
再観測:星を継ぐもの:Episode5-1
Episode5-1:深部の星海
小宇宙と呼ばれる異次元世界の深くへ進み、融合兵との苛烈な交戦を乗り越えた円卓騎士団は、扉のこちら側――つまり地球側の拠点でしばし休息を得ることとなった。過去数日の間におよぶ激闘で、騎士団メンバーだけでなく、神官隊や技術スタッフ、そしてアリスまでもが疲労の極みに達していたからである。
神殿拠点として確保された空間に、王国大艦隊の神官や整備班が入り、大規模な防衛線を敷きつつ研究を進めている。小宇宙への扉周辺は以前より落ち着きを取り戻し、融合兵やThe Orderの大部隊が押し寄せる気配は薄い。
だが、だからといって油断は禁物だ。円卓騎士団が神殿の「さらに奥」に探査を進めようとすれば、より強力な敵や予想外の空間歪みに襲われるのは目に見えている。そこで、アーサーやモルガンを中心に、追加の装備や部隊再編を行い、新たな挑戦へ備えようとする機運が高まっていた。
カインは艦の簡易宿舎で横になりながら、AIコアのアリスと静かに会話していた。ここ数日でいくつもの死線を越え、融合兵や空間の歪みに苦しめられたが、こうして無事に生還できたことへ感謝を感じる一方、次なる戦いへの不安は尽きない。
「……アリス、体の調子はどうだ? あの融合兵との戦いで、相当無理をしたろう」
カインがホログラム越しに尋ねると、アリスはかすかな微笑を浮かべた。
「うん、まだ疲れが抜けきってないけど、あなたとみんなが休ませてくれたから、だいぶ演算が回復してきたわ。今なら、小宇宙の深部にまた入ることも、たぶん……やれると思う」
「そうか。……でも、本当にきついときは言ってくれよ。お前が倒れたら、俺たちもどうにもならないんだから」
半ば冗談めかしながらも、カインの声には切実な思いがこもる。アリスは「ありがとう、カイン……。あなたの気持ちを無駄にはしないから」と、小さく頷く。
翌朝、艦内ブリーフィングルームにて、モルガンと指令部のメンバー、円卓騎士団4名(カイン、アーサー、ガウェイン、トリスタン)、さらに技術班の主任ヨナスらが顔を合わせていた。
スクリーンには、神殿のさらに奥に位置する転送ゲート、その先にある広大な宙域の断片データが映し出される。これは先日の突入でアーサーたちが記録した映像をもとに推測されるマップであり、その大半がまだ未知領域となっている。
「ここに記されている“星海”は、おそらく小宇宙の深部に当たる場所。従来の空間より一層、観測光の濃度が高く、重力や時空の乱れも激しい。融合兵や大型生体兵器との交戦が予想されます」とヨナスが説明を加える。
モルガンが腕を組んで続ける。「名付けて“深部の星海”……この宙域を攻略できれば、The Orderの本体や、あなたたちが追っている“ユグドラシル・モデル”の手がかりに大きく近づくはずよ」
「なるほど。つまり、転送ゲートを突破した先に、その星海が広がっているのか」
ガウェインが地図を見ながら呟き、トリスタンは射撃モードの目つきで「星海ということは、また大量の浮遊物や廃墟があるんだろう。敵の待ち伏せに注意が必要だな」と冷静に分析する。
「アーサー卿、我々はどう動きます?」
カインが尋ねると、アーサーは穏やかだが力強い声で答えた。
「大規模部隊を一気に突入させるわけにはいかない。まだ空間が不安定だからね。私たち騎士団が先行し、様子を見て後続を呼ぶ形になる。アリスの干渉力を頼るが、無理をさせずに進みたいところだ」
アリスはその場でホログラムを展開し、各機が浮遊できるような飛行ルートの概念図を示す。「こちらに見える“エネルギー回廊”を利用すれば、重力の乱れを多少は回避できます。でも、そこを敵が警戒している可能性も……」
「敵との闘いは避けられないな。いいだろう。やるしかない」
ガウェインが豪快に腕を鳴らし、トリスタンは静かにライフルを整備する仕草を見せる。カインも「いよいよ本格的に奥へ飛び込むんだな」と身が引き締まるのを感じる。
こうして“星海作戦”の方針が固まり、すぐに出撃準備が始められる。モルガンは「十分に留意して。帰還できなくなる危険もある」と最後に念押しするが、誰も後戻りは選ばない。
それから数時間後、準備を終えた円卓騎士団は再び神殿へと入り、中央区画にある転送ゲートを目指した。すでにここは拠点化され、護衛隊や神官隊が防御態勢を敷いているため、以前のような不意打ちは受けにくい。
円卓騎士団4機(カイン&アリスの銀の小手、アーサーのエクスカリバー、ガウェインのガラティーン、トリスタンのフォール・ノート)が並び、ゲート周囲に設置された魔法的&科学的装置がゲートの安定をサポートしている。
「しかし、先に進めばこのサポートも届かない。アリス、頼むぞ」とアーサーが操縦席からカイン越しに言葉を投げる。
ホログラムのアリスが目を伏せて頷く。「はい……頑張ります」
ガウェインは装備した新型の大型槍を軽く振り、「早く行こう。敵に気付かれる前にゲートを抜けたい」とせっつく。トリスタンは冷静にスコープを確認しながら、「接続が切れる前に……」と調整を終える。
カインはスラスターを噴かしてゲートに近づき、最終的なチェックを行う。「皆、準備はいいか? ……突入するぞ!」
青紫の渦を巻くゲートに銀の小手が飛び込み、強烈な視覚ノイズに飲まれる。あのイヤな酔いのような感覚が数秒続き、機体が軋む音が鼓膜を打つ。アリスが必死に演算補正をかけ、「くっ……頑張って!」と叫ぶ。
視界が暗転する中、何とか姿勢を保っていると、強烈な重力の“うねり”が体を包み込み、またしても一瞬意識が混濁しかける。しかし、アリスの声がカインを現実へ引き戻す。「大丈夫、あと少し……!」
そして、光が弾けて吹き飛び、目の前に広がったのは――星の海と呼ぶにふさわしい、暗黒と無数の星光が入り混じる壮大な宙域だった。
カインは思わず息を呑んだ。そこには地球の夜空とも違う、まるで水面に星が散りばめられたような不思議な光景が広がっている。黒青い闇を背景に、様々なサイズの星屑がふわりふわりと輝きながら漂い、その合間を細い惑星の破片や岩塊が通り抜けている。
「深部の星海」という言葉がまさに似つかわしい。ここが小宇宙の最深部……あるいはさらにその先があるかもしれないが、今はこの星海が目の前にある。
アーサー、ガウェイン、トリスタンの機体も続いて出現し、四機が編隊を組むように浮かぶ。一斉通信で「皆、無事か?」とアーサーが問いかけると、それぞれ「大丈夫」と答えが返る。
「すごい……本当に星が……」
ガウェインが感嘆の声を漏らす。トリスタンも「美しいな……だが、敵の気配はある。油断するな」と冷静に続ける。
カインは操縦桿を動かし、機体を慎重に加速させる。アリスの演算が、観測光ノイズをある程度補正してくれており、移動は思ったより安定している。
「どうやらここは先ほどの融合兵区域より重力がさらに薄いような……代わりに星の破片が多いな」
カインが言うと、アリスが分析結果をモニターに映し出す。「はい、星海と呼ぶにふさわしく、微弱な恒星エネルギー源が点在しているみたい。かなり神秘的だけど……敵がいない保証はないわ」
すると、アーサーが「前方に光る帯がある。行ってみよう」と提案する。星海の奥に淡い銀色の帯が見え、それがまるで銀河の川のように横たわっているのだ。何かがそこに集まっているのかもしれない。
四機は連携を崩さず、星海の闇の中をゆっくり進んでいく。空間には不思議な放射状の光も流れており、アリスが「波長は安定してるけど、何かありそう」と警戒を促す。
深部の星海をしばらく飛ぶと、帯状の小惑星群が現れる。それらは青い結晶や金属質の塊を含んでおり、ぶつかり合いながら衝突を繰り返している様子すら見える。周囲には微かな光が散っていて、まるで宇宙の鉱山帯だ。
騎士団が近づくと、一部の小惑星表面に建築構造物らしきものが存在するのに気づく。まるで鉱山施設の跡とも思えるが、人類のものか、それともThe Orderが構築したものかは定かでない。
「なんだ、ここまで来てまた施設があるのか。どれだけ広いんだ、この小宇宙は」
ガウェインが苦笑する。トリスタンがスコープを覗き込み、「……ただの廃墟かもしれない。さっきから動きは感じない」と報告する。
アーサーは慎重に「ならば一応探ってみよう。この星海での地形や構造が敵に利用されるかもしれない」と提案し、全機で小惑星帯へ侵入する形を取る。結晶が青く輝き、ふとした拍子に反射光が閃いて目を刺すようだ。
「気をつけて……ぶつかったら大変だ」
カインが操縦桿を握りつつ、銀の小手の機体を揺らさないよう細心の注意を払う。巨大な小惑星と衝突すれば一撃で大破しかねないし、観測光が混ざった結晶は何らかの反応を起こすかもしれない。
アリスが隣で「波長をスキャンしてみる。……意外と静かだけど、嫌な予感がするわ……」と不安そうにつぶやく。
すると、予感はやはり的中する。小惑星群の陰から複数の異形機が飛び出し、円卓騎士団の機体へ奇襲を仕掛けてきた。どうやら廃墟と思われた施設を拠点に隠れていたのだろう。
今度の異形は比較的小型だが、俊敏に小惑星をすり抜ける機動を見せる。しかもビームだけでなく、青い結晶弾のようなものを放ってくる。カインはミサイルで迎撃するが、結晶弾が爆発すると、青白い破片が周囲に散り、電磁障害を引き起こすのか機器が軽くノイズを上げる。
「こいつら、また厄介な弾を……!」
ガウェインが盾で弾を受けると、シールド表面にパチパチと異常な電流が走り、思わず「うおっ」と声が漏れる。トリスタンは慎重に射線を取り、ビームで一体ずつ仕留めているが、敵は岩影に隠れながら撃ってくるため、なかなか速攻で片づけられない。
アーサーが「各自、岩を盾にする形で回り込め!」と的確に指示を出し、騎士団は小惑星帯を活かして遮蔽物を取りながら進む。カインは銀の小手の高機動を活かし、敵の背後をついて干渉波を当て、動きを鈍らせる。トリスタンがその隙に頭部を撃ち抜き、一機撃破。ガウェインは盾でビームを弾き返して前進し、アーサーが剣ビームでトドメを刺す――連携が冴え渡り、徐々に敵が削られていく。
しかし敵も必死の抵抗を見せ、青い結晶弾を連射し、混戦が広がる。カインは何発か掠め弾を受け、機体がビリビリと電流に痺れるような感覚に襲われるが、アリスが「耐えて、解除する……!」と術式を施し、なんとか制御不能を回避する。
結局数十分の戦闘の末、岩陰に潜んでいた異形の小隊を殲滅し、小惑星帯は静寂を取り戻す。
「くそっ、さっきの融合兵ほどじゃないが、地味に嫌な武器を使いやがる」
ガウェインが盾を確認しながら吐き捨てるように言う。アーサーは周囲を見回し、「ここには大きな拠点はないようだな。廃墟の施設は一見の価値があるが、今は急ぐ身……一旦スルーしよう」と結論づける。トリスタンも同意見だ。
「わかった。敵も散発的にしかいないようだし、これ以上時間を使うと本命の星海深部に着く前にアリスがもたない」
カインはうなずく。アリスがはぁはぁと苦しそうな呼吸をするのがインカム越しに聞こえ、少しでも早く目的を達成して帰らねばという思いが強まる。
小惑星帯を突破し、さらに奥へ進むと、突然、眼前に巨大な紅い球体が出現する。半ば崩壊した恒星コアのようで、表面が崩れ落ち、無数の火花やガスが噴き出している。その周囲を小さな星々が周回しており、形容しがたい圧倒的なパノラマが広がる。
アリスがディスプレイに表示を拡大しながら、「これ、恒星が死にかけた状態なのかも……この小宇宙の中で擬似的に生まれ、そして滅びる星……」と驚嘆する。
「こんなのがこんな近距離にあるなんて、普通の宇宙物理じゃあり得ない……。やっぱりここは異次元だな」
カインは息を呑む。ガウェインやトリスタンも言葉を失うほどの壮大さだ。アーサーは一瞬見とれるが、すぐに集中力を戻す。「もし恒星コアが不安定なら、爆発や放射線が危険だ。長居せずに通過しよう」
「同意だ。敵の待ち伏せもあるかもしれない。アリス、少し耐えてくれ!」
カインが操縦桿を押し込み、銀の小手を加速させる。ガウェインやトリスタンも遅れずに続く。アーサーが先頭を切り、恒星コアから噴き出すプラズマ風の合間を縫うように進んでいく。まるで炎の川を泳ぐかのような感覚だ。
ところが途中、やはり敵が出現する。恒星コアに寄生したような生体兵器が何体も浮遊し、観測光を放ってくる。だがカインたちは疲労しながらも、慣れたチームワークで撃破していく。プラズマが流れる中での交戦は過酷そのものだが、流石に融合兵級の化物はいないらしく、そこまで苦戦は強いられない。
するとアーサーが通信で「皆、あれを見てくれ」と呼びかける。視線を上げると、赤い恒星コアの向こう側に白金の輝きがあり、そこから淡い“橋”のような光が伸びているのが見える。
アリスがスキャンし、「この橋みたいなもの……観測光が結晶化して作られているのかもしれない。通れば恒星の放射を避けられるかも……」と推測する。ガウェインが「行くしかないだろ」と肩をすくめ、トリスタンも無言でついてくる。
こうして騎士団は観測光の橋を歩むように進み、崩れゆく恒星コアを背に星海の奥へさらに踏み込んでいく。
白金の橋を渡り切ると、不意に周囲の空気(といっていいか分からないが)がひんやりと冷たい感触を帯びてくる。光は薄紫に変わり、暗闇が濃くなって、見渡す限り星々の残滓が薄墨のように散らばっている。奇妙な静寂が空間を満たしており、先ほどの戦闘が嘘のようだ。
ガウェインが小声で、「敵がいねぇのか? それとも潜んでるだけか……」と疑心を口にする。トリスタンはレーダーを回しているが、目立った反応は拾えない模様だ。
アリスが耳を澄ますように沈黙し、「何かが呼んでる……」と呟く。カインは驚いて「呼んでる?」と問うが、彼女は上の空のように視線を漂わせている。
「うん……。かすかな声……“ユグドラシル・モデル”とか、“世界の根”とか……そんな言葉が浮かんでくるの」
「お前の記憶と関係あるのか?」
「分からないけど……あの先に何かがある気がする。私、行かなくちゃって思う」
カインは息を詰める。アリスを追ってここまで来たが、まだ終わりではない。さらに先へ進む覚悟が必要だと痛感するが、ちょうどアーサーやガウェイン、トリスタンも“行くしかないだろう”という目をしている。
しかし、その静寂を破るものがあった。遠くから一筋の光が螺旋を描き、急速に接近してくるのを感じる。カインが「敵か?」と身構えるが、光はすぐに形を変え、小型の観測光ドローンのような姿で止まった。
『侵入者……。人類の騎士……干渉存在……』
どこからともなく言葉が響くが、声の主は見当たらない。ドローンが喋っているのか、それともこの空間そのものが言葉を発しているのか。
アーサーが警戒して剣を握る。「正体を示せ。誰だ?」
だが答えはない。ドローンがジリジリと動き、また螺旋を描くように飛ぶ。どうやら戦闘を仕掛ける様子はないが、誘導するかのように円卓騎士団の周りを旋回しているようだ。
「ついて行ってみる?」
ガウェインが目を細める。トリスタンは疑わしそうに「罠の可能性もある」と警告するが、アリスが低い声で「でも、あれが何かの鍵かもしれない。私にはそう感じる」と言う。
アーサーは短く沈黙した後、「では行こう。細心の注意を払いつつ、あのドローンの先へ」と指示を出す。
螺旋の光を辿るように、騎士団が進んでいくと、闇の中に小さな球状の門が浮かんでいるのが見えた。先ほどの転送ゲートよりサイズはずっと小さいが、同じような観測光の渦を描いている。そして、その門を守るように宙に佇んでいるのは――またしても敵部隊だった。
しかし、今度は単純な生体機や融合兵ではなく、小型の浮遊ドローンや観測光をまとったミニ艦隊のような存在が中心に見える。まるで星海のパトロール部隊といった風情だが、もちろん人類には敵対的だろう。気づいた彼らが一斉にビーム砲を構え、こちらへ照準を合わせるのが見て取れる。
「この門を守ってるのか……どうやらやる気満々だ」
カインが鋭く言い放つと、ガウェインは「またかよ。もう勘弁してほしいぜ」と盾を構える。トリスタンは狙撃体制で射線を確保し、アーサーが剣ビームを準備して突撃体勢を取る。
そう、ここまで来て退く気などさらさらない。もしあの門が小宇宙の更なる核へ通じる最後の道なら、この星海の守備隊を撃破しなければならない。騎士団は覚悟を固め、炎のように瞳を燃やす。
小型ドローン群がビームを連射し、艦隊型の中型機が砲撃を浴びせる。騎士団も四方に散開し、高速機動で敵の砲火を避けつつ反撃を繰り出す。アーサーのエクスカリバーが先陣を切って敵中を舞い、ビーム斬撃でドローンを次々と落としていく。ガウェインが盾で仲間を守り、トリスタンが隙を突いてコアを撃ち抜く。
カインは銀の小手のキャノンを連射しながら敵艦を牽制し、時折アリスの干渉力を挟んで観測光を狂わせる。敵艦も固い装甲を持ち、ビームが弾かれる場面があるが、騎士団は巧みな連携で何度も攻撃を集中させることで徐々に破壊していく。
「アリス、持ってくれ……!」
「平気……! もう少し……!」
激烈な弾幕の中、銀の小手は敵の背後に回り込み、核心部を集中的に砲撃。衝撃波が宙を走り、ドローンや艦艇が一斉に爆炎に包まれる。さらに援護するアーサーらの追撃で、敵の編隊はたちまち崩壊し始める。
数十分の激戦の末、こちらは四機とも大きな損壊なく、敵艦隊を制圧するに至った。漂う炎と破片が闇を赤く染め、散発的な爆発が辺りを照らす。
カインは息を切らしながら機体を安定させ、「ふう……皆、大丈夫か?」と通信を開く。アーサーが「軽い被弾はしたが問題ない」、ガウェインが「ちょっと盾が傷んだが動く」、トリスタンは「こっちも平気だ」と回答する。
「よかった……。じゃあ、あれが門か」
眼前には小さな観測光の渦――門が静かに回転している。先ほどの戦闘を乗り越えたことで、門を覆う警戒網が解除されている様子だ。アリスがホログラムを拡大し、「周囲の波長は安定してる。通るなら今がチャンスかもしれない」と促す。
「行くか……。しかし、アーサー卿、無理する必要は?」
ガウェインが腕組みしながら提案を躊躇う。アーサーは短く息を整え「確かに消耗しているが、ここで一歩を踏み出さないと、また敵が再編する可能性もある。アリスはどうだ?」と尋ねる。
アリスは若干ふらふらした声ながら、「もう一回くらいなら干渉力を発動できる。けれど、帰って来る余裕を考えると、これが限度かもしれない……」と微笑する。
「分かった。ここを突破して戻る、という想定で動こう。万一深部にとどまってしまうと戻れなくなるかもしれんが……」
アーサーの目に決意が宿り、カインたちも気を引き締める。「やるしかない。行こう」
円卓騎士団は最後の小さな門へ突入を開始する。闇に浮かぶ水泡のような光の境界をくぐる瞬間、アリスが悲鳴を上げる。「ごめん、これ……思ったより波長が狂ってる……!」
機体がグンと引き込まれ、重力が弾けるように消滅し、代わりに妙な浮遊感が襲う。通信がノイズだらけで、仲間の声も聞こえづらい。カインは操縦桿を握りしめて「アリス……どうにか頼む!」と叫ぶ。
その瞬間、視界が白黒に反転したかのようになり、数秒間、周りの認識がまったくなくなる。まるで自分がどこにいるか分からない。ただ、宙を漂う孤独感と痛みだけが感じられる。
――ふと、急に光が戻り、機体のセンサーが復活する。周囲を見ると、そこは先ほどの星海とも全く異なる空間だ。真っ暗ではないが、真っ白と真っ黒が混ざったような幾何学模様が漂い、まるで世界が反転したかのよう。
カインは驚愕しながら周囲を探す。ガウェイン、トリスタン、アーサー……それぞれ散っており、すぐ近くにアーサーのエクスカリバーが浮かんでいるのを見つけるが、ガウェインやトリスタンの姿が少し離れたところにかすかに見える。通信がまだ乱れ気味で、全員ばらばらに漂っているようだ。
「ここは……星海を越えたさらに先……?」
アリスがうつむき、「はい……もう星々の存在は感じられない。波長の状態もまるで“無”に近いような……」と不安げに言う。カインが「みんなを呼び寄せよう」と操縦桿を握るが、機体が不規則にフワフワして、推進がままならない。
何とかアーサー機と合流し、通信を繋げる。「……そっちは無事か?」とアーサーが訊き、「大丈夫。ガウェインさんたちもレーダーに映ってる」とカインが答える。トリスタンが「どうやら皆、ほぼ無傷で来れたようだな」と報告する。
でも、何もない。星のきらめきも、建築物も見当たらない。ただ、無限の白黒が交じり合う不思議な空間が広がるだけ。
「……これ以上行けば、上位宇宙に近づくのか? それともThe Orderの中枢があるのか?」
ガウェインが柄にもなく弱音を漏らすが、カインも正直同感だ。こんな空間、どう進めばいいのかすら分からない。アリスが弱々しく声を発する。
「私、少しだけ呼吸を整えたら……もう一回干渉力を試みるね。もしかしたら、この空間の“地平”が生まれるかもしれない。そこに何があるか……分からないけど」
「でも無理はするなよ。もう本当に限界だろ?」
「分かってる……でも、やってみる」
カインはアリスを信じるしかない。さらに奥へ行くも何も、この空間では道すら見えないからだ。アリスが干渉力を行使すれば、何らかの波紋が広がり、隠れた構造が見えるかもしれない。
円卓騎士団はしばらくホバリングのように身動きを止め、アリスの演算開始を見守る。アリスが瞳を閉じ、悲鳴を噛み殺すように力を込める。すると白黒の空間に波紋が走り、淡い紫の筋がバチバチと現れ始めた。
「これ……何かの道が生まれてる……!」
ガウェインが息を飲む。宙に“道”などあるはずないが、観測光が結晶化するかのように、淡い紫の橋が伸びていく。それはやがて一点に収束し、まるでゲートのような形を作り出す。
「これは、私が空間をこじ開けているだけ……でも、何かがあるみたい……あそこ……!」
アリスが苦しげに叫ぶ。さらに続けようとするが、限界が訪れたのか声が消え、演算が急停止した。紫の橋は仄かに形を残しつつも、いつ崩れてもおかしくない感じだ。カインはすぐアリスを呼びかけるが、息が荒いだけでまともに言葉が出せない。
「アリス、もういい……十分だ。後は俺たちが進んで確かめるよ!」
アーサーが通信を通じて言う。「ああ……この橋を辿ってみよう。危険だが、最後の賭けだ」
ガウェインとトリスタンも覚悟を決める。こうして円卓騎士団は紫の橋の上を慎重に進み始める。橋は揺らぎながらも、その先へ続いており、近くには何も映らない白黒の空間が渦を巻いている。足を踏み外せば奈落へ落ちるのか、それとも消滅するのか、想像もできない。
騎士団が橋を渡るにつれ、周囲の白黒が少しずつ変化し、淡い淡緑や薄蒼の光が点在し始める。まるで不毛の空に星が生まれ始めるような感覚だ。
ガウェインは盾を握りしめ、「すげえ……もう何もかもが異常だな」と感嘆し、トリスタンは射線を警戒しながら沈黙する。アーサーはゆっくり先導し、時々カインに「アリスは大丈夫か?」と確認を入れる。
「大丈夫とは言いづらいけど……まだ生きてる。無理はさせられない」
カインが険しい表情で応じた瞬間、橋の先に薄紫色の扉――もしくはゲートらしき境界が見えた。先ほどまでの渦やゲートとは違い、今度は小さく静かに佇む“穴”という印象を受ける。
「またゲートか? ここまで来て、さらに奥? 本当に果てがない……」
ガウェインが唸るが、アーサーは「ここが最奥かもしれない。あるいは、ユグドラシル・モデルの拠点かも」と期待をにじませる。トリスタンも「敵がいないうちに通るのが得策」とうなずく。
「みんな……最後の力であそこを開いてみせる」
唐突にアリスが意識を取り戻し、自ら声を挟む。カインが「おい、大丈夫なのか?」と止めようとするが、アリスはか細い笑みを浮かべて頷く。
「ここで立ち止まったら、今までの苦労が水の泡でしょ……? それに、私の記憶も、ここが鍵になってる気がする。もう一歩だけ踏み込ませて」
「……分かった。けど、絶対に戻る道は残してくれよ。死にたくないし、お前を失いたくもないからな」
カインの悲痛な思いに、アリスは「うん……約束する」と短く答える。
こうして4機が最後の紫扉へ近づき、アリスの干渉力でそこをこじ開けようと試みる。白黒の空間が激しく波紋を生じ、扉の縁が震え出す。扉の向こうには、また違う世界の光が揺れているのが見える。
轟音が辺りを揺らし、周囲の空間が歪む。アーサーが「ここで死ぬなよ!」と叫び、ガウェインは「当たりめえだ!」と返す。トリスタンが黙々と守りを固め、カインはアリスを必死にかばいながら演算をサポートする。
「頼む……開け……!」
干渉力の渦が扉に注ぎ込まれ、まばゆい閃光が走る。まるで意志を持つ扉が軋みを立てて開き始め、その先に淡い虹色の空がうっすらと覗く。
そして、深部の星海が幕を閉じるかのように、終わりなき光がカインたちの視界を呑み込んだ。次なる瞬間、そこに待つものは果たして上位宇宙か、ユグドラシル・モデルの真核か、それともThe Order本体なのか――誰にも分からない。ただ一つ、円卓騎士団がここまで歩んだ軌跡が光り輝き、彼らをさらに深遠へ誘うことだけは確かだ。