4.12章 クレセント研究棟
「さて、どこから話したものかしらね」
勿体ぶったわけでもなく、正直な感想を漏らすようにクレセントが呟く
「長い話しになる分には、構わないわ」
「その代わり、きっちりと聞きたいですわ」
「長い話しになる。か。そこはわかっているのね」
「ええ、だって、この世界の根幹に関わっているのでしょ?」
「なかなか鋭い感をしているわね」
「褒めても何も出ないわよ」
「で、まず、なぜ太陽を作ったのかしら?」
「いえ、そもそも太陽は作れるものだったの?」
「んー、それを説明するには、この世界の成り立ちについて先に話した方がよさそうね」
「ニトロちゃん、プロジェクターを起動してくれるかな」
「いいよ!」
そういって、ニトロは慣れた手つきで部屋の片隅の装置を調節していく
すると、部屋の照明が落ち、真ん中に巨大な大陸の映像が展開された。
「ありがとう、ニトロちゃん。ご褒美をあげるわ」
そういいながら、ニトロをハグしようとして避けられるクレセント
「むやみにやったら、セクハラですよ」
「ニトロちゃん、厳しい!」
(まったく懲りてないわね)
「で、この大陸は何なの?」
「これはね。GNO-LANDよ」
「見事なまでの平面ね。そして、大きな一つの大陸ね。GNO-LANDには、他の土地は無いのかしら?」
「これでは、まるで、球体の中に平面の大陸が1つ入っているみたいだわ」
ソラナが見せられたGNO-LANDは、透明な球体の中に1つの大きな大陸が存在する像であった。
それはさながら、天動説における地球の様なものだった。
「まるでも何も、その通りなんだけれど」
「えっ、ちょっと待ってくれる?」
「あなた達の宙域は全て、こういった星が存在しているのかしら?」
「宙域という言葉は、正しくはないわね。ここには、GNO-LANDしかないわ」
「???」
「異世界から来たというあなたの言葉を借りるのならば、あなたの世界とはそもそも作りが異なっているの」
「私達の世界は、これが全てなの」
「う、うん。わからないけれど、わかりましたわ。けど、納得していないところもあるから、聞いてもよろしいかしら」
「何故、あなた達は、平面の大陸以外にも星の在り方があるということを知っているのかしら?」
「普通、自分が立っている場所が全てだと思うわ」
「だから、自分たちの世界が、多様性の中の一つであることを自覚なんてできないわ」
「そうね。かつてはそうだったわ。でも、それは昔の話し」
「今は科学が進歩したのよ。考え方もね」
「常にアップデートされ続けているわ」
「そして、科学は、客観的な観察をよしとするの」
「だから、そうじゃない可能性。それが否定しきれないものも『あったであろう可能性』として仮設に取り上げるの」
「私達の世界以外があり、その形が異なることもその一つ」
「これは、私達の世界の教育課程を修了していれば、誰でも習う内容なの」
「自らが存在する世界も、いくつかある仮設の内の一つに過ぎない」
「それを基礎教育に入れるなんて、かなり進んだ教育をしているのね」
「ええ、これは、GNO-LAND 統括のジノちゃんの意思でもあるの」
「ちゃんって」
「ああ、彼女はね。私とセンチネルの幼馴染なの。あっ、もちろん、公の場では、きちんと呼んでいるわよ」
そこは流石に空気読むわと補足するクレセント
「ふーん」
「まぁ、いいわ」
「で、世界の成り立ちについて、教えてくれるかしら」
「あらかた昨日、センチネルから聞いた通りよ」
折角だから、グラフィカルに表現して見せるわねと、トランザクションを放ち、プロジェクターを操作していく。
「まず、GNO-LANDは、リソースが無限にとれるジャングルがあったの」
「外縁部から、ここまで」
そういって、結構な大きさの範囲をレーザーポインターで示す。
「大きいわね」
「ええ、GNO-LANDの70%の面積がジャングルだったの」
「ほぼじゃない!」
「そうよ」
「それで、残された土地に人々は住んでいたわ」
「ジャングルには、住まなかったのかしら?」
「ジャングルは、リソースの宝庫でもあったのよ」
「それが沼地の様に泥状で地表にあふれていたのよ」
「だから、とてもじゃないけれど住むことなんて出来なかったの」
「なるほどね」
「それで、食べ物はどうやっていたのかしら?」
「直接取り込んでいたわ」
「そもそも、既に生成された取り込めるリソースという形であったから、食べ物を採る必要がなかったというのが正確なところね」
「随分、効率的な生活様式だったのね」
「ええ」
「でも、私は今の生活の方が好きだわ」
「それは、なんでかしら?」
「食べ物がなかったら、ニトロちゃんの美味しい料理も食べることが出来なかったからよ!」
「そんなの味気ないわ」
「それと愛がないわ」
「ここ、大切よ」
「大切なのね。で、何故、今の様な生活様式になったのかしら?」
「いえ、なんで、このような生活様式にしたのか。かしら」
「理由は、簡単よ」
「ジノが創造主のいる空間を模して作ってみたいと言ったのが理由よ」
「何のためにそんな大掛かりなことをしたのかしら?」
「完全であることを知りたかった。そう、彼女は言ったわ」
「完全であること?」
「ジノは、意識体として自身の完全性を求めているのよ」
「それが、自分たちの存在するチェーンの安定性につながると信じているの」
「だから、『ブロックチェーン』を創り出した何者かがいる世界」
「それを模すことから始めたの」
「模すって、それを知る方法なんてあるの?」
「オラクルって聞いたことがあるかしら?」
「ええ、概要だけは」
「確か、外宇宙と通信する手段よね」
「でも、それで創造主の世界があったとして知ることなんて出来るのかしら?」
「出来るわ」
「ものすごく限定的だけれど、ノイズを消し去ることで重要な情報を捨うことが出来たのよ」
「その結果、彼らが存在する空間の概要を知ることが出来たわ」
「まず、太陽系」
「太陽という存在を中心として、その周辺を星々が周期的に回っている」
「その星の内の一つに、私達の創造主が住んでいる世界があることがわかったわ」
「すごいじゃない!」
「ええ、これはとても褒めていいことよ」
「もっと、褒めなさい」
「そういわれると褒めたくないわね」
「えーー、ほめてーーー」
「いやよ」
「けちぃー」
隅っこに腰かけて、いじける素振りを見せるクレセント
正直、すごく面倒くさいやつである。
話しを進めたいソラナとしては、迷惑そのものであった。
なので、仕方なく、折れることにした。
「はぁ、わかったわよ。偉いわよ。あなたは」
「世界の成り立ちの一端を解明してしまったのだから、間違いなく天才よ!」
「でっしょーー!!」
「クレセントさん、ものすごくうざいです」
「ひどいわ!ニトロちゃん」
(ニトロ!よく言ったわ!)
バシンと、ニトロにハイタッチを決めるソラナ
「そこ、ちょっとうるさい!」
「大本が良く言うわね」
「ソラナちゃん、厳しい」
「当然のことをいったまでよ」
「それに、もう立ち直ったでしょ?あまり落ち込んでいると今度は、蹴りを入れるわ」
「ソラナちゃん、こわい」
「そうしている原因は、あなたよ。もう、ちゃんと受け応えしてくれたら、しないから」
「それで、創造主が住んでいる世界を模すことまではわかったわ。ただ、今までの情報をもとに考えたら、どう見たって模せていないわよ」
「だって、GNO-LANDはそもそも、彼らの住む世界とは形が違うでしょ?」
「ええ、確かに違うわ」
「彼らの住む世界は、太陽を中心とした世界」
「私達が再現したのは、地上を中心とした世界」
「だから、創造主の住む世界のある地点の宇宙に対する認識モデルを起用することで、模したことにしたの」
「ある地点?」
「そう」
「ある地点よ」
「彼らの世界では、昔、太陽が地球を回っていたと考えられていたの」
「天動説」
「そう、彼らの呼び方では言われているの」
「その『天動説』を模したとこで、彼らの世界を模したことにはならないんじゃなくて?J
「いえ、そんなことはないわ」
「本来あるべき姿を模すことはできなかったかもしれない」
「でもね、彼らの思考がこの世界の元であるブロックチェーンを創造する源になったのよ」
「ならば、彼らの思考が辿ってきた歴史にも意味はあるわ」
「思考の中のある地点、ある仮説を模倣すればいいのよ」
「彼らの思考した世界を模倣することで、私たちの世界は彼らが認識していた世界に近付き、完全性が高まる」
「そう、私とジノは考えているの」
「実際に、以前は、一部の意識体以外には感情の起伏が存在しなかったのよ」
「そこに、多様な感情が芽生え始めたのは太陽の創出があってからなの」
「だから、その点からも十分に成果はあったと言えるわ」
「彼らの認識した世界を模したから、GNO-LANDの住人の精神性も向上して、結果、完璧に近付いたという理解でいいのかしら?」
「その認識で、間違いないわ」
「じゃあ、完全性を獲得したってことなの?」
「いえ、それは現状を見て分かる通り、まだよ」
「じゃあ、模すというのは、よい試みではなかったということなの?」
「いえ、模すというのは、良い試みよ」
「少なくとも、精神的な成長をもたらすという実績を上げたわ」
「ただ、そこから進展がないのも事実なの」
「だから、彼らの文化、そして、その遷移を真似る事にしたのよ」
「いえ、真似なければ成り立たなくなっていたわ」
「それは、何かしら?」
「農業よ」
「リソースのほとんどを使用し、太陽を創出したのはいいのだけれど、今度は、リソースを得る手段が無くなってしまったわ」
「リソースは尽きないんじゃなかったの?」
「尽きないわ」
「だからこそ、太陽のもとにしたのよ」
「??」
「尽きないリソースごと、太陽にしたってわけ」
「??」
「わからないかもしれないけれど、事実よ」
「いいわ、今はそれで理解するしかないのでしょ?」
「その上で進めるわよ」
「農業が成立し、そこからリソースを摂取するようになった」
「そして、都市部が出来き、工業、その上で情報産業が発達するようになった」
「これらは、創造主の世界の模倣なのよね」
「ええ、そうよ」
「そこまでして、どうやって完全性を導こうとしているのかしら」
「よくぞ!」
「よくぞ、それを聞いてくれました!」
「なっ、何よ。その大声は!」
「これを話したかったのよ」
そういって、指を鳴らすクレセント
途端に画面は暗転して、再度、大きな図説が表示された。
それは、いくつもの点が結ばれ線となり、GND-LAND中に張り巡らされていた。
最後に、集約する様に中心部のGNOタワーへと繋がっていた。
「これは?」
「人工知能よ」
「人工知能!?」
「そう、人工知能。我々意識体は、それぞれが精神を持っている」
「その活動を人工的に幅広い範囲で行えるのが、この人工知能の特徴なのよ」
「まるで、GNO-LANDの脳のようね」
「ソラナちゃん!すごくいいわ!そうなのよ。GNO-LANDの全ての情報を統合して、考える様に出来ているの」
「すごいでしょ!」
「」
「どうしたの?」
ソラナの顔を覗き込むようにクレセントが心配する。
「ほんっとーーーに、これは凄いわ!」
「あなた、やるわね!!」
「本物の天才よ」
「」
「はい」
ソラナの勢いに押されるクレセント
「なるほどね」
「再現した情報を人工知能に投げかけて答えはそこから得ると」
「つまりはそういうことでしょ?」
「そうしたら、彼らの世界から得られる完全性の共通点、解決方法にたどり着けるというわけね」
「ソラナちゃん、それ、正解」
「その通りよ」
ぽけーっとしながらも、ソラナの答えに反応するクレセント
「何、ぽけーっとしているの?」
「あなたがすぐに答えにたどり着いてしまったことに正直驚きを隠せないわ」
「驚き?当然よ。そのくらい、順番を追えばわかるわ」
「そうでなきゃアラメダリサーチのCE0なんてできないわよ」
そういって、自慢するでもなくただ事実をいうように言葉を紡ぐソラナ
「でも、そうするとわからないのよね」
「何か、不明点があるのかしら?」
「ええ、わたくしがこの世界に飛ばされたとき遭遇した存在」
「ボットというのは、なぜ、いるのかしら?」
「それは、わからないわ」
「いつからか現れ、私たちに敵対するものとしてあり続けているわ」
「その発生原因や、詳細は不明」
「ただ、霧の中から現れ、斃されれば、塵と化してしまうものなの」
「言葉だって、通じない」
「だから、詳しいことは、わからないのよ」
「ボットについて、対策できるなんて、昨日は言っていたけれど、あれは?」
「彼らがどこから来て何の目的で襲ってくるかはわからないわ」
「だけど、体の構造を知る事で、何が弱点かはわかるのよ」
「だから、暫定的ではあるけれど対策できるって意味よ」
「それでも、十分凄い気がするわ」
「そう言ってもらえると有難いんだけれど、彼らに関しては未知の部分が多すぎるのよ」
「主に動機」
「そこがわかれば根本的な解決が出来るのにね」
「惜しいわ」
「そこは、まだ、満足していないわけね」
「満足しないわ。だって、明確にわかる敵性体がいるなんて、完全な世界を目指しているのにおかし過ぎるもの」
「あなた、それ、とらわれすぎていないかしら」
「何を?」
「完全である世界に」
「それは、そうよ」
「だって、私たちがいる世界は、ほんの僅かな偶然で生まれた世界かもしれないのよ」
「偶然で生まれたものが、偶然で滅びるのは、自然でしょ」
「そうならないように、完全性を高める」
「その為に研究しているのだから」
「それって、大切なことなの?」
「大切よ!」
「ネル、ニトロちゃん、ジノ、そしてソラナちゃん。私は、私が好きな人に会えたことに感謝しているわ」
「だからこそ、今ある世界が偶然に滅びて欲しくないの」
「だから、完全を求めるのよ」
「理解するしないは、別として、これは、私の信条よ」
「信条と言われてしまったら、言い返せないわね」
「でしょ?」
「だから、私にとって、あのボット達が何の為に現れたのか確かめること。彼らが何をしようとしているのかを知る事は重要な事なのよ」
「戦場にネルと一緒に出るときがあるのはそういう理由なのね」
「なぜ、それを!」
「昨日、風呂上りにネルに聞かされたわ」
「あなたが戦場に出てくれるのは助かるけれど、心配だから体術の一つや二つ練習してって愚痴っていたわよ」
「それはーー」
「うん、いいの。わかっているわ」
「あなたが運動神経が悪いことは知っているから」
「なんで、そんなこと知っているのよー!!」
「ネルが言っていたわ」
「ネルー!!」
「で、これは、わたくしからのアドバイス」
「戦場に出るならば、防御方法くらい確立しておきなさい」
「遠距離が無双出来るからといって、至近距離で不意打ちされたら何も出来ないで死にました。じゃ、話にならないわ」
「手厳しい」
「当然よ」
「だからといって、あなたに体術は求めないわ」
「シールドを貼ればいい話しでしょ?」
「シールドのトランザクションは、無効化されてしまうわ」
「だから、実シールドじゃないといけないのよ」
「ならば、現物を持てばいいじゃない」
「体術はできないって」
「こんな感じに使えばいいのよ」
そういって、ソラナはNFTに絵を描いて渡す。
そこには、トランザクションにより、複数の力場を発生させシールドを設置する。
それらを動かして、相手の攻撃を防ぐ提案が書かれていた。
「なるほど!これならやれそう」
「でしょ?感謝しなさい」
「わたくしがアイデア元よ」
「ありがとう、ソラナ」
「どういたしまして」