確証はないけど……そいつを巡って大きな争いが起こるかもしれない。」

ユキノは息を飲む。新しい生成者――それがタスクフォースや真理追求の徒に狙われるのは確実。もしそんな人が周囲にいたら、また大きな事件が起きるかもしれない。
そんな話をしていると、ユキノの脳裏にカエデの姿がよぎる。今日出会ったばかりの転入生――何か秘密があるらしい新顔。まさか……と思うが、根拠がないままエリスに伝えていいのか迷う。

(でも、先生に相談してみよう……なんか直感が叫んでるし……。)

ユキノは意を決して、「先生、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」と話を切り出す。エリスが「何?」と身を乗り出した。

「今日からうちのクラスに転入してきた子がいて……日向カエデって言うんだけど、なんだか普通じゃない感じがするの。すごく落ち着いてて、転校の理由も曖昧で……。私の勘だけど、あの子、私みたいに……。」
エリスは目を見張り、「新しい生成者の可能性があるってこと?」と返す。ユキノは「うん、断定はできないけど……」と曖昧に答えるが、エリスはすでに思考を巡らせているようだ。

「もし本当にそうなら、真理追求の徒が狙う可能性は高い。あなたが生成者として活躍してるから、同じ学校にもう一人いたら……偶然とは思えないわね。」
「そうだよね……。私、学校でまた不審物騒ぎが起きたとき、カエデさんがちょっと変な雰囲気を出してたのが気になって……。」

エリスは机に広げた書類を見やりながら、「なるほど」と呟き、すぐにタスクフォースへ連絡を取ろうとスマホを取り出す。しかし、ユキノがそれを見て「や、やめて……まだ確証もないし、カエデさんが本当に生成者だったら、大変なことになる」と止める。
エリスはやや困惑した表情で口を結ぶ。「まぁ、確かにいきなり騒いでも怪しまれるだけね。まずは私たちで様子を探ろうか……。」と提案してくれる。ユキノは安堵の息を吐き、「うん、ありがとう」と返す。


夕方、ユキノはエリスと一緒に簡単な射出機の訓練を再開した。昨日ほど激しくはないが、痛みを慣らす程度の実践。おかげで少しだけ“弓”が安定して形を保てるようになった。しかし、矢を放つほどの余力は今日は発揮せず、軽くトレーニングで終了という形だ。
だが、訓練を終えて息を整えた矢先に、タスクフォースからエリスのスマホへ連絡が入る。エリスが通話を受け、ひとつ返事をすると急に顔色を変えた。

「……わかった。すぐに行く。」

通話を切り、ユキノを見やる。嫌な予感が胸に広がる。

「また……何か起きたの?」
「学校の近くで不審者が現れたって。真理追求の徒らしき人物が、校舎を再度狙っている可能性があるらしい。実際に校舎へ侵入したかどうか分からないけど、夜間に現れて何か企んでると……。」

ユキノは思わず息を飲む。せっかく学校が再開したというのに、また同じ場所を狙うなど、もはや執拗としか言えない。
「それって……カエデさんを狙ってるんじゃ……?」と口走ると、エリスは「ああ、私もそう思うわ」と苦い表情をする。

「あなたはどうする? タスクフォースは学校周辺で警戒しているらしいから、危険すぎるかもよ?」
「私は……行く。先生と一緒なら、また何かできるかもしれない……。」

エリスは苦笑しつつ「わかった、でも無茶しないでね」と念を押す。タスクフォースの護衛がきっと止めるだろうが、エリスが同行すれば説得できるはず。二人は急いで準備を整え、夜の学校へ向かうことになった。


夜8時を回った頃、ユキノとエリスはタスクフォースの車で学校近くに到着する。既に校門は閉じられ、周囲に警備員やタスクフォース隊員が配置されている。街灯が照らす校庭は閑散としているが、どこか息苦しいほどの緊張感が漂う。
隊員の一人がエリスに「校舎裏で黒いローブを着た人物が目撃された。既に消えたかもしれないが、廊下の一部に破損がある」と伝える。ユキノの胸は一気に高鳴る。まさかもう校舎に侵入されているのかもしれない。

「僕たちは正面から入ります。九堂さん、天野さんは……どうします?」
隊員の言葉に、エリスは少し考え、「私たちは裏口へ回るわ。そこから中を確認する。もし奴らが本当に生成者を狙ってるなら、校舎の中に潜んでる可能性がある」と答える。
ユキノは「うん……」と緊張の面持ちで後に続く。数日前の襲撃を思い返すと、あまりに似た状況で嫌な既視感がある。しかし、今は自分に弓がある――一度だけでも矢を放てた経験は大きな支えだ。
校舎裏へ回り込むと、金網のフェンスに切れ込みがあり、不法侵入の痕跡がはっきり残っていた。エリスは小声で「ここから入ったのね……」と呟き、懐中電灯を照らしながら進む。

「先生……私、あのときみたいに弓を使えば、また痛いし怖いけど……でも、やるから……。」
「うん、わかってる。私もなるべくサポートするわ。あなたが倒れないように注意して……。」

二人で声をひそめ、裏口の扉を開ける。廊下は消灯されていて暗いが、非常灯が薄く床を照らしている。先日の修理がまだ終わっておらず、ところどころにブルーシートが貼ってある。足音がコツンコツンと響く中、エリスが警戒して射出機に手をかけながら歩みを進める。
ふと、ユキノが息を飲む。廊下の先に人影がある。こちらに背を向けて立ち尽くしている人影――それは黒いローブではなく、制服の上に何かを羽織った姿。まるで……「日向カエデ」の後ろ姿に似ているように見えるのだ。

「カ、カエデさん……?」
小さく声を漏らすと、その人影がゆっくり振り返る。そこにあったのは、間違いなくカエデの顔だ。だが、その瞳はどこか淡々としていて、床に落ちている破片を見つめていたらしい。
ユキノが駆け寄ろうとすると、エリスが「待って……!」と腕を掴み、小声で注意を促す。「警戒を解いちゃだめ……本当にカエデさん本人か分からないし、何かあるかも……。」
ユキノは戸惑いながらも一歩手前で止まり、慎重に声をかける。

「カエデさん……どうしてこんな夜に……?」
カエデは首を傾げ、「天野さん……こそ、どうして?」と問い返す。お互いがお互いを警戒している空気が漂う。しかし、ユキノの中には「カエデは敵じゃないのでは?」という直感もある。

「私がここにいる理由は……ちょっと説明が難しいわ。あなたのほうこそ、どうして……?」
カエデは視線を伏せて何かを探すように廊下を見回し、それから小さく息をつく。

「私も……ここに用があって。……言えない事情があるの。信じてくれるか分からないけど、私はただ、あなたと同じ“立場”を抱えているのよ。」
「え……“立場”って……やっぱり……生成者?」
「さあ……。そういう言葉は詳しくないけど。私は、ある組織から逃げてきたの。多分、あなたとは違う組織だけど……いや、似ているかもね。」

ユキノとエリスは顔を見合わせる。まさか本当に新たな生成者か、あるいはそれに準ずる存在がこんな身近にいたとは。驚きと同時に、ここで互いにどう行動するかが問題だ。
その時、廊下の奥から急に衝撃音が響き、同時に黒いローブの集団が姿を現す。4、5人はいるだろうか。P-EMのオーラが手元に集まり、廊下を封鎖しようとしている。

「いたぞ……あれが“日向カエデ”か。そして天野ユキノも……まとめて捕らえる……!」


黒ローブの集団が猛然と廊下に突進してくる。ユキノは咄嗟に構えようとするが、カエデが俊敏に前へ出て両手を広げる。そこに薄い青紫の光が走り、男たちのオーラを逸らすような波紋が生まれた。

(え……今、カエデさんの手から何か光が……?)

驚くユキノ。カエデの顔には強い意志が浮かび、まるで防壁のようにオーラを形成している。どこかで見たことがある――そう、ユキノが弓を作ったように、カエデも自分の“精神構造体”を具現化しているのではないか。
エリスは即座にリボルバーを構え、「ユキノ、援護して……」と叫ぶ。一方でカエデは男たちの攻撃を防ぎながら、「あなたたち、私を捕まえようなんて無駄よ」と冷たい声を上げる。ローブの男が「黙れ、裏切り者め!」と叫ぶところを見ると、どうやらカエデは真理追求の徒に絡んでいたらしい。

「裏切り者……?」
ユキノが困惑する間もなく、男たちがP-EMの触手をうねらせてカエデに襲いかかる。カエデはそれを避けつつ、拳のような形のオーラを放つが、まだ完全には制御しきれていない模様。壁が崩れ、コンクリの破片が廊下に転がる。
エリスが横から射撃を加え、「やめろ……!」と打ち込む。青い閃光が男たちの腕をかすめ、悲鳴を上げさせるが、まだ多数いるため押し返されそうだ。

「ユキノ、カエデさんを助けて……!」
「う、うん……!」

ユキノは痛みを承知で胸に射出機を構える。弓を再度形成し、一撃の矢を放てれば流れを変えられるかもしれない。だが、今度はカエデが叫ぶ。「下がって……あなたまで巻き込みたくない……!」
どうやらカエデは自分だけでこの敵を倒そうとしているのか、必死にオーラを繰り出して応戦している。ユキノは胸の奥で激しい痛みが走りながらも弓を出そうとするが、カエデの動きが思った以上に速く、敵と交錯してごちゃごちゃになっているため、狙いを定めにくい。

「これじゃ、撃てない……!」

ユキノが焦る中、カエデは男たちの攻撃を受け止めながら「そもそも、あなたたちが間違っている……!」と声を上げる。男の一人が「お前が裏切ったんだ! 仲間を見捨てて逃げやがって!」と反論するが、カエデの瞳には怒りが宿っている。

「私は最初から、あなたたちのやり方を受け入れたわけじゃない……。研究のために生成者を犠牲にするなんて、狂ってる……!」

言い放つカエデ。その言葉から察するに、彼女もかつて真理追求の徒の研究に関わっていた可能性がある。エリスはそれを聞いて憤りを覚えるようにリボルバーを構え直し、ユキノはさらに複雑な想いで胸を締め付けられる。
男たちは怒り狂い、P-EMをさらに暴走させて廊下を破壊し始める。壁に激しい衝撃が走り、コンクリの破片がカエデとユキノに降り注ぐ。思わずユキノは悲鳴を上げそうになるが、カエデが薄い光の壁のようなもので上からの落下物を弾く。

「……大丈夫、天野さん……私、もう逃げたくないから……あなたの力も借りたいけど、まずは私がこの人たちと決着をつける……!」
「カエデさん……。」


ユキノは弓の具現化に再度挑み、カエデは光の壁で相手の攻撃を防ぎつつ反撃の準備をする。エリスは横で援護射撃を狙うが、敵の数が多く、さらにオーラが暴走しているため思うように狙いをつけられない。
カエデが右手をかざし、紫がかった光の刃を作り出す。男たちが一斉に触手を伸ばしてきた瞬間、カエデは空間を斬り裂くかのようにその刃を振るう。バチッという音が走り、オーラの一部が切り払われる。

「くっ……やるじゃないか、カエデ……やはり我々の研究成果だな……!」
「研究成果? ……冗談言わないで!」

カエデの叫びとともに、刃が光を放ち、男たちの一人が腕を押さえながら倒れ込む。何やら内輪の確執があるらしい。ユキノは苦しそうに弓を維持しながら、「カエデさん……!」と声をかける。
直後、男たちの一人が床に仕掛けていた装置を作動させる。赤黒い液体が噴き出し、一斉に廊下を染めようとする。そこから強烈なオーラの爆発が起こり、周囲の壁が吹き飛びそうになる。

(まずい……!)

ユキノは懸命に弓の矢を作り出そうとするが、痛みが強烈に襲ってくる。視界がゆがみ、意識が遠のきそうだ。しかしここで撃たなければ、大爆発が起きてしまうかもしれない――クラスメイトや教師、タスクフォース隊員まで巻き込む可能性がある。
「やる……しかない……私が矢を放てば、あのオーラを壊せる……!」

必死の覚悟で胸を撃ち抜き、青い弓を具現化する。エリスが「ユキノ!」と声をかけ、横で男を撃ち制圧しながらも目を光らせる。カエデもまた「私が壁を張る……あの爆発を最小限に抑える……!」と呼応する。
つまり、ユキノの矢で装置を破壊し、カエデが爆発の拡散を防ぎ、エリスが敵を撃って隙を作る――三者が同時に協力し合う形になるのだ。
廊下が一気に高熱を帯び、床が溶けるような音がする。男たちは狂ったように笑い、「これが真理だ……お前たちに止められるわけがない……!」と叫ぶ。ユキノはもう耳を貸さず、自分の中の痛みを力に変えるイメージで矢を作り出す。

(いけ……!)

矢が形を得た瞬間、ユキノは叫び声を上げながら弦を放つ。青い光の軌跡が廊下を貫き、床に散乱した装置を正確に撃ち抜く。爆発が寸前で抑えられ、装置が散る破片が飛ぶが、同時にカエデが前へ出て光の壁でそれを防ぐ。
「かはっ……!!」
衝撃が余波となり、ユキノもカエデも足元を崩されそうになるが、どうにか踏みとどまる。爆音と粉塵が廊下を覆うが、致命的な爆発には至らなかったようだ。

「や、やった……!」

ユキノが息を切らせながら呟く。すると、エリスが最後の男を射撃で仕留めるのが見える。「これで終わりよ……!」 青い閃光がオーラを破り、男は悲鳴とともに意識を失い、床へ倒れ込む。
廊下に漂う赤黒いもやが徐々に消え、静寂が訪れる。やがてタスクフォース隊員が駆けつけ、「大丈夫か!?」と二人を囲む。エリスはリボルバーを下げ、ユキノは弓が消えて膝をつきそうになっている。カエデも肩で息をしながら、その場に立ち尽くす。


数分後、状況が落ち着き、男たちは拘束され、P-EMの装置が回収される。廊下は一部崩壊しており、再び学校が修理を要する状態になってしまった。ユキノは自責の念を感じながらも(でも、爆発を阻止できてよかった……)と胸をなでおろす。
カエデは静かに息を整え、「私はもう行くわ……」と呟く。タスクフォース隊員が「待て、君は何者だ?」と詰問するが、エリスは「落ち着いて、まずは事情を聞きましょう」と制止する。しかし、カエデは首を横に振り、「私に構わないで……私はあなたたちと同じ側ではないもの……」と拒絶するように言う。

「カエデさん……私、あなたを助けたい。だって……生成者として生きるのってすごく大変だから、一人で抱えないで……。」
ユキノが呼び止めるが、カエデは悲しげに微笑むだけだ。どうやら過去に真理追求の徒の研究に利用されていたらしく、強い不信感を抱えている様子。「天野さんは優しいのね。でも、私には私の事情がある……。」とだけ残し、凄まじいスピードで廊下を駆けて姿を消してしまう。
タスクフォース隊員が慌てて追いかけようとするが、既に姿はない。エリスが苦く唸りつつも、「また出会うわ……きっと……」と呟く。ユキノは落胆して肩を落とす。

「カエデさん……本当に、生成者だったんだね……。助けたいのに……どうすれば……。」
エリスはユキノの頭を軽く撫でて、「大丈夫。彼女は今は逃げているけど、あなたには友好的に見えた。いつかきっと向き合えるわ」と微笑む。ユキノは浅く頷き、「うん……」と応える。
護衛の柊が通りかかり、「無事か。奴らを制圧できてよかったな。日向カエデという少女……真理追求の徒の内部研究施設から抜け出した可能性がある。今後、協力を得られるなら大きいが……。」と難しい表情をする。

「私、何かできるかな……。カエデさんも、きっと……私と同じように苦しんでると思うんです。」
「焦るな。お前も体が限界だったろう。まずは休め。それから考えればいい。」

柊の言葉に、ユキノは再び疲労を自覚する。弓の二射目を放ったダメージが身体を蝕んでいるが、興奮と使命感で立っていられる状態だ。エリスも同様に目が血走っているように見え、二人とも限界が近い。


結局、この夜の事件は大事になる前に制圧され、真理追求の徒のメンバーが数名捕縛される形で終わった。ユキノは先日の「初戦の勝利」に続いて、連日で成果を上げる形となり、タスクフォースも「天野ユキノはやはり有力な生成者だ」と評価する声明を出しているらしい。
しかし、ユキノ本人は大きな疑問を抱えていた。――カエデという新しいクラスメイトが、どうやらもう一人の生成者であること。彼女は真理追求の徒から逃げているようだが、タスクフォースにも不信感を持っている様子だ。何が彼女をそこまで追い詰めているのか。

(先生と同じ側になればいいのに……でも、きっと私には分からない事情があるんだ……。)

夜が更け、ユキノは再び自宅でベッドに身を沈める。痛みの余韻と疲労が体を支配する中、スマホを見るとエリスから「本当にお疲れさま。休んでね。カエデさんのことも、きっとどうにかできるわ」というメッセージが入っていた。ユキノは微笑みながら返信する。「ありがとう、先生……私も、諦めたくない。」
そうして目を閉じると、先日の初戦、そして今夜の二度目の勝利が鮮明に浮かぶ。一度だけ弓を形成できたと思っていたが、もう二射目を成功させた。痛みは激しいが、自分が生きる意味と力の使い方を学び始めている気がする。


翌日。廊下の一部がまた壊れたため、学校は再び半日授業や補修をしつつ対応に追われている。教室へ行くと、既にナナミが待っていて、「ユキノ、また夜に事件あったって本当?」と小声で尋ねてくる。ユキノは曖昧に頷き、「うん……私も詳しくは……」とかわす。クラスメイトたちは大きな不安を共有しており、学校全体が暗いムードを漂わせているのだ。
そして、気になるカエデの姿を探すが、まだ教室に来ていない。担任も「日向さんはどうしたかな」と首を傾げている。ホームルームが始まっても彼女は来ず、結局、その日一日、カエデは登校しなかった。
昼休みに、担任が職員室から戻ってきて、ユキノやナナミに声をかける。「日向さん、連絡なしに休んだんだよね。電話しても繋がらなくて、保護者の情報も不十分なんだ……困ったな……。」と戸惑う様子。どうやら、転校手続きの際も最低限の情報しか提供されなかったようだ。

(やっぱり……普通の転校生じゃないんだ。どこかで真理追求の徒と関係があって、逃げてきたのかもしれない……。)

ユキノは心配と同時に、昨日の光景を思い返して胸が痛む。あの実力なら、すぐに捕まることはないかもしれないが、孤独に戦っているに違いない。
そんな思いに耽っていると、スマホが震える。エリスからのメッセージだ。

エリス
「日向カエデの情報を少しつかんだかも。放課後、事務所へ来られる? 詳細を話すわ。」

ユキノはドキリとする。エリスが既に動き始めたらしい。昨日の短い戦闘を経て、タスクフォースもカエデの情報を集めているに違いない。もしカエデが本当に生成者で、真理追求の徒から離反した裏切り者なら、相当危険な立場だろう。
(放課後……行こう……カエデさんを救う術があるなら、知りたい。)


放課後。ユキノはタスクフォースの許可を取り、いつものように護衛の車でエリスの探偵事務所へ急ぐ。到着すると、エリスは机一面に資料を広げ、タスクフォースから提供されたデータらしきものを精査していた。
エリスが顔を上げ、「来たわね、ユキノ。ちょうどいいところ」と声をかける。ユキノは息を切らしながら「何かわかったの?」と問う。

「うん、タスクフォースの捜査網で、日向カエデの背景が少し浮かんできた。彼女はどうやら、以前から“生成者研究”に関わっていた組織に属していた可能性が高いわ。そこが真理追求の徒との関連を持ち、彼女を実験対象として育てていた……。」
ユキノの心が強く揺さぶられる。自分も似た境遇でタスクフォースに目をつけられていたが、カエデは真理追求の徒側の研究施設にいたということだろうか。

「でも、カエデさんはそこを抜け出した……裏切り者って呼ばれてたし……。」
「そうらしい。彼女は何かのきっかけでそこを逃げ出し、転校を繰り返しながら追手をかわしていたって情報がある。……それで、この学校に来たのかもしれないね。あなたがいる学校だから、安全と思ったのか、あるいは……。」

エリスが言葉を濁す。あるいは、ユキノを利用しようと考えたのかもしれない――そんな可能性も否定できない。
「先生……私、カエデさんを救いたい。だって、同じ生成者なら、一人で逃げ回るのは辛すぎるよ……。」
「そうね、私もそう思う。だけど、彼女自身がどうしたいかは別問題。真理追求の徒と一悶着あるだろうし、タスクフォースだって警戒を緩めない。」

ユキノは苦悶の表情を浮かべつつ「私にできること、あるのかな……」とこぼす。エリスは席を立ってユキノの肩に手を置き、「大丈夫よ。あなたはあなたにしかできないことをやればいい。――クラスメイトとして、彼女に手を差し伸べることができるのは、きっとあなただけ。」と優しく微笑む。
その言葉にユキノは勇気をもらい、「うん……やってみる……。カエデさんが登校してくれたら、私、直接話してみるよ」と決意を固める。


エリスとユキノが話を終えたころ、外が騒がしくなっていることに気づく。事務所の窓から下を覗くと、タスクフォースの車が急発進して何かを追いかけているようだ。どうやら近くのビルでまた不審人物が目撃されたらしい。
二人は嫌な予感に駆られ、すぐにドアを開けてビルの廊下に出る。そこへタスクフォースの隊員が駆け上がってきて、「九堂エリスさん、天野ユキノさん、至急援護を……! 残党と思われる複数人が建物の屋上へ逃走中です!」と告げる。
ユキノは一瞬ためらうが、エリスが「行きましょう、ユキノ!」と声をかけてくる。先日のようにすでに大丈夫だという自信もある。二人は階段を駆け上がり、屋上へ向かう。

「くそ……また……奴ら、しつこいわね……!」

エリスが息を切らしながら射出機を手に。ユキノも痛みを伴う覚悟をしながら、弓を使うタイミングを計る。屋上の鉄扉を開けると、冷たい風が吹き付け、そこには黒いローブ姿の三人が転がるように走っている。
タスクフォースの隊員も追っているが、敵は軽快な動きで逃げようとする。ビルの縁へ近づき、隣の建物へ飛び移ろうとしているらしい。エリスが銃を構え、「逃がさないわ!」と撃つが、風で軌道がずれ、命中しない。
ユキノも歯を食いしばり、弓を呼び出す。しかし、ここで撃って外せば街の下に被害を及ぼす危険もある。躊躇していると、敵がひとり振り返り、P-EMを放ってくる。鋭い衝撃波が屋上の床を貫き、亀裂が走る。

「ぎゃっ……!」
ユキノは足元を崩されかけるが、エリスが腕を引いてなんとか耐える。隊員が「危ない……!」と声を上げるが、相手はすでに逃走を続けている。
(このままじゃ逃げられちゃう……でも、私が撃ったら下に落ちるかもしれないし……。)

迷いが頭をめぐる。そのとき、エリスが小声で「大丈夫、あなたならできる……。」と囁く。ユキノはハッとする。弓の矢は非常に正確に撃てれば、余計な被害を抑えられる――そう信じて痛みに耐え、引き金を引く動作を行う。
「うっ……!」

胸を抉るような苦痛がまた背中を走る。それでもユキノは弓を形成し、集中力を最大限に高める。先日の二射で得た感覚を呼び起こし、暴走するオーラを狙う。風が強く、男たちが動くが、それでもユキノは一瞬の隙を狙う。
(……この子を、逃がさない……!)

放った瞬間、矢は青白い光の弧を描き、見事に先頭の男の脚元を撃ち抜いた。爆発的な衝撃が彼の足を強打し、男は隣のビルへ飛び移ろうとした姿勢のまま大きく体勢を崩し、宙を舞う。
見ていた隊員たちが息を呑むが、男は運悪くビルの縁に手をかけ損ない、そのまま転落しかける――すかさずエリスが「やばっ!」と駆け出し、リボルバーをうまく巻きつけるように撃ち込む。青いロープのような衝撃波が男の衣を捕らえ、ギリギリ落下を止める形になる。

「ふう……助かった……?」

隊員が合流し、男を引き上げる。同時に他の二人もタスクフォースが取り押さえ、ここでの戦闘は終わりを告げた。ユキノはへたり込むように膝を突き、エリスが「大丈夫……?」と心配そうに駆け寄る。

「はぁ……はぁ……撃った……あれ以上の破壊にならなくて……よかった……。」
「うん、本当によくやったわ。街に被害を出さずに敵を止めるなんて、すごい集中力だよ。……痛みはどう?」
「ぐ……ちょっと、しんどいかも……。」

ユキノは浅い呼吸を繰り返す。初戦の勝利に続き、わずか数日のうちに何度も実戦を経験しているのだ。体が悲鳴を上げるのは当然だが、それでもこうして結果を出せている事実が、彼女の成長を証明していた。
柊が屋上に現れ、「また助かったな。天野ユキノ、あんた本当に凄いわ……。下手したら街に大惨事を起こすところだった」と珍しく言葉をかみしめる様子。ユキノは恥ずかしそうに「まだまだですよ……」と返すが、エリスは「いいえ、立派よ」と背を支える。

(カエデさんはいないけど……とりあえず、また少し街を救えたのかな。私、少しずつ……戦えてる……。)


数時間後、夜も遅くなり、ビル屋上での戦闘が収束すると、ユキノは再び護衛の車で自宅へ送られる。タスクフォースも大量の検挙者を出し、しばらくは真理追求の徒の動きが鈍るだろうと楽観的な声を上げているが、エリスもユキノも「まだ油断は禁物」と口を揃える。
帰宅してベッドに横たわると、体中が痛むが、心は達成感に満ちている。カエデのことは気がかりだが、自分には今、やるべきことがある。もっと強くなって、この街を、学校を守りたい――そう思うと眠気が柔らかく訪れる。

(カエデさん、新しいクラスメイトでありながら、私と同じ“生成者”。いつか、ちゃんと気持ちを確かめ合いたい……。)

そう願いながら、ユキノは瞳を閉じる。
一方、エリスは夜の街をバイクで駆け抜け、タスクフォースとの情報共有を急いでいた。カエデの素性は大きな鍵を握っているだろうし、真理追求の徒の内部情報を知っているかもしれない。それが今後の戦いを左右する可能性もある。
そして、どこかのビルの屋上で、カエデが風に吹かれながら遠くを見つめている。手の中には、紫の刃のような精神構造体の残滓がゆらゆらと揺れ、やがて消えていく。瞳にはほんの一瞬、寂しげな光が宿り――そして決意のような炎が灯った。

「天野さん……あなたは私と同じ苦しみを背負っている……。けど、私がそっち側に行くわけにはいかないの……。ごめんなさい……。」

囁くような声が風に消え、夜の闇が街を包み込む。新しいクラスメイト、日向カエデという存在が、ユキノの日常を再び大きく変えていく――そんな予感が確かにあった。


翌朝、教室で再びカエデを待つユキノだったが、彼女は来なかった。担任も連絡が取れず、「転入生がまた転校してしまうかも……」と嘆く。クラスメイトたちは「せっかく来てくれたのに……どうしたんだろう?」と疑問を口にする。
ユキノは切ない思いを抱えつつ、蒔苗の姿も探してみるが、彼女もまた何処かへ消えてしまったようで、今日の授業には姿を見せない。どうやらクラスには不在が多い日で、微妙な空白が続く。
だが、ユキノはもう逃げない。エリスが言うように、自分にしかできないことがあるなら、それを探し出して成し遂げよう。それが「新しいクラスメイト」を救う道にも通じるかもしれない――

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