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R-Type Requiem of Bifröst:EP-11

EP-11:最後の決戦

灰色の空がどこまでも広がっていた。遠くの雲は重々しく垂れ込み、まるで大地を覆い尽くすように影を落としている。ビフレスト計画の工事が進む地域には、まだ完成していない壁やバリケード、そして建設用の足場が点在していた。かつては荒廃しきった砂漠地帯だった場所に、ようやく生まれ始めた“中立エリア”の灯火――しかし、今まさに大きな嵐がそれを呑み込もうとしていた。

 ビフレスト計画は、特務B班や協力者たちの懸命な努力で形になり始めていた。怪物化した者やその家族、バイド係数が高く差別されてきた人々が次々と移住を申請し、仮住まいのシェルター区画が急ピッチで増設されている。一方で、政府や企業からの支援物資も届き始め、ようやく“棲み分け”が現実味を帯びてきた。

 だが、その平和への一歩を脅かす存在が同時に動き出していた。“先祖帰りの力”を悪用する者たち――もともと高いバイド係数を持ちながら、独自の政治的・軍事的野心を抱く集団が、ビフレストを乗っ取ろうと企んでいるとの情報が入ったのだ。

「……連中、ついに行動を起こすらしい。ビフレストの工事が完了する前に、その地点を攻撃して支配権を握ろうとしているとか」
 副長の如月がタブレットを見ながら低く呟く。特務B班の臨時司令室となっている建設地の一角のテントには、班長、クラウス、ダニー、ドクター・L、アリシアらが揃って顔を寄せていた。

「もし先祖帰り集団がここを占拠すれば、“人類と怪物化の共存”どころじゃなくなる。ビフレストが“先祖帰りの独裁”の拠点にされかねないわね」
 班長は深い溜息をつく。ビフレストを守るためには軍事的対抗策が必要だが、それが激しい戦闘を呼びかねない事実も頭を抱える要因だ。

「さらに、プロメテウスの出現情報も相次いでいる。各地で怪物化した集団を殺戮し、人間の軍隊も容赦なく斬り捨てているとのこと。今度は“人類の意思”を問うために、ビフレストへ直接来るかもしれないと……」
 クラウスが顔をしかめて言う。最悪のシナリオとしては、先祖帰り集団とプロメテウス、両方の脅威が同時にビフレストを襲うという二正面作戦を強いられる可能性がある。

「……いずれにしても、覚悟を決める時が来たわ。私たちがここを放棄するわけにはいかない。怪物化した人たちも大勢移住を進めているし、何としてもビフレストを護り切るしかない」
 班長の宣言に、アリシアは静かに頷く。Ω(オメガ)の強化と、自らの訓練を積み重ねてきたのは、この日のためといっても過言ではない。

(自己犠牲的な最終モード……使わずに済むなら、それが一番。でも、使わなきゃ誰かが死ぬなら……私は迷わない)

 彼女は拳を握る。身体の奥に疼く痛み、左目に走る頭痛の予兆。それらを振り払うように深呼吸をして、決意を固めた。この地に集まり始めた多くの命を守るために、戦うしかないのだ。


 翌日、黒雲が空を覆い、大きな雷鳴が遠くで轟いた。ビフレストの工事現場にはまだ完全な防壁がなく、配備した監視装置が動く程度。特務B班の隊員と、協力する政府軍が周囲で警戒に当たっている。

 その午前中、監視ドローンから緊急報告が入った。
「北西の方角に大規模なバイド係数反応を確認! 先祖帰りした者たちが武装車両と共に接近しています!」

「来たか……!」
 アリシアはすぐに装備を整え、スラッシュゼロを腰に、左目のオメガを起動させる。内部で波動エネルギー反応とバイド係数を解析する機能が稼働し始め、視界には数値と警告アイコンが表示される。彼らはかなりの数で押し寄せているらしい。

「テントを畳んで、住民たちは一時避難を! 私たち特務B班は防衛ラインを築くわよ! 怪物化した者や一般人を巻き込まないよう、極力先祖帰り集団を外で食い止めるんだ!」
 班長が一気に指示を出す。拠点の人々が慌ただしく動き、シェルターや仮設住宅に移動を始める。特務B班の隊員たちは武器を携え、急造のバリケード背後に陣取った。

 地平線の彼方には、砂埃を上げる車列が見える。武装されたトラックや装甲車が次々と迫り、その周囲には明らかに“人間離れした”身体能力で併走する先祖帰りの者たちが見て取れた。
 彼らのリーダー格は、人間の姿でありながら巨大な角や翼を背中に生やしている者もいる。瞳には鋭い光があり、まるでバイドと人間の悪い部分だけを掛け合わせたような凶暴性が漂う。

「ビフレストなんざ偽りの希望だ! 我々こそが“先祖帰り”の正統な進化だ! 混血も怪物化も無駄な寄り道にすぎない……!」
 代表が拡声器で叫ぶ。その声は狂信的な熱を含み、後ろの兵士たちが気勢を上げて銃を構える。

 やがて銃声とともに戦闘が始まった。ビフレスト側も特務B班や政府軍が応戦し、砂塵を巻き上げながら激しい銃撃戦が繰り広げられる。先祖帰りの一部は空を飛翔し、または凄まじい跳躍力でバリケードを越えようとする。

「っ……来るぞ、皆、散開して射線を確保しろ!」
 如月が無線で指示し、隊員たちが陣形を組み直す。アリシアもオメガを駆使して、先祖帰りの動きを先読みしながらスラッシュゼロで迎撃する。銃撃が効きにくい相手でも、波動エネルギーで斬り込めば倒せるはずだ。

「はあぁっ!」
 アリシアは瞬時に懐へ飛び込み、剣から放たれる波動斬で腕力に物を言わせて突進してくる先祖帰りの一人を斬り伏せる。血飛沫が舞うが、まだ生きているのか相手は苦しげに呻いている。だが、次の瞬間、別の先祖帰りがアリシアの背後を取ろうと疾走してきた。

(見える……!)

 オメガの感覚加速が発動し、背後からの殺気を捉える。通常の人間なら対応不能な速度だが、アリシアは振り向きざまスラッシュゼロを横に薙ぎ、波動エネルギーで攻撃を相殺する。火花が散り、相手の爪が剣の柄を掠めるが、間一髪でアリシアは体勢を立て直した。

「ぐあっ……!」
 先祖帰りの男が吹き飛ばされ、地面を転がる。アリシアは息を乱しながら周囲を警戒する。視界にはまだ複数の強者が見える――彼らは単なる怪物化とは違い、高度な知能と計画性を持ち、組織的に動いている。

「アリシア、被害を最小限に抑えるんだ! できるだけ殺さず戦闘不能に……」
 班長が叫ぶが、この混乱の中で実践するのは容易ではない。アリシアは必死に防御壁を展開し、怪物化コミューンの住民をかばう。バイド係数が高いだけの一般人も多く、撃ち合いに巻き込まれたらひとたまりもない。

「くそっ、連中の火力が結構強い……!」
 ダニーがメカニック装備で応戦するが、相手は翼を広げて空から銃撃する者や、地上を高速移動する者など多彩な能力を誇っていた。特務B班は押され気味だったが、アリシアのフォースシールドと波動砲がなんとか均衡を保っている。

(早く終わらせないと、ビフレストの施設が壊れちゃう……。しかも、こんなのが続けば死者が……)

 焦燥に駆られる中、突然上空で轟音が鳴り響いた。雲間から閃光が走り、真っ白な光が地面を照らす。その光には見覚えがある――まるで“神の介入”のように、戦場の誰もが一瞬手を止める。
 空から落ちてきたのは、“プロメテウス”だった。オレンジ色の髪が風にたなびき、少年とも少女ともつかない中性的な姿。周囲の光景を一瞥し、彼は冷ややかな笑みを浮かべる。

「ふうん……ここが人類と怪物の共存を目指す“新しい楽園”ってわけか。ずいぶん騒がしいね」

 その瞬間、先祖帰り集団のリーダーらしき男が叫ぶ。
「なんだ、あれは……フォース……? 邪魔をする気か?」

 プロメテウスは彼を見下し、軽く笑う。
「邪魔? 僕はただ“人類の戦う理由”を確かめに来たんだ。怪物がいようが先祖帰りがいようが関係ないよ。ああ、もちろん邪魔するなら容赦なく斬るけどね」

 男は激昂して銃を乱射するが、プロメテウスにはまるで当たらない。彼は一瞬で姿を消し、気づけば男の背後を取っていた。その手から放たれる光刃が、男の身体を上下に斬り裂く。赤い血が砂地に染み込み、先祖帰りの兵士たちが絶叫する。

「逃げろ……あいつは怪物と違う……まるで“悪魔”だ!」
 一部が恐怖に駆られて後退する。アリシアは目を見開き、心臓が早鐘を打つ。まさか、この混戦の最中にプロメテウスが現れるとは。最悪のタイミングだが、彼には関係なく、ただ己の目的を果たすだけなのだろう。

「プロメテウス……やはり来たのね……!」
 アリシアはスラッシュゼロを握り、オメガをフル起動させる。自分が止めなければ、さらに多くの血が流れてしまう。

「アリシア、気をつけろ! 連中を一掃するつもりかもしれない!」
 班長が警戒を呼びかけるが、プロメテウスは悠然と視線をアリシアに向ける。

「久しぶりだね、アリシア。こういう混戦がお好きなようで。どう、まだ“戦う理由”を持ち続けてる?」

「……ええ、私には守りたい人がいる。このビフレストも、あなたが壊すなら全力で止める!」

 その言葉に、プロメテウスの瞳が微かに楽しげに光る。
「そう。君がやっぱり僕の相手になるんだ。いいよ、これが“最後の戦い”になるかもしれないね。僕も、そろそろ人類の意思を確かめたいと思っていたんだ」

 もう言葉は不要だった。プロメテウスは空気を裂くように超高速で動き、アリシアへ斬撃を見舞う。光の刃が複数の軌道を描き、アリシアの防御壁を叩く。
 鋭い衝撃が走り、アリシアは足を踏ん張る。感覚加速を最大限に使い、何とか光刃の一部を見切り、スラッシュゼロで受け流すが、そのスピードは圧倒的だ。

「くっ……やっぱり速い……!」
 彼女は歯を食いしばり、隙間からビームを放ってカウンターを狙うが、プロメテウスは既にもういない。目にも留まらぬ速さで後ろへ回り込み、光刃を振り下ろしてくる。

(ここで負けたら、ビフレストが……!)

 頭痛が走るが、アリシアはオメガの防御壁を膨張させ、ぎりぎりで衝撃を耐える。空気がビリビリと震え、光の閃光があたりを染める。
 一方、先祖帰り集団の兵士たちはプロメテウスのあまりの脅威に戦意を失い、一部は退却を始める。だが、プロメテウスは彼らを見逃す様子もなく、無慈悲な光刃を振りまわし、逃げる背中を次々と斬り伏せる。

「そんな……やめて……!」
 アリシアが叫ぶが、彼は振り返りもせず、ただ淡々と殲滅を繰り返す。その姿はまさに“死神”のごとく、この戦場の命を刈り取る。

「くそっ……間に合わない……!」
 感覚加速はしているものの、プロメテウスの超高速移動にはまだ追いつけない。しかし、一方でアリシアは考える。ここまで感覚加速を使ってもダメなら、あの選択しか残っていない――“自己犠牲モード”と呼ばれる、オメガの最終機能。

(使っちゃだめだと分かってる。でも、このままじゃ多くの命が……)

 苦しむ思考を抱えながら、アリシアは必死にプロメテウスの動きを追う。今なら、あるいは“Rシリーズの全展開”を行えば、牽制程度にはなるかもしれない。覚悟を決めるように頷き、無線を取る。

「みんな……私が合図したら、Rシリーズのサポート機を一斉に展開して! ケルベロスやフォーミュラ・ドローン、すべてを投入します!」

「了解だ、アリシア! 合図を待つ!」
 ダニーの声が無線越しに返る。既に準備は整っているのだ。アリシアはプロメテウスと一定の距離を取り、波動エネルギーを高めながら合図を出す。

「今……一斉展開!」

 瞬間、ビフレストの周囲に隠されていた特務B班のドローンやサポート兵装が起動し、プロメテウスを囲むように配置される。フォーミュラ・ドローンがビームを交差させ、ケルベロスの鎖が空間を制圧し、彼の動きを封じようとする。

「これだけの数なら……少しは足止めできるかもね。面白いじゃないか」
 プロメテウスは笑みを浮かべ、光の刃を乱舞させる。ものすごい斬撃速度でドローンを次々と破壊するが、全てを破壊しきる前にケルベロスの鎖が一瞬拘束を成功させる。そこへアリシアが突撃し、波動砲を叩き込む作戦だ。

「……はあああぁぁっ!」
 波動砲の光が強烈な閃光を発し、プロメテウスの胸部に命中。しかし彼は鎖を力ずくで断ち切ろうと暴れ、完全には抑え込めない。衝撃波が砂を吹き飛ばし、周囲の瓦礫が舞い上がる。

 痛みに顔を歪めつつも、プロメテウスは光刃でケルベロスの結合部を破壊し、空間を裂くように姿を消す。次の瞬間、アリシアの背後へ回り込んでいた。

「っ……させない……!」
 彼女は事前に読んでいたかのように防御壁を展開するが、プロメテウスの一撃は鋭く、壁を突き破らん勢いで衝撃が伝わる。もし感覚加速を使っていなければ即死レベルだろう。

(これでも勝てない……! じゃあ……!)

 あまりの速度差に、アリシアはついに“自己犠牲モード”へ手を伸ばす決断をする。オメガのコアが赤く警告を点滅し、“使用禁止”のサインを発しているのを無視して、深く呼吸を整える。

「オメガ……ごめん……力を貸して……!」

 脳裏に焼き付くような痛みが走り、アリシアの左目が鮮やかな光を放つ。まるでオメガが悲鳴を上げているかのようだ。空間に薄い波紋が広がり、周囲の時間感覚が変化する。
 一瞬、プロメテウスの動きが“遅く”見えた。いや、アリシアの感覚が極度に加速しているのだ。

「これが……最終モード……!」

 ドクター・Lの声が遠くで聞こえるが、もはや理解できる余裕はない。アリシアの脳には膨大な情報が雪崩れ込み、光刃の軌道がはっきりと視界に浮かぶ。
 そのまま、スラッシュゼロを全力で振り下ろし、プロメテウスへ波動斬を叩き込む。金属音が響き、火花が散り、プロメテウスが驚きの表情を浮かべる。

「……! 君、こんな速度が……?」

 だが、アリシアの身体も悲鳴を上げている。血管がまるで焼けるような熱を帯び、頭痛が激しくなっていく。時間が長く感じるほどの苦痛――でも、今が唯一のチャンスだ。

「これで、終わりにする……!」
 一連の超高速コンビネーションで、彼女はプロメテウスを追い詰め、ケルベロスの再展開で足を絡め取り、複数のドローンからビームを撃ち込ませる。半壊したドローンたちが最後の力を振り絞り、波動エネルギーを集中する。

 プロメテウスは苦しげな顔で光刃を振り回し、必死に拘束を解こうとするが、アリシアが完全に捉えていた。
 だが、まだ一撃必殺には至らない。プロメテウスの再生力と圧倒的な速度がある限り、これだけでは不十分だ。とどめを刺すには、もっと大きな波動を撃ち込む必要がある――いわゆる“分裂収束式波動砲”という最終手段だ。

(だけど、そこに“触媒”が必要……。そうだ、オメガ……あなたの力を借りるしかない……!)

 オメガのコアが燃え上がるように輝き、警告が赤から白へと変化していく。まるで自壊寸前だ。“自己犠牲モード”が最終段階に入り、オメガ自身が分裂し、波動砲の触媒として収束する準備が始まる。
 アリシアの身体にも激痛が走り、吐血しそうになる。視界が歪むが、彼女は剣を握りしめ、プロメテウスを見据える。

「……やるのかい? 本気で僕を消しにかかるなんて……でも、そろそろいいかもしれないね……」
 プロメテウスは口元から青い血のような液体を吐きながら笑う。そこには、どこか達観したような雰囲気がある。

「君が“人類の意思”を示すなら、僕もそれを受け入れよう……さあ、どうする?」

「……もう、こんな戦いは終わりにする。私たちが、生き延びるために……」
 アリシアは震える身体で剣を構え、コアから発せられる波動エネルギーを剣先に集中させていく。オメガの自己犠牲モードが分裂収束式波動砲の触媒となり、圧倒的な破壊力を生み出す――理論的には。だが、それを放てばオメガは消滅し、使用者であるアリシア自身も無事でいられる保証はない。

「オメガ……ありがとう、今まで……。これが、最後かもしれないけど……」

 一瞬、オメガがアリシアに寄り添うような錯覚が走る。まるで「構わない。行け」と背中を押してくれているかのようだ。激しい光が閃光となり、周囲が白く染まる。
 プロメテウスは束縛され、逃げ場を失っている。彼はまだ全力で抵抗しようとするが、アリシアの超感覚が先読みし、鎖を緩めずに波動砲の照準を合わせる。

「……分裂収束式……波動砲……発射!!」

 その叫びと同時に、あたりが音を失う。光の奔流があらゆる方向から集まり、剣の先端に一点集中されたかと思うや、それが一瞬で拡散して再度収束する爆発的な波動となってプロメテウスを貫いた。
 まるで空間が捻じ曲がり、風景がひび割れるような衝撃が走る。凄まじい衝撃波が周囲の砂と瓦礫を巻き上げ、ビフレストの建造物にも亀裂を走らせる。特務B班の隊員たちは必死に地面に伏せ、防御に努める。先祖帰り集団の兵士たちも皆、恐怖で声を失う。

 そして――沈黙。

 光が晴れると、そこには大きなクレーターが生まれていた。中央に立っているのはアリシア。左手が炎のような粒子に包まれ、周囲にオメガの残骸らしき光の帯が舞っている。そして正面には、体に大きな穴が開いたプロメテウスが、倒れ込む寸前の姿で立ち尽くしていた。

「っ……がは……君、本当にやったんだね……」
 プロメテウスは苦痛で顔を歪めながら、笑みを浮かべる。まるで「望んでいた結果」を得たかのように。

「プロメテウス……あなたは、何がしたかったの……」
 アリシアの声はかすれ、血が口から溢れる。自己犠牲モードの反動で全身が悲鳴を上げている。それでもなお、スラッシュゼロを手放さず、プロメテウスを見つめる。

「僕は……ただ……“人類がどう戦うのか”を知りたかった……。そして、君を見て……分かった。君は――人を守るために、ここまで……」

 彼の言葉が途切れ、身体が光の粒子となり始める。まるで霧散していくように見えるが、完全な死ではないのかもしれない。彼のフォースとしての本質が光になって漂い、アリシアに近づく。

「やめて……何を……」

「君に……融ける……この命が、君の武器となるなら……それもいいだろう。いつか……僕が間違っていなかったと……証明して……よ」

 プロメテウスの身体が完全に蒼い光の粒子へと変化し、スラッシュゼロの刃に吸い込まれるように融合していく。その瞬間、剣が眩い輝きを放ち、一瞬で静寂に包まれる。あの無慈悲なフォースは、光の残滓となってアリシアの武器に宿ったのだ。

 アリシアは一息ついて膝をつく。オメガの自己犠牲モードの代償で、左目からは血が流れ、視界がぼやけている。オメガのコアは消滅しており、その装甲部分も粉々になって地面に散らばっていた。

(オメガ……ありがとう。あなたの力で、私はみんなを守れた……ごめんなさい、壊しちゃって……)

 心の中で呟くが、返事はない。オメガは完全に姿を消した。だが、その犠牲でプロメテウスは倒され、ビフレストへの脅威も取り除かれた。周囲を見ると、先祖帰り集団の大半が戦意を失い、混乱のなか撤退を始めている。


 激戦から数時間後、ビフレストに残されたのは大きなクレーターと多くの負傷者、破壊された車両やドローンたち。しかし、大規模な死者を出した先祖帰り勢力は撤退を余儀なくされ、プロメテウスも消え去った。建設エリアは辛うじて守り抜いたと言える。

 アリシアは医療テントで横になり、ドクター・Lの治療を受けていた。自己犠牲モードを使った代償で身体の一部機能が損なわれているかもしれないが、どうにか命は取り留めている。
 ベッドに寝込む彼女を覗き込む形で、ダニーや如月、班長が安堵の表情を浮かべる。

「本当に死ぬかと思ったぜ、お前さん……。ご苦労だった」
 ダニーが誤魔化すように笑う。アリシアは弱々しく返事をする。

「ふふ……もうちょっと死にそうでしたけど、オメガが……守ってくれたんですね……」

「オメガは、完全に消滅したようだ。残骸も残ってない。君の身体が破壊されなかったのは奇跡だな……」
 ドクター・Lが心電図をチェックしながら言う。班長はうなずき、

「分裂収束式波動砲……凄まじい破壊力だったわね。あれでプロメテウスを仕留めるなんて、さすがよ。でも、同時に大きな代償を払った。これからは無理をしないで。あなたがいなくなったら、守りようがないからね」

「はい……気をつけます……。でも、プロメテウスは……死んだんでしょうか……?」
 アリシアは剣に目をやる。そこには微かな光が宿っているようにも見えるが、気のせいかもしれない。

「分からない。あのフォースが光の粒子となってお前の武器に吸収されたみたいだが、意識があるかどうかまでは……」
 如月は無線機をポケットにしまいながら言う。一応、戦場跡を調べたが、プロメテウスの残骸は発見できず、波動エネルギーの痕跡だけが残っていた。

「まあ、今は勝利を喜んでもいいんじゃないか? 先祖帰りの集団も撤退して、被害は最小限に抑えられた。ビフレストの建設も続けられるさ」
 ダニーが陽気に言い、アリシアは僅かに笑みをこぼす。確かに、プロメテウスという最大の脅威が消えてくれたのなら、ビフレストには安らぎの時が訪れるかもしれない。


 後日、ビフレスト計画は正式に本稼働を始める。政府や企業、怪物化コミューンからの支援や協力が再び集まり、中立エリアを完成させるための大工事が加速。特務B班も引き続き警備と調整を担う大役を務める。

 エドワード・ルミエールは、一連の激戦を目の当たりにしながら複雑な思いを抱えていた。彼はビフレストの実情と、アリシアたちの覚悟を知りつつも、まだ完全に混血社会を肯定できていない。しかし、プロメテウスとの最終決戦を経て、アリシアが命がけで守ろうとする姿に心を動かされているのも事実だ。

 その日の朝、エドワードはアリシアの病床を訪れた。まだ完治とは言えないが、彼女は起き上がれる程度には回復している。薄い包帯を巻いた状態で、スラッシュゼロを磨いていた。

「君は……いつもそうやって戦いに備えるのか。傷がまだ痛むのに、懲りないな」
 エドワードは呆れたように言うが、その表情は以前より穏やかだ。

「私には戦う理由があるんです。あのプロメテウスに勝てたのも、オメガとみんなの協力があったから。次はもうオメガはありませんけど……きっとやり方はある」

「オメガか……自己犠牲モードとかいう、危険な機能があったんだろう? まったく、旧人類もとんでもないものを作ったものだ……」
 自嘲気味にため息をつくエドワード。アリシアは一瞬困ったように微笑み、

「ええ、でも、それで多くの命が救われました。あなたたちが残してくれたRシリーズやフォース技術は、確かにこの世界を支えてる。たとえ形が変わっても……」

「……ふん。まあ、君のやり方は少し認めてもいい。どのみち“混血の世界”を全否定しても始まらないか……。ビフレストがどうなるか、まだ見物だけどな」

「……それって、少しは歩み寄ってくれるってことですか?」
 アリシアは期待を込めた眼差しを向ける。エドワードは苦笑し、視線を逸らす。

「勘違いするな。俺はまだ混血を心から認めたわけじゃない。ただ、R-99やR-100の封印解除を検討してやるぐらいの気持ちはある。もしそれが“人類”を救うなら……。もっとも、勝手に兵器を使われても困るし、俺が管理する形でね」

「ありがとうございます。あなたが管理者として動いてくれるなら、私たちも安心です。ビフレストでの活用も……!」

「そう焦るな。いつでも貸すわけじゃない。ちゃんと俺の目の前で“人類の未来”とやらを証明してみせろ。バイドとの共存? それが本当に可能かどうか、これから見定めるつもりだからな」

 そう言い残すエドワードに、アリシアは深く頭を下げた。小さな進歩だが、彼が歩みを始めてくれたことは大きい。プロメテウスの残滓が融合したスラッシュゼロを見つめながら、アリシアは固く決意する。いつか彼に“混血社会”の意義を認めさせてみせると。


 そうしてビフレストには束の間の平穏が訪れ、先祖帰り集団の脅威も一掃され、プロメテウスは分裂収束式波動砲によって形を失った。オメガは消滅し、アリシアは大きな代償を払ったが、確かに世界は一歩前へ進んだ。

「ねえ、これからビフレストが完成したら、どんな景色になるんだろう。怪物化した人も、人間も、一緒に働いて、ご飯を食べて、笑い合うような……そんな場所ができるのかな」
 夕暮れ時、アリシアはリハビリ散歩の途中、班長にそう問う。

「大丈夫よ、必ずそうなる。私たちが造ってるのは、戦わずに済む未来への橋。まだ道半ばだけど、あなたがここまで頑張ってくれたんだから、きっと完成するわ」
 班長は力強く返し、アリシアの背をそっと押す。周囲では建設資材の山が崩れた跡もあるが、作業員たちが黙々と再構築している様子が見て取れる。まだ遠い道のりだが、その光景が“未来”を象徴しているかのようだった。

「私……オメガはもういないけど、きっとみんなでやれる気がします。プロメテウスの残滓が融合した剣もあるし、エドワードさんのRシリーズ封印解除が進めば、もっと可能性が広がる。絶対に諦めない……」

 ふと、アリシアの剣から微かに淡い光が漏れるように見えた。まるでプロメテウスが息衝いているかのようだ。あの絶対的な破壊者が、今や彼女の武器に宿る守護者となったのかもしれない――その真意はまだ謎だが、もしかすると“人類を見届ける”という彼の意思がそこに残っているのだろう。

 空は血のように赤く染まり、日没が近い。風が少し冷たくなり、アリシアは左目を押さえる。自己犠牲モードの後遺症か、まだ頭痛が続くが、不思議と心は穏やかだった。
 分裂収束式波動砲――あの時、空を裂くように放った一撃は、プロメテウスを倒し、多くの命を救ったが、同時にオメガを失い、自身も大きな傷を負った。それでも、彼女は後悔していない。

(私が犠牲になることで、みんなを守れるなら……それは間違いじゃない。でも、これからは“自分が生きるため”にも戦いを続けたい。ビフレストが完成して、人々が笑い合えるまで……)

 そう心に誓い、アリシアはスラッシュゼロの柄をそっと握る。付着した宝石のような欠片に、プロメテウスの微かなエネルギーを感じる気がした。
 人類の未来はどうなるか分からないが、先祖帰りの者や怪物化コミューン、旧人類のエドワードの存在など、多くの要素が絡み合う。しかし、この“最後の決戦”を経て、アリシアたちは一歩確かに前へ進んだ。混血社会がただの絶望ではなく、希望の芽生えを育むための土壌になる――そう信じるには十分なだけの勝利を掴んだのだ。

「ありがとう、オメガ……。そして、プロメテウス……あなたも、今は私の中にいるのかな。いつか、あなたの問いにもっとはっきりと答えられる日が来るといい……」

 微かな風が音もなく流れ、夕陽が沈む地平線を染める。遠くで工事車両のエンジン音が聞こえ、人々が新たな拠点建設に励んでいる。激戦の傷跡は消えないが、その先には確かな未来が待っているのだろう――。
 アリシアはそれを信じて、ゆっくりと瞳を閉じた。


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