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天蓋の欠片EP3-1

Episode 3-1:監視の開始

時刻は午前7時近く。
まだ朝の弱い光が街を包み始めたばかりだというのに、天野ユキノの心中はいつも以上に落ち着かない。
――三日前から続く不審者情報、突然置かれる不審物、そして真理追求の徒の暗躍に翻弄される学校。彼女自身が持つ“生成者”としての特性を巡り、日常はすでに大きく歪んでいた。

マンションの廊下を歩き、エレベーターのボタンを押す。誰もいない早朝のロビーには、薄ぼんやりとした蛍光灯の光が染みつくように漂っている。
エレベーターに乗り込むと、意識せず深呼吸してしまう。ここ数日、廊下や自宅周辺で視線を感じることがあったからだ。もしかしたら真理追求の徒の構成員が自分を監視しているのでは――そんな疑念が拭えない。

「……エリス先生に相談したほうがいいのかな……。」

思わず口をついて出る弱音。だが、エリス(九堂エリス)も忙しい。探偵として真理追求の徒の拠点を潰すべく動き回り、タスクフォースとも情報を共有しつつ日々奔走している。数日前の廃病院での捜索も、状況が完全には解決していないらしい。
エレベーターが1階に到着し、ドアが開く。外の空は曇天で、ほんのり薄暗い。柔らかな朝の光が陰鬱なグレーに包まれ、スーツ姿の会社員が小走りで通勤していくのが見える。ユキノはマンションの入口を出て、バス停へ向かう道を急ぎ足で進む。今日も学校が気が重い――不審者やイタズラ騒ぎで落ち着かないし、クラスメイトたちもピリピリしている。けれど登校しないわけにはいかない。

「天野ユキノ……だな。」

微かに聞こえた声に、ユキノの心臓が大きく跳ね上がる。振り返ると、歩道の先にスーツ姿の男が立っていた。警戒心を煽る、低く冷ややかな声。視線が合った瞬間、男の眼差しに得体の知れない圧を感じる。
(まさか真理追求の徒……!?)
そう思い、とっさに身を引こうとするが、男はゆっくりと両手を上げて「待て、危害を加えるつもりはない」と合図するような仕草をする。そして警察手帳にも似たIDカードを取り出し、ユキノに見せた。

「タスクフォースの者だ。……名乗るほどではないが、主任代理からの指示で、君の“監視と護衛”を任されている。」
「え、タスクフォース……? 護衛……監視って……何のことですか?」

ユキノは混乱しながらも、相手のカードを覗き見る。タスクフォースのロゴとIDが記載されているのがかろうじて確認できる。男は少しばかり仏頂面で、言葉少なげだが、少なくとも敵意はなさそうだ。

「タスクフォースでは、あなたが真理追求の徒に狙われていると判断した。それで私たちが君を護衛し、必要に応じて監視する必要があると上層部が決定した。……不満はあるだろうが、命には代えられない。」
「そんな……エリス先生は聞いてません。私、こんな形で監視されるなんて……。」

思わず声を荒げるユキノ。確かにエリスからは「タスクフォースがユキノの安全を強化したがっている」と聞いたことはあったが、まさかこうも直接的に“監視”に来るとは思わなかった。

「エリスには後で連絡を入れる。ここ数日の混乱で手が回っていない可能性があるが、指示自体は既に出ている。私は柊(ひいらぎ)と名乗っておく。今日から数日は私が君を送り迎えしつつ、学校周辺でも警戒に当たる。」
「そ、そんな……私は別に……護衛なんて……。」

ユキノが戸惑うのも無理はない。自分の日常がさらに狭まるようで息苦しさを感じるのだ。タスクフォースによる護衛が有益なことは頭では理解できるが、それが彼女の心を軽くするわけではなかった。
しかし、柊は毅然とした態度で言葉を続ける。

「残念だが、これは“任務”だ。君がどう思おうが、私は遂行する。……悪いが、行動を共にしてもらうことになる。といっても校内では干渉しないし、なるべく目立たないようにするから安心しろ。」

その淡々とした口調に、ユキノは反発を覚えつつも、無理に拒絶しても事態が好転しないと悟る。柊の後ろには、もう一台の車らしきものが止まっており、同僚らしき人物が運転席にいるのが見える。
しかも時刻はもうギリギリ。バス停まで行っている余裕はないかもしれない――そこを狙われたようなタイミングの良さに、ユキノは苦い思いで唇を噛む。

「分かりました……とりあえず学校へ行きたいので、送ってもらっていいですか。」
「助かる。……悪いが、乗ってくれ。」

柊が車へ誘導し、ユキノは断るに断れず助手席へ乗り込む。運転席にはもう一人のタスクフォース隊員がいて、「おはようございます」と簡単な挨拶を交わすが、その目はまるで捜査対象を見るように冷たい。
エンジンがかかり、車が走り出す。灰色の空とビルの谷間がどこか圧迫感を増すように感じられる。――こうして、ユキノの“監視の開始”が、予想外に唐突な形で始まった。

「……あの、監視って具体的に何をするんですか?」

走り出してしばらくして、ユキノは意を決して問いかける。今のままでは不安が募る一方だからだ。後部座席には柊が座っており、運転手であるもう一人の隊員は前方を見据えたまま沈黙している。
柊は少し考えるように口を引き結び、答える。

「真理追求の徒が君の通学路や学校で襲撃を仕掛けてくる可能性が高いとタスクフォースは判断した。だから、まずは通学路や学校外での行動を護衛し、万一の場合は敵を阻止する。……また、あなたの精神状態も監視する。P-EMを使った強制具現化を避けるためにね。」
「私の精神状態……?」
「生成者の力は強力だが、不安定だ。下手に刺激されれば暴走のリスクもある。タスクフォースとしては被害を最小化したいから、あなたを定期的にチェックしたいというわけだ。」

その言葉に、ユキノは複雑な心境になる。自分がこれまで感じてきた葛藤――“心を撃ち抜く”訓練を始め、少しずつ力を身につけようとしている現実。それをタスクフォースは“暴走の危険”という視点で見ているわけだ。

「そんな……私、エリス先生に教わって少しずつ訓練してて、暴走なんてしないよう気をつけてるんです。そこまで心配しなくても……。」
「あなたと九堂エリスの関係は把握している。だが、九堂も探偵として自由すぎるきらいがあるし、あなたの進捗を逐一報告してくれるわけでもない。上は管理したがっているんだよ。」

言い方は刺々しいが、柊が感情的になっているわけではない。ただ事務的に事実を伝えているに過ぎない。ユキノは言葉を詰まらせ、やがて眉を曇らせたまま黙り込む。
車はスムーズに走り、学校が近づいてきた。正門付近には警備員がいつもどおり立っているが、柊は「車で正門前まで行くと目立つ」と判断し、少し離れた路肩で停車する。

「今日はここで降りてくれ。あとは自分で校内に入って構わない。私たちは周囲を警戒するから。」
「……分かりました。」

ユキノがドアを開けると、冷たい風が吹き込む。曇り空の下、学校のシルエットがやけに歪んで見えるのは気のせいだろうか。
降りた瞬間、柊が言葉を付け足す。

「放課後も迎えに来る。勝手に帰ろうとしないでくれ。真理追求の徒に狙われる可能性が高いからな。」
「はぁ……はい。」

深いため息をつくユキノ。こんな形で生活が制限されるなんて想像していなかった。エリスが護ってくれるのとはまた違う、不自由さを感じる。
車が走り去り、一人取り残されたユキノは「もう最悪だよ……」と呟きながら正門へ向かう。警備員に学生証を見せ、校内へ足を踏み入れる。――すると、すぐに友人の桐生ナナミが声をかけてきた。

「ユキノ、おはよー。……あれ? なんか疲れた顔してない? 大丈夫?」
「大丈夫……あまり寝てなくて……。」

そう適当にごまかしながら、ユキノは心中で「どうしよう、監視されてるなんて言えない」と思う。ナナミはあまり深くは追及せず、「そっか……無理しないでね」と優しく微笑む。そんな友人の気遣いが逆に痛い。

(エリス先生には放課後にすぐ連絡しよう……。)

そう決めて、ユキノは教室へ向かった。これが“監視の開始”と呼ばれるものだとしたら、先行きは不安しかない。だが、自分一人ではどうすることもできない――その無力感が胸を締めつけるのだった。


1時間目が始まる前、担任の先生が全員に向けて言葉をかける。
「皆さん、最近の不審者騒ぎは落ち着きを見せていません。そこで警備強化だけでなく、外部の協力者が敷地内の巡回に当たることになりました。落ち着いて登下校してくださいね。」

外部の協力者――つまりタスクフォースの人間も校内をウロつくようになるのだろう。クラスメイトたちは「警備員増えるなら安心かも」「でも逆に怖い」という意見でざわつくが、全体としては負の感情が強い。
ユキノは心ここにあらず。朝見たあの柊という男が、もしかしたら校内にも来るのかと思うと気が重い。友人たちと雑談しながらも、常に背後から誰かが見ているような不安を抱えてしまう。

「ユキノ、元気ないね。早くもバテてる?」
「……ごめん。なんでもないから、大丈夫だよ。」

ナナミの問いかけにも生返事しかできない。実際、監視されていることを誰にも言えないし、学校ではさらに警戒が強まっている。それだけで息苦しい。
1時間目、2時間目と授業が進む中、教室の窓から外を覗くと、確かにスーツ姿や制服とは違う私服の人物が歩いているのが見える。タスクフォースが何人も入っているのか――彼らが自分を護衛しに来ていることを思うと、申し訳ない気持ちと嫌悪感がないまぜになる。

(どうしてこんなことに……。)

廊下で物音がするだけでもドキリとし、背中が緊張する。ユキノはノートを取る手が震えるのを感じながら、なんとか2時間目まで耐えた。
そして、休み時間になると、ドアが開いて思わぬ人物が顔を出す。

「天野さん、ちょっといいか?」

声の主はやはり柊だった。教室の中が一瞬凍りつくような空気に包まれる。生徒たちは「誰だ、あの人……?」「なんか怖そう……」とひそひそ話を始める。教師にしては固い雰囲気だし、タスクフォースだとは気づかないにしても、普通じゃないオーラを放っている。

「柊さん……どうしてここに……?」
「少し話したいことがある。廊下へ出てくれ。」

冷ややかな口調に、ユキノは身体を強張らせながら椅子を立つ。ナナミが「ユキノ、誰……?」と困惑しているが、「ちょっと外部の人……」と言葉を濁すしかない。
廊下に出ると、柊は低い声で切り出す。

「済まないが、昼休みか放課後に健康チェックをさせてもらいたい。タスクフォースの規定で、生成者候補の安定度を定期的に確認する必要があるんだ。心拍、血圧、あと脳波モニターなどを簡易的に行うだけだ。」
「ちょ、ちょっと、そこまで管理されちゃうんですか? 私……別に病気でもなんでもないのに……。」
「分かってる。けど、上からの指示だ。私も面倒だと思うが、拒否されると職務を全うできない。――一応、君の意思を尊重して、ここで拒否したいならそれでもいい。ただし、その場合は安全管理が大幅に厳しくなるだろう。」

あまりに直球な脅し文句に、ユキノは息を呑む。要するに、健康チェック(精神状態の監視)を受け入れないならば、もっと強硬な監視手段が導入される、ということだ。ここで拒否しても自分のストレスが増すだけかもしれない。

「……分かりました……。昼休みにはそんな時間ないと思いますけど、放課後ならいいですよ……。」
「助かる。それでは、放課後に迎えに行く。あまり気を病むな。これはあくまで公式手続きだ。」

柊はそう言うと、廊下の隅に立ち去ってしまう。教室に戻ろうと振り返ると、クラスメイトたちがドアから覗き込んでおり、「ユキノ、大丈夫?」と声をかけてくる。
ユキノは極力平静を装い、「うん……ちょっと家の関係の人で……」と嘘をつくしかなかった。クラスメイトたちは首を傾げているが、あまり追及する空気でもない。そうやって日常がじわじわと蝕まれる感覚に、ユキノは耐えがたいストレスを感じる。


午前の授業が終わり、昼休み。生徒たちは食堂や購買部に向かったり、弁当を広げたりとバラバラに過ごしているが、校内の空気はどこか落ち着かない。廊下でスーツ姿の人間を見かけるたびに「警備の人?」と囁かれ、あるいは「何か事件があったのか」と怯える声が聞こえる。
ユキノも購買部に行く気力が湧かず、教室の隅でパンをかじりながらナナミと話している。しかしナナミも「朝の人、何だったの?」と怪訝そうで、ユキノはうまく説明できないまま視線をそらすしかない。

すると、教室のドアが開き、蒔苗が入ってきた。プラチナブロンドの髪が室内の照明を反射し、虹色の瞳をまっすぐユキノに向ける。クラスの皆は彼女の存在をやや遠巻きに眺めているが、蒔苗は気にする様子もなく席に着く。
ユキノの隣の席が蒔苗の定位置。彼女は軽く微笑むように口を動かすが声は出さない。ナナミも「蒔苗ちゃん、お昼食べたの?」と声をかけるが、蒔苗は微妙に首を振るだけだ。

「蒔苗……なんかいつも以上に静かだね。大丈夫?」

ユキノが小声で囁くと、蒔苗はさらにかすかな声で答える。

「あなた……監視されてるんでしょう? 今朝、車に乗るところを遠目に見た。」
「! そ、そう……だよ……タスクフォースが私を護衛するとか言って……どうして知ってるの?」
「観察するのが好きだから。――それに、その人たちから微妙な“波動”を感じる。EMの研究に携わる人間は、独特の匂いを纏っているわ。」

蒔苗が無表情に言うと、ユキノは少しだけホッとする。少なくとも、自分だけが苦しんでいるわけではなく、蒔苗も把握しているのだ。ただ、この子が自分を“観察対象”と呼ぶ感覚にも戸惑いはある。

「助けてくれるの……? もし私が困ったら……。」
「それはもちろん。前にも言ったけど、あなたを破綻させるつもりはない。――ただ、タスクフォースの介入で状況がより複雑になるかもしれないわね。彼らはあなたを管理しようとしているだけ。」

厳しい言い方だが、蒔苗の瞳にはわずかな憂いが宿っているようにも見える。ユキノは苦しくなって顔を背ける。自分が抱えるこの息苦しさをどうすればいいのか、わからない。
昼休みが終わるまでの間、蒔苗は黙って空を見上げて過ごす。ユキノもパンの味がしなくなってしまい、半分も食べられないままゴミ箱に捨てる。せっかくの昼休みが、まるで監獄のように息苦しい――そんな感覚が胸に残るのだった。


午後の授業が始まり、クラスメイトたちは誰もが落ち着かない。時折、廊下を歩くスーツ姿を窓越しに見かけるたび、「また警備の人だ……」と囁きあう。先生も板書が捗らず、ため息が多い。
ユキノはノートを開きながらも、後ろから刺さるような視線を感じる。ときどき振り返ってみても、ただクラスメイトたちが淡々とノートを取っているだけだが、疑心暗鬼になってしまうのだ。

(私を監視してるのは外のタスクフォースだけじゃないかもしれない。校内にも隊員が紛れてるかも……。)

そんな考えが頭をよぎると、筆記用具を握る手が震え、思うように文字が書けない。蒔苗やナナミの存在がある程度救いにはなるが、それでもこの重圧感はどうしようもない。
結局、2時間ほどの授業をやり過ごすと、放課後のチャイムが鳴る。クラスメイトはそそくさと部活や下校の準備を始めるが、ユキノは机に突っ伏したまま動けない気分だ。そっと視線を横にやると、蒋苗が近づいてきている気配を感じる。

「ユキノ……どうするの? 帰るの?」
「それが……タスクフォースの人が迎えに来るって……。本当はエリス先生の所へ行きたいのに、どうしよう……。」

うなだれるユキノに、蒔苗はほんの少しだけ微笑みかける。

「もしどうしても嫌なら、私が一緒に逃げてあげてもいいわよ。」
「に、逃げるって……そんな……余計に大事になっちゃうよ……。」
「ふふ、冗談よ。あなたはあなたのやり方で行動すればいい。……もし何かあったら、呼んで。私が来る。」

蒔苗の言葉は短く、そしてどこか甘美な響きを伴う。だが、それを聞いてもユキノはすぐに答えられない。いくら蒔苗が強大な力を持っていたとしても、タスクフォースに逆らう形になるのは厄介だろう。
すると、クラスの入り口で再びスーツ姿の柊が姿を現す。タイミングが良すぎて、ユキノは頭痛を覚えるほどに嫌な予感が走る。

「天野さん、放課後になった。予定通り、健康チェックを受けてもらう。」

クラスメイトたちはぞっとして、「誰、この人……?」「ユキノに何が……?」とざわめく。ナナミも「ユキノ……?」と困惑を隠せない。こんな公の場で来られると、彼女のプライバシーなどあったものではない。

「は、はい……。」

しぶしぶ立ち上がるユキノ。心臓がバクバクと高鳴り、蒔苗が何か言いかけた気がするが、柊の圧に負けて声が出せないのだろうか。
廊下へ出ると、柊は「こっちだ」と手招きして校舎の一角――保健室とは別の空き教室へ向かう。その途中、ユキノは蒔苗が少し後方で見ている気配に気づくが、柊はまったく振り返らない。

「ここが私たちの一時的なブースだ。タスクフォースの機材を置いてある。簡単な測定をするだけだから、大人しくしてくれ。」

そう言って柊がドアを開けると、教室の奥には小さな医療機器が並び、白衣を着た女性スタッフがモニターを操作している。教室の壁には段ボール箱が積まれており、どうやら臨時の実験室のような雰囲気だ。
ユキノは「こんなところまで……」と茫然とするが、スタッフは淡々と接する。

「学生さん……初めまして。私はタスクフォースの技術スタッフ、志木(しき)と申します。血圧と脳波、それから少しだけ問診をさせてもらいます。痛いことはしないから安心して。」

柔らかい口調だが、突き放したような距離感を感じる。ユキノは何も言えず、仕方なく用意された椅子に座る。脳波モニター用のヘッドギアを装着され、腕に血圧計を巻かれ――まるで病院の検査を受けるかのようだ。
隣で柊が腕を組んで立っているのが視界に入り、一層のプレッシャーを感じる。スタッフの志木がボソボソと指示を出すたび、ユキノは機械的に従うしかない。

「はい……深呼吸して……目を閉じて……。はい、もう一度深呼吸……リラックスを心がけてください……。」
(リラックスなんてできるわけないじゃん……。)

ユキノは心の中で悲鳴を上げつつも、どうにか測定を終える。ヘッドギアが外され、スタッフがモニターを覗き込むと、少し首を傾げた。

「ん……少し脳波に乱れがありますね。ストレスかな。それとも、EMの影響?」
「どっちにしろ要観察だな。週に一度は測定を続けるといい。どうだ?」と柊が尋ねる。
「そうですね、週一回は来てもらいましょうか。あるいは、もっと頻度を増やしてもいいですが……。」

スタッフと柊が勝手に方針を決めている。ユキノは耐えきれず抗議の声をあげる。

「ちょ、ちょっと……私、そんなに頻繁にここに来られないですよ……放課後はエリス先生に会いに行きたいことだってあるし……。」
「九堂? 探偵の女性か。彼女の指導は把握しているが、あなたの安全と精神の安定が最優先だ。タスクフォースが正式に判断したのだから、従ってくれ。」

柊の冷たい言葉に、ユキノは息を呑む。スタッフの志木も「ごめんなさいね、私たちもあなたを苦しめたいわけじゃないの。ただ、組織として必要な手順なの」と申し訳なさそうに微笑む。
しかし、こうして“監視”される現実がユキノの息苦しさを増幅させるのは間違いない。まさかここまで個人の自由が制限されるとは――確かに命を護るための措置なのかもしれないが、彼女は胸が痛むほどの圧を感じる。

「……これ以上、私の自由を奪わないでほしい……。」

思わず声が出てしまう。柊は一瞬驚いた顔をするが、すぐに表情を引き締める。

「悪いが、これは私の裁量ではどうにもならない。上層部が決定したことだ。――ただ、あなたが冷静に協力すれば、必要最低限の監視だけで済む。むやみに行動すれば、もっと厳しくなる。」

その言葉にユキノは歯を食いしばるしかない。そう、この男は上層部の命令を遂行しているだけなのだ。個人的にはどう思っているかは分からないが、ユキノの要望など優先されるはずもない。
そして、脳波測定が終わった後は簡易な問診が行われる。

「最近、眠れてます? 食欲は? 胸を撃ち抜く訓練をしていると聞きましたが、その頻度は?」
「そ、それは……内緒です。エリス先生との訓練内容を勝手に話すわけには……。」
「あなたの自由だが、データを隠すなら、それだけ危険要素が増すと認識しておいてほしい。――以上か?」

冷たい視線が突き刺さる。ユキノは何とか気を保とうとするが、精神的に追い詰められそうだ。

「もう、いいです……帰らせてください……。」
「わかった。あとは下校時にまた迎えに来るから。どこかへ寄り道しようなんて思わないでくれ。連絡すれば車を出す。」

そのまま教室を出ようとすると、蒔苗が廊下の端で待っているのが見えた。柊はそれに気づき、「あれは……」と一瞬眉を寄せる。だが言及はせず、ユキノを先に通してから視線を外す。
蒔苗は静かにユキノに近寄り、小声で言う。

「大丈夫?」
「……うん、平気じゃないけど大丈夫……ありがとう。」
「そっか。まぁ、無理しないで。もし本当に耐えられなくなったら呼んで。君は“監視”されているけど、私だって少しは干渉できる。」

ユキノの胸に微かな温かみが芽生える。蒔苗の言葉には不思議な安心感があるのだ。結局、監視が始まった今、当面はどうすることもできないが、こうして心配してくれる存在がいるだけで救われるのかもしれない。


結局、その日も授業に集中できず、ユキノは焦燥感に苛まれたまま放課後を迎える。クラスメイトたちが部活動や下校をする中、彼女はどう動けばいいか分からない。
校門には柊が車で待ち構えていることだろう。エリスに会いに探偵事務所へ行きたくても、タスクフォースの許可を取る形になりそうだ。そこまで行くならまだしも、あれこれ干渉されるのは気が滅入る。

「くそっ……もう、どうすれば……。」

机に突っ伏して思わず愚痴が漏れる。ナナミや他の友人が心配して声をかけてくれるが、「大丈夫」としか答えられない。
すると、スマホが震えた。画面を覗くと、エリスからの着信。まさに渡りに船だ。ユキノは急いで廊下に出て、通話ボタンを押す。

「もしもし、先生……!」
『ユキノ、大丈夫? 昼間から学校にタスクフォースが入り込んでるって聞いたわ。あなたを監視する動きが本格化したのね。』
「そうなんです……朝から車で送り迎えされて、放課後も健康チェックをされて……気が重くて……。」

ユキノの声が震える。エリスは静かに耳を傾け、少し申し訳なさそうに語る。

『ゴメンね、私もちゃんとフォローするはずが、タスクフォースの動きが想像以上に早かった。上層部はあなたを最優先で守りたいんだろうけど、方法が強引よね。』
「私……こんなの嫌です。でも断れなくて……。」
『わかる。実は私も今回の件には苦言を呈してる。護衛ならまだしも、監視や健康チェックまで強制なんて、あなたの人権を無視している部分もあるからね。……しばらくは我慢して。』

エリスが「我慢して」と言うと、ユキノは唇を噛む。先生がそう言うなら仕方ないと思える反面、やはり嫌なものは嫌だ。

『ただ、あなたが私の事務所に来ることについては、彼らも全てを妨害できないはずよ。仕事上、九堂エリスがあなたの指導を兼ねて協力している事実はタスクフォースも把握してる。だから正式に要請すれば大丈夫だと思う。』
「本当ですか? 私、先生に会いに行きたいんです……何かホッとしたくて……。」
『そう……私も会いたいわ。じゃあ、次の放課後に彼らの車を使ってでもいいから、事務所まで送ってもらいなさい。私からタスクフォースの主任代理に連絡して、そういう手筈を整えておくわ。』

ユキノは少しだけ心が軽くなる。エリスが動いてくれるなら、タスクフォースに干渉されながらも、最低限の自由は確保できそうだ。

「ありがとう、先生……それなら何とかなる気がする……。」
『うん、頑張りましょう。私も極力、あなたが息苦しくならないようタスクフォースと交渉するわ。――ただ、くれぐれも勝手に一人で動かないようにね。真理追求の徒の狙いはまだ続いているから。』
「わかりました……先生も気をつけてください。」

通話を終え、ユキノは顔を上げる。廊下の窓からは薄曇りの空が覗き、校庭には部活生のかすかな声が聞こえる。決して明るい雰囲気ではないが、エリスと話せたことで少しだけ前を向ける気がした。

(監視は嫌だけど、こうして先生がサポートしてくれるなら……我慢しよう。)

そう思い、教室へ戻ろうとすると、遠くの廊下にまたスーツ姿の人影が見える。柊ではない別の隊員かもしれない。ユキノは小さくため息をつき、「行ってきます」と友人たちに別れを告げて、校門へ向かう。
待ち構えていた柊が「では車へ」と言い、相変わらず無愛想だが、ユキノは観念して乗り込む。こうして彼女の日常における“監視”が本格的に始まった。


柊の車は学校を離れると、ユキノに「今日は自宅へ直行か?」と尋ねる。ユキノはエリスとの約束を思い出し、勇気を出して「探偵事務所へ行きたい」と告げる。
柊は少し眉をひそめるが、すぐにスマートフォンで上層部へ連絡を取る。短い会話の後、「許可が出た。九堂エリスと協力関係を築いているからだそうだ」と伝えられ、ユキノはホッと胸をなで下ろす。

「けれど、私も同行する。あくまであなたを保護するのが任務だからな。」
「……それは、別にいいですけど……エリス先生が何て言うか……。」

ユキノは苦笑するしかない。エリスに会えるのは嬉しいが、柊が一緒に来るとなると気まずい予感しかしない。
しばらく走ると、街のビル群が増えてきて、エリスの探偵事務所があるビルが近づいてきた。柊が車を駐車スペースに入れ、「降りろ」と短く指示する。二人でビルのエレベーターに乗り、2階へ。ドアの前でユキノがノックする。

「はい……あ、ユキノ、いらっしゃい。」

ドアが開き、エリスが笑顔で迎えてくれる。ところが、後ろに柊が控えているのを見て、エリスの顔が一瞬で険しくなった。

「あなたは……タスクフォースの、柊さん、だったかしら。」
「そうだ。今日から天野ユキノを護衛兼監視する任務を受けた。九堂エリス、あなたは探偵として彼女の指導をしていると聞いた。邪魔はしないが、同席させてもらう。」

その冷淡な宣言に、エリスは苦い笑みを浮かべる。「ご自由に」と言いつつも内心の苛立ちを隠していない表情だ。
ユキノは申し訳なさそうに目を伏せる。「先生、ごめんなさい……。」と小声で呟く。エリスは首を振り、「ユキノのせいじゃないわ」と囁く。

「まあ、どうぞ中へ。お茶くらいは出しますよ。」

三人は狭い探偵事務所の机を囲む形になり、何とも気まずい空気が流れる。エリスが簡単にコーヒーを淹れて差し出すと、柊は「結構だ」と断り、ユキノだけが少し飲む形に。
最初に口を開いたのはエリスだった。

「タスクフォースの監視体制が本格化したのは把握してるけど、これほど露骨に彼女を束縛する必要があるのかしら? 真理追求の徒の危険性は認めるけど、ユキノの自由を奪いすぎるのは逆効果よ。」
「お気持ちは理解する。しかし、上層部は現在の状況を極めて危険と判断している。彼女の安全、そして“EM生成者”としての動向を見極めるためには、定期的な健康チェックや行動監視が欠かせない。」

エリスは目を細め、柊の言葉を受けながらも、静かに反論する。

「行動監視と言うが、ユキノの精神的ストレスはどう対処するつもり? 彼女はまだ訓練中で、心の負担が大きいの。無理に追い詰めたら、あなたたちが懸念する暴走のリスクだって上がるわ。」
「だからこそ、専門スタッフが定期的に脳波や情緒をモニターする。暴走手前で制止すれば、被害は最小限に抑えられる。」

まるで書類を読み上げるような柊の口調に、エリスは苛立ちを募らせる。ユキノは縮こまるようにして黙り込み、二人のやりとりを見守るしかない。

「……わかりました。上層部に文句を言っても仕方ないでしょう。じゃあ、今後もユキノをこの事務所で指導することは可能かしら? そっちが勝手に健康チェックをするように、私も勝手に射出機の訓練を進めたいわ。タスクフォースが嫌がるなら、ここで退いてもらうけど。」
「……それは構わない。むしろ、あなたの指導によって彼女が安定した形でEMを扱えるようになるなら、我々としてもありがたい。」

柊が意外にもあっさりと承諾すると、エリスは「助かるわ」と腕を組み、安心したように息を吐く。
ユキノも少しだけ笑顔を浮かべる。こうしてエリスとの繋がりまで断たれるのは嫌だったからだ。

「それなら今から、ユキノと少し射出機の復習をしてもいい? あなたが同席して構わないけど、あまり口出ししないでちょうだい。」
「好きにしろ。俺は見守るだけだ。」

そう言い、柊は壁際の椅子に腰を下ろす。ユキノは「ありがとうございます」と礼を言い、エリスのもとへ近づく。机の上には初心者モデルの射出機が置かれており、彼女はそれを手に取る。
「じゃあ、復習しようか。まずは前回の感覚を思い出しながら、心の中心を見つめる。……無理はしないで。少しだけカートリッジを入れるわね。」

エリスがカートリッジを装填する一連の動作を柊は黙って見つめる。時折眉をひそめ、ユキノの緊張する表情をじっと観察している。
ユキノは深呼吸し、軽く射出機を胸元に当てる。前回の苦い経験がフラッシュバックし、手が震える。だが、エリスの優しい声が背中を押す。

「大丈夫。あなたはこれができる子。……少しだけよ、引き金を引くのは。」
「……はい……。」

意を決して引き金を引く。カチリと金属音がして、先端の小さな光がユキノの胸に触れる。再び胸の奥を揺さぶるような圧が走り、息が詰まる。だが、前回よりはほんの少しだけ余裕がある。

「っ……はぁ……! 大丈夫……多分、大丈夫……!」

汗がこめかみを伝うが、ユキノはなんとか持ちこたえた。構造体の具現化にはまだ至らないが、精神的な負荷に馴染んでいる証拠かもしれない。
エリスはその様子を見て、微笑むように頷く。

「すごいわ、前回より落ち着いてる。頑張ったわね。」
「ありがとう……先生……。」

隣で見守っていた柊は「……なるほど」と低く呟く。ユキノが射出機をテーブルに置くと、柊は近づいてきて、静かに言う。

「思ったより冷静に扱えているようだな。脳波モニターしたいくらいだが、今日はやめておく。……とにかく、続けてくれ。俺も理解したい。」

無機質な口調の中に、わずかに好意的な反応を感じる。柊自身も決して感情がないわけではないのだろう。タスクフォースの仕事を遂行するため、敢えてドライな態度をとっているようにも見える。
こうして探偵事務所での“射出機訓練”が、タスクフォースの隊員立会いの下、初めて行われることになった。ユキノは監視されている緊張感に苛まれながらも、エリスの励ましと柊の一定の理解に支えられ、少しずつではあるが前進を感じる。


訓練を一通り終えると、ユキノは椅子に倒れ込みそうなほどぐったりと息をつく。エリスが用意したスポーツドリンクを飲みながら、汗を拭う。柊は立ったまま腕を組み、「どうだ、もう大丈夫か?」と淡々と問いかける。
エリスは苦笑して「少しは休ませてあげて」と軽く柊をいさめる。

「今のところ、彼女はあなたたちが懸念する暴走の兆候はないわ。むしろ心の強さを感じるくらい。……このまま続けていけば、実戦レベルに到達する日も近いかもしれない。」
「そうか。なら上層部に報告しておこう。……安心しろ、誉めているんだ。」

柊が少しだけ言葉を和らげる。ユキノはどこか複雑な気持ちだが、「ありがとう」とだけ呟く。監視されているとはいえ、彼も一応は評価してくれるようだ。
探偵事務所の窓からは、夕焼けが見え始めている。街がオレンジ色に染まる時間――本来なら心を落ち着かせる光景だが、ユキノにとってはまだ不安の多い“日没”だ。夜になると真理追求の徒が暗躍するイメージが拭えないからだ。

「……先生、今日はもう帰りますね。お母さんも心配するだろうし。あ、でも柊さんが送ってくれるんだっけ……。」
「まあ、そうなるわね。」と柊が答え、エリスは「私も少し一緒に行きたいところだけど、仕事があるからまた今度ね」と苦笑する。

「ユキノ、今日はよく頑張ったわ。もし辛くなったら、いつでも連絡してちょうだい。あなたは一人じゃないわよ。」
「先生……ありがとうございます。私、頑張る……頑張って、いつかこんな監視生活を脱してみせる……。」

ユキノは決意を込めて言葉を絞り出す。エリスが微笑んで頷き、柊が車のキーを取り出す。
こうして、再び柊の車に乗る形で事務所を後にする。乗り込んでからも何となく圧迫感は消えないが、エリスと会えたことで少しは心が軽くなった気がする。

車が走り始めると、街のネオンが点灯し始める時間帯に突入する。柊は無言でハンドルを握り、後部座席のユキノにちらりと視線をやる。

「どうだ、九堂エリスの訓練は……。すごい探偵らしいな、彼女は。」
「うん……先生がいなきゃ、私は何もできないから……。」
「ふむ……。タスクフォースも彼女の実力を高く評価している。だが、九堂のやり方は独自すぎる部分もある。あなたを危険にさらす可能性がないとは言い切れない。」

柊の言葉に、ユキノは即座に否定する。

「先生は私を危険にさらしたりしません。全部、私がお願いしているんです。」
「そうか……。意志が強いんだな。――だが、私たちはあなたの命を最優先で護る。正直なところ、九堂の無茶には振り回されてる面もある。もし何かあれば、遠慮なく言え。」

ユキノは少し驚く。柊も一人の人間としては、そんなに悪い人ではないのかもしれない。ただ、職務に忠実すぎるあまり、態度が冷たく見えるのだろう。
そう思うと、ほんの少しだけ心が和らぐ気がした。エリスや蒔苗だけでなく、タスクフォースの隊員も結局は自分を護ろうとしてくれている――やり方は違えど、敵ではないのだ。

「わかりました……ありがとうございます……。」

そう呟くユキノに、柊は「礼を言うのはまだ早い」と返す。まるで、これからもっと大きな試練が待っているという含みを感じさせる口調。
街のビル街を抜け、やがてマンション近くに到着すると、柊は車を停め、ドアを開けてユキノを見送る。周囲に不審な人物はいないか確認してから、「じゃあまた明日も迎えに来る」と言い残して去っていく。

見送るユキノは、夕闇の空気を吸い込みながら、胸の奥で決意を新たにする。
(これが“監視の開始”……嫌だけど、これを乗り越えなきゃ、真理追求の徒から自由になれない。先生も蒔苗も応援してくれてる……私、頑張らなきゃ。)


自宅のドアを開けると、母親がキッチンから顔を出す。「おかえり。なんだか遅かったけど、変なことに巻き込まれてない?」と心配そうだ。ユキノは「平気だよ」といつもの嘘を重ねるしかない。
自分の部屋へ入り、制服を脱いで着替える。スマホをチェックすると、友人たちのグループチャットが今日の校内警備や新しいスーツの人々について盛り上がっている。やはり落ち着かない空気はみんなも同じようだ。

「はぁ……。こんなの、いつまで続くの……。」

机に突っ伏して呟く。頭の中には今日の出来事が怒涛のように渦巻いている。朝の車での送迎、昼の強制チェック、放課後の射出機訓練――どれも普通の高校生活とはかけ離れた日々だ。心が壊れそうになりながらも、エリスの励ましや蒔苗の静かな支えで何とか踏みとどまっている。
少し落ち着こうとベッドに横になるが、監視されている感覚は簡単には消えない。窓の外から誰かが見ているのではないかと考えると、カーテンを閉めずにはいられない。だが、カーテンを閉めきっても不安は拭えない。

(明日も柊さんが迎えに来るんだ……また健康チェックされるのかもしれない……。)

本来ならエリス先生のもとへ自由に通い、訓練を受けたいのに、タスクフォースの都合を優先しなければならない。そんな窮屈な生活が続けば、精神的にも限界が来るかもしれない。
それでも、ユキノは必死で耐えるしかない。真理追求の徒が自分を狙っているという現実を前に、一人で突っ走るわけにはいかないからだ。

(頑張ろう、私。先生だって、蒔苗だって、私が壊れるところなんて見たくないはず。――大丈夫、大丈夫……。)

自分に言い聞かせるように何度も繰り返し、やがて疲れきった身体が眠りを誘う。脳裏には蒔苗の虹色の瞳とエリスの微笑みが交錯し、どこか安心感をもたらしてくれる……。
だが、その夜、夢の中でユキノは赤黒いオーラに追いかけられる悪夢を見た。捕まりそうになる寸前で目が覚め、心臓がドキドキと早鐘を打つ。ベッドの中で冷や汗にまみれ、真っ暗な天井を見つめる。外からは車のエンジン音が聞こえ、誰かが深夜に巡回している気配すら感じる。

「私……こんなのに耐えられるのかな……。」

震える声は誰に届くこともなく、暗い部屋に溶けていく。ユキノはもう一度布団に潜り、目を閉じる。頭の中では柊やタスクフォースの厳しい監視が思い浮かぶが、なんとか朝まで眠りたいと願う。
――こうして、ユキノの“監視の開始”は本格的に始まったのだ。真理追求の徒の脅威を前に、安全を確保するための手段とはいえ、それは同時にユキノの“日常”を奪う行為でもあった。
次の日、そしてさらに続く日々の中で、ユキノはどのようにこの監視を乗り越え、自分の力を磨いていくのか。その道はまだ見えないが、彼女は歩まなければならない――エリスと蒔苗、そして自分自身を守るために。

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