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再観測:星を継ぐもの:Episode11-3

Episode11-3:アリスか世界か

白い亀裂が消え、崩壊寸前だった宙域がかろうじて安定した――はずだった。しかし円卓騎士団のメンバーは、その場の空気にどこか重苦しさを感じていた。青い霧に包まれた静寂のなか、誰もがほっと安堵したい気持ちと、まだ終わっていないような不安が混じり合っている。
特に、ここまで戦いの中心にいたアリスの状態が気がかりだった。巨大な干渉や覚醒寸前の力を何度も使った彼女は、いま艦の医務室のベッドで深い眠りについている。神官たちが言うには「ただの疲労が大きいだけで、危険はない」。しかしカインたちはそれでも油断できない。もしアリスが完全に目覚めれば、世界そのものが消滅するというリスク――その恐怖が拭えないからだ。


「アリスの容態は、どうなんだ?」
アーサーが片腕のないエクスカリバーから降り、気だるげな表情で問う。すぐそばで医療班が作業を続け、神官隊の女性が応える。「頭痛や疲労は深刻でしたが、今は落ち着いています。眠り自体は普通の休息のようで……」

「そうか……だが、もし彼女が再び“覚醒”に傾けば、世界が危ないって話はどうなる?」ガウェインが傷だらけの機体を整備士に任せながら強い声を上げる。彼は盾を失い、腕にも包帯を巻いている。
神官の女性は視線を落とし、「それはわかりません。アリスさん自身が覚醒しないよう制御しているはずですが、もし地上の混乱を見て“さらに力を出さなきゃ”と決断すれば……やはり、危険が伴うかと」と答える。

カインはアリスのベッド脇に立ち、手を握る。彼女は静かな寝息を立てており、今は穏やかな顔つきだ。もともと「中途の覚醒」で世界を崩壊から救ったが、負担は計り知れない。
「守りたい気持ちが強すぎるからこそ、アリスは限界を超えてでも力を使っちまう……」トリスタンが隣で低く呟く。「もしまた大きな戦闘や危機があれば、彼女は迷わず自分を犠牲にするかもしれない。そこが怖いね」


そこへ通信担当が飛び込んできた。「報告! 地上から、ようやく通信が復旧しかけています。王都方面は相当深刻とのこと……。首都圏の壁が破壊され、大勢の難民が流入しているらしいです。内部が混乱して、支配層が崩壊寸前……」
アーサーがその言葉を聞いて顔を歪める。「やはり……。妹のエリザベスの消息は? いや、今は誰の安否よりも先に国全体をどうにかしなければ……」
「ええ、さらに他の都市国家も今は食糧不足や医療崩壊が進んでいるとか。The Orderの影響が一瞬で引いたせいで、治安やインフラにしわ寄せが……」と通信士がため息混じりに伝える。

ガウェインが苛立ちを隠せない。「くそ……そこへ飛んでいければいいが、俺たちもボロボロだ。地上へ降りる術はあっても、円卓騎士団だけで何とかできるか?」

「今度は地上の大混乱か……」トリスタンも神経を尖らせる。
一方、アリスのベッドサイドで聞いていたカインは、拳を握りしめていた。「アリスが目を覚ましたら、『どうにかしなくちゃ』って絶対言うだろう。けど、今度ばかりは世界が揺らぐような干渉をしたら……」

「世界が壊れるか、アリスが壊れるか。その瀬戸際かもな……」ガウェインが舌打ちするように言う。


王都や各都市を救うには、アリスの“神にも等しい力”があれば復興を大幅に加速できるだろう。だが、そんな大規模な干渉を再び行えば、確実にアリスの身体と心が危険に晒される。何より、覚醒にさらに踏み込めば、本当に世界崩壊を引き起こすかもしれない。
この葛藤に気づいた神官の一人が、アーサーに進言する。「王……私たちで可能な限り対処を進め、アリスを余計な負担から遠ざける方法はないのでしょうか? 世界かアリスか……その二択を迫られぬよう、我々がやれるだけのことを……」

アーサーは腕のない機体を見下ろし、「もちろん、私たちも努力はする。だが、地上の被害規模は想像を絶するかもしれん。要塞破壊や崩壊の余波で環境が狂い、飢餓や疫病が大発生している可能性もある……アリスの力なしで、果たして間に合うだろうか」

ガウェインは苛立ち紛れに声を張る。「間に合わねえかもしれない。だけどアリスに頼ってまた覚醒させちゃ、地上が助かっても世界ごと飛ぶかもしれない。なんだよ、この理不尽な選択は……!」

カインは俯き、「アリスを救うか、世界を救うか……俺はどっちも救いたいけど、これ以上彼女を酷使したらどうなるか……。でも、地上が崩壊するのを黙って見ていられない……」


ちょうどそのとき、アリスがベッドの上で瞳をゆっくり開き始める。「……カイン……? みん……な……」と途切れがちな呼吸で状況を探るように顔を巡らせる。
「アリス、今は寝てていい。地上が混乱してるが、俺たちがなんとか……」カインが励まそうとするが、アリスは首を横に振り、「いいの……もう私は眠らない。地上へ行こう……助けないと……」といきなり体を起こそうとする。

神官が制止する。「アリスさん、あなたがまた大きな干渉を使えば……」
アリスはかすかに笑みを浮かべる。「わかってる……。私が本当に“世界を壊す覚醒”を引き寄せないように、力を抑えながら復興をサポートする。できると思う……。きっと、世界かアリスか……そんな究極の二択じゃないやり方があるはずだから」

カインはその言葉に心が震える。自分が一番求めていた「両方を救う道」を、彼女が示してくれるなら嬉しいが、本当に可能なのか……。
ガウェインは頬をひきつらせ、「お前がそう言ってくれるとありがてえけど、無理すんなよ……マジで死ぬかもしれないんだから」


時を同じくして、艦内のブリッジでは「地上降下作戦」を立案中だった。空母や輸送艦が最小限の修理を済ませ、王都付近へ飛行するルートを確保する計画である。しかし、着陸場所の安全は不明だ。施設は多く壊れ、難民が路上を埋め尽くしていると推測される。
「皆で降りても、膨大な支援が必要だ。アリスの力を借りれば瓦礫の撤去や農地回復が早まるかもしれない。だが、彼女を頼ってばかりでは……」アーサーが険しい面持ちで地図を見つめる。

「いいの……私、やるよ。みんなが苦しんでいるなら、私の力で何とかなるなら、それでいいじゃない」とアリスがブリッジへ姿を見せる。神官や整備士が慌てて止めに入ろうとするが、彼女の瞳は決意に燃えていた。
カインが付き添い、「ただし、世界壊すほどの覚醒はしないでくれよ。無理しない範囲で……」と苦笑する。アリスは笑みを返し、「わかってる。そこは慎重にコントロールしてみせる……たぶん、できると思う。今はもう、絶望的な段階を超えたから……」

ガウェインやトリスタンも「ならオレらも地上へ同行するさ。アリスの警護と、復興支援も必要だろう」と腕を組む。アーサーは目を伏せ、「ありがとう。私も行く。円卓騎士団として、王都を建て直す責務がある」


そうして計画は動き出すが、なおも一部の神官や士官は、「もし大規模な自然災害が起きた場合、アリスが再干渉しなければ人々が大勢死ぬかもしれない。だが、彼女が力を使いすぎたら覚醒し、世界が消えるリスクが高まる」と懸念を述べる。
まさに「アリスか世界か」という最悪のシチュエーションが付き纏うのだ。何か重大な天災やパンデミックが発生したら、アリスの力なしでは多数の命が救えないかもしれない。一方、彼女がフルパワーを解放すれば、全てが無に帰す可能性を誰も否定できない。

「ああ、なんて理不尽だ……」ガウェインが拳を机に叩きつける。「救いたいのに救えない、力があるのに使えば世界が消えるかもしれねえ……」
トリスタンは落ち着いた口調で、「逆に言えば、あの死線を超えてアリスは“完全には目覚めずに力を一部使える”状態になったんだ。上手く立ち回れば……両方救えるかもしれない。それを信じるしかないんじゃないか?」と繰り返す。

カインも同じ想いだ。彼はブリッジの端でアリスを見守り、「両方を救う道を探そう。アリスを守って、世界も守る。たとえ無理筋でも、俺たちは諦めない」と強く宣言する。アーサーは腕を組み、「そうだな、円卓の騎士団は不可能を可能にしてきた。まだ希望はある」と賛同する。


数時間後、輸送艦の艦橋から見える星海の暗闇が切り替わるように、下方に青い惑星が広がり始めた。久しぶりに帰還する地球の姿だが、ところどころに焼け跡や環境変動の痕跡が見て取れる。要塞破壊や観測光戦闘の余波で、大気に渦が走っているとも報告されている。
「無事に降りられるか……」アリスが操縦席の隣で不安げな顔をする。カインは軽く肩を叩いて、「大丈夫だ。地上に着いたら、一緒に復興を進めるんだろ? お前ならできる」と微笑む。
ガウェインが笑みを浮かべて「アリスにしては珍しく弱気だな? お前の奇跡で、地上の工事なんざ朝飯前ってのが本音だろ?」と冗談めかす。アリスは苦笑し、「ううん、正直怖い。もしまた覚醒の境界を超えたら……って、考えちゃって……」

トリスタンはレーダーを確認しながら言う。「まあ、そこをコントロールするのが君の使命なんだよ。きっとやれるさ。俺たちが見張っている」


輸送艦が大気圏へ突入すると、地上では激しい風が吹き荒れているのが分かる。観測光の干渉が消えたとはいえ、瓦礫や灰の巻き上げが酷く、視界が悪い。爆撃の痕跡も明らかに残っており、遠方では火災が続いているようにも見えた。
アーサーは操縦席で顔を曇らせ、「王都近郊がこれほど……。妹は無事だろうか……」と唇を噛む。ガウェインも「こりゃ、ひでえ有様だ。避難民がどこへ逃げてるか分からねえな」と息を呑む。
カインはアリスが後ろで座り込む姿を見やり、「いきなり大規模な干渉をするのは危険だ。徐々に瓦礫の撤去や水の浄化など、小規模でやるだけでも大いに役立つさ」と促す。アリスは静かに目を伏せ、「うん……でも、もし足りなかったら……? 多くの命がこの惨状で失われるなら、私は……」と悩む。

「アリス……世界かお前か、じゃなくて、その両方をなんとかするんだ。限界を超えない程度に少しずつ使えばいい。きっとそれで充分だ」カインは握りこぶしを作る。「俺たち人間だって、頑張ればできることは多い。全部アリスに任せる必要はない。俺らを信じろ」

アリスはその言葉にうっすら笑みを返す。「ありがとう……本当にそうだね。私に全部負わせないで、みんなが頑張ってくれたら……世界と私、両方救えるかもしれない……」


艦が王都の外れに着陸し、円卓騎士団の面々が降り立つと、そこは噂以上に荒廃した光景だった。石造りの城壁は巨大な亀裂に裂かれ、無数の家屋が崩れて瓦礫の山と化している。炎が続く地域もあり、難民が行き場を失って徘徊する姿もあった。
アーサーは絶句し、「これが我が国か……想像以上だ」と息を飲む。ガウェインやトリスタンが手を貸して、必死に惨状を調べる。飢えや疾病が蔓延しそうな雰囲気が漂い、砲声こそないが悲鳴や叫び声があちこちから上がる。

そんなとき、医師団が倒壊した建物の下から必死に人を救おうとしている。だが、瓦礫が大きく、重機などまともに動かせるものがない。アリスがそれを見て、そっとカインに耳打ちする。「小規模な干渉で瓦礫を退かせれば……助かる命が増えるかも。今ならできる」
カインは目を見開き、「アリス……無理は……」と言いかけるが、アリスは笑って首を横に振る。「大丈夫。これはほんの小さな力……世界を壊すほどのものじゃない。私が抑えられるから……」


アリスがそっと腕を伸ばし、観測光の微細な波紋を瓦礫に向ける。すると、石材がふわりと浮き上がり、周囲を巻き込まずにズラすように移動される。まるでテレキネシスのような光景だが、実際は干渉力を用いた制御だ。
「なんだ、今の……!」市民たちが驚きの声を上げる。医師団が「あ、ありがとう……これで下に埋まっている人を引き出せる!」と必死に患者を助け始める。
アリスは汗をにじませながらも微笑む。「よかった、これくらいなら……苦しくない」

カインが見守りながら胸をなで下ろす。「ほらな、両方を救う道はあるんだよ」


とはいえ、瓦礫の撤去や小規模の支援だけでは、この王都の壊滅的状況を一朝一夕で解決できない。上水道の崩壊や農地の荒廃、疫病の蔓延など、根本的な再建が必要だ。
アーサーは城内に踏み込みたいが、「城の大半が崩落して、どこから手をつければいいか分からん」と頭を抱える。ガウェインも「支援要請を出してるが、他の都市も同じようにやばい状況らしい」と苛立つ。
そんな中、アリスがそっと腰を下ろして休息を取りつつ周囲の景色を見ている。街路が瓦礫で埋まる光景を見て、「もし、私が大規模に干渉を発動すれば、街ごと再建できるかも……」と弱々しく呟く。

ガウェインがすぐに声を荒げる。「やめろ、アリス! そんな大掛かりなことしたら、また覚醒が進むかもしれねえだろ!」
トリスタンは静かにアリスの肩に手を置き、「あなたが壊れたら、どのみち世界が無意味になっちゃう。ここは人間の手で積み上げるしかない部分が大きいと思うんだ……焦らなくていいさ」と諭す。
アリスは目を伏せて沈黙し、カインはその横で苦しげな顔を見せる。「分かってる……だけど多くの人が今まさに死にかけている。もっと迅速に助けたいのに、このままじゃ間に合わない被害も大きいんだ……」


そうして、またジレンマが再燃する。アリスが力を最大限行使すれば、多くの命が救われるかもしれないが、覚醒の危険が一気に増す。逆に小規模の干渉に留めれば、アリスの安全は保てるが、地上の死者は格段に増える可能性がある。
アーサーは片腕のないまま、倒壊した王城を見上げ、「皆、私には分からなくなってきた。どちらも諦めたくないが、時間の猶予が少なすぎる……。世界が崩壊しないギリギリのところまでアリスが干渉してくれればいいけど、どのラインが安全か、誰にも分からない」

カインはアリスをちらりと見て、「……そのラインを探すしかないだろうな。アリス、お前はどうしたい?」と直接尋ねる。
アリスは少し考え込んでから、「私は……やはり、命を最優先に助けたい。もし私のせいで、ここで多くの人が死んでいくなら、私は黙っていられない……。でも、覚醒で世界を壊したら、もっと最悪になる……」と自分に問いかけるように声を震わせる。


そんな葛藤の只中、突如として城壁付近で爆音が上がる。The Order残党ではなく、どうやら人間同士の内紛が起きているらしい。飢えや混乱で、略奪集団が暴れ始めたのだ。
「くそ、今度は人同士の戦争か……!」ガウェインが苛立ちをあらわにする。「アリスにかかれば止められるか? いや、こんなん干渉使わずとも、オレらが出て行けば……!」

「待て、俺たちも機体がボロボロだし、アリスも休ませないと。丸腰のまま略奪者の集団に突っ込むのか?」トリスタンは迷うが、もう円卓騎士団しか止める者はいないのが現実だ。
アリスは立ち上がろうとし、「私、いく……人間同士で殺し合いをしてたら、さらに多くの死者が出る……!」と必死に声を上げる。カインは驚きつつも、「そんな力をまた使えば危険だろう……」と言いかけるが、彼女は制止を振りほどく。

「簡単な干渉で彼らを止める。大量の死者が出るほどの武器はないはず……私がやる!」


瓦礫の道を駆け寄ると、そこには飢えと絶望から狂気に陥った何十人もの集団が、難民の持つ物資を奪い、銃や棍棒を振り回していた。破壊された王都の衛兵も統率が取れず、止める者がいない。
アリスが青い瞳を光らせ、干渉波を抑えめに放射する。空中に見えない圧力が走り、略奪者の銃や棍棒が一瞬だけ浮き上がって、彼らの手元から滑り落ちる。
「なんだ……!?」「何が……!」
彼らは混乱し、その間に難民たちが逃げ出す。ガウェインやトリスタンが威嚇して、取り押さえが可能な状態に持ち込む。カインは背後で警戒しながらアリスの身を守る。

「ほら、もうやめろ! お前たちが暴れても、何も生まれない!」ガウェインが叫び、トリスタンは「状況は分かるが、これ以上は人も秩序も崩壊するだけだ」と説得する。
略奪者たちは戸惑いながら、謎の力(アリスの干渉)に怯え、一部が泣き崩れたり逃げだしたりして収束へ向かう。
この程度の干渉ならアリスへの負担も比較的軽く、世界を壊すほどのものではないと本人も感じ取っている。


しかし、その場で救える範囲は限られていた。わずか数ブロックを安定させたところで、瓦礫の下に埋まった人がいる。農地や商区の破壊、病人の大量発生……王都全体をさすがにアリスが瞬時に直すことはできない。
カインは、アリスが小規模の干渉で助けた人々を見て胸を熱くする一方、「でも、これだけの規模じゃ王都の何万、何十万人の苦しみは止められない……」と息を詰まらせる。
アリスも同じく思っていた。「私がもっと大きな力を使えば、一瞬で街を再生できるかもしれない……でも、それは世界を壊すリスクが大きい。私か世界か。仲間と築いたこの人生か、大勢の命か……」

アーサーが肩を落とし、「一気に全部救えるなら、それに越したことはない……。だが、私も覚悟があるとはいえ、世界が消えるのは本末転倒だ。妹に会う前に、世界がなければ意味がない」と苦しげに口を結ぶ。
ガウェインがイラついて拳を握り、「なんだよ、何もかもアリスに頼らないと動かないのか、俺たち人間は……情けねえ」と嘆く。


そんなとき、アリスが干渉で助けた市民たちが近寄ってくる。服はボロボロで、顔に傷や汚れが目立つが、彼女に熱い視線を向ける。「あなたが……噂の、世界を救った方……なのですか?」「どうか私たちを……」と次々に声をかける。
アリスはうつむきながら申し訳なさそうに微笑む。「私、そんな大それた存在じゃないの。少し干渉できるだけ……大きな奇跡は、使ったらきっと世界が壊れちゃうかもしれないから……」

すると、その言葉を聞いた市民の一人がふと膝をつき、「それでもいい! 一人でも多く救ってほしい……もしここが崩壊するなら、それでも私たちは感謝します……」と涙声で訴える。
そこに居合わせた難民や兵士も口々に「助けを……私の家族がまだ建物の下に……」「農地が枯れて飢えが……」と必死にすがるように懇願する。

「ちょ、ちょっと待って……!」カインは市民を落ち着かせようとするが、もう感情が噴き出している。アリスを見つめる人々は、「アリスが大干渉で一発解決してくれ!」と願わんばかりの瞳だ。
アリスは小さく息を呑み、視線を泳がせる。「わ、私……そんな大技は……」


ついに、本格的な二択が迫る。彼ら市民は「たとえ世界が危うくても、この絶望的状況を一気に終わらせてほしい」と求めているも同然。
ガウェインが怒鳴るように言う。「おいおい、アリスが世界をぶっ飛ばしちまうリスクを抱えてまで、そこまで言うのか? その先に未来がないかもしれねえってのに……」

市民は顔を伏せ、「だってもう耐えられないんです……仲間も家族も苦しんで、死んでいくのを見るぐらいなら、いっそ奇跡に賭けたい……」と涙を流す。
アリスは揺れる瞳でカインやアーサーを見やる。「どうしよう……私、どうしたら……」

アーサーは沈痛な面持ちで、ギリギリまでアリスに負荷をかけたくないと思っていた。しかし、王として市民の嘆願を無視できない。「わ、私も迷う……。ここで一気に復興できれば多くの命が救われるが、それで世界が消滅すれば意味がない……」
カインはアリスの肩に手を置き、「お前が決めることじゃない。市民だって、世界が消える危険を本当に理解してるのか? 今は苦しい時期だが、少しずつでも俺たちがやれば……」

そこでアリスがかすかな泣き声で呟いた。「でも、少しずつじゃ……間に合わないかもしれないんでしょ? 行き場のない人が、この瞬間にも死んでいくかもしれない……」
静寂が重く降りる。世界を守るためにアリスを温存するか、アリスが自己犠牲を承知で大規模干渉を使い、王都を再生させるか。

アリスか。

世界か。

どちらを優先するかが突きつけられるようだ。


沈黙のなかで、カインが震える声を上げる。「ふざけるな……そんな、二択で割り切れるわけないだろ。アリスだって、皆だって、生きて未来を作りたいんだ!」
視線が集まる。カインは続ける。「ここは俺たち人間が頑張るべきなんだ。アリスの力に頼るのは最小限で、みんなが手を取り合って地道に再興すればいい。確かに時間はかかるし、多くの死を防げないかもしれない。それでも、最悪の“全消滅”よりは遥かにいいはずだ」

ガウェインが即答する。「それは……正論だが、命が失われるのを見過ごすのか? てめえ、それでも騎士かよ!」
トリスタンは仲裁するように口を挟む。「落ち着け、ガウェイン。俺たち騎士団も昼夜を問わず支援すれば、死者はぐっと減るかもしれない。アリスの大干渉ほどじゃなくても、神官の魔法、残った機械、技術者、集められるものは全部あるんだ」

アリスはぽろぽろ涙をこぼす。「でも……私が本気を出せば、もっと早く救えそうなのに……。それをしないのは、私のエゴなの? それとも正しい選択……?」
カインは彼女の手を握りしめ、力強く言う。「エゴじゃない。お前がいなくなったら、俺たちも世界も失う。そんな救い方じゃ誰も幸せになれない。だから……両方を守るんだよ。俺らが血反吐を吐いてでもやるから、お前は安全な範囲で力を使うだけでいい……!」


胸に手を当てたアリスは、ゆっくり深呼吸する。「わたしは……みんなと生きたい。でも、それで多くの命を見殺しにするのは、耐えられない。両方を救えたら最高だけど、確かに限界はある……」
ガウェインが腕を組み、「すまん、アリス。オレも冷静じゃなかった。お前が全部やる必要はない。オレら騎士団が走り回って、難民を集め、魔法や機械を用いて復興を進める。そこにアリスの小規模干渉が加われば、かなり効率は上がるはずだ」と反省の色を見せる。
アーサーは堅い表情をほぐしつつ、「私が王として国を建て直すのも責務だ。アリスや騎士団の補助があれば、時間はかかっても道は開ける……。たった今、妹や市民を救いたい気持ちは変わらないが、全滅よりはこの方が……」

トリスタンは隣でうなずき、「急ぎたい気持ちがある人もいるが、もしアリスが世界を飛ばしてしまったら、それこそ本当の絶望だ。結局、やれることを積み上げていくしかないんだろうね」とまとめるように言う。

カインはアリスを覗き込み、「両方を選べるよ。無茶な干渉はしなくていい。でも助けられる範囲で、こつこつと。俺たちが必死に動くからさ、きっとこの地上を変えられる」と微笑む。
アリスは声を詰まらせつつ笑顔を返す。「うん……わかった。そうしよう。私か世界か、どっちかを諦めなくてもいい道を……信じる」


こうして、“Episode11-3:アリスか世界か”という問いは、円卓騎士団の決意によって乗り越えられる道を見いだした。すべてをアリスに背負わせず、皆が手を取り合い、少しずつ復興を進める。その過程では何人かが救いきれないかもしれないが、覚醒で世界ごとゼロになる最悪よりは、はるかに希望がある。
市民の切実な声が突き刺さる中、アリスは“全部救う”と豪語する代わりに、仲間や人々を信じて適度に力を使いながら協力する道を選んだのだ。両方を選ぶという苦しくも美しい選択を。

「お前の神にも等しい力が必要になったら、もう一度悩むかもしれないけど……そのときは一緒に答えを出そう」とカインは苦笑いしながら告げる。アリスは涙を拭ってうなずき、「ありがとう。私ひとりじゃ何もかも抱えられないから……」と肩をすくめる。
ガウェインは「オレらが真面目に働けば、復興も案外早いんじゃねえの?」と弱い笑みを浮かべ、トリスタンも「神官や技術者、農家や商人が力を合わせれば、そこまでアリスを酷使せずとも道は開けるはずだ」と希望的観測をつぶやく。
アーサーは王城の廃墟を見上げ、「ここが再び人々の笑い声で満たされる日が来るなら、私はそれで充分だ。アリスと世界、両方を未来へ繋ごう」と決意を新たにする。

“アリスか世界か”――結局、その問いに対する答えは「両方を捨てない」。完全に苦しみが消えるわけではないが、彼らは諦めないで進む。そのとき、青い空には薄日が射し始め、瓦礫に囲まれた王都に一筋の光が差し込むように見えた。まだ混乱は続くが、その先に彼らが築く未来がきっとあるだろう。
アリスはカインの手を握り、「さあ、少しでもできることをやりに行こう。私の力も、みんなの力も……世界を守るために」と微笑んだ。

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