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嫁ブロック #毎日ネタ出し16日目
「絶対に認めないよ、そんな会社に転職するなんて」
私は都内の大手IT企業に勤めるサラリーマン。日々真面目に仕事に取り組んだおかげで給料も上がり、そこそこの生活をすることが出来ている。
職場の上司からの紹介で今の妻と結婚し、子どもも2人生まれ順風満帆な生活を送っていた。
そんなとき、大学時代の友人から久しぶりに連絡が入る。ご飯の誘いだった。久しぶりだったこともあり、会いに行くことにした。
「久しぶりじゃん! 最近どうよ?」
友人の立野は大学時代と変わらない陽気な雰囲気だった。その雰囲気に私も楽しくなり、会話はとても弾んだ。
気づけば数時間。お酒も結構回ってきたころ、立野は少し真剣な顔つきで話を始めた。
「なぁ、今の仕事楽しいか?」
「え? ま、まあ楽しいかって言われれば正直微妙だけど、結構いい給料もらってるから、そういう意味では楽しいかもな」
「なんだよそれは。お前の人生は金だけなのか? 何かさ、やりがいとか、そういうのないの?」
「や、やりがいかぁ。そういえばそんなこと考えたこともなかったな。結構若いうちに結婚もして子どもも生まれたから、家族を養うことで精一杯だったよ」
「今、子ども何歳?」
「下の子がもう小学6年で、来年中学だな」
「何だよ。もう結構大きいじゃん。そこまで育てならもう立派に父親としての責務は全うしてるよ」
「そ、そうか? まだまだこれから金がかかる時期だよ。中学になれば部活とか塾とかさ。結構大変なんだぜ? 子育てって」
「でもよ、だったら下の子が就職するまでお前は家族のためだけに生きていくのか? そんときゃお前ももう50歳超えてるだろ?」
「そ、そうだけどさ……」
「いいのかよ? やっと自分のことに専念できると思ったときには老後みたいなもんだよ。あとから後悔したって遅いんだぞ?」
「……でもさ、だからどうしろってんだ? 今から新しい趣味でも見つけろって?」
「違うよ、仕事だよ! 何かやりたい仕事とかないのか?」
「……やりたい仕事?」
私はすぐに答えられなかった。今まで仕事に対してやりがいを感じることは幾度とあったが、100%満足しているわけではない。大企業ならではの窮屈感は感じていた。
私が言葉に詰まっていると立野は、
「……これはさ、あくまで提案だ。実はお前を飯に誘ったのは理由がある。お前が大手IT企業で働いていることを知ったからだ。実は、俺は最近会社を立ち上げた。ベンチャーITってところだ。順調に業績は伸ばしてきたが、ここにきて人材が不足してきたんだ。ただ、どこの誰でもいいってわけじゃない。この業界経験があって、ちゃんとした知識があるやつが欲しいんだ」
「……それって」
「そう、お前だよ。この話をするかどうかはお前としっかりと話してからと思ってたんだ。で、実際に話してみて感じたよ。お前はもっと輝ける。会社でおさまっている器じゃないよ。……今すぐにとは言わない。でもさ、どうだ? うちの会社でテッペン目指してみないか?」
私は思わずつばを飲み込んだ。こんなことを言われたのは人生で初めてだ。自分を必要としてくれている。そして、テッペンを目指す。その言葉に心が動かされたのだ。男なら一度は夢を見る”テッペン”。ただ、ほとんどの人は現実を見てテッペンを目指すことを諦める。私もそうだった。しかし、もう一回テッペンを目指すチャンスが舞い込んできた。
「……ちょっとさ、考えさせてくれるか」
「ああ、もちろんだ。それこそ、こんな数時間話しただけで決められちゃこっちも困る。もし本当に来てくれるなら、それなりの覚悟を持って来て欲しいしな」
「あ、ありがとう。……たださ、酔ってるからかもしれんけど、正直嬉しいよ。こんな気持ちになったのは初めてだ。今日は会えてよかった。またちゃんと返事する。期待して待っててくれ」
「そうか! こっちこそありがとう。なら、連絡待ってるぞ」
そうして私は立野と別れる。夜風に吹かれながら、
「そうか。俺も一人の男として、もう一回頑張ってもいいかもな。そっちの方が家族も喜ぶかもしれないし。よーし! 帰ったら思い切って相談してみるか!」
と意気揚々と自宅へと戻る。そして、その酔ったままの勢いで妻へと話しかけた。
「絶対に認めないよ、そんな会社に転職するなんて」
返ってきたのは、冷たい答えだった。
「で、でもさ。お、俺もいい歳になってきたし、挑戦するなら今がベストなのかなって思ってるんだけど」
「生活はどうするのよ? もしその会社がつぶれたら? それこそその年齢で雇ってくれる会社なんてないよ? そしたら今の生活だって出来ない。子どもたちもやりたいことすら我慢してもらわなくちゃいけなくなる。あなたそれでもいいの?」
「……」
私は何も答えることが出来なかった。
「……酔っぱらってるんでしょ? 今日は寝てください。そして、明日冷静になってからしっかりと考えて。ちゃんと先々のことを考えてね」
そうして妻は寝室へと消えていった。
私は力が抜け、ソファーにバタっと座り込んだ。
「……そりゃ反対するかぁ。でもなぁ、正直気持ちは結構ゆらいでるんだよな。……これが嫁ブロックかぁ」
私は”嫁ブロック”を何とか突破するため動き出すのだった。
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