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再観測:星を継ぐもの:Episode6-3
Episode6-3:渦巻く闇と星の流れ
星海の宙域は、先の大規模作戦を経て一時の静寂を取り戻していた。だが、その穏やかな時間はまるで闇夜に灯る儚い蝋燭のようで、いつ何時強烈な風に吹き消されるか分からない。要塞への本格攻撃を中断して数日が経ち、大艦隊の損傷艦が応急修理を終えた頃――円卓騎士団は再び出撃を命じられることとなる。
深い闇と星々の流れが交錯するこの宙域は、まるで惑星というよりも“渦巻く無の海”と呼ぶにふさわしかった。黒の闇が見渡す限り広がる一方、ところどころ青白い光が漂い、不規則に放電しながらゆらめいている。観測光の濃淡が複雑に交差し、小惑星の破片が浮遊しては衝突し、細かな塵の雲を生む。まさしく「渦巻く闇と星の流れ」が視界を覆う光景だった。
王国艦隊の旗艦が静かに浮き、管制室の窓からはそんな混沌の眺めが見える。そこにいるのは神官隊や技術班、そして円卓騎士団のメンバーたち。アーサーが胸の前で腕を組み、スクリーンに映し出される要塞の最新データを睨んでいた。
「ここ数日、要塞側の動きは鈍いようだが……内部がどうなっているかは依然として不明だ。前回の攻撃で、外壁に一瞬開いた穴は修復されてしまった。このままでは再び攻めても同じ結果に終わるかもしれない」
彼の声は冷静だが、微かに苛立ちが混じっている。周囲に並ぶ部下たちが息を呑んで聞き入り、モニターの分析結果を確認している。大艦隊の砲撃でも突破が困難な多層バリア。しかも要塞の外殻は生体的に自己再生し、封鎖網を継続する。いかにも難攻不落の砦だ。
カインは艦内の通路を急ぎ足で走り、管制室へ到着したところだった。隣にはアリスの姿――ホログラムながら、まるで人間と並んで歩いているかのように空中へ投影されている。彼女は小声で言う。
「どうやら、みんな本格的な作戦を練っているね。私たちも参加しないと」
「だな。せっかくあのバリアにヒビを入れられたんだから、もう一度狙いたいしな」 カインがホッと息をつくと、アリスは申し訳なさそうに視線を落とす。「前に干渉を乱発した影響がまだ抜けきっていないの。今回も全力を出せるか分からないけれど……私は頑張るよ」
「無理すんな。ちょっとでも手伝ってくれたらそれで十分だ」 二人は目と目を合わせ、静かに微笑みあう。そのまま管制室へ入っていくと、アーサーやガウェイン、トリスタン、さらにはモルガンも揃って地図を囲んでいるのが見えた。
ガウェインがさっそく気づき、「お、やっと来たか、カイン。お前とアリスの力が要なんだ。今回ばかりは頼むぜ」と笑う。トリスタンは淡々と、「僕の射撃も限界がある。バリアの要所を弱められれば、より攻めやすい」と補足する。
「そうだな。できる範囲でやるさ」 カインが肩をすくめると、アリスがホログラム越しに軽く会釈した。「こちらこそ、よろしくね」
モルガンが合図をし、スクリーンを指し示す。「では、全体の作戦をまとめるわ。今回こそ、空母群と艦隊編成の“総攻撃”をもう一度仕掛けることになった。けれど、ただ砲撃を繰り返すだけでは外壁は破れない。前に大火力で攻めても、要塞は簡単に修復してしまった。それを回避するために、我々は二段構えで行く」
第一段――艦隊が正面から砲撃を集中して要塞の火力を分散させる。
第二段――円卓騎士団や精鋭隊が要塞の別区画へ回り込み、観測制御装置を用いた干渉力の突入でバリアを崩し、実際に内部へ入り込む。
「そして、侵入後の突入をサポートするため、空母の編隊が大きくカバーに回るのだ。もし要塞内でドローン軍団や融合兵の大群が迎撃してきても、外からフォローしてもらえるように準備したい」 アーサーの言葉に、ガウェインが大きく頷く。「なるほどな。総攻撃だけだと前回みたいに消耗するばかりだが、今回は突入も並行して行うんだ」
トリスタンは地図を睨むようにして「それが成功すれば大きいけど……要塞内部は未知の渦だ。小規模で入れば包囲されかねない」という懸念を述べ、モルガンが唇を引き結ぶ。「仕方ないわ。それでも攻めなければ、ユグドラシルの手がかりも見つからない。あの要塞を落とす以外に、先へ進む道はないのよ」
アリスは隣でデータを見つめ、ほのかな苦笑いを浮かべる。「私に課せられた干渉力の行使が、きっと要になる。どれだけ持つか分からないけれど……みんなで一緒なら、どんな壁だって乗り越えられるもの」 その言葉にカインが微笑み返す。「ああ、オレたちがついてるさ。お前を一人にしない」
こうして、準備は整っていく。空母の甲板上では、いくつもの戦闘機や爆撃機が発艦準備を始め、整備士が小走りで動き回っていた。トリスタンのフォール・ノートにも新型弾頭が装填され、ガウェインのガラティーンはさらなるエネルギーシールドを取り付けられる。アーサーはエクスカリバーの“剣”システムを調整し、カインは銀の小手の機体を眺めながらアリスと小声で作戦を再確認する。
かくして、艦隊が陣形を組んで出撃する刻がやってきた。星海のこの宙域は、以前は静かで幻想的だったが、いまや数多の艦艇や戦闘機が飛び交う“戦場”そのものに変わっている。闇の奥には要塞がぼんやりと姿を見せ、外周の棘が紫色の微光を放っているように見えた。
「全艦、攻撃用意。編隊エンジンオン」 指令室のオペレーターが声を張り上げ、たちまち戦闘配置のアラートが鳴り渡る。艦隊が波を成し、いくつかの群に分かれて加速していく。遠巻きにドローンが姿を現すが、巡洋艦のミサイルや戦闘機の迎撃で押さえ込まれている。
アーサーが通信を開く。
「ここからが本番だ。隊列を乱さず、要塞への正面突撃を仕掛ける。前回と同じく正面で火力を惹きつけ、われわれが裏手へ回り込む。いいな?」
「了解!」
ガウェイン、トリスタン、そしてカインが声を揃え、観測光エンジンを一斉に噴かす。銀の小手はアリスの演算を受け、滑らかな弧を描きながら宇宙空間を駆け抜ける。コクピットの中でカインは緊張の汗を流しつつ、横目でアリスを確認する。まだ疲れはあるはずだが、彼女の目には今、まっすぐな光が宿っている。
要塞の外周バリアが青白く燃え上がり、まるで怪物が目を覚ましたようにうごめき始めた。砲台が起動し、長大なビームを艦隊へ向けて吐き出す。続いて無数のドローンが発進。もはや前回の戦い以上の激しい攻防が、宙域を埋め尽くす勢いだった。
空母群は前列に巡洋艦や駆逐艦を配して被害を抑えつつ、要塞へ猛烈なミサイルとビームを撃ち込み、砲火の嵐を展開する。ビームとビームが交差しては爆風を巻き起こし、閃光が星々の暗闇を切り裂いて何度もきらめく。圧倒的とも思える大火力だが、やはり要塞外壁は完全には破られない。バリアが波紋を広げるように弾き返し、己の城壁を保っているようだ。
「こっちも忙しくなるぞ……!」 ガウェインが激しい弾幕を盾で防ぎながら、ドローンを砲撃で落としていく。トリスタンは正確なスナイプを重ね、要塞砲の一部を沈黙させる。一方、アーサーとカインは予定どおりに回り込み、バリアの別区画を狙う流れだ。
ちょうど前回穴を開けたあたり――要塞の棘と棘の間にある、比較的砲台が少ない地点。それでも大艦隊の正面攻撃が目を惹いているため、防御は手薄かもしれない。今が突入のチャンスだ。
「アリス、行けるか?」
カインが確認すると、アリスは緊張に震える声で「うん……。観測制御装置のチームが連動してくれるから、そこと同期すればバリアを弱められるはず……」と返す。エンジンを強め、ドローンの隊列を避けながら観測制御装置を搭載した護衛艇と合流する。そこでは神官隊が詠唱し、機器を操作して波長を合わせているところだった。
「今がタイミング! 干渉力を最大であの一点へ注いでくれ!」
護衛艇からの通信に従い、アリスがコクピット内で眉をきりっと結ぶ。カインが操縦桿を制御し、銀の小手を安定させる。狙いは要塞外壁の一角――前に破壊しかけた付近。その付近に照準が固定され、護衛艇と銀の小手が同時に干渉波を放出した。
ビリビリとした電撃に似た衝撃がコクピットまで伝わり、カインは思わず舌打ちする。「くそっ、また強烈だな……!」
アリスは苦しげに喘ぎながらも干渉波を維持する。その波長が要塞バリアとぶつかると、青白い壁が徐々に歪み、まるで水の膜を指先で押しのけるように波紋が広がる。そして――
「今だ、撃ち込め!」
直感的に叫んだカインがミサイルを発射し、すかさずガウェインとトリスタンが被せる形で砲撃を送る。さらにアーサーの剣ビームが突き刺さり、バリアの一点にドカンと風穴を開けたかのような爆発が生まれた。
裂けた部分から火炎と破片が吹き出す。要塞側が修復しようと蠢いているが、砲火を浴びせ続けて妨害することで一気に破断を拡大できそうだ。
やがて大きな隙間が空き、内壁らしき金属構造がむき出しになる。ミサイルやビームをさらに叩き込み、そこを爆散させると、前方に細長い回廊のような空洞が見えた。どうやら要塞の内部層へ通じているらしい。
だが、その回廊からドローンが噴き出すように現れ、観測光の激しいビームで反撃してくる。瞬時に数十発の砲撃がこちらを襲い、空母側の護衛艇が一隻巻き込まれてしまう。悲鳴と爆音が交錯し、コクピットのモニターがノイズで揺れた。
「まずい……突入しようにも迎撃が激しすぎる。やはり内部にも無数の防衛網があるのか……」
トリスタンが苦々しく言う。カインは機体を上下に揺らしてビームをかわしながら、「くそっ、これ以上進むなら相当な覚悟だ。どうする、アーサー卿?」
アーサーが判断を下す前に、神官隊からの無線が途切れ途切れに入った。 「外壁の穴は維持できません……干渉波の出力が限界を……くっ、今すぐ入らなければ修復されます、だけど敵の数が多すぎ……どうしますか?」
ガウェインが盾を構えて前進しようとしたが、ミサイルとビームの洪水にすぐ押し返される。盾が青い火花を散らし、計器が悲鳴を上げる。「こんな敵のど真ん中へ、我々だけで入ったら死ぬぞ……!」
アーサーが歯を食いしばる。「一度に大きな部隊を入れられれば、内部攻略も夢じゃないが……外壁周辺にはまだ砲台が残ってる。大艦隊が進入するには通路が狭すぎるんだ。実質、我々か、少数隊での先行突入が必要になる」
「だが、そのままじゃ全滅の危険が高い……」 トリスタンの冷静な声が空しく響き、状況の厳しさを物語っている。カインはコクピットの隅でアリスを見やる。彼女はもう干渉力を大きく動かせそうにない。呼吸が荒い。
まさに「渦巻く闇」に飲み込まれる寸前――しかし、そこを助けるかのように、新たな通信が割り込んだ。モルガンからだ。
「全隊に通達。バリアを開けられただけでも大きな成果だ。だが今突入しても内部防衛に各個撃破されるだけだろう。いったん撤退する。次回、さらなる装備と増援を持って本格的に内部へ切り込む!」
その声に、アーサーは舌打ちしながらも「わかった」と答える。ガウェインやトリスタンも不満そうだが、状況を見れば仕方がない。最終的にカインも「アリスがもう限界だし、今以上は無理だ」と心中で納得する。
こうしてまたしても大艦隊は一時撤退を選ぶ形となり、要塞の外壁に開けた大穴は数分後には修復されてしまう。だが、今回は前よりも奥の構造を垣間見られたし、内部が複数の回廊で仕切られている事実も確認できた。あれを突破すれば、本当の中枢に近づけるかもしれない――。
帰還後、星海の仮設基地にて、整備士たちが疲労の色を隠せない面持ちで4機の修繕に取りかかる。円卓騎士団のメンバーは艦内の会議スペースでモルガンと落ち合い、進捗報告を済ませた。要塞外壁をまた破りかけたが、内部侵攻には至らず、艦隊も少なからぬ被害を受けている。
それでも、ユグドラシル・モデルの可能性を探るにはこの要塞しかない。そう確信しているアリスやカインたちは、焦らず入念に準備を固めるべきだと再度心に刻む。
夕暮れも夜明けも存在しない宙域だが、ひとまず休息をとる時間を“夜”と呼んでいた。カインは銀の小手の機体を見上げながら、腰に手を当てて深いため息をつく。アリスがホログラム越しにそっと寄り添う。
「ごめん、また途中で力尽きそうになって……」
アリスの声は弱々しいが、表情には自責の念が濃い。カインは優しく微笑み、「気にするなよ。お前のおかげでバリアを破りかけた。それだけでも大進歩だって」と励ます。
アリスは少し頬を染め、「ありがとう、カイン。みんなで一緒なら、乗り越えられる……そう信じたい」と小さく言った。
その様子を遠巻きに見ていたガウェインが、からかうようににやりと笑う。「またイチャつきやがって、相変わらず仲いいな、お前ら」
トリスタンがそっぽを向いて「まあ、ほほえましいが、作戦前に雑念を呼ぶかもしれないぞ」と冷淡に言うが、口調はどこか和らいでいる。アーサーはそんな仲間のやり取りを眺めながら、黙って微笑を浮かべた。
「渦巻く闇と星の流れ……まだまだ先が遠い。要塞には恐らく、もっと強力な防衛装置や融合兵が控えているかもしれない。それでも俺たちは止まらない」 低く語りかけたアーサーの声には、王としての威厳と覚悟がにじむ。ガウェインとトリスタンは無言でうなずき、カインとアリスは視線を交わしながら決意を新たにする。
こうしてまた一つの挑戦を終え、円卓騎士団と王国艦隊は次なる作戦への準備にかかった。外壁を突き破る手段や、内部での行動計画をより綿密に組み立てる必要がある。渦巻く闇と星の流れの奥にある要塞中枢へ進む道は険しくとも、必ずそこに辿り着けると信じて――。
誰もが、その闇を突破すれば何か大きな真実――ユグドラシル・モデルの全貌が見えると期待している。アリスもまた、「自分がこの旅路のキーパーソンだ」と感じながら、干渉力のコントロール方法をもう一度洗い直す。
深い宙を流れる静寂と、時おり遠くで響く爆発の残響音が、この宙域がまだ戦場であることを思い出させる。だが、円卓騎士団と仲間たちの心は決して折れない。いずれ、本当の“最奥”へと到達するために――。
「一緒に乗り越えるんだよ、アリス」 カインが小さく呟き、アリスの頬に優しい視線を注いだ。彼女は確かな笑みを浮かべ、「うん、みんなでなら、どんな壁でもきっと…」と返す。
渦巻く闇が何重にも広がる星海の深淵。そのただ中で、彼らの物語はまだ続いていく。