再観測:星を継ぐもの:Episode8-3
Episode8-3:コアとの邂逅
月明かりならぬ、星々の煌めきが通路を照らしている。ここは小宇宙の深部、王国艦隊が駐留する拠点からさらに奥へと進んだ宙域。漆黒の闇を背景に、まばらな星の塵がきらきらと瞬きながら漂っている。
円卓騎士団――カインたち四機は、要塞を経由しつつ突き止めた「コア」と呼ばれる地点へ向かうため、小型艦隊を率いて再び出撃した。艦隊と言っても、本格的な攻勢というよりは、前線偵察を強化した程度の規模だ。大部隊を動かすにはリスクが高すぎるし、要塞の主力が動き出せば容易に壊滅しかねない。ならば精鋭が最小限で突き進み、敵を翻弄しながらコアに辿り着くのが得策だと判断されたのだ。
カインの搭乗する銀の小手のコクピットには、アリスが隣席で画面を見つめている。彼女は先日、星の回廊で発見した結晶の断片から自分の記憶を少しだけ取り戻した。ある種の“観測光の大樹”――ユグドラシルを思わせる映像。それが大きなヒントとなり、さらに深部に存在するとされるコア部へ近づける道筋が浮かんできた。
「カイン、ここの宙域も、回廊でのノイズが混ざってる。だけど……」
アリスが小さく眉をひそめ、苦しそうに続ける。「同時に、星の回廊のときほど強い干渉は感じない気がするの。わりと動きやすいかも」
「なら何よりだ。無理はするなよ」
カインはスロットルを丁寧に操作して、機体を安定させる。真っ黒な背景に散りばめられた無数の粒子が、星雲のように揺らめきながら視界を彩っていた。
通信チャンネルが開き、アーサーの落ち着いた声が入る。
「全機、聞こえるか? 先の前哨偵察で判明した座標まで、あと十分ほどの距離だ。そこがThe Orderの“コア”に近い領域だと言われている。だが、敵が潜んでいない保証はない。しっかり警戒しろ」
「了解。ガウェイン、トリスタン、こちらの状況はどう?」
カインが呼びかけると、ガウェインが盾を装備した機体を飛ばしながら応じる。
「今んとこ静かだな。前方に微弱な観測光反応があるが、ドローンの類なのか自然なものなのか判別できねぇ」
続いてトリスタンの落ち着いた口調が続く。「僕のスコープでも特に敵影は捉えていない。だが見通しの悪い宙域だ、虚を突かれないようにしよう。もしあのエース機がまた現れたら、苦戦は必至だからね」
言葉を聞くと、カインは腹の底が少し冷える思いがした。あのエース機との激闘が昨日のことのように脳裏をよぎる。しかし、怖気づいている暇はない――あれを超えなければ、この先の突破は見えないからだ。
銀の小手が微かに揺れ、アリスが身体を支える。「アリス、平気か?」とカインがすぐ確認し、彼女は深呼吸して「うん……少し頭が重いだけ。大丈夫」と、首を振ってみせる。
そんな静かなやり取りを交わしているうちに、前方の星屑が連なった一画が見え始めた。そこは岩や小彗星の欠片が群れを成し、巨大な円環のように宙を取り囲んでいる。輪の中央部にはわずかに空洞があって、淡い光が揺らめいているのが遠目に見える。
「ここが……座標の示す“コア域”なのか?」
ガウェインが盾を整えつつ呟く。アリスはコンソールを確認し、「観測光の濃度が上がってる……ここが本当にコアへ通じる入口かもしれないよ」と低く言う。
カインは眉を上げ、「なるほど。要はあの輪っかの内側を通り抜ければコアへ近づけるってわけだな」とうなずくが、その安易な結論をアーサーが戒めるように言う。
「だが当然、敵の防衛網がないとは思えん。皆、慎重に進むぞ。何か仕掛けがあれば即座に対処だ」
「任せとけ! ここで俺の盾が役立つんだよ」
ガウェインが意気込み、トリスタンが黙ってスコープの調整を続ける。
円卓騎士団が輪の外周に到達すると、ガウェインが前に出て盾を構えたまま、ゆっくりと狭い隙間を覗くように進む。どこからビームが飛んできてもいいよう、アリスの干渉力も控えにある。アーサーは剣ビームの出力を上げ、カインはミサイルを準備して、いつでも反撃できる態勢を保っている。
しかし、奇妙なくらい平穏が続き、何の抵抗もなく輪の内側へ進入できそうに思われた瞬間、激しい振動が宙を揺らした。
「くっ……地震か?」
もちろん宇宙空間には地震はない。だが、その振動は明らかに星々を巻き込むように共鳴し、岩の輪が大きく軋み出した。ガウェインの盾にバチバチと光の火花が散り、アーサーが「何か仕掛けが動いたのか!?」と叫ぶ。
すぐに回答が得られる。岩の輪の内壁から大小のドローンがぞろぞろと飛び出し、観測光ビームをこちらへ撃ち込んできたのだ。まるで壁の中に隠れていたような数だ。
「やっぱり来やがったか!」
ガウェインが盾でビームを受け止めながら後退し、カインがキャノンで迎撃する。トリスタンの射撃も火を噴き、爆発が星の暗闇を染める。アーサーが輪の外周を回りつつ剣ビームで何機かのドローンを斬り捨てるが、敵もかなりの数がいる。
「アリス、干渉を頼む!」
カインが声を張ると、アリスはコクピット内で歯を食いしばり、「わかっ……た……!」と集中。青い干渉力が広がり、一部ドローンの弾道がずれた。散漫になった敵ビームをアーサーやガウェインが弾き落とし、トリスタンが狙撃で対処する。
かなりの火力ではあるが、円卓騎士団も慣れた連携でじわじわとドローンを削っていく。しかし、そこで敵の増援らしき波がまた現れ、状況は一進一退だ。
「こんなに数がいるってことは、コアへの入口が近い証拠かもしれない……」
カインが苦々しく言いながら、弾幕をかいくぐりミサイルを撃ち込む。爆発が輪の外側で連鎖し、岩の破片が飛び散る。トリスタンがフォローするかたちでビームを重ね、ガウェインが「俺を狙うな!」と盾で攻撃を引き受ける。
その援護を受け、アーサーが空いたスペースを前進し、輪の内側へ深く入り込む。ドローンの横腹を捕らえ、剣ビームで一掃する。
しばし熱戦が続いたのち、敵は被害を嫌ったのか再編のためか、一斉に退避行動を取った。輪のさらに内側へ消えていくドローンが多く、円卓騎士団は追撃しようとするが、アーサーが「罠の可能性もある。いったん態勢を整えるぞ」と指示する。ガウェインは盾を見下ろして少し舌打ちし、「何とか壊れずに済んでよかったぜ」と安心する。
カインは銀の小手のダメージを確認し、翼端が焦げているのを見て「ああ、いつものことか」と苦笑する。アリスは干渉を多用したため少し息を切らしているが、さっきよりは落ち着いているように見えた。
「ありがとう、カイン。今のところ無理なく干渉できた……それに、輪の奥がどうなってるか、確かめたい」
アリスが弱々しく微笑む。カインは視線をそっと合わせ、「辛そうだけど、本当に行くのか? コアってのはもっと先だろ?」と尋ねる。アリスは小さくうなずく。
「うん……行きたい。そこに何があるのか、知りたいの。自分の断片とも関係あるかもしれない。心の片隅で呼んでる声が、あの先にあるって……」
「そっか。わかったよ。なら慎重に進もう」
カインはアリスの決意に押されるように再び操作へ戻る。アーサーに合図すると、彼も覚悟を決めた口調で「皆、もう一度ドローンが来るかもしれないが、輪の奥へ進入する。敵が引いた以上、こちらも逃げるわけにはいかないだろう」と宣言する。
ガウェインとトリスタンが準備を整え、4機は再びフォーメーションを組んで狭い隙間から輪の内側へ入り込んでいった。
輪の内側は先ほどと違って、がらんとした空間が広がっていた。周囲に巨大な岩盤が壁のように立ち塞がり、暗い洞窟の中に入り込んだような感覚を与える。微かな光が天井へと反射しているが、正体不明の観測光があちこちで青白い火花を散らす。
カインが慎重に推進力を抑え、「これ、まるで洞窟の奥へ分け入るみたいだな」とつぶやく。アリスは地図を確認して、「多分、ここを抜ければコアへ近づく通路みたいな空間があるはず。だけど、敵が絶対いると思う……」
その言葉に応えるように、遠くで何かが金属を擦るような音が響く。アーサーが剣ビームを横に構え、「来るぞ。見えないが、気配を感じる」と周囲に警告する。ガウェインが盾を上げ、トリスタンがライフルを準備。カインもミサイルポッドのカバーを外す。
だが数秒が経っても攻撃は始まらず、むしろ空気が張り詰めるような静寂が増していく。ある種の緊張感が爆発しそうに膨れ上がったとき、アリスが「待って、あれ……」と小さく声を上げる。
洞窟の奥がぼうっと明るくなり、何かがこちらへと近づいてくる。光の輪郭は人型に近いが、サイズは明らかに戦闘機並み。まさかまたエース機かと皆が身構えると、それはゆっくりと宙を漂って姿を露わにした。
しかし、先のエース機とは形状が違う。丸みを帯びた外装に、まるで仮面のような顔面部がある。観測光がオーラのように漏れ出し、霧状のエネルギーをまとっている。敵意を感じないわけではないが、すぐに攻撃してくる気配もない。
不思議な沈黙が続き、カインがミサイルのトリガーに手を置こうとした瞬間、その人型が淡々とした声を響かせた。
「……招かれざる客か。だが、ここまで来るとは……」
人の言葉だ。いや、少なくともこちらが翻訳しているような感覚がある。機械的な響きが混じる音声が、洞窟内で反響している。円卓騎士団がぎょっとした反応を示すと、人型はゆっくり手を挙げ――観測光の波紋を放った。
「来るぞ……!」
ガウェインが盾を構えるが、その波紋は攻撃ではなく、ある種のスキャンのようにも見える。周囲の空間がキラキラと染まり、カインは思わず息を飲む。「これって、干渉の一種か……?」
アリスが額を押さえ、「頭が……痛い……!」と声を漏らした。どうやらその波紋はアリスを直接探るように作用しているらしい。カインが慌てて操縦桿を握り、「やめろ!」と叫び、ミサイルを発射しようとする。だが相手は一瞬で回避姿勢を取り、まるで風に溶けるように移動し、波紋をさらに増幅させてきた。
洞窟全体がきしむ振動を帯び、天井から細かい岩が落ちてくる。ドローンの大群が攻めてくるより厄介かもしれない――そう思う間もなく、人型が再び声を発した。
「……ユグドラシルの子……目覚めるな……ここがあなたの終着……」
アリスはその言葉に、はっと目を見開く。声――そう、あの“声”と同じ響きだ。自分に「目覚めるな」という囁きを届ける存在。しかし、なぜここにいる?
「あなたは……!」
アリスが苦しみをこらえつつ問いかけるが、相手は答えず、観測光をビーム状に収束させると攻撃を放ってきた。ズバリと鋭い閃光が空間を切り裂き、ガウェインの盾を直撃する。彼は「ぐわっ!」と息を呑むが、なんとか踏ん張る。
「ちくしょう、会話どころじゃねえ!」
ガウェインが弾き飛ばされながら叫ぶ。トリスタンが狙撃するが、人型は動きが異様に速く、回避行動も観測光を使っているのか、ヒュッと消えるように軌道を変えてかわす。
アーサーが剣ビームを振るい、追撃をかけるが、やはり相手の干渉が強く、射線がうまく通らない。カインがミサイルを撃ち込むが、洞窟の天井を崩しかねない危険があり、フル火力は使いづらい。
「アリス、相手とコンタクトを取れないのか? お前の“声”の主なんだろ?」
カインが必死に呼びかけるが、アリスは頭を抱えて「あまりに強い……干渉をかけると、こっちが弾き返されそう。何とかしなきゃ……」と悲鳴を上げる。
人型はさらに距離を取りながら観測光の弓のようなものを形成し、無数のビームを降らせてくる。まるで弓ドローンの進化版のような攻撃を繰り出し、円卓騎士団の4機を一掃しようとしているかに見えた。
「くそっ……俺たちじゃ太刀打ちできねえのか?」
ガウェインが盾を再度突き出すが、衝撃で盾が軋む。トリスタンが冷静に射撃を試みるが、相手が瞬時に霧のように消え、弾は空を切る。アーサーが頭を振り、「皆で同時に叩くしかない」と声を張る。
「合図をしたら、一斉攻撃だ。アリス、そっちは守りに徹してくれ!」
アーサーが瞬時に指示し、ガウェインとトリスタン、カインがポジションを取り直す。そして、アーサーが短く「今だ!」と叫ぶ瞬間、三方向からビームとミサイルとライフル弾が集中する。まばゆい閃光が洞窟を満たし、壁が大きく揺れ、岩が崩れ落ちた。
同時に人型が苦しげに捻じ曲がるように軌道を取り、いくつかの弾がかすったような火花が舞った。だが決定打にはならず、相手は再び霧のように後方へ逃げ込む。
「逃がすか!」
ガウェインが再度前進しようとしたが、アーサーが「ダメだ、奥を崩すぞ!」と叫んで制止する。爆発で洞窟内が粉塵に覆われ、視界が真っ白に閉ざされてしまう。
やがて粉塵が晴れると、人型の姿が見えなくなっていた。ドローンの気配もなく、静まり返った空間に残されたのは、砕けた岩と宙を漂う粒子だけ。
「消えた? まさか相手が自ら消滅したのか?」
トリスタンが疑問を口にし、カインはスコープを回してみるが何の反応もない。アリスはコクピットの隅で、肩を上下させて荒い息をついている。
「アリス、大丈夫か……? やつは消えたみたいだけど」
「わ、わかんない……さっき、すごい干渉を感じた。私への呼びかけ……でも……」
言葉にならず、アリスは黙り込む。どうやら大きな力がぶつかり合った影響で、頭の中が混乱しているようだ。
洞窟の奥へさらに踏み込むと、大きな空洞が広がっていた。そこには巨大な装置が鎮座し、光のパイプがいくつも集中している。まるでコアという呼び名に相応しい何かで、内部から脈動する観測光が脈々と外へ流れているように見える。
カインが瞠目し、「これが……The Orderのコアなのか?」と息を呑む。ガウェインやトリスタンも口を閉じて見入る。何かの施設かもしれないし、生物的な構造物かもしれない。
アーサーが人型との戦闘後で警戒を解かずに言葉を発する。「相手が守ろうとしていたのは、これか。それとも……」
アリスが「近づきたい」と言いかける。カインが「さすがに危ない。万一、自動防衛とかあれば……」と制止しかけたが、アリスは強い意志を込めて言い返す。
「でも、私、このコアに触れれば……もっと思い出せる気がするの。断片回収したときと同じ感触がある。あの人型は、きっと私がここへ来るのを嫌がってたんだろうし……だから、逆に行くべきだよ」
「……わかった。だが、万全に守るからな。ガウェイン、盾を頼む。トリスタン、俺と一緒に周囲を警戒。カインとアリスはコアを調べてくれ」
アーサーが落ち着いて指示を出し、全員が頷く。ガウェインが前に盾をかざし、アリスがコクピットを少しだけ開放するような形で、干渉力をコアへ伸ばせるように調整を始める。
洞窟内はどこか湿った空気感があり、金属と有機物が混じり合った特有の臭いがするように感じられる。観測光のパイプが青白い輝きを放ち、心臓の鼓動のように脈打つ。
(ああ……呼んでる……コアの向こうから私を呼んでる。でも同時に、“来るな”という声も……どっちなの……?)
アリスは頭を抱えながら思考する。カインは操縦席で彼女を気遣い、「あの人型が再来するかもしれないぞ、時間をかけられない」と焦燥を滲ませる。ガウェインが盾を構え直し、「いつでも撃ち落としてやる」と低く笑みを浮かべる。
アリスがそっと干渉を広げ、コアへ触れる。先ほどの結晶よりもさらに強大な反応が返ってきた。バチバチと火花が散り、銀の小手の外装が軋む。アリスが「くっ……!」とうめき、意識が奪われそうになるが、カインが「アリス!」と叫んで支える。
(見える……何かが見える……!)
彼女の思念が深く潜り込み、一瞬だけ視界に壮大な大樹のイメージがよぎる。幹の間には数々の星が埋め込まれ、枝が広がるほどに多層の宇宙が生まれているような映像。そこには彼女自身――眠る神にも似た存在が座している印象があった。
そして、その姿を奪うように黒い影が覆いかぶさり、「目覚めるな……目覚めるな……」と強く警告する声が響く。次の瞬間、アリスの意識は振り解かれ、激痛が走る。
「アリス、やめろ!」
カインが強引に干渉を断ち切り、機体を後退させる。アリスは悲鳴を上げてコクピット内で倒れ込むように頭を押さえる。「あ……ぁ……苦しい……でも、少しだけ……」
「いいから休め! 死ぬ気かよ!」
カインが必死に叫ぶ。ガウェインが盾を下げ、「大丈夫か!」と駆け寄る(厳密には機体を寄せる)。トリスタンは周囲を警戒しつつ、「やつがまた来る可能性がある。早く退避しよう」と促す。アーサーが剣を横に構えながら強く言う。「アリスを連れて、ここを出るんだ!」
「ごめん……カイン……みんな……」とアリスが弱々しく零し、意識が遠のく。カインはハンドルを操作して、コアから距離を取るようにスラスターを全開。洞窟が揺れ、観測光の波紋が背後で泡立つように広がる。まるでコアが怒りを露わにしているようだ。
そのまま円卓騎士団は洞窟を脱出し、岩の輪の外周まで戻る。途中でドローンの大群が襲ってくるかもしれないと思ったが、意外にも追撃はなかった。ただ、遠くで人型が見ているような感触は拭えなかった。
アリスは意識を朦朧とさせたまま、カインの腕に抱えられるようにコクピットで休む。四機の機体が輪を抜け、仮設艦隊のもとへ帰還すると、すぐに医務室で手当てが行われる。カインが真っ青な顔で寄り添い、「くそ……俺が止めるのが遅かった……」と自責するが、神官隊は「アリス本人の意思を尊重した結果だ」と慰める。
しばらくして、アリスは落ち着きを取り戻した。小さなベッドに横たわり、点滴を受けながら「ごめんなさい、私……どうしても気になって、無理しちゃった」と寂しげに呟く。カインはベッド脇の椅子に座り、「いいんだ、お前は悪くない。あれだけ凄い力があるコアを前にしたら、誰だって気になるよ」と励ます。
アーサーやガウェイン、トリスタンも病室の外に詰めている。アーサーは重い口調で言う。「今回は中途半端に終わった。コアの正体も、あの人型の意図もわからず……しかし、アリスが無事ならそれでいい。あの場で無理に干渉を続けていたら危険だった」
アリスはこくりと頷く。「うん……また倒れて迷惑かけるわけにはいかないし。少しは内容を読み取れた気がするの。大樹のイメージと、もっと深いところで――何かが眠っている感じ……私自身かもしれないし、別のものかもしれない」
「その“別のもの”ってのが、上位世界にいるアリスの本体……あるいはThe Orderの本質ってやつなのか?」
ガウェインが低く問いかけ、アリスは「そうかもしれない。でも、もっと確かなことを言いたいんだけど……」と頭を抱える。言葉にならないもどかしさに唇を噛む。
カインは彼女の手を握り、「焦らなくていい。お前が生きてるだけで十分だよ。あんな相手に立ち向かったんだから」と優しく微笑む。アリスは少し頬を染めて、「ありがとう」と小さく返した。
それから数時間、アリスは点滴を打ちながら眠り、カインや仲間たちは会議を開く。今回の遠征で分かったことは3点。
コアと思しき施設が、要塞の深部か、もしくはそこから伸びる洞窟内に存在する。
そのコアは大きな観測光の源となっていて、アリスが干渉しようとすれば強烈な反撃が起きる。
謎の人型が“目覚めるな”と警告し、アリスを拒んでいる。しかも、干渉力を自在に扱うほどの存在。
「簡単には近づけないが、ユグドラシルやアリスの記憶に繋がる鍵であることは間違いない」とアーサーは静かに言う。トリスタンは「だろうね。要塞やあの人型が守っている理由もそこにあるかもしれない」と冷徹な視線を落とす。
ガウェインは肩をすくめながら、「やっかいな話だな。やっぱあのエース機やドローンよりもタチが悪いかもしれねえ。上位干渉をしてくる敵が複数いたら……考えたくもないぜ」とぼやく。
カインは黙って皆の議論を聞いた後、ふと立ち上がって言う。「アリスが休んでる間に、俺らでできることを進めよう。観測制御装置を改良したり、コアへの通路をさらに調べたり……少しずつでも準備してから、もう一度アリスと挑むんだ」
「そうだな。それが賢明だろう。いま強引に行っても無駄死にだ」
アーサーも同意し、モルガンや技術班の人間もうなずく。こうして“Episode8-3:コアとの邂逅”は、ある意味で未完のまま幕引きとなった。アリスがコアへ干渉したものの、その全貌を掴む前に力尽き、謎の人型にも阻まれてしまった。しかし、たしかに収穫はあった。コアが本当にアリスやユグドラシルの記憶と関係している可能性が高まったのだ。
アリスが少し気が楽になったのは、コアへ触れたことで、どこか懐かしい映像をちらりと見られたからかもしれない。あの大樹、そして眠りを続ける何者か――。それが彼女自身を表しているかどうかは断定できないが、無視できない存在感だった。
翌朝、医務室から一時的に出てきたアリスを見て、カインが「少し顔色よくなったな」と安心げに微笑む。アリスも「まだ頭痛があるけど、だいぶまし。ありがとう」と感謝を伝える。さらに、「カイン、みんなに伝えてほしい。近いうちにまた、あのコアを試したいって」とも言う。
「次こそは気をつけろよ。あの人型が出てきたら、死闘になるかもしれない。お前の干渉力も限界があるし……」
「わかってる。でも、その先に私の断片があるんだ。どうしてもあきらめたくない……」
カインは苦い顔をするが、「そりゃ当然だ。俺らが同行するさ」と頼もしく返す。
艦内の視点で見ると、アリスたちは一度コアと接触し、何とか帰還できたのだから大成功かもしれない。だが、要塞の深部に眠る本当の核心部分はまだ遠い。コアと呼ばれる施設が本命なのか、それともさらに奥に何かがあるのか――確証はない。
そして、あの人型が本格的に敵対してきた場合、円卓騎士団で対応できるのか誰も答えを持たない。それでも、カインは信じている。アリスが“声”を完全に取り戻せば、この世界に何が起きているのかも見えるはずだと。
結晶やコアを通じて、アリスは自分の“断片”を回収した。だが、それが本当に良い方向へ導くのか、あるいは「目覚めてはいけない」世界の秘密を暴いてしまうのか――まだわからない。
アリス自身も確信はない。ただ、下位世界で出会った仲間たちと築いた絆を支えに、少しでも前へ進むと決めた。それがカインや皆の思いに応える唯一の道でもあるからだ。
カインはアリスの横でそっとつぶやく。「次はもう少しうまくやろうな。俺たちが揃って無事なら、コアだろうが何だろうがいつか突破できるはずだ」
アリスはその言葉に救われる思いで微笑み、「うん、頑張ろう。私、あの大樹の記憶をもっと知りたい。そこに眠ってる真実を」と小さく頷いた。
二人の背後ではガウェインが盾を磨きながら「何やらアツいな」とニヤリと笑い、トリスタンは射撃装備を整えつつ黙っている。アーサーは静かに席を立ち、「近いうちにまた作戦を立案しよう」と締めくくる。
星海の闇にあって、要塞が黙している時間は決して長くない。The Orderのエース機も、人型の“守護者”も、いつ動き出すかわからないし、すぐに大規模な戦闘が再燃する可能性が高い。それでも、コアとの一瞬の邂逅を得た今、円卓騎士団は希望を抱いている――アリスが断片を回収し続ければ、いずれ突破口を見いだせると。
そして、世界を覆う謎と、アリスの背負う宿命がもうすぐ交錯する予感を誰もが感じ取っていた。恐れと期待が入り混じるなか、物語はさらに深い闇へ踏み込んでいく。カインとアリスは、その先にある“答え”を求めて、必ず戻ってくるだろう。ここからが本当の戦いの始まりなのだから。