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再観測:星を継ぐもの:Episode8-1
Episode8-1:星の回廊
蒼黒い宙の深淵を流れる星々の帯――そこは誰もが「星の回廊」と呼ぶようになった神秘の宙域だった。要塞の周囲には危険だらけの宙域が幾つもあれど、ここはとりわけ幻想的な風景をたたえている。見上げると、まるで闇の海の中に銀色の川が一本走っているようで、大小無数の星の欠片が集まっては散り、互いに引き寄せあいながらゆっくり回転を続けていた。
カインは銀の小手のコクピットから、その景観をしばし見とれていた。静寂の中にキラキラと輝く無数の星屑――だが、その美しさは一見の価値こそあれ、この「星の回廊」を越えねば要塞のさらに奥へ進めないことを思い出すと、心が引き締まる思いだった。
「まるで、宙に散らばった宝石みたいだな」
カインが低くつぶやくと、隣の席に座るアリスが少し微笑む。
「うん、そうだね。綺麗だけど……どこか儚いわ。下手に近づけば岩塊がぶつかってくるし、観測光も不規則で危ない」
彼女の声には穏やかな調子が混じっていたが、瞳の奥には深い警戒が宿っている。この先、星の回廊がどんな罠を隠しているか、まだ誰もわからないからだ。
アーサーのエクスカリバーが横合いに位置しながら通信を開く。「カイン、アリス。どうだ、回廊の先にドローンや砲台の残骸などは見えるか?」
「いや、こっちから見る限り、ドローンは確認できない。静かなもんだよ。静かすぎて逆に不気味だな」
カインはレーダーを再点検しながら答える。アーサーは小さくうなずく声が聞こえて、「わかった。ガウェインとトリスタンが後方を固める形で、俺たちがゆっくり先に進む。何かあればすぐ報告するんだ」と指示を出す。
後方にはガウェインのガラティーンと、トリスタンのフォール・ノートが続き、計4機の円卓騎士団が連携を保ちながら「星の回廊」へと滑り込んでいく。王国艦隊の主力は、要塞正面に展開しているが、ここは回廊を利用して側面を攻略できる可能性があると睨み、円卓騎士団が先行偵察に来た形だ。
宙に散りばめられた星屑の粒子が、左右から絡みつくように押し寄せてくる。あちこちに漂う岩の欠片は大小さまざまで、衝突すれば大破しかねない危険がある。カインはスロットルを慎重に操作し、アリスが観測光スキャンで周囲の位置関係を描き出すのをサポートした。
「ゆっくり行こう。この岩を避けながら進むのは、アステロイドフィールドみたいで厄介だ」
アリスが思わず苦笑まじりに言うと、カインが「そうだな、昔見た映画みたいだ」とちょっと楽しげに返す。だが気は抜けない。少しでも計器が乱れれば、星の破片に突っ込むかもしれないし、敵が潜んでいる可能性もある。
アーサーが通信を入れる。「どうやら、ここの観測光が不規則に乱れている。星々の群れが自然に放つものか、それとも要塞側が何か仕掛けているのか……。アリス、何か感じるか?」
アリスは画面を見つめながら首を振る。「細かいノイズはあるけど、意図的な干渉波は感じられないよ。もしかすると、自然現象に近いかもしれない。ただ、先へ進めば流れが変わるかも……」
「そっか。油断はしないほうがいいな」
アーサーの声には落ち着きがあるが、その裏には慎重さが漂っている。彼は最近負傷した腕の痛みもこらえて操縦しているが、動きは乱れない。さすが円卓騎士団のリーダーというべきだ。
後方を飛ぶガウェインの盾にパチパチと微細な粒子が当たる音が聞こえる。「結構こすれてくるな。大きい岩にでもぶつかったらシャレにならねぇ。まあ、こういう危険地帯を利用して、要塞の側面へ回れたらラッキーってわけか」
「ただあまりのんびり行ってると、敵に嗅ぎつかれるかもしれない。トリスタン、レーダーに敵影は?」
アーサーが振り返るように尋ねる。トリスタンはすっとスコープを調整しながら「いまのところ反応なし。岩の背後にドローンが隠れている形跡もないな。これで何もなければいいが……」と答える。
そんなふうに、円卓騎士団が低速で星の回廊を進んでいくと、やがて前方の岩場が開けるようにぱっと視界が広がり、そこにまばゆい回廊めいた空間が現れた。無数の星屑が縦横に連なり、巨大な橋のような形成を作っている。岩と岩の間に観測光が糸のように絡み合い、光の川となって流れているかに見える。確かに回廊と呼ぶにふさわしい光景だった。
「うわぁ……綺麗だな」
カインが思わず感嘆の声を上げる。アリスも「ほんと……こんな場所が小宇宙の中にあるなんて」と息を呑む。視覚的には美しいのだが、その背後にどんな危険が潜んでいるかは未知数だ。
アーサーが感心したように「これが“星の回廊”か。実際に見ると壮観だ」と言うが、次の瞬間に警報がピリリと鳴り響く。トリスタンが通信で声を張る。「何かいる。……岩陰に微かな反応……複数。敵ドローンかもしれない」
「やはりな。皆、散開して警戒しろ。真ん中を突っ切ると危ない」
アーサーが指示を出し、4機は周囲を円陣気味に囲むように動く。警報音が強まり、岩の背後から複数のドローンが舞い出してきた。今回は前に戦ったものとは異なる形状をしており、より細長く、光の弓のような部分を背負っている。
「なんだ、あの形は……」
ガウェインが盾を構えながら面食らう。ドローンがひとつ弓のような背部を開き、そこから観測光の矢を放つかのようにビームを撃ってきた。きらめく光の筋がカインの銀の小手を狙い、紙一重でかわしたが、弾道が射線上の星屑を貫き、岩を砕いて粉塵を散らす。
「やたら射程が長いな。弓兵ドローン……ってところか」
トリスタンが迎撃を開始し、ライフルで反撃するが、相手も敏捷な動きで隙間をすり抜ける。アリスは干渉を混ぜながらカインの機体をサポートし、「弾道が極端に細くて速い……厄介だよ」と歯噛みする。
ガウェインが盾でビームを受け止めながら前進しようとしたが、その連射の鋭さにあっという間に盾が焼かれそうになる。アーサーの剣ビームが一体を仕留めるが、周囲にはまだ十数機が浮遊しているようだ。
「カイン、横から抑えられないか?」
アーサーが要請するが、カインは崩れた岩塊を避けながら苦渋の表情を浮かべる。「くそ、こりゃ当てづらい……」
「もう少し干渉力を使って、敵の狙いをそらそうか?」
アリスが申し出る。カインは彼女の顔色を見ながら「頼む」と答える。すると青い干渉波が広がり、ドローンの射線がわずかに乱れる。その一瞬を狙ってカインがキャノンを放ち、2機ほどドローンをまとめて撃破できた。
「ナイス、アリス!」
カインが声を上げるが、すぐに別方向から弓ビームを受ける。ギリギリ回避したが、岩の破片に接触して機体が軽く揺れた。トリスタンが後方で精密射撃をしてくれているが、岩が多いせいで照準も限られ、命中率が悪い。ガウェインとアーサーは盾や剣ビームを使い、じわじわと前進しながらドローンを削っていく。
岩塊が舞い、粉塵と光の矢が交錯する戦場は混迷を極める。あちこちで小爆発が起き、星の回廊の美しさが灰色の煙にかき消されていく。カインたちは何度も危うい場面に陥りながらも、連携の妙でドローンの数を少しずつ減らしていく。
やがて、全体の半分以上を落としたころ、残ったドローンが一斉に退避行動をとり、散り散りに星の回廊の奥へ逃げていった。アーサーはそれを追わず、息をつきながら編隊へ指示を出す。
「よし、撤退したか……。あそこへ深追いすれば、さらに罠があるかもしれん。いまはここまでだな」
ガウェインは盾に亀裂が入り、やれやれと肩を回す。「また盾が……とにかく、ここは通るのが厄介だ。数は少なかったが、このタイプのドローンは射程が長く弓を使う……あとで報告だな」
トリスタンが淡々と分析する。「星の回廊はきれいだが、敵も効果的に配置している。恐らく回廊の先へ近づけばもっと手強い防衛が出るかもしれない」
アリスは短い息をついて、「うん……しかも、さっきからまた頭の片隅に声が――」とつぶやきかけて口を閉じる。ここで言えば仲間が心配するし、今は戦闘が一段落している状態。自分の混乱を大きくするだけかもしれない。
(ごめん……あとでもう一度、落ち着いて考えよう)
そう決めて、アリスはモニターを確認する。カインが「大丈夫か、アリス?」と訝しんだが、彼女は笑顔を返し、「うん、平気。ちょっと疲れたけど」と短く答えた。
カインもそれ以上は追及せず、「このまま回廊を突破するか、一度戻るか……」と周りを見回す。アーサーが頷き、「ドローンがまだ奥に潜んでいるなら、いま無理に踏み込むのは危険だ。いったん状況を報告してからだな」と判断した。
偵察としては十分。星の回廊が要塞側面へ通じる可能性はあるが、敵がしっかり防衛を敷いていることもわかった。円卓騎士団は小さな損傷を受けながらも大崩れはせず、帰路につく。
艦隊がいる宙域まで戻ると、周囲のスペースが少しざわついている様子が見て取れた。だが重大な混乱はなさそうだ。ドックへ着艦すると、整備班が駆け寄って来て機体の状態を急ぎチェックする。ガウェインの盾はまたしてもボロボロだが、本人は「弓ドローンとか、めんどくさい奴だったよ」と吐き捨てる。トリスタンは弾薬を消費した分を補填依頼し、アーサーは管制官へブリーフィングに向かった。
カインはアリスがしんどそうにしているのを見つけて、心配げに声をかける。「アリス、ほんとに平気か? さっきから顔色がよくないんだよ。どこか痛むのか?」
アリスは少し唇を噛んでからうなずく。「頭がズキズキするの……たぶん、観測光の使いすぎかもしれない。でも、大したことじゃないから……少し休めば平気。ありがとう」
「俺たちと違って、お前は干渉力とか使ってる分、負担がでかいんだから。ちゃんと医務室で見てもらえよ」
カインが温かい目で見つめると、アリスは申し訳なさそうに「うん……後で行くね。今はもう少しだけ……」と俯く。その様子を横目で見たガウェインが首を振り、「無理すんじゃねえぞ、アリス」と軽く言って、そのまま整備士に捕まるかのように盾を抱えていってしまった。
それから数十分後、アーサーが戻ってきて、みんなを呼び集めた。艦隊司令部が星の回廊周辺での防衛状況を把握したいらしく、偵察データを共有して作戦を練り直すとのことだ。カインやトリスタン、ガウェインがブリーフィングルームに入ると、神官隊や技術班の面々が既に待っている。
アリスは少し遅れてやってきた。顔色は相変わらず冴えないが、必死に笑みを作って席に着く。カインは気にしながらも、それを大きく口にすることは避けた。
モルガンが会議の先頭に立ち、「円卓騎士団のみなさん、お疲れさま。星の回廊でのドローンとの交戦記録、こちらも拝見しました。どうやら敵は本腰を入れて回廊を守ろうとしているようです」と切り出す。
技術班のヨナスがスクリーンを操作し、星の回廊のマップを拡大する。「岩塊が自然に浮遊しているため、あまり艦隊を大きく送り込めない。もし要塞側面を攻略したいなら、精鋭のみの小規模突入になるでしょうね。今回みたいにドローンが潜んでいると、さらに厄介になる」
ガウェインは腕を組み、「要塞正面はあのエース機がうろついてるし、回廊を回って側面から行こうにも弓ドローンが控えてるし……どうしろってんだ」と舌打ちする。
トリスタンは落ち着いた様子で「単独では突破不可能に近い。ただ、もし重力反転領域から背後を突く作戦がうまくいけば、回廊と反転領域の二面を同時に使って、要塞を挟み撃ちできるかも……」と提案する。
「しかし、それには膨大な準備が要る。結局、時間を稼ぎつつ、少しでも要塞内部の構造を探る必要があるだろう」
アーサーが腕を組んでうなずく。モルガンが合いの手を入れ、「そのとおり。観測制御装置の改良は進んでいるし、要塞内部の地図も部分的に解析が進んでいるけど、あのエース機がまた出てきたら……」と話を止める。
そこへアリスが、唐突に思いついたように口を開いた。「あの、もし回廊を抜けた先に、何か“星の神殿”みたいな施設があったら……そこを利用して内側へ潜りこめないかな? 何か手がかりがあるかもしれない」
神官隊の一人が「星の神殿?」と不思議そうに聞き返し、アリスは首をかしげる。「いえ、はっきりした情報はないの。でも、星々が流れる回廊の奥に……そんな施設があるような予感がするんです。私も何か声に……」と、そこまで言いかけて胸を押さえる。
「アリス、また頭が痛むのか?」とカインが慌てて近づくと、彼女は「ううん、大丈夫」と微笑もうとするが、その表情は苦しげだ。モルガンは怪訝な顔で「アリス、何か思い出しかけてるの?」と問う。アリスは戸惑いながら「まだはっきりしないけど、星の回廊の先に何かがある気がして……ごめんなさい、根拠は何もないの」と視線を落とす。
「直感かもしれないが、アリスの予感はこれまでも当たってきた。……確かに調査に値するな」
アーサーが頷き、周囲も反対はしない。アリスを責める理由もないし、彼女が観測光や干渉力の核心に近い存在であることは皆が知っている。
やがて作戦会議は終わり、それぞれの部隊が次の手を考えることになる。カインはアリスを医務室へ連れていこうとするが、彼女は軽く断り、「大丈夫、少し寝れば落ち着くと思う」と言うので、渋々承知する。
二人で廊下を歩いていると、アリスがふと立ち止まり、カインに小声で話しかけた。
「ねえ……さっき言った、星の神殿みたいなイメージ、本当に浮かぶの。回廊の奥で、私を待ってる場所がある……っていうか。そこへ行けば、何か大切なことがわかる気がするんだ」
「そうなのか。じゃあなおさら、身を守るためにも体調を整えないとな。俺たちが一緒に行くから、あんまり無理をしないでくれ」
カインが柔らかい声をかけ、アリスは少し安堵したように笑みを返す。「ありがとう、カイン。あなたたちがいるから、恐れずに進める。もしまたあの声が聞こえてきても、きっと……平気」
声――“目覚めないで”“眠りつづけて”という謎の呼びかけ。アリスはそれが何を意味するのかまだ理解できないまま、それでも前へ進むしかないと思っている。
もしあの神殿のようなものが実在し、そこにユグドラシルの鍵があるなら、自分の正体やこの世界の仕組みも見えてくるかもしれない――そんな希望が小さく胸を照らしているのだ。
数時間後、アリスは部屋で身体を休ませていた。カインは定期的に様子を見に来るが、仕事柄ずっと側にいられない。彼女は意外と落ち着いた表情で宙を見つめ、考え事をしている。
(私は、あの回廊の先へ行かなくちゃいけない。たぶんそれが……私の“声”に関する手がかりになる。目覚めるなというのは誰? 私自身? それとも、上位の何かが……)
思い詰めそうになるところを、ふっと笑みがこぼれる。カインや仲間たちが支えてくれると信じれば、怖さはやわらぐ。今回の“声”は何かの予兆――そう捉えて突き進もう、と決意する。
同じころ、要塞の深部でも何かが動き始めているらしい。遠方でドローンの異様な航跡が確認されたという情報が入るが、詳しい状況は未知。エース機も修理中なのか姿を見せない。星の回廊は静寂を取り戻しているが、その奥から不穏な気配が漂う気がしてならない。
“アリスの声”は、やがてどんな形をもって彼女の前に現れるのか――あるいは回廊の先に待つ星の神殿が、それを教えてくれるのだろうか。
翌日、カイン、アリス、アーサー、ガウェイン、トリスタンが再び集まり、回廊再調査の話題が上がる。アリスが要望していた「回廊の奥へ踏み込む」件を本格的に考慮することになったのだ。艦隊全体で行くわけにはいかないため、小規模な部隊を編成し、急襲や偵察を併用しながらの探査になる。
アリスは少し緊張した面持ちで、しかし強い意志を込めて言う。
「たぶん……あの先には“星の神殿”みたいな場所があるんじゃないかと思うの。私が勝手にそう感じてるだけだけど、行かずにはいられない、というか……」
ガウェインは盾を背に抱えながら鼻を鳴らす。「お前がそこまで言うなら付き合うさ。前回みたいにドローンや弓兵型が出るかもしれんが、俺たちも慣れてきたしな」
トリスタンもライフルを抱いて、「面白そうだ。要塞の主力が出張ってこなければ、なんとかなるかもしれないね。引き際も肝心だ」と冷静に返す。
アーサーがうなずいてまとめる。「よし、ならもう一度回廊へ突入しよう。星の神殿かどうかはわからないが、もし手がかりがあるなら見逃せない。我々の作戦は要塞攻略だけじゃない。ユグドラシルの謎も解明しなければならないんだ」
カインはアリスの横顔を見つめ、「不安そうな顔してるけど、大丈夫か?」と声をかける。すると彼女は目を伏せて微かに笑う。「うん、今は不安より期待が大きいかも。行けば何かがわかる。私、気がするんだ」
「だったら、俺らが付き合うのみだ。行こう」
カインが意気込むと、皆が頷き合い、支度を始める。星の回廊で弓ドローンをはじめとする防衛部隊にまた遭遇するリスクは高いが、それでも進まねばならない。アリスの中にある“声”、そして“星の神殿”――それが新たな扉を開くかもしれないからだ。
こうして、円卓騎士団は再び星海を飛び立ち、星の回廊の奥へ向かって旅立つ。アリスはコクピットで深呼吸し、カインに聞こえないほどの小さな声でつぶやく。「待ってて……。私、行くから。あなたが誰なのか、ちゃんと確かめたいから……」
その言葉は、もしかしたら彼女の心の中の“声”に向けられたものなのかもしれないし、あるいはそのもっと奥にある存在へ届くかもしれない――。外の宙には、相変わらず無数の星の光が流れ、要塞の闇がうごめいていた。闘いが再び始まるのは、そう遠くない。だが、今の彼女は少しだけ迷いが晴れ、思いを抱えて踏み出す決意を固めていたのだ。