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天蓋の欠片EP11-1

Episode 11-1:最終決戦

深夜を迎えた市郊外。かつては工場と倉庫が立ち並んでいた区域は、今や廃墟さながらの荒れ地と化している。看板や塀は朽ち果て、道路も草が生い茂り、街灯はほとんど明かりを灯さない。タスクフォース上層部からの指令により、大部隊が周辺地域を捜索しているものの、スパイの存在ゆえに全体の動きがどうにも統率が取れない。
そんな混乱を尻目に、探偵エリスとアヤカが率いる少数精鋭――カエデやユキノを含むごく数名の隊員――は別ルートから廃街へと侵入していた。すでに何度も奇襲を受けた経験から、派手な動きを避け、密やかに闇を切り裂いて進む。

「……静かね。まるで、息をひそめるような廃墟」
エリスが呟く声は、湿った風と共にかすかに流れて消える。アヤカは通信端末を握りしめ、小さく息を詰める。「大部隊のほうは陽動になるかもしれない。私たちはここで“外部解放術式”を完成させようとしている真理追求の徒を叩くしかないわ。情報屋からの連絡では、この付近の地下に大規模な施設があると」
カエデが頷き、「なら、急いで見つけよう。あたしもユキノも傷が癒えてないけど……余計な戦闘は避けたいね。儀式を止めるなら一気に本拠を潰すしかない」と表情を引き締める。

ユキノはまだ肩で息をしながら、そっと言葉を添える。「わたしは……蒔苗を拒絶したけど、もう後戻りしない。痛いままでも、わたしの足で最後まで戦う。カエデさんやみんなと一緒に」
カエデが「うん」と微笑み、エリスが「焦らないで。あなたはまだ本調子じゃないんだから、無茶はしないで」と釘を刺す。アヤカは黙って頷くと、拳を軽く握ってメンバーに見せ、「みんな、準備はいい? もうすぐ最終決戦よ」と低い声で宣言する。


小隊は大きな瓦礫の山を迂回し、使われていない線路跡を超えて進む。月明かりは雲に遮られ、遠くで稲光が一瞬空を裂く。激しい雨ではないが、風が湿り気を帯びて肌を冷やす。
エリスが腰のリボルバーを確かめ、「どうやらこの先のビルが怪しいわね」と指差す。そこは三階建ての古びた倉庫。壁が崩れかけ、ところどころに真理追求の徒を思わせる落書きや結界紋の痕跡が見える。
「ええ、近づくのに注意して……」とアヤカが応じる。カエデとユキノが先行しようとするが、「まずは隊員が周囲を偵察してから。無駄な衝突は避けたい」とエリスが止める。

しかし、先頭を行く隊員がビルの角を回り込んだ瞬間、鈍い閃光と衝撃波が走り、「うっ……!」という絶叫が闇を切り裂く。バチバチというオーラの火花が飛び散り、隊員が吹き飛ばされる形で瓦礫に叩きつけられる。
「くっ……! やっぱり待ち伏せか!」
アヤカが叫び、エリスがすかさずリボルバーを抜く。カエデは紫の刃を手に緊張を走らせ、ユキノも胸に手を当てながら苦しそうに弓の生成を試みる。
「ここで撃ち合うのは危険……でも突破しないと先へ進めない」エリスが口早に言い放つ。ローブ姿の真理追求の徒が数名、オーラをまとった形でビルの入口を固めているのが暗闇の中で分かる。隊員たちが散開し、銃を構えるが、相手のオーラが容易に弾丸を逸らす。

「戦闘になる……気をつけて!」
アヤカが合図すると、エリスがリボルバーを構え、一瞬のうちに疑似EMをチャージ。ユキノは痛みに耐えながら弓を形成しようとするが、「ぐっ……やっぱり痛い……」と声が漏れる。カエデがすかさず前に出て、敵の懐へ飛び込む形で斬り込もうとする。
「うわあああっ……!」
カエデの刃が漆黒の夜に紫の軌跡を残し、敵のオーラを切り払う。だが相手は二人以上で守りを固めており、逆にオーラ弾を打ち返してくる。カエデは反応しきれず、肩を軽く掠められる形で吹き飛ばされかける。「くっ……! でも……!」と耐えながら、さらなる斬撃を繰り返す。

ユキノは悔しそうに歯を食いしばる。「わたしだって……!」と声を震わせながら胸に意識を集中する。通常なら、痛みで弓を維持するのすら困難なのだが、ここでひるむわけにはいかない。
「っ……あああっ……!」
背筋に衝撃が走り、ビリビリと末端が痺れる。だが、ユキノは唇を噛んで耐え、弓を形成。黒い空間に青白い弓が生まれ、わずかに光を放つ。敵がカエデを挟み撃ちにしようとするそのタイミングで、ユキノは思い切り弦を引き絞り、一射を放つ。
ビシュンという風切り音。矢は敵の横腹を抉る形で衝撃を与え、オーラを砕く。ローブ姿の男が「ぐあっ……!」と崩れ落ち、カエデが追撃の刃を叩き込む。
「ナイス……助かったわ、ユキノ!」
カエデが息を切らしながら微笑む。ユキノは必死に立っているが、足が震えて崩れそうになるのをこらえる。「あと……何人……?」

すると、別方向からもう二名の敵が補充される形で現れる。しかも、そのうちの一人はかなりの実力者らしく、オーラの密度が高い。隊員たちが銃撃を加えてもまるで通じず、逆に「愚かだ」と声をあげて衝撃波をぶつけてくる。
「もたない……早く突破しないと!」
アヤカが指示を飛ばし、エリスが狙いを定める。だが敵の動きも素早く、リボルバーの射線を阻むように残骸を飛ばしてくる。カエデが必死に防御するが、「あ、ぐっ……!」とまたしてもオーラに弾かれる。ユキノも痛みで視界が揺れるが、二射目を何とか狙えないかと考える。

(ここで無理したら、今度こそ死ぬかも……。でも……みんながやられるくらいなら!)

ユキノが再び射出機に触れようとした、その瞬間――バチンと大きな衝撃音が鳴り響き、敵のオーラが突然乱れ飛ぶ。闇の向こうから紫の閃光が走り、男たちが弾き飛ばされるように後退する。
「今よ、突っ込むわ!」エリスが叫び、隊員たちが一斉に前進。アヤカも瞬時に判断して男を制圧にかかる。カエデがきょとんと周囲を見渡し、「今の攻撃は……わたしじゃない。誰?」と困惑している。ユキノも目を凝らすが、何者かが暗闇から援護したようだ。


一同が警戒を続ける中、闇の中で人影がわずかに動く。だがすぐに気配は消え、隊員が懐中電灯で照らしても誰もいない。カエデは不安げに「蒔苗……じゃないよね。さっきはあれだけ拒絶したのに」と呟くが、エリスは「分からない。彼女にしては、もっと圧倒的な干渉をするはず。でも何かが助けてくれたのは確かね」と低く呟く。
アヤカは思い切って次の扉を開けるように隊員へ指示し、「とにかくここを突破しよう。援軍が誰であれ、今は儀式を止めるのが先決よ!」と鼓舞する。男たちが気絶している脇を通り、廃ビルの内部へと一気に踏み込む形だ。


廃ビルの内部は荒れ果てており、落書きや埃が蓄積している。しかし床の一部には最近開けられた形跡のある隠し扉が見つかり、アヤカの隊員が手早くロックを外してこじ開ける。そこから垂直に伸びる階段が地下へ通じているのが分かる。
「これだ……多分ここが“外部解放術式”を行う場所だろう」エリスが低く言い、隊員たちが先行して慎重に降りていく。カエデとユキノ、アヤカらが続く形だが、ユキノは足を引きずるように痛みを堪えている。カエデがサポートしながら、「無理しないで、本当にヤバいと思ったらわたしが前に出るから」と声をかける。
ユキノは苦笑し、「うん、ありがとう……」と応える。観測者の干渉はもうない――自分の意志だけでこの痛みを抑え込み、弓を使えるかどうか、すべてがかかっている。

階段を下りきると、広大な地下空間が広がっていた。コンクリ壁に配線がむき出しで、奥の方ではオーラの光がゆらめいている。真理追求の徒の本拠とも言えるような施設で、円環の結界とは違う装置が中心に組み立てられているのが見える。
隊員の一人が小声で「あれが“外部解放術式”か……? とにかく止めなきゃ」と息を呑む。アヤカが合図を送り、散開して警戒態勢をとる。


とん、とん、と足音が響き、闇の中から複数のローブ姿の男たちが現れる。メンバーの中には以前と比べものにならないオーラを纏っている者もおり、すでに“外部解放術式”の一部が稼働しているのかもしれない。
「来たか……生成者ども。探偵の女にタスクフォースの残党か……滑稽な連中だ。だが、ここで終わるがいい」
男の一人が嘲笑し、どす黒いオーラを空間に放出する。周囲がゴウッという衝撃に包まれ、床が震えるように感覚が伝わってくる。隊員たちが「うわっ……!」と怯むが、アヤカが「負けないで……!」と声を張る。エリスもリボルバーを構え、ユキノやカエデがそれぞれに準備態勢を取る。

隊員の一人が前に出て銃撃を加えるが、黒いオーラで弾が逸れ、逆にカウンターの衝撃波で吹き飛ばされる。
アヤカが盾型の精神構造体を展開し、仲間を防御しながら衝撃波を緩衝する。
カエデが刃を振るい、廊下の隅へ走り込んで敵を横から斬撃する。だが、敵のオーラが硬質化しており、一撃では切り崩せない。
エリスがリボルバーで正確な射撃を試み、複数の敵を牽制するが、空間が歪むような大掛かりな装置の起動が始まり、視界が妙にチラつく。

「チッ……この装置、わたしたちのオーラを乱してるんじゃないか?」カエデが歯を食いしばって言うと、エリスは「そうかもしれない……真理追求の徒がこんな術式を完成させたなんて厄介ね」と応じる。
ユキノは膝を突きそうになりながら、「わたし……弓を……」と胸に射出機を当てるが、痛みに加え、空間の歪みで頭がクラクラする。「だめ、気が散る……!」と必死にこらえるが、なかなかオーラを集中できない。


(やっぱり……蒔苗の力を借りられれば、この干渉を払いのけられたかもしれない。でも……わたしはあの子を拒絶した……)

ユキノは歯を食いしばり、苦しさに涙が浮かぶ。敵は巨大な装置を背にしながら、オーラを増幅して空間を歪ませている。これが「外部解放術式」の一端なのか――まるで周囲の空気が粘度を増し、身体の自由を奪ってくるかのような重圧を感じる。
カエデが荒っぽい息を吐き、「ユキノ……大丈夫? わたしが前へ出る!」と叫び、再度突撃していくが、数人の敵に囲まれ逆に追い詰められそうになる。エリスが必死に射撃で援護するが、オーラを弾き飛ばす防御が固い。

隊員も奮闘しているが、敵が想像以上に強大であるうえ、スパイが情報を事前に漏らしていたのか、有利な態勢で待ち構えられている感がある。アヤカの盾がなければ早々に壊滅していたかもしれない。
ユキノは歯ぎしりして(自力で……頑張るしかない。痛みを……越えろ……!)と胸の奥で叫ぶ。両手を合わせるようにして射出機に触れ、意識を研ぎ澄ませる。
「ぐっ……あああ……っ……!」
強烈な痛みが襲い、視界が白黒に点滅するが、絶対に倒れないと自分を奮い立たせる。周囲ではカエデの斬撃が火花を散らし、エリスの銃声が鳴り、アヤカの盾が衝撃波を防ぐ音が轟いている。


激しい衝突がさらにエスカレートする。敵がオーラを解放するたびに地面が軋み、コンクリ片が舞い上がる。装置の稼働音が低い唸りを発し、廃墟の地下空間がまるで崩壊寸前のような振動に包まれる。
「うわっ……天井が……!」と隊員が叫ぶと、コンクリ片が落下し、粉塵が上がる。視界が奪われた隙に敵が殺到し、カエデやアヤカが盾や刃で必死に防御。エリスも逆の方向から狙撃を加えるが、多勢に無勢で厳しい展開が続く。
「どうすれば……! 敵が多い、しかもオーラが強すぎる……!」アヤカが苦悶の表情を浮かべる。指揮する隊員が次々と負傷し、人数が足りないことが顕著に表れる。

ユキノは崩れそうな身体を抑えつつ、「わたしだって……弓を撃てば……!」と胸に手を当てる。だが、制御を失えば自分も命を落とすかもしれない。痛みが倍増し、脳が悲鳴を上げる。
(だけど……やらなきゃ!)


ユキノは大きく息を吸って、身体の奥底で疼く痛みを意識的に抱きしめるように感じる。蒔苗の干渉なしでこの痛みを扱うのは無謀だが、それでも自分を信じたい――その強い意志が胸を貫く。
「……やる……!」
声にならない声を絞り出し、射出機を胸に当てる。三射目や四射目の苦しみを思い出すと恐怖が込み上がるが、もう怯むわけにはいかない。カエデが「ユキノ、まさか……!」と悲鳴のような声を出すが、ユキノは震える唇で「わたしを……信じて……」と返すのみ。

「っ……ああああっ……!!」
かき消すような絶叫とともに、ユキノは弦を作り出す。オーラが空間に青白い光を帯びて浮かび上がり、矢の形へと凝縮されていく。痛みは従来の比ではなく、肺が焼けるような感覚で血が逆流するかと思われるほどだ。しかし、彼女は歯を食いしばり、床に崩れ落ちずに踏み留まる。
視界が揺らぐ中、敵がカエデや隊員たちを圧倒しそうな姿が映る。黒いオーラをまとった幹部らしき男が装置のスイッチに手を掛け、「これで全てが終わる! 観測者を強制的に呼び出し、外部解放術式を完成させるのだ!」と豪語する。ユキノは矢を狙い定め、「させない……!」と心の底で叫ぶ。

青い閃光が滴るように弓を振動させ、ユキノは恐怖を抑え込む。蒔苗なしでこの力を扱うのは無謀かもしれないが、仲間を守るために――そのひと心で引き絞る。
「……っ……痛い、でも……飛べ……!」
ビシュンという鋭い音と共に、矢が空間を裂く。オーラを打ち破る大きな衝撃波が発生し、男たちの陣形が乱れる。装置の表面に矢がめり込み、パネルが激しく弾け飛ぶのが見える。
「なにっ……!?」幹部が仰け反り、制御パネルがショートして火花を散らす。一方でユキノも意識が遠のきかけ、「はぁ、はぁ……あああ……!」と呻き声を上げ、崩れ落ちそうになるのを必死にこらえる。

カエデが涙を流しながらユキノに駆け寄り、「だめ……無理しすぎだよ……!」と抱きとめる。ユキノは苦痛に喘ぎながらも薄く笑う。「倒れない、まだ……最後の一撃……」と唇を震わせている。


ユキノの矢で装置の一部が破壊されたが、完全には止められていない。幹部が狂乱の眼差しで叫び、「生成者がそんなに強いとは……が、まだだ……術式は止まらん!」とパネルを叩く。生き残りのローブたちもオーラを高め、隊員たちに猛攻を仕掛けてくる。

アヤカが盾をかざし、隊員を守ろうとするが、敵の攻撃が強烈で、右腕に衝撃を受けて跪く。
エリスがリボルバーでカバーしようとするが、多方向からのオーラ弾に追いつかず、「くっ……囲まれてる……」と苦しげ。
カエデがユキノを支えながら、「どうすれば……もうユキノも限界なのに」と焦る。

そのとき、装置の中央部分が不気味に光を放ち始める。幹部が「ふははは……来るぞ……観測者よ、今度こそ我らの術式に従って姿を現せ……!」と狂気を帯びた笑みを浮かべる。
空間が歪み、蒔苗が強制的に呼び出されかかっているのだろうか。もし本当に彼女を無理矢理出現させ、術式に取り込めば、世界が崩壊するか、真理追求の徒が異次元の力を手にするか……いずれにせよ破局的な結果になりかねない。


悲鳴のようなエネルギーのうねりが空間を揺らし、装置の中心で虹色の霞がチラチラと揺らめく。そこに浮かんでいるのは、確かに蒔苗の気配。だが不完全な形で、その瞳は焦点が定まらないように見える。
「やった……来たぞ……! あとは術式を安定させれば、観測者を意のままに操り、新世界を開くのだ……!」幹部が絶頂の声を上げる。
アヤカやエリス、カエデが「だめ……あれじゃ蒔苗が引きずり出される……!」と青ざめる。ユキノは痛みに震える体を無理やり動かして立ち上がり、「やめて……蒔苗をそんな……!」と叫ぶ。

しかし、蒔苗は強制的に呼び出されている最中とあって、意思が混乱しているのか定かではない。ユキノを拒絶したと言い放った蒔苗が、今度は真理追求の徒の儀式で出現を余儀なくされるなんて、あまりにも皮肉な展開だ。
「く……このままじゃ観測者が暴走するか、徒に支配されるか……どっちに転んでも最悪だわ……!」エリスが焦りを露わにする。カエデが歯を食いしばり、「ユキノ、私たちで止めよう……!」と呼びかけるが、ユキノの身体はすでに限界に近い。

(それでも……蒔苗と世界を救うためには……)

ユキノはゆっくりと前進し、装置に向かって歩を進める。敵が妨害しようとオーラを飛ばしてくるが、カエデと隊員がかろうじて迎撃し続ける。エリスが「あなた、行かせていいの?」とアヤカに問い、アヤカは渋い顔で「もう止められないわ」と答える。


ユキノは震える手で弓を作ろうとするが、痛みが激しく再度視界が霞む
。しかし、ここで倒れたら終わりだと自分に言い聞かせ、“観測者なしでの痛みの制御”を渾身で試みる。
(わたしは蒔苗を拒絶した。でも、それで世界が壊されるなんて嫌だ……!)

結界のようなオーラがユキノをはじこうとするが、彼女は一歩ずつ装置に近づく。幹部が「この期に及んで何をする気だ、貴様……!」と嘲笑しながらオーラを撃ち込む。ユキノは弓の防御でかろうじてそれをそらし、苦しげな声を上げる。
「痛い……でも、わたしは……!」

装置の中心で蒔苗の半透明な姿が激しく歪み、幹部が高らかに「観測者よ、我らの真理に従え……!」と叫ぶ。だが、ユキノはそこで膝をつきながらも弓を引き絞り、「させないっ!」と全力で矢を放つ。
矢が装置を直撃すると同時に、蒔苗の形が崩れるように消えそうになる。装置のパネルが再びショートし、幹部たちが「くそ……なぜ壊れない……!」と叫ぶが、ユキノの矢がもう一枚のパネルを破壊。火花が散り、床が揺れる。

「うわぁ……っ!!」
幹部らが吹き飛ばされる形で装置を離れ、エリスとカエデ、隊員が一気に突撃して敵を取り押さえる。オーラを纏った者たちが次々と制圧される中、幹部は最後まで抵抗しようと身を振るが、アヤカの盾がカウンターの衝撃波を放ち、床に伏せさせる。
「観測者が……我々の真理が……っ!」男が恨みがましく呟きながら倒れ、深い息を引きとる。残りのローブ姿の連中も隊員が捕縛していく。


装置が崩壊寸前で、紫色のオーラが闇に散る。蒔苗の形はすでに消え、その余韻だけが残っている。ユキノはその光景を見届けるように弓を解き、「はぁ、はぁ……終わった……?」と安堵しかけるが、瞬間、身体が崩れ落ちる。
「ユキノ!」
カエデが必死に抱き留める。ユキノは意識が朦朧とし、口から血の混じった唾液を吐き出す。「ごほ……痛い、もうやだ……!」と苦しげに叫ぶ。周囲が慌てて駆け寄り、エリスが「救急キットを! 急いで!」と命じる。
アヤカがユキノの胸に手を当てて脈を測るが、不整脈で不安定。「どんなダメージを受けてるか分からない……もう医療施設に運ぶしかない!」と焦る。カエデは絶望の表情で「ユキノ……」と名を呼ぶ。

(ごめん……もう限界……)

ユキノは心の底で呟く。痛みで意識が遠のき、そろそろ死を覚悟しなければならないのかと直感する。観測者・蒔苗を拒絶した以上、あの子が助けてくれる可能性はない。自分の選択でこの結末になっても仕方ないのだろうか。
けれども、心の片隅で微かな光が疼く――「わたしは死にたくない。みんなと一緒に生きたい。それがわたしの“拒絶”であり、“選択”だった……」と。

そこに、かすかに空気が震えた気がして、虹色のかすかな光が一瞬だけ現れる。蒔苗が再び出てきたのかと思いきや、すぐに消え去る。エリスが見間違いかと思って周囲を見渡すが、何もいない。
(今のは……幻影? それとも蒔苗がちょっと干渉したの?)

隊員が倒れ込んだユキノを抱え、「早く医療班と合流します!」と急ぎ足で引き返す。
カエデやエリス、アヤカも一緒に撤退を開始し、制圧した敵や破壊された装置の残骸は後から調査隊が処理することになるだろう。こうして、真理追求の徒の“外部解放術式”による儀式は未完成のまま終わった。


ビルを出た外には、小雨がしとしとと降り続いている。夜明けが近い空は薄墨色に染まり、風がゆっくりと吹き抜ける。救急車が連絡を受けて現場に駆けつけるまで、ユキノは意識を失うことなく痛みに耐え続けたものの、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
カエデは憔悴した声で「ユキノ……生きて……」と呼びかけ、エリスも血の気の失せた頬をさするように「もう少しよ……あなたは死なない」と繰り返す。アヤカは言葉も出ずにただ唇を噛み締めている
。観測者なしでここまで戦った結果、ユキノは限界を迎えようとしている。

一方で、廃墟から上がる火花や黒煙の中で、捕縛される真理追求の徒の幹部らは怨嗟の声を吐き、「観測者を味方にできなかったが……また第三、第四の手段がある……我らの行動は終わらん……」などと嘲笑に近い言葉を漏らす。スパイ問題も解決していない以上、タスクフォースにはまた混乱が待ち受けるかもしれない。
それでも、ユキノの弓は確かに儀式を阻止した。
蒔苗の干渉なしでも、自分たちの意志で勝利を掴み取った一瞬――しかし、その代償はあまりにも大きく、ユキノの命が風前の灯火になっていることを誰もが感じていた。

(この先、蒔苗が再び姿を現し、“世界の終了”を宣言するかもしれない。ユキノが死ねば、もう誰も観測者を止められないかもしれない。でも、ユキノは彼女を拒絶した……)

雨が静かに降るなか、夜明けの空がうっすらと白んでいく。タスクフォースの車両と救急隊がこの廃墟に集まり、慌ただしい騒音が増してくる。
ユキノは目を閉じかけながら(わたしは……まだ死にたくないよ……)と心の中で繰り返す。誰に向けられた言葉か分からないが、涙が頬を伝う。痛みは消えない――“拒絶”した結果、蒔苗からの干渉も期待できない。だが、心のどこかに小さな光を感じるのは、仲間を守り抜いたという達成感なのか、あるいは遠くから蒔苗が見守っているのか……。

このままユキノは死を迎えるのか、あるいは奇跡的に生き延びるのか。真理追求の徒は本当にこれで終わりなのか、それともさらなる手段を用意しているのか。観測者・蒔苗の沈黙は何を意味するのか――最終決戦の果てに残された無数の問いが、夜明けの雨空を覆い尽くしていた。

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