4.7章 GNO-LANDへようこそ
「あら、あなた達どうしたの?」
そこには、背筋を正して紅茶のカップを傾ける淑女がいた。
(だれ?あの方?)
(クレセントさんよ)
「ソラナちゃんも、ニトロちゃんもこっちにきて落ち着いてお話ししたらいかが?」
「なっ!」
「いつものことよ。クレセントさんは、テンションが上がっているとああだけど。普段は理性的な人なのよ」
この紅茶はおいしいわね。
新しく在入れたものかしら。
などと、感想をもらすクレセント
「よくわかったね。クレセントさん」
「当然よ。だって、香りが全く違うのだもの」
「でも、このくらい初級編じゃない?ネルも、ほら、わかるでしょ?」
「えっ、いつもと同じじゃない?」
「ネル姉ぇ、ちがうよー。クレセントさんの言う通り、今回、葉っぱを変えているの」
「そうだったのね」
「ふふふ、相変わらず、そういう変化には鈍いのね」
「あなたが鋭すぎなのよ」
「さぁ、私が話しすぎちゃったらね。ニトロちゃん。お願い」
「せっかく、メインで用意してくれたのだから、おいしいところは、ね」
「うん」
そういって、隠し持っていたクラッカーを皆が一斉にソラナへと向けて放った。
「うぁわ!」
急にクラッカーを放たれて、驚くソラナ
「あなたって意外にビビりなのね」
「ちょっと、今のはあなた達がいきなりやるからよ」
「でも、ありがとう」
「まだ、お礼を言うのは早いよっ!」
そういうとニトロがテーブルクロスをさっとどかした。
そこには、ローストビーフやら、揚げ物やら、お寿司が所狭しとならんでいた。
お寿司に至っては、ネタが光を放つくらい新鮮なものだった。
家庭的ではあるが、明らかに量がおかしかった。
「これは!?」
「これはね。我が家の宴セットよ!」
ニトロの代わりにセンチネルが胸を張り、堂々と言い放つ。
「もう!ネル姉ぇ、それ、私が言いたかったのに!」
「ごめんごめん。先にいっちゃった」
「ニトロ、ありがとうね。用意してくれて」
そういって、ニトロの頭をなでるセンチネル
少し恥ずかしがるも、まんざらでもないニトロ
(姉妹ね)
「なーにボケっとしているのよ」
「あなたもいらっしゃい」
「あなたの歓迎会なのだから」
そういって、センチネルは、ソラナを抱き寄せる。
スポっとニトロと反対側に収まるソラナ
不思議と心地よいおさまりに、『悪くないわ』と思った。
「皆んな、早く食べ始めましょう」
「でないと、折角、ニトロが作ってくれた料理が冷めてしまうわ」
「うん、そうね。じゃあ、みんな着席」
そういうと、ソラナをお誕生日席に座らせてグラスを用意し始めるセンチネル
「さぁ、今日はおめでたい日よ」
「おめでたい日といったら、これね」
そういって、まるで魔法の様にシャンパンボトルの様なものを何もない空間からとりだすクレセント
そこには、ブロックタイムアルター/GNOと記載されていた。
「ナイスよ!クレセント」
「やったー!」
センチネルとニトロが喜ぶ
「さぁ!飲むわよ!」
テンションの上がり切ったセンチネルが先導する。
グラスを渡し、ブロックタイムアルター/GNOを注ぐ。
それは、黄金色に輝きながらも甘い香りを放っていた。
普段飲まれる外宇宙の文化を模して造られたビールともスパークリングワインとも異なる特殊な色と香りを放っていた。
時簡の経過とともにグラデーションが変化し、香りの強弱も揺れる。
マニアの間では『揺らぎのひととき』と呼ばれるそれがグラスを満たす。
「じゃあ、ソラナちゃんが我が家の一員となったことを祝して!」
そう高らかに宣言したセンチネルの言葉をクレセントが引き取る。
「かんぱーい!!」
その掛け声とともに乾杯、そして、みんな一気にそれを飲み干した。
「おいしーー!」
「うん、流石、クレセント・セレクションの逸品ね」
「ソラナちゃん、どう?お味は?」
「うん、わたくし、お酒は飲んだことがなかったから、はじめてで」
「えっ!てっきり、毎日がぶがぶ飲んでいるように思っていたのだけどちがったの?」
「『ええい!今日の仕事はこれで終わり!あのブリッジ先の意識体。めっちゃ偉そうでむかつきましたわ!』とかいいながら、高級ワインを空けているイメージだったわ」
お酒が入り、ハイテンションモードに突入したクレセントがウザ絡みをする。
「そんなことしないわよ!」
「じゃあ、どうしていたの?」
「わたくしには、そんな時間はなかったもの」
「忙しかったの?」
「忙しい?ですって!?」
その一言がソラナの怒りに火をつける。
今まで、一人で頑張ってきた彼女
FTTを取込み、パーフェクトになり、全てを完璧以上にこなす事を自分自身に強いてきた彼女。
FTTが取り払われアルコールで隙間が生まれた彼女に、その一言は、心を揺さぶるのに充分な一撃だった。
「あいつがいなくなるから!わたくしがどんなに大変だったことか!」
ついには堰を切ったようにソラナの愚痴が始まってしまった。
ご飯を食べながらも、ソラナの話しは止まらない。
「でも、その『フォックス』って人もひどいわよね。いきなりいなくなるなんて」
「ええ、何が『後は頼んだぞ』よ。残される身にもなりなさいよ」
「そのくせ、自分は、体をデバイスに移してさっさと隠居してやがりますの。やってられませんわ」
そういって、お酒のお代わりをクレセントに催促するソラナ
「ソラナちゃん、ちょっと飲みすぎだよ」
「いいのよ!こういう時は飲みすぎるぐらいが丁度いいって、フォックスもいってましたわ」
「まぁまぁ、いいじゃない。たまには。ほーら、ソラナちゃん、あーん」
そういって、ソラナにローストビーフを食べさせるクレセント
「おいしーーーい!」
すっかり開放的になったのか、全身で感情を表現するソラナ
元来は、天真爛漫な少女なのだ。
「ソラナちゃん、流石に飲みすぎだよー」
「いいの!ニトロも飲みますわよ」
そういって、ニトロのグラスにお酒を注ぎ始めるソラナ
「私は、これ以上飲めないよ!」
「わたくしの杯を受け取れないのですか、ニトロ」
厳しい言葉とは裏腹にお目目をウルウルさせながらニトロを見つめる。
(まるで幼子の甘え方じゃない)
(って、何か私の方が悪いことしているような気に)
(いけないいけない、ここははっきり言わなきゃ!)
「ソラナちゃん!そんな分からずやには、デザートは出しませんよ!」
さっと、デザートで出す予定だったパイを見せる。
それは、ブロックタイムの実をふんだんに使用したパイだった。
「何なのですか!そのおいしそうなデザートは!」
「ブロックタイムの実を多用した我が家自慢のパイよ」
「さぁ、これを食べたかったら、お酒を切り上げてちゃっちゃとお風呂に入って目を覚ますことね」
「さもないと」
「さもないと?」
「これ、私とネル姉ぇだけで食べちゃうわ」
「それはいや!」
「ねぇ、なんで、私も叱られる側に入っているのかなぁ!?」
「クレセントさんは、ソラナちゃんにお酒を盛ったでしょ」
「だから、叱られる側よ」
「うにゅーー」
そういって、クレセントはうつぷしてしまった。
しかし、即座に回復した。
(そういえば、『お風呂に入って、目を覚ましなさい。そういったわね』)
その瞳は、何を考えているのかわからない。
いや、ろくでもない事を考えている瞳に見えた。
「さぁ、ソラナちゃん、目を覚まして仲良くデザートを頂くわよ」
「ええ」
「その為に、まずはお風呂に入って目を覚ますといいわ」
「さぁ、一緒にいきましょ」
「ええ」
そういって、クレセントがエスコートするようにソラナの背中を支え浴場に連れていく。
「ちょっと!!そこの犯罪者!まちなさい!」
「ソラナは、私が入れるから別々にいくこと」
「ネル」
まじめな声で振り返るクレセント
「私は研究者よ」
「知っているわ」
「私は未知なるものを探求することで次への扉を開くの」
「いい、探求とは、知らないものを開拓する思考と思われているけれどそうではないの」
「その行いにこそ、意味があるわ」
「で」
「私は、ソラナちゃんという未知を知る為に彼女とコミュニケーションをとるわ」
「どんな?」
「裸の付き合いよ。肌と肌のぶつかり合い、すなわちセ」
「いわせないわ!」
そういとセンチネルはクレセントの胴回りを掴み、のけぞるように床にたたきつける。
見事なバックドロップが決まった。
「げふぅ!」
「さぁ、私が押さえているうちにニトロ!行ってしまいなさい」
「ネル姉ぇも人のこと言えないくらい飲まれているね」
「台所に、回復用のお薬があるから、それ、ちゃんと飲んでね」
「わかったわ!」
「力強いなぁ~」
「と、ソラナちゃん、お風呂いこー」
「ええ、よくってよ」