0.1 出会い
いつも通りの日々
変わらない日常
そんな中、彼女も例外ではなかった。
「アバランチ姉ぇ!なんで、起こしてくれなかったの!?」
「『明日からは、起こさなくて大丈夫!自分で出来るから』って言っていたのはあなたじゃないかしら?」
「そうだけど、そうだけど!」
「声くらいかけて欲しかったんだよっ」
寝癖を直しながら、おにぎりを食べ、文句を言う。
器用なのか、忙しいだけなのか。
「エブ子。あなたは、少し余裕を持つべきなのだわ」
「学校なんて、一声入れておけば、少し遅れても許されるのだから」
「あーっ!アバランチ姉ぇ!優等生のセリフだ!それは、出来る人しか許されないんだよっ!」
「そうよ。私は優秀だから許されるの」
アバランチ姉ぇと呼ばれた光沢のある赤い髪を長く伸ばした少女が、紅茶を片手にタブレットでスケジュールを確認しながら答える。
他のものなら、気取った仕草に見えるそれも、この少女が行うと嫌味ではなかった。
「ほら、そんな事を言ってないで、早く行ったら良いんじゃないかしら。もしかしたら、間に合うかもしれないわよ」
「わかってるんだよ!」
そう言うや否や靴を履き、玄関を飛び出そうとして。
「エブ子。お待ちなさい」
呼び止められた。
「なーにー。急いでるんだけどっ!」
「ほら。髪留めが曲がっていてよ」
スッと、エブモスの髪留めを直す。
「はい。これで、オッケー」
「ありがとう!アバランチ姉ぇ!」
「どういたしまして。いってらっしゃい。エブ子」
「うん!」
————-
「はぁはぁ、っ。流石に普通だと間に合わないかも」
(コントラクト構成、トランザクションを発動。これならばっ!)
エブモスの視界がゆっくりとしたものになる。
動体視力の向上、そして足の筋力の強化。
空気抵抗の削減。
発動させたトランザクションで、自身を走りに適した存在へと書き換える。
(よしっ!間に合う)
事実、彼女は弾丸の様に駆け抜けて行った。
周りに行き来する車や人、自転車が止まって見える。
(緊急以外のときは使っちゃいけないけど。今は、緊急だからいいよね!)
そんな事を心の中で言い訳して。
しかし、その思考は、急激な逆ベクトルの力に止められた。
「うげっ!」
首筋をがっしりと掴まれ止められたのだ。
ご丁寧にトランザクションも解除されて。
「な、何するの!」
高速で移動している最中、いきなり首筋を持たれて止められたのだ。
放心してもおかしくない状態だ。
にも関わらずに、事態を把握するために声を上げる。
なかなか出来ることではない。
これも、いくつもの事件を潜り抜けて来た胆力というべきか。
はたまた、何も考えていないと言うべきか。
とにかく、声をかけた相手を見る。
オレンジがかったブラウンの髪を内側に結ったグレーの瞳の少女だった。
エブモスは、一見何でもないグレーの。
しかし、吸い込まれ様な瞳から目を離せなかった。
異国
外宇宙、上位者の世界でいう韓国と日本と呼ばれる土地の服装を合わせた様な衣装に身を包みながら大陸で太古より縁起が良いと言われている翡翠の髪飾りをしている少女
(美少女なんだよ)
(って!ちがう!)
「わたし急いでるから、手を離してもらえるかな!」
「私の名前は、アヴァリア。Over Protocolの意識体よ。歌姫なの」
「って!聞いてないんだよ。急いでいるから離して欲しいなぁ!」
「待って。あなたは、私の歌を聴くべき」
そう言って、エブモスを道の端まで引っ張っていく。
そのちからは、凡そ少女のものではなかった。
(強いんだよっ)
「ほんとに急いでるから、勘弁して!」
「ほんと?」
「ほんとだよ!」
じーっと、少女の瞳がエブモスを見つめる。
「いいわ。嘘は言ってないみたいね」
「じゃあ、約束して」
「約束?」
「そう」
「用事が終わったら、必ず戻って来て」
そう呟いた彼女の言葉には、どこか寂しげな響きがあり、思わず頷いてしまった。
「いいよ!」
「大体、夕方くらいになるけど、いいかな?」
「いいわ。待ってる」
「ありがとう!じゃあ、わたし、行くね」
またね、と走り出そうとして足を止める。
「わたしは、エブモス。EVMOSの意識体のエブモス。皆んなからは、エブ子って呼ばれているの。よろしくね!アヴァリアちゃん」
「そう。そうなのね」
「エブ子ちゃん。よろしくね」
「うん!」
「じゃあね!」
「行ってらっしゃい!」
本日、二度目の見送りを受けてエブモスは走り出したのであった。