星を継ぐもの:Episode8-1
pisode8-1:残骸の調査
灰色の雲が王都の上空を覆っている。
まだ朝の光すら差し込まない薄暗い空気の中、城壁の向こうには深い静寂が横たわっていた。遠くから、焦げたような金属のにおいがわずかに流れてくる。かすかに感じられるそれは、先日大規模な戦闘が繰り広げられた跡地に残された、The Orderの艦残骸の匂いだった。
円卓騎士団が総力を挙げて迎撃し、干渉治療により誤射を阻止することで大きな被害を防ぎながらも打ち倒すに至ったあの巨大戦艦。その残骸が今、王都近郊の荒野で燻っているというのだ。周囲に漂うのは重い静けさと、ふと風が吹くたびに混ざる油と金属の異臭。市民にとって、不気味さを拭えない存在となっていた。
本日は、その残骸の調査が行われることになっている。激戦の痕跡を調べ、もし内部に有益な情報があれば回収したい。逆に、二次爆発や未知の病原体が潜んでいる可能性もあり、急いで原因を突き止めなければならない。それこそ、再結成を果たしつつある騎士団として、誤射を回避して勝利した次のステップでもある。
まだ陽が昇らぬ薄暗い時間帯。王城の広い中庭には選抜された調査隊が集まり始めていた。甲板や町へ向かう道とは別に、こぢんまりとしたゲートが開かれ、そこを通って人々が行き交う。騎士、神官、そして整備士や研究者の一団が黙々と準備を進める。
「大規模な残骸調査は久しぶりだな。以前の小さな破片ならともかく、今回は巨大戦艦の本体がまるまる転がってるんだろ?」
モードレッドが険しい顔で呟き、傍で鎧のベルトを締めていたガウェインが応える。
「誤射の心配はもう薄いが、未知の感染症やトラップがあるかもしれない。慎重にいこう。干渉治療を活用しても、敵の仕掛けまでは無力化できんからな」
周囲を見回せば、新たに立ち直った騎士や兵、そして神官たちが入り混じっている。中でも、リリィとセリナの姿が目立つ。二人は明らかに疲弊した様子ながらも、調査隊の神官代表として参加していた。
「本当に大丈夫? 干渉治療を酷使して消耗してるんじゃ……」
カインが問いかけると、リリィは微笑んで首を振る。
「大丈夫よ。戦闘時ほど魔力を使うわけじゃないし、それに私たちがいないと、万一ギネヴィアウイルスが敵の残骸に残っていたら対応できないでしょう?」
セリナも鋭い眼差しで周囲を見渡しつつ、「調査中に発熱や幻覚が出たら、すぐ干渉治療をする。誤射を未然に防がないと意味がないから」と堅い決意を見せる。
「確かにな。残骸から病原体が出てくる可能性があるなら、リリィやセリナがいた方が安心だな」
トリスタンが静かに加わり、調査チームのメンバーにひとりずつ視線を移した。彼は狙撃手として実戦の要でもあるが、こうした調査にも冷静に対応できる性格を買われている。
調査隊の中心に位置するのは、ひときわ目立つ淡い緑色のローブをまとった初老の男性――マグナス神官長だった。神官長と呼ばれる彼だが、王室の政治を握るわけではなく、あくまで宗教と魔法研究の最高権威としてその立場を得ている。
もともと王国には、エリザベスという内政の天才がすべてを仕切る負担を避けるため、神官の組織を独立運営するリーダーが必要だった。宗教の政治関与は分離されているが、魔力や観測術の研究、そして干渉治療などを担う実動部隊が必要となり、その組織運営を任されたのがマグナスである。
「私など、神官長とは名ばかりですよ。実際は研究者としての好奇心と、組織マネジメントが得意なだけでね。エリザベス様が過剰な負担を抱えないために、私が技術面と魔法体系の運営を一手に引き受けているんです」
マグナスがにこやかに口にしながら、目の前の器具をチェックしている。その器具は、魔力を用いて残骸の歪みや細胞成分を検知するための独自の機械で、彼自身が中心となって開発を進めてきた。
「政治家ではなく、純粋に魔法と神学の研究者だからこそ、私が中立的立場で神官たちを指揮できるのです。誤射問題やギネヴィアウイルスへの干渉治療も、私たちが責務を負うべき分野ですからね」
その柔らかな声に、隊員らはどこか安心を覚える。マグナスが束ねる神官組織が一枚岩だからこそ、ここまで干渉治療の普及や運用がスムーズに行われたのだ。
闇がまだ残る曙のうちに城を出た一行は、王都北西に広がる荒野へ到着した。ここは先の激戦で巨大戦艦が撃墜された場所からすぐ近くで、あたりには焼け焦げた大地が広範囲に広がり、金属の破片が風に舞う。
やがて、まだ堂々たる姿を保った巨大戦艦の残骸が視界に入る。先日の戦いによって中枢を破壊され、大部分は崩壊しているとはいえ、その威容は健在だ。砲塔や主翼にあたるパーツが折れ曲がり、白銀の装甲が黒くくすんでいる。ところどころ亀裂や穴が開き、歪みの残響が微かに漏れ出しているのが見える。
「……でっかいな……まだこんな形を留めてるのか。あの時の猛攻でよく倒せたよな」
モードレッドが舌打ち混じりに感嘆の息を吐く。傍でガウェインが警戒の視線を向け、「油断しない方がいい。内部に何かが残っているかもしれない」と低く警告する。
「まさに、この残骸をどうするかが今日の調査の主題だ。敵の技術やギネヴィアウイルスに類するエネルギーが残っていないか、あるいは我々が使える素材や情報があるのか、すべて確認しよう」
マグナス神官長が隊員に指示を出す声に熱がこもっている。研究者としての興味が強く、同時に仲間の安全を守るための責務もあるのだ。
セリナとリリィは周囲の兵や整備士に声をかけて、「もし高熱や精神混乱の兆候が出たらすぐ報告してください。ギネヴィアウイルスがここで変異を起こしているかもしれませんからね」と念入りに警告を繰り返す。干渉治療の器具も万全に準備されている様子だ。
船底と思われる部分は地面を抉るように沈んでおり、ところどころで黒い液状の物体が溜まっている。隊員がそっと触れようとすると、「やめろ、素手で触るな!」とカインが制止する。以前、白銀装甲の欠片から未知の病原体が見つかったケースがあり、安易な接触は命取りだ。
「俺たちが先んじて観測する。どんな波長が残っているかを確かめないと」
マグナスは魔力探知の装置を取り出し、数名の神官がそれを補助する形で術式を張る。周囲が青白い光に包まれ、その中で装置が微かな歪みの反応を弾き出す。
「うーん、まだ残存エネルギーがあるが、大半は散逸しているようだ。今のところ、爆発や暴走につながる反応は検出されない。けど、油断は禁物だね」
彼の声に緊張が解ける者、逆に身を固くする者が入り混じる。
モードレッドが「ってことは中を見ても大丈夫か?」と腕を組みながら問うと、マグナスは首を横に振る。「外部は問題ないかもしれないが、内部には修復システムや残留コアが潜んでいる可能性がある。十分な防護をしてから行こう」
整備士がうなずき、「了解です。みんな、重装備を着用して!」と指示を飛ばす。参加者の多くが防護服や防御フィールド発生器を身に纏い始める。
ほどなくして、特別に選抜された騎士と神官、研究者が小規模な分隊を編成し、残骸の側面にある大きな亀裂を探す。そこは激戦で砲撃を受けて開いた穴のようで、中を覗くと暗闇が広がり、煙が立ち込めていた。
「ここから入れそうだな……ただ、何があるか分からないぞ」
カインが懐中ランプを点け、モードレッドとガウェインが周囲を警戒する。セリナとリリィも視界に魔法的な照明を浮かべ、皆の背を守る形でついていく。マグナス神官長は研究装置を携え、マーリンが一部の器具をサポートしている。トリスタンは後衛ポジションで狙撃を準備する構えだ。
穴の奥は怪しげにうねる白銀装甲がかろうじて残っているが、すでに機能を失いかけており、奇妙な裂け目から汁のような液が滴り落ちる。足元には異様な粘液があり、隊員が注意深く足を踏み入れるたびにぬめり音がする。
「うわ……これは気持ち悪い……」
若い兵が震え声を漏らすが、モードレッドが苛立ったように「気を抜くなよ。こんなところで誤射されても困るし、何が潜んでるか分からん」と一喝する。兵は恐縮して顔を下げるが、干渉治療があるからか、仲間に銃口を向けるほどの恐怖は感じていない様子だ。
しばらく奥へ進むと、通路の先に広めの空間が現れた。そこにはコア部とは異なる、補助制御室か何かのような設備が半壊した状態で転がっている。モニターに当たるパネルがひび割れ、透き通った管の中で黒い液体がまどろんでいる。
マグナス神官長が魔法陣を浮かべ、観測しながら装置を操作する。「何かの細胞片が……残ってるかもしれない。これがギネヴィアウイルスの変種を宿していないか、調べないとな」
マーリンもタブレットを駆使し、「周辺に歪みの低周波反応あり。けど、自己修復はしてないようだな。動きが鈍い」と分析する。神官長が肯定の唸りを上げ、「よし、こいつをサンプル回収して、王都に戻って詳しく調べよう」と決める。
「気をつけろ。引き剥がすときに、どんな副反応が起きるか分からないぞ」
カインが忠告し、モードレッドが砲撃スタンバイの姿勢を取り、ガウェインが防御フィールドを敷く。
「セリナ、リリィ、観測頼む。もし誰かが発熱したらすぐ干渉治療だ」
トリスタンが淡々と補足し、神官たちが緊張の面持ちで「了解しました……」と深く息をつく。
マグナス神官長はサンプル採取用の機械アームを展開し、慎重に液体やパネルを切り取ろうとする。ざわっと空気が震えたような気配があり、皆が身構えるが、何も爆発しない。ただ不気味な黒い液体がべちゃっと音を立てるだけだ。
「取れた……。よし、マーリン、こっちのカプセルに入れてくれ。念のため二重ロックだ」
「分かってる。なんとか持ち帰って分析しよう」
安堵を覚え始めたその時、艦の底が微かに震えるような音を発しているのに気づいた。
「……今の、なんだ?」
ガウェインが低く構えると、セリナが周囲の魔力を感じ取ろうと目を閉じる。
「底の方に歪みが……まだ残ってる。どうやら生体反応……いえ、機械的な震動も混ざってるかも!」
言葉が終わらないうちに、奥の壁がぐにゃりと膨れ上がり、うねる触手のようなものが勢いよく飛び出した。隊員が悲鳴を上げ、思わず銃を乱射しそうになるが、すぐさまリリィが干渉術を当てて暴発を抑える。
「落ち着いて! 誤射しなくて大丈夫よ!」
リリィの声が響き、兵たちは反射的に踏みとどまる。神官長のマグナスは慌ててサンプルをマーリンに託し、モードレッドが「こんなとこでも生き残りが……!」と砲撃を構える。
黒い粘液が装甲の壁を流れ落ち、半死の状態ながらも抵抗を試みているかのようだ。カインが銀の小手を起動し、「抑え込むぞ!」と号令する。
トリスタンの狙撃が狙い澄まされ、二本の触手を撃ち抜く。ガウェインはフィールドでほかの隊員を守り、モードレッドが火力で壁ごと吹き飛ばそうとする。
「俺が奥へ突っ込む!」
カインは銀の小手を疾走させ、位相干渉弾を一気に放つ。黒い塊が悲鳴のように振動を強め、触手がパタリと落ちるのが見えた。最後にはぐちゃりと崩れ、歪みの残響が霧散する。
「はぁ……助かった。誤射が出なくてよかった……」
兵の一人が膝をつき、セリナが駆け寄る。干渉治療がなければ、今ので仲間同士を撃ち合う惨劇が起きてもおかしくなかった。
「これが、今の俺たちの“力”よ。誤射せずに敵を退治できるなんて、前なら考えられなかったわ」
セリナが優しく微笑むと、リリィもホッと息をつき、「大丈夫、もう一度落ち着いていきましょう」と兵を励ます。
奥へ進んだ先にも何も動く影はなく、最終的にマグナスは「よし、これで主だったものは回収できた。これ以上危険な場所へ進む必要はないだろう」と撤収を宣言する。マーリンが持つカプセルには、黒い液体や装甲の欠片など、複数の異物サンプルが入っており、研究には十分すぎるほどだ。
「皆、よく頑張ってくれた。怪我はないか? 何人か熱が上がった者もいるが、干渉治療のおかげで問題ないようだな」
カインが皆を見回しながら確認し、モードレッドが面倒くさそうに「腹減った……早く帰ろうぜ」とぶっきらぼうに言う。
隊員たちは苦笑しつつ、しかしその空気には確かに安堵が含まれていた。誤射を一切起こさず、未知の粘液にも対処できたのは大きい。以前なら一瞬で大混乱に陥っていたはずだ。
残骸内部から戻ると、外はすでに朝日が昇り、荒野を薄赤く染めていた。黒く焦げた地面と巨大戦艦の残骸が、まるで戦いの亡霊のように横たわっているが、その風景を照らす光に、隊員たちは少しずつ気力を回復している。
「この艦も、僕らが倒した証なんですね……」
若い騎士が感慨深げにつぶやき、それを聞いたガウェインが頷く。「ああ。誤射や病で散々苦しめられたけど、それを乗り越えて勝てた証だ。しかし、この勝利が今後の平和を保証するわけじゃない。油断せずにいこう」
周辺警戒に立っていた兵から「残りの破片も収集して、動くパーツはもうなさそうです」と報告が入り、マグナス神官長は「では一部を王都へ運ぶ。残りは封鎖して監視を続けよう」と指示を下す。
ここでモードレッドが不服そうな声を上げる。「封鎖とか、面倒だな。毎日こんな荒野に見回りに来るのか?」
マグナスは苦笑混じりに応える。「未知の機構が残っている以上、放置はできませんからね。私の組織が責任を持って研究と監視を続行しますよ」
リリィが隣で同意するように頷き、「誤射を恐れず済む今だからこそ、こうして監視を続けられるんです。前なら誰かが発作を起こして、隊がバラバラになっていたかもしれない」と補足する。セリナも「あの暗い時期を脱した今、私たちはこの残骸を次の糧に変えられるはず」と力を込めて言う。
こうして最終的に調査が完了し、回収したサンプルや観測データを積んだ輸送機が準備を整える。現場に残るのはマグナス指揮の研究班数名で、メインの部隊は王都へ戻って結果を報告することになった。
「ここで何が分かるか次第で、ギネヴィアウイルスや敵の技術的特性も明らかになるかもしれない。楽しみですよ」
マグナス神官長は研究者らしい目の輝きで言い残す。周囲の隊員が「くれぐれも安全を最優先に……」と口々に促し、彼は笑って手を振る。「もちろん。私は政治よりも研究が専門ですから、こういうのこそ本領発揮ですよ」
隊が荒野を離れようとするとき、カインが最後に残骸の全景を振り返った。砕けた装甲やねじ曲がった砲塔――その無残な光景は、The Orderとの戦いが決して終わっていないことを物語っているようだった。
「この戦艦も、もし修復されたら恐ろしい脅威だっただろう。それを倒せたのは、俺たちが誤射せず力を合わせたからだ。でも……まだだ。これで全部じゃない」
内心でそうつぶやくカインの肩をガウェインが叩き、「行くぞ、王都が待ってる」と声をかける。カインはうなずき、仲間たちと共に輸送機に乗り込む。目の前の残骸が遠ざかるにつれ、戦いの爪痕が次第に霞むが、意識には深く刻み込まれている。
王都へ戻った調査隊を、市民の一部が出迎えた。さほど大きな儀式はないが、皆が「ご苦労さま」「無事でよかった」と安堵の声をかけてくる。ここ最近、円卓騎士団が誤射を起こさず活躍しているという事実は、街の雰囲気を大きく変えたようだ。
エリザベスが甲板へやってきて、「残骸の調査結果、あとでゆっくり聞かせて。新しい脅威がないならいいけれど……」と声をかける。カインが「マグナス神官長が追加調査中です」と報告すると、エリザベスは頷いて表情を曇らせる。「それなら安心かな。だけど、残骸から変なモノが出てくればまた警戒しなきゃいけない。忙しくなるわね」
夕刻が近づくと、王城の廊下から見える空は鈍い灰色のまま。だが、外には冷たい風が吹き、街の灯が早々とともり始めていた。隊員たちはゆっくりと解散し、それぞれの任務へ戻っていく。
「こうしてみると、つい最近の総攻撃の記憶が嘘のようだ。街には大きな破壊跡があるのに、みんなの顔はそんなに暗くない」
トリスタンが静かに言葉を漏らすと、モードレッドが「それは、もう誤射を恐れなくていいってわかったからだろう。皆、病よりも仲間から撃たれる恐怖の方が大きかったんじゃねえかな」と答える。
「代わりに、疲労や怪我の痛みは増してるけどね……神官や整備士が文字通り寝る間を惜しんで働いてる。ギネヴィアウイルスを完全に封じ込めない限り、この負荷は続くさ」
ガウェインがかぶりを振る。カインはその言葉に複雑な表情を返し、「だからこそ、残骸から何か手掛かりを得られればいいんだ。敵の技術や病の根源に関するヒントがあれば、もっと効率的に対応できるだろう」と希望を見出そうとする。
神官のセリナとリリィは、その会話を背後で聞きながら、微かな笑みを浮かべ合う。「調査結果次第では、さらなる治療法が確立するかもしれないものね。私たち、もう少し頑張りましょう」とリリィがささやき、セリナがそっと手を握り返す。「ええ、まだ途中だし、私たちがいないとね」。
かくして、再結成を果たした騎士団と神官たちは、傷つきながらも前へ進んでいる。
夜になり、カインはやはりアリスの病室を覗きに来る。すると、マーリンが珍しく先にいて、モニターの数値をぼんやり眺めていた。
「どうだ、変化は?」
カインが尋ねると、マーリンは首を振る。「ない。呼吸も脈拍も安定してるが、意識の兆しは見られない。けれど、妙に安定しすぎてる感もある。もしかしたら、外部の状況を、夢のように感じ取ってるのかもしれないよ」
カインは少し安心と不安の入り混じった顔でベッドを見つめ、「そっか……残骸の調査なんかも、もしかしたらアリスはうっすら知ってたりしてな」と苦笑いする。マーリンはそうかもな、と静かに微笑み返す。
アリスの瞼は閉じたままだが、その瞳の奥で何か動いているようにも見える。まるで夢の中で王都の動きを見つめ、円卓騎士団の再生を感じているかのようだ。
「もし目覚める日が来たら……この街が平和になっていて、誤射も暴走もない世界を見せてあげたい」
カインが静かに語ると、マーリンも「だから僕らは研究を続けるし、君たち騎士団は敵を迎え撃つわけだ。互いに役割を果たそう」と肩を叩く。
夜の病室にはかすかな灯りだけが差し込み、アリスの白い頬を照らしていた。
夜更け、城下町では幾つかの場所で小さな火が焚かれ、被災した家屋や瓦礫の撤去作業が続いていた。人々は互いに協力し、明日への再生を誓い合う。その絆を結び直せたのは、誤射を恐れる世界から一歩抜け出し、干渉治療を手にした騎士団の活躍があったからに他ならない。
多くの代償があったとはいえ、ここで歩みを止めてはいけない――それが街の共通認識になりつつある。
「そうだよな、前は俺ら同士で撃ち合うかもって思ってたけど、もう誰も撃たない。神官がいるし、そもそもみんなの意識が変わったんだろうな」
夜道でそんな会話が聞こえる。暗い路地には破壊の痕が残るが、そこに集まる人々の瞳には光が宿っている。ほんの数週間前までの絶望感とは打って変わり、何かが芽生えたようだ。
こうして残骸の調査は大きな事故もなく終了した。回収したサンプルはマグナス神官長とマーリンが中心となり、慎重に分析を進めることになる。未知の組織や液体、歪みの残響――それらから何を得られるかは未知数だが、この街が誤射の恐怖を脱した今なら、研究を進められる土台が整っている。
リリィとセリナが加わり、ギネヴィアウイルスの対策がさらに強化される可能性もある。そうなれば、アリスの眠りを解く鍵や、The Orderそのものの正体に迫る手掛かりも見つかるかもしれない。
しかし、その希望の裏には依然として苦難が潜んでいる。敵がいつ襲い来るか、病がいつ猛威を振るうかは誰にも分からない。誤射こそ防げても、傷つく仲間は絶えない。勝利の代償が痛感される中、それでも円卓騎士団は立ち止まらない。今まさに、次なる段階へ進むための一歩を踏み出しているのだ。
夜風が穏やかに吹き、城壁の上から見下ろす荒野には、未だ朽ちかけた鉄骨が夕闇の輪郭を作り出している。そこで明日も続く調査と警戒を考えつつ、カインやモードレッドたちは休息を取るため、ゆっくりと足を運ぶ。
――そう、これは新たなる戦いの序章にすぎない。だが、今度の円卓騎士団は、誤射や暴走を恐れず、干渉治療という武器を握っている。かつて失った絆を、もう一度掴み直したからこそ、どんな絶望にも踏みとどまる覚悟はできているのだ。
こうして深い夜に包まれながら、調査隊をはじめとする円卓の仲間たちは、アリスが眠る日々を守り抜くため、ギネヴィアウイルスやThe Orderの脅威と対峙し続ける。傷を負いつつも、心の中には「誤射をしない世界」を繋ぎ止める誇りと意志が確かに灯っていた。長い闇の先に待つのは、さらなる戦いの予感か、それとも街の完全なる再生か。いずれにせよ、残骸の調査によって持ち帰ったサンプルが、新たな突破口を生むかもしれない――そう信じながら、騎士たちは朝を迎える。