「落とし物」
2014.8.26
会社帰りにJR大阪駅ホーム下の通路で後輩と喋っていると、ふと後輩が、
「あ、あの方の袋から今ぽろっと落ちました、緑の…」
と言った。
その方向を見ると、確かに明るい緑色の球状をしたもの(ふわふわしたミンクみたいなやつ)がぽつんと通路に落ちている。
向こうへ歩いていく女性が手にしている、大ぶりの白いコットンバッグから落ちたらしい。
バッグから何かを包んでいるような新聞紙がのぞいている。
咄嗟に、自分が先日失くしたアクセサリーを思い出した。
会社の人が手作りで作ってくれたマカロンの形をしたアクセサリーだったのだが、定期や財布でもないし、おそらくそれを拾って届ける人はいないだろう。
あの人も、もしかしたら家に帰ってから失くしたことに気づいてがっかりするかも知れない。
届けてあげよう。
急いで緑のもふもふのところへ走っていき、拾い上げた。
栗だった。
さながら思春期であらゆるものに反抗する少年のごとく、
まだ季節の早い栗は青々として、全身の針がキンキンに尖っていた。
ミンクのようなふわっとした手触りを想像していた私の手に、硬く鋭い針が次々と刺さった。
痛くて持てない。
しかし、一度拾ったものを「栗だったから」とまた捨てるわけにもいかず、熱いものを触るように両手で転がしながらひとまず落とし主の女の人を追いかけた。
走る振動だけで針が容赦なく手の平をぶすぶすぶすと刺しまくる。
痛い。とにかく痛い。
一応、落とし主に届けた。
両手を針で刺しながら持っている私を見て、その方も笑っていた。
新聞紙で包まれていたのは、どうやら生け花か何かで使う栗の木だったらしい。
後輩は、落ちたのが栗だと分かったそうだ。
その為に拾うのを躊躇したのだが、先にマカロン型のアクセサリーを失くしていた私はそれがミンクだと思い込み、針がもふもふして見えたのだった。
何事も思い込みをせず、事実を良く見よう、という話。
もしくは、大阪駅で栗拾いをした話。