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星を継ぐもの:Episode7-1
Episode7-1:The Orderの巨大戦艦
灰色の空を突き破るかのように、重厚な雲が王都上空へ流れ込んできた。
まるで暗黒の帳が降りてくるような朝焼け。わずかな光が城壁を照らし出すが、その光さえどこか弱々しい。街には昨夜の雨の名残があり、湿った大気が肺にまとわりつくようだ。
そんな停滞した空気を、突如として鋭い警鐘の音が切り裂いた。
「……王都防衛隊より緊急連絡! 遠方に未確認の巨大物体が出現、The Orderの艦隊らしき反応あり――!」
城壁から聴こえる魔力式の警鐘が、王都の静寂を一瞬で塗り替える。かつて誤射や暴走、そしてギネヴィアウイルスの蔓延で崩壊寸前まで追い込まれていた円卓騎士団が、ようやく「再結成の兆し」を掴みはじめたこのタイミングで、さらなる強敵が迫ってきたというのか。
王城の飛行甲板では、まだ明るくなりきらないうちから準備が進められていた。風は冷たく、灰色の雲が今にも雨を落としそうだが、兵たちは慌ただしく行き交い、やがてそこへカインやガウェイン、モードレッド、トリスタンら主要メンバーが集まる。神官リリィとセリナもすでに姿を見せ、肩を落としつつも魔力式の端末をチェックしている。
「どうやら確定だ。北方の空域から、巨大戦艦らしきものがこちらへ移動中……The Orderの振動が強く観測されている。正体不明だが、従来の白銀装甲の比じゃない規模だ」
マーリンがタブレットを抱え、唸るように告げる。エリザベスとアーサーもその画面を覗き込み、緊迫した面持ちだ。
「今までも敵が戦艦めいた形態を取ったことはあったけれど、今回はさらに巨大で、複数のコア反応があるらしい。それに、どうやら空を飛びながら地表へ多数の小型ユニットを投下する能力も備えているかもしれない……」
エリザベスが声を震わせ、アーサーは苦々しく眉を寄せる。「つまり、大規模侵攻の予感がするわけだな。この時期に……ちょうど私たちがギネヴィアウイルスの対応で忙殺されている隙を突くかのように」
「やつらがこのタイミングを狙ったのは間違いない。俺たちの分裂が落ち着き始め、干渉治療が浸透してきたからこそ、敵も本腰を入れて攻撃しようというわけか」
カインが低く唸る。先日までギネヴィアウイルスの脅威で円卓騎士団が崩壊寸前にあったが、神官たちの尽力で結束を少しずつ取り戻し始めた矢先、敵が最大規模の兵器を持ち込んできたという構図に思える。
「皆、敵は空から来るようだ。巨大戦艦……どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないが、観測光や歪みを利用した大火力は必至だ。誤射や病どころじゃなく、即死の可能性もあるだろう」
モードレッドが口調を荒げながら、引き締まった表情で先を読む。ガウェインは唸るように、「俺は防御フィールドを最大出力するしかないが、この規模の戦艦相手にどこまで耐えられるか……」と冷や汗を滲ませる。
「王都北部監視班、報告! 上空に巨大な艦が確認されました! 広範囲に歪みを展開中……間違いない、The Orderの巨大戦艦です!」
外から響く叫び声に応じ、詰所で作業をしていた兵がばたばたと走る。カインとモードレッドが「もう来たか……」と同時に動き出すと、上空を見上げた整備員が言葉を失っているのが視界に入る。
王城の塔から双眼鏡で覗く兵士の声が震えていた。「ば……化け物だ……あんな大きさ、初めて見る……! 空をまるごと覆うような……!」
実際に地平線の向こうから、暗雲と同化するかのような黒々とした巨大シルエットが浮かんでいるのが視認できる。高高度をゆっくりと移動しながら、まるで湖面を滑る戦艦のようなフォルムが不気味に近づいてくる。艦体の表面には白銀の装甲がうねるように貼り付き、歪みの小規模な波紋が縦横に走っているのが肉眼でも確認できた。
「……あんなもの、本当に勝てるのかよ……」
若い兵が震え声で言葉を漏らし、周囲の誰もが内心で同じ疑問を抱いていた。王都上空へ侵入されれば、誤射や病で弱ったままの防衛体制では歯が立たないかもしれない。
「いや、今はもう分裂している場合じゃない! 皆が協力すれば、干渉治療だってあるし、誤射を恐れずに戦えるだろう!」
カインが自らを奮い立たせるように叫び、隣でガウェインが「その通りだ。俺たちはもう一度結束を取り戻しつつある」と声を合わせる。モードレッドが「ビビるんじゃねえ! あんなデカブツ、叩き落としてやる!」と荒い調子で吹き上がるが、彼なりの意地だろう。
アーサーが広間に現れ、皆に向けて高らかに命じた。「円卓騎士団は速やかに戦闘態勢を整えよ。巨大戦艦が飛来してくる間に迎撃位置を取る。神官と整備班も、病を抱えた隊員が動けるよう干渉治療を随時行ってくれ! これが最大の山場となるはずだ!」
とはいえ、先日まで病や誤射の恐怖で分裂寸前だった騎士団は、決して万全ではない。隊員の中にはまだ熱が下がり切らない者、あるいは暴走のトラウマから完全に立ち直れていない者もいる。それでもここで逃げれば、巨大戦艦が王都を焼き払うかもしれない。
リリィとセリナが神官チームを率いて、各隊に分散し、干渉治療の準備を整える。もし戦闘中に発作が起これば即座にケアする形だ。
「私たちが必ず誤射や暴走を止めるから……どうか皆、前を向いて戦って」
リリィがにこやかに隊員へ声をかける。セリナも「そう。あなたたちを見捨てないし、あなたたちも仲間を撃たないって、信じているわ」と穏やかな笑みを湛える。
こうした呼びかけが効果を生み、激戦区へ向かう隊員らに微かな勇気を与えるのが分かる。数日前までは悲観と恐怖に沈んでいた人々が、再び仲間と背中を合わせようとする姿が、王城の大広場に見え始めた。
「誤射しそうになったら、すぐ呼んでくれ。俺たち神官が干渉治療で何とかする。……お互い、守り合っていこう」
離脱派だった騎士同士が握手を交わすシーンなど、まさに再結成を象徴する光景だ。
やがて、霧か雲か分からない濃密な塊を押し分けるように、黒々とした艦影が王都近郊の上空に差しかかってくる。遠くの空が歪み、雷光がちらつく。その影の下部には無数の砲塔や突起が並んでいて、そこここから細いビームが地表へ伸びている様子が見える。
「まずいな……すでに攻撃体勢に入ってる。あの大きさ、どうやって落とす?」
モードレッドが舌打ち交じりに操縦席でごちる。通信越しにガウェインの声が「まさに空中要塞だ……防御フィールドでどれだけ防げるか、やってみるしかない」と返ってくる。
「神官たち、頼むよ。誤射が起きないよう監視してくれ。俺たちが位相干渉弾をぶち込む間に、敵の砲撃を防ぎきるんだ」
カインが本隊の前頭に立ち、銀の小手を加速させようとするが、そのとき上空から凄まじい閃光が襲いかかってくる。
「やばい、弾幕が広い……!」
ビームが複数に分岐し、まるで網を張るように地表を撃ち抜いていく。防御フィールドを重ね合わせても全部は防ぎきれず、隊の一部が回避行動を取るが、錯乱しそうな光量と爆音に恐怖を覚える者が多い。
「俺たちが誤射するかも……っ!」
ある騎士がパニックに陥りかけたが、直ちに神官が観測術で位置を把握し、リリィが干渉治療を実行する。歪んだ意識が一瞬でクリアになり、誤射を起こす前に落ち着きを取り戻す。その場面を目の当たりにした仲間が「すごい……!」と驚きつつ、何とか自分も踏ん張ろうと気合を入れる。
モードレッドは大きく旋回しながら火力を集中させ、ガウェインが前衛で防御を張る。トリスタンは高空から砲塔を潰そうと狙撃するが、巨大戦艦は歪みを纏い、簡単にはダメージを受けない。
「相当な出力だ……! 修復力もあるのか? 砲塔が破壊されても再生してるぞ……」
トリスタンの声が震えながら通信に乗る。
カインは銀の小手の位相干渉弾を装填しながら、「ならば一気にコア部を破壊するしかない。みんな、少し時間を稼いでくれ!」と呼びかける。
隊員たちの意志が揺らがないよう、「誤射の心配は神官が見張ってる!」「逃げるよりも撃ち落とす方が早い!」と互いに激励し合う。ごく最近まで疑心暗鬼が蔓延していた集団とは思えないほど、わずかの期間で仕切り直している光景だ。
巨大戦艦はゆっくりと移動しながら地上を爆撃し始め、王都の外縁部が次々に火柱を上げる。円卓騎士団は飛行戦闘機で艦の左右に散開し、ガウェインの防御フィールドを軸にしつつ、モードレッドが重火力で側面を抉ろうとする。一方、トリスタンが砲塔を潰しにかかり、カインが銀の小手でコア部を狙う。それらの連携を可能にしているのが、干渉治療により誤射や暴走を抑えられた部隊員の存在だ。
「今だ、撃て! 敵の砲塔がこっちを向いている……!」
ガウェインが咆哮するように指示し、モードレッドが「任せろ!」と気合を込めてミサイルを一斉発射する。続けてトリスタンが狙撃で補完し、艦の側面で複数の爆発が起きる。装甲が剥がれかけるが、相当な修復力を持つのか、すぐに黒い膜が覆い始める。
カインは背後から突き上げるように高度を上げ、「リリィ、セリナ、準備はいいか? これから上部のコアを狙う!」と声を上げる。すると、輸送機からリリィの焦った声が届く。
「そっちの部隊、発熱の症状が出始めた人が二人います……大丈夫かしら、誤射しそうになったら止めますけど!」
「分かった……何とか耐えてくれ! 俺が決めるから!」
カインは自分を励ますように言い、銀の小手を限界まで加速させる。霧のように纏う歪みが機体を軋ませるが、全力で進み、上部の中枢と思われるドーム状のパーツを狙って機体を傾ける。
艦の上面からは赤紫の光が漏れ、観測光に似た熱量が空気を歪ませている。そちらへ向けて位相干渉弾を発射するのは至難の業だが、ここを破壊すれば修復力ごと本体を無力化できる可能性が高い。
「行くぞ……!」
カインは瞳を研ぎ澄ませ、目測でドーム部を狙い定める。同時に下方ではガウェインやモードレッドが斉射して相手の砲火を引きつけ、トリスタンが援護射撃を重ねてくる。干渉治療を受けた兵たちも歪みの渦に近づいて銃撃を援護し、誤射することなく射線を集中している。
「これが……俺たちの再結成の力だ!」
カインが気合をこめ、トリガーを一気に引く。三連射の位相干渉弾が艦のドーム部を貫き、爆発の閃光が濁った雲を反射して広がる。轟音が大気を震わせ、歪みが乱れを起こしてバチバチと火花のように散る。瞬く間に装甲が剥がれて巨大戦艦が揺れる姿が視界に入り、修復をしようと黒い線維が蠢くが、被弾箇所が大きすぎるようだ。
「……やったか?」
モードレッドが通信で叫ぶが、艦体はまだ完全に崩壊していない。大きく揺れながら黒い煙を噴き、一部の砲塔から捨て身のようにビームが放たれる。カインが回避行動を取るが、近くの仲間機が被弾しそうになってあわや誤射に繋がりかねない混乱が生まれる。
「まずい! 高熱がぶり返した……!」
リリィの声が緊迫した響きを帯びる。どうやら別の隊員が発作を起こし、味方機に向けて銃を向けそうになったらしい。
「頼む……頼むぞ!」
カインは銀の小手を反転させ、周囲の爆風を振り払いつつ必死の思いで通信に叫ぶ。すぐさまリリィとセリナが干渉治療で抑えようとするが、それまでの数秒で誤射が起きれば命取りだ。まるで時間が止まったかのように息苦しい一瞬――だが、そこにマーリンの声が割り込む。
「大丈夫、俺たちが観測していた! もう治療を当ててるから、誤射は起こさない……!」
そう、神官たちが築き上げた観測ネットワークが発作に先回りして介入し、誤射を抑え込むのだ。わずかな魔力の光が兵の体を包み、激しい呼吸をしながら意識を取り戻す姿がモニターに映る。
「す、すまない……」
兵は泣きそうな声で謝罪し、仲間が「大丈夫だ、まだ戦える!」と励ます。ほんの数日前ならここで撃ち合っていたかもしれないが、今は干渉治療と相互の信頼が彼らをつなぎ止めている。
一方、カインの放った位相干渉弾でダメージを受けた巨大戦艦は修復が追いつかず、あちこちから炎と黒煙を噴き上げていた。モードレッドやガウェイン、トリスタンも総攻撃をかけ、兵たちの援護射撃がさらにコア部を撃ち抜く。
最後の抵抗なのか、戦艦が観測光の大波動を周囲に放ち、まるで空が引き裂けるような閃光が走る。防御フィールドを張るガウェインが唸り声を上げつつ持ちこたえ、隊員が回避に成功。誤射が起きることもなく、巨大戦艦が崩れ落ちるシルエットが視界に広がる。
砲塔群が吹き飛び、艦の胴体が沈んだように姿勢を崩す。空中で螺旋を描きながら宙を漂い、最後の黒い塊が爆散していく様は、まるで悪夢が晴れるかのようだった。
カインは震える手で操縦桿を握りしめながら、「やった……倒せた……!」と声を詰まらせる。周囲の皆が歓声を上げたり、ぐったりと疲弊したり、混ざった反応を見せるが、誤射や暴走は一度も起きずに勝利を収めたのだ。
「みんな、お疲れ……本当によくやったな。こんな化け物相手に、誰一人味方を撃たずに勝てるなんて……」
ガウェインの通信が混じり、モードレッドが「ちっ、今までならこんなの考えられなかったが……俺たち、やりやがったな」と笑う声が返る。トリスタンは静かに「見事な連携だった」と短く称える。
“再結成の兆し”が単なる希望にとどまらず、現実の勝利として結実した瞬間だった。数日前までのバラバラ感を思えば、奇跡としか言いようがない。
輸送機で待機していたリリィとセリナが「誤射ゼロです……皆、大丈夫……!」と半泣きの声を上げ、隊員たちも「ありがとう、神官さんたちがいてくれたから……」と次々に感謝を伝える。まさに巨大戦艦の破壊とともに、長かった分裂への恐怖も少しずつ拭い去られているかのようだ。
戦闘を終えた部隊が王都の上空に戻ってくると、先ほどまで重かった雲がわずかに割れ、朝日が輝く光条を地表に届けていた。遠くから見れば、巨大戦艦が存在していた空域に、かすかに黒い残骸が降り注いでいるのが分かるが、それはもう脅威をなさない。
飛行甲板に着陸したカインと仲間たちは、まだ勝利の実感が湧かない様子で互いの無事を確認し合う。誰も誤射せず、誰も互いを撃つことなく巨艦を墜とした。その意味は、王都中にとって計り知れないほど大きい。
「みんな、本当にありがとう……一度は分裂の危機だったけど、干渉治療と互いを信じる気持ちが、ここまで乗り越えさせてくれたんだ」
カインはマイクを通じて広場に向け、そう声を響かせる。そこに集まった人々――兵や市民、そしてかつて離脱派だった者までも、盛大な拍手を送る。すでに誤射の恐怖は最小限に抑えられ、敵の巨大戦艦さえ討ち倒せた事実が皆を興奮させていた。
モードレッドが傷んだ機体から降り、「ちくしょう、まだ直しが必要か……」と笑いつつ、傍にいた若い兵をポンと叩いて「お前も最後までよく踏み止まったな」と称える。兵は照れくさそうに頭を下げ、「自分一人じゃこうはいきませんでした。皆が見ててくれたから……」と応じる。
ガウェインは防御フィールドのユニットを外しながら周囲に「けが人の手当てを急げ。俺も手伝うぞ」と声をかけ、トリスタンは無言で武器を整備しつつ、薄い笑みを浮かべる。再び一体感を取り戻す円卓騎士団の姿がそこにある。
神官リリィとセリナはヘトヘトになりながらも、干渉治療の機材を抱えて着陸し、周囲の感謝の声を受けては「いいえ、皆さんが最後まで踏ん張ったから勝てたんですよ」と微笑む。マーリンが駆け寄って「装置がうまく機能したようだな。まだ改良の余地はあるが、この勝利は大きいぞ」と興奮気味に言い、神官長マグナスも「これで、王都の絆がさらに固まったに違いない」と感極まった表情で頷いている。
戦闘終了から数時間が経ち、雨雲はすっかり遠ざかり、王都に久方ぶりの鮮やかな陽光が降り注いでいた。灰色の空が裂けたように青が広がり、明るい空気が街全体を包んでいる。
街路を見下ろすと、人々が肩を抱き合い、騎士たちに拍手を送り、神官に礼を述べ、同時に「仲間を撃たないで済んだ」という安堵が広がっている。ギネヴィアウイルスの恐怖はまだ消えたわけではないが、皆が一歩を踏み出したのだ。
城の広間では、アーサーが鎧姿で登場し、戦いを終えた騎士や神官を出迎える。エリザベスがその隣に立ち、「本当によくやってくれたわ。あれほどの艦を、誤射なしで落とすなんて……」と涙ぐむ。
カインやガウェイン、モードレッド、トリスタンらが順にうなずき、リリィとセリナも疲労の笑みを浮かべながら深く礼をする。彼らの背後には各部隊が控え、中にはかつて離脱した騎士や、病による誤射を恐れていた者たちの姿もちゃんと混ざっている。まさに再結成を体現する光景だ。
アーサーはゆっくりと前に歩み出て、皆を見渡したうえで、毅然と声を張る。
「我々は、あの巨大戦艦を倒した。しかし、それだけではなく、病と誤射の恐怖を超えて仲間を信じ合った結果の勝利だ。かつて分裂しかけた円卓騎士団を、こうして一つにまとめてくれた皆の努力に感謝する……ありがとう」
広間に拍手と歓声が沸き起こり、泣き崩れる者や抱き合う者が出る。エリザベスも拍手を送り、「ギネヴィアウイルスの影響は完全には消えていませんが、干渉治療が広がれば、私たちはこの危機を乗り越えられるでしょう」と宣言する。
カインはそんな二人の姿を見つめ、胸が熱くなる。銀の小手に手を添えながら、「やっぱり俺たちは、守るべきものを守り抜く騎士団だ」と再確認する思いに駆られる。
それから少し時間が経ち、カインは医療区画へ足を向けた。先ほどの戦闘で重傷を負った者がいないか確認しようというのだ。すると、そこには誤射をしかけた経験を持つ兵士が健在のまま笑みを浮かべる姿や、離脱派だった者が回復してホッとしている場面があった。
リリィとセリナが干渉治療のための魔力を控えめに使いながらも、一人ひとりに声をかけている。「あなたももう心配いらないよ。絶対に撃たないし、撃たれないから」と、あの優しい口調で。
「これが……俺たちが取り戻した未来なんだな」
カインは胸を熱くしながら、病室を見渡し、心の中でそっと呟く。いつかアリスが目を覚ましたとき、この光景を伝えたい。騎士団がバラバラになりかけ、誤射や暴走が頻発する危機を、神官との協力で乗り越えつつあるという事実を――。
その足で、カインは久方ぶりにアリスのベッドサイドに立ち寄った。相転移干渉の代償で昏睡状態にある彼女だが、先ほど見た病室に比べればここは静かで穏やかだ。魔力監視装置の光が弱く点滅し、規則正しい脈拍がモニターに揺れている。
「アリス……あの巨大戦艦を落として、皆がまた一つになったんだ。君が眠っている間に色々あったけれど、円卓騎士団はまだ諦めない。いつか君が目覚める日には、もっと強い絆を見せられるはずだよ」
言葉は届かないかもしれないが、カインは微笑みながらそう呟き、ベッド脇に手を置く。かすかにアリスの呼吸が触れているような気がした。心なしか、その唇の端がとてもわずかに動いたようにも見える。
「見てるかな、アリス。俺たちが再結成して、もう一度王都を守り抜くさ……。だからゆっくり休んでてくれ」
背後で足音がして、振り返るとガウェインが静かに立っていた。彼は照れたように鼻を鳴らし、「お前もロマンチストだな」とからかうが、その顔には心からの安堵が宿っている。
「ま、俺たちはまだ敵を全部倒したわけじゃねえが、巨大戦艦を沈めたんだ。敵も次は簡単に出られないだろう。しばらく王都は落ち着くさ。病の方も神官が尽力してるし、誤射が減るなら分裂だって起きねえ。ありがとな、カイン」
ガウェインが不器用に礼を言う。カインはわずかに笑って首を振る。「いや、皆のおかげだよ。君が盾を張ってくれたから、干渉治療が行き渡ったんだ」
夕暮れが静かに降りてきても、王都は以前のような殺伐とした空気ではなく、安堵の色が漂い始めている。人々は食糧を分かち合い、互いを支え合う形を取り戻している。発熱者が出ても神官の干渉治療で対処が可能と分かったことが、大きな心の支えだ。
もちろん、ギネヴィアウイルスが根絶されたわけではない。今も新たな発症例は出るが、そのたびに神官が奔走し、誤射や暴走を未然に防ぐケースが多い。かつてのように仲間を撃つ恐怖は少しずつ和らぎ、円卓騎士団への信頼が再び芽生え始めた。
城の食堂では、離脱派だった者が戻ってきて仲間と語らう姿があった。「すまなかった、あのときは本当に怖かったんだ」とうつむく彼に、「気にすんなよ。俺も同じだったさ」と笑い合う。その光景には、確かな和解が表れている。
神官リリィが「こちら、回復魔法で少しだけ気分が良くなるはずです」と薬湯を勧め、モードレッドは「苦いが効くってさ」と冗談混じりに背中を押す。セリナが「もう誤射は起きないわ。あなたたちを信じてるから」と微笑めば、皆が小さく笑みをこぼす。
「……これが、本来の円卓騎士団の姿なんだな」
誰かが呟き、その言葉を聞いたカインは心中で深く頷く。巨大戦艦という最大級の脅威を前にしても、分裂のままではなく再結成を選んだ。その事実がもたらす余韻は、王都に久々の安寧をもたらしているのだ。
夜が更けてくると、王都は静かに灯りを落とし始める。かつて騎士団内で誤射が連続し、夜間でも不安に駆られて騒がしかった頃とは対照的に、今は干渉治療という新たな術が希望を与え、人々の心を落ち着かせている。
エリザベスとアーサーは執務室の灯を消しながら、「明日はまた新しい部隊が戻ってくるそうよ。神官の干渉治療に期待しているって」と微笑み合い、今後の防衛強化案を練ることに決める。もう分裂には戻らない、そう互いに無言で確信していた。
一方、カインは夜風に当たろうとバルコニーに立ち、遠くの空を見上げる。夜空はまだ雲が多いが、ところどころに星が滲むように輝いている。あの巨大戦艦を落とせたのは、まさに皆が手を取り合った証だ。
「もしアリスが目覚めたら、びっくりするだろうな。俺たちがギネヴィアウイルスを抑えて、分裂から再結成を成し遂げたなんて……まだ途中だけど、きっと誇らしい報告ができるよな」
誰に聞かせるでもなく自問し、かすかな笑みを浮かべる。病と敵を同時に相手取る日々は続くが、誤射の悲劇を乗り越えた仲間たちには、もうかつてのような絶望は見当たらない。
モードレッドがやってきて「おい、そろそろ休めよ。明日も訓練が始まるんだぜ」と声をかける。カインは振り返って軽く笑い、「ああ、そうだな。皆が安心して眠るためにも、俺たちがしっかり朝を迎えてやらないとな」と応じる。
ガウェインとトリスタンの姿も廊下に見え、互いに無言のまま目線を交わす。そこには再び生まれた信頼感が揺らぎなく存在していた。
こうして長い夜が過ぎ、王都には新たな一日が訪れる。かつて分裂の危機を迎えた円卓騎士団が、誤射を抑えて強大な巨大戦艦を撃破し、再結成への大きな足がかりを手にしたのだ。
人々はまだギネヴィアウイルスという病を恐れつつも、干渉治療が広がれば仲間を撃たずに済むと知って希望を取り戻し、徐々に騎士団の下へ帰ってきている。眠るアリスはなお目を覚まさないが、いつか復活したとき「私たちはもう一度、守る力を取り戻したよ」と胸を張れるだろう。
The Orderの巨大戦艦が落ちた空は、まだ濁った雲に覆われている。だが、朝陽が淡く射すこの王都には確かな安堵と結束が芽生えている。巨大戦艦との激戦を通じて、かつて失われかけた“仲間への信頼”が蘇りつつあるのだ。
灰色の雲の隙間からこぼれる光が城壁を淡く染めるとき、王都の人々は騎士団を再び称え、誤射の恐怖や病に打ち克とうと心を一つにする。この勝利が、真の再結成へと導く道標となる――そう誰もが感じながら、昼へと動き出す足音を響かせていた。