星を継ぐもの:Episode8-3
Episode8-3:小宇宙へ向かう決意
朝焼けの名残が、王都の城壁をオレンジ色に染めあげていた。淡い光の筋が空を切り裂くように差し込み、かすかな金色が街路に降り注ぐ。まだ薄暗い気配が漂う中、衛兵の足音が響き、空気がほんのりと冷たい。
先日の調査で判明した「小宇宙の扉」らしき歪み。地下水路に出現したその存在は、騎士団の間で大きな波紋を広げていた。かつて誤射を恐れ、ギネヴィアウイルスによる恐慌に陥った王都は、干渉治療のおかげで分裂の危機を脱したものの、いままた新たな試練に直面しているのだ。
夜通しの作業を続けたのだろう、王城の中庭は静寂の中にも疲労感が満ちていた。整備士や神官がいそいそと資料や器具を運ぶ姿が見え、時折ぼそりと会話が聞こえてくる。
「本当に行くのか……? 小宇宙なんて未知の場所……」
「でも、いつまでも地下水路の扉を放置していたら、敵が来るのを待つだけになっちまう。俺らから動かないとな」
そのやり取りを横目に、カインは深い息を吐いていた。視線を空へ向ければ、淡い朝の光が雲をじんわりと染めている。この城で繰り広げられてきた混乱と奇跡――誤射の連鎖を干渉治療で防ぎ、The Orderの総攻撃を退け、残骸から小宇宙の扉の存在を突き止めた。しかしここから先が、さらに厳しい戦いになる可能性が高い。
「カイン。調子はどう?」
背後から聞こえるのはリリィの声。相変わらず少し疲れの見える顔ながらも、瞳にはしっかりとした意志が宿っている。
「リリィか……俺は大丈夫だけど、君たち神官の方は休めてるか? 誤射や病の対処でずっと忙しそうだったし」
リリィは苦笑しつつ、小さく首を振る。「あまり休めてはいないけど、まだ干渉治療の余力はあるわ。セリナと交代で休むようにしてるし、マグナス神官長も深夜まで残ってくれてるから。……私より、カインあなたが平気なの?」
カインは肩をすくめ、「戦闘疲れはあるが、俺は騎士だから慣れてるさ。でも正直、アリスの眠りが続いてるのが気がかりだ。小宇宙を開く鍵が彼女なら、早く目覚めてほしいって思うんだ」
そう言って唇を噛む。アリスの存在がいまや王都の一筋の希望であり、同時に未知への不安も呼んでいる。
朝日に照らされた王城の大広間では、エリザベスとアーサーが何冊もの古文書や地図を広げていた。そこには、先日確認された地下水路の位置、扉の波長パターン、そしてThe Orderの残骸から得られた断片的な情報がずらりと並んでいる。
モードレッドとガウェイン、トリスタン、そして神官のセリナとマグナス神官長、技術顧問のマーリンに加え、カインとリリィも同席。まさに王国の要人が一堂に会している。
エリザベスがゆっくりと書類に目を落とし、静かに口を開く。「昨夜、マグナス神官長とマーリンが解析を進めた結果、小宇宙の扉はおそらくもう少しで完全に開くか、一時的に閉じるかの分かれ道にあるそうです。つまり、我々が手出ししなければ、敵の都合でいつ開くか分からない。逆に、無理にでも干渉すれば、扉を開けて小宇宙へ乗り込むチャンスが生まれるかもしれない、と」
ざわりと場が揺れる。モードレッドは苛立ちを隠さず、「チャンスって言うが、そんなところ突っ込んでどうすんだよ。帰って来られなかったらどうする? 敵の本拠かもしれん場所に行って死ぬだけじゃんか」
ガウェインは腕を組みつつ、「だが、小宇宙を放置すれば、逆にそこから敵がいつ大量に出てくるか分からない。先日の総攻撃よりも恐ろしい規模の襲撃があるかもしれないんだぞ?」と静かに反論する。
アーサーが二人を見やりながら総括する。「つまり、行くも地獄、行かぬも地獄というわけだな。しかし、ここまで来たら俺たちが積極的に動くことを考えるべきだろう。小宇宙が敵の拠点なら、そちらを押さえない限り、いつまでも同じような戦いを繰り返すだけだ」
そして視線をカインたちへ移す。「この決断は容易じゃない。誤射を防ぐ術はあるが、次元の壁を超えて小宇宙へ突入するなんて、過去に例がないかもしれない。いま敢えて行くことを決めるのは、大きな賭けだ。……どう思う?」
カインは少し黙り、見渡す。リリィとセリナは不安げな表情ながらも、意志の強さが揺らいでいない。マーリンは腕を組み、考え込んでいる。マグナス神官長は落ち着いた表情で待っているようだ。
不意に、神官長マグナスが口を開く。「私の研究では、ギネヴィアウイルスそのものが、もともと小宇宙から流出したエネルギーの変異という仮説が濃厚なんです。だとすれば、ウイルスの根本対策はあちらの空間を制御するか、関係を断ち切るかの二択。となれば、やはり我々が小宇宙に干渉するしかないのではないか、と」
モードレッドはむっとしながら、「それは分かるが、どうやって干渉するんだ? アリスが起きねえ限り、干渉波を自在に操れるわけでもないだろ?」と反論する。
マーリンがタブレットに目を落としつつ、口を挟む。「実は、アリスが眠りの中で小宇宙とリンクしている可能性がある以上、逆に“アリスの波長”に我々が合わせれば、一時的に扉を開閉できる可能性はある。もちろん仮説だけどね」
ガウェインが驚いた声を出す。「アリスの波長? 眠っている彼女の体を通じて、扉を操作するってことか?」
マーリンは肩をすくめる。「あくまで可能性だ。実際には膨大な魔力が必要だし、アリスの身体に負担がかかるかもしれない。危険度は高いさ」
エリザベスは悩ましげに眉を寄せ、「アリスを危険に晒す方法はなるべく避けたいけれど、もし外から扉をこじ開けるならそれしか手がないのね。……だったらまず、アリスを安全に保ちつつ術式を組めないか、検討が必要だわ」と結論づけた。
アーサーはテーブルを叩き、小さく息をつく。「具体的に小宇宙へ踏み込むと決めたら、誰を行かせるかも大問題だ。干渉治療で誤射を防げるとはいえ、未知の空間で隊員が恐怖に陥れば、再び仲間を撃つ悲劇が起きるかもしれない。慎重にメンバーを選ばねば」
モードレッドが即座に顔を上げ、「俺は行くぞ。あんなもん放っておけば、いつか王都が再度襲われるだけだろ。やるなら徹底的にやれって」と豪胆に宣言する。トリスタンは「俺もだ」と短く続け、ガウェインは静かにうなずく。
「当然、俺ら主力が行くべきだろうな。今回の総攻撃も誤射ゼロで乗り切ったし、干渉治療を信じている。大丈夫だ」
カインも意を決して口を開く。「俺も行きたい。この街を守るために、もう一度未知の戦いを回避しているわけにはいかない。……アリスのこともあるし、もし扉の向こうで何かが分かるなら、行く価値はあると思うんだ」
ただ、リリィとセリナが戸惑いを見せる。「私たち神官も同行すべきかしら……? もしギネヴィアウイルスが小宇宙でさらに強力な形態を取っていたら、干渉治療なしでは誤射のリスクが高いわ」
カインは彼女たちを見つめ、「その場合、セリナやリリィの役割は大きいけど、命のリスクも大きい。無理強いはできないよ」と声を落とす。すると、リリィは決意を込めた瞳で応じた。「でも、私たちがいないと、誤射が起きる可能性は確実に高まるでしょ。ここまで皆を守ってきたから、続けさせてほしいの」
マグナス神官長は黙って皆の意見を聞いていたが、やがて静かに口を開く。「もし行くならば、私やマーリンも何らかの形で支援したいところ。しかし私が前線に出ると、この王都の魔法システム運営が止まるリスクがある。技術面や干渉治療の研究は、まだまだ続ける必要がありますから」
マーリンも補足する。「そうだね。僕らがいないと、せっかくの干渉装置の安定動作も怪しくなるかもしれない。だけど、一人くらい技術者を同行させないと、向こうで起きるトラブルを解決できない可能性がある。迷いどころだね」
最終的に、アーサーとエリザベスが“長期探検隊”という形で小宇宙へ突入する隊を編成し、王都を守るメンバーと二手に分かれる方針を固めることになった。隊が出発するまでの間、アリスの意識を利用した扉の制御方法や、干渉治療を最大限活かす術式を整える。
エリザベスは心配そうに「アリス本人を連れて行くことは危険すぎるわ。けど、アリスが眠りながら扉を安定させるかもしれない。そこが難しいのよね……」と呟く。マグナスは小首をかしげ、「下手にアリスを動かすと、扉が暴走する可能性もある。ひとまず、アリスには安定した環境を保ちつつ、波長だけを利用できれば理想なんですが」と案を練る。
数日後、隊が編成されるまでの間に、地下水路の扉の監視体制が強化された。隊員たちが三交代制で扉を見守り、何か変化があれば即時連絡する。誤射が起きないよう、神官の干渉治療班も常駐する形だ。
「こっちは動きなしだ。亀裂は依然として星みたいな光が見えるが、拡大も収縮もしねえ。まるで待ってるようだな……」
若い兵が報告し、モードレッドが「ほんとに静かすぎるな。逆に不気味だ」と眉をひそめる。
リリィやセリナは、観測魔術で周囲の精神状態をチェックする。「今は落ち着いているから大丈夫そう。ギネヴィアウイルスの発作もないし、誤射の心配は少ないわ」と告げると、隊員はホッと胸を撫で下ろす。
けれど扉の奥からかすかな音が聞こえるような気がするのは、幻想だろうか。星々のまたたきが微妙にリズムを刻み、まるで心臓の鼓動を示しているかのようだ。そこへ足を踏み入れたら、もう戻れないような、そんな吸引力を感じる。
ある夜、マーリンとマグナスが王城の実験室で徹夜作業を続けていると、薄暗いランプの明かりの中、スクロールが広げられたテーブルにアリスのバイタルデータを記録した紙が並べられている。
「この数値……アリスの脳波と扉の歪み波形が、微妙に同調している瞬間がある。周波数が完全に一致しているわけではないけれど、周期的にリンクしてるようだ」
マーリンが指先で示すと、マグナスが目を丸くする。「やはり、彼女が小宇宙を“夢”のように観測しているのかもしれませんね。もしアリスを介して、扉の安定を図れるなら、隊が小宇宙へ行き来できる出口が確保できる可能性があるぞ」
「だが、アリスを無理やり起こす方法はないし、眠りの状態でどうやって制御する? 危険を伴う実験になるが……」
マーリンが浮かない顔をする。マグナスは悩ましげに口をつぐむが、やがて決意を固めた表情で言う。「なんらかの魔法的インターフェースを用意して、アリスの波長を増幅すれば、眠ったままでも扉を安定させることができるかもしれない。これは大変リスキーだが、成功すれば隊が扉を自由に行き来できるかもしれません」
「そいつは……騎士団を小宇宙へ送り込み、さらに戻すルートになるのか?」
マーリンは眉をひそめ、「うん。ただ一歩間違えれば、アリスに大きな負荷がかかり、最悪の場合……」と言いかけて口を噤む。もし負荷に耐えきれず、アリスが命を落とす危険もあるわけだ。
翌朝、二人がまとめた仮説を元に、再び広間で会議が開かれる。アーサーとエリザベスが厳粛に話を聞き、騎士たちや神官たちが緊張を走らせる。
マーリンが端末を示して言う。「要するに、アリスの眠りを大幅に揺さぶらずに波長を増幅し、扉とシンクロさせるという技術的案が出ています。成功すれば、隊は扉を通って小宇宙へ行き、必要な調査や作戦を行ったあと、同じルートで戻って来ることが可能かもしれません」
ガウェインが「もし失敗したら?」と問うと、マグナスは深いため息をつく。「アリスに取り返しのつかないダメージを与える可能性もある。あるいは扉が暴走して、空間崩壊が起きるかもしれない。まったく安全策はないのです」
冷たい沈黙が広間を満たす。モードレッドが苛立ちを隠さず、「それでも行くのか? 俺たちが小宇宙へ踏み込むのを。そんな危険な賭け、正気の沙汰とは思えねえ」と唸る。
アーサーが苦い表情で、「しかし、もし敵があちらから本格的に攻めてくるのを待っていれば、今度こそ手遅れになるかもしれない。誤射を防いでも、いずれ王都の限界が来る……。それが嫌なら、こちらから出向くしかないんじゃないか」と冷静に述べる。
リリィとセリナは顔を見合わせ、躊躇いながらもうなずく。彼女たちは誤射を抑える干渉治療がある程度安定している今こそ、積極策に打って出るチャンスかもしれないと感じていた。
トリスタンは静かに「俺は行く。ここで待つより、直接敵の奥深くを見た方が戦略が立てられるだろう」と語り、ガウェインも「アリスを危険に晒したくないが、敵の脅威を無視できない。難しい判断だ……」と同意する。
最後に意見を求められたカインは、迷いながらも決然たる声で言う。「……俺は、行きたい。小宇宙が敵の本拠なら、そこへ踏み込んでギネヴィアウイルスの源を断つ必要がある。アリスが鍵なら、眠ったままでも一緒に戦ってくれるって、俺は信じてる。アリスがいない今、何もしなければ王都はじり貧だ」
多くの視線がカインに注がれる。モードレッドがうっすら笑い、「お前らしいな。でも、ただの突撃ではなく、ちゃんと戻る術を準備しろよ」と釘を刺す。
マーリンはその場に合うように資料を示し、「じゃあ、僕とマグナス神官長は戻るためのプロトコルも用意します。アリスの波長が不安定になったら、強制的にこちら側へ扉を閉じる仕組みを試作できるかもしれない。ただし、扉が勝手に閉じたら向こう側に取り残される恐れもあるから注意が必要だよ」
エリザベスは苦渋の笑みを浮かべる。「リスクの塊ね……。でも、私たちが立ち止まっても、The Orderは待ってくれない。ならば、こちらから飛び込む決意をした方が未来は拓けるかもしれないわ。……分かったわ。小宇宙へ向かう作戦を前向きに検討しましょう」と静かに表明する。
アーサーもうなずき、「皆、腹を括ってくれ。誤射の心配は干渉治療で抑えられるとしても、小宇宙に何があるか分からない。だが、ここで踏み出さなければ王都を守り抜く術は見えてこない」と締めくくる。
そうして小宇宙への突入が正式に決定されたわけではないが、あらかじめ準備を進めることになった。アリスの身体を固定しつつ、波長を増幅する装置の設置、隊員の選抜、干渉治療や魔法陣の強化など、やるべき作業は山積みだ。
騎士団の中にはまだ戸惑う者もいる。「せっかく誤射が減って、王都が落ち着いてきたのに、また自分たちから危険へ飛び込むなんて……」と不満を漏らす兵もいたが、モードレッドら先導役が説得に回り、最終的に精鋭部隊が結成される運びとなる。
リリィやセリナは引き続き、ギネヴィアウイルスの発作を抑えながら多忙な日々を送る。もし隊が小宇宙へ出発すれば、二人も同行する予定だが、その分市内の干渉治療リソースが一時的に減るため、残留組の神官を育成しなければならない。彼女たちにはほとんど眠る暇がないほど業務が集中する。
だが、不思議と二人とも生き生きした表情を保っていた。かつて誤射に怯え、分裂しかけた騎士団がこれだけ力を合わせるのを見れば、何としても次のステップに踏み込みたいという想いが湧いてくるのだ。
ついに、アリスを介して小宇宙との干渉を安定化させる試作の術式が用意され、王城の医療区画が厳重に封鎖された。部屋にはマグナス神官長とマーリン、そしてセリナとリリィが入り、カインとガウェイン、モードレッド、トリスタンが護衛の形で周囲を警戒する。
アリスはいつもの静かな寝顔で呼吸を続けているが、その周囲に魔法陣が円を描き、中心部には幾何学模様が緻密に走っている。四隅に設置された水晶と儀式具が淡く光り、時折パチパチと魔力が弾ける音が聞こえる。
「私がアリスさんのバイタルを安定させます。マーリンさんは波長の増幅を担当して……神官長は全体の調整を」
リリィが息を整えて指示し、セリナが隣で頷く。「アリスの身体に負担をかけないよう、最大限気をつけて。少しでも異常があれば即座に中断を……」
マーリンは無言でタブレットを操作し、魔力装置のスイッチを入れる。マグナスが長い杖を掲げて低い声で詠唱を始め、陣が淡く光り出す。
カインはその様子を少し離れた位置から見守る。アリスの顔は変わらず穏やかだが、頬にほんのり紅が差したようにも見える。まるで扉の呼吸に呼応しているかのようだ。
「アリス……俺たち、行くよ。君を置いていくわけじゃない。君の力を借りながら小宇宙へ踏み込んで、敵の本質を探る。誤射を恐れない今だからこそ、一歩前へ進むんだ……」
術式は数十分にも及んだ。大きな反応はないものの、アリスの心拍がわずかに上昇し、呼吸が深くなったように見える。マーリンが装置を覗き込み、「どうやら扉の波長と少しリンクが強まったようだ。これなら、いざというときに扉を操れるかもしれない」と息をつく。
マグナス神官長も汗を拭きながら、「アリスの生命力は無事だ。無理をさせずに済んだのは、神官たちのサポートのおかげだな」と周囲に礼を言う。セリナとリリィは疲労で肩を上下させつつ、笑顔で頷く。
「これで、いよいよ小宇宙へ向かう決意が現実味を帯びてきた。準備が整えば、隊を派遣し、アリスを媒介にして扉を安定化させられる……かもしれない」
ガウェインが重々しい口調で言葉を漏らすと、モードレッドが「おいおい、“かもしれない”ってのが多すぎるんだよ」と毒づく。だが、みんな同じ不安を抱えている。
トリスタンは静かに、「だが、この道を選ばず王都で待つだけでは、また同じ戦闘を繰り返すことになる。干渉治療のおかげで誤射は減らせても、終わりなき戦いに疲弊するだけだ」と理性的に語る。
カインは改めて口を開く。「俺も、そろそろ覚悟を固めたい。この街のためにも、アリスのためにも、The Orderの本拠とギネヴィアウイルスの真相を確かめに行くべきだと思うんだ」
それは紛れもなく、小宇宙へ向かう決意の言葉だった。
数日後、騎士団や神官、整備士など主要メンバーが中央広場に集い、アーサーとエリザベスが前で演説する形がとられた。街の住民も多くが足を止め、彼らの口から何が語られるか息を詰めて見守る。
エリザベスがマイクを握り、少し緊張した面持ちで宣言した。「皆さん、私たちは先日、地下水路に出現した“扉”――小宇宙へ通じる可能性のある歪みを発見しました。これは大きな脅威であると同時に、私たちが逆に敵の本質に迫る手がかりにもなり得る。そこで、円卓騎士団から精鋭が選抜され、小宇宙への探索を行うことを決めました」
広場にはどよめきが起こる。誤射を恐れるあまり、かつて分裂した人々からすれば、こんな大胆な行動は想像すらできなかったからだ。しかし、今の街は違う。干渉治療を通じて誤射の悲劇を克服し、再結成を果たした騎士団を信じる人々が多い。
アーサーが続ける。「この決断は危険を伴います。小宇宙へ行ったら戻れない可能性もありますし、敵の大軍が待ち構えているかもしれない。だが、ここでただ待つだけでは、いつか王都は再び攻撃に晒される。私たちは一歩先を行くために、小宇宙へ乗り込む覚悟を持ちたいと思う。どうか、皆さんのご理解と、ご声援をいただければ幸いだ」
拍手がわずかに散発し、やがて大きな渦となって湧き上がる。まだ不安や恐怖はあるが、誤射の呪縛から解放された市民たちは、騎士団と神官たちの奮闘を認め、信頼を取り戻しつつある。
「行ってくれ! 今度こそ敵を止めてくれ!」
「誤射や暴走がなくなった今、俺たちも手伝います。何があっても、街を守りましょう!」
そんな声が飛び、騎士団員がそれに笑顔を返す。モードレッドは照れ隠しのようにそっぽを向き、ガウェインは素直に拍手を返礼する形をとる。トリスタンは微笑だけで応じ、カインは内心で決意を新たにしていた。
翌日から、選抜隊の装備や補給が急ピッチで進められる。小宇宙の環境が分からない以上、あらゆる想定をしなければならない。空気や食糧、通信手段、干渉治療に必要な魔力カートリッジ――すべてが未知の地へ持ち込まれることになる。
セリナとリリィは昼夜問わず、干渉治療を隊が持ち運べるようにするための器具を整備しつつ、新兵や補助神官に術式を教え込んでいた。もし二人が小宇宙へ行くなら、王都に残る部下が誤射対応を続けられるよう、急いで教育しないといけないからだ。
「私たちがいなくなった後も、ここでギネヴィアウイルスの発症を抑える努力を続けてほしいの。観測術と干渉術の基礎を覚えていれば、誤射はだいぶ防げるわ」
リリィが若い補助神官に魔法陣を教えながら説明する。生徒の神官は必死にメモを取り、「はい、リリィ先輩のようにはいかないでしょうが、精一杯頑張ります!」と敬意を示す。
セリナも横で指導を続け、「もし発作が激化して制御しきれない場合、迷わず補助装置を使って。無理に魔力を注ぎすぎると、あなた自身が倒れるかもしれないから」と注意を促す。
このように神官組織も分裂の頃とは打って変わり、団結して知識を共有するようになっていた。かつてエリザベス一人で背負っていた内政や魔法運営を、神官長マグナスが組織化し、研究者としての才能を発揮しているおかげでもある。
マグナスは役回りを終え、ほっとした顔で「これなら私が不在でも王都の干渉治療は回るでしょう。どうか皆さん、お気をつけて」と旅立ちの隊へ声をかけるつもりだ。彼自身はアリスの波長制御をここで続ける必要があるため、王都に残留する形になる。
そして迎えた旅立ちの日。柔らかな朝陽が王都の門を照らし、風が少しだけ暖かい。整備班や兵が並ぶ中、選抜隊が順番に点呼を受ける。モードレッド、ガウェイン、トリスタン、そしてカイン――さらにセリナとリリィを含む神官数名、補給担当の整備士数名も同行する。
アーサーとエリザベスは門の前で皆を送り出す姿勢を取り、集まった市民が静かに見守っている。誰もが不安げな中にも希望を抱いた眼差しを向けていた。誤射の恐怖を乗り越えた今、次は未知の小宇宙へ挑む騎士団を信じようとしているのだ。
エリザベスが凛とした声で言う。「皆さん、危険な任務を引き受けてくれてありがとう。小宇宙への道は分かりませんが、あなた方が手掛かりを得て帰還してくれることが王都の望みです。アリスを介した干渉で、どうか安全に往来できますように……」
アーサーも沈痛な面持ちで続ける。「王都を任せる以上、私たちはここで扉を安定化させる作業をする。もし向こうで何か見つけたら、通信手段を通して知らせてほしい。必ず戻ってこい。干渉治療があれば誤射は起きない。勝利を信じているぞ」
モードレッドが肩を回し、「おう、任せろ」と高らかに声を上げる。ガウェインは腰の剣を整え、「ここが俺たちの踏ん張りどころだな」と呟く。トリスタンは黙って頷き、セリナとリリィは背負った魔力鞄を確認する。
そしてカインは意を決して王都の門の外へ足を踏み出す。「扉は地下水路にあるけど、まずアリスと波長を合わせるために城へ立ち寄り、そこから移動するんだよな」
リリィが微笑み、「そうね、マグナス神官長がセッティングするから、私たちが空振りしないよう見守ってくれるの。アリスさんを傷つけずに済めばいいけど……」とやや不安そうに言う。カインは「きっと大丈夫だよ」と言い聞かせるように微笑んだ。
こうして、選抜隊は王城に戻り、アリスとの波長合わせ――つまり波長を増幅する術式を短時間行う。そして、きわめて慎重にアリスの身体に影響を与えないよう操作が行われると、先日よりも強い反応が装置に出て、マーリンが目を輝かせる。
「いいぞ、これなら扉を一定時間、安定化させられるはずだ。あとは地下水路で実践するのみ……」
全員が静かにうなずき合い、ついに出発のときが来る。扉を開いて、小宇宙へ向かうのだ。
王都の未来を懸けたこの行動は、総攻撃を退けた騎士団の新たな挑戦の始まりでもある。
選抜隊が地下水路に降り立つ頃には、外はもう昼過ぎになっていた。通路には仄暗いランプをいくつも設置され、神官たちと兵が構築したバリケードを越えた先に、例の小宇宙の扉がかすかな星光を揺らめかせている。以前よりも一回り大きくなったように見えるが、依然として大きく開ききってはいない。
「さあ、これを……」
マーリンが装置を操作し、波長を調整。アリスから中継されてくる微弱な魔力パターンと照合する。マグナス神官長は扉に魔法陣を当て、「いくぞ……衝撃に備えて」と隊員へ呼びかける。
扉が微かに震え、星の光が濃厚になる。黒い縁がゆっくりうねり、通路の奥に深い闇と無数の星屑が見え隠れする。
モードレッドが「お、おい、なんか本当に穴が開いてきたぞ」と尻込み気味に呟くが、ガウェインが「落ち着け、干渉治療がある」と肩を叩く。トリスタンは狙撃体勢ではなく、状況観察モードで冷静に構える。
セリナとリリィは観測術をフルに使って、隊員が誤射しないように意識を巡らせる。今のところ発熱や幻覚を訴える者はいないようだが、扉が開き切れば何が飛び出すかわからない。
カインは深呼吸し、仲間たちに目で合図する。「行くしかない。俺たちはもう迷わない。ギネヴィアウイルスの根源を断つため、そしてアリスを救うために……小宇宙へ向かうんだ」
マーリンが「OK、安定化した。今なら通れるかもしれないけど、長くはもたないぞ!」と叫ぶ。マグナスは「時間との勝負だ。皆、扉が閉じても焦るな。アリスの波長に合わせて再度開けられるはずだ」と檄を飛ばす。
こうして、隊員らが順番に星の光の中へ足を踏み出す。モードレッドは気合いを込めて「よっしゃあ、未知の世界か……やってやるぜ!」と叫び、ガウェインは防御フィールドを張りながら「決して仲間を撃たない。それだけは忘れるな」と皆に声をかける。
セリナとリリィが中心に位置し、干渉治療装置を抱えながら「もし誤射の予兆があれば絶対に報告して!」と隊員に繰り返す。トリスタンやカインは先陣に立ち、光の向こうへ飛び込むイメージで通路を歩む。
星の光が視界を染め上げ、地下水路の壁が薄れていくかのように感じる。足元がふわりと宙に浮くような錯覚が走るが、実際にはまだ地面を踏みしめている。扉の中に吸い込まれるとき、何か暖かい風が胸を吹き抜けるのを隊員たちは感じていた。
「これが……小宇宙への入口……?」
リリィが息を呑み、モードレッドが無言のまま後頭部を掻いている。まるで真っ黒な空に星が散りばめられた空間の境目が、目の前に広がっているのだ。近づけば近づくほど重力や空気感が不安定になり、正常な五感が狂い始めるのを感じる。だが、セリナが観測術で皆の意識を共有することで、まだ統制が保たれていた。
カインは白く光る亀裂を前に、最後の一歩を踏みしめる。「アリス……俺たちは行くよ。誤射を恐れず、仲間を信じて、小宇宙へ足を踏み入れる。もしこれが君の眠りと繋がっているなら、導いてくれ。俺たちが――王都が――勝利と平和を手にするために」
その口調は誰に聞かせるでもなく、自分自身への誓いだった。かつて分裂しかけた円卓騎士団が、誤射の呪縛を破った勢いを糧に、今度は未知なる次元へ飛び込む。その行為こそが、深い闇を照らす一筋の光になると信じたのだ。
「さあ、行こう。ここで立ち止まるなら、俺たちが再結成を果たした意味がなくなる」
トリスタンが背中を押すように静かに言い、ガウェインも頷く。モードレッドは笑みを含んだ声で「やるか、野郎ども……仲間撃ちだけは勘弁だからな!」と気勢を上げる。
セリナとリリィはそれぞれ装置を抱え、「私たちがいる限り、誤射なんて起きないわ。怖がらずに進んで」と隊全体に呼びかける。兵の何人かが「了解、神官さん!」と返事し、意を決して扉の中へ一歩を踏み出す。
小宇宙へ向かう決意がここに結実し、白銀の装甲や星のような光の入り混じる空間へ、騎士団は飛び込む準備が完了したのだ。地下水路に広がる亀裂の向こうには、どんな世界が待っているのか――敵か、あるいはまったく未知の景色か。
だが、誤射の脅威から解放された今の騎士団には、もう恐れるものが少なくなっていた。ギネヴィアウイルスの逆襲があっても、神官の干渉治療で乗り越えられる。仲間を信じて背を預け合える確信こそが、彼らを突き動かしている。
光の中に足を踏み入れた瞬間、通路の気配が遠ざかり、星々のざわめきが耳元を満たすように感じる。まるで異世界に突入するような感覚が全身を包み、視界がキラキラと弾ける。
「やるしかない……!」
カインはそう呟き、続く皆も固く拳を握りしめる。こうして、Episode8-3の結末として、騎士団はついに小宇宙へ向かう決意を行動に移す。どのような運命が待ち受けようとも、誤射を恐れず、仲間を信じ抜く彼らに迷いはなかった。
深い闇と星の光に溶け込むように、彼らの姿が歪みの向こうへ消えていく。王都の未来を担い、眠り続けるアリスを救う手がかりを求め――そしてThe Orderの本質を探るために。