見出し画像

天蓋の欠片EP9-1

Episode 9-1:連続事件の謎解明

薄曇りの朝。重たい雲がビル街を覆い、少し湿度の高い空気が肌にまとわりつく。探偵事務所の窓ガラスに映るのは、やや青白い自分の顔――エリスはこの数日間まともに眠っていない。肩の軽い負傷も治りきらず、激痛ではないもののじくじくとした疼きを感じる。

「……どうも嫌な予感がするわね」

小声で呟きながら、エリスはテーブルの上に散乱している資料をもう一度見やる。“真理追求の徒”による小規模な襲撃が何度も起きていること、彼らがわざと失敗することでタスクフォースの動きを探ったり、生成者の実力を分析していると疑われること――そして、タスクフォース内部にスパイがいる可能性が高い、というのがエリスの結論だ。
一方、ここ数週間で起きた連続事件が存在する。例えば「街の片隅で起きた小爆発騒ぎ」「校舎裏での人質騒動」「商店街の通りでの不可解な騒ぎ」「廃ビルでの不自然な戦闘跡」など、一見バラバラの出来事だが、全てがユキノやカエデといった生成者、あるいはタスクフォースの動きを誘導するように仕組まれている節がある。
「連続事件の裏に何があるのか……やはり“儀式”の準備? あるいは観測者・蒔苗をおびき寄せる計画? たぶん全部絡んでるわね。謎が多すぎる」

エリスはコーヒーに手を伸ばすが、冷えきってしまっていることに気づき、溜め息をつく。今は時間が惜しいので、温め直すよりもとりあえず飲み干してしまう。「うっ……苦い」と顔をしかめながら、再び資料に目を落とす。

(とにかく、スパイを特定して、真理追求の徒が企む連続事件の正体を突き止める必要がある。ユキノやカエデにも負担をかけたくないけど、彼女たちなしでは真理追求の徒を止められないし、蒔苗への対策もできない)

頭の中で思考を巡らせていると、事務所のドアがノックされる。エリスが「どうぞ」と言うと、ドアが開き、天野ユキノと日向カエデが姿を見せた。二人とも学生鞄を手に持ち、通学の途中なのだろう。タスクフォースの護衛が外に立っている気配も感じられる。

「先生、おはよう……ちょっと、話したいことがあって来たの。今なら大丈夫?」
ユキノが遠慮がちに尋ねると、エリスは苦笑して「ちょうどいいところよ。私もあなたたちに話がある」と席を促す。カエデも軽く会釈してソファに座る。
「実は、あたしもいろいろ考えてて……この連続事件、わざとらしく不自然な失敗ばかり起きてるし、別の大きな計画があるって先生が前に言ってたけど……」
ユキノは言葉を探すように言い淀む。その間、カエデは補うように続ける。「私も同感。真理追求の徒が本気で生成者を連れ去るつもりなら、もっと本格的に攻めてきてもおかしくないのに、小競り合いばかりよね。やっぱり、背後に大きな意図があるんじゃない?」

エリスは頷き、「そう、それが連続事件の謎……。最近、一連の事件を改めて総合してみたの。どうも、ある一定の法則性が見えてきたわ。場所や時刻のパターンを照らし合わせると、彼らは『ある地点』を中心に円状に配置したように動いてる節があるのよ」とテーブルに地図を広げる。
ユキノが地図を覗き込み、「確かに……この辺の廃ビル、校舎裏、商店街などを点で結ぶと、なんだか○○工業団地のほうを中心に円を描く感じ……」と目を輝かせる。カエデも指先でなぞり、「本当だ……こんな形になるなんて、初めて気づいた」と驚く。
エリスは真剣な顔で地図にペンを走らせ、「そこが妙なのよ。普通、陽動作戦ならもっと無秩序に動くか、特定の対象を一直線で狙うはず。でも連中は円形に近い配置で事件を起こしてる。まるで何かの……“結界”か儀式の下準備のように」と口にする。

「儀式……!」
ユキノとカエデが顔を見合わせる。二人とも真理追求の徒が行おうとしている“術式”や“儀式”の噂を聞いている。それがもし本当なら、今回の連続事件はすべて一つの目的――特定の地点で大規模な術式を発動するために必要な手順かもしれない。
「ここまでくれば、あとはどこで儀式を起こすか推測するだけ。タスクフォースに言いたいところだけど、例のスパイがいる可能性が高い。……だから、あなたたちを巻き込みたくないけど、実際にはユキノとカエデも動くしかないわ。観測者の蒔苗まで関わるかもしれないし」

エリスは深呼吸をして続ける。「私たちが追う“連続事件の謎解明”……それは真理追求の徒が円形に拠点を広げ、中央で儀式を完成させようとしているという線で固まりつつある。中央に何があるのかは、まだ正確に分からないけど……この地図の中心部を探る価値は大きいわ」

カエデが少し興奮気味に「中心部って、○○工業団地付近? でもそこは広範囲に廃工場がたくさんあるし、警備も薄い……」と呟く。ユキノは眉を寄せ、「観測者の力――蒔苗を捕まえてあの辺りで儀式をするってこと?」と心配そうに問う。
エリスは首を振り、「蒔苗を物理的に捕まえるのは難しいでしょう。だけど、彼らが何かしらの装置や術式で、蒔苗の“観測”を強制的に利用できる仕掛けを用意している可能性はある。実際、あの子の力がどこまで干渉されるのか、私たちには未知数だけど……リスクは大きいわね」

二人は黙り込む。クラスメイトのナナミや教師はもちろん、大勢の市民が無自覚のまま暮らしているが、このままでは世界が滅ぶかもしれない――蒔苗が“終了”を選べば、一瞬で全てが失われる。逆に真理追求の徒が蒔苗を暴走させれば、同じく破滅へ導かれる恐れがある。
エリスは地図を指でトントンと叩き、「まずは中央を探るわ。あの工業団地か、あるいは郊外の廃棄施設かもしれない。タスクフォースには“最低限”だけ知らせて、内密に動く。あなたたちは……無理はさせたくないけど、来てもらうしかないかもしれない。ごめんね、ユキノ、カエデ」と苦々しく言う。

ユキノは深呼吸し、「先生、私ももう覚悟してる。カエデさんもここまできたら一緒にやるよね?」とカエデに視線を向ける。カエデは頷き、「うん。蒔苗や真理追求の徒、どちらにも翻弄されるのは嫌。私たちで決着をつけるために、成長してきたんだから……」


エリスがまとめた仮説を聞き、ユキノたちは学校へ向かい、エリスはタスクフォースのアヤカに最低限の情報だけを共有するため連絡を取った。
「アヤカさん、例の円形パターン……あなたも既に気づいてるんじゃない?」
電話越しにエリスが問いかけると、アヤカは苦い口調で「ええ、一部では“円状の結界”を作っているのではと噂されているわ。ただ、上層部はそこまで本気にしていなくて……『過激派の単なる連続事件』と見ている節がある」と嘆く。

「そりゃスパイがいるんですもの、上層部が本気になるはずないわね。結界だの儀式だのといったオカルトめいた話を真面目に検証したがらないだろうし」
「そう。でも、私はあなたの仮説を支持するわ。ユキノたちのためにも、これ以上好き勝手させないためにも。……ところで、あなたが録画したスパイの映像、こちらの技術班で解析を進めたんだけど、まだ特定には至らない。現場にいた隊員の顔がはっきり映らないから」

エリスは溜め息を吐き、「しょうがないわね……。とにかく、あの連続事件は“真理追求の徒が円形に拠点を作る計画”の一部だとわかっただけでも進歩よ。あとはあなたの信頼できる部下とだけ連携して、一斉捜査のタイミングを見計らうしかない」
アヤカは少し逡巡して、「そうね。私のほうでも工業団地周辺を独自に調べてみる。でも、スパイにバレないよう細心の注意を払うわ。……エリスさん、あなたも気をつけて。もしどうしようもなくなったらすぐ知らせて」と声を落とす。

「分かってる。あなたも死なないでよ。スパイに殺されるのはごめんだから」と茶化すように言い、電話を切る。エリスは携帯をしまい込み、一人窓の外を見つめる。どこかで蒔苗がこの状況を観測しているかもしれない――そんな想像が頭を離れない。


週末の午後。ユキノとカエデは、エリスから地図の中央付近――○○工業団地の端にある廃工場が怪しいという情報を得て、二人で下見に向かうことになった。護衛の隊員たちも同行してくれるが、エリスは別件(スパイ捜査)で身動きが取れない。アヤカは上層部への報告を控えつつ、最低限の許可を得て「安全確認」という名目で隊員を動かしている。
タスクフォースの車で工業団地へ到着すると、辺りは大きな空き倉庫や廃工場が立ち並び、昼間でも薄暗い。人の気配はほとんどなく、風が錆びたトタンを揺らす音だけがこだまする。
ユキノは降り立った瞬間、胸に軽い痛みを覚え、嫌な緊張感が走る。「なんだろう……ここ、空気が淀んでるような感じがする」
カエデも肩をすくめ、「私も分かる。なんか、オーラの残滓みたいなのが漂ってるような……。真理追求の徒が結界を作ってるのかも」と呟く。

隊員が「一応、ここを調べるだけですぐ帰るつもりです。危険だと判断したら撤退しましょう」と言うが、ユキノとカエデは首を横に振る。「ここまで来て帰るわけにはいかない。せめて手がかりを探してからにしましょう」。
廃工場の門を開き、薄暗い内部を懐中電灯で照らすと、コンクリ床には見覚えのある円形の焦げ跡や、配線が露出した機械類が散乱している。まるで何かの装置を組み立てかけたようにも見える。
「これ……以前どこかで見たパーツに似てる。確か、真理追求の徒が使う“擬似EM増幅器”の断片とか……?」
ユキノが記憶を辿る。カエデも頷き、「研究施設の資料にあったものに形が近い。心を強制的に具現化させる実験器具かも」と言葉をつなぐ。

隊員の一人が「あちこちに血痕らしきものも残ってます。かなり古いようですが……」と報告。さらに奥へ進むと、壁に奇妙な模様――円を中心に幾何学的な記号が描かれているのが目に留まる。これはまさに“儀式”じみたものを連想させる。
「ひどい……これって、ここで何人も犠牲になったのかも。真理追求の徒が擬似EMを実験した跡かもしれない……」
ユキノが口元を押さえる。カエデも歯を食いしばり、「そうか、ここが連続事件の中心……。事件を連動させ、ここで何か大掛かりな術式を完成させようとしてるんだ」と目を伏せる。

護衛隊員が周囲を警戒するが、不意に金属の擦れる音が響いた。ユキノとカエデが身を強張らせ、「敵……?」と身構える。そのとき、廃工場の陰からいきなり数名のローブ姿が現れ、こちらに向かってオーラを放ってきた。
「ここまで来たか……奴らめ!」
隊員が盾を構え、カエデが紫の刃を瞬時に発動する。ユキノはとっさに胸に射出機を当て、痛みに耐えながら弓を出す。咄嗟の戦闘態勢だ。ローブの男たちが「小娘……生成者か?」と嘲笑する声が聞こえる。

「来るよ、カエデさん……隊員の皆さんも、気をつけて!」
ユキノが叫びながら弓を引く。オーラのビシリとした衝撃が床に伝わるが、ローブの一人は逆に突進して護衛をはじき飛ばし、カエデへ攻撃を仕掛ける。
「ぐっ……痛ッ……」隊員が倒れ込む音が響き、カエデは一歩下がって刃で応戦。「こんなに早く出くわすなんて、やっぱりここが本拠地に近いのかも」と息を詰める。

ユキノは弓を放ちたいが、痛みがまだ十分和らいでおらず、二射以上は難しい。まず一射目を確実に決めようと狙いを定めるが、男たちが四方に散り、集団戦を仕掛けてくる様子。
「どうする……?」カエデが焦りの声を上げる。ユキノは「まず分断しよう。あなたは左側を抑えて、私が弓で右側を牽制……隊員さんたちは中央を!」ととっさに作戦を立てる。隊員たちも「ああ……わかった!」と応じ、地面に伏せるようにして銃を構える。

男たちは笑い声を上げつつ、「小娘が何をほざく……貴様ら生成者は、ここで潰すか、あるいは実験の材料にしてやる!」とオーラを振りかざして突進。ユキノは痛みを抑えながら弓を作り、渾身の一射を放つ。「やああっ!」
青い閃光が廃工場の薄暗い内部を照らし、男のオーラをかき消す形で命中。床に派手な衝撃音が響き、二人のローブ男が弾き飛ばされる。カエデは即座に刃で残る一人の攻撃を受け流し、カウンター気味に胸元へ紫の一撃を叩き込む。悲鳴が上がるが、まだ数名が残っているようだ。

「くっ……っつ、二射目いけるかな……!」
ユキノが唇を噛み、胸を押さえて苦しげにうめく。痛みが走り、視界が揺らぐが、カエデが「無理はしないで。私も戦う!」と叫び、紫の光で敵を牽制する。隊員たちは隙を突いて銃撃を加えるが、敵のオーラが簡単には破れず苦戦している。
短い時間の中で、激しい打ち合いが続き、物陰からさらに二人のローブ男が合流する気配がある。**まさかこんなに多く潜んでいるとは……**ユキノとカエデは内心焦りつつも、今回ばかりは逃げるわけにはいかない。

「ここを突破しなきゃ、連続事件の謎を解き明かせない!」
ユキノが奮起し、弓の二射目にチャレンジするが、痛みで足が震える。カエデは男の攻撃を受け止めながら、「ユキノ、今は無理しないで。私がカバーする……!」と叫ぶ。その間、隊員たちは頑張って応戦するが、敵の火力は想像以上に強い。
廃工場の鉄骨が崩れ落ちそうなほど振動が走り、コンクリ片が飛び散る。粉塵が舞う中、ユキノは必死に二射目のエネルギーを凝縮させ……そのとき、上階から静かな足音が降りてきた。


宙を舞う粉塵の中、薄いシルエットが現れる。ユキノとカエデがハッと息を飲む――その姿は蒔苗。どうやって廃工場の上階にいたのか、またしても分からない。彼女はその場にいる全員を見下ろし、虹色の瞳で静かに観測している。
「蒔苗……!」
カエデが息を切らせながら呼びかけるが、蒔苗は応じず。男たちも彼女の存在に気づき、「こいつが……観測者……!?」と驚く声を上げる。しかし、次の瞬間、「おい、こいつを捕らえれば儀式が完成するのか?」などと口走る。

「観測者がこんなところへ……!」
ローブ姿のリーダーらしき男が声を高め、周囲がざわつく。ユキノは不安に駆られ、「やめて、蒔苗に手を出させちゃだめ」とカエデに合図を送るが、すでに男たちは蒔苗を狙う動きに入りそうだ。
しかし蒔苗はまるで関心がない様子で、冷たい声を漏らす。「私に手を出して何を得るつもり? あなたたちが干渉できる範囲じゃないのに……」と低く呟く。その言葉に敵側がためらったように足を止めるが、次の瞬間、「何もしないなら捕まえてやるわ!」と一人が突っ込んでいく。

そこで奇妙な事象が発生する。男が蒔苗に触れようとした瞬間、空間が歪んだように見え、男の腕がまるで“別の場所”に行ってしまったかのように空を切る。男は「な……!? なんで当たらない!?」と狼狽する。蒔苗は動かずに、ただ「あなたたちがどれほど騒ごうと、私には干渉できない」と言い放つ。
「くそ……どうなってやがる!」
男たちがさらにオーラを放つが、蒔苗に届く気配がまったくない。まるで次元がずれているのか、彼女が立つ場所がこの世界であってこの世界でないかのようだ。ユキノとカエデは一瞬唖然となるが、これが観測者の絶対的な干渉拒否能力なのだろうと思い至り、同時に“ならば蒔苗が本気で世界を消すことも可能なのだ”と再認識して背筋が凍る。

その隙を突くように、カエデが刃を閃かせ、男たちのひとりを切り伏せる形でオーラを斬る。ユキノも痛みに耐えながら弓を放ち、もう一人を床へ沈める。隊員たちは蒔苗の出現に戸惑いつつも、敵が気を取られている間に射撃を加え、数人を拘束する。
数分の激戦を経て、男たちはほとんど倒れるか捕縛され、床にうずくまる。廃工場には荒い呼吸と粉塵の匂いだけが漂う。蒔苗は相変わらず微動だにせず、虹色の瞳で全てを見守っている。

「はぁ……はぁ……蒔苗、どうしてここに……」
ユキノが声を掛けると、蒔苗は少し視線を下げて囁く。「観測よ。あなたたちが“連続事件の核心”に近づいたから。……この場所があなたたちの求める答えに繋がるかどうかは、わからないけれど」
カエデは悔しそうに床を踏む。「なら、連続事件が何のために起きてたか、あなたは知ってるんでしょ? 教えてよ……! 真理追求の徒が何をするつもりか、私たちは止めたいんだ」

蒔苗は深いため息のような仕草を見せ、「私が何かを教える筋合いはない。でも、あなたたちがここで得た情報から、きっと推測できるはず。……頑張りなさい。私は“終了”するかどうか、もう少し見極めるわ」とだけ言う。
隊員たちは蒔苗の存在に愕然としている。姿は見えるのに攻撃も通用せず、一方で蒔苗は何もしてこない。まさに観測者。
「ユキノ、カエデ……私、あなたたちがここまでやれるとは思ってなかった。面白いわ。本当に観測終了を回避できるかもしれない」
少しだけ笑みを浮かべ、蒔苗の輪郭が薄れていく。次の瞬間、彼女の姿はかき消されるように消えてしまう。まるでそこにいなかったかのようだ。

「蒔苗……!」
ユキノが伸ばした手は虚空を掴むだけ。カエデは刃を消し、隊員たちと一緒に捕虜を縛り上げながら苦い顔をする。「観測者はほんと、よく分からない……。でも、私たちを試してるようにも思える」
護衛の隊員が汗を拭いつつ、「今のは一体……あんな化け物、どうやって倒せばいいのか皆目見当がつきません」と呆然自失。しかし、ユキノは首を振る。「倒す必要はないし、倒せるわけもない。でも、あの子が私たちを“消す”かどうか……それが問題なんです」と苦々しく答える。


その後、捕らえたローブ男のうち一人が気絶から回復し、タスクフォースの隊員が簡単な尋問を試みる。最初は強情な態度だったが、カエデが冷徹な眼差しで「まだ痛みが残ってるの、これ以上戦わせないで」と睨むと、男は意外にも口を割り始める。
「お、お前らなんてどうせ真理には届かない……でも、仕方ない、少しだけ教えてやる。俺たちが連続事件を起こしたのは、あの円環を完成させるためだ……。蒔苗を捕まえるのが目的じゃない……彼女の力を強引に使うんだ……」
ユキノが息を呑む。「円環……やっぱり私たちが想像していたように、事件を円状に配置してたんだね。そこから何をするの?」
男は苦悶の表情を浮かべ、「円環を完成させれば……“0次宇宙”の入り口が開くんだ……。観測者が世界をリセットしようがどうしようが、俺たちが先に扉を開いて、次元の壁を超える力を得る。そうすれば、私たちは……真の世界の王になる……」と錯乱気味に言う。

「どうやって……? まさか蒔苗の観測を利用して……?」
カエデが鋭く尋ねるが、男は苦笑して、「さ、俺も細かいことは知らない……。ただ、上層部が“蒔苗を自発的に扉を開かせる”って言ってた。だから俺たちは連続事件で結界を形成してる。あと少し……儀式は完成する……」と虚ろに呟く。
護衛隊員が「それはいつ、どこで?」と重ねて問うが、男は血を吐くように咳き込み、「し、知らん……俺は下っ端だ……。でも、円環が完成したらしいから、もうすぐだ……!」と叫び、再び意識を失う。

「……円環がほぼ完成してる、って」
カエデが唇を噛む。ユキノは「そんな……もう、儀式が始まっちゃうの?」と声を震わせる。先ほどの男の話が本当なら、もうあまり時間が残されていないかもしれない。これこそ、連続事件の謎が示す最終的な答え――“円環”による儀式なのだ。
「どうすればいいの……? 私たち、ここを叩いただけじゃ意味ないよね。中心点、あるいは儀式の本当の会場がどこかにあるはず」
ユキノが焦燥感に駆られると、隊員は「とりあえず上に報告を……」と通信機を握るが、カエデは首を横に振る。「駄目。スパイがいる可能性があるなら、私たちが騒げば先手を打たれる」

「先生に連絡しよう。きっと先生はもうこっちを掴んでるはずだよ」
ユキノはエリスにスマホで連絡を取ろうとする。着信音が鳴るが、すぐに応答がなく、留守番メッセージになってしまう。カエデは唇を噛み、「先生も忙しいのかな。アヤカさんに言ったらどうする?」と提案するが、ユキノは「うーん……最低限は伝えよう」と渋々折れる。


廃工場の探索を一段落させ、ユキノとカエデは護衛の車で帰ることになったが、まるで背後から視線を感じる。振り返ると、蒔苗の姿はないが、ユキノは確信する――観測者がまた見ている。
車が発進しようとした瞬間、カエデが「ちょっと待って……ユキノ、外に出てみたい」と呟く。護衛は止めようとするが、カエデは意志を曲げずドアを開けると、夜風の吹く廃工場の敷地に再び足を踏み入れる。ユキノも心配そうに付き添う。
「……蒔苗、聞こえてるんでしょ? 姿を見せてよ! あなたは私たちがどう動くか興味あるんじゃないの?」と大声を出すが、風が吹くだけで返事はない。

しかし、わずか数秒後、かすかな揺らぎが生じ、蒔苗が廃工場の入り口付近に現れる。ユキノとカエデは息をのむ。護衛の隊員が「え……またあの少女……攻撃するか?」と緊張するが、ユキノは「大丈夫……手を出さないで」と制止。
「……あなた、さっきもここにいたのね。連続事件を引き起こしてる真理追求の徒をどう見るの?」
カエデが真っ直ぐ蒔苗に問いかける。蒔苗は虹色の瞳をうすぼんやりと揺らし、「私は私。彼らがどうしようと、あなたたちがどうしようと、いずれ結果が出る。それを見極めるだけ」と冷やかに答える。

「そんな言い方……あんまりだよ。この世界が危うくなるかもしれないのに、あなたは本当に何もしないの?」
ユキノが声を張り上げると、蒔苗はかすかに首を振る。「さっきも言った通り、干渉しないとは限らない。でも、私は中立を保つ。観測者としての私が世界を救う義務はないわ。むしろ、大きく乱れるなら“終了”が妥当」
二人は言葉を失う。しかし、その端正な顔には、一瞬だけ寂しげな色が浮かんだ気がした。蒔苗もまた揺れているのかもしれない。
「……でも、あなたたちが頑張っているのは知ってる。痛みを克服し、成長している。その姿が私にとって“面白い”存在であるうちは、私も結論を急がないでおくわ。勝手にここで終わらせるのは、惜しい気もするし」

蒔苗がそう口にした瞬間、カエデが目を見開く。「惜しいって……あなた、こんな私たちの努力を“面白がって”るだけなの?」
「そう。私は観測者。あなたたちがどう成長し、どう世界を変えるかを見るのが“面白い”。もし結末が退屈なら、終了も辞さない」
言い放ち、蒔苗は姿を消そうとしたが、ユキノが「待って!」と詰め寄る。「あなた、退屈なら私たちを消す気なの……? そんなの許せないよ……。わたし、絶対に頑張って世界を守る。だから、お願い……見ててよ。私たちはきっと、真理追求の徒の連続事件を止めてみせるから……」

蒔苗は立ち止まり、そっと振り向く。「……なら、私も“観測”を続けるわ。あなたたちがどこまで行けるか。……ただ、それだけ」
それが最後の言葉。次の瞬間、彼女の輪郭は透明に溶け込み、夜の闇へと消えていった。カエデは拳を握って唇を噛む。「わたしたち、本当に蒔苗を納得させるしかないんだね……。なんとかしなきゃ」


数日後、タスクフォースのアヤカが密かにエリスの探偵事務所を訪れ、緊張気味に書類を広げる。「エリスさん、これ……先日の工業団地で捕らえた男たちの証言を深掘りした結果、儀式に使う“中心点”がほぼ確定したわ。地理的にも円環のど真ん中にある“エリアG-6”って廃棄施設ね」
エリスは食い入るように書類を読む。「やはり、あそこが本丸だったのね。私も調べてはいたんだけど、警備がやたら厳重で近づきにくかった。でも、これは確証になるわね。連続事件がすべてあの“G-6”を中心とした結界を形成し、蒔苗を強制召喚、あるいは封じ込める。最悪の場合、蒔苗がキレて“終了”を起こすかもしれない……」

アヤカが息を詰め、「そう。連続事件の謎は、真理追求の徒が“結界”を円状に築きながら、生成者やタスクフォースを適度に攪乱していた――それが全ての答え。近々、“G-6”で最終儀式を行う可能性が高い。問題はスパイが情報を流しているから、私たちが動けばすぐにバレるってことね」
エリスは深く頷き、「私とあなたで作戦を練り、ユキノたち生成者を最小限の人数で投入して奇襲するしかないわね。大勢で行けばスパイに捕捉されて迎撃されるだけ。むしろ、ユキノやカエデの連携力が生きるかも」と提案する。
アヤカは重苦しい表情で腕を組み、「分かった。上層部には“別の捜査”と偽って極少数だけ動かす。スパイにも気づかれずに、私と少数精鋭でG-6を叩くわ。幸い、私が指揮する部隊にまだ怪しい動きはない」と決断する。

こうして、連続事件の謎解明は事実上完了した。“G-6”廃棄施設での決戦が、真理追求の徒の計画を止める最後のチャンスとなる。もし失敗すれば、蒔苗が見限って世界をリセットするか、徒が蒔苗を利用して次元をこじ開けるか――どのみち破滅へ向かうリスクは高い。
エリスは緊張したままスマホを手にし、「ユキノたちを呼ばなきゃ。あの子たちは痛みを克服しつつあるし、今ならこの勝負に勝てる可能性がある」とつぶやく。アヤカも頷き、「私もすぐに準備を始める。時間がないわね……」


日を置かず、エリスはユキノとカエデを再び探偵事務所に召集し、今回分かった“連続事件の謎の全貌”を伝える。
「ここ数カ月、真理追求の徒がわざと小規模の事件を起こしてきたのは、円環状の結界を作り上げるため。その中心にある“G-6”廃棄施設で、最終儀式を行うってわけ。そこでは蒔苗の力を利用するか、あるいは彼女を無理やり世界崩壊に誘導して新次元へ飛び立つのか……詳細は分からないけど、とにかく止めなきゃいけない」

地図を指し示しながら、エリスは重苦しく続ける。「アヤカが密かに動かせる部隊は少ないけど、私たちも含めて奇襲を仕掛ける。もしスパイに情報を漏らさずに行ければ勝機はあるわ。……ただし、危険度は最高よ。蒔苗がどう出るかも分からない。行く?」

ユキノとカエデは一瞬視線を交わし、迷いを振り払うように力強くうなずく。「行くよ、当たり前じゃん。ここまでみんなで頑張ってきたのに、最後だけ逃げるなんて嫌だ。カエデさんも……いいよね?」
カエデは浅い呼吸をして「痛みも怖いけど、このまま黙っていたら施設で儀式が成功し、世界が終わるかもしれない。蒔苗の“終了”を誘発させたくないし……私たちが必ず止めるわ」と決断を口にする。

エリスは微笑み、しかしその瞳に憂いを含んで「ありがとう。……じゃあ、あとは本番に備えて各自準備して。ユキノ、あなたは二射目、三射目の痛みをなるべく和らげる訓練を続けて。カエデ、あなたは心を受け入れるやり方を徹底して慣らしておきなさい。私も手伝うわ。出発は近いわね……」


こうして、真理追求の徒が円形に連動させてきた連続事件の謎は、エリスたちの手でほぼ解き明かされた。“G-6”廃棄施設を中心とする儀式――それが全ての核心であり、そこにタスクフォースのスパイが絡んでいる可能性も高い。タスクフォースの上層部が知らぬ間に裏切り者の計画が浸透し、ユキノたちをまんまとおびき出したという構図も見えてくる。
だが、その全貌を前にしても、蒔苗はあくまで“観測”するだけ。彼女が儀式に巻き込まれるのか、利用されるのか、あるいは世界をリセットしてしまうのか――誰にも分からない。ユキノとカエデは痛みを覚悟で戦い、アヤカやエリスはリスクを承知で少数精鋭を送り込む。それが「連続事件の謎解明」という最終的な答えへ繋がり、あとは“阻止あるのみ”という段階に突入したのだ。

いいなと思ったら応援しよう!