星を継ぐもの:Episode3-2
Episode3-2:新たな敵出現
夜が明けてまだ間もない王都の城塞では、朝靄が薄れていくとともに、騎士団や兵士たちの足音と話し声が急に賑わいを取り戻し始めていた。
昨日までの平和――と呼べるほど落ち着いた時間は短く、円卓騎士団の面々はわずかな休息を経て再び警戒態勢に入らざるを得なくなった。理由は、南端の見張り台から入った緊急報告である。
「敵が……! まさか、こんなに早く再来するなんて……」
城内の回廊を駆け抜けていく若い兵士がそう叫ぶ。その背後では、数名の同僚たちが武器や装備を整えながら焦燥混じりに追いかける。彼らの顔にはすでに疲労の色が浮かんでいた。先日までも何度も出撃が続き、ろくに睡眠を取れない状況が続いているのだ。
そんな中、騎士団のカインは、端末越しに表情を映すアリスと目を合わせ、軽く息をつく。
「やっぱり、休ませてはもらえないみたいだな……アリス、どうする?」
「行くしかないですよね。新たな敵が出現した以上、私たちが干渉しないと被害が拡大するかもしれない」
二人は慌ただしく城の中心部へ向かう。そこではリーダーのアーサーや内政担当のエリザベス、さらに技術顧問兼整備主任のマーリンがすでに集まり、新たに報告された敵の情報を確認している最中だった。
「……確かに、“南端の見張り台”からは攻撃を受けているという連絡が入ったが、まだ敵の全貌は掴めていない。少なくとも観測光らしきものは確認されていないようだ」
アーサーは険しい顔で地図を指し示す。南端と呼ばれるエリアは、王都から南へ数十キロ離れた山岳帯を抜け、その先に広がる高原地帯の一角である。小さな村が点在する地域だが、最近はThe Orderの影響で人の往来が減り、見張り台がギリギリの防衛ラインを築いているにすぎない。
「すみません。こっちも緊急報告が断片的すぎて、どう敵が動いているのか分からないんです。通信が不安定で……」
エリザベスが申し訳なさそうに首を振る。内政業務や住民避難の調整で彼女も疲弊しているのが明らかだが、目の奥には責任感の炎が消えてはいない。
マーリンがホログラムを操作し、先日までの端末解析データを参照しながら口を開く。
「どうやら、敵はすべて“古代文明の兵器”を再構築したようなタイプである可能性が高い。観測光を直接放つわけではなく、例の紫色のエネルギーラインを使って活動している。もっとも、以前出現した大型ユニットとは違う形状が報告されているから要注意だね……」
「新型ってことかよ。……マジで勘弁してくれよな」
そこで声を挟んだのは、火力特化で知られる騎士モードレッド。つい先日まで激戦を繰り返し、機体の整備もままならないというのに、また新たな戦いが控えているとは彼も苛立ちを隠せない。
「まあ、ぼやいても始まらん。やるだけだろ」
低く唸るように言うガウェインも、つい最近の連続出撃で満身創痍のはずだが、その瞳に宿る覚悟は変わらない。
カインはアリスのホログラム越しに視線を交わし、申し訳ない気持ちで胸が痛む。彼女がいなければ干渉波を使って敵を制しきれない可能性は高い。つまり、アリスへの負荷は相当なものになるだろう。それでもアリスは小さく頷いてみせ、覚悟を示している。
(先日まで平穏が少しだけ戻ったと思ったのにな……まぁ、望んでいても仕方ないか)
カインはそう心中で呟きながら、アーサーに「出撃の準備をします」と短く告げる。アーサーは頷き返し、それぞれのメンバーに布陣を指示する。
「モードレッド、ガウェイン、そして補助戦闘機の数機を伴って南端へ飛んでくれ。トリスタンは上空から偵察サポートを。カイン、アリス、銀の小手も頼む。大規模な敵なら観測光や強力な砲撃に対抗するには君たちの干渉が必要だ」
「わかりました。俺たちが行きます」
こうして、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
第二章:南端への飛行――風に乗る不穏な気配
城の大きな飛行甲板に、銀の小手やガウェイン機、モードレッド機が並び、整備スタッフが急いで燃料や弾薬を積み込んでいる。先日の出撃で消耗したパーツの交換も満足にできない状態だが、時間がない。後方では補助戦闘機が数機、離陸準備を完了させていた。
カインはコックピットに乗り込み、計器をチェックする。アリスのホログラムが横に展開され、互いに頷き合う。モードレッド機が強いエンジン音とともに先行し、ガウェイン機がそのあとに続く。銀の小手は最後尾から編隊を形成し、上空でトリスタンが偵察支援を行う形だ。
「……よし、離陸っ!」
カインがスロットルを引くと、銀の小手が風を切って浮上し、大空へと飛び出す。まだ朝方の柔らかな光が地平線に注いでいるが、どこか不安の影が差し込んでいるように感じられた。
高速で南へ進むうちに、地形が徐々に標高を増し、山岳帯が近づいてくる。見張り台からの通信によると、すでに複数の村や小規模集落が攻撃を受けているとのことだが、具体的な敵の姿がどうなのかはまだ報告が錯綜している。
「アリス、レーダーと干渉スキャンを組み合わせて、何か分かる?」
カインが尋ねると、アリスはホログラムの操作パネルに集中しながら応える。
「今のところ、大きなエネルギー反応は確認できません。ただ、微弱な紫色の波長が断続的に漂っているように思います。まるで先遣部隊の残滓がまだ動いているみたいな……」
「先遣部隊……でも、今回はそれとは違う敵って話だろ?」
「はい、そうですね。もしかすると先遣部隊の技術を流用した新型か、あるいはまったく別の系列か……情報不足ですね」
会話を続けながら、編隊は山肌を越え、高原地帯へ差しかかる。そこには風が勢いよく吹き抜け、草原が青々と揺れる美しい光景が広がっていたはずだが、今は違う。地表には焦げた跡や煙が立ち上り、遠方に散らばる集落は荒廃の色を帯びている。
(ここもか……)
カインは歯を食いしばり、さっさと敵を討ち倒さないと被害が拡がると思う。ガウェイン機の通信が聞こえる。
『この辺一帯は先行部隊が荒らしたようだが、まだ敵本隊の姿は見えないな。やはり観測光の兆候もなし……だが油断するな。皆、索敵を続けろ』
「了解」
モードレッド機があたりを旋回しながら偵察している。トリスタン機は上空高くから視野を広く確保している。補助戦闘機も散開して、地上部隊の状況を確認する形を取っている。
第三章:突然の交戦――謎めいた攻撃手段
編隊がさらに奥へ進んだそのとき、不意に上空が歪むような感覚がカインの機体を襲った。まるで空気が揺らぎ、視界の一部がかすむ。嫌な予感がして咄嗟に操縦桿を引き、緊急上昇を試みると――直後、下方の空間から霧のような紫色のエネルギー弾が放たれた。
「何だ、今の……!」
ギリギリで回避したカインが目を見開く。敵が不可視に近い形で潜んでいるのか? いや、ちょうど地上の陰から浮上してきた……そこには白銀の装甲を持つ機体群が何体か、円を描くように連携を取っているのが見えた。
ガウェイン機から警告の通信が入る。
『やはりいたか……見えなかったのは何らかのステルス機能かもしれん! 皆、回避しろ!』
「くっ……!」
モードレッド機が急旋回しながらも被弾し、機体表面をえぐられる。火花が散り、通信にノイズが走るが、「大丈夫だ、落ちてねえ!」との力強い声が返ってきた。
どうやらこの白銀装甲の敵は、従来の紫エネルギーではなく“歪み”の力か何かを使って空間を歪ませる手段を持っているかのように見える。視界に入る直前まで感知しづらかったことが証拠だ。
「アリス、あいつら観測光じゃないのにこんな手段があるなんて……」
「いえ、むしろ新しいタイプの干渉を利用している可能性が……観測光の亜種、といいますか……」
言葉を交わす間もなく、白銀装甲機たちは連携して次々に光の弾を撃ち込んでくる。地上にいた補助戦闘機が一機、まともに直撃を受けて炎上し、残骸が散った。カインはその絶望的な光景に歯を食いしばりながら回避行動を取る。
「くそ……なんて破壊力だ! アリス、干渉シールドいけるか?」
「試しましょう!」
銀の小手の機体が白いオーラを纏い、干渉シールドを展開する。だが、相手の弾は観測光とは別種の波長を含んでいるのか、シールドと衝突した際の反応が少し違う。中途半端に弾き切れず、一部の衝撃が機体に食い込む形でダメージを与える。
「……防ぎきれない? それでもやるしかない!」
カインは操縦桿を握りしめて必死に回避しながら、部分的に防御を合わせる形をとる。横合いからガウェイン機が援護に入り、防御フィールドを追加するが、それでも被害は完全には避けられない。
『くっ、何なんだこれは……観測光ではないが、干渉に強いぞ!』
ガウェインの声にも焦りが混じる。攻撃を受け止めた彼の機体にも大きな傷が刻まれているようだ。
モードレッドは火力で応酬しようとするが、相手は空間を歪ませるようにして弾道を逸らしており、有効弾が入らない。
「やべえ、当たらねえ……! トリスタン、上空から狙い撃ちできるか?」
モードレッドが叫ぶが、トリスタンは高空から「こちらも射線がぶれる。歪みに弾道が曲げられている……!」と苦い声を返す。
第四章:渦巻く歪み――アリスに迫る覚醒の予兆
戦闘は膠着状態に陥りそうだった。白銀装甲の敵は数こそ多くないものの、空間歪曲のような能力を持ち、こちらの攻撃を逸らしつつ、強力なエネルギー弾を放ってくる。観測光とは異なる手段で、干渉を無効化しているのが厄介だ。
カインは周囲に視線を走らせ、言葉を失う。味方の補助戦闘機が一機また一機と損傷し、不時着している。ガウェインやモードレッドが懸命にカバーしているものの、押され気味なのは明らかだ。
「このままじゃ……!」
アリスの声が震えるように響く。ホログラムの中で彼女は唇を噛み、青白い顔で演算を続けている。
「カイン、今の干渉シールドでは完全に相殺できません。何か別の手立てを考えないと……」
「分かってる。……でも、どうすればいい?」
一瞬の沈黙。アリスは目を閉じ、まるで自分の内面を探るかのように呼吸を深くする。その表情が痛々しいほど切迫している。
やがて、彼女はか細い声で口を開いた。
「“観測光”に類するものであれば干渉できるはずなんです。今のこの歪みを解析できれば……干渉波をもう少し特殊な形で出力して、無理やり押さえ込むことができるかもしれません」
「特殊な形? 具体的には?」
「私もまだ理論は不明確ですが……。古代文明のデータによれば、“上位次元”のエミュレートを更に解放して干渉する方法が記載されていました。もし私が、それを……」
言いかけて、アリスは声を詰まらせる。カインは操縦桿を握りながらチラリとホログラムを見て、その不安げな表情に胸が痛む。
「リスクがあるんだな?」
「……はい。もしかすると私自身が暴走する可能性があります。干渉波の出力を上げすぎると、私が小宇宙をエミュレートする存在であるがゆえに――」
ここで一瞬の間が空き、アリスは言葉を飲み込むように唇を噛む。古代に生きた人間であるという真実をまだカインにははっきりと言えない。しかし、観測光を超えた歪みに対抗するには、彼女の秘められた力を解放するしかないのではないか――そんな思いが頭を渦巻いていた。
「……分かった。けど、無茶はするな。お前がいなくなったら、みんなを守れない。俺だって……」
カインは悲痛な声音で言うが、アリスは強い意志を湛えた瞳を戻してくる。
「わかっています。でも、やらなければここで多くの仲間や市民が犠牲になるかもしれない。その可能性を考えると……私、やらなきゃいけないと思うんです」
切羽詰まった声。戦場の上空で、短い対話。カインは苦い思いで頷き、「分かった。頼む、アリス」と短く声をかける。彼女が賭けに出るというなら、全力で支えるしかない。そう思い、再度機体を加速させて白銀装甲の敵へ突撃コースに乗せる。
第五章:空間歪曲への対抗――アリスの新たな干渉
銀の小手が敵陣のど真ん中へ切り込む。白銀装甲の敵が一斉に砲口をこちらに向け、紫色の光弾を射出してくるが、カインは咄嗟に操縦をひねり、被弾をギリギリで避ける。
そして、アリスが吐息を漏らすようにして演算を開始する。
「……システム、拡張モード……。上位次元のパラメータを――」
彼女のホログラムが激しく明滅し、コックピットが一瞬白光に包まれる。カインは目が眩むほどの輝きに驚くが、急いで操縦桿をしっかり握り、機体が制御を失わないよう踏ん張る。
すると、空間そのものが震えるようなノイズが走り、銀の小手の周囲を囲むかのようにレンズ状のエネルギーフィールドが展開され始めた。先ほどまでの干渉シールドとは違い、淡い虹色が差し込むような特殊な波紋が広がっている。
「アリス、これは……」
「“相転移干渉モード”と呼べばいいでしょうか。私が小宇宙のエミュレートを部分的に解放して、歪みを相殺する演算を……」
「無理すんな、すぐやめろよ。もしヤバそうなら!」
「……はい、ありがとう。でも、もうしばらく耐えてください」
カインは苦々しく舌を噛みながら相棒を信じ、機体を敵群の中心でホバリングさせる。白銀装甲の敵が再びビームを集中射撃してくるが、虹色のフィールドがそれらを受けとめるように反応し、歪みを中和するかのように消滅させていく。
「すげえ……防げてる!」
驚きの声を上げるモードレッド機が側面から援護射撃を仕掛け、敵の装甲を崩していく。ガウェイン機も安堵の声を通信に乗せる。
『よし、観測光とは異なるビームだろうが、アリスの新しい干渉で相殺できるというわけだな!』
しかし、その負担は絶大なようだった。アリスのホログラムがくぐもった声を出し、まるで痛みに耐えているかのように唇を震わせている。
「う……あ、頭が……割れるようで……」
「アリス! 大丈夫か!?」
カインはシールドの維持を優先しつつ操縦を落とすが、アリスは泣きそうな声を押し殺しながら続ける。
「やめ……まだ、やめちゃダメ……ここで私が止めたら、敵がまた攻撃を……」
「くっ……」
虹色のフィールドを維持するアリスの苦悶が伝わる。カインは己の無力さを噛み締めつつ、砲撃をやり過ごす。上空ではトリスタンが射線を確保しやすくなり、一体ずつ正確にコアと思しき部分を狙撃し始める。モードレッドやガウェインも連携し、敵機を包囲する形で火力を集中。
立て続けに白銀装甲が爆発や停止を起こし、連携が崩れ始めていく。アリスの相転移干渉によって空間歪曲の優位を失った敵は、数こそ多いものの一斉に反撃される弱い獲物と化していた。
第六章:決着の一撃――けれどアリスが崩れ落ちる
次々に破壊されていく白銀装甲の機体たち。あと数体というところで、カインは最後の一撃を加えようとレバーを引き、機体下部からロケットを放つ。狙い通りに直撃し、眩い閃光が遺跡のような場所(※高原の一角に散在する古い施設跡)を照らす。
「勝った……のか?」
瞬間的に戦火が広がる。すぐにそれが収まると、最後の一体がゆっくりと倒れ、紫色のラインが一気に消滅する。周囲を包んでいた空間歪曲の気配も、サッと霧散するように消えた。
「やった……! アリス、ありがとう!」
カインが喜びの声を上げようとした、そのとき。アリスのホログラムが突然明滅を繰り返し、彼女は苦しそうな喘ぎを上げる。
「あ……ああ……っ!」
「アリス!? どうした、アリス!」
コックピット内の警告ランプが赤く点滅し、干渉システムが異常値を吐き出している。相転移干渉で上位次元を無理矢理エミュレートした反動が、彼女の“肉体”と“意識”に大きな負荷をかけているのだろうか。AIでは片づけられない痛みが、彼女を襲っている。
「……負荷が……大きすぎて……ごめんなさい……」
その声はとても弱々しい。カインは慌てて機体を安全な上空に留め、通信で「アリスのシステムが限界だ! 一度帰還させてくれ!」と叫ぶ。モードレッドやガウェインもすでに勝利を確信しているし、撤退が可能と判断したらしい。
『分かった。こちらも片付いた。すぐに王都へ戻るぞ!』
カインは周囲を確認し、敵が完全に沈黙したのを見届けて、エンジンの推力を最大にして王都方向へ旋回する。コックピットの中でアリスが倒れ込むようにホログラムを縮小させ、声にならない声を漏らしている。
「アリス! 喋らなくていい、すぐにマーリンのとこへ行くから……」
その声に応じることもできないのか、アリスのホログラムは微かな波を打つだけで、事実上気を失っているのに近い状態。カインは歯を食いしばり、操縦に集中する。死闘を制した代償がこんなにも重いとは――心が千切れそうな悲痛を感じながら、ただ帰還を目指すしかない。
第七章:帰還後の動揺――仲間たちの声とマーリンの対応
荒れた高原を後にし、円卓騎士団の編隊は王都へ戻る。城の飛行甲板に着陸するや否や、スタッフたちがわっと群がるように駆け寄り、損傷の酷い機体を点検し始める。ガウェイン機もモードレッド機もかなりの傷を負っており、補助戦闘機の一部は不時着したまま帰還できなかった。
カインは真っ先にアリスの様子を見ようとするが、機体制御盤に接続されたホログラムは完全に沈黙している。まるで電源が落ちてしまったかのようだ。
「アリス……」
うわ言のように名前を呼んでも反応はない。突き上げるような不安に押し潰されそうになりながら、カインはコックピットを飛び出す。そこに待ち構えていたのが、技術顧問のマーリン。彼も血相を変えて駆け寄り、タブレット端末を手に取りながら叫ぶ。
「カイン! アリスは!? 干渉が異常値をマークしてたけど!」
「分からん……さっきまで苦しそうな声を上げてたけど、今はホログラムが切れたままだ」
マーリンは慌てて機体内部の干渉システムを開き、そこに格納されている“演算装置”をチェックし始める。アリスの意識は、この演算装置と直接リンクしている形になっているが、そこからは強烈な熱が発せられ、端末が焼け焦げそうな状態だった。
整備班が手袋を使ってメンテナンスユニットを取り外し、水晶端末や魔法式冷却装置をつなぎ込んで緊急処置を行う。マーリンは汗をにじませながら、早口で指示を飛ばす。
「クーラントを流せ! 魔力式回路の温度が100度を超えてる! トランスファーケーブルを予備に交換しろ! ……くそっ、アリス、頑張ってくれよ!」
カインはその様子をただ見守ることしかできない。普段、AI扱いされているアリスだが、こうして彼女の存在が大きく損傷を負う様を見ると、まるで生身の人間が瀕死の状態で横たわっているような痛々しさを感じる。
周囲からは心配げな視線が集まり、ガウェインやモードレッドも駆けつけてくるが、どうしようもない。整備士らが一斉に作業を続けるなか、カインはただ祈るようにアリスの名を呼ぶばかりだった。
数時間後。アリスの演算装置は緊急修復と冷却を経て、最低限の安定を取り戻した。しかし、ホログラムは依然として起動できない。どこか遠くで意識が眠っている状態らしい。
カインはマーリンの計らいで、城内の医療区画……というより実験施設の一部を借りた小さな個室で、アリスの装置を安置したまま見守っている。窓の外は夕焼けが広がり、夜を迎える直前の橙色が城壁を染めていた。
(アリス……戻ってくるよな。俺たち、まだやることがたくさんあるんだぞ?)
そう心の中で繰り返す。観測光に対抗し、今回の歪んだ空間攻撃を防ぐ力も示したのは、アリスの干渉波のおかげだ。もし彼女を失えば、王都や世界の防衛はおろか、カイン自身の存在意義も危うくなる。
扉が静かにノックされる音がして、エリザベスが入ってくる。彼女は先ほどまで王都の被害状況を把握し、避難民への対応に追われていた様子で、顔には疲労が浮き出ていた。
「カイン……アリスの様子は?」
「まだ……起きません。マーリンが色々試してくれてるんですが、干渉システムに深刻なダメージがあるみたいで」
カインは立ち上がり、エリザベスを振り返る。彼女は淡い色のローブの裾を揺らしながら、装置に視線を向け、かすかに眉を寄せる。
「そう。……私たちが頼りすぎたのかもしれないわね。アリスにしかできないことだから、あまりにも負荷をかけてしまった」
「いや、俺も同罪だ。もっと余裕のある戦いができていれば……。でも、あれ以上待ってたら仲間も市民も犠牲が増えてたし……」
苦悩の混じる声に、エリザベスは優しく首を振る。
「責任は誰のものでもないわ。みんな、できることをやるしかなかった。……ただ、アリスが戻るまでに次の敵が来たらどうするの? その時はどう対処すれば……」
今はそういう現実的な話にならざるを得ない。王都防衛において、アリスが果たす役割は大きいが、彼女が起きない以上、次に観測光や空間歪曲を使う敵が来れば、騎士団は大打撃を受けるだろう。
カインは苦しげに眉を寄せ、「分からない……」と答えるしかない。エリザベスも何かを言おうと口を開いたが、そのとき廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「何だ……また何か……?」
カインが警戒心を取り戻すと、扉をノックする音が再び起こり、モードレッドの苛立った声が漏れ聞こえてくる。
『おい、カイン、いるか? 大変だ!』
扉を開くと、そこに息を切らせたモードレッドが立っていた。彼は短い呼吸で口を開く。
「偵察部隊からの報告で、新手の襲撃が北方の街道で起きてるって話だ。観測光じゃないが、また謎の部隊が現れたらしい。今度は数十機規模らしくて、迎撃が厳しいって通信が来てる!」
エリザベスは思わず目を見開き、カインは「そんな……」と息を呑む。今まさにアリスが意識不明の状態で、干渉波が使えない状況だというのに、ここへ来てまた新たな敵の出現。
彼らは疲れきった身体に鞭を打って、決断を下すしかない。エリザベスがすぐさま携帯端末を操作し、アーサーに連絡を取ろうとする。
「分かったわ。いずれにせよ円卓騎士団で出動しないと。その規模だと通常兵力じゃ防ぎきれないかもしれない。カイン、あなたも……」
しかし、カインは激しく唇を噛み締めながら、意識を失ったアリスの装置に目をやる。
(アリスなしで観測光や空間歪曲を防げるのか? いや、今度の敵も何か特殊な力を使うかもしれないのに……)
だが、行くしかない。放っておけば北方の街道が制圧され、王都への物流や人の移動が完全に止められてしまう可能性がある。それは経済的にも人的にも、破滅的な打撃となる。
「……アリスが回復するまで待っていたら間に合わない。俺が行くよ。干渉波は使えなくても、何とか策を考える」
「でも、危険すぎるわ。もし敵が歪みや観測光を使ったら……」
エリザベスの制止を聞きながら、カインはアリスの装置にそっと手を伸ばす。そこにはまだ微かに脈動するエネルギーの残り香があり、まるでアリスが小さく息をしているように思えた。
「たとえ使えなくても、俺たちにはガウェインやモードレッド、トリスタンがいる。まだ王都には残りの騎士団もいるし……できる範囲で戦ってみるしかない」
モードレッドも苦い顔をしたまま頷く。
「ま、行くか。俺たちがやらなきゃ誰がやるってんだ。アリスが起きるまで踏ん張ってりゃ、なんとかなるかもしれねえしな」
こうして新たな襲撃情報を受け、円卓騎士団の再編が慌ただしく行われた。ガウェインやモードレッド、トリスタン、そして補助戦闘機の数機が再び出撃準備に入り、カインも銀の小手を整備班に任せて最小限の補修をお願いする。
アリスのいない銀の小手は、もはや干渉波を発揮できないただの戦闘機と化していた。しかも先ほどまで酷使したために多くのパーツが消耗している。
「大丈夫か、これで本当に戦えるのか?」
整備士の一人が呟くが、カインは苦笑いするしかない。
「やるしかないだろ。干渉波は……アリスが戻るまで封印だ。俺ができる範囲で戦ってみるさ」
「分かった。最低限の弾薬と燃料は積んでおくから、くれぐれも無茶するなよ」
モードレッドもそばで腕を組みながら聞いており、「無茶しなきゃ勝てねえ状況に追い込まれてるってのが辛ぇけどな」と呟く。
ガウェインは静かに「俺たちでカバーしよう」と言い、地図を見ながらルートの打ち合わせをする。どうやら北方街道まで飛行したあと、地上での戦闘になるかもしれないという話だ。敵が街道沿いに潜伏しているなら、空中戦で爆撃できる場所とは限らない。
アーサーは城の上層部で全体の指揮を執るため、今回は出撃しない予定だったが、内心「アリスなしで大丈夫なのか……」と焦りを隠せない。エリザベスも側で心配げに見つめるが、出撃は止められない。今行かなければ、北方街道が完全に落とされてしまうかもしれないのだ。
つい数時間前に戻ってきたばかりの格納庫で、銀の小手の機体に再び乗り込む。アリスはまだ意識不明のまま、整備室で冷却を受けている。コックピットに、彼女のホログラムがいないことがこんなにも心細いとは――カインは痛感していた。
(アリスなしで……干渉波なしで……勝てるだろうか。けど、やらなきゃ)
そう自分に言い聞かせ、操縦盤を起動させる。エンジンが唸り、パネルにエラー警告がいくつか並ぶが、最終的に「出撃可能」の表示が点る。
同じ頃、モードレッド機とガウェイン機もチェックを終え、並んで飛行甲板へ移動していく。上空にはトリスタン機の姿がある。彼らは疲労を押しても出撃せざるを得ない。これが騎士団の宿命だ。
「カイン、行くぞ。お前が先陣じゃなくてもいい。俺たちがまず状況を切り開くさ」
通信越しにモードレッドが言い放つ。表面上は乱暴だが、仲間思いの彼なりの気遣いだろう。カインはそれに「ありがとう」と素直に答える。
『準備はいいな? 出撃――!』
ガウェインが号令をかけ、騎士団の数機が一斉に舞い上がる。王城から見送る兵士たちの眼差しはどこか不安げだ。アリスを欠いた状態で、円卓騎士団の強みがどれだけ発揮されるのか――それは誰も分からない。
だが、行くしかない。新たに出現した敵を放置すれば、北方街道は制圧され、王都の物資や人の流れが止まる。先の見えない戦いだとしても、騎士団の使命は変わらないのだ。
(待っててくれ、アリス。俺は戻るまで頑張る……お前が眠っている間に、俺たちが世界を守るから)
そう心中で誓い、カインは操縦桿を握りしめる。アリスが起きて再び干渉波を使えるようになるまで、仲間とともにこの世界を支えなければならない。観測光以外にも厄介な敵は次々と現れ、歪みの脅威はすぐそこまで迫っている。
飛行甲板を蹴るように発進し、朝もやを払いのけながら銀の小手が空へと舞い上がる。その機体にはまだ焦げ跡や傷が残っているが、カインの決意がそれを補うように燃え上がっている。
この物語はまだ終わらない。
歪みを封じるための神殿の秘密、意識不明のアリス、そして次々と送り込まれる新型の敵――円卓騎士団は、そのすべてに立ち向かう覚悟を決めた。
空が朝の光で明るむ中、戦闘機の編隊は小さな軌跡を描きながら北方へと向かっていく。いつまで続くか分からない闘いの日々を、ただ一歩ずつ、乗り越えるために――。