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星を継ぐもの:Episode7-3

Episode7-3:勝利と代償

灰色の空がゆっくりと明るさを取り戻していく。先ほどまで轟音と閃光が支配していた王都の空と大地は、戦火から解放されたかのように静まり返っていた。大規模な侵略を仕掛けてきたThe Orderの総攻撃を、王都を守る円卓騎士団は見事に跳ね返したのだ。誤射や病という危機を乗り越え、最後まで連携を崩さずに戦い抜いた姿は、かつての分裂を覆すような奇跡でもあった。しかし、その勝利には避けては通れない「代償」が伴う。戦場にはまだ多くの痛みや悲しみの残滓が横たわっている。


戦いの余波が収まった直後、王都に沈黙のような静寂が広がった。空にはまだ黒い煙が漂い、ところどころに残る歪みの残響が揺らめく。遠方では砲火の名残か、微かな閃光が消えきらずに点滅している。大気は硝煙のにおいと焦げた金属の臭いが混ざり合い、人々の鼻を刺激していた。
それでも、今は敵の姿が見えない。激戦の末、The Orderが展開した複数の艦艇や地上ユニットは軒並み撃破され、生き残った僅かな残党も散り散りに逃げていったようだ。これまで最悪の危機を招いてきた誤射は、干渉治療の力で奇跡的に抑え込まれ、多くの人が互いを撃たずに済んだことに安堵の息をついている。

「……終わったんだな。本当に、あれほどの大艦隊を……」
ある若い兵がかすれた声でつぶやく。血と汗と涙が入り混じった表情で、まだ自分が生きている現実を咀嚼しているようだ。隣の仲間が肩を貸し、「ああ、俺たちやり遂げたんだよ……」と小さく笑みを浮かべる。つい先日まではギネヴィアウイルスのせいでお互いを疑い合っていたとは思えないほど、二人の間には強いきずなが見える。

けれども勝利の喜び以上に、人々の胸には重い疲労がのしかかっていた。勝利を手にするために払った代償や、まだ続く脅威への警戒が、素直に歓声を上げることを躊躇させているのだ。


王城の飛行甲板へ帰還した部隊は、相も変わらず混乱の中にある。あまりにも多くの者が血を流し、また、病に苛まれながらの強行出撃だったため、怪我や脱力で動けない者が続出している。広い甲板には倒れ込んだ騎士や兵、巻き込まれた民間の従事者たちがうずくまり、神官が魔力を尽くして治療に当たる姿が絶えない。

「防御フィールドを張り続けたから、腕がまるで鉛みたいだ……」
ガウェインが苦い面持ちで言い、肩の装甲を外してみると、筋肉が痙攣し、皮膚には火傷のような痕が残っている。ずっと砲火を受け止め続けたツケが回ったのだ。傍らの整備士が心配そうに近づくが、ガウェインは「放っておけ。もっと重症の者がいるだろう……」と弱々しく笑う。

「お前こそ休めって……どこまで無茶すんだよ」
モードレッドが口調を荒らげつつも、その声には仲間を案じる響きがある。彼も脇腹に深い裂傷を負い、さっきまで痛みで顔をしかめていた。しかし、そんな状態でも立ち続けるのは、騎士団としての責任感に他ならない。

トリスタンは黙って血の滲む帽子を脱ぎ、軽く広場を見回す。そこには幾人もの兵がうずくまっており、騎士団のメンバーも足を引きずりながら歩く者が少なくない。大規模な総攻撃を耐え抜いた結果、死者こそ少なかったものの、ほとんどが疲労と傷で満身創痍に近い。干渉治療で誤射を防ぐことはできても、物理的な痛みまでは軽減できないのだ。


「集中して……あと少しだけ魔力を……」
神官のセリナが魔法陣を描き、脇でリリィが補助する形で魔力を注ぎ込む。目の前に倒れ込んだ騎士の顔には高熱の赤みが残り、今にも暴走しかけているかのように息を荒げている。しかし、二人が干渉の術式を組むと、騎士の苦悶が次第にやわらぎ、意識が落ち着きを取り戻す。

「大丈夫……あなたはもう誤射なんてしない。ゆっくり呼吸して……」
リリィが優しく声をかけると、騎士は震えながらうなずく。「す、すまない……。戦闘中は平気だったが、今になって熱がぶり返して……」
セリナは辛そうに微笑んで、「今度はゆっくり静養して。干渉治療だって限度があるのだから」と告げる。実際、彼女たち神官も血走った目をしていて、極度の魔力消耗が見え隠れしていた。

先の激戦で誤射を回避できたのは、干渉治療と観測術がフル稼働したおかげだ。しかし、長時間の戦闘と並行して大量の患者に対応していたため、神官たちの負担は凄まじい。既にセリナやリリィ以外にも気絶者が出ており、残ったメンバーだけで死に物狂いで立て直している。

マグナス神官長とマーリンもまた、魔力式の装置を抱え、「ここへ運べ! まだ干渉波を使える余地はある!」と声を張り上げているが、その顔には疲労がはっきり現れている。装置のコアが加熱し、操縦のミス一つで壊れかねない。もし壊れれば、重症患者を救う道が閉ざされてしまうのだ。

「干渉治療が切れたら、病がぶり返す可能性があるんだ。頼む、頑張ってくれよ……」 マーリンがタブレットを睨み、マグナスが額の汗を拭いながらうなずく。「このまま無理を続ければ、いずれ私たちが倒れる。そうなれば、誤射や暴走をまた招きかねん。しかし……誰が休めば現場が回らぬ。何とも苦しい状況だな」


激戦を終えた部隊員たちのうち、比較的軽傷の者が王城の広間へ集められ、アーサーとエリザベスが勝利報告を受ける形となった。かつての分裂状態からは想像できないほど多くの兵や騎士が生き残り、皆ががらりとした雰囲気の中で息をついている。

「皆、命がけの戦い、本当にご苦労だった。大艦隊を前にしてほとんど犠牲を出さずに凌げたのは、何より大きい。誤射や暴走が一件もなかったという事実こそ、我々が再結成を果たした証だろう」
アーサーは瞳に感極まった光を宿しつつ、声を届ける。周囲には僅かながら拍手が起こる。だが、その拍手は大きくはなかった。なぜなら、今まさに多くの者が医療区画に運ばれ、意識を失い、あるいは痛みにうずくまっているからだ。見た目の犠牲は少なくても、心身に刻まれた痛みは計り知れない。

「これほどの代償を払ったけれど……私たちは勝ったのよね」
エリザベスがつぶやき、カインが静かにうなずく。「ああ、勝った。しかし、俺たちが失ったものもある。倒れた仲間や、魔力を使い果たした神官、さらに街の一部は爆撃の爪痕が深い……」
そう、被害はゼロではない。街外れでは歪みの爆発で家屋が倒壊し、農地が焦土になっている。幾人かの市民も負傷し、居場所を失った者さえ出始めている。

モードレッドが腕の包帯を気にしながら低く呻く。「ここまで犠牲を抑えられただけでも奇跡だが……正直、まだ安心できねえよ。ギネヴィアウイルスが完全に消えたわけでもなく、敵が再起不能とは限らない」
トリスタンも「そうだな。今回は大艦隊を退けたが、The Orderがこれで終わる保証はない。代償を払ってでも続けていかないと……」と落ち着いた口調で続ける。勝利の余韻に浸るより、次なる脅威を警戒する姿勢の方が強い。

そんな二人のやり取りにガウェインが頷きつつ、「でも、俺たちが誤射ゼロで戦えた事実こそ、最大の希望だろう。干渉治療が軌道に乗れば、ギネヴィアウイルスも抑えられるし、次が来ても迎え撃てる」と言葉を継ぐ。
カインは微かな笑みを返し、「ああ、分裂のままでいたら、ここまで抵抗できずに終わっていたかもしれない。再結成して、本当によかった……」と感謝を滲ませる。


しかし、実際に甲板や医療区画を歩いてみれば、代償が明確に目に入ってくる。大量の負傷者が床に横たわり、神官や看護師が全力で処置をしている。誤射は防げても、敵からの攻撃まで無傷というわけにはいかない。皆が手足や顔を火傷し、あるいは砲弾の破片を受けて血を流している。
血走った瞳で痛みに耐え、唇を噛みながらうめく兵。その背をさする友人もまた、腕に包帯を巻いている。かつては互いを撃つ恐怖に怯えた彼らが、今は互いの傷を労る姿に変わっているのがせめてもの救いだ。

セリナとリリィは、長時間の干渉治療が祟ってフラフラになっていた。支え合わなければ立っていられないほど魔力を使い果たし、目の下に隈ができている。それでも息を止めて術式を組み、患者の熱と観測光の波を緩和しようと挑んでいた。
「もう少しだけ……頑張ろう、セリナさん……」
リリィが震える声で言い、セリナは歯を食いしばりながら微笑む。「ええ……そうね。でもあなたこそ……寝てないでしょう?」
二人とも限界に近い状態で、これ以上続ければ自分たちが倒れるかもしれない。だが、この場には待ったなしの重症者が次々と運び込まれてくる。

マグナス神官長とマーリンは別の装置を調整し、干渉治療の負担を少しでも下げようとしていたが、装置が過熱して制御不能に陥る寸前だ。もし壊れれば、重症患者の誤射や暴走を抑え込む術が減ってしまう。彼らもまた死力を尽くしている。


一方、市街地では総攻撃を退けた一報を受け、早くも人々が路上に出て集まり始めていた。まだ家屋の倒壊や瓦礫が散在しているが、「勝った」「誤射がなかった」との噂が広がり、いつしか拍手や歓声が小規模ながら沸き起こる。

「騎士団は本当によくやってくれた……誤射も病もないなら、この街を捨てなくて済む!」
「うちの息子も干渉治療で救われたんだ。もう分裂の時代じゃない!」

そんな高揚が見られる反面、家族が負傷したり行方不明になったりして嘆き悲しむ姿も多かった。なにしろ、敵の攻撃で破壊された地区もあり、多脚型や獣型のOrderが入り込んで混乱を招いたケースもある。被害者の叫び声や、混乱の爪痕を目の当たりにすれば、勝利の代償がいかに重いかを痛感せざるを得ない。


戦闘終結からしばらくして、カインは再び医療区画の奥へ足を向ける。そこには今もアリスが眠っている。カイン自身も腕に複数の切り傷を負っているが、命に別状はなく、ギネヴィアウイルスによる発熱も起きていない。だが、心に重くのしかかる罪悪感や痛みは拭えない。
「アリス……今回は誰も仲間を撃たなかった。干渉治療が、本当に大きな力になってくれたんだ。でも……皆、ボロボロだ。勝利はしたけれど、失ったものも多い。あなたが目覚めれば、この痛みを共有できるかな……」

アリスのまぶたは動かず、口元も揺れない。ただモニターが穏やかな波形を示している。こうして騎士団が再結束し、誤射を防ぐ方法を得たことは大きいが、それでもアリスという大きな存在が眠り続けている事実は変わらない。


夜更けが近づくころ、モードレッドは王城の渡り廊下で空を眺めていた。戦闘で負った傷が痛み、焙じ茶の湯気が右手に温もりを与えている。すると足音が聞こえ、ガウェインが肩に包帯を巻いたまま歩み寄ってきた。
「今日は大仕事だったな……。どうだ、傷は痛むか?」
モードレッドが訊ねると、ガウェインは小さく笑い、「お前こそ。脇腹をやられたんだろ」と返す。二人とも生きているのが奇跡と言えるほどの激闘を潜り抜けてきた。

「……けど、誤射も病の暴走もなかった。俺たちはギネヴィアウイルスに負けてないってことだな」
「そうだな。以前なら、こんな総攻撃の中で絶対に仲間同士で撃ち合いが起きてただろう。干渉治療のおかげとはいえ、皆の心が一つになった証拠だ」
モードレッドはその言葉に深く頷き、「あの頃はよ……どうなるかと思ったよな。いま振り返ると笑い話みたいだが、実際には地獄だった」と肩をすくめる。ガウェインは小さく息をつき、「……ああ、苦しかった。俺たちもおかしくなりかけたが、よく持ちこたえた」と遠い目をして呟く。

しかし二人とも表情が晴れないのは、勝利があまりに高いコストを伴ったからだ。街が荒れ、仲間が傷つき、干渉治療は過労死寸前の勢いで神官を酷使している。戦局を抑えても、苦難はなお続いている。
「でも、これが俺たちの『勝利と代償』なんだろうな……」
モードレッドがそっと口にすると、ガウェインは黙って頷き、夜風が二人の髪を揺らす。確かに悲惨を回避できたが、代償として多くの疲弊が蓄積された。今後、その傷を癒すには長い時間が必要だ。


さらに夜が深まる中、宵闇の王都では警戒態勢が解かれていなかった。というのも、外縁部でまだ異様な歪みが残っているとの報告があったためだ。小規模な敵ユニットが暴走している可能性があり、完全な終わりには至っていない。
ある歩哨が駆け込んできて言うには、The Order側の「残骸」から新たな艦の小型ユニットが抜け出し、どこかへ潜伏したらしい。王都の兵士たちは血相を変えて捜索の準備を始めるが、指揮を執る者は激戦で疲れ切っている。

「もう勘弁してくれよ……俺たちは休む間もないのか?」
ある兵が半泣きで呟く。誤射を恐れずに済むようになっても、身体の限界は遠慮なく襲ってくる。
「すまんが、耐えてくれ。完全な勝利を手にするにはあと一歩だ……」
上官がそう諭すと、兵は震える脚に力を入れてうなずく。皆、その言葉を自分に言い聞かせるように、疲労を押して動き出す。


夜明け前、かすかに白んだ空の下、カインは王城のバルコニーから見下ろす街の様子を眺めていた。街角には未だ瓦礫が積み上がり、遠方では火の手が消えきらない場所もある。けれど、そこに人々が集まって協力している姿がある。互いを疑わず、助け合う姿がごく自然に見られるのは、まさにこの戦いで取り戻した結束の力だと感じずにはいられない。

「勝利はした。けれど、それがすべてを救ったわけじゃない。まだ治療が必要で、町の復興も待っている。ギネヴィアウイルスは寝ているだけかもしれない……」
カインは静かにそう自問する。すると背後からセリナが歩み寄り、彼の横に並ぶ。
「そうね。私たちも今日一日も休む暇がないと思うわ。けど、仲間がこんなに助け合っている姿を見れば、病も誤射も、きっとこれから防げるんじゃないかと信じたくなる」
カインは微笑み、「ありがとう、セリナ。君たち神官がいなければ、この街は今頃……」と礼を言いかけるが、セリナは首を振る。「いいえ、私たちだけじゃ到底支えきれない。みんなが意志を取り戻してくれたから、干渉治療がうまく機能したんです」


出撃した全隊が戻った後、兵や騎士たちがそれぞれの被害報告をまとめ始める。そこで分かったのは、「死者は少ないが、重傷者や行方不明者が予想以上に多い」という事実だ。地上での混戦では、建物の下敷きになったり、小型ユニットにさらわれたりした人々もいるらしい。勝利はしたが、犠牲がゼロではない。その傷痕が王都の至るところに染み付いている。

リリィが医療区画でカルテを確認し、「負傷者がこんなに……私たち、全部を救えなくて、ごめんなさい……」と弱い声をこぼす。セリナが苦しい表情で、「本当に申し訳ない。でも、もし誤射が多発していたら被害は何倍にもなっていたわ……」と励ます。二人とも自分を責める気持ちが強い。彼女たちの尽力がなければ事態は壊滅的だったに違いないが、それでも目の前の痛々しい現実に心が締めつけられている。

ある少女が泣きながら「お兄ちゃんが行方不明なの……」とセリナに縋りつき、セリナが「必ず探します。騎士団がいま捜索してるから……」と約束する姿を見ると、誤射や暴走を回避しても、なお多くの悲しみがあることを思い知らされる。
まさにそれが勝利の代償――最悪を免れても、痛ましい犠牲は残るのだ。


深夜が迫るころ、カインは再びアリスの病室を訪れた。そこではマーリンがモニターを確認しながら「安定してるが、目覚める兆候は今のところ見られないな」と静かに告げる。
カインはベッド脇に立ち、アリスの白い頬を見つめたあと、囁くように言葉を紡ぐ。

「アリス……俺たち、総攻撃に勝ったよ。誤射もなかった。干渉治療が成功して、円卓騎士団が一つに戻った。だけど、そのぶん傷ついた人も多い。俺は……もっと上手くやれたら、皆がこんなに痛まずに済んだと思うんだ……」

モニターの波形は一定で、アリスからの返事はない。けれども、カインはこの静かな空間でこそ、自分の胸の痛みを吐き出すことができる。勝利に酔う余裕などなく、仲間の苦しみや街の惨状が頭を離れない。

「いつか君が目覚めたとき、俺たちはもっと強くなっているはずだよ……。干渉治療で誤射を防ぎ、ギネヴィアウイルスにも打ち克とうとしている。だけど、勝つたびに、こんなにみんなが傷つくのは……やっぱり辛いんだ」
見舞いの言葉というより、自分を慰めるような独白に近かった。マーリンはそれを聞きながら、静かに目を伏せ、「仕方ないさ、カイン。戦いに代償は付き物だ。それでも、誤射が横行した頃よりは遥かにマシだろう?」と肩を叩く。
確かに、以前のように仲間を撃つ悲劇はゼロだった。これがどれほど大きな救いか。カインは小さく微笑み返し、「ああ、そうだな」としわがれた声で答えた。


朝になると、薄雲の切れ間からやわらかい陽光が街を照らす。巨大戦艦の残骸や、地上で散らばったユニットの破片が掃討されつつあり、王都は復興の息吹を少しずつ取り戻している。かつて逃げ出した人々も、いつの間にか戻ってきて互いに助け合っている姿があちこちで見られた。
それは確かに“勝利”の成果だった。しかし、どこかに痛みや悲壮感が漂うのも事実で、まだ行方知れずの者や壊れた家で困り果てる者がいる。騎士団が総力を挙げても、すべてを救うことは叶わないという現実が突き刺さる。

「ここまで傷を負わずに済んだのが奇跡だが、それでも完全無傷じゃない……」
ガウェインが訓練場を眺めながらそう吐露すると、モードレッドが「だが、一番大事なのは、仲間を撃たなかったことだ。俺たちは少なくともギネヴィアウイルスに負けなかった」と返す。
傍らでトリスタンが静かに首を振る。「勝ったとはいえ、あまりにも多くの血と涙が流れた。誤射だけが戦いのすべてじゃないからな……」
三者三様の感慨がありながら、皆が肯定し合うように短い言葉を交わす。血塗られた戦場で誤射なしに勝てる――それ自体が円卓騎士団にとっては大きな前進で、同時に失ったものの大きさも痛感する局面なのだ。


夕暮れに差しかかり、王都の空が赤い靄を帯び始めるころ、神官のセリナとリリィは通りを回って最後の患者をチェックしていた。熱がぶり返していないか、誤射の予兆はないかを確かめ、問題があれば干渉治療を施す。
周囲の人々は二人が来るたびに「ありがとう」「おかげで家族を安心して外に出せる」と感謝の言葉をかける。逆に二人は「いえ、皆さんが信じてくれたから誤射も抑えられたんですよ」と微笑み返す。そのやり取りが街の至るところで繰り返され、かつての分裂の空気は消え去っている。

「これで、騎士団がさらに結束して戦えるなら……私たちは、ギネヴィアウイルスにも本当の意味で勝てるかもしれないわね」
リリィが疲れ切った顔で笑いながらそう言うと、セリナもほっとした表情でうなずく。「うん……まだ道半ばだけど、こうして皆が手を取り合う姿を見れば、私たちも報われるわ」


深夜、カインは城のバルコニーで風に吹かれながら、遠くの星を眺めていた。誤射を起こさず総攻撃を退けた快挙により、街はもう一度希望を取り戻した。ギネヴィアウイルスの恐怖も、干渉治療のおかげで制御しやすくなった。しかし、目を伏せれば、仲間たちの負った傷や街の損害が心を痛めつける。

「やっぱり、戦いに代償はつきものか……」
カインがつぶやくと、寄り添うようにモードレッドが来て「当たり前だろ。無傷で勝てる戦いなんてねえよ」と言葉を返す。けれどその瞳は、いつもの荒い調子とは裏腹に優しさを宿していた。
「それでも、俺たちは誤射しなかった。仲間を撃たずに済んだ。それだけでも、でかい勝利だろう?」
モードレッドの言葉にカインは無言で微笑み、視線を夜空へ向ける。そこに、昏睡状態のアリスの姿が重なるように浮かぶが、いつか彼女が目を覚ます日まで、騎士団がこの調子で耐えていくしかない。

遠くでガウェインとトリスタンが話し込んでいるのが見える。彼らもまた勝利の喜びと代償の苦さを分かち合いながら、一人一人と向き合っているのだろう。
「俺たち……再結成して、本当に強くなったよな……」
カインがそう呟くと、モードレッドは苦い笑みを浮かべて一言言い放つ。
「ま、そうだな。けど、もっと先があるさ。ギネヴィアウイルスを完全に封じて、王都に笑顔を取り戻してやろうぜ」

勝利という輝かしい結果と、そこに横たわる多くの代償――両方を背負いながら、円卓騎士団は新たな一歩を踏み出そうとしていた。誤射を恐れず、仲間を信じ、神官たちが干渉治療で皆を支え、アリスの眠る日々を守り抜く。
夜空には雲がかかっているが、星々は小さく光を送っている。かつてのように分裂や自己崩壊を迎えることはもうない。騎士団は今、確かに“一つ”になっていた。その結束がどんな代償を伴おうと、次なる困難を超える大きな力を与えてくれるだろう。

こうして王都の長い夜が再び明ける。傷や破壊された街の爪痕は深くとも、人々の胸には仲間への信頼が息づいている。誤射の恐怖を干渉治療で乗り越えたからこそ、円卓騎士団は、今度こそ強く未来を見据えられるのだ。戦いによる犠牲や痛みを抱えながらも、誰もが失った時間と笑顔を取り戻すために歩き出す――それが今回の勝利と代償の先にある景色だった。

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