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エブモスの観測:遺跡に眠る魔砲

薄暮のエンフィールド。穏やかな街に、どこか不穏な空気が漂っていた。ジョートショップの前には、普段は静かな通りを行き交う人々の足音が途絶え、代わりに耳を劈くような金属音が遠くから聞こえてくる。

店の窓越しに外を見ていたマリア・ショートは、いつものように輝きを放つ街並みにどこか影が差しているのを感じ取った。外では人々が不安そうに話し合い、時折、子供たちが「機械仕掛けの敵が現れた」と叫び声を上げる。

「アリサさん、これって…何か大変なことになってるんじゃない?」
マリアはカウンター越しに座っていたアリサに声をかけた。アリサは穏やかな表情のままだったが、その眉間には薄く皺が寄っていた。

「そうね…。最近、この街の外れで機械仕掛けの生物が現れるって話を聞いていたけれど、こんなに早く街に影響が出るとは思わなかったわ。」
アリサは指先でゆっくりと机の上をなぞりながら、静かに言葉を続けた。

「マリア、あなたとエルにお願いがあるの。」
その言葉を聞くや否や、マリアの顔がぱっと明るくなった。

「やっぱり冒険だよね!? 私たちが遺跡に行って、その機械たちを倒すんだ! わくわくしてきた!」
彼女の緑色の瞳は、好奇心と興奮で輝いていた。

その時、店の奥から現れたのはエル・ルイスだった。彼女は緑の髪をかき上げながら、冷ややかな目つきでマリアを見た。

「マリア、少しは落ち着け。状況も把握しないうちに飛び跳ねるな。」
彼女の静かで冷静な声が、マリアの興奮をわずかに削いだ。

「だって、エル! 冒険って言ったら楽しくなっちゃうじゃない!」
マリアは膨れっ面をして、ぶーっと頬を膨らませる。その無邪気な態度に、エルはため息をつきながらも、アリサに視線を戻した。

「アリサさん、詳細を教えてください。マリアを連れていくなら、慎重に動く必要がありますから。」
エルの言葉には、マリアを守ろうとする意識が僅かに滲んでいた。


アリサは小さく微笑むと、静かに立ち上がり、二人の間に立った。

「実は、この街の近くに古代の遺跡があるのを知っているわよね。その中に何かが眠っていると言われていたけれど、最近になって封印が緩み始めたの。」
彼女の言葉に、エルの眉がわずかに動く。

「封印…つまり、その中にある何かが外に出てきた可能性があるということですね。」
「ええ。その何かが、機械仕掛けの生物を操っているのかもしれないわ。」

マリアは机に身を乗り出しながら、興奮を隠せない様子で叫んだ。
「遺跡ってことは、古代の魔法とかすごい武器とかがあるかもしれないってことだよね! 絶対面白そう!」

エルはそれを横目で見ながら、淡々と問いかけた。
「その遺跡に行く必要があるということですか? もし本当に封印が関係しているなら、私たちだけで対処できる規模ではないかもしれません。」

アリサは静かに頷き、言葉を続けた。
「それでも、この街で動けるのはあなたたちしかいないの。二人なら、きっと何かを成し遂げてくれるはず。」

エルはしばらく考え込んだ後、深く息を吐いた。
「分かりました。ですが、マリアが無茶をしないことが条件です。」

「大丈夫だよ! 私がエルに迷惑をかけるわけないじゃない!」
そう答えながら、マリアは明らかに迷惑をかけそうな顔をして笑っていた。


その時、ジョートショップの扉が軽やかに開かれ、明るい声が響いた。
「二人とも、仲良くしてる? 私たちも来たわよ!」

現れたのは自警団のリサ・ハミルトンとクラリス・メイフィールドだった。リサは活発な笑顔で二人の間に割って入り、クラリスは静かに後ろで微笑みながら腕を組んでいた。

「エル、マリア。やっぱり頼りになるのはあなたたち二人だって、みんな言ってるわよ。」
リサの元気な声に、マリアは嬉しそうに顔を上げた。

「ほらね! 私たちが最強コンビなんだから!」
「いや、そんなことは誰も言っていない。」
エルが即座に否定するが、その声に少しだけ柔らかさが混じっていることに、リサは気付いていた。

クラリスが一歩前に出ると、冷静な口調で遺跡の封印について話し始めた。
「古代文字の記録によれば、あの遺跡の封印は非常に強力な魔法で守られています。ただ、もしその封印が完全に解けてしまった場合、ここにあるどんな魔法よりも厄介なものが解き放たれる可能性があります。」

エルは静かに頷き、マリアはその言葉にさらに興奮を覚えた様子で叫んだ。
「じゃあ、私たちがそれを止めればいいんだよね! やっぱり行くしかないよ、エル!」

エルは再びため息をつきながらも、静かに答えた。
「分かった。だが、くれぐれもお前が足を引っ張らないようにしてくれ。」


アリサは二人を見て、満足そうに微笑んだ。
「気をつけて行ってきてね。そして、絶対に無事に帰ってきて。」

リサとクラリスが見送る中、マリアとエルは遺跡に向けて歩き出す。
その背中には、それぞれの思いが交錯していた。

エルは自分の冷静さが、マリアの無謀さを支えると信じていた。
マリアはエルの冷静さに少しの苛立ちを覚えつつも、彼女の力強さに頼る自分を認めていた。


ジョートショップの扉が音を立てて閉まると、外の風がエルとマリアの髪を軽く揺らした。青空の下、二人は言葉少なに歩き始める。エンフィールドの街並みを背に、二人の姿が徐々にその賑やかさから遠ざかっていく。

「遺跡かぁ。楽しみだね!」
マリアが歩きながら両手を広げ、空を見上げた。その目には純粋な興奮が宿っている。

「お前だけだろ、そんな呑気にしてるのは。」
エルが肩にかけた剣を軽く直しながら、冷静に言い放つ。

「だって、エル! 遺跡にはきっと古代の魔法や道具が眠ってるんだよ! 想像するだけでワクワクしない?」
マリアは笑顔を浮かべながら、足元に転がる小石を蹴り上げる。

エルは前を向いたまま淡々と答えた。
「想像している暇があるなら、現実を考えろ。お前の楽観主義で、命を落とすわけにはいかない。」

「はーい、わかってますよーだ。」
マリアはわざと軽い調子で答えるが、エルの言葉にはどこか安心感もあった。


街を抜けた二人は、遺跡に続く深い森へと足を踏み入れる。木漏れ日が地面に模様を描き、鳥のさえずりが耳をくすぐる。だが、その静けさの中には、何か重苦しいものも混ざっていた。

「ここ、なんか変な感じがするね。」
マリアが呟くように言うと、エルも少し足を止め、周囲を見渡した。

「確かに静かすぎる。普通ならもっと動物の気配があるはずだが…。」
エルは剣の柄に手をかけながら警戒を強める。

「機械のせいかな?」
マリアが魔力を指先に集中させ、周囲の気配を探ろうとする。

「可能性は高い。どんな敵が出ても対応できるように準備しておけ。」
エルが前を進みながら、注意深く言葉を選んだ。


森の中を進む二人は、やがて分岐する小道に差し掛かった。それぞれ違う方向に続く道を見て、マリアが立ち止まる。

「エル、どっちだと思う?」
「左だろうな。この先に遺跡の特徴的な地形があると聞いている。」
エルは地図を広げながら冷静に答えた。

しかし、マリアは右を指差して、元気よく言い放つ。
「でも、右のほうがなんか面白そうじゃない?」

「…お前の『なんか』はいつも間違ってる。」
エルがため息混じりに言うと、マリアは両手を腰に当てて反論する。

「違うってば! 冒険には直感が大事なんだよ! ね、ね、行ってみようよ!」
その無邪気な提案に、エルは一瞬だけ視線を逸らした。

「…勝手にしろ。ただし、何があっても責任は取らない。」
そう言いながらも、エルはしっかりとマリアの後をついていく。


右の道を進んだ二人は、やがて小さな滝が流れる場所に出た。光が水面に反射し、辺りが幻想的な雰囲気に包まれる。

「ほらね! 私の直感、間違ってなかったでしょ!」
マリアが胸を張って自慢げに言う。

「滝を見つけるのに直感も何もないだろう。」
エルが冷静に返すと、マリアは少し膨れっ面をする。

その時、二人は滝のそばで奇妙な金属音を聞いた。振り向くと、小型の機械仕掛けの敵が現れた。カニのような形をしたその敵は、カチカチと音を立てて接近してくる。

「うわっ! 出た!」
マリアが構えると同時に、エルが剣を抜いた。

「後ろに下がれ。私がやる。」
エルは短く指示を出し、一気に敵に向かって駆け出した。剣を振り下ろし、機械の胴体を真っ二つにする。

「さすがエル! 強いね!」
マリアが魔法で援護しつつ声をかけると、エルは振り返りもせずに呟いた。
「お前も少しは役に立て。」


戦闘を終えた二人は、ついに遺跡の入り口に到着した。巨大な石造りの扉には、無数の古代文字が刻まれている。

「これが…遺跡かぁ。」
マリアが目を輝かせながら扉に近づく。

「感動している暇はない。すぐに中を調べるぞ。」
エルは剣を肩に担ぎ、静かに周囲を警戒している。

「分かってるって。でも、ちょっとだけ夢みたいな気分になってもいいでしょ?」
マリアが笑いながら振り向くと、エルは無言でその姿を見つめた。

その時、扉が重々しい音を立てて開き始めた。二人の冒険は、いよいよ本格的に始まる。


遺跡の中に足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気がエルとマリアを包んだ。石造りの壁には無数の古代文字が刻まれ、時折、魔力の残滓が青白く光っている。
マリアは目を輝かせながら辺りを見渡し、興奮を隠せない様子で声を上げた。

「すごい! これ全部、本当に古代の文字なの? どんな魔法が使われてたんだろう!」
彼女の声は遺跡内で反響し、静寂を破った。

「声を抑えろ。誰かに聞かれたらどうする。」
エルは鋭い目つきで辺りを警戒しながら、剣の柄をしっかりと握りしめた。

「誰かって? 機械の敵が反応するってこと?」
マリアが首をかしげると、エルは小さく息を吐いた。

「それもあるが、何が潜んでいるか分からないからだ。」
冷静に言いながら、エルは足元を注意深く調べ始めた。


遺跡の奥へ進むにつれ、石畳の床に不規則な模様が現れた。エルは足を止め、マリアに手を挙げて合図する。

「待て。ここは危険だ。」
エルはしゃがみ込み、床の模様を指でなぞった。よく見ると、模様の一部が僅かに浮き上がっている。

「これ、仕掛けだな。」
「え? どうして分かるの?」
マリアが身を乗り出そうとするのを、エルは冷たい目つきで制した。

「足を踏み外せば矢が飛んでくるか、床が抜けるかのどちらかだ。ここは私が進む。」
エルは剣を片手に構え、慎重に模様の間を歩き始めた。彼女の足音は驚くほど静かで、息を飲むマリアの耳にだけ微かに届く。

一歩、また一歩と進むたび、エルの鋭い目が模様を観察し、危険な箇所を避けていく。

「すごい…エル、なんでそんなに冷静でいられるの?」
後ろからマリアが小声で尋ねる。

「私が冷静でいなければ、お前が生き残れないからだ。」
淡々としたエルの言葉に、マリアは思わず口を閉じた。


物理トラップを切り抜けた先には、光を放つ魔法陣が床一面に広がっていた。幾何学的な模様が複雑に絡み合い、僅かに漂う魔力の波動が肌を刺すような感覚を与える。

「うわぁ、これって…魔法トラップだね。」
マリアが膝をつき、魔法陣を覗き込む。

「分かるのか?」
エルが眉をひそめながら尋ねると、マリアは得意げに笑った。

「これくらい基本中の基本だよ。ちょっと待ってて、解除するから。」
マリアは手を伸ばし、魔法陣に直接触れる。彼女の指先から魔力が流れ込み、模様が一瞬だけ輝きを増した。

「…ちょっとしたパズルみたいなものだよね。この部分をこうして…っと。」
マリアは慎重に魔力を操り、模様を再配置していく。

エルはその様子を見守りながら、剣を構えて周囲の警戒を怠らなかった。

「無茶をするなよ。少しでも間違えれば爆発するかもしれない。」
「分かってるってば。私を誰だと思ってるの?」
マリアは軽く笑いながらも、その手の動きは一切ブレていなかった。

数分後、魔法陣の光がゆっくりと消え、静寂が訪れた。

「ほら、解除成功! やっぱり私ってすごいでしょ?」
マリアが満面の笑みで振り返ると、エルは短く頷いただけだった。

「次に進むぞ。」
その一言に、マリアは少し不満そうな顔をした。


さらに進むと、広大なホールに辿り着いた。その中央には巨大な落とし穴が口を開けており、細い足場が残るのみだった。

「これ…落ちたら確実にアウトだね。」
マリアが足場を覗き込みながら呟く。

「当然だ。だが、この先に進むためには渡るしかない。」
エルは剣を腰に戻し、慎重に足場へと足を踏み出した。

足場は不安定に揺れ、少しの振動でも崩れそうだった。エルは冷静な目でバランスを取りながら一歩ずつ進む。

「次は私の番だね!」
マリアが元気よく言うと、エルは振り返り、低い声で言った。

「お前に渡れるのか?」
「大丈夫、大丈夫! 私だってやればできるんだから!」
そう言いながら、マリアは軽快な足取りで足場に乗った。

しかし、一歩踏み出した瞬間、足場の一部が崩れ落ちた。

「わっ!」
マリアが驚いてバランスを崩しそうになった瞬間、エルの手が素早く伸びた。

「馬鹿、ふざけるな!」
エルがマリアの腕を掴み、力強く引き上げる。その顔にはいつになく険しい表情が浮かんでいた。

「ごめん…つい足を滑らせちゃって。」
マリアが申し訳なさそうに呟くと、エルは小さくため息をついた。

「次からは慎重にしろ。」
その言葉に、マリアは深く頷いた。


遺跡の奥に近づくにつれ、トラップはさらに複雑になっていった。今度は、物理と魔法が組み合わさったトラップだった。

「これって…どうするの?」
マリアが眉をひそめながら呟く。

「私が物理的な仕掛けを外す。その間、お前は魔法トラップを抑えてくれ。」
エルが短く指示を出すと、マリアはすぐに魔力を集中させた。

「任せて! 私が魔法を封じている間にやっちゃって!」
マリアの声と共に、エルは動き出した。

剣を使い、巧みに物理トラップを破壊していくエル。その動きは鋭く、無駄がなかった。一方、マリアは魔力でトラップの動きを止めるのに集中している。

「あと少し!」
マリアが声を上げると同時に、エルが最後の仕掛けを破壊し、全てのトラップが静かになった。


二人は息を整えながら顔を見合わせた。

「エル、すごいね。あんなに冷静に動けるなんて。」
マリアが素直に感心すると、エルは小さく笑みを浮かべた。

「お前もよくやった。少しは見直した。」
その言葉に、マリアの顔がぱっと明るくなった。

「やっぱり私たち、いいコンビじゃない?」
「勘違いするな。ただの必要な協力だ。」
そう言いながらも、エルの表情にはどこか柔らかさがあった。


遺跡の奥へ進むにつれ、空気はさらに冷たく、そして重くなっていった。古代の魔力が漂い、僅かに光る紋様が壁を這っている。

エルは剣を腰から抜き、歩幅を狭めながら進んだ。その動きは無駄がなく、全身に緊張がみなぎっていた。

「エル、遺跡ってやっぱり雰囲気あるよね~。この古代の文字とか、研究したら面白そう!」
後ろからマリアの声が聞こえる。無邪気な調子だが、彼女もまた周囲を警戒しながら魔力を指先に集中させていた。

「喋るな、マリア。気配がある。」
エルが低く短く言うと、マリアもその声の硬さを感じ取ったのか、静かに頷いた。

周囲の静寂が重く、異様に感じられたその時だった。壁の奥から金属の擦れる音が響き、遺跡全体に不気味なエコーを残した。

「来るぞ。」
エルの声が鋭く響く。


石の床の隙間から、機械仕掛けの生物が這い出てきた。それは昆虫のような形状をしており、複数の足が甲高い音を立てながら地面を叩く。光沢のある金属の身体が遺跡の薄暗い光を反射している。

「うわっ、なんか気持ち悪い!」
マリアが身を引くと、エルは冷静に剣を構えた。

「怯むな。こいつらの目的は私たちを排除することだ。」
エルは前に出て、剣を振る準備を整える。

機械の敵は三体。それぞれが異なる動きを見せながら、二人を取り囲むように配置を変えていく。

「マリア、後ろを任せる。私が正面を引き受ける。」
エルが短く指示を出すと、マリアは頷き、魔力を両手に溜めた。


正面の敵が突進してきた。エルは冷静に動きを観察し、剣を横に振り抜く。鋭い音を立てて剣が金属の足を切り裂き、一体がその場に崩れ落ちる。

「さすがエル! 強いね!」
マリアが歓声を上げるが、エルは彼女の方を振り向かず、静かに言った。

「気を抜くな。まだ二体いる。」

その間にも、背後の敵がマリアに向かって飛びかかってきた。機械の鋭い爪が空気を切る音を立てる。
「やらせない!」
マリアが素早く詠唱を終え、火球を手のひらから放つ。火球は敵の胴体に直撃し、金属の身体が赤熱してひしゃげた。

「やった! 私ってやっぱり天才かも!」
「調子に乗るな、もう一体来る。」
エルが冷静に言いながら、最後の一体に向き合う。


最後の敵は他の二体とは異なり、明らかに機動力が高かった。足を素早く動かし、ジグザグに移動しながらエルとマリアの間を行き来している。

「これ、ちょっと動き早すぎない?」
マリアが焦った声を上げる。エルはじっと動きを観察していた。

「こいつは囮だ。私たちの連携を崩すつもりだろう。」
エルが鋭く剣を振るが、敵はギリギリで回避する。その間にも、マリアの魔法が次々と放たれるが、命中しない。

「全然当たらない! どうしよう?」
「落ち着け。奴の動きを予測するんだ。」
エルは敵の動きのパターンを見極め、次のタイミングを計っていた。

敵が再びエルに突進してきた瞬間、彼女は横に身を躱しながら剣を振り下ろした。剣は敵の片足を切断し、その動きを鈍らせる。

「今だ、マリア!」
エルが叫ぶと、マリアは全力で魔力を集中させた。

「これで終わりだよ!」
彼女の手から放たれた雷撃が、敵の中央部を貫いた。激しいスパークが飛び散り、敵はその場に崩れ落ちた。


戦いが終わり、遺跡内には再び静寂が戻った。マリアは膝に手をつきながら深呼吸し、疲れた顔でエルを見た。

「エル、本当にすごいね。あんな速い敵にも冷静に対応できるなんて。」
エルは剣を軽く振り、生物の体液がついた刃を払った。

「お前もよくやった。だが、もっと冷静に動けるようにしろ。」
その言葉に、マリアは少しだけ頬を膨らませた。

「冷静って言っても、あんなの初めてだったんだから仕方ないでしょ!」
「だからこそ、次はもっと考えて動け。」
エルの声には厳しさがあったが、その奥には僅かな優しさも感じられた。

「分かったよ、エル。でもさ、私たち、意外といいコンビかもね!」
マリアが笑顔を見せると、エルは軽く肩をすくめた。

「そう思うなら、もう少し役に立て。」
そう言いながらも、彼女の口元には微かに笑みが浮かんでいた。


二人は戦闘で破壊された敵を調べ始めた。金属の破片の中には、奇妙な形状の魔石が埋め込まれている。

「これ、ただの機械じゃないよね。魔力を使って動いてるっぽい。」
マリアが魔石を手に取りながら言うと、エルは無言でそれを観察した。

「古代の技術だろうな。だが、これがどこまで危険なのかは分からない。」
エルが短く答えると、マリアは嬉しそうに魔石をポケットにしまった。

「持ち帰って研究したら面白そう!」
「余計なことをするな。そんなもの、ただの厄介事だ。」
エルが眉をひそめるが、マリアは気にせず笑っていた。


遺跡の奥へと進む二人の前に、巨大な石造りの扉が立ちはだかっていた。その扉は漆黒の色を帯び、無数の紋様が緻密に刻まれている。紋様の中には、青白く輝く古代文字が散りばめられ、微かな魔力の波動が感じられた。

「これ…扉だよね? でも、どうやって開けるんだろう?」
マリアが興奮混じりに呟きながら扉に近づく。

「待て、触るな。何が仕掛けられているか分からない。」
エルが冷静に警告するが、マリアはすでに扉の模様に手を触れようとしていた。

「大丈夫だって! この模様、見たことがある気がするんだよね!」
その言葉に、エルは眉をひそめながらも一歩引いて観察を始めた。


マリアは扉の紋様に手を当て、集中して魔力を流し込む。すると、文字の一部が輝きを増し、まるで生き物のように動き始めた。

「すごい…これ、ただの模様じゃないよ。何かを伝えようとしてるみたい。」
彼女の声は驚きと興奮で震えていた。

「どういう意味だ?」
エルが背後から問いかけると、マリアは笑顔で振り向いた。

「古代文字の一部だよ! これ、魔法陣とか術式に使われる文字と似てる。解読できれば、この扉を開ける方法が分かるかも!」

エルは無言で頷き、剣を構えたまま周囲を警戒する。その姿勢は、完全にマリアを守るためのものであった。


マリアは文字を指先でなぞりながら呟いた。
「うーん、この文字は…『守護』かな? そしてこっちは『鍵』…。うん、たぶんこの扉には特別な鍵が必要なんだ。」

「鍵がなければ開かない、ということか?」
エルが少し苛立った口調で問いかける。

「そうとも限らないよ! この文字自体が鍵みたいな役割をしてる場合もあるし。」
マリアは慎重に文字の配列を調べながら、一つ一つの意味を推測していく。

「この紋様の形、たぶん魔法陣と同じように魔力を流し込めば反応するはず!」
彼女は胸を張って自信たっぷりに言うと、エルは深い溜息をついた。

「お前の勘が外れれば、ここで全て終わりだ。慎重にやれ。」


マリアは両手を広げ、指先から魔力を緩やかに紋様へ流し始めた。扉全体が青白く輝き、文字がさらに鮮明に浮かび上がる。

「ほら、動いた! やっぱり正解だよ!」
彼女が喜びの声を上げると、エルは無表情でそれを見つめながら呟いた。

「油断するな。次に何が起こるか分からない。」

その言葉の通り、扉から放たれた光が急激に強くなり、遺跡全体に轟音が響いた。周囲の壁に新たな古代文字が浮かび上がり、それらが繋がるように光を放ち始めた。

「これって…扉が開くだけじゃない! この遺跡全体の仕組みが動き出してる!」
マリアの声には興奮と少しの不安が混ざっていた。


扉に刻まれた文字がゆっくりと動き出し、やがて一つのメッセージを形作る。それは次のような内容だった。

「守護者を目覚めさせよ。それが鍵となり、真実へ至る道を開く。」

「守護者って?」
マリアが言葉を漏らすと、エルは鋭い目で扉を見つめた。

「つまり、この扉を開けるためには、その守護者を倒す必要があるということだな。」
エルの言葉に、マリアは僅かに息を飲んだ。

「倒す…? でも、守護者ってただの仕掛けじゃなくて、本当に強い存在なんじゃないの?」
その言葉に、エルは静かに頷いた。

「どんな敵であれ、避けられないなら戦うしかない。お前も覚悟しておけ。」


文字が完全に動きを止めた瞬間、扉全体が低い唸りを上げながらゆっくりと開き始めた。その先には広大なホールが広がり、中央に巨大な構造物がそびえ立っていた。

「すごい…これが遺跡の中心部なのかな。」
マリアが感嘆の声を上げる。

「ここに、守護者がいるはずだ。」
エルは剣を握りしめ、前を進む。

マリアはその背中を追いながら、心の中で決意を新たにした。自分の魔法とエルの力があれば、きっとどんな敵にも立ち向かえるはずだ、と。


遺跡の中心に近づくにつれ、空気はさらに重く、魔力の密度が高まっていく。石の床には新たな古代文字が浮かび上がり、さらなる謎を二人に投げかける。

「エル、ここからが本番だね。」
マリアが微笑みながら言うと、エルは短く答えた。

「気を抜くな。まだ何も終わっていない。」


巨大な扉が開き、二人の目の前に広がったのは、遺跡の中心部ともいえる広大なホールだった。天井は遥か上方に消え、壁一面に複雑な紋様が走り、時折、古代文字が青白く輝いている。

ホールの中央には巨大な機械仕掛けの構造物が鎮座していた。それは彫刻のように静止しており、異様な威圧感を放っていた。

「これが…守護者?」
マリアが息を飲むように呟く。

「確かにそうだろう。だが、まだ動いていない。」
エルが慎重に前進しながら剣を抜き、目を細めて観察した。

床には緻密な魔法陣が描かれており、中央の機械と繋がっているようだった。マリアはその魔法陣に目を向け、複雑な紋様を解析し始めた。

「これ、動き出す条件が書かれてるみたい…。たぶん、近づくと起動するんだよ。」
「ならば、どうする? 起動しないようにできるのか?」
エルが短く問うと、マリアは首を振った。

「無理だと思う。これは起動を止めるためのものじゃなくて、むしろ動かすための仕組みだよ。」

エルは眉をひそめ、剣を握りしめた。
「つまり、戦わなければならないということか。」


二人が警戒している中、ホール全体が低い振動を始めた。石造りの床が僅かに揺れ、壁の古代文字が一斉に輝きを増す。

「やばい…動き出す!」
マリアが叫ぶと同時に、中央の機械の目に当たる部分が赤く点灯した。機械全体がゆっくりと動き始め、その姿が明らかになる。

それは真紅に染まった巨大な翼を持つ人型の機動兵器だった。高さは軽く12メートルを超え、鋭い形状の装甲が光を反射している。その姿は、神々しさと恐ろしさを兼ね備えていた。

「で、でかい…!」
マリアが後退しながら声を漏らす。

「お前は下がっていろ。私が引き受ける。」
エルが低い声で言うと、剣を構えたまま前に出た。

機動兵器の目が完全に点灯し、その巨大な翼を広げる。次の瞬間、耳を劈くような轟音と共に、地面を蹴って空中に浮かび上がった。


機動兵器が空中から急降下し、その腕に内蔵された砲口からパルスライフルの弾幕を放つ。エルは瞬時に反応し、横へと飛び、衝撃を躱す。

「これ…普通に防げないよ!」
マリアが叫びながら魔法の防御壁を展開するが、パルスライフルの一撃が壁を貫通し、床をえぐる。

「防御が効かない…そんな!」
「怯むな、マリア! お前が崩れれば私も戦えない。」
エルが冷静に指示を出し、間合いを詰める。

機動兵器は高速でホールを飛び回りながら、両腕の砲口から次々にパルス弾を発射する。その動きは規則性がなく、エルでさえ動きを完全に読み切ることはできなかった。

「速すぎる…!」
エルが小声で呟きながらも、鋭い剣撃を放つが、機動兵器の装甲には深い傷を与えることができない。


「待って、私がサポートする!」
マリアが両手を広げ、魔法陣を展開する。次の瞬間、エルの剣が魔力で包まれ、青白く輝き始めた。

「これで少しは効くはず!」
マリアが叫ぶと、エルは頷きながら再びセラフに向かって突進した。

エルの剣が相手の装甲に深く突き刺さり、火花が飛び散る。しかし、その攻撃にも関わらず、全く怯む様子を見せなかった。

「くっ…耐久力が異常だ。」
エルが剣を引き抜きながら後退すると、機動兵器が再び空中に舞い上がった。

「エル、時間を稼いで! 私がもっと強力な魔法を準備する!」
マリアが叫びながら詠唱を始める。

「分かった。だが急げ。」
エルは短く答え、機動兵器の猛攻をかわし続ける。


激しい戦闘が続く中、遺跡の壁に埋め込まれていた防衛機構が起動した。ホール内に設置された砲台が自動的に動き出し、機動兵器に向けて一斉射撃を開始する。

「これって…防衛機構が助けてくれるの?」
マリアが驚いた声を上げる。

「違う。ただ中立なだけだ。やつと私たちを敵とみなしている。」
エルが冷静に答えると、マリアはすぐに魔力を使って防衛機構を制御しようと試みた。

「待って、防衛機構をハッキングする! それであいつを足止めできるかも!」
マリアが必死に魔力を送り込むと、防衛機構が機動兵器に集中攻撃を始めた。

「ナイス、マリア!」
エルがその隙を突き、機動兵器に再び斬撃を加える。しかし、すぐに反撃し、巨大なレーザーを放つ。


「エル、もう少しで防衛機構が最大火力を発揮する! 時間を稼いで!」
マリアが叫ぶと、エルは全力で相手の注意を引く。

「こっちだ、化け物!」
エルが挑発すると、機動兵器は彼女に向かって突進してくる。エルはギリギリでかわし、地面を転がりながら反撃の態勢を整える。

その瞬間、防衛機構の砲撃が機動兵器に直撃し、巨大な爆発がホールを包み込んだ。

「やった…の?」
マリアが呟くが、爆煙の中から再び姿を現した機動兵器はまだ動いていた。その装甲はボロボロになりながらも、完全に止まることはなかった。

「くっ、しぶとい!」
エルが剣を構え直し、再び立ち向かう。


崩れかけたホールに響く金属音と爆発音。機動兵器の猛攻は止むことがなく、その巨大な姿が空間を圧倒していた。

「マリア、魔法の防御壁が限界だ! 他に何か方法はないのか?」
エルが剣を握りしめながら叫ぶ。彼女の額には汗が滲み、息も荒くなっている。

「待って、今考えてる!」
マリアは地面に広がる古代の魔法陣を必死に解析していた。手のひらから魔力を送り込み、文字が青白く輝く。

「この遺跡の仕組み…たぶん、防衛機構がまだ残ってるはず!」
マリアの言葉に、エルは目を細めながら機動兵器を睨む。

「防衛機構だと? それがどう役に立つ?」
「この遺跡自体が外敵を排除するための施設なんだよ! つまり、このセラフを攻撃させることもできるかもしれない!」


マリアは魔力を集中し、床の魔法陣に両手をかざした。光が急速に広がり、ホール全体の壁から隠された砲台が姿を現す。それは古代の遺物らしいデザインで、緑がかった光を放っていた。

「これだ! この防衛砲を使えば、あいつを足止めできる!」
マリアが歓喜の声を上げる。

「喜ぶのは早い。お前がそれを制御できる保証はない。」
エルが冷静に言いながら、再びセラフの突進を受け流す。巨大な翼が彼女の周囲をかすめ、鋭い音を立てた。

「うるさいなぁ、やるしかないでしょ!」
マリアは集中し、遺跡の防衛機構に魔力を流し込む。砲台の一つがゆっくりと動き始め、機動兵器に向けてエネルギーをチャージした。

「撃て、撃って!」
その叫びと同時に、砲台から青い光が放たれ、機動兵器の右腕に直撃する。装甲の一部が崩れ、内部の機械が露出した。

「やった!」
マリアが叫ぶが、機動兵器は全く怯む様子を見せず、即座に反撃を開始する。両腕の砲口から放たれるパルス弾が砲台に命中し、一つが破壊された。

「やっぱり甘くないか…!」
エルが低く呟きながら、残った砲台を守るために機動兵器の注意を引こうと動き出す。


「こっちだ!」
エルが声を張り上げて挑発する。機動兵器はその声に反応し、エルに向かって飛びかかる。巨大な翼がホール全体を覆い、空間をさらに狭く感じさせた。

「エル、無理しないで!」
マリアが叫ぶが、エルは振り向きもしない。

「お前が防衛機構を完全に制御するまで、私が持たせる。それだけだ。」
彼女の声は静かだが、その一言に込められた覚悟がマリアを奮い立たせた。

「分かった…絶対に成功させる!」
マリアは再び魔力を集中し、全ての防衛砲を機動兵器に向けて起動させる。


防衛砲台が次々と機動兵器を標的に定め、青白いエネルギー弾を放ち始めた。砲撃が機動兵器の装甲を砕き、火花が飛び散る。

「いいよ!防衛機構がちゃんと働いてる!」
マリアが笑顔を見せる。

「だが、まだ終わりじゃない。」
エルが冷静に言う。機動兵器は防衛砲の攻撃を受けながらも、破壊された砲台の間を縫うように移動し、次々に砲台を無力化していく。

「ちょっと! あいつの方が速いじゃん!」
マリアが焦った声を上げると、エルが短く答えた。

「速さに頼る敵ほど、動きを読めばいい。」


マリアは再び魔力を砲台に送り込み、さらに攻撃力を高める。同時に、エルはセラフの動きを封じるため、直接戦闘に挑む。

「エル、あと少しだけ時間を稼いで!」
マリアが叫ぶと、エルは剣を構え直し、相手の懐に飛び込んだ。

「私を無視するな!」
エルの剣が機動兵器の左翼を切り裂き、金属の破片が散る。その一撃で、一瞬動きを止めた隙に、マリアの制御する砲台が強力なエネルギー弾を放つ。

砲撃がセラフの胸部に直撃し、大きな爆発がホールを揺るがす。


爆煙の中、機動兵器がなおも動いていることが確認できた。その装甲は激しく損傷しているが、その目はなお赤く輝いている。

「本当にしぶといね…!」
マリアが汗を拭いながら呟く。

「しぶとい相手ほど、最後まで気を抜くな。」
エルが息を整えながら剣を握り直す。

マリアは最後の力を振り絞り、防衛機構の全ての砲台を機動兵器に向けて最大出力で制御した。

「これで終わりにする!」
彼女が叫ぶと、砲台から放たれた光が機動兵器を完全に包み込む。激しい爆発音と共に、機動兵器は遂にその動きを止めた。


崩れ落ちる機動兵器の姿を見つめながら、二人は深く息をついた。ホールは静寂に包まれ、遺跡の壁には再び穏やかな光が戻っていた。

「マリア、よくやった。」
エルが短く言うと、マリアは疲れた顔で笑みを浮かべた。

「エルが時間を稼いでくれたからだよ。本当にありがとう。」


機動兵器との戦闘は続いていた。防衛機構の支援で機動兵器を一時的に抑えることに成功したものの、その巨体はなおも動きを止めず、赤い目が鋭く二人を睨みつけていた。

「なんでまだ動いてるの! あれだけの攻撃を受けたのに…!」
マリアが焦りながら叫ぶ。

「簡単に止まる相手ではない。だが、無敵でもないはずだ。」
エルが短く答えながら剣を構え直す。機動兵器の翼が音を立てて広がり、その影がホール全体を覆った。

機動兵器の胸部が輝き始める。そのエネルギーの集中に、エルはすぐに気付いた。

「マリア、伏せろ!」
エルが叫ぶと同時に、機動兵器から放たれた巨大なレーザーが床を焼き尽くした。地面が激しく揺れ、破片が四方に飛び散る。


地面に伏せたまま、マリアは顔を上げて周囲を見渡した。瓦礫の中から微かに輝く光を目にする。

「あれ…なんだろう?」
彼女は光に手を伸ばし、魔力を集中させた。

「マリア、何をしている! 今はそんな暇はない!」
エルがセラフを牽制しながら怒鳴るが、マリアは耳を貸さずにその光を辿る。

「待って、エル! これ、ただの瓦礫じゃない!」
マリアが指先を触れると、床に隠されていた古代文字が浮かび上がる。それは魔法陣の一部であり、特定のエネルギーを収束させるための仕組みのようだった。

「ここ…何かが隠されてる。」
彼女はさらに集中し、床に魔力を注ぎ込む。次の瞬間、床が低い振動を起こしながらゆっくりと開き始めた。


開いた床の下から現れたのは、古代の兵器だった。それは全長が2メートル以上あり、白い金属の光沢を放つライフルのような形状をしていた。

「これ…魔砲だ!」
マリアの声が震える。魔砲には古代文字が刻まれており、その一部は時間の経過で掠れて読めなくなっていたが、最後に「K」と「W」の文字が残っていた。

「魔砲だと? それが何だというんだ。」
エルが機動兵器の攻撃を躱しながら問いかける。

「これ、ものすごい威力を持つ武器だよ! でも、普通の人間じゃ使えない…。」
マリアが魔砲に触れ、その仕組みを調べながら言葉を続けた。

「エル、これを使うのはあなただけ! あなたの力なら、この魔砲のエネルギーを制御できる!」


その時、機動兵器が再び動きを加速させ、ホール内を縦横無尽に飛び回る。砲台の最後の一基が破壊され、機動兵器の目がマリアに向けられる。

「マリア、急げ! 奴がお前を狙っている!」
エルが叫ぶと同時に、機動兵器が猛スピードで接近してきた。

「わかってる、でもちょっと待って!」
マリアは必死に魔砲を起動させようとするが、そのエネルギーがあまりにも強力で、制御が困難だった。

エルは剣を振り上げ、相手の突進をギリギリで受け止める。その衝撃で地面が大きくひび割れ、エルの足が僅かに沈み込む。

「これ以上は持たないぞ、マリア!」
「待って、あと少しだけ!」


マリアが最後の力を振り絞り、魔砲に魔力を送り込むと、銃口が青白く輝き始めた。それは機動兵器を撃破する唯一の希望に見えた。

「できた…エル、この魔砲を使って!」
彼女が魔砲を持ち上げようとするが、その重さに膝をつく。

「無理だ…重すぎる。」
「私が持つ。」
エルが冷静に魔砲を受け取る。その瞬間、彼女の手に伝わる魔砲の重さとエネルギーの圧力が、並外れたものであることを物語っていた。

「こんなに重い武器を…どうやって扱えというんだ。」
「エルならできる! あなたの力と冷静さが必要なんだよ!」
マリアが必死に言葉を重ねる。


セラフは二人を睨みつけ、再び胸部のエネルギーをチャージし始めた。ホール全体が光に包まれ、次の攻撃が放たれるまでの時間は僅かだった。

「エル、狙いを定めて! あたしが魔砲のエネルギーを安定させるから!」
マリアが魔力を集中し、魔砲のエネルギーの流れを整える。

「私が狙いを外せば終わりだ。」
エルは冷静に魔砲を構え、セラフの胸部を狙った。その目には一切の迷いがなかった。

「エル、信じてる!」
マリアの言葉に応えるように、エルは魔砲の引き金に指をかけた。


機動兵器がエネルギーを放とうとした瞬間、エルが魔砲を発射した。青白い光がホール全体を包み、セラフの胸部を貫いた。

「やった…!」
マリアが歓喜の声を上げる。

しかし、その直後、機動兵器が最後の力を振り絞って二人に向かって倒れ込んでくる。その巨大な体が迫る中、エルがマリアを抱き上げ、一気に安全な場所へと飛び込んだ。


セラフの巨体が崩れ落ち、遺跡全体が静寂に包まれる。ホールには光の残骸が舞い、二人はその場に膝をついた。

「エル、ありがとう…本当にすごかったよ。」
マリアが微笑みながら言う。

「お前が魔砲を制御してくれたおかげだ。」
エルが静かに答え、剣を地面に突き立てて体を支えた。

「私たち…やっぱりいいコンビだね。」
「それには同意しかねる。」
エルの言葉には僅かな笑みが浮かんでいた。


機動兵器の巨体は、遺跡のホール中央で崩れかけていた。装甲は激しく損傷し、翼の片方は砕け散っている。それでも、その赤い目はなお鋭く光を放ち、戦意が失われていないことを告げていた。

「まだ動くなんて…どうなってるのよ、この化け物。」
マリアが肩で息をしながら呟く。全身に疲労が溜まり、足元が揺れるような感覚に襲われていた。

「簡単に止まる相手ではない。それは最初から分かっていたことだ。」
エルは冷静に答えたが、その声にはわずかに疲労が滲んでいた。剣を握る手が僅かに震えている。

「でも、もう手はないよ…!」
マリアは周囲を見渡したが、防衛機構は全て破壊され、魔砲の一撃も十分な決定打にはならなかった。希望は薄れつつあった。

「諦めるな。まだ終わっていない。」
エルは剣を構え直し、セラフに視線を固定した。その眼差しは鋭く、未だ戦意を失っていないことを示していた。


突然、機動兵器の身体全体が赤い光を放ち始めた。砕けた装甲の下から内部構造が見え隠れし、その中心部にあるエネルギーコアが激しく脈動している。

「これ…自己修復してる!? それとも、何かが変わろうとしてるの…?」
マリアが目を見開いて叫ぶ。

「おそらく最後の形態だろうな。これが奴の本気というわけか。」
エルが静かに答えると同時に、セラフの翼が再び広がり、その巨体が宙に浮かび上がった。

機動兵器は新たに展開した複数の砲身から一斉射撃を始めた。空間全体を埋め尽くすような弾幕が二人を襲う。

「やばい、避けて!」
マリアが魔法の防御壁を展開するが、その一部は砲撃を耐え切れずに崩れた。エルは素早くマリアを庇いながら前方へと突進する。

「私が奴を引きつける! お前は援護しろ!」
エルの叫びに、マリアは力強く頷いた。


機動兵器の攻撃は止むことがなく、エルとマリアの動きを追い詰める。エルは巧みに剣を振るい、接近戦を挑むが、相手の防御は硬く、攻撃がほとんど通じない。

「くっ、どれだけ攻撃しても傷一つまともに入らない…!」
エルが剣を振り下ろしながら低く呟く。

「でも、やるしかないでしょ! 私たちがここで倒れたら、街のみんなが危ないんだから!」
マリアが声を張り上げ、再び魔法で機動兵器を攻撃する。彼女の魔法は一部の砲台を無力化することに成功したが、依然として相手の火力は圧倒的だった。

機動兵器はホール内を縦横無尽に飛び回り、その速さにエルでさえ追いつくことができなかった。

「エル、このままじゃ全滅する!」
マリアが叫ぶ。

「時間を稼げ。奴に隙を作らせろ。」
エルは短く命じると、機動兵器の注意を引きつけるために動きを加速させた。


マリアは魔法を放ちながら、ホール全体を見渡していた。その視線がふと、魔砲に向けられる。

「待って…この魔砲、もう一度使えるかも!」
マリアは魔砲の元へ駆け寄り、再びその仕組みを調べ始めた。

「何をしている、マリア! 早く戻れ!」
エルが機動兵器を牽制しながら叫ぶ。

「信じて! これが最後の切り札になるかもしれない!」
マリアは手を魔砲に触れ、全ての魔力を注ぎ込み始めた。銃口が僅かに光り始めるが、完全に起動するにはまだエネルギーが足りない。

「うーん…この魔砲、誰かが直接エネルギーを流し込む必要があるんだ!」
マリアは苦悩の表情を浮かべながら呟いた。


エルは機動兵器の猛攻をかわしながら、マリアの言葉を聞いて決断する。

「私がやる。」
彼女は剣を地面に突き刺し、魔砲の元へ駆け寄った。その目は迷いを感じさせなかった。

「でも、エル…あなた、魔法が得意じゃないでしょ?」
マリアが不安げに問いかける。

「関係ない。お前が言っただろう。私の力が必要だと。」
エルは静かに魔砲を持ち上げ、その重量に耐えながら銃口をセラフに向けた。

「エル…信じてる!」
マリアが再び魔力を注ぎ込み、魔砲のエネルギーを安定させる。


機動兵器は再び胸部のエネルギーをチャージし、巨大なレーザーを放とうとしていた。ホール全体が赤い光に包まれる。

「これが最後だ…外れてくれるなよ。」
エルが静かに呟き、引き金に指をかける。

「私も全力でサポートする! 絶対に当てて!」
マリアが魔砲のエネルギーを最大限まで引き出す。

機動兵器がレーザーを放つ直前、魔砲から青白い光が放たれた。その光は、胸部を正確に貫き、エネルギーコアを破壊する。

「やった…!」
マリアが歓喜の声を上げる。

機動兵器は大きな音を立てて崩れ落ち、その巨体が遺跡の床に沈む。赤い目の光が消え、完全に動きを止めた。


ホールには再び静寂が戻った。二人は肩で息をしながら、崩れた機動兵器を見つめていた。

「終わった…?」
マリアが恐る恐る尋ねる。

「終わった。」
エルが短く答えた。

二人はその場に座り込み、お互いの顔を見て小さく笑った。

「私たち、やっぱりすごいかもね。」
マリアが笑いながら言うと、エルは肩をすくめて答えた。

「もう二度とごめんだ。」


遺跡での激闘から数日後。エンフィールドの街は、いつもの平穏を取り戻していた。街を歩く人々の顔には、安堵と微かな笑みが浮かんでいる。マリアはその街の景色を窓越しに見ながら、ジョートショップのカウンターに座っていた。

「本当に、もう平和なんだよね。」
彼女は独り言のように呟き、手元のカップから香ばしいハーブティーを一口含む。温かい液体が喉を通り過ぎると、ほんの少しだけ疲れが癒される気がした。

「お前がそんなにぼんやりしていると、アリサさんに叱られるぞ。」
背後から聞こえた冷たい声に、マリアは驚いて振り向いた。

「エル!? いつの間に!」
そこには、エルがいつものように無表情で立っていた。肩には自慢の剣を背負い、彼女らしい凛とした雰囲気を漂わせている。

「お前が窓の外ばかり見ているからだ。気配に気づかないとはな。」
エルはため息をつきながら椅子を引き、マリアの隣に腰を下ろした。


その時、奥の部屋からアリサが現れた。手には温かいパンとスープが乗ったトレーを持っている。

「あら、二人とも仲良くしているのね。」
アリサの柔らかな声に、マリアは慌てて言葉を返した。

「ち、違うよ! 仲良くなんかしてないってば!」
「そうだ。こいつと仲良くする理由がない。」
二人がほぼ同時に答えると、アリサは微笑を浮かべた。

「でも、遺跡でのあの出来事を経て、二人の息がぴったり合ってきたように見えるわよ。」
その言葉に、マリアは真っ赤になり、エルは目を逸らした。


アリサは二人にトレーを差し出し、話を続けた。
「本当に、遺跡での出来事は街のみんなに感謝されているわ。二人のおかげで、街を守ることができたのだから。」

マリアはスープを啜りながら、ゆっくりと頷いた。
「うん…でも、私は結構無茶しちゃったよね。エルに迷惑かけっぱなしだったし。」

「そうだな。だが、お前なりによくやった。」
エルが短く答える。その言葉に、マリアは驚き、そして少しだけ嬉しそうに笑った。

「エルが褒めるなんて、珍しいじゃない!」
「別に褒めているわけではない。ただ事実を言っただけだ。」
エルはそっけなく答えるが、その声にはほんの少しの温かさが含まれていた。


二人がジョートショップで話している間、街の人々が次々と店を訪れた。その多くが、エルとマリアに感謝の言葉を伝えた。

「マリアさん、エルさん、本当にありがとうございました! おかげで家族が無事でいられました!」
ある女性が深々と頭を下げる。

「俺たちの店も、二人のおかげでまた営業できるよ! 本当にありがとう!」
商人らしい男が笑顔で言った。

マリアは最初は戸惑っていたが、次第にその笑顔に自然と応えるようになった。
「えへへ、そんなことないよ! エルがいなかったら私も何もできなかったし。」

エルは静かにその場を見守り、特に何も言わなかったが、その目には僅かに満足げな光が宿っていた。


夜が近づくにつれ、ジョートショップも徐々に静かになっていった。アリサが店を片付ける間、マリアとエルは二人で窓際の席に座り、外の夕焼けを眺めていた。

「エル、次はどんな冒険が待ってるのかな?」
マリアが少し夢見がちな声で言う。

「次のことを考える前に、まずはお前が休息を取れ。疲れた体で動いても、何の役にも立たない。」
エルはそう言いながらも、どこか優しげな表情を浮かべていた。

「ふふ、エルって本当にお姉さんみたいだよね。」
「お前が子供っぽいだけだ。」
二人の会話に、どこか暖かさが感じられる。


アリサは店の奥からその様子を見守りながら、小さく微笑んだ。

「本当に、いいコンビになってきたわね。この二人なら、きっとどんな困難も乗り越えていける。」
そう心の中で思いながら、彼女は静かに片付けを続けた。


夜空に星が輝き始めた頃、マリアがふと立ち上がり、エルに向き直った。

「ねえ、エル。次は星をもっと近くで見られるような場所に行ってみたいな!」
「星だと? どうせまた危険な場所を選ぶのだろう。」
エルは眉をひそめながらも、マリアの提案に興味を示しているようだった。

「大丈夫だって! 今回みたいに、二人で力を合わせれば何とかなるよ!」
マリアが笑顔で言うと、エルは短くため息をつきながらも小さく頷いた。

「お前が無茶をしなければな。」
その言葉に、マリアは満面の笑みを浮かべた。


ジョートショップの窓から見える星空は、まるで新たな冒険の始まりを告げるように輝いていた。マリアとエル、そしてアリサの物語は一旦ここで幕を閉じる。

だが、その先に広がる未来には、きっとまた新たな試練と成長が待っているだろう。

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