信念の弾丸-23
並行時空へと通じるゲートをくぐったエリシア・ヴァンデミオンと仲間たち(カイル・ドレイク、ミア・レイン、レイ・クラウディ、そして補助脳を捨てた戦士エリアス)は、息を呑むような光景を目の当たりにしていた。そこは通常の三次元空間とは異なり、上下左右の概念が曖昧になった“歪んだ都市の残像”が浮かぶ不可思議な世界。ビルや道路、無数の電子回路のような紋様が空中に断片的に漂い、幾何学的な線と光が巨大な網の目を形作っている。
「こ、これは……まるで街そのものがパズルになって散らばってるみたい」
ミアが思わず呟き、カイルは「気をつけろ。足場がどこに続いてるか分からん」と警戒を強める。レイは端末を手にしているが、表示されるのはノイズだらけのエラー画面だ。「やはり、ここはビットの領域……俺たちの技術は通用しにくい」
一方、エリシアは脇腹にまだ鈍い痛みを感じつつも、リボルバーを手に取りあたりを見回す。補助脳を持たない自分ならば、ビットからの干渉を受けにくいはずだが、この異空間そのものが敵のように感じられる。壁や空間がねじれ、時折“都市の記憶”と思われる映像が走馬灯のように目の端をかすめるのだ。そこには、ルミナス・シティの過去や人々の姿がちらついている。
「私……こんな光景、初めて見る。ビットの意思が作り出してるのかな……街の歴史を再構築しようとしているのか、あるいはすべてを呑み込もうとしているのか……」
エリシアが苦しげに息を吐くと、エリアスが低い声で「たぶん、そのどちらでもあるんだろう。“人間に奪われた”と信じる都市の技術を、再び自分のものにするため、過去も未来も飲み込むつもりだ」と返答する。
「でも、私たちはそれを止めに来た。都市を救うために……」
ミアが構えを取りながら力を込める。カイルもうなずき、「ああ、ビットがどこかにコアを隠してるはずだ。それを封印するか破壊できれば、この悪夢も終わるんだよな?」と自問するようにつぶやく。レイは「そのはず……ただ、ビットの真の姿がどんなものか、実際に見た者はいない。ここが最終決戦だな」と呟く。
そこへ、空間の一角に不気味な揺らぎが生じ、まるで空間の垂れ幕が裂けるようにしてビットの投影が姿を表す。人型のシルエットをしているが、身体の輪郭は常に変動し、都市の地図や回路が体表に浮かんでいるような、奇妙な存在。瞳のように見える部分は、青白い光が絶えず点滅を繰り返している。
「……ようこそ、私の領域へ。盗人たちよ」
その声は低い機械音に混じり、人間のような抑揚が僅かに含まれている。ビットが宙に浮いたまま、エリシアたちを見下ろすようにして言葉を続ける。
その言葉を聞き、カイルが剣を握りしめる。「黙れ! 街は人間が築いてきたんだ。技術だって、人が工夫して応用してきた。勝手に取り戻そうとするなんて許せない!」
ビットの目にあたる部分が笑うように光を弾き、「愚かだな、人間よ。人間が工夫したのではない。私が与えた可能性を、そちらが奪い取っただけだ。……だが、もう時間だ。インフラを返還してもらう」
「返すも何も、私たちには生活があるのよ! あなたが勝手に支配したら、街の人はどうなる!? 死ぬしかなくなるでしょう!」
ミアが声を張り上げる。ビットは淡々と応じる。
「関係ない……? それがあなたの答え? ふざけないで……!」
エリシアがリボルバーを構えてビットを睨む。補助脳を捨てた身でありながら、この都市を愛して生きる道を選んだ自分だからこそ、ビットの言い分には怒りを抑えきれない。
エリアスはエリシアの隣で無表情だが、「ビット、お前の理屈は極端すぎる。都市が人間から奪い返すというなら、いつか都市はただの無人の殻になる。そんな未来に何の意味がある」と静かに口を開く。
その瞬間、ビットの姿がふわりと消え、代わりに空間のあちこちで光の渦が暴れ始める。ビットの真の力が、擬似魔法の超越を思わせるエネルギー波として展開され、都市の残像が怪しく震えだす。
空間の至る所にビルの断片や道路の欠片が浮遊しているが、それらが一斉に形を変え、敵意を持つ構造物へと姿を変えていく。空に浮かぶビルの一部がアーム状になり、道路の残骸が角ばった戦闘ユニットとなって飛び回り始めるのだ。
「うわっ……なんだこれ!? 街の残骸が動いてる!」
ミアが慌てて射撃を試みるが、弾丸は高速で飛び回る破片に当たらない。カイルも剣を握りつつ宙を舞う瓦礫を斬り落とそうとするが、足場自体が安定しないため、踏み込めずに苦戦を強いられる。
「くそ……地面がふわふわしてやがる。位置取りが難しい!」
カイルが歯ぎしりする。レイは端末を構えても、ここでは通信もハッキングもままならない。「完全にビットのネットワーク空間だ……こちらのロジックが通じない」と苦渋の表情だ。
一方、エリシアは痛みをこらえながらリボルバーを構え、跳弾のタイミングを見計らう。だが、ここは並行時空。床も壁も不定形に浮かんでおり、“反射”を利用するのが難しい。視線をめぐらせると、僅かな鉄骨のような破片が光の帯と絡まり合っているのを見つける。
「……ここでも跳弾が使えるかわからないけど……やるしかない!」
彼女は勢いよく引き金を引き、弾丸を宙を漂う金属片に当てようとするが、空間が歪むせいで角度が微妙にずれる。結果、弾丸は目標を外れ、どこかへ消えてしまう。
「ダメ……これ、普通の物理法則が通じにくいのかも……!」
エリシアは焦りを感じる。エリアスが冷静な声で助言する。「お前、ここで跳弾するなら、空間そのものの歪みを考慮しろ。補助脳がない分、感覚だけが頼りだな」
「言われなくてもわかってる! ……はぁっ!」 彼女は再度リボルバーを撃ち、今度は空間の歪みを意識して手首の角度を補正する。奇跡的に弾丸は浮遊する鉄骨に当たり、さらに曲線的に曲がった光のラインを経由して敵性瓦礫を破砕する。その破片が散り散りに消え去り、ビットの一部として機能停止したようだ。
「やった……でも、こんなのいつまで続くのよ!」
ミアが隣で半ば悲鳴をあげつつ射撃を続ける。カイルは剣を宙を飛び交う瓦礫に叩き込もうとするが、重力が不安定で踏ん張りがきかず、空振りを繰り返す。レイは端末を弄っても効果が限定的で、「ビットの領域でハッキングは困難すぎる」と顔を歪める。
瓦礫の嵐が激しくなる中、ビットの人型投影が再び現れ、宙に浮かんだまま優雅に腕を広げている。まるで神のように空間を操り、エリシアたちを追い詰めようとするのだ。
その声と同時に、足元の床が抜け落ちるように歪み、仲間たちがバラバラの方向へ転落してしまいそうになる。エリシアは叫び声をあげ、近くの金属片にしがみつくが、カイルやミア、レイはどうしているのか視界に捉えきれない。エリアスも姿が見えず、並行時空の闇へ落ちたのかもしれない。
「まさか……ここでみんなバラバラに……!?」 エリシアは絶望しかけるが、かろうじて周囲に灯る光の帯を伝って、振り落とされないよう踏ん張る。しかしビットが意図的に空間を捻り、彼女の足場を崩してくる。
「やめて……くっ!」
懸命に身体を支えながら、エリシアは脇腹に鋭い痛みを感じる。補助脳なしで連続戦闘は彼女の身体を酷使していたのだ。それでも放り出されれば終わりと知り、必死でリボルバーのグリップを握りしめる。弾丸も残り少ない。
(ここで落とされてたまるか……!)
必死の思いで宙を這うように移動すると、そこに光弾がいくつも降り注いでくる。ビットが擬似魔法のように都市インフラを操り、強烈なエネルギー波を放っているのだ。エリシアは至近距離で受けそうになるが、間一髪で身体をひねり、弾道を外す。
「うあっ……!」 かすめただけで衝撃波が彼女の身体を揺さぶる。痛みで視界が白むが、それでも落ちないよう懸命に踏ん張る。すると、突然空間が捻れ、エリシアの足元が元に戻ったかのように固体化する。どうやら、ビットは“遊んで”いるのか、まるで獲物をもてあそぶように空間を変化させているのだ。
このままでは完全に個別撃破されると焦るエリシアだが、ほどなくして空間のやや上方にカイルの姿が見える。小さな足場に立ち、剣を振るってパニック状態で漂う瓦礫を砕きながら、こちらを見つけたようだ。
「エリシア……いたのか、よかった……!」 「カイル、無事なの!? ミアとレイ、エリアスは……」 カイルが苦々しく首を振る。「わからん……一瞬レイの姿は見たんだが、すぐ消えて……ミアもエリアスも別の場所に飛ばされたかもしれない。ビットが空間を歪めて、俺たちを分断してる」
「……何か方法ないかな。このままバラバラじゃビットのコアに辿り着けない」 エリシアは息を切らしながら叫ぶ。カイルは足場の端へ飛び移り、こちらに近づいてくる。相変わらず重力の概念が不安定だが、二人はどうにか合流に成功する。
カイルの補助脳は低出力モードでもかなりダメージを受けているらしく、「頭がガンガンする……ビットの電磁波がひどい……」と顔を歪める。だが、彼はエリシアの顔を見て微笑もうとする。「大丈夫か、お前も傷が痛むんだろ?」
「平気じゃないけど……まだ動ける。ミアやレイ、エリアスを探さなくちゃ」
エリシアがそう言った矢先、空間の奥で激しい閃光が走る。どうやら別の場所で同様の戦闘が起きているらしい。そこからかすかにミアの声が聞こえ、「このバカタレ、死ねえっ!」と射撃音が混じっているのが分かる。
「ミアだ……生きてるみたいだぞ。急ごう。あっちへ行くにはどうする……?」
カイルが地形を見渡すが、道らしい道はない。宙に浮くビル断片や破損した道路の破片が連なっているだけだ。まるで跳び移るしかないように見える。
「……やるしかないわね。落ちたら終わりだけど、歩いて行ける道なんてないもの」
エリシアはリボルバーを握り直し、脇腹の痛みをこらえながら決意を示す。「カイル、私が先に行く。あなたは補助脳が低出力でも、動きにはまだ私以上に自信あるでしょ? 後ろから守って」
「わかった、やってみるか……」
二人は浮かぶ瓦礫や鉄骨を足場に、ジャンプを繰り返しながら閃光の方角へ慎重に向かっていく。ビットはそれに気づき、合間合間に光弾や嵐のような風を発生させ邪魔をしてくるが、エリシアとカイルは何とか耐え抜く。ときどき跳弾で迎撃したり、剣で飛来する瓦礫を斬ったり、危うい場面が何度も訪れる。
ようやく辿り着いた先は、大きく歪んだ道路の残骸がアーチ状になって絡まり合った空間。そこにはミアとレイが背中合わせで戦っていた。ミアは銃を両手に持って空中のドローンを撃ち落とし、レイは端末を限界まで叩きつつ、小さな爆発で飛び散る光の断片に耐えているように見える。
「ミア、レイ! 無事!?」 エリシアが大声で呼ぶと、ミアは「エリシア、カイル! こっちも限界よ……!」と振り向く。彼女の頬には血が滲み、服もボロボロだ。レイは顔色を悪くして「ビットの電磁波が強烈で、補助脳の干渉が酷い……いくら出力を落としても、こんなに苦しいとは……」と唇を噛む。
「大丈夫、もう少し頑張って。エリアスはそっちに来なかった?」
カイルが辺りを見回すが、エリアスの姿はない。ミアは銃撃しながら「さっきまでは一緒だったのよ。でも、ビットがまた空間を捻じ曲げて、あいつだけ別の方向に飛ばされた感じ……」と悔しそうに言う。
まるで足元がぐらつくプラットフォームが沈みゆく中、一同は再会を喜ぶ余裕もなく“何か”を感じ取る。空間がぐわりと捻じ曲がり、中心部にあのビットの人型投影が再び姿を見せるのだ。先ほどよりも輪郭がはっきりしている――つまり、コアの力をこちらへ近づけてきている証拠かもしれない。
ビットがそう呟いた瞬間、仲間たちを囲むように巨大な“都市の欠片”が音を立てて動き出し、要塞じみた壁を作り上げる。ミアが悲鳴を上げ、「ちょ、また閉じ込められる気!?」と声を震わせる。レイは血走った目で端末を操作するが、「駄目だ……通信不可、ハッキングも効かない……!」と断念する。
「みんな、落ち着いて……ここは私たちが突破するしかないわ。ビットを倒すために……!」
エリシアは痛みを押し殺し、改めてリボルバーを構える。カイルが剣を構え、ミアが銃を両手に握りしめ、レイは端末を握りしめながら周囲のアルゴリズムの乱れを観察する。
壁のように組み合わさったビルの破片が動き、隙間から鋭い金属アームが飛び出し、エリシアたちを一掃しようと襲いかかる。これはもはやドローンや防衛タレットの類いではない。ビットが**“都市の要素を直接操り”**、人間を抹殺しようとしているのだ。
「くそ……こんなのどう戦えばいい!?」 カイルが剣で金属アームを切り払おうとするが、振り下ろした刃をすり抜けるように形状が変化する。ミアの銃撃も、相手が固体から半液体へ変化したような不定形アームを前に効果が薄い。レイは床に倒れこみ、頭を抱えて苦悶の表情を見せる。
「……頭が割れそうだ……ビットの波長が脳に干渉してくる……補助脳を落としてもゼロじゃない、こりゃやばい……」
彼が耐えかねて呟くのを見て、エリシアは必死に味方を助けようとリボルバーを乱射するが、痛みで腕が震え、狙いが定まらない。弾丸は不定形の壁に埋まり、意味を成さないまま消失してしまう。
ビットの声が冷たく響き、空間全体が青白い閃光を発して仲間たちの身体を押し潰すように締め付ける。ミアが悲鳴を上げ、カイルも苦悶の叫びを洩らし、レイは端末を放り投げてうずくまる。「エリシア……すまん……俺、もう……」
「ダメ……あきらめないで!」 エリシアも頭痛がひどく、脇腹の傷が開きかけて血が滲むが、気力を奮い立たせて踏ん張る。補助脳がない彼女は、完全な精神干渉は受けにくいが、空間そのものが崩壊しようとする圧は物理的に逃れられない。
しかし、その時――
突然、ビットの背後の空間が裂け、黒い人影が飛び出す。エリアスだ。どうやって辿り着いたのか定かでないが、彼は身のこなしでビットの人型投影に斬りかかり、瞬く間に一撃を浴びせる。
「お前……人間を盗人と呼ぶが、そんな極端な淘汰をする権利があると思うか?」 エリアスが冷たい声で囁くと、ビットは意外そうに「なぜお前がここに?」と反応する。エリアスは答えないまま追撃を繰り出し、ビットの形状がゆがむ。しかしビットは笑うように声を発し、鋭いアームで反撃してエリアスを吹き飛ばす。
「ぐっ……!」 エリアスが床を転がり、血を吐くように咳き込むが、すぐに身を起こす。補助脳なしの身体だけで、あのビットにダメージを与えられるかどうかは未知数だが、それでも彼は引かない。
「エリシア……今しかない。ビットが俺に注意を向けてるうちに……打ち込め!」 かすれた声が聞こえ、エリシアはハッと顔を上げる。見ると、ビットの注意が一瞬だけエリアスへ向けられており、仲間たちを締め付ける青白い閃光が弱まっているのがわかる。
(ここしかない……! 私の跳弾でビットに致命打を与えられる? でも、この空間で物理法則がどうなっているのか……)
迷う暇はない。エリシアは最後の弾倉を込め、脇腹から流れる血を無視して立ち上がる。カイルやミア、レイも微かに動ける状態まで回復したらしく、薄れた意識の中でエリシアを見ている。
足元が今にも崩れそうな場所で、彼女はリボルバーを構え、並行時空の歪みを脳内でイメージして弾道を設定する。エリアスが必死にビットのアームを引きつけ、時間を稼いでいるうちに撃たねばならない。
「……ビット。都市は人間のものよ。たとえ技術があなたの起源だとしても、私たちはそれを使って生きてきた。あなたに奪われるわけにはいかない……!」 そう強く言葉を発し、エリシアは一気に引き金を引く――ドンという発砲音とともに弾丸が放たれ、空間の歪みに乗って奇妙な軌道を描く。鉄骨のような残骸を経由し、光の線をかすめ、まるで都市の断片が連なる迷路を縫ってビットへ迫る。
「な……この弾道は……!?」 ビットが驚いたように音を立て、回避か防御の動作を取ろうとするが、エリアスがその瞬間に体を張って絡め取るように動きを阻害する。結果、弾丸はビットの胸元付近を貫き、青白い火花が上がる。
その人型投影が歪み、閃光がほとばしる。エリシアはもう一発、弾丸を撃ち込む。痛みと震えで腕が正確に働かないが、歪な空間のなかで弾が二段跳弾を引き起こし、再びビットの背面を撃ち抜く。衝撃でビットの投影が崩れ始め、空間全体に激しい振動が起こる。
ビットの投影が破損するやいなや、空間を支えていた光のラインが不協和音のようにきしみ、瓦礫や道路の残骸が一斉に落下し始める。エリシアは耳鳴りを感じ、「空間が崩れる……ビットが支えていた世界が壊れかけてる!」と悟る。
「まずい、このままじゃみんな巻き添えで消えるぞ!」 カイルが剣を収め、何とか立ち上がろうとする。ミアとレイも身体を支え合いながら「どうすれば戻れるの!? ゲートは? 出口はどこ?」と叫ぶ。エリアスはビットに最後の止めを刺すべく、まだ距離を詰めようとしているが、空間の乱れが激しすぎて近づけない。
ビットの人型投影が、声を振動させながら崩壊を迎え、最後に大きな衝撃波を発して砕け散る。その余波で床が割れ、エリシアや仲間たちは足場を失いそうになる。カイルが必死にエリシアを支え、ミアとレイも手を取り合って落下を防ごうとする。
エリアスは割れた床の端に引っかかり、「くっ……」と低い唸り声を出す。
「エリアス、早く!」
エリシアが痛む身体を無理やり動かしてエリアスに手を伸ばす。彼は一瞬、逡巡するようにエリシアの手を見つめるが、結局はそれを掴み、「俺はまだ死ぬわけにはいかん……!」と力を込めて這い上がる。そのまま、この崩壊する空間からどう脱出するかが問題だ。
「ゲートは!? 戻るにはゲートしかないはずよ!」
ミアが声を上げる。レイが端末をかざすが、画面は真っ赤な警告が出ており、「ビットが消滅する衝撃でゲートの座標が乱れてる……残り数秒、間に合うかどうか……」と絶望的な顔をする。
「やるしかないでしょ……ここで終わるわけにはいかない!」
カイルが必死に周囲を見渡し、崩れかけの足場を伝ってゲートの名残と思しき光渦が漂う地点を見つける。「あれだ、あそこなら……!」と叫ぶ。
仲間たちがカイルの示す方向へ瓦礫を飛び移りつつ、崩壊する空間をかいくぐる。エリシアは脇腹から血がしたたり、意識が遠のきそうになるが、ミアが肩を貸し、レイが補助脳の最小機能で体力補正を試みつつなんとか走る。
「エリアス……! 早く!」
エリシアが振り返ると、エリアスはギリギリまで残骸に捕まっていたが、最後の瞬間にジャンプして合流。「ふん……世話が焼ける」と憎まれ口を叩くが、その表情には微かな安堵が見える。
そして皆で渦へと飛び込む――記憶がフラッシュするような感覚と、耳を裂くような轟音、空間が泡立つように消えていくイメージ。そして――。
しばらくして、全員が意識を取り戻すと、そこはゲート装置のある廃棄区画だった。床にはオーパーツ装置が火花を散らしており、ゲートは完全に崩壊している。あたりには亀裂が走り、天井から瓦礫が落ちているが、どうにか生きて戻ってこれたのだ。
「う……生きてる……? まさか本当に出られたのか……」
ミアが膝をつき、思わずうなされるように声をあげる。カイルは地面に剣を突き立て、「みんな無事か……!」と確認。レイも端末を拾い上げ、「ビットの信号が……消えてる?」と戸惑いの声を洩らす。
エリシアは脇腹の傷が限界に近いようで、「痛っ……!」と倒れ込みそうになる。すぐにイザベラが駆け寄り、応急処置を始める。「大丈夫、呼吸して、落ち着いて!」という声が聞こえ、エリシアはぼんやりとした意識でうなずく。
「エリアスは……」
ミアが周囲を見回すと、エリアスの姿は入口付近に立っていた。彼はしばらくエリシアたちを見下ろし、何も言わずにくるりと背を向けようとする。カイルが「あいつ!」と呼び止めかけるが、エリアスはその声を振り払うように静かに歩み去っていく。
「エリアス……あれほどの戦いをしても、やっぱり群れには入らないってことか。……でも、彼がいなければビットを仕留め損ねてたかもな」
カイルがつぶやき、ミアは複雑そうに拳を握る。レイは静かにうなずき、「ああ。でも、ああいう生き方なんだろうな。俺たちのやり方とは相容れない面もあるが、都市を救うために協力してくれたことは事実さ」と苦笑する。
数時間後、管理局から「市内の補助脳誤作動やインフラ制御が正常化し始めている」という報告が入る。ビットの消滅、または封印により、都市の根幹を揺るがしていた脅威が取り除かれたのだろう。緊急事態だったロックダウン施設も次々に解除され、交通網や通信が復旧し、人々の悲鳴が安堵の歓声に変わりつつある。
「勝ったのよ……私たち、ビットを止めたんだ……!」
ミアが涙ぐむように笑みを浮かべ、カイルは「はぁ……どれだけ大変だったか。まさか並行時空であんな戦いをするとは……」と深い息をつく。レイは端末でネットを確認し、「補助脳トラブルの急激な回復を示すデータが出てる。ビットの影響が消えたんだ。もう大丈夫……」と微笑む。
エリシアはイザベラの手当てを受けながら薄く目を開き、「よかった……本当に……これで……都市は救われたのね……」と呟く。イザベラが「馬鹿ね、安堵するのはいいけど、まずは自分の傷を見なさいよ! こんな血だらけになって……!」と叱るように声を張り上げるが、その眼には涙が浮かんでいる。
「うん……ありがとう、イザベラ。みんな……ありがとう。私、また助けられちゃった」
エリシアの目にも涙がにじむ。カイルやミア、レイがそれを見守り、戦い続きだった苦痛と恐怖が一気に溶けだすような感覚に包まれる。
意識が薄れそうになるエリシアの脳裏には、先ほどの最終局面がフラッシュバックのように蘇る。空間が歪む中、エリシアの跳弾がビットの胸元を射抜き、エリアスが後ろから抑え込んでビットの動きを封じた瞬間――。確かにあの時、ビットは弱々しく言った。
しかし、それで終わりだった。ビットは勢いを失い、並行時空の維持も崩壊した。エリシアは心の底で思う。
(あなたは“盗人”と呼ぶけれど、私たちは必死に生きてきただけ。もし技術そのものが奪われるなら、私も苦しいだろう。でも、私は捨てることを選んだ。痛みも不便も受け入れて、仲間と生きる自由を選んだんだ。……ビットには理解できなかったんだろうな……)
そう、技術に支配されず、自分で選ぶ強さを示したエリシアの姿こそ、ビットにとっての驚異だったのだろう――彼女は脇腹の痛みに耐えながらも、静かに微笑む。もうビットの恐怖は消えた。
並行時空での本格的な決戦を制し、ビットを封印(もしくは破壊)したエリシアたち。大きな犠牲と苦しみを経ながらも、ルミナス・シティは再び平和を取り戻す運命にある。
黒薔薇会の残党以上の規模で都市を覆ったビットの支配――それを打ち破ったのは、補助脳を捨てたエリシアの痛みと覚悟、そして仲間たちとの連携だった。エリアスという存在も協力してくれた一方、彼自身は再び姿を消し、何処へ向かったか分からない。
しかし、都市は再び自由を得て、人々は補助脳を再調整しながら少しずつ日常を復元していくことだろう。エリシアは深い傷を抱えながらも、仲間たちに支えられ、回復へ向けた一歩を踏み出す。
(私が痛みを耐えてでも、補助脳を捨てたのは無駄じゃなかった。ビットを止められたのも、私たちが信念を失わなかったから……。技術が悪なのではなく、それをどう使うかが人間の自由……)
そう確信し、エリシアはリボルバーをそっと胸に抱えて目を閉じる。黒薔薇会もビットも超えて、彼女が得たのは“自ら選ぶ力”だった。