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再観測:星を継ぐもの:Episode9-3
Episode9-3:最終領域へ
星海の闇が緊迫感をさらに深め、無数の星の瞬きがかすかに揺れていた。外界の混乱という報せが飛び込み、王都の陥落すら噂される状況下で、円卓騎士団の士気はぎりぎりのところにあった。もはや「一刻の猶予もない」という認識が艦内すべての乗組員に共有されている。要塞を早急に落とし、The Orderの本拠やコアの仕掛けを止めなければ、地上が完全に滅びてしまうかもしれない。誰もが、その重すぎる使命に押しつぶされそうになっていた。
仮設拠点のメインブリッジでは、アーサーが口を一文字に結んでスクリーンを凝視している。無数の航路や要塞周囲の地図が映し出され、大艦隊が集結を開始していた。これまでは各部隊が局所的に動き、星海の前哨拠点を守りながら要塞に圧力をかけてきたが、それだけでは埒が明かない。
今こそ、王国と連合の最後の力を振り絞って“最終領域”へ踏み込むときがきたのだ。
アーサーが静かに口を開く。「各艦隊、編成を終え次第、要塞直下の宙域へ集合する。我々は最終領域――コアのさらに奥へ進出し、The Orderの本質に挑む。この先、地上が持ち堪えるかはわからない。だが、やるしかない。みんな、覚悟はいいな」
ガウェインは盾を胸元で叩き、「当たり前だ。もう迷う余地はねえ。地上がどうなろうが、ここを突破しないと何も救えないんだろ?」と肩をいからせる。トリスタンは穏やかに頷きながらも、その声には決死の覚悟が滲む。「そうだね。最初で最後の総攻撃になるかもしれない。今までにない死闘を覚悟しよう」
カインは口を結びつつ、ちらりとアリスを振り返る。アリスは少し顔色が悪いが、瞳には決意がある。先日の“意識世界”で得た情報――自分が覚醒すれば世界が消えるかもしれないという恐怖は消えていない。けれど、地上を救うためには、ここで立ち止まるわけにはいかない。
アリスは小さく息を吐いてから、はっきりとした声で言う。「私は行きます。最後まで干渉力を使うし、コアの奥に触れて、何があろうと真実を掴む。怖いけれど、もう逃げない。……みんなを信じて、私もこの世界を信じたいから」
その言葉にカインはぎこちなく微笑み、「お前が怖いのは当然だ。でも、俺たちがいる。絶対に、お前一人に背負わせるようなことはしない」と優しく肩を叩く。アーサーはそれを見届けてから、「よし、準備に入ろう。艦隊各員に告げる。数時間後に総出撃だ」と静かに宣言を下した。
準備が進む中、カインはハンガーで銀の小手の機体を最終チェックしていた。整備士が念入りにパーツを磨き、武装をフル装備に整える。通常のミサイルだけでなく、観測光増幅の新装備や予備弾倉も積み込まれた。
アリスは機体の外側を眺めている。干渉力を武器にするのは彼女自身だが、やはり物質的な支え――機体や弾薬がしっかりしていなければ満足に戦えない。自分は干渉力以外では非力だと痛感するが、だからこそ仲間や整備士の協力が欠かせないのだ。
ガウェインが盾を携えてハンガーへやってきた。「よお、二人とも。最終領域っつーくらいだ、向こうには何が待っているか分からねえが、勝ち方はいつもと同じだろ? 殴って、守って、撃ち抜くだけだ。騎士団が本気出せば、何だろうと粉々さ」
「ガウェインさんって、こういうとき頼もしいよね」とアリスが苦笑混じりに言うと、彼は「当たり前だろ」と拳を作る。「ただ……まあ、覚悟はしとけ。あいつらもラストバトルってことで最強兵器揃えてくるかもしれん。今までのドローンやエース機だけじゃ済まないかもだ」
カインはうなずく。「ああ、嫌な予感がする。向こうも追い詰められてるんだ。総力戦になるだろうな」
そこへトリスタンがライフルを担いで合流し、「要塞の周辺にはいくつものゲートや洞窟があったが、どうやらコアの“さらに奥”という場所があるらしい。先日アリスが倒れた洞窟より深い層。そこが、いわば最終領域と呼ばれている」と低く言う。
「なるほどね。コアだけがゴールじゃなかったってわけか」とガウェインが口を曲げる。「上等だ。徹底的に叩いてくる」
アリスは心配そうに視線を落とす。「その奥に、私の“本体”や上位世界への繋がりが隠れているかもしれない……。行くのが怖いけど、やらなきゃ地上は……」
カインはアリスの肩に手を置き、「大丈夫だ、俺たちが守る。お前は自分のできることに集中して、覚悟を持ってくれりゃいい」と力強く言い聞かせる。アリスは細く微笑み、「うん……」と頷いた。
数時間後、仮設拠点のハッチが一斉に開き、主力艦隊が続々と星海へ飛び出していく。旗艦を中心に空母や巡洋艦、駆逐艦などが縦列を組み、その周囲を戦闘機部隊が護衛する。
アーサー率いる円卓騎士団は先頭に位置し、エクスカリバー、銀の小手、ガラティーン、フォール・ノートが互いの位置を確認しながら編隊を固める。アリスは銀の小手のコクピットで深呼吸していた。先ほどまでの意識世界で見た衝撃――地上が崩壊している様子――が脳裏をちらつく。けれど今は、要塞とその先の“最終領域”を突き崩すことに集中しなくては。
(私が……何者でもいい。カインとみんなを信じて、力を出し尽くすだけ。そうしないと地上が、本当に……)
カインが操縦桿を握り、「出発だ。アリス、いいか?」と声をかける。アリスは「うん、行こう」と少し硬い声で答えた。彼女の胸には震えがあるが、意志は揺らがない。
宇宙空間のなかで、艦隊が豪勢なフォーメーションを組む姿は壮観だった。いくつもの船影が隊列を延ばし、観測光のバリアが青白いヴェールを張っている。まるで銀河を一角に切り取ったような光景だ。
要塞方面では早くもドローンの迎撃態勢が整っているようで、無数の点がちらちらと動き回る。しかし、今回はこちらも総力を挙げた大艦隊だ。大規模砲火をもって一気に外壁を突破し、そのまま洞窟へ、コアのさらに奥へ入り込むプランが練られている。
アーサーが指揮通信を全域に響かせる。「全艦、観測光の集中砲撃でバリアを叩く。ドローンの波状攻撃に備えつつ、円卓騎士団が先頭に立って突破口を開く。ミスは許されない。ここで勝てなければ地上が終わるぞ!」
通信には各船の砲撃指揮官や神官が次々「了解!」と力強い声で応じた。
ガウェインが盾を構えて笑う。「よっしゃ、ハデにやってやるさ。アリス、準備はいいか?」
「ええ、できる限りの干渉をやるわ。だけど無理しないように見張ってて」とアリスは言い返す。トリスタンはスナイパーモードをセットしながら「もちろん、まずは弓型ドローンを優先的に落とすよ」と淡々と構える。
カインはミサイルポッドを起動し、画面に続々表示される敵影を注視する。「さあ、行こう。みんなで最終領域をぶち抜くんだ!」
先陣を切るのは重巡洋艦の一斉砲撃だった。要塞の外壁へ向けて光のビームが何本も伸び、宙を灼くような閃光が炸裂する。敵のバリアが振動を生じさせ、数多くのドローンが迎撃に躍り出た。星海が瞬く間に弾幕の嵐に包まれ、ドーン、ドカーンという爆音が次々に巻き起こる。
円卓騎士団の4機は高速で回り込み、ドローンの背後を取ろうと試みる。ガウェインが盾を構えて前進し、トリスタンがそれを後方支援し、カインとアリスは銀の小手で干渉を振りまきながら攻撃を重ねる。アーサーのエクスカリバーが先頭を切り開き、剣ビームでゴリゴリと敵を削っていく。
「攻撃が厚い……!」
アリスが悲鳴を上げるほど、敵の弾幕は強烈だった。今回はこれまで以上に高出力の観測光ビームを放つドローンが大挙している。艦隊側も大火力で押し返しているが、宙が閃光と爆風で埋め尽くされ、とてもスムーズには進まない。
カインが必死に操縦桿を捌きつつ、「アリス、干渉で弾道を逸らせるか?」と叫ぶ。アリスは痛む頭をこらえ、「う……少しだけなら!」と青い波紋を広げる。数体のドローンの狙いが狂い、攻撃が味方艦を外れて空を切る。そこをガウェインとトリスタンが仕留め、火球が花のように咲く。
「いいぞ、アリス!」
カインが歓声を上げるが、同時にアリスの呼吸が乱れていくのを感じた。「大丈夫か?」と問いかけるが、返事は短い息だけ。
やがて強烈な砲撃が要塞外壁をこじ開けるのに成功し、そこに新型観測制御装置を抱えた神官艇が突入してバリアを無効化する。大きな裂け目が外壁に生じ、艦隊がそこを狙って押し寄せる。敵の抵抗は激しいが、今はこれだけの兵力がある。じりじりと進んでいけば、洞窟入口に辿り着ける見込みだ。
アーサーの剣ビームが巨大な衝撃波を放ち、破損していた通路を広げるように爆破する。「皆、ここが突破口だ! 一気に奥へ雪崩れ込むぞ!」
通信に応じてカインとアリス、ガウェイン、トリスタンが先行し、大艦隊の一部が後を追う。敵ドローンが洞窟内に陣を敷いているが、円卓騎士団が切り崩し、大破片が飛び散る。アリスは短い干渉を何度か使い、攻撃を逸らすサポートに回る。
洞窟を突き進むと、やがて天井が高い空洞に出た。先日コアへ向かおうとしたエリアと似ているが、さらに深部へ通じる分岐がある。アーサーたちはコアの洞窟で合流した艦隊の分隊に防衛を任せ、主力だけで最終領域と称される道へ突入する。
そこは蒼く揺れる光の膜がかかっており、何かしらのバリアか結界らしい。先日、人型の守護者が現れた場所よりも遥か奥……。アリスはコクピットの中で寒気を覚える。
「カイン……何か凄い力を感じる。まるでここが、上位世界の一端と繋がってるみたい……」
「わかるぞ、俺も嫌な圧迫感がある。大丈夫か?」とカインが気遣うと、アリスは「ええ、まだ平気……」と答える。
ガウェインは盾を前にしながら「こんな狭いところで大艦隊は動けねえ。俺ら騎士団が先行して道を切り開くしかないな」と鼻を鳴らす。トリスタンがレーダーを確認しつつ「人型やエース機が待ち伏せしているかもしれない。注意して進もう」と冷静に補足する。
アーサーは剣ビームを掲げ、「最終領域、か。ここが噂の頂点なら、敵の本隊やコアを超えたさらに深部があるはず。そこに何がいるか……皆、気を引き締めろ」と声を張った。
そして4機の機体が一列に並んで進入し、後方から支援分隊が固める形で、洞窟の最深部へ足を踏み入れる。
バリアを突き抜けた先は、まるで裏返った空のように上下が曖昧で、重力反転領域まで混ざった異様な空間だった。青く蠢く壁、上から逆さまに突き出す岩塊、そして観測光の虹色が全体を覆っている。
「こりゃすごい……本当に異世界って感じだな」
カインが思わず息を呑む。アリスの頭痛が徐々に強まるが、彼女は必死に耐えている。「ここが……最終領域。上位世界と繋がってるというなら、ここで私の本体に一歩近づくかもしれない……」
「覚悟しろよ。もし本体がどうこう言う連中が現れたら、容赦なく叩き潰すまでだ」とガウェインが盾を構える。トリスタンも「僕らがカバーするから、アリスは焦らず干渉力をコントロールして」と淡々と告げる。
最終領域に踏み込んで数分、辺りは不気味な静寂が続いていた。弓ドローンやエース機の姿もなく、まるで嵐の前の凪のような空気。
それを破るのは、やはり“あの存在”だった。突如、青白い閃光が洞窟の奥から奔り、人型が現れる。仮面のような顔面部を備え、観測光の霧を纏った守護者だ。以前、アリスや騎士団を退けた強敵の一種だろう。
「来たか……!」
アーサーが剣ビームを引き抜き、ガウェインは盾を前面に突き出す。カインとアリスもミサイルと干渉力を準備し、トリスタンが狙撃の位置を確保する。
人型は沈黙のまま、宙を漂うように移動したのち、パチパチと火花を散らす観測光の弓を形成する。前回も見たように、一瞬で強烈なビームの雨を放ち、空間を切り裂く技だろう。
「やらせるか!」
ガウェインが盾を掲げ、速攻で前に出る。ビームが白い閃光となって降り注ぐが、カインやトリスタンが横合いから牽制射撃を重ねて人型の動きを抑え、ガウェインの盾がその一部を防ぐ形だ。
その一瞬を逃さず、アーサーが剣ビームで側面から斬りかかる。「はあっ!」と気合を込めて振り下ろすが、人型は一瞬で姿勢を変えて後退し、ビームを横払いしてくる。アーサーの機体が火花を散らして大きく揺れるが、ギリギリで躱して体勢を保った。
「攻撃パターンは前と同じ……だが、油断するなよ!」
アーサーの警告にカインはうなずく。後方からミサイルを放り込み、アリスが干渉力でビームの弾道を歪めようとする。だが、またしても人型は独自の干渉を使い、アリスの操作を打ち消してしまう。
「くっ……やっぱり強い……!」
アリスが小さく悲鳴を上げる。人型もまた上位レベルの観測力を持ち、「目覚めるな」と言わんばかりに猛攻を仕掛けてくる。
爆発が空間を揺るがし、洞窟が崩れそうな音を立てる中、カインとガウェイン、トリスタンが火力を集中して一斉射撃を加える。幾度目かの連携で人型が体勢を崩し、観測光の層がむき出しになる。
「今だ、叩き込め!」
アーサーが絶叫し、剣ビームを斜めに叩きつける。人型は回避しようとしたが、アリスが干渉力を当ててわずかに動きを狂わせ、ガウェインが盾を衝撃波として叩きつける。そこへカインのミサイルが炸裂し、蒼い火花が人型の身体から飛び散った。
一瞬、勝機が見えたが、人型は後方へ霧のように消えて逃亡する気配を見せる。ドローンでもなし、撃破したかどうかも判然としないまま、空間が歪むように切り裂かれて姿が消えていった。
「また逃げられたか……」トリスタンが槍のようにライフルを抱え直し、歯噛みする。「しぶとい奴め。完全には倒せないのか」
ガウェインも盾を見下ろして「こっちも相当消耗した。こいつ、やっぱただ者じゃねえな」と息を荒げる。アリスは頭痛に耐えながら、「でも、一度撃退できた形だよね……きっと、先には進める……」と弱々しく言う。カインは彼女の体調が心配だが、状況が逼迫しているため深く言及できない。
人型が退いた先へ進むと、さらに開けたドーム状のスペースが現れる。そこにはコアで見かけたような配管や触手めいたものが絡まり合い、中央には半球形の台座が浮かんでいた。光が白く脈打ち、まるで巨大な瞳のように見える。その奥へと通じる道がぼんやりと揺らめいている。
アーサーが剣ビームの照明を当て、「ここが“最終領域”か。きっとこの先に決定的な何かがある。……皆、慎重にな」と通信で呼びかける。
カインやガウェイン、トリスタンは攻撃態勢を崩さず、アリスはモニターを睨んだまま目を細める。「観測光が渦を巻いてる……。あれを潜り抜ければ、本当に上位世界の境界に触れるかもしれない……」
カインは操縦桿をぎゅっと握って「アリス、無理はするな。俺たちが守るから、お前は干渉に集中していい」と声をかける。アリスはぎこちなく笑って「うん……ありがと」と答えた。
四機がゆっくりとドームの中心へ近づくと、台座がパキパキと音を立てて開き、光がドームの天井へ昇っていく。そこに、巨大な円環状のゲートが形成され始める。観測光の結晶が周囲を取り囲み、波紋のような模様があたりを照らす。
「なんだ……ゲート?」
アーサーが息を呑む。トリスタンも「おそらく、上位世界とやらを繋ぐための通路かもしれない」と推測する。ガウェインは盾を横に構え、「この先が、いわゆる終わりの場所……か?」と低く呟く。
アリスの頭痛は最高潮に達しそうだが、同時に懐かしささえ感じる。こここそ、自分の本体が眠る世界の扉かもしれない。もしくぐれば、本当に覚醒してしまうのか――それはわからない。だが地上を救うために、The Orderを止めるためには行くしかない。
「行こう……」アリスが震える声で言ったとき、突然またしても空間が揺れ、轟音が洞窟を満たす。
「ちっ……まだ来るか!」ガウェインが咄嗟に構える。通信班からも「後方でドローンの大群が押し寄せてきます! 一部の艦隊が抑えきれないかも!」との緊急連絡が入る。
アーサーが即断する。「ここに少数を残し、ゲートへ進める者は進む。艦隊が後ろを抑えている間に突破するしかない。アリス、カイン、ガウェイン、トリスタン……お前たちも来い。時間がない」
「了解だ、乗りかかった船だしな」とガウェインが唸り、トリスタンはライフルを構えたまま短く「わかった。行こう」と返す。カインはアリスを振り返り、「いいな? どんな結果になっても、お前を置いてかないから」と言い、アリスは涙ぐむように笑って「ありがとう、カイン」と応じた。
ゲートはぐるぐると渦を巻き、光が高く伸びていく。複数の神官が艦隊の後方から遠隔で支援し、観測制御を安定させようとしているが、波長が乱れ、バチバチと火花が踊る。その一方で、奥から低い唸り声のような振動が響き、何かがこちらを待っているかのように感じられる。
カインは銀の小手を前進させ、アリスが息を詰める。「アーサー卿、どうすれば……?」
「まずはこの渦を抜ける。いわば空間転移のようなものかもしれん。エース機や守護者がまた出てくるかもしれないが、構うな。コアを越えた先に何があろうとも、叩き潰して進むだけだ」
アーサーの剣ビームがわずかに光を宿し、彼自身も気合を入れている様子がわかる。カイン、ガウェイン、トリスタンも念入りに武装を最終確認し、アリスは操縦席でほとばしる干渉力を感じていた。
(怖い。けど、これが最後。ここで足をすくませば何も救えない……)
ドーム内が砲撃や爆発で揺れ、後方の艦隊が死闘を続けている。大音響のなか、アーサーが号令を出す。「行くぞ!」
エクスカリバーが先頭を取り、銀の小手がその後を追う。ガウェインとトリスタンが左右から援護。青白い渦の中心へ入る瞬間、視界が歪み、まるで重力が反転するような感覚に襲われる。アリスが悲鳴を呑み込み、カインも操縦桿が利かなくなる不快感を感じる。
「っ……な、何だこりゃ!?」
トリスタンの声が混線しながら聞こえ、ガウェインが「盾が重い……!」と嘆き、アーサーがうめき声を上げる。「耐えろ……ここを抜ければ最終領域……!」
視界がぐるぐる回り、上も下もわからなくなる。アリスの脳裏に再び“覚醒したら世界が崩壊する”という黒い人影の言葉が浮かぶ。が、いまは考えても仕方ない。カインが隣で呼びかける声が聞こえる。
「アリス、しっかりしろ! 大丈夫だ、あと少しで抜ける……!」
その言葉にしがみつくように意識を保ち、アリスは必死で干渉力を安定させる。すると、空間がいっそう激しく歪み、最後の閃光が二人の視界を真っ白に包んだ――。
閃光のあと、機体が何か柔らかな空間を突き抜けたような感触があり、カインは操縦桿を強く握りしめる。目を開くと、そこはまったく別の様相を呈した空間だった。
漆黒の闇に無数の粒子が舞い、上下が逆転しているようにも見える。遠方には淡い光の線が絡まり、星のような結晶が浮いていた。上位世界と小宇宙の狭間というべきか、あるいはThe Orderが築いた異界か――何と表現すればいいかわからないほど異質な景色だ。
「ここが、最終領域……?」
ガウェインの声に、トリスタンが「どうやらそうらしい。重力や方位が狂ってる。気を抜くなよ」と応じる。アーサーの機体が前で微動だにせず浮かんでいるのが見える。カインも銀の小手を微調整しながら姿勢を保持した。アリスは頭を押さえ、「頭が割れそう……干渉がめちゃくちゃ混ざり合ってる」と苦痛に耐えている。
「カイン、アリス、ガウェイン、トリスタン……大丈夫か?」アーサーが呼びかける。「生きてるな? どうやら全員無事みたいだ。だが敵がいないとも限らん。慎重に行こう」
機体を動かそうとしたその瞬間、アリスが青ざめた顔で叫んだ。「来る……! 何か大きい……!」
すると周囲の闇がぐわっと渦巻き、巨大な生体兵器か、あるいは観測光の化け物かと思しき物体が姿を現す。触手のような金属パーツが何本も伸び、中央部に巨大な眼のようなコアが脈動している。
「何だ、こいつは……!」ガウェインが思わず声を荒げる。トリスタンは狙撃モードに入ろうとするが、相手があまりに巨大で形が定まらない。「例えるなら、星を喰らうイカのような……?」
アーサーが剣ビームを掲げ、「構えろ! こいつが最終領域の守護者かもしれん!」と指示を出すや否や、怪物が触手を振り回し、ドンという衝撃波が宙を揺るがす。
カインがとっさに操縦桿を引き、「ミサイルを撃ち込む!」と発射するが、触手が観測光をまとい、弾道を叩き落とす。爆発が起きるが、怪物はびくともしない。アリスが干渉を使って触手を逸らそうと試みるが、案の定強大な干渉力で押し返され、悲鳴を上げるほどの痛みが返ってくる。
「くそ……またしても上位干渉かよ!」カインが叫ぶ。ガウェインは盾を噛み締め、「こいつ、今までのどの守護者よりでかい上に力も桁違いだぞ!」と吠える。
アーサーは剣ビームで触手を斬りかかり、何本か落とすが、断面から再生するかのように新たな触手が生えてくる。トリスタンの狙撃がコア部分を打ち抜こうとしても、何らかのエネルギーフィールドが弾き返す。戦況は泥沼だ。
「アリス、もたないか?」カインが声をかけるが、アリスは頭を抱えながら「少しなら……でも……」と苦しげに喘ぐ。
「いい、少しでいい。手伝ってくれ!」カインは強引に操縦桿を傾け、怪物の背後へ回り込もうとする。アリスが歯を食いしばり、微弱な干渉波を操作し、触手の動きをほんのわずかに乱す。一瞬の隙を突いてカインがミサイルをコアへ撃ち込むが、爆発がわずかな傷をつけた程度で止まる。
「これじゃ埒が明かねえ……!」ガウェインが苛立ちを剥き出しにする。そんなとき、アーサーの機体が急降下するようにコアへ切り込む姿勢を取った。
「アーサー卿、まさか特攻か!?」カインが焦る声を上げる。アーサーは剣ビームを激しく燃やし、「一度コアを叩いてみる! 皆、援護してくれ!」と叫ぶ。ガウェインやトリスタン、カインが一斉に怪物の触手を牽制する弾幕を張り、アリスも限界まで干渉を行使して動きをほんの少し鈍らせる。
そしてアーサーはエクスカリバーの剣ビームを全力で突き込み、コアに巨大な斬撃を叩きつける。閃光が発生し、ドカンという爆音が響き渡る。触手がまき散らされるなか、アーサーの機体も吹き飛ばされ、白い火花を散らしながら回転する。
「ぐあっ……!」アーサーのうめき声が通信に乗る。カインが「アーサー卿!」と叫んで駆け寄るが、怪物が抵抗の叫びを上げるかのように触手を大きく振り回し、洞窟全体が震える。
「コアに傷は……入りかけてる!」トリスタンがスコープで確認し、「あそこだ、ひびが走ってる!」と指す。カインが追い打ちのミサイルを撃ち込み、ガウェインが盾を破棄して手持ちの高火力を注ぎ込む。アリスは苦痛に喘ぎながらも干渉をかけ続け、弾道を補佐する。
まばゆい光が火柱のように立ち上がり、怪物のコアが凄まじいスパークを起こす。絶叫にも似た衝撃波が円卓騎士団を襲うが、全員が歯を食いしばって耐える。やがてコアが砕け、内部から黒い液体が流れ出るように宙を漂い、触手は萎むように動きを止める。
「倒した……か?」ガウェインが肩で息をしながら言う。アーサーはボロボロの機体を何とか立て直し、「ああ……何とか、な……」と痛む声を漏らす。
怪物の残骸が宙に散り、観測光がバチバチと残響を上げる。その中央部にぽっかり穴が開いたように、青いゲートが揺らめいている。そこが本当の“最終の入り口”なのかもしれない。アリスは朦朧としながらそれを見つめ、心が不思議と震える。
長い激闘を経て、円卓騎士団は最終領域のさらに深奥に通じる門を切り開いた。そこが本当に上位世界に繋がる扉なのか、あるいはThe Orderの中枢へ続くゲートなのか――まだわからない。だが、明らかに通常の物理法則が崩れた空間が、その先にぽっかりと口を開いている。
カインは操作盤を確認し、アリスの安否を優先する。「アリス、もう体力が限界だろ。どうする……? ここで引き返すか? それとも……」
アリスは息を詰めながら少し俯き、「戻っても地上の混乱は収まらない。ここでやめるわけにはいかないわ。ここが最終領域なら……私たちがやるしかない」ときっぱり答える。
ガウェインは苦笑交じりに「ったく、どこまでも止まらねえんだな。ま、俺もここまで来たら行くさ。引き返すくらいなら最初から来ない」と盾の残骸を見下ろしつつ言う。トリスタンはスコープを確認して、「敵影はあらかた消えているけど、さらに奥に潜んでいるかもしれない」と警鐘を鳴らす。
アーサーがボロボロの機体で剣ビームを横に保持し、「皆、無理はするなと言いたいが、もうそんな段階ではないな。……行こう。この門を越えて、最期まで戦うしかない」と力なく微笑む。
そんな激戦を経て、円卓騎士団は“最終領域の門”へと進んでいく。アリスの頭には、何度も響いた“眠り続けろ”という声がかすかにこだましているが、もう揺らぐことはない。地上が崩壊しかけているなら、一刻を争うからだ。たとえ自分が覚醒し、この世界を危険に追いやるかもしれないとしても、仲間と共に進む道を選ぶ。
(それが私の答え。カインも、アーサー卿も、ガウェイン、トリスタン、みんなが背中を押してくれる。……私は、躊躇わない)
ここが本当に最後の戦いになるかもしれない。上位世界の門を開けば、神にも等しい存在が姿を現すのか、あるいは更なる守護者が立ちはだかるのか。予測さえつかない未知の恐怖がそこにある。
けれど、外界の混乱を鎮めるために、愛する仲間を守るために――円卓騎士団は前へ進む。最終領域の先で待つのは、崩壊か、それとも希望の光か。誰もが固唾を飲んでその行方を見守るのだ。
星海の暗闇に浮かぶ渦の中、銀の小手とエクスカリバー、ガラティーン、フォール・ノートがゆっくりと門へ近づいていく。後方の艦隊も必死に敵を抑えながら、彼らに道を譲る形になっている。
カインがそっとアリスに言う。「もう引き返せないが……大丈夫か?」アリスはかすかな笑顔で、「あなたがいるから、私は大丈夫」と答える。カインもそれを聞いて目を伏せ、「なら行こう、最終領域へ」と静かに呟いた。
こうして彼らは門の内側へと足を踏み入れる。光が揺らめき、観測光の奔流が四機を呑み込むように渦巻いた。ここから先は、まさに未知の領域。そこが上位世界か、The Orderの真核か、アリスの眠る神界か――どれもわからない。
それでも円卓騎士団は躊躇わない。地上を救うにはこの道しか残されていないからだ。地上の混乱を振り払うため、最終領域へ、最後の一歩を踏み出したのだ。暗い闇と光の狭間で、アリスの決意と仲間の意志が一つに結ばれ、物語は最終局面へと突き進む。
(――待っていて。地上も、仲間も、私も。どこまで行っても、この世界を守り抜くんだから……!)
そうアリスは心で叫びながら、渦の中心へと消えていった。次に目を開くとき、彼女たちを待つのは破滅か、あるいは新たな希望なのか。白い光が眩しく揺らぎ、深遠の向こうから不穏な唸りが鳴り響きつつ、円卓騎士団の姿が光の彼方へ溶けていく――。