見出し画像

R-Type Requiem of Bifröst:EP-10

EP-10:Ωの覚醒

夏の終わりを感じさせる風が、荒野を横切っていた。空は曇天で、雲の切れ目から漏れる陽光が地表をまだらに照らす。ここ数週間、特務B班は「ビフレスト」の本格的な建設準備に奔走しながら、各地の怪物化事例やプロメテウスの動向を追いかける日々を送っていた。軍や政府、怪物化した人々との調整に加え、現場の戦闘も続いているため、誰もが疲労の色を隠せない。

 そんな中、アリシア・ヴァンスタインは拠点の裏手に立ち、薄灰色の空を見上げていた。以前よりも増した胸の痛みや、左目周辺の軽い痺れ。これは“オメガ”による負荷が蓄積してきたサインだ。人造フォースとして彼女を支えてきたΩだが、最近はその未知の機能が次第に明らかになり、アリシアはそれに戸惑いつつも期待を抱いていた。

「……アリシア? こんなところでどうしたの?」
 声をかけてきたのは副長の如月だ。捜査官上がりの冷静な性格で、アリシアの良き相談役でもある。

「あ、如月さん……。ちょっと、頭痛がひどくて……」
 アリシアは左目を押さえながら苦笑する。Ωを装着していると、感覚加速などの恩恵がある一方で、脳にかかる負担が大きいらしい。医療担当のドクター・Lからも「多用しすぎると危険よ」と警告を受けている。

「やっぱり、オメガに頼りすぎだよ。最近、バイド係数の高い人々を助ける際、予測や防御シールドを酷使してるだろう? そりゃ負荷も溜まるさ」

「分かってるんですけど……私が動かなかったら、今の状況はもっと悪化していたと思います。怪物化した人を殺さずに抑えるには、あの防御と解析が不可欠なんですよね……」

 アリシアは俯き加減に呟く。ビフレスト計画が進むなかで、“怪物化した者をむやみに排除しない”という方針が浸透し始めた結果、アリシアの働きがより重要になっていた。負傷を最小限に抑え、投薬や治療で怪物化を食い止めるためには、Ωの先読みと強固な防御壁がカギとなるからだ。

「まあ、無理するな。お前が倒れたら誰も得をしない。あ、そうだ……メカニックのダニーとドクター・Lがお前を呼んでたぞ。オメガの解析結果が出たとか言ってたから、行ってみたらどうだ?」

「解析結果……? 分かりました、行ってきます」

 アリシアは肩の痛みに耐えながら駆け出した。最近、メカニックやドクター・Lが人造フォース“Ω”の再解析を進めているという話は聞いていたが、具体的な内容は聞かされていない。もし新たな機能が見つかるなら、ビフレストを護る戦力として大きな意味を持つだろう――彼女の胸には高まる期待と、ほんの少しの不安が混ざり合っていた。


 メカニックのダニーとドクター・Lのラボスペースは、仮設テントの一角を区切って作られた簡易施設だ。そこには大型モニターやツール、医療機材が並び、いかにも“研究開発”を行う空気が漂っている。
 アリシアが入ると、ダニーが陽気に手を振るが、どこか表情が冴えない様子。ドクター・Lはスキャンデータを睨むように見つめていた。

「おう、来たか。いよいよ“オメガの解析”が進んでね、新しい事実が判明したんだよ……」

「新しい事実……? そんなに深刻そうな顔して、どうかしたんですか?」
 アリシアはダニーの陰鬱な声に緊張を走らせる。

 先に答えたのはドクター・Lだった。
「オメガは本来、防御と解析を中心としたフォースとして作られたわね。でも、そのコア部分に“自己犠牲的な最終モード”が組み込まれている可能性が出てきたの。解凍しかけの旧時代データベースを漁ったら、それらしき記述があったわ」

「自己犠牲的な最終モード……って、どういうことですか?」

「簡単に言えば、使用者の生命力を極限まで引き出して、一時的に驚異的な性能を発揮する代わりに、“燃え尽きる”リスクがある。君の身体とオメガが融合してしまう形になるかもしれない。下手をすれば死亡するか、二度と人間の姿に戻れない」

「なっ……!」
 アリシアはショックを受けて目を見開く。確かにオメガが強力な防御や解析能力を持つことは理解しているが、そんな破滅的なモードまで隠されていたとは想像していなかった。

「どうやら、旧人類が“最後の切り札”として組み込んだんだろうな。プロメテウスほどの攻撃力はなくとも、最終モードでは使用者の命をエネルギー源として信じられない出力を実現する――そんな代物らしい」
 ダニーが重く言葉を継ぐ。

「そうだったんですか……。どうして、今まで分からなかったんでしょう?」
 アリシアは目を伏せる。彼女はすでにオメガの力で何度も救われているが、その一方で脳への負荷が深刻化している実感もある。もし最終モードが起動すれば、自分がどうなるか想像すらつかない。

「オメガの設計図が残っていないからね。解析を繰り返すうちに、コア領域の暗号化ファイルが解除されて、ようやく見つかったんだ。正直、使わないに越したことはない。いつ起動するかも未知数だが、もしかすると“感情指数”や“バイド係数”などのトリガーが重なると、自動的に発動しちゃうかもしれない」

「うわ……それって、私自身で制御できないかもしれないってことですか?」

 ドクター・Lは小さく頷き、モニターを指す。そこにはオメガの内部構造を示す仮想イメージがあり、コア部が赤く点滅している。

「理想を言えば、制御プログラムをカスタマイズして強制発動しないようにするべきね。でも、この複雑な暗号化は簡単には解けそうにない。君としては、もしもの時に備えて、意識的に起動しないよう気をつけるしかないわ」

「そうですか……」
 アリシアは言葉を失う。強力な力を手に入れたと思ったら、それは自分を滅ぼすかもしれないという両刃の剣。だが、これまで数多くの戦闘で“オメガなしでは生き延びられなかった”場面があったことも事実だ。

「警鐘を鳴らすけど、結局使うかどうかを決めるのはお前さんだ。けど……あんまり酷使するなよ、オメガもお前も壊れちまう」
 ダニーはそう言ってアリシアの肩をぽんと叩く。アリシアは申し訳なさそうに微笑む。

「はい……分かりました。でも、もし私が本当に追い詰められたら、使うかもしれません。それでも守りたいものがあるなら……私は迷わないかもしれない」

 その言葉に、ドクター・Lは少しだけ目を伏せて呟く。
「自己犠牲……覚悟なんてしないでほしいけど、君の性格ならそうなるわよね。私は医者として、君の命が消えるようなことになってほしくないの」

「ありがとうございます、ドクター・L。でも、世界を守るために必要なら、命を賭けることもやむを得ないと思ってます……」
 アリシアの瞳には迷いと決意が入り混じっている。オメガの力がなければ、多くの生命を救えないかもしれない。だが、それを使い過ぎれば自分が死ぬかもしれない――その矛盾を背負いながら、彼女は歩むしかない。


 同じ頃、エドワード・ルミエールは医療区画を抜け出し、研究資料の保管庫へ向かっていた。彼はまだバイド混血社会を認める気はなかったが、自分が“Rシリーズの封印解除”に関わる立場にいることを知り、どうするべきか悩み続けている。アリシアとの対立は続くが、Rシリーズの行方を放置することもできない。

「……くそ、こんな世界でR-99やR-100を解放すればどうなる? バイド混血の連中がそれを使いこなすというのか?」
 独り言を呟きながら、彼は旧時代に残されたホログラム端末を操作する。残骸のように見える装置だが、特務B班が通電を復旧してくれたおかげで、かろうじて動くようになった。そこには“R-99 ラストダンス”や“R-100 アルカディア”と呼ばれる究極兵器の設計コンセプトが記されている。

「ラストダンス……アルカディア……。どちらも空間干渉や位相操作を可能にする。下手をすれば世界の構造そのものを変え得る力……」

 かつてエドワードが所属していた研究チームも、このRシリーズを手にバイドを完全に殲滅しようとしていた。しかし、眠りにつく前に計画は頓挫し、自分は冷凍睡眠へ。そうして目覚めた今、世界はバイド混血が蔓延している現実を彼に突きつけている。

「もしこれらを再起動すれば、バイド混血ごと世界を破壊する方法も見つかるかもな……」
 エドワードは自虐的に笑う。だが、その選択は多くの命を無差別に奪うことになるだろう。それを本当に望むのか? 自分でも分からない。

 そのとき、ドアの向こうからアリシアが姿を見せた。彼女はオメガのモニターを調整しながら、部屋に入ってくる。
「エドワードさん……ここにいたんですね。具合は大丈夫なんですか?」

「君か。……まだ多少の痛みはあるが、動けないほどじゃない。何の用だ?」
 目を逸らしつつ答える彼に、アリシアは強い視線を向ける。

「Rシリーズの資料を探しているんですよね? 私も知りたいんです。R-99とR-100がどれだけの力を持つのか……。ビフレスト計画を進めるうえで、プロメテウスや怪物化の脅威に対抗する手段が必要なんです」

「ふん、ビフレスト……。相変わらず“混血”がのさばる計画じゃないか。俺が鍵を握っているからって、そんなもののためにRシリーズを解放すると思うのか?」

「思いません。でも、あなたにも守りたいものがあるんじゃないんですか? 昔、人類を救うためにRシリーズを作ろうとしたんですよね。今、形は変わっても人類は生き延びてます。なら、もう一度、人を救うために力を貸す道を選べるはずです」

 エドワードは笑みを浮かべるが、それは哀しげなものだった。
「“混血を人類と呼ぶ”ことには抵抗がある。でも、君が本気でそれを守りたいなら……。いや、まだ決めたわけじゃない。俺はR-99やR-100の封印解除を検討するだけだ。実行するかどうかは別問題」

「ありがとう。あなたが話をしてくれるだけでも嬉しいです……。私も正直、自分が何をするべきか迷ってます。オメガの負荷が大きくて……でも、何とかして世界を護りたいから……」

 アリシアは“オメガの自己犠牲モード”の話をするか迷ったが、ここでは言わずに留めておいた。彼女が抱えるリスクを話しても、エドワードの考えが変わるわけではないだろうし、むしろ無駄な同情を誘うだけかもしれないから。

「……俺はまだ君たちを信用していない。ただ、世界がどうなっているか、少しずつ理解してきた。バイドと混血している以上、いずれ怪物化のリスクもあるんだろう? そんな世界を救う価値があると思うのか?」

「私はあると思います。たとえ怪物化のリスクがあっても、人は生きてるんですから。私たちが少しでも死を減らせるなら、Rシリーズだってビフレストだって役に立つと思う」

 エドワードは無言で端末を眺め、画面にはR-99やR-100の概念図が映し出されている。空間操作や位相交差など、旧人類時代でも理論段階だった技術が組み込まれている兵器。うまく使えばビフレストの防壁にもなるが、悪用すれば世界を大きく歪める可能性もある。

「……もし君が本気なら、いずれ俺に協力を求めるしかない。だが、そこで俺が拒否する可能性だってある。覚えておけよ」

「はい。私はあなたを強制しません。あなたが自分の意思で動いてくれることを願ってますから……」
 アリシアは微笑み、エドワードは視線をそむけるように軽く顔を背ける。二人の間にある溝は深いが、それでも小さな“対話”が生まれつつあった。


 ビフレスト計画が進むにつれ、怪物化コミューンの一部が移住への準備を始め、政府や企業の協力でインフラ整備が急がれていた。特務B班は警戒を怠らず、プロメテウスの脅威にも目を光らせる。彼が再び大規模殲滅を行う前に、人々を安全な中立地帯へ避難させたいのだ。

 そんな中、プロメテウスが再び活発に動いているという報告が届く。各地の怪物化集団を襲い、人類の軍隊とも交戦している。特務B班は何度か現場へ向かおうとしたが、そのたびに間に合わず、多くの犠牲が出ているという。

「まずいわ……プロメテウスが今まで以上に血眼になって“怪物”を探し回っている。ビフレストができる前に、怪物化した者たちが狙われたら……」
 班長は地図を広げ、眉を顰める。クラウスは書類を捲りながら、焦りを滲ませる口調で言う。

「軍上層部も“プロメテウスを最優先で排除すべき”と方向転換しつつある。ビフレストへの資金協力も保留気味だ。アリシアたちが頑張っても、プロメテウスを止められないなら意味がないとか……」

 アリシアは唇を噛む。確かに、プロメテウスを倒さない限り、ビフレストがあっても人々を守りきれない。しかし、あの圧倒的な力に対抗するには、今の戦力ではまだ不足だ。R-99やR-100の封印を解かなくてはならないのか――その考えが頭を過り、彼女はエドワードの存在を思い浮かべる。

(エドワードさんが協力してくれれば、R-99やR-100を起動できるかもしれない。けど、彼はまだ混血社会を認めていないし……)

 行き詰まる思考。そこへダニーがやってきて、最新のレポートを見せる。

「これ、オメガの解析追加データ。もしかすると“自己犠牲的最終モード”以外にも感覚加速を強化できる方法があるかもしれない。こっちを優先して試せば、プロメテウスとの速度差を埋められるかも……」

「感覚加速……今までより早く周囲を把握できるってこと?」

「そう。ただし、それもリスクがある。脳への負荷が増すから、長時間は維持できない。ドクター・Lの話じゃ、最悪は廃人同然になる可能性も……」

 アリシアは震える指で書類をなぞる。プロメテウスとまともに戦うために、速度と先読み能力を底上げするのは魅力的だが、またしても自分の命を削る手段になるわけだ。
 だが、彼女はすぐに決意したように顔を上げる。

「やります。少しでもプロメテウスに近づけるなら、やる価値はある。ビフレストを安全に完成させるためにも……」

 班長は心配そうに眉を寄せるが、アリシアの意思を尊重するしかないと溜め息をつく。
「分かったわ。これ以上犠牲を出さないためにも、あなたの力が必要なのは事実。でも、本当に無理はしないで。もし倒れたら……」

「はい、重々承知してます。私も死にたくないですから……。でも、“守りたい”んです、みんなを」

 その言葉に、部屋の空気が静まる。誰もがアリシアの覚悟を感じ取り、胸が熱くなる思いだった。


 数日後、アリシアはダニーやドクター・Lのサポートを受け、オメガの“感覚加速強化”のテストを行っていた。ラボスペースで簡易的なシュミレーターを使い、どの程度まで神経反応を高められるか、どれぐらいの時間持続できるかを測定するのだ。

「……っ、頭が……割れそう……」
 テストを繰り返す度、アリシアは頭痛と眩暈に苦しむ。ドクター・Lは脳波モニタを見ながら慎重に調整する。

「一度に上げすぎよ。ほんの1割でもあなたの脳が耐えられない。少しずつ慣らしていきましょう」

「はい……すみません。でも、これならいざって時、プロメテウスに追いつく一瞬ぐらい作れそうかも」

「他にも防御性能が上がる見込みがある。オメガのバリアをさらに強化して、一瞬だけどプロメテウスの光刃を完全に弾き返せるかもしれない」
 ダニーがうれしそうに説明するが、彼の目には不安も混じる。

「で、でも、本当に大丈夫か? 自己犠牲モードには絶対触れないようにしてるけど、もし感覚加速をオーバーしたら、何かの拍子でそっちのモードが起動する可能性がゼロじゃない。それは……」

「ええ、覚悟はしてます。でも、今のままじゃプロメテウスには勝てないし、ビフレストだって危うい。だから――私はやるしかないです」

 アリシアの眼差しは強く揺るぎない。エドワードや班長、如月、ダニー、ドクター・L、ビフレストを待つ怪物化した者、そして普通の人々――守るべきものがたくさんあるからこそ、彼女は立ち止まれないのだ。

「そこまで言うなら、俺はサポートするしかないな。死ぬなよ、アリシア。まだお前がやるべきことは山ほどあるんだから……」
 ダニーの苦笑交じりの言葉に、アリシアは笑顔を返す。自分の命がどこまで保つか分からないが、死ぬ気で守る覚悟はできていた。


 オメガの新機能が開花し、アリシアの戦闘能力は確実に上がった。感覚加速による“プロメテウスとの速度差”を埋める希望が見え、バリア強化で味方を護ることも可能になるだろう。だが、そのリスクは甚大であり、アリシア自身の身体と脳に大きな負荷を掛ける。

 一方、エドワードはR-99やR-100の封印解除に向け、少しずつ資料を読み解いていた。バイド混血社会への嫌悪は残るが、プロメテウスなどの脅威から人類(彼にとっては疑似人類かもしれない)を救うには、強力なRシリーズが不可欠だと感じ始めているのも事実。
 しかし、彼がそれを実行するまでの葛藤は大きく、アリシアたちとの意見交換を経てなお、明確な答えは出ていない。

「もしR-99やR-100を解放したら、君たちはそれをどう使う? ビフレストを守るためか、あるいはプロメテウスを倒すためか? どちらにせよ、そんな力は世界を大きく変えるだろう」
 エドワードは冷たい目でアリシアに尋ねる。彼女は少し戸惑いながら答える。

「私は、その力を人を守るために使いたいです。ビフレストが完成すれば、怪物化した人たちも、混血の人たちも、少しは安心して暮らせるでしょうし……プロメテウスも倒さなきゃならないかもしれません。彼は、あまりにも……無差別に破壊しすぎるから」

「ふん。君のいう“守る”という言葉を、俺はまだ信じきれない。でも、もしそれが嘘ではないと分かったら、考えてやらないでもない」

 エドワードの含みを残す返事に、アリシアはわずかな希望を抱きつつも、緊張感を拭えない。
 オメガを覚醒させ、エドワードがRシリーズの封印解除を検討している――この二つは、ビフレスト計画の将来を左右する大きな要素だ。次に訪れる戦いで、アリシアは何を捨て、何を守るのか。

(私は、たとえ自己犠牲が必要でも、守りたい。エドワードさんも、きっと……いつか分かってくれるかもしれない……)

 そんな思いを胸に、アリシアは曇天を仰ぐ。灰色の雲が重く垂れ込め、遠くで稲妻が走るような気配すら感じられる。嵐が近いのだろうか。
 まさに、世界の行く末を決める嵐が迫っているかもしれない。プロメテウスとの再戦、ビフレストの完成、バイド混血を巡る争い、そしてエドワードの選択。
 オメガが語りかけるように鈍く光を放ち、彼女の左目に微かな痛みを走らせる。だが、その痛みこそが、彼女が今を生きる証だと言っているようでもある。

いいなと思ったら応援しよう!